Fate/Endless Night   作:スペイン

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第十二話 よろしく頼む

 扉を閉める。

 

 静けさの中に金具が軋む音が響き、部屋の中、ベッドで眠りに就いたイリヤが目を覚まさないか不安に思ったがどうやら大丈夫な様だ。

 

 廊下に出て、ふと帰り道はどちらだろうかと疑問に思ったところで後ろから引っ張られる感覚に振り向いた。

 

「イリヤ、寝た?」

 

 そう尋ねてきたのは白い頭巾を被り胸元に黒のアクセントがある白いロングスカート一体型の服を来ている、入り口の門で出迎えてくれた二人の女性のうちの一人で…その、女性的な特徴が如実に表れている方だ。

 

「あぁ、ごめんないきなり来て混乱させちゃって」

 

「良い、イリヤも楽しそうだった」

 

 確かに最後の方は世間話になっていたもんな、なんだかんだで夕飯も頂いてしまったし、今日はここに泊ることになりそうだ。

 

「私はリーゼリット、リズでいい」

「俺は衛宮士郎、呼び方はお好きにどうぞ」

 

「それじゃあ、知ろう?」

「いや、少しイントネーションが違うな、士郎だ」

 

「士郎?」

「そう、その通り」

 

 なんだか可能性(おれ)の集合体になる前にライダーに名前を呼んでもらおうと努力したことを思い出した。

 

「実はここから変えるとなると結構な距離があるんだ、何処かに開いてる部屋って無いかな?」

「無い」

 

 絶対に嘘だろ。

 いや、決めつけるのは良くないがこの城の大きさだぞ?空き部屋が無いなんてことは…

 

「寝室ならある」

「あぁ、そういうことか、それならそこを貸してくれ」

 

「分かった、ついてきて」

 

 そう言われて寝室まで案内された、二つのベッドがあり、中に入るとリズが部屋の電気を一度だけ付けて「そっちで寝て」と言ったので大人しく従う。

 

 触ってみればすぐに気が付く、俺の家にある布団とは質が違う、腰掛けてみれば深く沈み、まるで疲れを包み癒してくれる優しい手触り。

 上から布団を掛けてみれば身体の熱を保ってくれる抱擁に等しい柔らかさ、どこか花の香りもする。

 

 気まぐれに寝返りをうって一日の疲れを実感して節々を伸ばす。

 

 手の先が何か固いものに触れた、きっと転がり落ちない為の柵だろうか?それにしては何処か柔らかかったのは当たっても痛くない為という創意工夫だろう。

 

 

 

 あぁ、これは非常に気持ち良く眠れそ―――

 

 

 

「リーゼリット?ベッドを間違えていませんか?」

 

 

 

 ―――前言撤回。

 

 息を殺す、そこには誰もいない、何も無い、俺はいない、葛木との修行で得た気配を消す為の(すべ)がここで役に立つとは思ってもみなかった。

 

 ましてや、

 

「…貴方、リーゼリットではありませんね?」

 

 役に立たないとはそれ以上に思ってもみなかった。

 

 

 

 先程も言った様に深く沈むこの布団とふわりとした毛布の所為で声の主の姿は見えない、しかし、このふわりとした毛布で出来たこんもりとした山一つを超えた先にその人物がいることは明らかだった。

 

「貴方が誰なのか、それは検討が付いています、そこで一つ問いたいのですが、何故あなたは私の胸に触れているのですか?」

 

 胸に?

 

 それは言い掛かりだ、俺は胸になんて触れていない。

 流石に俺も女性の胸に触れれば気が付く。

 

 そして、そこで気が付く。

 

 俺が手を伸ばして柵があった方向、そちらから声はしている。

 だとしたら、柵の向こう側にいるのだろう。

 

 ならばこのまま寝ていても寝ぞうで迷惑を掛けることもあるまいし大丈夫なのでは?

 

「待ってくれ、胸には触れていない、このとおり柵もあるし時間も遅い、今日は勘弁してくれないか?」

 

「…柵?」

 

「あぁ…あ」

 

 柔らかな柵に手を押し当てる。

 すると、柵が僅かに震えた、向こう側からも押しているのだろうか。

 

 いや、誤魔化すのはよそう、正直に言うと流石に気付いた。

 何せ体温があるのだから、そうだよな、流石に柵がここまで暖かさを持っているワケがないよな。

 

 まぁなんだ、つまりは今俺が触れているのは柵では無く。

 

 

 

 

 

 鈍い音が、その部屋の静寂を奪った。

 

 

 

 

―――――――。

 

 朝、床で起きた俺は既に部屋にいなかった二人の女性の心象を想い溜息一つ、流石に帰宅しなければと思うが一声掛けずに去るのも如何なものだろうかと部屋を出る。

 

 何の気なしに歩きまわり、中庭に一歩出たところで反省を覚える。

 

 中庭に出る為の扉を開けただけだった。

 するとそこには、大英雄が立っていたのだ。

 

 岩を思わせる頑強な肉体、それでいて目で見て分かる、その筋肉は決して固いだけでは無くしなやかさも持ち合わせている。

 バーサーカーであろうともその身に宿る魂は英雄ヘラクレスの物、その佇まいには気品や威厳以上の凄味を感じた。

 

 思わず身構えそうになるが、あちらからの敵対心を感じない為に警戒を解く。

 

 近づいてみてもこちらを気にする素振りも無し、その視線はただ一か所、城の上部へと向けられている。

 

 あそこは確か、イリヤがいる…。

 

 ―――あぁ、そうか。

 

 バーサーカーは、ただ突っ立っているだけじゃない、今この時もマスターであるイリヤの身を案じているんだ。

 聖杯戦争は未だに始まっていないこの時であっても、自らの主を。

 

 なら、任せよう。

 

 俺だってイリヤを守りたい、しかしそれを、成そうとする男がここにいる。

 ましてそれは大英雄、これ以上に頼りになる男が他にいようか。

 

 

 

 思い出したんだ、いつの日かの夕焼け空の下、公園で遊ぶ子供達の声を耳に、俺は一人ベンチに座り込んでぼーっとしていた。

 ふと視線を周囲に移せば、そこには幾人かの大人が会話に華を咲かせている。

 どうやら話題は息子のことらしく、先程から聞こえてくる子供達の声と繋がりがあるのだろうと勝手に推測。

 

 誰の伴侶かは分からない、しかしその大人達の輪の外で、元気に遊びまわる子供を見守る男がいた。

 そう、見ているだけ、見ているだけにもかかわらず、俺は感じた。

 

 その人の優しさを、その人の心の強さを。

 

 

 

 今、バーサーカーからは同じものを感じた。

 

 城の人には確かに会えたんだ、もうここを去ってもいいだろう。

 ならば去り際の言葉として、贈る言葉はこれしかあるまい。

 

「頼むバーサーカー、イリヤは見ての通り危うい、その危うさを助けるには、誰かが見守ってやる必要がある」

 

 言葉は返ってこない、しかしそれは分かっていたこと、俺は、言いた事だけを告げる。

 

「よろしく頼むよ、ヘラクレス、その試練の辛苦に再度打ち勝ってくれ」

 

 

 

 

 残された巨体は、一度だけ城の上部から視線を外す。

 去っていく背中へ向けて視線を向け、その手に握る武器を軋む程に握り込む。

 

 

 

 短く喉を鳴らしたバーサーカーは、再度城の上部へと視線を移すのだった。

 


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