◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
――珱嗄inソードアートオンライン――
珱嗄がこの世界にやってきて、最初に思ったのが、肉体が違うということ。どう見ても弱体化している。取り急ぎ、スキルを使って確認してみる。どうやら精神があれば、肉体が違ってもスキルは使えるらしい。やはり力は力でしかなく、それは使う側の問題。肉体はスキルを外界へと放出する為の部品でしかない訳だ。ならば、この違和感しか感じない肉体であろうと、スキルを使う精神が宿っていれば、スキルは使えるのだ。
ということで、スキルを使ってみたのだが、どうやら珱嗄の本当の肉体は昏睡状態であるらしい。この世界はただのゲーム世界だ。ハンターハンターで言う所の、グリードアイランド。この世界で死ねば、現実世界の肉体は脳神経を焼き切られて死ぬらしい。ゲームをする為に被るヘルメットの様な形の精神ダイブ機械、『ナーヴギア』から発せられる電気攻撃によって。
だが、それを理解した所で、珱嗄は特に何も思わなかった。何故なら、電気機械の発する程度の電気攻撃で、珱嗄の肉体が破壊出来る筈もない。あの肉体は、かの獅子目言彦同等の耐久力と頑丈さを持っているのだから。
さて、差し当たっての状況確認を終わったので、このゲームの進行具合と現状装備、自分が何処に居て、此処はなんの目的を達成するためのゲーム世界なのか、それを確認する。
そこで分かったのは、ここは『ソードアートオンライン』と呼ばれる世界で、1から100層のフィールド踏破型RPG的要素を含むゲーム。武器は基本的に刀剣類であり、魔法は存在しない。代わりに、剣を使った『ソードスキル』と呼ばれる、剣技をシステムアシストで発動させることが出来る。
そして、各層には各層ごとにボスが存在し、それを打倒することで次の層へと進む事が出来るのだ。そして、100層のボスを打破することで、ゲームクリアと成る。
重要なのは此処からである。この世界ではログアウトという選択肢を選んで現実世界へ戻ることが出来ない。ゲーム管理者であり、開発者である茅場晶彦によってゲーム世界へ閉じ込められてしまったのだ。そして、先程も言ったが、ここではゲームオーバー……つまりHPを0にした時点でゲーム世界から消滅、現実世界の肉体も死亡することになる。
―――ゲームを使った大量殺人。言ってしまえばそういう事だ。
さて、そこまで分かった所で、現状このゲームは第74層までクリアされているらしい。大幅に出遅れている。これはなんというか、差は広いな。
そこで、珱嗄のいる場所は第1層の始まりの街だ。装備は、初期装備。丁度、今ゲーム始めた、という設定らしい。このゲームに限ってはありえない、『第2陣』と言うべきプレイヤーなのだろう。
「さて……と、それじゃあ取り敢えずボスにでも挑もうかな?」
珱嗄は少しだけ楽しくなって来ていた。何故か、それは珱嗄であっても視界左上にあるHPバーが失われれば、この世界から消滅する、という事に他ならないからだ。しかも、この世界では珱嗄も普通に攻撃が通るし、普通に全力が出せるし、普通に楽しむ事が出来るのだ。
楽しくない、訳が無い。
「ふむ、その前に剣を刀に変えて来ようかね……今まで使ったことがある武器なんて、基本『陽桜』だけだし、代わりになる刀があればいいや」
とりあえず、珱嗄はそう呟いて、武器屋へと歩いていくのだった。
◇ ◇ ◇
そして、武器を刀に変えた。何故かは知らないが、とりあえず武器として珱嗄が求めたのは、耐久力だった。故に、珱嗄はこれを選んだ。
『冒険者の刀』
STR20%減 耐久力∞
→この武器は破壊されない。代わりに攻撃力を下げる。
初心者がまず間違いなく選ばない武器である。確かに破壊されないのはかなりのメリットだが、初心者の少ない攻撃力を2割も下げるのだ。これは大きな痛手だ。だが、珱嗄に限ってはこれが上手く働くことになる。
