◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
―――珱嗄、僕と一緒にいて。
そう言いたかった。でも、呑み込んだ。
「流石は珱嗄の家族達だね、皆面白い人達だ」
出て来たのはそんな誤魔化しの言葉で、悪平等である僕らしからぬ嘘。珱嗄はぎこちなく笑う僕の顔を不思議そうにじっと見つめている。
失敗したかな。
あまりにも蚊帳の外だったから、珱嗄が僕の知らない所で僕の知らない顔をしていたから、なんとなく胸がざわついた。感情のままに僕が行動するなんて、本当に失敗したと思う。
僕は平等な人外――人間みたいな衝動的行動をするなんて、本当にらしくない。
その証拠にほら、珱嗄だけじゃなく皆が僕のことを不思議そうに見ている。なんだか無性に帰りたくなってきた。居た堪れない空気に、心が痛い。
「はぁ……ほら、見てみろなじみ」
「え?」
そんな僕に声を掛けたのは、この中で唯一僕を知っている人外、珱嗄。
僕の両肩に手を置いて、僕を皆の前にずいっと突き出した。珱嗄の意図が分からない――展開に付いていけていない。
すると、皆と目が合って全員の顔が見えた。
そこにあったのは、呆れ――というよりは親しみを感じさせる表情。なんというか仕方のない子供を見るような、そんな顔だ。
唐突な僕の行動に憤るでもなく、寧ろ歩み寄る様な感情が向けられていた。くすぐったくて、さっきとは違う意味で居心地が悪い。慣れてない感情に戸惑いしか出なかった。
「
「お、それは気になるところやなぁ……同類っちゅうのも気になるところやし、なによりなじみさんとの関係も詳しく聞かせてほしいわ」
「どうせまた無茶苦茶ばっかりやってるんでしょ? ボクと旅してる時もそうだったし……」
「え? ……ちょ、何?」
予想外の反応に呆気に取られてしまう。人外の僕を圧倒する勢いで彼女達は僕に質問を投げかけてくる。所謂ガールズトークという奴に巻き込まれた僕は、見る見る内に彼女達の中心で椅子に座らされていた。
この僕に何の抵抗もさせずに椅子まで追いやるなんて、何者なんだろう彼女達は。ギャグ補正的な力を感じるよ。
「そいつらは人外も人間も関係ない、確かな絆と想いで強引に歩み寄ってくる稀有な奴らだ。面白いぜ? なんせ俺と家族の絆を結んだ奴らなんだから……お前程度に歩みよることなんて、呼吸するより容易くやってのけるさ」
「珱嗄……」
珱嗄が僕の事を見ながらゆらり、いつもの笑みを向けながらそう言った。
僕程度、か。改めて僕に詰め寄ってくる彼女達のことを見る。
皆僕に歩み寄ろうとしているのが分かる笑顔を浮かべて、僕の視線に好意の籠った視線を返してくる。お人好し、という奴なんだろうね。
きっと彼女達は主人公、もしくは主人公になれる素質を持った存在だ。
英雄にだってなれる。ヒロインにもなれる。その気になれば、誰も傷つかない形で争いを収めることも出来るし、世界を救うことだってやってのけるだろう。そういう存在だ。
だからきっと、僕は彼女達にとってただの女の子で、人外の力なんて関係なくて、悪平等も人格も関係なく接することが出来るんだろう。
絆を紡ぐ力――それはきっと、人外の力もちっぽけに感じさせる程大きく強力な力だ。
「そうだね……流石は珱嗄の家族だよ。流石の僕もお手上げだ」
「わはは、その家族の内に……お前もいるんだぞ、なじみ」
「!」
「俺がそう思って、今決めた。文句は聞くだけ聞いてやる」
珱嗄が笑う。いつも通り、普段通り、通常通り、世界滅亡の危機にだって臆さないような笑い声を上げて、僕を指差してくる。その笑い声はきっと、彼が望めばどんな場所どんな世界にだって届くはずだ。
世界を救うことも出来て、世界を滅ぼすことも出来る彼は、きっと全知全能だとか
