◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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ああ……本当に、嫌な感じだ……

 漆黒宴が終わりを告げてから、人吉善吉と黒神めだかの間には一種の距離感が出来ていた。プロポーズを成功させた結果、黒神めだかは結婚までの間で所謂いちゃいちゃするという行為を自制していたのだ。

 だがその分、他の場所では結婚の喜びを思う存分見せて、はっちゃけるだけはっちゃけていた。多くの部活でその完全さを披露し、他者を次々と圧倒していた。

 

 それは現在も同じで、黒神めだかは人吉善吉に自分の10m範囲内に入らない様に言い付け、自分は柔道場で鍋島猫美と阿久根高貴相手に勝負をしていた。るんるんと笑いながら二人を同時に相手取り、それでもなお互角に戦う黒神めだかは人吉善吉に負けてから本当に自由になって、伸び伸びとしている。

 

 周囲の人間からもそれは明らかで、殆どの者が今の黒神めだかも好きだと思っている。

 

「いやー、やはり貴様達相手では私も引き分けるのがやっとだったぞ!」

「ははは、先輩の面目潰されるかと思てひやひやしたで」

 

 黒神めだかはタオルで汗を拭きながらるんるんと笑う。鍋島猫美も負けなかっただけ健闘したなと自分を褒めた。

 対し、阿久根高貴もまた汗を拭いながら黒神めだかに笑いかける。話題に出すのは勿論、最近知った事だ。

 

「そういえば、人吉君と結婚するんですってね。俺としては複雑な思いですが、おめでとうございます」

「おお、まぁ善吉が18歳になるまでは辛抱しなければならないが、結婚したら精々いちゃいちゃするさ」

「そうですか……ははは」

 

 阿久根高貴はめだかの言葉に善吉への同情を覚えた。折角結婚の約束まで取り付けたというのに結婚までいちゃつく事が出来ないもどかしさ。どうもおかしな状況になっていた。

 

「ところで善吉との結婚をどこで聞いたのだ? ああ、わかったぞ。不知火辺りからでも聞いたのだろう?」

「……え? 不知火って誰ですか?」

 

 阿久根高貴のこの発言から、この事件は開幕する。

 

 

 

 

 ◇

 

 

「知らない」

 

「不知火? 誰だそれ」

 

「理事長の名前か?」

 

「知らない」

 

「知らない」

 

 

―――知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない……

 

 

 不知火半袖なんて、知らない。

 

 

 学園中を探しまわって、学園中を聞きまわって、学園中を駆けまわった。が、不知火半袖の姿は無く、不知火半袖の事を覚えている者は誰一人いなかった。

 だが、黒神めだかは不知火半袖を探していく延長で、別の人物を探す様になった。その人物なら、不知火半袖を覚えている筈だ、その人物ならこの事態を知っている筈だ。そう考えて。

 

 そして見つけた。彼女を。

 

「知っているよ。不知火半袖ちゃん! 彼女にはちょっとした借りが有るからね」

 

 安心院なじみ。人外の少女で、現在は同じ人外に恋する少女だ。彼女は覚えていた。不知火半袖を覚えていた。その事に、少しの安堵が黒神めだかに生まれた。

 

「貴様の中に不知火がおってよかった……だが、この事態はなんだ? どうして急に不知火が良無かったかのような……」

「いやいや、君も体験した事が有るだろう? 中学時代、僕が居なくなった時の事だよ」

 

 安心院なじみが中学時代居なくなって、球磨川のスキルでその思い出を無かったことにされた事がある。その時と今の状況は良く似ていた。

 

「まさか球磨川の【大嘘憑き(オールフィクション)】か! アイツ、何故今更こんなことを……! 事と事情によっては殴ってでも理由を聞き出してやる!」

「はい、それでは殴ってでも理由を聞きだされた球磨川君でーす」

「ええ!?」

 

 めだかの言葉に、安心院なじみはボロボロの球磨川禊を引っ張り出してそう言った。どさっと地面に倒れた球磨川は同スキルで傷を無かった事にし、立ち上がる。

 

「球磨川、何故こんなことを……!」

「『いやいや』『僕はただ頼まれただけだぜ』『半袖ちゃんから』『お嬢様が人の心を理解出来た今』『あたしの仕事はもうお終い』『もうあたしは必要ない☆』『ってね』」

 

