◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
――珱嗄in黒子のバスケ――
「オイ遅いよ遅いよ! なにやってんの! 出来る出来る! 出来ないと思うから出来ないんだ! 出来る! 出来るって! お前なら出来る! いいか、お前がこれをやり遂げた時、お前の価値はあの富士山よりも高いものになるんだ! 出来るんだよ! お前にはソレが出来るだけの素質があるんだ! 頑張れ! 頑張れ! それをやり遂げた時、お前は今日から、富士山だ!!!」
「暑、苦しい、です……っ……!」
さて、こんな感じで始まった訳だが。今回珱嗄が行ったのは、黒子のバスケの世界である。珱嗄がいつのまにか入らされていたバスケットボール部。ランダムな効果はどうやら物語に強制介入出来るようになっているらしい。
そこで、珱嗄が入った学校というのが、誠凛高校バスケットボール部だ。時系列的には桐皇学園リベンジ戦前の仕上げ期間の様だ。珱嗄はこの時期にバスケ部に入ったという設定らしい。アホか。
そして、現在やっているのは主人公である黒子君の特訓だ。黒子君はどうやら新しいドライブとかいうみょうちきりんな手品技を思いついたらしく、珱嗄は新入部員ということで黒子の練習相手にされていた。仕上げに集中したいからか監督である相田リコの身体鑑定も受けていないし、珱嗄にとっては練習初日なので、まだボールにも触れたばかりだ。
「というか、その消えるドライブ? ほんとに『キセキの中二病』を抜けるの? 俺まだ抜かれて無いんだけど」
「というかなんで止められるんですか。あと、『キセキの世代』です」
「ボールしか見てないから」
「え~……」
黒子はバスケ部でありながら体格的にも運動能力的にも恵まれていない。だが代わりに『
だが、それでも『キセキの世代』というとても素晴らしいバスケセンスを持った5人の選手の1人、青峰大輝という人物のいる桐皇学園に敗北したらしい。
そこで、黒子は新しい必殺技を身に付ける為に、新しく『消えるドライブ』を習得することにしたようだ。視線誘導で自分を見失わせて、その隙に抜くという技だ。だが、黒子の視線誘導は黒子を見ようとする視線を逸らす。ならば、黒子を見ずにボールだけ見てれば良いということだ。
「じゃあ次は俺の番な」
「え」
「へいへーい!」
「その顔止めて下さい」
珱嗄は黒子からボールを奪い、ダムダムとボールを跳ねさせる。その際の珱嗄の馬鹿にした様なドヤ顔が、イラッとさせる。
「じゃあ、俺も消えるドライブやってやろう」
「な……視線誘導が出来るってことですか?」
「いらないよそんなもん……」
珱嗄はそう言って、少し腰を落とした。黒子は止められないだろうと思いつつも、全力でディフェンスに務めた。
だが、次の瞬間――――
「!?」
―――珱嗄が消えた。黒子の肌を風が通り抜ける。抜かれた!? と振り返るが、そこには珱嗄はいなかった。更に困惑する黒子。そして、その背後から
「しゅーとぉ!」
「え!?」
「ゴール、イン!!」
声が聞こえ、再度振り返ると、そこにはなんと珱嗄がシュートモーションに入っており、既にボールを放ったあとだった。黒子は動くこともままならず、放たれたボールはすぱっと乾いた音を立ててゴールに入った。
まぁ抜いていないとして、消えた事も気になるが、まず最初に驚愕したのはそのシュートを決めた位置だ。
『キセキの世代』の一人、緑間慎太郎は、3Pシューターだ。その特異な才能は、コートの何処からでもシュートを決められるという所にある。例え、ゴールの端から端のゴールであっても確実に入れることが可能なのだ。
ここで珱嗄の決めた位置だが、それはまさしくコートの端から端だった。それは、緑間と同じことが出来るということに他ならなかった。
「案外難しいんだね、バスケって」
「いや今のは……?」
「いやね、ボールをさ、投げる力加減が難しいよな~」
「寧ろそれで出来てしまうのがおかしいと思うんですけど……」
「黒子君、人ってのは案外、何でも出来るんだぜ? 黒子君がダンク決めるのも可能なんだぜ?」
「………どうやってですか?」
「ほら、跳び箱の跳躍台使って」
「それはダンクとは言いません」
黒子は少し疲れた様に肩を落とした。消えるドライブで珱嗄を抜けないので少し不安だったが、どうやら珱嗄も『キセキの世代』レベルの動きが出来るらしい。ならば、まだ未完成な技で抜けないのも分かる。少しだけ、安心した。
「さ、練習の続きだ」
珱嗄はそう言って、キュッとバッシュのスキール音を響かせた。
◇ ◇ ◇
桐皇戦当日
戦況は、圧倒的誠凛の不利だった。青峰の驚異的なスピードと敏捷性、そしてどんな体勢でも決めてくるシュート能力、青峰一人だけでも誠凛はかなり圧倒されていた。
しかも、青峰以外の四人も自力で誠凛よりも上を行っていた。これは確実に敗色が濃い。
「いいかテツ、お前がどんな努力をして来たか知らねーが……そりゃ無駄な努力だ」
あの黒子の完成した消えるドライブも、エースである火神大我のキセキの世代並みの跳躍力でも、青峰は止められない。挙句、ダブルチームで付いても躱される始末。どうすれば止められるのか、全く分からない。
そこで、誠凛に更なるピンチが訪れる。
「ガッ………!?」
「鉄平!!?」
誠凛の頼れるセンター、鉄心と呼ばれた男、木吉鉄平が倒れた。これは、原作にはなかった事だ。だが、現実は非情だ。彼は以前バスケ中に負った膝の怪我をまだ完治させていない。故に、テーピングなどの処置で騙し騙しやってきていたのだ。いつこうなっていても、おかしくはなかったのだ。
「く……これじゃ鉄平は出せないわね……」
「待ってくれ……リコ、俺はまだ……っ……!」
「うっさい、黙ってなさい。今は強がりなんていらないの!」
監督のリコはそう言って、鉄平をドクターストップでリタイアさせた。させ、そこで次に出場する選手を選ばなければならない。普通ならば経験のある小金井や土田、水戸部といった控え選手を出すのだが、ここでは木吉以上のセンターを務められないと敗北は必至だ。何故なら、ゴール下が明らかにガラ空きだからだ。
「なぁ監督」
「何? 珱嗄君」
「ちょっと俺出してくれない?」
「………」
リコはそういえば珱嗄の身体能力を検査していなかったな、と考え、縋る様な想いに捕らわれる。
「ちょっと、服を脱いで」
「オッケイ」
珱嗄は上の服を脱ぎ捨てた。上半身が裸になる。そこには、圧倒的美とも言える肉体があった。締まりに締まった筋肉と、無駄な脂肪が一切見当たらない鍛え抜かれた肉体。リコの眼には、あたかも数十億の価値がある芸術品の様に映っていた。
「これは………! 珱嗄君、行ける?」
「無論だ」
「じゃあ、ユニフォームを着て!」
そこで時間切れ。メンバーチェンジで、珱嗄が出場する事になった。ぐいっと腕を伸ばしながら、コートに向かって歩き出す珱嗄。瞑目し、その口端をゆらりと吊りあげる。
そして、瞳を開くと同時、その足をコートに踏み入れた
―――ゾワッ!
