◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
結婚しようぜ
箱庭学園で、黒神めだかが理事長として就任し、彼女を中心とした物語が一旦幕を閉じた後の事。彼女の世代は、箱庭学園の黄金世代と呼ばれ、それぞれの生徒がそれぞれの部門で世界を取れるとまで言われた程だ。といっても、その中で本当に世界を取った卒業生は、あの柔道の反則王、鍋島猫美だけだった。
黒神めだか達は20歳を過ぎた頃に、スキルと呼ばれる不思議な力を失った。だが、その頭脳や身体能力に関してはスキルでは無く生来のモノ故に、失ってはいない。それぞれがその才能で頭角を現し、それぞれが己の居場所で頑張っている。雲仙冥利など、自分で自警団を作ってしまう程だ。
とはいえ、そんな話は今回特に関係無い。
今回はそんな黄金世代の中で、人外と呼ばれていたあの安心院なじみと、世界最強と呼ばれた泉ヶ仙珱嗄が、どうしているかという話だ。彼らはめだか達が失ったスキルと呼ばれるスキルを失ってはいない。寧ろ、20歳などとうに超えてしまっているのだから、今更という所だが。
知っての通り、珱嗄となじみは恋人同士だ。数十億年という時間を共に過ごし、健やかなる時も、悔やまれる時も、共に乗り越えて来た、言ってしまえばパートナーの様な関係なのだ。そんな中で、なじみは珱嗄に恋心を抱き、珱嗄はそれに応えた。
そして、恋人になってから経った時間は、たったの5年程。数十億という長い年月を生きて来た事に比べれば、とんでもなく短いだろう。だが、そんな短い時間の中で彼らはとても濃い生活を送っていた。
これはその生活の一部の切り抜きだ。
◇
「ねぇ珱嗄」
「ん?」
「結婚しようぜ」
「めんどくせぇ……」
珱嗄となじみは、そんな会話をしていた。
場所は珱嗄となじみの家。ソファに座っている珱嗄の膝に、なじみはコロコロと笑いながら気持ちよさそうに頭を乗せている。家に居る時のデフォルトの位置である。食事も睡眠も特に取る必要が無い二人なので、家事などで時間を取られる事が殆ど無い。故に、こうして一日中ゴロゴロ寝っ転がりながらいちゃいちゃしてられるのだ。
そして、恋人生活を送って早5年。そろそろ結婚の話が話題に挙がるのも、少しづつ日常の一コマになっていた。
「めんどくさいって……僕達もう恋人生活送って5年だぜ? そろそろ関係を変えてもおかしくないと思うんだけどなぁ」
「まぁそうだろうな」
だが珱嗄はその話になると、途端に面倒そうな顔をする。あまり乗り気ではないのかと不安になるなじみだが、珱嗄の事は良く分かっている。恋人と夫婦、どっちでもやる事は変わらないので、結婚してもあまり意味はないと考えているのだろうと、ちゃんと理解はしていた。
だが、それは全然違う。珱嗄はもう少し現実を見ていた。現実を知ってまだ数年しか経っていないなじみより、全然現実を見ていた。
「でも、俺とお前は結婚出来ないよ」
「え……な、なんで!?」
「入籍出来ないから」
「どうして!?」
「だって俺とお前………両親いないじゃん」
なじみは固まった。結婚するには、婚姻届という書類を役所に提出する必要がある。そしてその婚姻届には、『夫と妻の両方の両親の署名』が必要なのだ。それは、両親が死亡していた場合でも同様で、必要記入事項だ。
だが、珱嗄となじみには両親がいない。何故なら、珱嗄は転生者として、なじみは人外として、『何も無い所』から生まれたからだ。つまり、
「入籍が出来ない……!?」
「そういうこと」
「つまり……正式な結婚は出来ないって事?」
「そういうこと」
「………ごはぁっ!?」
なじみは珱嗄の膝の上で血を吐いた、様なイメージが見えた。それほどまでに精神的ショックを与えたのだろう。
「まぁそういう訳で……結婚は出来ない訳だ」
「うぅ……ぐす……」
「出来ないが……」
珱嗄はそう言って一旦言葉を止める。なじみはそんな珱嗄に少しだけ疑問符を浮かべた。すると、珱嗄は少し照れ臭そうに笑みを浮かべて、膝の上に乗ったなじみの頭を見下ろす。そして、おでこにピトッと何かを乗せた。
「? 何を乗せたの?」
「ま、見てみれば分かる」
珱嗄の言葉に、なじみはまた疑問符を浮かべたが、おでこに乗っている物を手で取ってその視界に入れた。それは、小さく、銀色に光る綺麗なリング。赤く小さな宝石がリングを彩っていた。
「こ、これって……!?」
「まぁなんだ、結婚は出来ないが……結婚してくれ、なじみ」
「………っ!! うん……うんっ……喜んで!」
なじみは左手の薬指にそのリング……婚約指輪を着けた。白く長い指に、赤く輝く宝石とリングが良く似合っていた。
「好きだよ、珱嗄」
「知ってるよ、なじみ」
なじみはこの時、世界で一番幸せなのは自分だろうと、自信を持って言う事が出来たのだった。
◇ ◇ ◇
その後、珱嗄となじみの夫婦とは言えなくも、限りなく夫婦に近い、恋人関係はずっと続いていった。それこそ、地球が滅んでも続いていく。だが、その前に死んでいく者が確実にいる。あの黒神めだかも、球磨川禊も、かつて箱庭学園に名を轟かせた人物達は、死んでいく。
―――兵どもが、夢の後
どれだけの功績を、名誉を得ようが関係無く皆死んでいくのだ。
「にしても……」
「……?」
「コレはちょっと予想外だわ」
だが、そんな中でスキルも何も関係無く、ただちょっと長生きしている子がいた。珱嗄が拾ったあの子、帯刀靱負だ。
彼女は獅子目言彦に挑み、瀕死の大怪我を負ったのだが、その結果スキルを失っていた。故に、その時から彼女は普通の人間になり、普通に老いて死ぬ事が出来る身体になったのだが……現在はその時から70年ほど経っており、彼女の年齢はスキルを失ってから数えて、88歳になっていた。
「……どうしたの?」
「いやお前がどうしたんだよ。何があったんだよお前の中で」
珱嗄が珍しくツッコミに回っている。それほどまでに、靱負の容姿は驚愕に値するのだ。
「どんな奇跡でこんなことになったんだろうなぁ……」
帯刀靱負、その年齢は88歳。そして、その容姿は――――年老いるどころか若返っていた。肉体年齢で言えば9歳程に見える。何処のベンジャミンバトンだ。
彼女は何故か老いなかったのだ。いや、内面は老いているのだろう。何故なら体力面で言えばちゃんと老人らしく減少していっているし、動くのも億劫になっているのだから。
「最近、眠いの……」
「………まぁ外見が若いだけでちゃんと老いてるみたいだけど……見た目幼女なんだよなぁ……少女肌だし、しわもないし……なんでだろうなぁ……」
帯刀靱負。珱嗄となじみに60歳の時に正式に養子として引き取られた少女。彼女はこの1年後にいきなり眠る様に亡くなったが、その時彼女の容姿は、やはり幼女だった。
そして、最後の最後に、人外である珱嗄を驚かせることに成功した少女だった。