Fate/Endless Night   作:スペイン

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第九話 最終試験

「修行を終える…か、衛宮、理由は聞かん、だが一つだけ条件がある」

 

 柳洞寺の道場、道着に着替えた俺と葛木は対面し、俺が今しがた修行を終えたいと話したところだった。

 少し意外だったのは、その言葉を聞いた時に少しだけ葛木の眼が開かれたことだ。

 小さな動揺…だったのかもしれない。

 

「私と全力で戦うこと、それが条件だ」

 

 

――――第九話 最終試験

 

 

「全力、つまり衛宮の持ち得る全てを用いて私に勝って見せろそれが私の教えてきた技であり戦い方だ」

 

 そう、その通りだ、時にはうつ伏せの状態からでも相手を殺す為に、時には目を閉じた状態でも気配を読み取って相手の不意を討つ為に、時には自身の周りに存在することすら許さない戦いを、俺は教えられてきた。

 

「高校の二年も冬、長い期間私の下で学んできた衛宮の腕は私に追随する程になっている」

 

 三年に上がるその前に、この修行にケリを付けたい、それが俺の目標だ。

 持ち得る全てを使用して勝ちに行く、その為にも―――。

 

 俺は道場内に置かれている竹刀をまとめた筒の位置を確認し、葛木に背を見せない様にじりじりと後退する。

 

「さぁ、始めるぞ衛宮、私が教えた物を見せてくれ」

 

 

 

 そして、視界から葛木が消えた。

 否、屈んだだけだ、しかしそれは崩れ落ちたのではと見紛う程に自然で、地面に吸い寄せられているのではと勘違いする程に素早かった。

 

 対して俺は腰に右手を持っていき低く構え、大きく背後に飛び退りながら葛木を視界の内に収めた。

 

 

 一歩、大きく踏み込んだ葛木は脚部に力を込め、飛び退り距離を取った俺に喰らいついてきた。眼前、その速度を右足一本で止めたかと思えば俺に背を向けた葛木、右足に乗った速度は回転の助力となって回し蹴りの遠心力を高める。

 

 しかし回し蹴りの殺し方は習っている、先程飛び退ったのとは違い今度は踏み込む、脚の付け根に近い位置にわざと肩を当てに行って勢いを殺す。

 

 そして腰溜めにしていた右の掌底で葛木の腹部に攻撃を―――。

 

 その掌底は空振った。

 

 誰が信じられようか、俺が止めた回し蹴り、その回し蹴りを止めた肩を支点として葛木は俺の身体をぐるりと回っていた。

 

 それを理解した時、首に強い衝撃が走り一瞬意識が飛ぶ。

 目の前が点灯したかの様に一瞬だけ、しかしそれが、大きな隙を生む。

 

 前のめりに倒れ始めた俺の首を掴み、そのまま地面に倒す形で葛木に抑え込まれる。

 

 寸での所で意識が戻り、地面に両の手を着いて転倒を阻止、その後一瞬だけ葛木の手から離れる為に自分から地面に向かって頭を付ける、僅かに離れた首の手、拘束されていない状況を活かして身体を百八十度回転させて背を床に、前方に葛木を迎える。

 

 すぐさま対応を変えた葛木による踏み付けを両の手で防ぐとともに流し僅かだが体勢を崩させてその隙に転がり立ち上がる。

 

 瞬きの隙も与えずに遅い来る拳、防ぐことを一瞬考えるがその先には防いだ腕を取られ投げられる未来が待っている。

 その思考を身体の動きに反映させる。

 

 大きく後ろに仰け反り一撃を躱し、葛木の伸ばされた腕を掴み投げの姿勢に入る。

 

 しかしここで背負い投げを選択したのが悪かった。

 一瞬、あまりにも容易く投げられる事に疑問を持つもそのまま実行を移そうと考えた悩みの隙を突くかのように背中に鈍痛が走る。

 

 前方に倒れながらも身体を捻って葛木の方へ向き直ればそこには丁度、足を降ろす葛木がいた。

 成程、今のは膝による攻撃、投げられる寸前、わざと跳ぶことで引っ張られる時に背中に接近する。その一瞬に背中へと膝を叩きこんだということだ。

 

 自身の師ながらに感動する程の技量だ。

 

