―――過去に、少年に語りかけた男がいた。
『僕はね、魔法使いなんだ』
正しくは魔術師であろうとも、その時、少年にとってその男は紛れもない魔法使いだった。
新しい扉が開く音、それは少年が聞いた物なのか、男が聞いた物なのか。
両者が聞いた物なのかもしれない、はたまた幻聴であったのかもしれない。
だが、大切なことはそこでは無い。
そう、大切なことを騙るとすれば、
その男は、衛宮切嗣という男だった―――。
月明かり照らす縁側で、俺は切嗣と二人、何を願うでも無くその輝きを仰いでいた。
会話の始まりは唐突だった。
「士郎は、結局魔法使いになってしまったね」
正しくは魔術師、魔法使いという言葉は自身が口にした過去の言葉を用いた物だったのだろう。
その言葉には明確な後悔が含まれていた、けれども俺はこの自分が下した決定に後悔は無い。
切嗣から受け継いだ衛宮の魔術刻印、砕けていった全ての俺の記憶と経験と魂を引き継いでいる俺は、実のところ非常に歪な身体をしている。
魔術回路は二十七本、今はもう全てを使用することが出来る。
さらに、平行世界と繋がったことで可能となった平行世界の自分の魔術回路を無理やり体内に移植することも出来るが…危険すぎて行ったことは無い。
魔術回路を移植せずとも、平行世界の自分の魔術回路から魔力を取り出して使うことも出来る為だ。
そして、固有結界もまた、平行世界の俺の固有結界から、創りだした剣をこの世界に引っ張ってくることも出来る。
「
答えは知っている、
「いいや、僕は魔法使いになれて良かったと思っているよ」
だから、この答えは予想外だった。
「きっと、僕が魔法使いじゃなければ士郎とも出会えなかったからね」
そして、嬉しかった。
幾つもの可能性の中には、切嗣があの災害で俺を救った後すぐに、命を落とす物もあった。
俺からすれば、出会えたことよりも、共に過ごせた時間が長いという事実が何よりもの喜びだった。
「士郎は将来の夢とかはあるかい?」
優しげな声音で尋ねてきた切嗣に、俺は思わず言葉が詰まった。
今のこの時は、未来、俺自身であるオレが後悔した、『あの日の夜の誓い』だ。
この場で告げた将来の夢が、オレを鎖の様に縛りつけて苦しめた。
だけど、俺は知っている。
確かにここで俺が語る夢は、憧れの中で俺が抱いた仮初の夢かもしれない、だけど―――。
「俺の将来の夢は…」
その光景は美しかった。
その光景は羨ましかった。
その光景が俺を救う場面だった。
その光景に俺は―――――。
今この時、本来の俺が知らないはずの未来の葛藤。
その葛藤に未来苦しめられたとしても、俺が抱いた憧憬に嘘は無い。
例え、それが仮初の夢だとしても、俺が抱いたこの気持ちに嘘は無い。
「俺は、正義の味方になりたい」
切嗣の身体が震えたのが分かった。
動揺が走ったのだろう。
それは、一人の男が憧れた未来の姿。
それは、一人の男が苦しんだ未来の形。
それは、一人の少年が今、口にして憧れを示した未来の形。
「士郎、僕はね…」
切嗣にとって、この言葉を口にするのはどれほど辛いことなのだろうか。
いや、辛くは無いのかもしれない、それでも、そこに載せられる思いは大きな意味を持つハズだ。
「僕は、正義の味方になりたかったんだ」
なりたかったという言葉に込められた意味を、今の俺なら汲み取れる。
だから、ここからの可能性は俺が創りだす。
「
「え?」
伝えたかったんだ、語ることこそ無かったが、俺がいかに感謝しているかを。
だって、この場にいるオレは知っているから、今と言う時間がどれだけ大切なのかを。
「俺はさ、あの日
この想いを伝えられなかったことを後悔している俺もいた。
その無念も、後悔も、今の俺は全てを引き継いでこの生を送っているんだ。
「それからずっと、俺は
どれだけの時間が残されているのか分からない、
だけど、伝えたいことを伝えられないまま去られるのは嫌だ。
「少なくとも俺にとって、
「士郎…」
そうやって呼んだ名前に、込められていた意味はなんだったのか。
「そうか…僕は、士郎にとっての正義の味方でいられたんだね」
笑いが漏れた、優しげな声音と一緒に、月を見上げながら。
「士郎、僕はね、誰しもを助けたいと思ったんだ」
それが出来たらどれだけ素晴らしいのだろうか、大災害のあの日、俺は誰も助けることが出来なかった。
だから、その気持ちは痛い程分かる。
「だけど、それは叶わない夢なんだ、誰かを助けようとすれば、救えない誰かが居る」
被害者を助けようとすれば加害者は傷つく。
それが当然であったとしても、それを覆そうとしたのだろう。
「いいかい士郎、助けるべき相手を決めたのなら、決して裏切ってはいけないよ」
その言葉は士郎へ向けられた言葉だったのか、確かに名前は呼ばれたが、それは何処か、いや、誰か他の人に向けられた言葉の様にも感じた。
「誰しもの正義の味方でいるのは難しいのかもしれない、それでもね、目指したかったんだ」
泣きそうになるのを堪えながら、切嗣との会話を続ける。
「目指したかったって…もう目指してないのか?」
近づいているのが分かる。
終わりに、最後の時に。
月の光が眩しさを増している。
「あぁ、僕は士郎の正義の味方だからね、僕が救うのは士郎の手が届く範囲さ」
伝えなければ。
この想いを、この誓いを。
「それなら…それなら俺がなるよ、誰しもを救える正義の味方に」
「え?」
「切嗣が俺を救ってくれる正義の味方なんだったら、俺は誰しもを救える正義の味方になれるから」
なりたいじゃない、なる。
救ってもらえるなら、俺も誰かを救う。
数多の砕けた俺と、俺を救ってくれた切嗣と、この輝かしい黄色い月の下に誓う。
「なるよ、正義の味方に」
それを聞いた切嗣は、小さく息を吐いて星空の瞬く空を見上げた。
そして、
「そうか、それなら…安心だ」
※何度かメッセージや感想で頂いたご意見などから
文章中で『魔法使いになってしまった』とありますが、こちらは過去に切嗣が「僕はね、魔法使いなんだ」と士郎に語っていたことから引っ張って来たものです。
士郎が魔法使いになったわけでは無いのですが、Fateの設定上そう見えるのは当然ですね。
士郎は魔術師です、根源に興味が無いので魔術使いかもしれませんが…
誤解を受けやすい表現の使用、申し訳ございませんでした。
文章中でも訂正を入れておきますがこうしたミスを自分がしたことだけここに記しておきます。