◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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さて、聞いて驚け、見て沈め、異世界を渡った俺に出来る、最高最大の娯楽言葉

 珱嗄と言彦の喧嘩は意外にも、言彦が優勢だった。逆に言えば、あの人外、泉ヶ仙珱嗄が劣勢だったのだ。

 そして、その劣勢の状況のまま三十分ほど喧嘩は続いていた。既にそれぞれの戦闘を終え、この瓦礫と化した箱庭病院に居るメンツは全員その喧嘩を見ていた。故に、珱嗄の劣勢という事実はその場にいる全員に驚愕の表情を浮かばせた。

 

 現時点で、珱嗄の攻撃は言彦に通用しない程威力が下がり、逆に言彦の攻撃は絶え間なく珱嗄の身体に傷を付けていた。やはり、傷が治らない事と、スキルが通用しない事は言彦を相手取るには重いハンデだったのだ。

 だが、珱嗄の表情はあくまでゆらりとした笑顔。その『青黒い』瞳を爛々と輝かせ、着物はボロボロになりながらも言彦に肉薄していた。そして、ここまでで珱嗄は一度も、スタイルを使っていない。その事はスタイルの習得を見ていた潜木傀儡にとって疑問だったが、それでも珱嗄の劣勢に箱庭学園のメンバーは悔しさに歯噛みするのだった。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「げげげ……どうした珱嗄……この程度か? 昔の貴様はもう少し骨が有ったぞ……!」

 

 息を荒げる珱嗄と、息切れしつつもまだ余裕が有りそうな言彦。お互いの身体には多くの傷が付き、かなりボロボロだ。

 

「そいつは残念……俺としちゃあお前の成長ぶりに吃驚だぜ……」

 

 そう、珱嗄にとって、言彦の成長ぶりは予想外だった。5000年前とは違って、経験を多く積んでいる様だ。その5000年間の間、珱嗄は石動弐語との戦闘以外でまともな戦闘を行なっておらず、逆に言彦はその間珱嗄に匹敵出来る程の戦闘経験を積んでいた。

 それが珱嗄が劣勢を強いられる理由だった。

 

「げげげ、それで? もう手詰まりか?」

「まさか……しかたねーな。正直、コイツは奥の手というか……まぁもう少し後の方で珱嗄さんかっくいー、的な状況で使いたかったんだけどなぁ」

「ほう? まだ手があるか、どこまでも新しいなぁ! 珱嗄よ!」

 

 珱嗄はふーっと息を吐いて、目を瞑る。そして次の瞬間、とある構えを取った。その両手は、何か杖を前に突き出している様な、そんな体勢。

 

 

「―――俺の、俺による、俺だけの、俺にしか使えない、言葉(スタイル)

 

 

 劣勢からの、逆転。青黒い瞳は真っ直ぐに言彦を射抜き、珱嗄は舌を出した。その下には、ただ一文字、『言』と書いてあった。これだけでは何のスタイルなのか、分からない。

 

「さて、聞いて驚け、見て沈め、異世界を渡った俺に出来る、最高最大の娯楽言葉」

「――――!?」

 

 珱嗄は舌を引っ込めて、ゆらりと笑った。そして、珱嗄の構えがより『それらしく』なり、めだかや言彦達の眼に、見た事もない記憶にもない、桃色の柄に赤い宝石が先端に付いた杖が、珱嗄の手に握られている様に見えた。

 それは、珱嗄がこの世界に来る前の世界の主人公の、魔法少女リリカルなのはの主人公、高町なのはの、相棒レイジングハート。

 

「『―――これが私の全力全開、スターライトブレイカー』」

 

 幻覚の杖の先、桃色の光が収束され、放たれた。その威力と規模は、まさしく星を砕く程の一撃。そして、前世での力―――魔法。

 これが、珱嗄がスタイルを習得し、新たに作り出した珱嗄だけのスタイル。

 

『名言使い』

 

 名言を駆使し、その名言を言った過去の登場人物達の技を使ったコミュニケーション。

 

「ぐぅ、あああああああああ!!!?」

 

 言彦が桃色の光に包まれ、叫び声を上げた。そして、地面を大きく抉りながら吹き飛ばされる。桃色の光が消え、残ったのはボロボロの言彦。

 

「思い知ったか、言彦。何も俺の手札はスキルや身体能力だけじゃねーぞ」

 