珱嗄は戦闘において並外れた経験を持っているのだから、肉体が弱体化していても問題ない。それ位の誤差は修正可能だ。今までだって、敵の攻撃で弱体化やピンチの状況での戦闘は幾らでもあったのだから。
「じゃ、とりあえず……迷宮行こうか、ボスを見てみたい」
珱嗄はそう言って、目の前にある迷宮への入り口へと入っていく。
この時珱嗄は自分の勘違いにより、一つの間違いを犯していた。迷宮というのは地下にあると思っていたのだ、珱嗄は。故に、珱嗄は第1層のボスのいる迷宮、ではなく――――地下にある迷宮へと入り込んでしまっていた。
「……これは、どういうことかな……?」
珱嗄が迷宮に入ってしばらく進んだ所で、一匹のモンスターに出会った。名前表示はスカベンジトード。ステータスは一切読みとれない。おそらくレベル差が激しいのだろう。
だが、珱嗄は持ち前のスキルで詳細を知る。おそらくは60層相当のモンスターであろう。
「倒してみようかな?」
珱嗄はとりあえず刀を抜いた。すると、スカベンジトードは珱嗄の方を向いて、飛び掛かって来た。おそらく、一撃でも喰らえばHPは全て持っていかれるだろう。
珱嗄はその飛び掛かりを躱し、刀で一閃。ソードスキルは使っていない。というか、使い方が分からない。
「っと……わーお、一切HPが減ってない。防御力がこっちの攻撃力を軽く超えちゃってんな……」
珱嗄は負ける気はしなかったが、勝てる気もしなかった。攻撃が一切通用しないのだから。だが、ダメージが皆無という訳ではない。でかいカエルのモンスターである故に、装甲なんかはない。刀は通る。
HPを1ドット、削っていた。つまり、1ダメージを与えていた。
「一撃で1ダメージか、面白い」
珱嗄は再度刀を構える。この世界には恐らく、珱嗄だけが出来る戦闘技能がある。それは、気配の察知。このゲーム内では恐らく『索敵』スキルなんかを使って不意打ちやモンスターの接近を知るのだろうが、珱嗄はそれを地で行うことが出来る。幾多の戦いで身に付けた、技能だ。
故に、珱嗄は分かっていた。このスカベンジトードが何匹もいる事を。そして、肉眼でも確認出来た。おおよそ数十匹のスカベンジトードが珱嗄を取り囲んでいた。
「だーいピーンチ……でもまぁ、いざとなればスキルもあるし……掛かって来いよ、カエル共」
珱嗄がそう言うと、一斉にスカベンジトードが襲い掛かる。珱嗄は大量に飛び交うカエルの隙間を正確に、的確に抜けて、その中で刀を振るう。連続して岩を刀で叩く様な音が響く。そう、絶え間なく、途切れることなく、さも連撃のソードスキルであるかのように、その音は途切れない。ガリガリと地面を削り、カエルを叩き、飛び掛かってくる軌道をずらし、一切の攻撃を受けないままに、自身の弱々しい攻撃だけを届かせる。
弱々しくも、確実に奴らのHPゲージを削る攻撃を届かせる。
「――――弱い、今の俺よりも断然速いけれど、弱いぞお前ら」
「ゲガアアア!?」
一匹、ゲージが0になって消し飛んだ。実際、どれだけ実戦経験があろうが、圧倒的な性能の差がある。勝てる筈が無いのだ。
だが、珱嗄はそこで、此処がゲームであることを利用する。敵の動きも攻撃も全てがゲームでシステム設定されたものだ。故に、珱嗄は設定された動きのパターンを読み、数多くのカエルをどう動けばどう動いてくれるのかを先読みしているのだ。
つまり敵を自分の思ったパターンの攻撃で、自分の思った場所へと誘導することで、敵の攻撃を完封しているのだ。だから攻撃は当たらない。珱嗄の攻撃のみが当たる。何故なら、誘導した場所へ刀を振れば、当たるのだから。
「―――案外、簡単じゃないか」
二匹、三匹と、次々カエルが吹き飛び、ドットとなって消えていく。そうしている内に、珱嗄のレベルが戦闘中にも限らず上がっていく。まさしく鰻登り、1だったレベルは、10、20、30と上がっていき、それにつれてステータスもぐんぐんと向上していく。
それにより、カエルを倒すのも容易になっていく。カエルが吹き飛んで行く間隔は短くなっていき、そしてついにはその数は0になった。