瞬間、コート内にいる全員の背筋が凍った。まるで、目の前から逃れようのない大津波が襲い掛かってきている様に、雪崩が迫ってきているかのように、珱嗄という人間に脅威を感じた。敵だけでなく、味方である誠凛のメンバーも。
それもその筈だ。何故なら、珱嗄はバスケットマンではない。異なる世界の異なる時間で、多くの実力者と戦い、殺し合いをしてきた人間だ。つまり、珱嗄が放つのは闘志や戦意などの威圧感ではなく、紛れもない単純な――――
―――殺気
人も殺したことが無い輩が、人を殺してきた男の殺気に、耐えられる筈が無い。だから、珱嗄が殺気を放ったのは一瞬。それだけで、十分だった。
全員が珱嗄を弱者とは思わなかったし、寧ろ今までに会った事もない強者だと思った。見た訳ではないが、感覚で感じた。
「さーて……始めようか。加減無く手加減して、抜かりなく手を抜いて、散々舐めまくった上で、叩き潰してやるよ」
珱嗄はそう言って、木吉のいたセンターのポジションに付く。ポジショニングの相手は、それこそ全国区の実力者。なのに、珱嗄が目の前に『立っている』だけで、その迫力に呑まれた。
「あ………ぅ………!」
「どうした少年、足が竦んでるぞ」
試合が始まり、桐皇が攻めて来た。当然、ボールを持っているのは、青峰だ。
「ガングロが来たな……さて、どれくらいのものかな?」
「さっきはなにしたかしらねぇが……俺に勝てんのは俺だけだ!!」
前にいた誠凛のメンバーを全て躱して攻めて来た青峰は、珱嗄の目の前までやってきて、珱嗄も抜こうとする。だが、珱嗄は気だるそうに歩きだし、青峰と擦れ違った。
その時、青峰は珱嗄の態度に失望した。やる気もないというわけか、と。だが、そんなのはずっと前に味わっている。今更だ。止める気が無いならこのままシュートしてしまおうと考えた、のだが。
「よーし攻めんぞお前らー」
「!?」
自身の手の中に、ボールは無かった。そして、背後から聞こえて来た珱嗄の声に、振り向く。そこにはボールを持ってドリブルしながら歩く珱嗄の背中があった。
何時の間に取られた、と疑問が頭を過ぎる。だが、今はそんな事考えている暇はない。青峰は珱嗄を追い掛けた。幸い、歩いている珱嗄に追い付くのは簡単で、すぐに回り込めた。
「テメェ……なにしやがった……!」
「わはは、なに言ってんのガングロ少年。お前が勝手にボールを取られただけじゃないか」
「チッ……!」
ボールを取ろうと手を伸ばす青峰、その速度は、明らかに常軌を逸している。だが、珱嗄はそれをひょいっと躱した。
「遅い、遅いぞガングロ少年。お前には速さが足りない」
「なんだ――――!?」
「ほら、簡単に抜ける」
気付けば、身体を風が吹き抜け、珱嗄が視界から消えていた。そして背後から聞こえた声に振り向くと、そこには珱嗄がボールを持った状態で立っていた。青峰の方を顔だけ振り向き、馬鹿にするように笑う。
そして、青峰の様にボールを軽く振りかぶり、手首だけでシュートを打った。
「なっ………!?」
「まずは3点」
珱嗄の言葉と同時、宙を舞ったボールはシュパッとゴールに入った。これはキセキの世代目線でも異常だった。ゴールの方を見ず、ハーフラインよりずっと後ろで、しかも片手首の力だけでゴールを決める。そんなのはどう考えてもおかしかった。
だが、入ったモノは仕方ない。入ったのだからそれは点なのだ。
「掛かって来いよガングロ少年。俺に勝てるのは俺だけだ、とかいう笑える中二ジョークなんて、鼻で笑ってやるよ」
珱嗄のゆらりとした笑みと、一連の動きをしてなお息切れも汗もない様子に、青峰は久しく感じていなかった、自分よりも圧倒的に強い相手の気配を感じ取っていた。
「さぁ、反撃開始だ」
その言葉は、やけに響いた。