 珱嗄の使う名言。それは、普段使う言葉以上に人の心に大きく影響を齎した言葉だ。それはつまり、自身の心をまさしく体現した言葉。いわば心そのもの。

 そして、その言葉に含まれた技名やその言葉を伝える為の行動もまた、心といっても良い。ならば、その言葉と行動はイコールで繋げられる。

 

 つまり、その名言はそのままそれを伝える行動を体現出来るという事になる。これが名言による体言の体現。故に名言使いである。

 そして、これは異世界を渡り、数々の名言を読みあさって来た珱嗄にしか使えないスタイルである。

 

「じゃあこんなのはどうだ?『―――コイツはくせぇ! ゲロ以下の匂いがぷんぷんするぜ!』」

「っ!?」

 

 身構える言彦。先程の桃色の光を体験して、警戒し、身体に力を込めて防御の姿勢を取る。次はどんな規模の攻撃が来るのかと。

 だが

 

「残念。この名言はただの蹴りだ」

 

 メキッと音を立てて珱嗄の蹴りが言彦の脇腹に入り込み、言彦の顔を歪めさせた。体力や筋力が疲労で落ちているが、そこは流石のスタイル。普段通りの全力蹴りが言彦に伝わった。

 

「くっ……こざかしい真似をしおってええええ!!!」

 

 激昂。珱嗄という強者が、自分に対して小細工をして来ている様で腹が立ったのだ。スタイル、スキルといった武器は言彦にとってこざかしい事この上ないのだ。

 

「ちっ、気の短い奴だな……こうも簡単に激昂するか……まったく、俺は別に挑発使いを会得した覚えも使った覚えもねーんだけどな」

 

 だが、それでも珱嗄とおなじく言彦も満身創痍。互いに息は荒く、もはや身体に力を入れるのも一苦労だ。もう少しすれば、この喧嘩は終わる。

 

「これで最後だ。俺は後一撃位しか動けそうにないんでな」

「ふん! いいだろう、それでは儂はお前を殺してこの喧嘩に終止符を打つとしよう」

 

 珱嗄の言葉に幾らか冷静になった言彦。珱嗄はそんな言彦に、ゆらりと笑う。

 

 

 互いに地面を蹴った

 

 

 互いに拳と手刀を構えた

 

 

 互いに笑みを浮かべた

 

 

 互いにその拳と手刀を振りかぶった

 

 

 そして互いが衝突する寸前、珱嗄はもう一度スタイルを発動させた

 

 

「『―――お前の次の台詞は、地に沈め、娯楽主義者。だ!』」

「地に沈め、娯楽主義者――――はっ!」

「『―――震えるぞハート、燃え尽きるほどヒート! 刻むぞ、血液のビート! 山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)!!』ってね」

 

 珱嗄の手刀にオレンジ色の火花が奔った。そしてそれが言彦の拳を弾き飛ばし、その大きな胸板に突き刺さる。そして、ジョジョの奇妙な冒険に出てくる波紋エネルギーは言彦の身体を伝わり、身体の内にある心臓に大きな衝撃を伝えた。

 

「ぐぅ……ううううっ!!?!」

 

 呻き声を上げる言彦。珱嗄はそこで、これで終わりだと思った。だが、言彦は歴戦の英雄。意識を無理矢理保ち、弾かれなかった方の手で珱嗄の心臓に、

 

 

 その爪を突き立てた

 

 

「―――ごふっ……!?」

 

 血を吐く珱嗄。その爪は、心臓を突き破り、破壊していた。そして、言彦による破壊は、何をしても治る事は無い。

 

「ぐ……う……!」

「珱嗄さん!!」

 

 めだか達が珱嗄にそう叫ぶ。だが、非情にも珱嗄の心臓は治らない。言彦と珱嗄は互いに心臓を止められ、破壊され、仰向けに倒れた。

 

「くっそ………マジかよ」

 

 珱嗄はそう言うと、その『青黒い』瞳から光を失う。流れ出る血液と共に命が零れ落ちる。あの人外、安心院なじみの様に、珱嗄の命が消えていく。

 

「げげげ……この世で最も激しい喧嘩だったぞ………前にも言ったか、儂はこの喧嘩を生涯忘れない……!」

 