 一度距離を置いたことで互いに出方を窺い合う。

 

 ここで俺は跳び退るのでは無くじりじりと足を床に着けた状態で後退していく。

 その理由は竹刀の存在、運が良いのか丁度後方に竹刀の筒がある。

 

 葛木も明らかにそれに気付いている。

 それでいて、見逃してくれる様だ。

 

 それでも油断はしない、これは戦い、背を見せれば死ぬ。

 

 葛木に殺されかけたことなんて両手でも数えきれない回数だ。

 竹刀を後ろ手に取り、二刀を構える。

 

「衛宮、お前の二刀流は既に私の教えられる範疇を超えている、刀の扱いとしては一流とは呼べないが、私の教えた技術と合わせることで恐ろしいまでの技に昇華している」

「それは自分の技術を褒めてるのか?それとも俺の技術を誉めてるのかどっちなんだ?」

 

「ごほん…行くぞ」

 

 何で少し頬を赤らめたんだよ!!

 

 俺は二刀を逆手に構えてスタンスを広めに取って葛木と相対する。

 俺が一番得意なのは防戦からのカウンター、それは葛木も分かっている。

 

 それ故に手を出しては来ない、こちらも攻勢に出れば葛木の防御の厄介さを理解しているので迂闊には攻撃出来ない。

 

 しかし、ずっとそのままでは何も変わらない、この状況が何時間も続けば先に疲労で潰れるのは両手に竹刀を持った俺だ。

 なら、必然的に先に攻めるのは俺になる。

 

 わざと右足で深く踏み込み攻撃を誘うが乗ってこない、なら、その踏み込んだ一歩からさらに一歩―――。

 

 僅かに拳を動かした葛木、まだ攻撃を加える程の範囲じゃないということか。

 逆手持ちである以上、俺の攻撃範囲にも未だに入っていない。

 

 じりじりとお互いに距離を詰める。

 

 ――――――――――――今!

 

 しかしその反応は葛木も同じ、閃光の如く迫る拳。

 

 右手、逆手に持った竹刀の腹を利用してその攻撃を流す、しかしそこは流石葛木、拳が刃の腹を流れていく中で手を開き、竹刀は握り拳を振り抜いたその方向にそのまま引っ張られた。

 

 引っ張る為に踏みだされた足、少し無理な体勢だが、俺の竹刀を引っ張り無理やりに姿勢を保つつもりだろう。

 

 膂力は向こうが上、それ故にこのまま引っ張られれば崩れる。

 このままでは姿勢を崩し、一撃の下に沈められる。

 稽古の中で何度も経験した。

 

 同じ間違いを繰り返すと、いつも葛木は悲しい顔をした。

 自身の教え方が悪かったのかと呟きながら再度教えてくれた。

 それでも稽古の中で、俺は克服することが出来なかった。

 

 それじゃダメなんだ。

 それじゃ、この試験を終えることは出来ない。

 

 強くなったことを証明する。

 いや、証明したい、敵である以前に師であるこの男に、葛木宗一郎という一人の尊敬できる人間に対して、己の強さを知ってもらいたい。

 

 ――――俺の取るべき選択は。

 

 『武器を持っているということはそれだけで有利だ、攻撃の選択肢が広がるのは相手に取ってみれば恐ろしいことだからだ』

 

 葛木の教えは奇襲、ならば、葛木を超えるなら――――!

 

 

 

 俺は、武器を手放した。

 

 

 

 教えに背くのでは無く、教えの中で知った葛木の理論の裏を掻く。

 手放したことで葛木が行った行為は無意味に終わり、そのまま無理な姿勢を保てずに僅かながらも踏鞴を踏む。

 

 ―――その隙を逃さない。

 

 次に走らせるもう一刀で拳を振るいガラ空きになっていた葛木の胴に入れる。

 そのままにしていたら間違いなく掴まれる為、打ち込んだ竹刀を手元に戻す際に回転しそのままの勢いで葛木の背中にも一撃を打ち込む。

 

 そのまま通り抜ける様にして攻撃可能な領域から離脱、二刀からいきなり一刀に変わってしまったが攻撃を入れられる様になったことはかなり大きな変化だ。

 

 変化は続けなければそこで終わる。

 

 ここで攻撃の手を緩めては、何も変われない!

