◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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ばいばい、人間

 この展開、この状況は、珱嗄が善吉達に戦況を任せた時から、予想通りだった。珱嗄が投げ、善吉達がやられ、安心院なじみが背中を押し、ジャンプの様な展開で言彦を打倒せしめた。何もかも予想通り。ただ、言彦の破壊が言彦の敗北によって可逆になるとは予想外だったが、それもプラスに働く展開だった故に、特に気にはしなかった。

 

 だが、ここからが問題。珱嗄は言彦が敗北して終わり、というのは今までの物語を見返してみてもあり得ないと思っていた。また、あんなに話題に出ていた鶴喰梟がささっと死んでいったのが気にかかる。寧ろ、あの妥協しまくってた男が自分の死に対して何も考えていなかったとは思えないのだ。

 スタイルの創始者、なら伝授したスタイル以外にも自分専用のスタイルが有ってもおかしくない。となれば、ここまで都合のいい展開がきておいて、ただ帰るだけというのはいただけない。

 

 そしてその予想は当たる。鶴喰梟の最期のスタイルが発動したのだ。

 自身の最期の言葉を現実の物とする一世一代のスタイル。その名も―――

 

 

 【遺言使い】

 

 

 鶴喰梟は最期の言葉として、自身の死と共に宇宙に浮かぶ衛星、月を地上へと落とす事を計画していたのだ。つまり、地球上の生物全員との無理心中。それが鶴喰梟の死を飾る言葉だった。

 その事実が、月氷会の兎洞武器子並びに名札使いの桃園喪々より電話で黒神めだかに伝えられた。

 

「月が落ちる、か」

「それが本当なら私は黒神家の家長として、死なねばならんな。では皆、ちょっと月を壊してくる」

 

 善吉の呟きに黒神めだかはそう言った。

 月は黒神家の月面基地がある場所、ならば黒神家の家長は地球へ迫る月の責任を負わなければならない。それは己の死と同等である。

 

「何言ってんだよめだかちゃん! 俺達は仲間じゃねぇか!」

「そうだよ、此処まで一緒に戦って来たんだから、最後まで一緒に戦う!」

 

 善吉と不知火半袖がそう言う。が、二人は球磨川の【却本作り(ブックメーカー)】によって封じられてしまった。

 

「『……これでいいんだよね』『めだかちゃん』」

「ああ、貴様は悪くない。いつも嫌な役を押しつけてすまないな、球磨川」

「『いいよ別に』『慣れてるし』『それに、めだかちゃんの事だからどうせ』『まーた生き残るに決まってるしね』『そして卒業式の日に愛しの僕から第二ボタンを貰うのさ』『賭けたって良いぜ』」

「ははは、貴様の第二ボタンか。そいつは欲しいなぁ」

「……」

 

 球磨川禊と黒神めだかがそんな事を話している。珱嗄はそれを眺めつつ、欠伸を漏らしてこう言った。

 

「なぁ二人とも。空気ぶち壊すようで悪いんだけど、俺此処から月壊せるけど」

「「……」」

 

 そう、珱嗄ならば指先を向けてスキルを発動させるだけで月を消滅させる事が可能。

 

「……ま、まぁこれは私の責任だ。珱嗄さんは手を出さないでくれ」

「ならいいけど」

 

 珱嗄はそう言って黙る。めだかと球磨川はまた向かい合い、笑った。

 

「……はぁ……なんというか空気が妙な方向へなってしまったが……末長くお幸せにな、禊!」

「……ばいばい、人間」

 

 二人は括弧付けず、互いにすっきりとした表情で、そう言ったのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 かくして、黒神めだかは一人、箱庭病院跡地に残っていた。

 

「でだ。めだかちゃん」

 

 否、一人では無い。そこには人外、珱嗄がいた。膝を抱えて体育座りをしていた黒神めだかの背後に立つ彼は、めだかの表情を見ずに月を見上げていた。

 

「珱嗄さんか……ははは、情けない事に震えが止まらんのだ」

「まぁそうだろうよ。死ぬのは誰だって、怖い物だ」

「……」

「でもまぁそう気にする事もない。俺を誰だと思ってるんだ?」

「え?」

 

 そう言った珱嗄の方へ振り向くめだか。そして視線に入ってきた珱嗄の表情は、いつも通りにゆらゆらと笑っていた。

 そしてめだかは今までの珱嗄を思い出す。その行動は奇抜かつ規格外の物ばかりだったが、全てが丸くおさまっていた。そう、バッドエンドにはならなかったのだ。

 

「まさか……」

「そのとおり。俺はお前を死なせないぜ? なんせ、お前はなじみのお気に入りだからね」

 

 肩の力がふっと抜けた。先程まで確定的だった死が何時もの様に軽い物へと変貌してしまった。月を壊しても死なない事が確定してしまった。これでは緊張感もあった物ではない

 

「さて、言彦」

「う……げげげ、どうした珱嗄よ」

「敗北したから仕方ないとはいえ、残響になってまで残るのかお前は。しぶとい奴だよ本当」

 

 獅子目言彦。彼は敗北して尚、生きていた。可逆となった破壊は、言彦の死をギリギリで食い止めたのだ。

 

「ちょっくら月を壊しに行くめだかちゃんをサポートしてくるから、お前この事内緒にしとけよ?」

「ふむ……なぜだ?」

「ドッキリってのはいつの時代も人を楽しませるものさ」

「げっげっげ、そいつは良い。良かろう。この言彦、口が裂けてもこの事は言わんよ」

 

 言彦と珱嗄の会話はさらに雰囲気を和やかにしていく。めだかは先程までの化け物とそれ以上の化け物がドッキリについて語る様子についつい笑ってしまった。

 

「それじゃあ行こうかめだかちゃん」

「ああ、珱嗄さん」

 

 そうしてめだかは月へと向かう。

 

 そして、そんな二人とは裏腹に、箱庭学園は卒業式を迎える事となった―――

 


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