雪の様な―――という表現がある。
それは白さを表現する為に使われる事が多くある。
だけど俺は想うんだ、雪は少しの陽の光で溶けてしまう程に儚い、暖かさの中に雪があれば溶けてしまう。
もしかしてそれは、脆く、孤独な物を表しているのではないかと。
目の前で椅子に座る少女、イリヤスフィ―ル。
彼女を言葉で表すならば何としたものか、雪の様な…というのは使いたくない。
何故なら彼女は孤独では無いから、彼女には味方がいる。
とても頼もしい大英雄が付いている。
だから、彼女を表現するならそれは――――。
「いらっしゃいお兄ちゃん、初めましてだね」
「あぁ、いきなりきて悪いな」
笑顔で投げかけられた挨拶にこちらも笑顔で返す。
今の俺は衛宮士郎、マスターでは無い、ただの衛宮士郎だ。
ならば敵対する必要は何処にもない、警戒する必要も何処にもない。
「あれ?お兄ちゃんは私の事を知ってるの?」
「…あぁ、知っているよ、何度も、何度も何度も切嗣から聞いたんだ」
だけど、嘘を吐く。
優しい嘘なんて存在しない、後から真実を知ればそれは何よりも酷な嘘になる。
それでも俺は、嘘を吐く。
確認のしようが無い以上、心を痛めるのは俺だけで済むのだから。
そしてその嘘には意味がある。
これは、言峰から聞いた話だ。
『士郎、お前の義父である衛宮切嗣がイリヤスフィールの父であることは知っているな?』
「あぁ、勿論だ」
『あの男は何度もアインツベルンの本拠へ向かっていた、何度も何度も、極寒の大地に一人佇み、決して立ちいることが出来ない結界の中にいる娘を想っていた』
「それって…イリヤがそこにいたってことなのか?」
『そうだ、あの少女はそれを知らない、迷える子羊に手を差し伸べるのが神父の仕事とはいえ、生憎とその役目は私では無いのでな…どうだ、これで今晩の夕食は―――』
「ありがとな言峰!少し出てくる!」
なぜ急にこのことを教えてくれたのかは分からない。
俺の味方をしてくれているからなのか、何か思うところがあってなのか、それは知らない。
ただ、言峰が言った通り、これは俺がやるべきことなんだと感じた。
伝える人がいるのなら、それは俺なんだって、そう感じたんだ。
傲慢なのは分かっている、そうじゃないと言う人もいるだろう。
だけど、俺は自分の感じたその使命感に似た者から、逃げることはしたくない。
眼の前の少女は震える声を絞り出す。
「キリツグが?嘘、だってあの人は一度も私に会いに来てくれなかった、私に興味なんて無かったハズよ」
「イリヤ、聞いてくれ」
それは誤解なんだ、大きな誤解なんだ。
そう言ってしまいたかった、だが、それは出来ない。
確かに誤解かもしれない、だけれども、何が誤解かも説明しないまま誤解ということだけを伝えれば、彼女は何を信じればいいと言うのか。
「嫌、聞かない」
「頼む、イリヤには
俺が知っている後悔は自分の物、だから切嗣が本当に後悔していたのか、それは分からない。
だけど、きっと俺なら後悔する。
会いたい人に会えず、その人がいる場所にも近づけない、そして、何も伝えられないままに死んでいく。
まるで悲劇、喜劇には程遠い、そこに後悔が生じないと誰が断言できるのか。
座っていたハズのイリヤは椅子から立ち上がり、一歩一歩、何かを踏みしめながらこちらに歩み寄り、そして口を開く。
「どうして?士郎は幸せだったはずでしょ?なら自分の幸せを大事にすればいいじゃない!」
「―――ッ!」
シアワセ?
あぁ、幸せか。
幸せ、だったのだろうか、あの地獄を生き延びて拾われた俺は…。
いや、不幸であるはずが無い、今生きている事実を不幸だと言うことなんて、俺には出来ない。
「私はそんなこと無かった、知ってる?身体って開いても閉じれば治るんだよ?」
知るはずがない。
だけど、それがイリヤの経験してきたことなのだろう。
「知ってる?私は
知りたくも無い、イリヤはイリヤだ。
作られたんじゃない、授かったんだ。
後ろで金属が音を立てた、聞こえているのだろう、あの二人に、そして耐えているのだろう、聞こえるという苦しみに。
「切嗣は私とお母さんを捨てた、そうでしょ?そうなんだよね?」
見開かれた目の奥に見えたのは悲しみ、狂気、そして嫉妬。
それは恐らく、現実と、自身と、俺に対する物。
「だから誰も
その目に、涙が浮かぶ。
歩み寄ってくれた彼女との距離はもう一メートルも無い、手を伸ばせば届く距離。
なのに、その口から染み出る言葉は段々と小さく、一メートルという距離でも聞こえない程に弱々しくなっていた。
「イリヤ」
―――何を話せばいいのか、分からなくなった。
目の前で涙を浮かべる少女を前に、語るよりも先に、するべきことがあると思ったから。
だから、抱き寄せた。
胸の内に、暖かさが伝わる様に。
優しさを感じてもらえる様に。
背後から殺気が伝わる、あの二人だろう。
刺されるかもしれないな、あぁ、危険だ。
だけど、この抱擁を止める理由にはならない。
「私ね、許せないんだって思ってた」
「お兄ちゃんはキリツグに選ばれたんだって思うと、真っ黒な何かが心を染め上げるみたいに苦しかった」
「でも、でもね、私、知らないの、お兄ちゃんが知ってるキリツグのこと、知りたい、私の知らないキリツグのこと」
涙が零れた。
気が付けば俺の眼からも同じものが流れていて、零れた涙がどちらのものかも分からなかった。
イリヤが涙と共に言葉を紡いでくれた様に、俺も涙を流したのだから、同じ様に言葉を紡ごう。
俺は、敵じゃない、イリヤだって敵じゃない。
俺は今日ここに、話しをしに来たのだから。
「聞いてくれ、信じろとは言わない、ただ知っておいて欲しい、切嗣がしたこと、していたこと、どれだけ、イリヤのことを想っていたのかを」
そう、話しは戻る。
眼の前の少女をどう表現すればいいかという点だ。
雪でも無い、儚さで言えば発泡スチロールなんかも当て嵌まるかもしれない、でも、それは違う。
表現する必要なんてないんだ。
俺は知っているから、彼女が誰なのかを。
表現なんて必要無い、イリヤスフィールはイリヤスフィール、可愛らしい少女で、
―――俺の、家族なんだ。