月下、雲が影を作る夜の帳。
人々がビルの灯りに照らされる道を往来する中で一人の男がビジネスホテルから出てきた。
「間桐桜は少しまずいな…」
精神状態の歪みを見せた少女を思い、その男は懐から取り出した煙草に火を点けた。
「安定していたが為に油断していた…な、まさかあの様な事態、予想のしようも無い」
突如として変貌した少年を思い、肺の中に煙を入れて出す。
紫煙が灯りの中に消えていき、口の中には苦みだけが残った。
「さて、一応のところ用意していたが、この破片は凛に渡すことになりそうだな」
懐から取り出したのは小さな石の破片、それは見る人が見れば非常に貴重な物だ。
円卓会議において使用された円卓の破片、聖遺物と呼べる程の物ではないが、価値があるものに違いは無い。
「元々は衛宮士郎が召喚する際に確かな結果を求めようと用意した物だったが、まさか別物を召喚してしまうとは」
彼の少年が選んだ未来を思い、自分の求める物に繋がる予感に期待をしながらも、その未来が全く想像出来ないことに楽しみを覚える。
「さて、私も聖杯戦争が動き出せば色々と士郎のサポートをしなくてはな」
正義の味方を志していない今の衛宮士郎ならば、自身が行おうとしている事も容認するだろうと口元に笑みを作る。
「…しかし」
ふと過った自分の考えとは思えない物に
「何を考えているのか、情…等と言う物は持ち合わせていないはずだがな」
その考えは自身を対価に衛宮士郎の未来を作るもの、自分を犠牲になど、この身が思うはずもない。
神父は一人、夜の闇に消えていった。
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冬木市の中でも有数の霊脈の集まる地でもある遠坂の家、その場所に住む一人の少女が自宅の自室、その机の上に置かれた物を手に入れた。
添えられたメモに複雑な表情をしながらも、感謝を覚えない程馬鹿な女性では無い。
彼女は未だ知らない、衛宮士郎がマスターであり受肉した英霊と言える程に強さを持つことを、そして、自身の身に待つ避けようのない未来を。
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「いきなり士郎の家に行っちゃダメってどういうことなんですか言峰さーん」
藤村大河、衛宮士郎にとって重要人物であり、彼を構成するパーツとも呼べる女性だ。
彼女がいなくなれば、衛宮士郎は二度と自身を取り戻すことは無いだろう。
そう想い、神父は伝えた。
「先程も言った通りです、お嬢さん、衛宮士郎は今、集中しなくてはいけない期間に入っている、一人になりたいという言葉も彼の物です」
嘘では無い、それが今の彼の言葉では無くとも、彼がそれを望んだことは嘘では無い。
「えー?じゃあ私どうすればいいの?朝も夜も何処でご飯食べるのさー!」
内心面倒だと感じながら、神父は自身の職業を思い出したかのように優しげな声音で助言を告げる。
「お嬢さん、人は時に試練を与えられ、その試練を乗り越えることで成長を迎えると言う、ならばこの試練もまた、貴女に与えられた試練なのだと考えればより良い乙女へ昇華する為のステップなのだと言えるでしょう」
我ながら上手く言ったと自負する言峰に対して、眼の前の女性、藤村大河は半目でその言葉を受け取った。
「わーたーしーはー、もう既に素晴らしい女性ですー!そんなことより士郎のご飯が食べたいよ―」
「ぐっ…」
言葉が通じているのに通じていないとはどういうことだと口から出そうになるのを我慢し、神父はその場を離れた。
好きにすればいい、もしかしたらあの女性であれば敵とは認識されずにこれまで通りの生活を送ることが出来るやもしれない。
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「さて、あとは聖杯戦争の始まりを…英霊が揃うのを待つのみか」
そして、一人時を待つ。
待つのは終わりか始まりか、そのどちらとも、待つだけは辛いものだと煙草の苦みに思いながら。
いやいや、私勉強しなさいよ。
書いちゃったよ。