「未熟な俺を、ここまで強くしていただいて、ありがとうございました!!」
そう言って、青年は去って行った。
二年と少しか、私もよく弟子など取ろうという気を起こしたものだ。
衛宮が弟子入りをしてから、時折持ってきていた食事ももう食べることは出来ないか、食事と言う娯楽の豊かさを理解できたのも衛宮のお陰だな。
柳洞には感謝しなくてはいけないな、居場所と生き甲斐を与えてくれたのだから。
教師と言う職務についたのは任務の流れからだったが、思わぬ出会いを恵んでくれたな。
「考えたことは無かったが、これが充足感と呼ぶ物なのか」
自身の望みなど、考えたことも無かった。
自身の未来など、幼少の頃は四方を森に囲まれたあの場所以外想像も出来なかった。
戦うことでは無く、殺すことと最低な環境で生き抜く術しか知らなかった私は、ここにきて初めて感情…と呼べる程には上等では無いが、近い何かを感じている。
そんな衛宮が修行収めの品として持ってきたのが、ガス式のライターだった。
『俺の義父が残した物なんだ、大人の男性が使う様な物はこれくらいしか思いつかなかった、どうか貰って欲しい』
ライターなど貰えども、私は煙草など吸わない、何に使ったものかと考えていたら、僧の一人が私に煙草を持ってきた。
何故そんなものを持っているのか尋ねたかったが、良い機会であることに違いは無い。受け取った際に何やら嬉しそうな顔をしていたのは気のせいではないだろう。
「…『HOPE』か」
希望の名を冠する煙草だった、私自身の境遇に照らし合わせるとソレを求めたことすら無いというのに、こんな時に手元に転がり込んでくるとはと皮肉めいた笑いが漏れる。
煙草、幾つもの葉で造られたものもあれば、単体で造られる事もある多種の中から何故この『HOPE』が私の手元に来たのか。
パッケージを開けて、中から一本を取り出す。
短いと思った、『HOPE』か、確かに希望とは永遠に感じ続ける物では無く、刹那の一瞬に感じるからこそ価値があるものだな。
口に咥え、火を付ける。
ガス式ライター特有の炎が残す香り、火を付けた煙草から舞い込んでくるバニラ風味の甘味、酸いも甘いも知らぬこの人生において、甘いを知った瞬間とでも―――。
いや、皮肉めいた言い回しばかり思うことは性格がねじ曲がっている証拠か。
境内へと続く石段、その中程で紫煙を吐きつつ空に想う。
衛宮という青年の
あの技術は全て本来であればあってはならないもの、人体の破壊に、人の隙に、殺意を隠し殺意を以て殺意をぶつける殺しの技術。
教えること自体が間違いであり、ソレを活かす機会など訪れない方が良いに決まっている。
にも関わらず、この先の何処かで衛宮があの技術を以て何かを成せればと願う私は、何なのか。
――――願い?
今、私は想いの中で願いと言う単語を平然と使用していたのか?
不思議な物だ、私と言う男が願い等と言う物に焦がれるとは。
「変化、か」
自身に訪れているもの、自身が迎えようとしている物の名を口に出す。
それを与えてくれたのは、間違いなく衛宮だ。
惰性で送る命の炎に新たな蝋を足した青年だ。
「変わると言うならば、この私は何となるのか」
変化をするというのであれば、何に?
歳を重ねた身でありながらこの先の変化に期待を持つなど、意味があることなのか?
誰かに尋ねようと答えが返ってくる物では無いと知りながらも、私は肺から煙を出し、白さに覆われた視界の先に見える星の輝きを見る。
「何とも、厄介な物を残してくれた物だ」
困ったことに、煙草と言う物は嫌いでは無い様だ。
様々なことを考えさせられる、普段の時間とは切り離された、この一本を吸う為の時間、私はその日常の中に新しく生み出された時間が、どうにも好ましいらしい。
「教えるばかりでは無かった、ということか」
私が弟子に授けた物もあれば、弟子が私に教えてくれた物もある。
人とはこうして成長していくのか、そう考え、手に感じた熱から葉が終わりを迎えたのだと認識する。
途端に、思考が切り替わる。
必要なこと、不必要なことを脳内で切り捨て拾い上げ、視界の内に収めた周辺状況から
そういう風に出来ている自身の脳に辟易しながらも、煙草とライターを胸ポケットにしまい込んでその場所を後にする。
私が学んだことは人たる我々が本来持っている当然の物、ならばそれを後から学んでいる私は、何なのか。
いや、何でもいい、人に近づきたいと願っているワケでも無い、私はただ―――。
―――この生に、意味を。