 人の心を理解出来た描写が無いのに、人の心が理解出来たと皆が言う。これはどうもおかしいが、黒神めだかは確かに、人の心が理解出来ている。何故なら漆黒宴では肉体バトルというより心理面での攻防が激しかったからだ。ダイジェストで終わったとはいえ、めだかはちゃんと心と心のぶつかり合いで勝っていた。それは人の心を理解出来ていると言って良いだろう。

 

「実を言うとね、不知火ちゃんはめだかちゃん。君の影武者だったんだよ」

「!?」

 

 安心院なじみは言った。黒神家の影から支える一族として、不知火半纏から派生した一族。影の黒神家、不知火一族というのは元々そう言う物だった。黒神と白縫、光ある所に影が差す様に、黒神の影には必ず不知火があったのだ。

 不知火半袖はその一人。黒神めだかが出来ない事をやって、彼女を支えていたのだという。

 

 が、その不知火半袖は解雇された。ほかならぬ、黒神めだかの父、黒神舵樹から。人の心を理解した黒神めだかに、もう影武者はいらないのだろうという考えだ。

 

「そんな……私が人の心を理解したせいで……私が好きになりかけたせいでもう不知火に会えないなんてあんまりじゃないか!! やっと、友達になれると思ったのに……!」

 

 黒神めだかはそう言って、頭を抱えた。不知火と対等に友達になりたかっためだか。それがこんな事態になるとは、なんとも滑稽だろう。親しくなろうとすれば、離れる破目になる。これが滑稽で無くてなんだというのだ。

 

 めだかは当事者故に、不知火半袖の事を忘れていない。安心院なじみもスキルで防御して忘れていない。犯人である球磨川禊も忘れていない。では、人吉善吉は? 半袖の大親友である人吉善吉はどうなのだろうか?

 

 

「うーむ、後探してないのはここくらいなんだが……何処行ったんだ不知火の奴……?」

 

 

 そこにやって来たのは、人吉善吉。不知火を探してやってきた、という事は人吉善吉は不知火半袖を知っているという事、覚えているという事。その事実は黒神めだかに安堵を生んだ。

 

「善吉……」

「げげ、めだかちゃん! コレは違うんだ! 俺はお前に近づこうとしてたわけじゃなくて、ただ不知火に愚痴を聞いてもらおうと……うおっ!? ど、どうしたんだめだかちゃん……?」

「良かった……貴様の中に不知火が居て、本当に良かった!」

 

 そこから安心院なじみの提案で、その場にいる人間が不知火半袖に会いに動き出す。黒神めだかは不知火ともう一度はじめから友達になる為に、もう一度出会う為に。そして安心院なじみは不知火半袖に借りを返しに行く為に、平等にする為に。

 

 それがこの物語において、最悪の結末を呼ぶとは知らずに。

 

 

 

 

 ◇

 

 

「………嫌な予感がする」

 

 珱嗄が不意に、そう呟いた。そう、彼は一度体験した事のある嫌な予感を感じていた。前世、このめだかボックスの世界に来る前の世界、リリカルなのはの世界で体験した胸に渦巻く黒々とした嫌な感覚。

 義理の娘、ヴィヴィオがマッドサイエンティスト、ジェイル・スカリエッティに捉えられた際に感じたこの嫌な予感。誰か、珱嗄にとって都合の悪い者が危険な目に遭うのか、珱嗄が都合の悪い展開に巻き込まれるのか、それは分からないが、珱嗄は少しだけ不安になった。

 

「面白くない」

 

 最近では面白い事が無く、ただただつまらない日常を過ごしていた珱嗄。だが、今回に限れば、面白い展開など期待できそうになかった。

 何か不穏な事件が起こる。それが珱嗄には分かった。

 

 戦闘なら負けはしない。立ちはだかる敵は、全て倒そう。それでも、珱嗄の中に渦巻く不安は消えない。いらだちが募る中、珱嗄はゆらりと笑う。

 

「笑え笑え、笑う門には福来る。いつものように、笑えば全て丸く収まるさ」

 

 誰もいない時計塔の一番上。風に吹かれるその場所で、珱嗄の呟きは響かず消えた。

 

「ああ……本当に、嫌な感じだ……」

 

 珱嗄は呟く。

 

 

 この事件はその嫌な予感を的中させる。ここから起きる事は、珱嗄の琴線に触れる、最悪な事態にまで発展する―――

 


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