◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
珱嗄となじみが一緒にいる中で、珱嗄となじみが交わしてきた会話の中で、こんなやり取りが有った。誰もいない教室の中で、寄り添うように一緒にいた二人の会話。これはその一節。
――――なぁなじみ。
…………なんだい珱嗄。
――――なんでお前は俺と一緒にいるんだ? 現実を知ったなら俺といなくても良いんじゃないの?
…………珱嗄は僕が居なくなったらどうする?
――――え?
…………僕が殺されたらどうする?
――――さぁな……でもまぁ、悲しむんじゃないか?
…………僕もだよ。君が居なくなったら悲しいし、大泣きしちゃう。
――――答えになってないぞ。
…………いなくなったら悲しいから、だから一緒にいるのさ。
――――ふーん……そうかい。
…………ふふふっ
きっと、何時か言える日が来る。何時か言わないと我慢できない日が来る。何時か、思い描いた時間を過ごせる日が来る。
だからそれまでは、その時までは、一緒にいたい。だからその時になったら、きっと言える。
僕はね、珱嗄。世界で何よりも、誰よりも君の事が――――
◇◇◇
―――なじみが死んだ。いや、殺された。
これが半纏から珱嗄に伝えられた事。元々、安心院なじみと不知火半纏は同じ
「……そうか」
嫌な予感。それを感じてて尚動かなかった珱嗄。前世でのヴィヴィオと同じ展開になった。いや、寧ろそれより酷い展開だ。助けられる展開と、もう手遅れな展開。この差は激しい。
珱嗄は消えてしまった嫌な感覚と胸に穴が開いた様な虚脱感に呆然としながら、半纏に短く返した。そして、伝える事は伝えたとばかりに、半纏はその場を去り、珱嗄はまた一人になった。
なじみが死んだというのにやけに冷静に思考が回る。なじみが死んだ、とすれば靱負のあの行動はなじみを助けに行ったと見るべきだ。
そして、助けに行ったのになじみが死んだとなれば、靱負の方も死んだか、生きてても瀕死といった状態だろう。一体誰がなじみを殺したのか、なじみが行った先は何処なのか、そんなのはすぐに分かった。学園の中の気配を探れば。不知火半袖の気配が無く、黒神めだかや生徒会長の善吉、そして球磨川の気配もない事が分かる。大方、不知火の里に行ったのだろう。
そして、その不知火の里の中で、なじみを殺し得る人物がいるとすれば、一人しか思い当たらない。
「言彦……か」
珱嗄は嘆息し、天井を見上げる。そして眼を瞑り、体の内から湧きあがる感情に気がついた。ヴィヴィオの時にも湧きあがった感情と、それとは別の感情。
一つは言うまでもなく、なじみを殺された怒りと動かなかった自分への怒り。そしてもう一つは―――――
「あーあ、なじみの奴……死んじゃったよ」
呟く。そうすることでそれが現実だと認識する。夢ではない、紛れもない現実で、なじみは死んだ。殺された。珱嗄はどさっと床に倒れこみ、そのまま意識を深い深い底の方へと沈めて行った。
◇
そこは、安心院なじみの作りあげた空間で、死者や意識の無い者が訪れる教室。珱嗄はそこにやって来ていた。此処に来るのは二度目、安心院なじみに現実を思い知らせた時以来だ。
此処に来た理由はただ一つ。安心院なじみの気配をその空間に感じたからだ。安心院なじみが死ぬ直前の15秒間で、自身の意識を飛ばしたのだろう。珱嗄はその意識と対面する為に、その空間へ飛んだのだ。
「やぁ珱嗄」
「おう、なじみ」
「ごめんね、死んじゃった」
なじみは珱嗄に抱き着き、そう言った。珱嗄は何をするでもなく、それを受け止めた。そして数秒、そうした後なじみは珱嗄から離れて少し寂しそうに笑った。
