Fate/Endless Night   作:スペイン

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第十一話 それは日常の様で嵐の前で

 雪の様な―――という表現がある。

 それは白さを表現する為に使われる事が多くある。

 だけど俺は想うんだ、雪は少しの陽の光で溶けてしまう程に儚い、暖かさの中に雪があれば溶けてしまう。

 

 もしかしてそれは、脆く、孤独な物を表しているのではないかと。

 

 目の前で椅子に座る少女、イリヤスフィ―ル。

 彼女を言葉で表すならば何としたものか、雪の様な…というのは使いたくない。

 

 何故なら彼女は孤独では無いから、彼女には味方がいる。

 とても頼もしい大英雄が付いている。

 

 だから、彼女を表現するならそれは――――。

 

 

 

 

「いらっしゃいお兄ちゃん、初めましてだね」

「あぁ、いきなりきて悪いな」

 

 笑顔で投げかけられた挨拶にこちらも笑顔で返す。

 今の俺は衛宮士郎、マスターでは無い、ただの衛宮士郎だ。

 

 ならば敵対する必要は何処にもない、警戒する必要も何処にもない。

 

「あれ?お兄ちゃんは私の事を知ってるの?」

「…あぁ、知っているよ、何度も、何度も何度も切嗣から聞いたんだ」

 

 だけど、嘘を吐く。

 

 優しい嘘なんて存在しない、後から真実を知ればそれは何よりも酷な嘘になる。

 それでも俺は、嘘を吐く。

 

 確認のしようが無い以上、心を痛めるのは俺だけで済むのだから。

 

 そしてその嘘には意味がある。

 

 これは、言峰から聞いた話だ。

 

 

 

『士郎、お前の義父である衛宮切嗣がイリヤスフィールの父であることは知っているな?』

「あぁ、勿論だ」

『あの男は何度もアインツベルンの本拠へ向かっていた、何度も何度も、極寒の大地に一人佇み、決して立ちいることが出来ない結界の中にいる娘を想っていた』

「それって…イリヤがそこにいたってことなのか?」

『そうだ、あの少女はそれを知らない、迷える子羊に手を差し伸べるのが神父の仕事とはいえ、生憎とその役目は私では無いのでな…どうだ、これで今晩の夕食は―――』

「ありがとな言峰!少し出てくる!」

 

 

 

 なぜ急にこのことを教えてくれたのかは分からない。

 俺の味方をしてくれているからなのか、何か思うところがあってなのか、それは知らない。

 ただ、言峰が言った通り、これは俺がやるべきことなんだと感じた。

 伝える人がいるのなら、それは俺なんだって、そう感じたんだ。

 傲慢なのは分かっている、そうじゃないと言う人もいるだろう。

 

 だけど、俺は自分の感じたその使命感に似た者から、逃げることはしたくない。

 

 眼の前の少女は震える声を絞り出す。

 

「キリツグが?嘘、だってあの人は一度も私に会いに来てくれなかった、私に興味なんて無かったハズよ」

「イリヤ、聞いてくれ」

 

 それは誤解なんだ、大きな誤解なんだ。

 そう言ってしまいたかった、だが、それは出来ない。

 確かに誤解かもしれない、だけれども、何が誤解かも説明しないまま誤解ということだけを伝えれば、彼女は何を信じればいいと言うのか。

 

「嫌、聞かない」

「頼む、イリヤには切嗣(オヤジ)を知って欲しいんだ」

 

 俺が知っている後悔は自分の物、だから切嗣が本当に後悔していたのか、それは分からない。

 だけど、きっと俺なら後悔する。

 会いたい人に会えず、その人がいる場所にも近づけない、そして、何も伝えられないままに死んでいく。

 

 まるで悲劇、喜劇には程遠い、そこに後悔が生じないと誰が断言できるのか。

 

 座っていたハズのイリヤは椅子から立ち上がり、一歩一歩、何かを踏みしめながらこちらに歩み寄り、そして口を開く。

 

「どうして?士郎は幸せだったはずでしょ?なら自分の幸せを大事にすればいいじゃない!」

「―――ッ!」

 

 シアワセ?

 

 あぁ、幸せか。

 

 幸せ、だったのだろうか、あの地獄を生き延びて拾われた俺は…。

 いや、不幸であるはずが無い、今生きている事実を不幸だと言うことなんて、俺には出来ない。

 

「私はそんなこと無かった、知ってる?身体って開いても閉じれば治るんだよ?」

 

 知るはずがない。

 だけど、それがイリヤの経験してきたことなのだろう。

 

「知ってる?私は最高傑作(・・・・)なんだってさ、生きてるのに、作られた物みたいだよね」

 

 知りたくも無い、イリヤはイリヤだ。

 作られたんじゃない、授かったんだ。

 

 後ろで金属が音を立てた、聞こえているのだろう、あの二人に、そして耐えているのだろう、聞こえるという苦しみに。

 

「切嗣は私とお母さんを捨てた、そうでしょ?そうなんだよね?」

 

 見開かれた目の奥に見えたのは悲しみ、狂気、そして嫉妬。

 それは恐らく、現実と、自身と、俺に対する物。

 

「だから誰もイリヤスフィール(わたし)を見てくれない、私は私なのにホムンクルス(べつのなにか)を見ているみたいで」

 

 その目に、涙が浮かぶ。

 

 歩み寄ってくれた彼女との距離はもう一メートルも無い、手を伸ばせば届く距離。

 なのに、その口から染み出る言葉は段々と小さく、一メートルという距離でも聞こえない程に弱々しくなっていた。

 

「イリヤ」

 

 ―――何を話せばいいのか、分からなくなった。

 目の前で涙を浮かべる少女を前に、語るよりも先に、するべきことがあると思ったから。

 

 

 だから、抱き寄せた。

 

 

 胸の内に、暖かさが伝わる様に。

 優しさを感じてもらえる様に。

 

 背後から殺気が伝わる、あの二人だろう。

 刺されるかもしれないな、あぁ、危険だ。

 

 だけど、この抱擁を止める理由にはならない。

 

「私ね、許せないんだって思ってた」

 

 

「お兄ちゃんはキリツグに選ばれたんだって思うと、真っ黒な何かが心を染め上げるみたいに苦しかった」

 

 

「でも、でもね、私、知らないの、お兄ちゃんが知ってるキリツグのこと、知りたい、私の知らないキリツグのこと」

 

 

 涙が零れた。

 

 気が付けば俺の眼からも同じものが流れていて、零れた涙がどちらのものかも分からなかった。

 イリヤが涙と共に言葉を紡いでくれた様に、俺も涙を流したのだから、同じ様に言葉を紡ごう。

 

 俺は、敵じゃない、イリヤだって敵じゃない。

 俺は今日ここに、話しをしに来たのだから。

 

「聞いてくれ、信じろとは言わない、ただ知っておいて欲しい、切嗣がしたこと、していたこと、どれだけ、イリヤのことを想っていたのかを」

 

 

 

 

 

 そう、話しは戻る。

 眼の前の少女をどう表現すればいいかという点だ。

 

 雪でも無い、儚さで言えば発泡スチロールなんかも当て嵌まるかもしれない、でも、それは違う。

 

 表現する必要なんてないんだ。

 俺は知っているから、彼女が誰なのかを。

 

 表現なんて必要無い、イリヤスフィールはイリヤスフィール、可愛らしい少女で、切嗣(オヤジ)の娘で―――。

 

 

 ―――俺の、家族なんだ。

 

 


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