◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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獅子目言彦………いつか、絶対に……殺してやる……!

 辺境の地、不知火の里。

 

 不知火半袖の故郷にして、不知火一族の原点。不知火半纏から派生した不知火一族の住まう、ある種世界から独立した世界がそこにあった。

 そして現在、この不知火の里に安心院なじみ率いる黒神めだか、人吉善吉、球磨川禊の四名がジープで旅行気分にやって来ていた。スキルでぱっと移動するのもいいが、安心院なじみは道程を楽しむ性分。故に移動はスキルでは無く車を使用したアクティブな物だった。

 

 あの生徒会長選挙以来、安心院なじみのスキル弾幕はめだか達にも印象に残っており、彼女のスキルは何処までも強力だった故に、彼女が居れば大抵の事は何とかなる。位にまで安心院なじみは信頼されていた。主にその実力と全能性を。

 彼女に勝てるとすれば、それこそ泉ヶ仙珱嗄位しか思い浮かばない。安心院なじみ以上のスキル数とその質は、めだか達も重々承知しているのだから。

 

 と、そこで快適かつ快走していたジープを運転していた安心院なじみが、急ブレーキをかけた。木々生い茂る山道で、やや走り辛そうだった道をタイヤが音を立てて停止する。

 理由は簡単。そこらへんの道路とかでも有りそうな理由。人が目の前に倒れてたから。

 

「おや残念。私の様な低級シャドーには高級車に乗る高級者に踏んでいただくのがなによりの幸せだというのに」

 

 寝転がっていたのは、漆黒宴で安心院なじみに瞬殺された影武者の一人、潜木傀儡(かいらい)。ニコニコと笑いながら黒神めだか達にそう問いかけた。

 

「『安心院さんに瞬殺された君が』『どうしてこんな所で僕達に寝はだかるのかな?』『ちょっと良く分からないんだけど』」

「いやはや、あの時は私も瞬殺されましたが、あの時私が使っていたのは剣。ですが私の専門は(こちら)でして」

 

 拳銃を取り出す傀儡。だが、戦闘シーンはカット。なじみのスキル弾幕によってまたも瞬殺されたからだ。戦闘というべき戦闘は発生しなかったのだった。

 

 そこからはジープを降り、歩きで山道を進む事になった。流石の山道、車で進むには少し難が有ったのだ。その際、邪魔はいくつも有った。余程不知火の里はめだか達を近づけたくないと見える。

 嘘が二つある看板と分かれ道、自分達と同じドッペルゲンガー達と、邪魔はとんでもなく邪魔だった。

 そして、彼女達がそのドッペルゲンガーズを倒した時、不知火の里は仕方なく遣いを寄越したのだった。

 

「いやいや、分かってても中々出来ないもんなんだよ。戦う相手をスイッチするなんて事はさ」

 

 不知火の里の住人、帯。本名不知火半幅。

 

「さて、次のゲームは鬼ごっこだ。俺が10秒数える間に逃げな。その後10秒生きていられたら合格だ―――10、きゅっ!?」

「鬼ごっこの必勝法は鬼退治、というのが私の答えだが、どうだ?」

「お見事、正解だ。鬼が相手だろうと逃げなきゃいけない理由は無いよね」

 

 たった三行。この間に鬼ごっこは終わった。帯が10秒数えている内にめだかが拳を叩き込み、鬼退治。ゲームの意味が無いだろうと思うかもしれないが、黒神めだかの答えは正解だった。

 

「付いて来な。取り敢えず、里の中には入れてやるよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 その頃、珱嗄は箱庭学園でただぼーっとしていた。改造制服を脱いで、元の青黒い着物と緑色の腰布、黒袴を着用して、3年13組の教室で教卓の上に座る。少し前に感じた嫌な予感は、時間が経つに連れて少しずつ高まっていく。今ではそのゆらりと歪んだ笑みも姿を消し、ただ無表情に空に視線を向けていた。

 いつもならこの教室に鎮座している日之影空洞も、今この瞬間にはいない。正真正銘、珱嗄は教室で一人だった。

 