 

 

 痛みを感じさせずにこちらへ向き直る葛木に対して拳を放つ、まともにくらえばまずい頭部へ向けた拳。

 

 読んでいたと言うのか、葛木は下から突き上げる掌底でそれを防ぎ、もう一方の手で逆手持ちの竹刀を叩きこんでくる。

 それをわざと喰らい、横に身体をずらしながら勢いを竹刀に乗せてこちらも返す。

 

 不思議と、そこからは単調だった。

 

 打ち込み、防ぎ、打ち込み、返され、打ち込み、打ち込み、打ち込まれる。

 

 睨み合い、視線を読み、攻撃だけが静かな空間に音を立てた。

 

 

 

 夕焼けが道場を朱色に染める頃、俺も葛木も身体の一部が紅色を帯びていた。

 身体に走る熱がそのまま液体となって付着したかの様なその色、俺は今、かつてない程に自身の成長を感じていた。

 

 この戦いの中で成長している。

 この戦いの中で高揚している。

 この戦いの中で感動している。

 この戦いの中で感謝している。

 

 この戦いの中で――――。

 

 

 それでも、戦いには終わりが来る。

 

 朱色に満ちた道場が段々と闇の中に落ちていく。

 陽は落ち、月が昇る。

 

 遂には道場内に破砕音が響いた。

 互いが持つ竹刀が限界を迎えたのだ。

 

 そして、それは俺も同じ、戦い始めて何時間になるのだろうか、それでも葛木には未だに余裕が見られるのだから自分との違いを感じさせられる。

 いや、それさえも見せ掛けだけの物なのかもしれない、こちらの心理的動揺を誘う為の物であるとも考えられる。

 

 だが、見せ掛けで無いとしたら?

 

 相手の疲労を考えたうえで繰り出した一撃が容易くいなされれば反撃の機会を与えることになる。

 

 ならばたとえ限界であろうとも全力で、相手も万全であると考え己の全てを以て葛木に対する。

 

「あと一撃だ、衛宮」

 

「はい」

 

 されどもこちらの限界を見定められたのだろう、その言葉に素直に頷く。

 あと一撃、それは攻撃の回数では無い。

 

 一撃のクリーンヒット、生死を分ける程の一撃で終わりにしようということ。

 

 この時、葛木は決まって俺に歩み寄ってくる。

 その無防備にも見える状態から繰り出される一撃は心臓や頭部、時に股間すらも容赦なく狙ってくる。

 

 いつもなら待ち構える俺も、今回ばかりは歩み寄る。

 

 互いに視線を逸らさない、それは初動を悟らせない為であると同時に、牽制でもある。

 どちらかが先に動けば、それを抑えに動くと同時に潰しに掛かる。

 

 心の中で渦巻く感情。

 

 感謝、羨望、嫉妬、欲求、義憤…それら全てを拳に乗せて、それら全てを忘れない為に―――。

 

 

 

 

 

 どちらかが動いた。

 

 どちらかがそれを防いだ。

 

 どちらかがその身に拳を受け、どちらかがその場に崩れた。

 

 ――――しかしてその一瞬、崩れゆくその男は最後の力を振り絞り、一撃を放った。

 

 それは相対する男も予期しない物だった。

 

 己の最高の一撃を受けてなお、意識を留めているとは考えていなかった。

 

 その油断、その傲慢、その慢心の隙を突いた決死の一撃。

 

 崩れ去る男が床の冷たさを感じる未来に変わりは無い、しかし、本来であれば膝を着く未来を持たないはずのその男は、決死の一撃を受け床の冷たさを膝で知った。

 

 こうして、最終試験が終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、俺は確かに聞いた。

 

「成長したな、衛宮、この様な感情が私に残っているのは驚きだが」

 

 それは師の声、尊敬し、羨望し、背を追った師の声だった。

 

「私は、どうやら嬉しいらしい」

 

 不器用なその一言に、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 




誤字訂正 『次に走らせるもう一刀で拳を振るいガラ空きになっていた言峰の胴に入れる』→『次に走らせるもう一刀で拳を振るいガラ空きになっていた葛木の胴に入れる』

 何故か言峰さんが出張してきていたので帰っていただきました、ごめんね言峰さん。

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