 言彦は、首だけ上げて対面に倒れる珱嗄の命が終わる瞬間を見届け、そう言った。そして、同じ様に脱力し、その瞳から光を、その身体から体温を失った。

 

 こうして、一人の人外と一人の英雄が命を落とす、

 

 

 

 

 

 筈だった

 

 

 

 

 

 

「そしてこの喧嘩、儂の勝ちだ」

 

 めだか達の後方、不知火半袖からそんな声が聞こえた。全員が同時に振り向く。そこには、

 

 獅子目言彦と化した不知火半袖が、不気味に笑っていた。

 

「不知火が……言彦になっちまった……!?」

 

 善吉がそう言って、不知火半袖だったものから距離を取る。そして、めだかは問いかけた。

 

「獅子目言彦、貴様……何故……」

「何故? げげげ、おかしな事を言うな少女よ。珱嗄と喧嘩し、儂は奴を殺した。そして儂は生き残った、それだけのことよ」

「何が生き残っただ……不知火の身体を乗っ取って、生きながらえただけだろうが! 私は断じて、貴様が珱嗄さんに勝ったなどという戯言は認めない!」

「だがそれが真実。奴が死んで、儂が生きている以上、勝敗は歴然であろう?」

 

 獅子目言彦が不知火半袖の顔で笑った。

 

「さて、それでは珱嗄の奴との喧嘩も終わった事だし、四年早い退避だったが……まぁ不都合は無さそうだ。貴様らを殺して儂も帰るとしよう」

 

 言彦がそう言った瞬間、めだか達は身構える。珱嗄の勝てなかった相手、なじみの勝てなかった相手、それでも逃げる事も出来ない相手。獅子目言彦。

 だがめだか達は退く気は無かった。不知火半袖を取り戻す為に、戦う事を決めているのだ。

 

「げっげっげ、まぁそう身構えるなよ。痛みも無く殺してやる」

 

 言彦は、不知火の顔で笑い、ゆっくりと歩み寄ってくる。めだか達は一歩も引かずに構えた。そして、言彦の両の手がめだか達の身体に届く寸前、空から、不意に、振って来た。

 

 

 

「いやいや、お前程度がそんな簡単に俺に勝てるわけないだろう。言彦」

 

 

 

 まるで、冷水を頭から浴びせかけられた様だった。身体が凍りつき、誰もが瞳を見開く。中でも、言彦が一番驚いていた。だが、その視線はめだか達から離せない。

 

(そんなわけは無いそんなわけは無い、確かに殺した、殺した筈だ! 生き返る筈が無い、生きている筈が無い! だが何故だ、何故だ、この威圧感、この圧力! どういうことだ!?)

 

 言彦はゆっくりと空を見上げた。そこには、ゆらりと笑いながら、安心院なじみと同じ『赤い』瞳を揺らす珱嗄が、同じく安心院なじみの黄色いリボンを腰に揺らしながら、見下ろしていた。

 

「珱嗄さん!?」

「おう、めだかちゃん達。随分としけたツラしてんな、面白い」

「何故だ! 何故生きている、何故死んでいない! 確かに殺した筈だ、確かに心臓を潰した筈だ!! 現に――――!?」

 

 言彦の指差した先、そこには心臓を潰され、『青黒い』瞳から光を失った珱嗄の死体があった。

 

「おう言彦。久しぶりだね、相も変わらず小物臭が半端無いな」

「珱嗄さん、言彦の言葉は尤もだ。なぜ生きて……」

「おいおいめだかちゃん。お前は分かるだろう。なんせ、杠かけがえと戦ったんだから」

「……? ……まさか!?」

 

 そう、珱嗄は元より言彦と戦っていない。さきほどまで言彦と戦っていた珱嗄は、スタイル『嘘八百使い』によって生み出された分身。本物の珱嗄は言彦が来る前に分身を置いて、外に出ていた。そして、これまでの戦いをずっと面白半分、野次馬根性で観賞していたのだ。

 

「嘘八百使い、最近知ったスタイルだ」

 

 べっと舌を出した。そこには嘘という文字が書かれており、珱嗄は悪戯を行なう少年の様に、笑った。

 

「さて、言彦。俺を殺した気分はどうだ? 儚い夢だったみたいだけど」

 

 珱嗄はそう言いつつ、言彦に皮肉と悪意を込めていつも通り、ゆらりと笑った。

 

 


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