◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
嘘八百使い。杠かけがえが使用するスタイルの一つである。自身に嘘を重ねる事でもう一人の自分を生み出すスタイル。所謂分身である。
原作ではそのスタイルを使い、嘘八百の名の通り八百人の杠かけがえを生み出し、さらに嘘を重ねて800×800、64万人の杠かけがえが黒神めだかに戦いを挑み、時間稼ぎを行なった。
そして今回、獅子目言彦と戦った偽物の泉ヶ仙珱嗄は本物とは違ってかなり違う点が有った。一つは安心院なじみと別れて以降赤く変色した瞳が元の青に戻っていた事、一つはなじみの形見である黄色いリボンを腰に括りつけていなかったことだ。更に言えば、スタイルを学んだにも関わらず使用しなかった所もそれに当たる。
結果的に分身の珱嗄は獅子目言彦と相討ちになり、その身を不知火半袖の身体に退避させた。言彦はそれによって随分と調子に乗っていた様だが、本物の珱嗄の登場によって青ざめた顔をするのだった。
「さて、ここでめだかちゃんに問題だ。杠かけがえの嘘八百使い、これは自身の分身を何処まで増やしたでしょうか?」
「―――まさか!?」
「そのまさか。嘘八百使いの分身―――800×800で、64万人の俺だ」
空中で佇む珱嗄を見上げる一同の視界は、一気に大勢の珱嗄で埋め尽くされた。一人でも言彦を相討った珱嗄が、64万人。その火力は、未知数。
言彦はその表情をさらに青褪め、汗をダラダラと流す。浮かんだ感情は恐怖、思った感想は
(死ぬ)
短くこれのみ。まためだか達はそんな珱嗄のオーバーキルにどん引きしていた。
「『えーと』『めだかちゃん』『あれが珱嗄さんの鬼畜っぷりだけど……』『勝てる?』」
「無理無理無理無理無理! 何も悪い事してないけど土下座して何が何でも許しを乞う!」
「『ですよねー』」
球磨川とめだかがそんな事を言い合う。だが、言彦にとってはそんな事言ってる場合かと言いたくなるほどヤバい状況だ。一人相手に一度死ぬ相手、それが64万人。流石の言彦だとしても、64万の残機は無い。死ぬ時は死ぬのだ。
だが、今回だけは珱嗄の気分で、言彦のピンチは消失する。
「ま、今は俺が手を出す時じゃあないんでね」
珱嗄はそう言って、また一人に戻った。そして、ふっとその場から姿を消す。その速度は、言彦が見失う程。
気が付けば言彦の顔面に、珱嗄の拳が入っていた。めり込み、痛みが奔るまえに身体が後方に吹き飛び、殴られた頬から痛みを感じ取った時、言彦は自分が殴り飛ばされた事に気付いた。
「な……があああああ!!?」
激痛。殴られた皮膚から痛覚を通じて脳へと刺激が伝わり、痛みを理解する。立ち上がる事も出来ず、地面を転がり悶える。
かつての英雄、獅子目言彦は痛みに打ちひしがれる中、自身の愚かさを思い知る。5000年前、珱嗄と戦った時、自分は為す術なく地に沈められた。そして現在、再度戦って見て今更ながらに思う。この怪物は、此処まで弱かったかと。
答えは否だ。かつての怪物は、これほどまでに善戦できる相手では無かった。全力を振り絞って、その限界を超えて、尚圧倒的な差が有る相手だった。たかだか5000年程度、経験を積んだ所で適う筈もない。
「とりあえず一発だ。靱負ちゃんの両親と街を破壊した件については、これでチャラにしよう。んで……これは――――」
「むぅ……!?」
珱嗄は倒れた獅子目言彦の身体、つまり不知火半袖の胸ぐらを掴み、持ち上げた。そして拳を再度振りかぶり、音もなくその腹を殴り飛ばす。
「―――なじみの分だぜ」
その言葉と同時、ぱあん! と何かが割れた音が響く。ハンターハンターで身に付けた、音を置き去りにする正拳突き。言彦は眼を見開き、口からごぽっと血を吐きだして吹っ飛んだ。そして瓦礫に衝突し、その勢いを止める。
「ふぅ……スッキリした」
「く……この……」
珱嗄の本当の攻撃を受けて、尚立ち上がる言彦。反応すら出来なかったのだ。おそらく、全快時に戦ったとしても、昔と同じ様に手も足もで無かっただろう。
先程まで分身と接戦出来たのはおそらく、覚えたてのスタイルで分身が完全に出来ていなかったから。もとより言彦が適う道理もない。
「さて、それじゃあ俺はもういいや。おい言彦。俺はもうお前とやり合う気は無いから、そこにいるめだかちゃん達と戦うなりしてとっとと帰れ」
だが珱嗄の言葉はすでに言彦から興味を失っている。目的は達したのだ。なじみの恨みは一発かまして晴らし、分身とはいえ喧嘩もした。故に、もう言彦と戦う理由も興味もない。
だから、不知火半袖が獅子目言彦になっていようが、乗っ取られていようが、囚われていようが、どうでもいい。ここからは珱嗄の出る幕じゃない。
「ここからは、お前達の番だろう? 黒神めだかと愉快な仲間達」
そう、ここからは主人公達の出番だ。転生者でも人外でも化け物でもない、この世界の主人公達が頑張る番なのだ。
故に娯楽を求める人外は、手を出さない。
「見せてみろよ、俺に。週刊少年ジャンプみたいな逆転劇を」
―――それもまた、面白い。
珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。