◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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見事、儂はこの戦いを生涯忘れない

 ―――5000年前の事、なじみが言彦と最後に戦った日。珱嗄は言彦と衝突した。

 発端は勿論、なじみと言彦が戦っていた事。珱嗄はたった一度だけ、言彦と対面していたのだ。それは、なじみが言彦と戦って敗北した後の話。なじみが言彦に負けて気を失っている時、珱嗄はなじみを回収するべく言彦の前に姿を現した。

 無論、言彦は現れた珱嗄に対し興味を持ち、お互いに自己紹介をする。結果、お互いはお互いに興味を持ち、暇潰し感覚で戦闘に入る。

 

 その際、なじみは言彦に珱嗄がプレゼントしたリボンを奪われた。

 

「げっげっげ、それではまぁ……始めるとしようか」

「おう、精々やられない様に気を付けな」

 

 珱嗄はなじみの身体をスキルで遠くに移動させて、ゆらりと笑った。言彦はそんな珱嗄に飛びかかる事はせず、正々堂々準備が終わるのを待った。

 そしてお互いの戦闘準備が終わった時、お互いが動きだす。その足に力を込め、地面を全力で蹴った。

 

 地割れを起こす地面。消える二人。そして、一瞬の静寂の後―――

 

 

「ああああああああ!!!」

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 

 轟音が鳴り響き、両者の咆哮と共に拳と拳がぶつかった。周囲に撒き散らされる衝撃波、地割れが更に広がり、地形が変わる。そこからの戦闘はお互いにしか認識出来なかった。きっと、安心院なじみが起きていても目視することは出来なかっただろう。

 

 

 珱嗄の拳が言彦の右頬を穿った

 

 

 言彦がリボンを音速以上で振るが珱嗄によって奪い取られた

 

 

 珱嗄の手刀が言彦の鳩尾にめり込んだ

 

 

 言彦の拳が珱嗄の残像を掻き消した

 

 

 珱嗄の踵が言彦の頭頂部に叩き落された

 

 

 言彦は頭突きをするが、それを受け流して珱嗄は距離を取った

 

 

 言彦は両手を空に振り下ろし、空気の壁を飛ばした

 

 

 珱嗄はその壁を正面から突破して言彦の懐に入った

 

 

 言彦は両手をハンマーの形にして振り下ろす

 

 

 珱嗄は大きな言彦の腕の間を通って顎を打ち上げる

 

 

 言彦が吹き飛ばされ、地面を跳ねた

 

 

 此処までの行動がすべて数秒の間に起こった。結果を見れば、珱嗄は頭突きを利用して後ろに下がった時以外で、言彦の攻撃を全て躱していた。ダメージもなく、その身体に傷は無い。

 言彦にスキルは効かない。が、自身の防御に関してはスキルの発動は出来る。とは言っても言彦の攻撃に対してその防御スキルは紙同然、だが飛んでくる石や衝撃波に関しては十分にその効果を発揮する。

 

 故に珱嗄の身体には怪我ひとつ無かった。

 

「げっげっげっげっげ………この言彦、ここまで手も足も出ない相手は初めてだぞ! 新しい!!」

「いやいや、俺に此処までやられて倒れない相手も初めてだぜ。それこそ、面白い」

 

 お゛んっと笑う言彦と、ゆらりと笑う珱嗄。お互いがお互いを強者と認め、その戦いを楽しんでいた。だが、力の差は歴然、何十億年と生きて来た珱嗄と人間としての寿命の中でしか生きてきていない言彦。身体能力の差はそう無いと言っても、圧倒的に経験の壁が二人の間にあった。

 戦闘の全てにおいて勝っているのは珱嗄。耐久力や防御力といった部分で言えば言彦は珱嗄に勝っているかもしれないが、それも珱嗄の攻撃力の前では少し心許無かった。威力は軽減出来ている筈だが、それでも言彦の身体にダメージは確実に入っていた。

 

 先のやり取りだけでも四発。その内人体の構造上の弱点である顎と頭頂部と鳩尾の三ヵ所に一撃ずつ喰らっていた。その一撃一撃が、重い。まるで自身の身体が豆腐になって、1t以上の鉄球が勢い良くぶつかって来た様な感覚。気を抜けば意識を持っていかれそうな程だった。

 

「さて、続けようか。少なくとも一撃位は貴様に入れて見せよう」

「いいね。お前はどれくらい耐えられるかな? 一撃入れる前に倒れるなよ?」

 

 言彦と珱嗄は軽口を言い合い、動きだす。時刻は夕刻、日もそろそろ沈んで来る頃合い、この戦いは地形を変え続け、空が暗くなった頃に決着を付ける。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 

 息切れの音、これは言彦の物だ。その大きな身体には青痣や流血が有り、言彦はもう満身創痍だった。

 

 

「さて、一撃はまだ入れられていない訳だけど……良くここまで耐えたね」

 

 

 これは珱嗄の言葉。その表情は戦闘が始まる前と同じ物で、一切の疲労が見えない。そして勿論、その身体に傷など一切なかった。

 

