◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
なじみを追って、急いでやって来てみれば……そこにはぐちゃぐちゃにやられたなじみの首を掴んで持ち上げる光景があった。なじみに出会う前の俺であれば、ああやられてんな……と特に気にも留めずに軽い気持ちで助けに行っただろう。
だが、俺の中でなじみは既にそこそこ大きな存在となっていたのだ。家族であり、仲間であり、親友である、何か良く分からない関係でありながら、それなりに深い関係なのだ。
だから、この光景は俺の機嫌を損ねるには十分すぎるほどの物だった。
「ガッ……! 何だと……?」
なじみを開放させた次の瞬間、そいつの懐に入り込み顔を蹴り飛ばした。転がる身体をなんとか立て直して、鼻血の漏れた顔を押さえてこちらを見るそいつ。
良いザマだ、とは思うが……これだけでは足りない。最低でもなじみと同じ位の惨状になって貰う。そう思い、俺はとりあえず相手の考察を開始した。心は熱く、頭は冷静にだ。
まず、なじみを此処までボロカスにしておいて奴は無傷な所を見れば、なじみのスキルを一切通さなかったという事になる。となれば、奴の保有スキルはスキル無効化スキルか、それに準じる様な何かと推測出来る。
「……これは少し確かめてみるか」
そう思い、俺は自身の持つスキルの一つ、銃を精製するスキル『
驚愕しつつも、その変化の原因を探る為、奴を見る。すると、そこには不敵な笑みを浮かべたそいつがいた。ゆらりと立ち上がり、勝機を得た様な表情でこちらを見た。
「くっはは……! テメェ、良くもやってくれたな」
「別にまだ何もやってないけどな」
「俺の顔を蹴っただろうが! 許さねぇぞ……!」
その顔を怒りに歪めて、憎しみを隠さずに俺へとぶつけて来た。
「死ねっ!!」
「馬鹿だろ、お前」
俺の言葉の意味は、そのままの意味だ。確かに、とてつもなく速いスピードで動いて突撃してきたが、馬鹿みたいに直線的な動き。非常に素人臭く、読みやすい動きなのだ。これならいくら早くてもカウンターを行なうのは容易。
「ぐがァ!?」
クロスカウンターで拳を顔面に叩きつける。その勢いと反動で大ダメージを受けつつ、奴は後方へと吹き飛んで行った。だが、なるほど……これではなじみがやられたのも納得がいく。なじみもなじみでかなりの身体能力を保有しており、近接格闘も出来たが、スキルでの先読みと威力や身体能力の強化、回避の向上を行なって初めて出来る事なのだ。
そこに、この男の身体能力はちと相性が悪い。これなら言彦とやらせた方がまだ勝負になる。
「……此処に到着した時、お前の動きは一度だけ見たが……速度が上がってるな。俺のスキルが消えた事と合わせて考えると……スキルの効果を自身の身体強化に変えるスキルか……または効果を好きに変更出来るスキルか。その身体能力はなじみのスキル弾幕を全部身体強化に変えたとかそんな所か」
考察は終了。手の内は分かったし、大した相手でもない事が分かった。身体能力のみでの近接格闘が通じるのはよほど格下の相手か近接格闘が素人の奴だけだ。だから俺みたいに近接戦に特化した戦闘スタイルを持つ奴を相手取ったら、勝てる筈も無いのだ。
「ペッ……クソッ……!」
口に溜まった血を吐き捨てて俺を未だに睨むそいつ。名前も知らない何処の誰かも分からない男だが、なじみを傷つけた。それだけで殺すに十分だ。
「げほっ…げほげほっ! ……お、珱嗄……そいつはスキルの効果を全部思い通りに変えるスキルを持ってる……気を付けて…」
四つん這いのまま、這うように顔を上げてそう言うなじみ。口に溜まった血のせいで声は枯れていたが、伝えたい事は伝わった。
だが、そのスキルには大きな弱点がある。それはスキル自体では無く、人間自体に出来る事でスキルを使用する条件を封じられれば使えないという事。それはつまり
「こうすればいい」
身体能力を強化するスキル『
何故か?
それは、奴のスキルの発動は奴自身の意識で行なわれるという事実がそのまま弱点になるからだ。奴のスキルの効果は、奴自身が俺達のスキルの発動を察知しないと発揮しないのだ。
そこで奴のスキルの攻略法その1。奴にスキルの発動を悟られなければ良い。
そして、もう一つ。効果の変更というのもまた奴の意識で行なわなければならない物。だが、戦闘中に一々効果を選んでいる暇はない。そこで、変更先に選ばれたのが単純な『身体能力の強化』。
つまり、変更先である身体能力強化のスキルなら使えるという事だ。なにせ、変更前と変更後の効果が同じなのだから、奴のスキルの効果は何の意味も持たない。
「掛かって来い三下。スキルの使い方って奴をその身に叩きこんで死なせてやるよ」
「ちく……しょおおおお!!!」
雄叫びを上げ、奴は俺に向かって駆けだす。その動きはやはり直線的で無理矢理にでもその拳を俺に当てようとしていた。だが、そんな攻撃に当たってやるほど俺の機嫌は良くない。
「ふっ!」
真っ直ぐに放たれた右ストレートをくるりと回る様に躱し、裏拳で奴の後頭部を殴った。理論上、人間の弱点である後頭部を攻撃され、脳が若干揺れたそいつは無理矢理意識を保って俺に後ろ蹴りを繰り出す。
だがそれも読めている。伸ばされた足に手を添える様にして軌道を逸らし、膝と肘を使って同時に挟むように奴の膝関節を砕く。
「がァアアア!!?」
その痛みに転んで足を押さえてもがく奴のもう片足の骨も踏みつける様にして圧し折った。更に痛みに耐える様に叫び声を上げ、懸命に足を抱える。だが、まだ終わらない。
俺はそいつの首を掴んで持ち上げた。先程のコイツとなじみの様に、俺はコイツを持ちあげた。苦しそうにもがく奴の抵抗は、俺にとって大した抵抗にならない。
「さて、なじみの痛みを思い知れ」
◇ ◇ ◇
「ふぅ……帰るぞ。なじみ」
珱嗄は動かなくなった弐語の身体を放り投げ、ぐしゃりという音を背後になじみにそう声を掛けた。未だボロボロの身体は痛々しいにも程があったので、時間を巻き戻すスキル『
「ご、ごめん。ありがとう珱嗄」
「心配させるなよ」
「ごめん……ん?」
なじみはふと疑問を抱く。今まで、珱嗄は自分の心配なんてした事は無かったからだ。なのに、今回は自分の心配をして駆けつけ、ボロボロの自分を見て怒りの感情を垣間見せた。
「……心配してくれたの?」
「当たり前だ。お前はどうか知らないが、俺はお前の事を家族と同じ位には大切に思ってる」
「………えへへ、そっか」
珱嗄が滅多に言わない自分に対する評価に、満足家に微笑みを見せるなじみ。珱嗄の先を歩く背中に、何時も以上の温かさを感じとり、胸がポカポカと熱くなるのを感じた。
未だ、並の人間並みの知能を持った人間が生まれていないこの時代に、恋という概念は存在しない。
だが、安心院なじみが感じていたその温かさは、間違い無く『恋』と呼ばれる感情だった。
―――こうして現れた一人の転生者が命を終わらせた結果、恋愛感情を抱いた安心院なじみがその事実に気が付く日までは、あと4000年程後の話になるのだが……それはまた別の時に話すとしよう。