誰かが泣いていた。
誰かが苦しんでいた。
誰かがその悲しみの中で、恨みを呟いた。
その誰かと同じ境遇の者が何人もいた。
それらの持つ後悔と恨みは一人の人間として形を成した。
奇しくも、その生き方は一振りの剣に似ていた。
「―――くん!士郎くん!?」
誰かに呼びかけられる声で、俺は目を覚ました。
何か、柔らかい物を背中に感じながらも目を開くとバゼットさんが俺を見下ろしていた。
見慣れた天井、ここは…俺の部屋だ。
「良かった、突然倒れたから心配したのですよ?」
安堵の表情を浮かべるバゼットさんに申し訳なく思いながらも、時間が気になって欄間の上に掛けてある時計を見た。
「あれから三時間ほど経っています、藤村という女性が一度お越しになられて心配そうにしていましたよ」
そうか、藤ねぇには悪いことをしちゃったな。
俺の家への帰路の途中、唐突に胸の内で何かが囁いた。
『
それは俺の声だった。
俺自身が言ったとは思えない言葉だが、俺の声だった。
『
その結論はもう出ている、例え未来が後悔や無念に満ちていようと斬り伏せると決めたんだ。
『アァ、コノママナラ
…お前は、本当に俺なのか?
『オマエサ、オマエノ
そんなお前だからこそ言えることがあると?
『オレハ、
そして襲い来る頭痛、流れ込んでくる光景――――。
―――――――――――――――――
それは、聖杯戦争が終わりを迎えた世界だった。
「ねぇ士郎、今日は私が料理を作るでいいのよね?」
遠坂も桜も守り抜いた、イリヤだけは…守れなかったけど、それでも守り抜いた世界だった。
「あぁ、中華鍋を使う様だったら一度洗っておいた方がいいかもな、しばらく使ってないし」
「ふーん、私が中華料理しか作れないと思ってるんだ」
「姉さんってば、私に料理を教えてくれって頼んできたんですよ」
「試食役は私がやらされたけどねー!」
俺と、遠坂と、桜と藤ねぇ、四人で過ごす毎日は幸せだった。
何が来ようとも正面から打ち破って見せる、そう豪語出来る強さも手に入れた。
何も、恐れる物は無い。
だから、その後になってその慢心を恨んだ。
『料理に使う食材が足りない!』と遠坂に言われ買い出しに出かけた俺は一人で買い物袋をぶら下げて帰路についていた。
家の扉を開けて一人『ただいま』と口に出す。
「……?」
いつもであれば桜が『おかえりなさい』と言ってくれるのに、それが聞こえてこなかった。
疑問に思いながらも聞こえなかったのだろうと思い台所に食材を持っていく。
血。
一文字だけ、その文字が頭を過った。
その香りがした、ただそれだけ。
強さを持っていたこともあって、聖杯戦争で俺は目立ち過ぎた。
そして、封印指定を受けるだけならまだしも、秘密裏に活動をする結社からも付け狙われるようになっていた。
そうした連中が襲撃に来ることは何度もあった、そして何度も撃退した。
遠坂と桜がいればその辺りはどうとでもなった。
片や天才、膨大な魔力を持ち近接格闘もこなせる魔術師。
片や天災、その虚無という属性を使いこなせるようになった桜の強さは遠坂を超えていた。
何の心配があろうか、そう、思っていたのに。
台所に並べられていたのは肉だった。
いや、肉片だった。
紅い服と薄い桃色の服が落ちていた、肉片を包むように落ちていた。
理解が、追いつかない。
何がこの場で起き、何がこの場に転がっているのか。
「遅かったな、衛宮士郎」
そこにいたのは黒衣の男、こちらを睨み付けてくるその男は見たことも無い剣を手にしていた。
「厄介だったよ、この一カ月、仕込み続けた甲斐があった」
何を言っているのかも、理解が出来ない。
「気付かれない様に段々と魔術を行使し、蓄積していったのさ、元は消しゴムを少し動かす程度の『弾き』を生みだす呪文だが、それも三百と重ねればとんでもない威力になる」
何を、言っているのか、理解したくない。
「悪いな衛宮士郎、君を倒そうとすれば最大の障壁になるのはこの少女達だったものでな、魔術刻印は貰っていくぞ」
そう言って肉片の中から腕に見える物を拾い上げる男、そこに見えるのは、遠坂の魔術刻印だ。
「次に狙うのは君だ、衛宮士郎、君の事を殺す」
待て、それを持っていくのは、許せない。
ほぼ思考が働かない状態で、その男の足元から剣を生じさせる。
「ぐっ…君と正面から戦うつもりは無いのでね、君も早くこの家から出た方が良い、もうすぐこの家は」
崩れるぞ。
「――――やめろぉ!!」
この家が、この家を、この家だけは、守らなくては!