「今の僕は精神の欠片みたいなものでね。本物の僕はもう死んじゃってる。でも、珱嗄。君にだけは絶対に伝えたい事が有るんだ」
「………」
珱嗄は何も言わない。だが、なじみは気にせず語る。窓の外には何時の間にか、大雨が降り注いでいた。
「僕はね、いつもの君が好きなんだ。いつも面白い事を探して、ゆらゆら笑って、時に人を驚かせる。そんな君が好きなんだ。だから、言彦が僕を殺したからって復讐とか考えないでね。僕は復讐に囚われた君なんて、見たくは無いよ。だから、いつもの君でいてよ」
「………」
「………珱嗄、君は前に言ったよね。なんで俺の傍にいるんだ、現実を知ったなら俺の傍にいなくても良いんじゃないかって。僕は言ったよね、いなくなったら悲しいから一緒にいるんだって」
珱嗄は何も言わない。ただただ、なじみの言葉を聞いている。徐々になじみの身体が透けて来ていた。精神の欠片が崩れ始めたのだ。
「あの時は言えなかったけど、今なら言えるよ」
「………」
少しづつ、体が消えていく。だが気にせずなじみは珱嗄にその両腕を伸ばし、首に回して抱き着いた。
「僕は一人の女として、君が大好きだ。世界の誰より愛してる」
珱嗄は何も言わない。なじみはそんな珱嗄にクスリと笑い、その顔を珱嗄の顔に近づける。そしてその距離が0になった時、なじみはその瞳から涙を流した。
「正直に言えば、死にたくないよ………ようやく言えたんだ……ようやくこの気持ちが芽生えたんだ……初めて恋をしたんだ……長い長い時間の中で、君だけが僕の世界に色をくれたんだ………だからもっと、もっと一緒に居たいよっ……! 珱嗄ぁ……っ!!」
涙は止まらず、なじみは崩れる身体を少しでも長く持たせられる様に支える。珱嗄の胸に顔を埋め、その着物を濡らした。
「………なじみ」
「……?」
珱嗄はそんななじみの耳元に顔を近づけ、簡単に、短く、言葉を放った。
「――――――――」
「あ……」
珱嗄の言葉に、なじみは眼を見開き、頬を紅潮させて満足そうに笑った。そしてもう一度珱嗄の顔にその唇を近付け、繋がる。眼を瞑り、ただただもっと近くにと身体を寄せた。珱嗄はそんななじみを力強く抱きしめた。
すると次の瞬間、なじみの身体は完全に消え失せ、教室の空間がガラガラと音を立てて崩れて行った。
残ったのは、瓦礫と化した教室と、大雨の中立ち尽くす珱嗄。青黒い髪は雨に濡れ、その着物もびしょ濡れになる。その手に残ったなじみの重さが消え失せ、ただ雨に打たれる。俯いたその表情は誰にも分からない。
だが、その手に残った物を眺める珱嗄の肩は、何処か震えている様に見えた。
「く……っ……!」
珱嗄のそんな嗚咽と頬を伝わる物は、大雨の音と降り注ぐ水の多さに掻き消された。
珱嗄の手の中にあるのは、珱嗄がなじみに昔プレゼントした―――――黄色いリボンだった。
◇
「はぁ………」
元の教室に戻ってきた珱嗄は、倒れた身体を起こして立ち上がる。
「……全く、なじみの奴も勝手だなぁ……復讐するなだの、いつもの君でいてくれだの……本当に―――」
珱嗄は髪をくしゃりと掻き上げて、その顔を上げる。
「―――面白い」
珱嗄はいつもの様に、そう言った。そして青かった瞳はかの安心院なじみと同じ、少し赤い色に染まっている。
「復讐はしない。俺もいつもの俺でいる。でも……でもだよ、なじみ。久しぶりに昔の友達に会いたくなったから、ちょっと遊びに行くのは、いいだろう?」
珱嗄は安心院なじみの形見であるリボンを、腰布に括りつけ、ゆらりと笑った。
…………僕はね、珱嗄。世界で何よりも、誰よりも君の事が――――大好きなんだ。
――――俺もお前を愛してる。世界の誰より、大好きだ。