 この時点で、珱嗄はこの嫌な予感を払拭する手を持っていた。スキルで答えを知ればいいし、なんなら封印した原作知識を開封してもいい。だが、珱嗄はそれをしなかった。答えを知るスキルを使う事を珱嗄は拒否していたし、原作知識は開封するつもりが無いからだ。

 

「嫌な天気だ」

 

 空は青々とした快晴。だが、珱嗄にはその青空が何処か不気味に見えた。

 

「お兄ちゃん」

「ん、靱負ちゃんか」

 

 そこへやって来たのは、帯刀靱負。珱嗄が連れて来た過負荷の少女だ。

 

「安心院さんは、どこ?」

「なじみ? なんでまた」

 

 いつもと違って流暢に話す靱負に疑問を抱きつつも、珱嗄はゆらりと笑って問い返す。今の靱負は少しだけ、焦っている様にも見えた。

 

「いいから、教えて」

「さぁ……でもなじみに用が有るならなじみの所に連れて行ってやるよ」

「お願い。出来るだけ、早く」

 

 珱嗄は疑問を抱きつつも、転移スキルで帯刀靱負を安心院なじみの所へと移動させた。そして移動させた後、嫌な感覚が増大する。自分で何か問題を大きくしたような、そんな感覚。

 

「……なじみ、なのか? この感覚の原因は……」

 

 首を捻る。だが、珱嗄は動かない。安心院なじみに至って、最悪の事態にはならないだろうと考えているからだ。全知全能、それが彼女の特性でもあり、特技なのだから。

 

「めんどくさい……」

 

 珱嗄は顔を天井に向けて、目を瞑る。嫌な予感は晴れないが、少しすれば晴れるだろう。それまで、待てばいい。

 

「面白くないなぁ……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 走る。走る。走る。帯刀靱負は走る。黒神めだか達が通って来た道、不知火の里の中をひたすら駆けていた。胸中には焦りが募り、その感覚は珱嗄の感じている物と同じ物だった。

 それもその筈、帯刀靱負の故郷。あの古惚けた街が台風が通り過ぎたかのごとく壊されていたのには理由がある。勿論、台風や竜巻、地震などの自然災害じゃない。それはたった一人の男によって起こされた破壊行動だったのだ。

 

「不味い……本当にあの人だけは、駄目……」

 

 走る。彼女は何百年も昔に見た破壊の権化。

 

「――――獅子目言彦……!」

 

 

 ◇

 

 ――――現在からおおよそ千年前。それがまだ普通(ノーマル)であった帯刀靱負が生きていた青春時代だった。

 その日は、帯刀靱負の誕生日だった。15歳の誕生日、両親と三人で楽しく過ごす日。彼女が楽しみにしていた日。その日に、事は起こった。

 

 獅子目言彦が現れたのだ。

 

 破壊の権化、安心院なじみを退ける力を持った男。かつての英雄。その男が、帯刀靱負の街で破壊活動を行った。否、破壊活動では無い。周囲を破壊する程の戦いが起こったのだ。

 獅子目言彦と対峙していたのは、二刀流の男。その戦いは、唐突に、突然に、いきなり街を巻き込んだ。一瞬で建物が次々と崩壊し、次々と人が死んでいった。

 

 

 ――――靱負、お前は隠れていなさい! 絶対に、出てきてはいけない。

 

 

 それが父から靱負への最後の言葉だった。

 

 

 ――――靱負……お母さんもお父さんも、貴方を愛してたわ……誕生日、おめでとう……!!

 

 

 それが母から靱負への最後の愛だった。

 

 父は言彦達の戦いの余波を防ぐために男衆で女、子供を護って死んだ。母は靱負を抱き締め、靱負に降りかかってきた瓦礫や衝撃波を一身に受けたあと、ぐしゃぐしゃになった顔で、靱負に愛を捧げて死んだ。

 血まみれの母の下敷きになって、靱負は動けなかった。ただ、死んだ母の肩越しにあの男を見た。

 

 二刀流の男の武器を両の手で破壊し、その二刀流の男の心臓を貫く大男の姿。

 

 

「げげげげげげ!! 実に新しい戦いだったぞ! この獅子目言彦相手に良く戦った! 儂は貴様の事を誇りに思うぞ!」

 

