朝、柳洞寺の山門近く、二つの影が交差していた。
一人は衛宮士郎、修行を重ね、相対する男を師匠と仰ぐ男だ。
もう一人は葛木宗一郎、師として仰がれ、衛宮士郎に己の技を教える男だ。
拳と拳、脚と脚、視線と視線が交差する数檄の後に二人は距離を取って礼をした。
「衛宮、今のはもう少し重心を乗せられるように工夫してみろ」
「はぁっ…はぁっ、はぁっ、あぁ!」
一つの助言が飛ばされ、再度拳を交える。
この朝の光景は二年近くも続けられてきた為、僧達にとってはいつものことであった。
そして、師と仰がれる葛木宗一郎は衛宮士郎の想いも寄らぬ重たい一撃を腕で防ぎながら考えていた。
「(筋が良い、やはり戦いの中で成長する速度は目を見張るものがある、だが…なんと誉めたものか)」
そのまま伝えるのも良し、しかし、何度か伝えてきたその言葉に衛宮士郎は実感を得られるのだろうかと疑問を持つ。
「(何と伝えれば良いのか…語彙で悩まされるとは、我が身が恨めしいな)」
もっと本を読んでいれば、そんな考えを持つが今更そんなことを後悔しても遅い、現状で自身が伝えられる最高の賛辞を衛宮士郎に送ろうと必死に頭を回転させた。
「(よくやった…違うな、素晴らしい、もう伝えているな…)」
自身のボキャブラリーを呪いながらも使い古された言い回しを捨てていく。
「(ついこの間は確か、『流した汗の分だけ強さは身に付く』だったな、言い方を変えてみるか?)」
「臭いは強さと感じたぞ」
「へ?」
交えていた拳を思わず止めた衛宮士郎を誰が攻められようか、葛木が何を伝えんとしているのか衛宮士郎はまるで理解できなかった。
「…気にするな、もう一手、行くぞ」
「あ、あぁ!」
再度交える拳に後悔を染み込ませて葛木宗一郎は考える。
「(あれではダメか、他に何か上手い言い方は…)」
そこで葛木はふと思い出す。
「(そういえば、柳洞が衛宮の料理を至極の一品だと誉めていたな…)」
あの時食べたのは摩り下ろした生姜を混ぜ込んだソースを絡めて食べるハンバーグだったな、確かにピリッとした味覚への刺激が絶妙な一品だった。
「(いや、何か他の言葉も使っていたな…確か)」
思考を巡らせていると、衛宮士郎が繰り出した掌底、葛木宗一郎の掌底を模したその技が決まった。
大きく後ろに仰け反った葛木は機会を得たと内心喜びながらもその言葉を言い放つ。
「ぐっじょぶだ」
…静寂。
これほど、これほど残酷な光景があるのだろうか、弟子の努力を誉めた、ただそれだけの行為にも関わらず衛宮士郎が葛木を見るその眼は憐憫を帯びている。
近くにいた僧も何か悩みがあるのではないかと囁き始めた。
人は、人は何故こうも他者の気持ちを読み取ろうとしないのか、表面上に浮き上がった状況だけを見て何が分かると言うのか、そこから分かるのは愚かさだけだと言うのに。
これ以来、葛木は同じ言葉でばかり誉める様になった。
その裏にどれほどの葛藤があったのか、知る者は居ない。