「げっげっげ………はぁっ……はぁ……強い、強いな娯楽主義者。実に新しい、此度は新しい事尽くしで涙が出るわ。貴様の様な強者に会えて、この言彦感無量だぞ!」

「そいつは良かった。とはいえ、お前の敗因は経験不足。まだまだ未熟なだけだ……これから長い間経験を積めば、多分俺も無傷じゃすまないだろうな。精進すると良い」

 

 珱嗄の言葉に言彦は満足気な笑みを浮かべ、瞳を閉じた。

 

「見事、儂はこの戦いを生涯忘れない」

「俺もだよ」

 

 珱嗄は無防備になった言彦の顔面を殴り抜け、言彦は意識を失った。

 

 こうして言彦は珱嗄に敗北し、こうして珱嗄は言彦に勝利した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして時は現在に戻る。アレから5000年、言彦の脅威は再度襲い掛かる。今度は、安心院なじみを殺した事を発端として。

 反転した不知火半纏、通称反転院さんと駆けつけた十三組の十三人 表の六人(サーティーンパーティフロントシックス)によって黒神めだか達は言彦の脅威から一時的に救出されていた。球磨川禊と人吉善吉はその際言彦に飛び掛かり、結果的に意識を失う破目になったのだが、命を落としてはいない。現在は赤青黄や人吉瞳による治療を受けている。

 

 そして黒神めだかは半纏による説明を受けていた。

 

「―――だから、俺はなじみの意志を継ぎ、意地でも諦めて貰うぞ。不知火半袖との友情をな!」

 

 半纏による説明は簡単に言うと、不知火の里と獅子目言彦の関係。そして自分自身の事だった。

 

 曰く、不知火の里は半纏と同じで希少種を保存したい本能を持っていた。

 曰く、その本能に基づき獅子目言彦は保存され、現代まで伝承されてきていた。

 曰く、不知火半袖は四年後、次の言彦となる。

 曰く、半纏は安心院なじみの影武者だった。

 曰く―――――

 

「とにかく嫌だ! 私は諦めない、諦めないもんね! ばーか!」

 

 それでも、黒神めだかは諦めない。意地でも獅子目言彦を打倒するつもりだった。不知火半纏はそんな黒神めだかを見て呆れかえる。

 

「それで、どうするつもりだ」

「私が言彦より希少種(めずらしいもの)になればいいのだろう! ならば話は簡単だ、言彦は私が今日中に叩き潰す!」

 

 半纏はそれを聞いて、めだかを軽く小突いた。そしてため息を吐く。

 

「まぁ、お前ならそう言うと思った。でも、お前に言彦を倒す事は出来ない。お前には絶対にな」

「………! 『お前には』?」

 

 半纏の言葉に、めだかは気付く。自分には絶対に出来ない。ならば、言彦を打倒出来る人材がいるというのだろうか? ならばそれは誰だ? あの安心院なじみすらも殺す相手。破壊の権化、デストロイヤー言彦。そんな相手を打倒出来る奴。

 

「そう、黒神めだか。お前がどんなに完璧超人でも出来ない物は出来ない。あの怪物、言彦を倒す事は出来ないんだよ」

「だが……」

「最後まで聞け。お前には出来ない。でも、言彦は過去に一度だけ。唯一敗北した相手が居るんだよ」

「!」

「不思議に思わないのか? あの安心院なじみが殺されたんだぞ? そして、あの安心院なじみがその生涯の中で最も長い間共にいた相手は誰だ?」

 

 半纏の言葉にめだかははっとなる。安心院なじみが、その生涯の中で最も一緒にいた相手。そして、その生涯の中で言彦を打倒しえた人物。そんなの一人しか思い当たらない。

 

「泉ヶ仙……珱嗄……」

「そう、珱嗄だ。安心院なじみが一億回戦ったんだぞ? そしてその時珱嗄はなじみと共に居た。言彦と会った事が無い訳が無い。そして対峙したなら、戦闘になるのは必至だろう?」

「……」

「珱嗄は勝ったんだよ、言彦に。あの破壊屋に」

 

 半纏の言葉に、めだかは眼を見開いた。あの獅子目言彦と対峙して、その恐ろしさは知っている。だが考えてみれば珱嗄の全力という物をめだかは知らない。

 半纏の言っている事が本当なら、何とかなるかもしれない。不知火半袖を助ける事も、出来るかもしれない。

 

「そして、安心院なじみが生涯愛した男が。安心院なじみの死を知って、動かない筈が無い」

 

 

 

「その通り」

 

 

 

「「!!」」

 

 半纏の言葉の後、珱嗄は現れた。青黒い着物を揺らして、その腰に安心院なじみのリボンを括りつけて、安心院なじみと同じ色の瞳に闘志を燃やして、現れた。

 

「さて、まどろっこしい事はどうでもいい。とりあえず、段階を踏んで言彦を追い詰めようか」

 

 珱嗄はそう言って、何時もの様に、ゆらりと笑った。

 


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