 

 破壊。靱負が見たのはそれだった。破壊の権化、街を襲った大嵐。それが獅子目言彦。両親を間接的とはいえ殺した男。

 気付けば、歯を食いしばり、その瞳からは涙がこぼれていた。

 

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……殺してやるっ……!!」

 

 呪詛の様に、繰り返す。光を失った瞳で、笑う獅子目言彦を睨みつける。殺す、母の愛を、父の勇気を、街の元気を、まるでゴミの様に壊して行った男を、獅子目言彦を許さない。

 

 そして少女はその日、15歳になった。

 

 それと同時、彼女は余りの憎しみに、過負荷(マイナス)の人格を形成した。

 

 

「獅子目言彦………いつか、絶対に……殺してやる……!」

 

 

 母の身体に抱きしめられながら、少女は意識を失った。

 

 

 

 ◇

 

 目を覚ました靱負の眼には壊れた街と死んだ街の人々の死体が飛び込んできた。

 

 そしてそこから靱負が取った行動は、全ての死体の墓を作る事。15歳の少女は爪が割れようと、血だらけになろうと懸命に地面を掘り続け、全ての遺体を弔った。自分の母と父の遺体は同じ場所に埋めて、毎日欠かさず手を合わせた。

 

 変化に気付いたのは、そこから5年が経った頃。自分の肉体が成長していない事に気付いた。何故なのかは分からない、だがその疑問は未来、珱嗄に会ってから明らかになる。

 

 彼女の過負荷(マイナス)の人格が無意識にスキルを発動させていたのだ。自分を傷つけた相手の肉体を操るスキル【娯烙少女(ラブドール)】。それは少女自身の身体を操る事も出来た。

 墓を作る際、少女は地面を掘った。結果、その両手は血だらけになり、筋肉痛にもなり、肉離れも起こした。それはスキルを発動させる一定以上のダメージとなり、少女は少女自身の身体の主導権を握った。

 

 細胞一つ一つに至るまでを操作出来るスキルは、少女の成長を停止させた。そして肉体の若さを永遠の物とした。つまり、不老の肉体となったのだ。

 故に、珱嗄と出会う千年後まで少女のまま生きていた訳だが、それを知るのはもっと後だ。

 

 疑問はさておき、少女は言彦に対する憎しみを忘れていなかった。だが、死ぬ事は出来ず、言彦が何処にいるのかも分からない。少女はどうしていいのか分からなかった。

 考えに考えた結果、少女は言彦を待つ事にした。彼は一度とはいえこの街で戦いを起こしたのだ。もう一度来たとしてもありえない事じゃない。

 

 靱負は幼い思考からそう考え、ただひたすらに待つ事にしたのだ。幸い、自分は老いない。何時まででも待つ事が出来るだろうと。

 

 

 それから千年、少女は娯楽主義の男と出会うその時まで、終ぞ言彦と対面することは無かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 そして今、少女は見つけた。言彦を。親の仇を。昔の自分ならいざ知らず、珱嗄によって鍛えられた自分なら勝てはしなくても一矢報いる事が出来るかもしれないと、駆けた。

 元々は嫌な予感から始まる。安心院なじみが学園からめだか達を連れて出て行く所を見て、嫌な予感がした。そしてその嫌な予感は時間が経つ毎に大きくなり、靱負は嫌な予感の中でふと、言彦の存在を感じ取った。耳に付く笑い声と、破壊の音が幻聴で聞こえた。

 

 そこから靱負の行動は迅速だった。珱嗄を探し、安心院なじみの居場所を聞く。きっとなじみのいる場所に言彦が居る。そう直感した。

 

 そして今に至る。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! あそこ!」

 

 

 靱負は不知火半袖の屋敷のドアを潜り抜け、気配を辿って屋敷内を進む。そして、ようやく安心院なじみの気配のある部屋の襖を開けた時、千年前に聞いた破壊の音が靱負の耳に入ってきて、瞳には待ち焦がれた男の姿があった。

 

 

「―――あはっ☆」

 

 

 吹き飛ばされた不知火半袖の事は目にもくれず、少女はその口元を吊り上げた。

 


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