だから、僕を家族だと言った彼の言葉は折ることが出来ない。彼がそうだと言ったのなら、それはそうなんだ。止めることは出来ないし、止める気すら起こさせない。
全く――だから彼の周りには、僕みたいなのが寄ってくる。
「文句は……ないよ」
「知ってるよ、この寂しがりめ。頭を撫でて可愛がってやろうか」
「ん、じゃあやって貰おうかな」
「オーケー、家族サービスだ。ありがたく思いな」
そう言って彼は僕の頭を撫でる。ちょっと荒っぽく、髪がぐしゃぐしゃになりそうなその手付きが少し、心地良い。
寂しがりというのも、バレてたみたいだ。きっとさっき言おうとした言葉も察していたんだろう。多分、この場に居た全員が気づいていた。
恥ずかしいなぁちくしょうめ。この世界が小説だったらラッキーだね、僕の赤面顔なんて読者には見せられないし。僕はいつだってクールでカッコいい知的な人外、安心院なじみさんだ。赤面なんてしないし、実はすごく恥ずかしがっているこの内心だって文章にされない限りはバレはしない。
完璧だ。今の僕はとりあえず体裁は保てている。
「ふにゃあ……」
「なじみ、顔がだらしないぞ」
おっと、珱嗄に撫でてもらうのが気持ち良くてちょっと気が抜けたみたいだ。危ない危ない、折角体裁を保てていたのに、もう少しで崩れるところだった。セーフセーフ。
「なんにせよ、君の家族はやっぱり君の家族だね。一味も二味も違う」
「今の所、妹とペットと娘がいるから、あとは妻とか姉とか?」
「皆女の子なんだね? ハーレムでも作るつもりなのかな?」
「まさか、男もいるだろ。クロゼが」
「あれは親友ポジだろ?」
「従兄でいいだろ」
「結構遠いな俺のポジション!!」
いつもの調子で話すと、其処へ先程連れていかれた黒髪の男が戻ってきた。ボロボロだが後ろのしゅんとしている少女を見る限り、勝負は彼の勝利の様だね。
「お前アインハルトに勝ったの?」
「あーまぁな……体力勝ちって感じだ」
「ふーん、興味ないわー」
「お前絶対いつか殴るからな」
ゆらゆらと笑う珱嗄が、また皆と話し出す。
でもそこにさっきみたいな居心地の悪さはなくて、僕の知らない珱嗄がいてももやもやとした感情はない。所か僕も一緒になって笑うことが出来た。
家族、か。
―――案外それも、悪くないかな。
珱嗄の家族は皆、人外も人間も関係ない領域の存在だ。秤にかけること自体が間違っているし、かける意味もない。此処では皆家族で、此処では僕もただの女の子――珱嗄といるということは、そういうことだ。
だから平等な僕は、素直に僕を依怙贔屓することにした。
「ありがとう、珱嗄」
ぼそりと呟いたその言葉はきっと、皆聞こえていたと思う。
◇ ◇ ◇
「という風になじみが寂しがりを発揮したんだよ」
「ほほーう? 流石の安心院さんも乙女ですなぁ☆」
「『あはは』『安心院さんも可愛い時があったんだね!』」
「ああ、だが恥じることではない。寧ろそれを聞いて私は安心院さんに親しみを持てた」
珱嗄が生徒会メンバーに昔のことをバラした。何故か不知火ちゃんがいるのが気に入らない。絶対言いふらすぜこの子。
「まぁ昔の話さ」
赤面なんかしていない。不敵に笑って僕はニヤニヤ笑う生徒会メンバーの視線を華麗に受け流す。
超恥ずかしいし、此処で悶え死ぬような思いだけれど、それを隠して僕は紅茶を飲む。カップを持つ手が震えてなんかないし、笑みを浮かべる口端がひきつってもいない。珱嗄を愛していることに気が付いた僕からすれば、当時から珱嗄を好きだったということは寧ろ誇るべきことだ。うん、そうに違いない。
だから恥ずかしくない。この内心は見た目じゃわからないし、この世界は漫画の世界だ。モノローグでもこの内心を書き綴るには文章が長くなるから大丈夫さ。きっと意味深に不敵な笑みを浮かべた僕が一コマ潰す程度で処理されるさ。この世界は小説じゃないんだからね、うん。
だから恥ずかしくなんて………ないもん。