切嗣が残してくれて、藤ねぇが来てくれて、遠坂が住んでいて、桜が住んでいて、思い出がたくさん詰まっている場所なんだ。
ここを壊すなんて、させるわけにはいかない!
揺れ始める家、倒壊を予感させる。
「この家の支柱と四隅の柱を砕いたんだ、間違いなく崩壊するだろうね」
「うわぁあああぁああぁああああ!!」
把握などとうにしている。
家の四隅に剣を重ね合わせて造り上げた柱を創造する。
そして支柱部分にヘラクレスの愛剣を―――。
揺れは止まらない、どこかで屋根が落ちる音がした。
「やめろ、やめてくれえぇえええぇええええ!!」
「嗚呼、絶望している君であれば、倒すのは容易そうだ」
そして、全てが崩れた。
そこからの記憶は曖昧だ。
ただ、さいごの瞬間だけは明確に覚えている。
病院のベッドで外を眺めるだけ、そんな生き方をこれからもしていくのだろうかと考えていたら、あの男が現れたんだ。
「さて、答え合わせといこうか、僕は君を殺す様に命じられていてね、その固有結界には興味があるが危険すぎる、そして同様に、君の下に暮らす彼女達も危険だ、君が亡くなった後に何をするかわからないからね、なら、殺すしかない」
耳に入ってくる言葉が異常に明瞭で、嫌になる程だった。
「君が旅立っていようと関係ない、君に関係したというその事実が危険なのさ、君は強い、そして人に影響する力を強く持っている、そんな君の関係者を生かしておくのは危険だろ?」
俺が誰かに関わったから、それがいけなかったのか?
正義の味方であろうとして、仲間を求めたから?
「そうそう、君は正義の味方を目指していたんだったね…もしも君が、矢面に立つ正義の味方では無く、影ながら人を助ける正義の味方であったなら今回の様なことは起きなかっただろうね」
誰と関係しているのかが分からない様な、そんな正義の味方だったら。
「そういう意味では、君の義父の様なやり方が正しかったのかもしれないね、ただ彼は元を断つのではなく起きた現象に対しての正義の味方だったからね、悪いことをしていなければ悪だろうと野放しにしておく、それはダメだ、真に平和を願う正義の味方であれば例え自身を悪と罵られようとも悪の根源を断つべきだ」
…。
「もう絶望して何も言えないかい?あぁ、そうそう、伝え忘れるところだった、君と関わった者を殺すと言っただろう?」
嫌だ。
「春休み、藤村が死ぬ、夏休み、柳洞が死ぬ、夏休み終わりには美綴も死んでいるだろうね」
嫌だ。
「君のバイト先にはトラックが突っ込むらしいよ、大変だね」
嫌だ。
「段々と、段々と君に関わる者をこれから殺していく」
嫌だ。
「そう…救う術はあるさ」
「君が死ねば、そこで終わりだ」
「おれがしねば?」
それなら、それならば。
「あぁ、君が死ねば君に関わる者もここで死なない」
それなら。
「ころしてくれ」
―――――――――――――――――――――――
『
…なんだよ、それ、なんだよこれ、こんなこと、起きちゃいけない。
『ソノ
そういう、ことか。
あぁ、頭痛がする。
苦しさが胸の内から湧きあがってきて、呼吸が苦しい。
『
ダメだ、意識を保てない。
『
そして、意識を失った。