「………っと終わりっと」
総計89匹のカエルが死んだ。珱嗄のレベルは、異常な伸び方をして、戦闘が終了した時点で78レベルになっていた。初期装備なのに、レベルは78。おおよそ60層レベルだ。現在の時点で74層までクリアされているのだが、おそらく攻略組はおおよそ100レベルと言っても過言ではない位のレベルだろう。今の珱嗄はまだ攻略組には到達していないだろう。
「さて……進むか」
珱嗄は刀を抜き身のまま進む。ハンターハンターで戦っていた頃の『陽桜』を思い出して、少し懐かしかった。
「………!」
そして、数歩進んだ時点で、珱嗄は気付いた。前から近づいてくる大きな一つの気配に。
「まぁモンスターだろうな。ボスかな?」
珱嗄が刀で地面を叩く。すると、甲高い音が響き渡った。それに気付いたのか、目の前に一つの大きな影が現れた。巨大なモンスター、ボスのモンスター、ステータスが見えない、ということは60層以上のモンスターであろう。だが、珱嗄はスキルで理解する。これは90層以上のレベルのモンスターだと。
名前は、ザ・フェイタルサイズ。まさしく死神と言っても良い位の容姿をしている。その大きな鎌は、おそらく喰らえば一撃で半分以上のHPを持っていかれるだろう。
「いいね、面白い。来いよイカレ髑髏―――叩きのめしてやる」
珱嗄の言葉と同時、死神は動きだす。目の前から消え、珱嗄は頭を下げる。気配を感じたのだ。すると、先程まで珱嗄の頭があった所を鎌が通り過ぎた。そして、珱嗄はバックステップで近づき、死神に刀を届かせた。やはりHPは減らない。減っても1ドットだ。
「……仕方ないな」
珱嗄は呟きながら、首をコキッと鳴らした。
◇ ◇ ◇
この世界の攻略組の一人、ソロプレイヤーのキリトは結婚相手であるアスナ、一時的な娘であるユイ、そして依頼者である女性、ユリエールの四人で、地下の迷宮へとやって来ていた。目的は、ユリエールの仲間であるシンカーを救出する事。彼は此処に取り残されてしまっているのだ。珱嗄の戦ったあのカエルといい、あの死神といい、高レベル帯のモンスターがうじゃうじゃいる中で、勝てる筈もない。
「ん……剣戟の音?」
「え? ……あ、本当だ……誰か戦ってるのかも」
「アスナ、一応警戒してくれ……ユリエールさんはユイを頼みます」
「あ、ああ……分かった」
キリトとアスナは攻略組でもかなりの実力を誇るプレイヤーだ。損所そこらのモンスターに負ける程、弱くはないし、数々の戦場を乗り越えて来ている。
様々なモンスターと戦ったし、幾多のピンチだってどうにか乗り越えて来た。だからこそ、自分が強いという自負がある。
「………なっ……!?」
だが、だからこそ目の前の光景が信じられなかった。ステータスが見えない格上のボスモンスター、それと対峙する一人の男。レベルは78、中堅プレイヤーだ。
なのに、彼は一撃も喰らっていない。寧ろ、ボスモンスターのHPゲージが既にレッド、危険域まで減っているのだ。ありえない。
「どういうこと……?」
「分からない、けど……」
男の刀は、キリトもアスナも見たことがある。始まりの街で購入出来る安い剣だ。それにも驚いたが、なにより驚いたのは、男が『ソードスキル』を使っていないことだ。このスキルを発動させると、エフェクトで刀が光、剣を振ると光の軌跡が出るのだ。
だが、男の刀は一切光らず、軌跡も出ない。本当に自分の力のみで戦っている。そして、
『ガアアアアアア!!!!!』
死神は倒れた。そして、ドットになって消滅する。大きな『
「ふー………しかしかなり時間掛かったな……あ、レベル上がった」
そして、男は少しばかり運動しました位の軽さでそんな事を言う。そして、ステータスをあらかた確認した後、キリト達の方を向いた。
「やぁこんにちわ、お近づきの印にカエルの肉でもいかが?」
男、珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。