◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
―――……
「『デメリット?』」
「そう。コレ言っとかないと後で後悔するだろうし」
庶務戦が終わって会長戦が始まるまで、球磨川禊の修行が行なわれた。この会話はその一番最初の物。安心院なじみは球磨川禊に修行をするに当たっての副作用の様なデメリットがある事を最初に告げた。
「『それって一体なんなのさ』」
「ああ。良いかい球磨川君。君達
「『……』」
安心院なじみの言葉に球磨川禊は黙って次の言葉を待った。安心院なじみはそんな様子を見て、更に続ける。
「じゃあどうやって勝つのか。その為の方法が珱嗄の考えた珱嗄式修行法だよ。でも、この方法は諸刃の剣でね。考案者である珱嗄が実行しないととある副作用というか、代償が生じるんだ。
それは……【今後の人生による勝利】」
「『……!?』『それはつまり…』」
「そう。今回に限り、黒神めだかという絶対的な勝者に絶対的敗者である球磨川禊が勝利するための代償は……球磨川禊のこれからの人生における全ての勝利だ。君は黒神めだかに勝ったら、それ以降の勝負は全て負ける事になる。どんなに有利に状況でも、どんなに不利な状況でも、例え僕という人外が味方をしたとしても、君の勝負は全て君の敗北で終結する」
その言葉を聞いて、球磨川禊は顔を俯かせ、黙った。安心院なじみからは表情は見えない。だが、何かを考えているようだった。
「……それでも、君はこの戦いで黒神めだかに勝ちたいかい? 今後あるかもしれない勝利を全て投げ打って、おそらく君の人生の中で一番勝算が高いであろうこの勝負に勝ちたいかい?」
安心院なじみは、そう言って球磨川禊の決意を聞く。別に、今回勝たなくても挑み続ければいつかは勝てるかもしれない。修行自体は行なわなくても別にいいし、安心院なじみ自体は球磨川禊が今のまま挑んでも良いと思っている。
「―――はぁ……」
「?」
「決めたよ、安心院さん。僕は……勝ちたい。今後一切、勝てなくてもいいから! 僕をめだかちゃんに勝たせて欲しい!」
「―――良い答えだ」
これが、球磨川禊の選んだ答え。この勝負は確実に勝てるという物じゃない。珱嗄となじみという怪物が味方した事によって元々0だった勝算が大幅に上がった勝負なだけだ。数値にすれば、4:6で勝率はめだかの方がまだ高い。
相手は敗北知らずの絶対勝者、黒神めだか。勝利知らずの人類最弱、球磨川禊がそんな数字だけの結論だけで勝つには難しい以上に不可能と言っても良い相手なのだ。
それでも、球磨川はこの勝負に掛けた。おそらく、この勝負に勝てないようならこの先いくら頑張っても勝つ事は無いだろう。何故なら、この勝負が過去未来現在において尤も勝算が高く、黒神めだかに勝つことが出来るであろう勝負だからだ。
「それじゃあ始めよう。珱嗄式対黒神めだか戦対策を」
その言葉に対し、球磨川禊は括弧付けずにこう返した。
「望むところだ」
――――……
◇ ◇ ◇
そして現在。対峙する球磨川禊と黒神めだかは共に瞳にはぎらぎらとした闘志が浮かび、表情は笑顔を浮かべていた。
既に対戦カードとルール説明は済んでいる。球磨川禊の選んだカードは『人』。このカードは対戦フィールドとルールを現生徒会長である黒神めだかが決めて良いという唯一のワイルドカードだった。そのカードの効果に球磨川は不満を持たなかったし、黒神めだかも自分に有利なルールを決めなかった。
対戦ルールは『人間比べ』。箱庭学園を対戦場に武器あり卑怯あり何でもありのルール無用。一対一で、ただ相手に負けを認めさせれば勝利。という物。
「……なんだいそのルールは。上から見下してるのか、めだかちゃん」
球磨川禊はそう言って黒神めだかに螺子を数本投げ付けた。
「……見下してなどいない。私は嬉しいのだ。貴様とこうして本気の勝負が出来る事が。球磨川、私はこの日を体感時間で3億年は待ったぞ!」
だが、黒神めだかはその螺子を全て受け止めた。そして、口で受け止めた螺子を噛み砕いて笑顔でそう言った。
「……それなら良いけど。これなら心おきなく使えそうだね……僕の
球磨川禊はその笑顔に対し、マイナス螺子を取り出してそう言った。
「――それでは、生徒会戦挙。会長戦をはじm――ぐっ!?」
長者原がそう言おうとした瞬間、球磨川禊が螺子で長者原を捻じ伏せた。その行為に、黒神めだかを含む全員が驚愕した。唯一人、珱嗄だけは何時もの様にゆらゆらと楽しげに笑っていた。
「そんな勝負はもうどうでもいいんだよ。生徒会なんて、めだかちゃん達がやればいい。僕は君に勝つためだけに、この学校に、君達の前にやって来たんだから」
挑戦者として、生徒会なんてのはどうでもいい。球磨川禊は生徒会戦挙での勝利を黒神めだかに譲った。本質的な所はそこには無いからだ。
球磨川禊の求める勝負は、黒神めだかとの本気の勝負だ。
「さぁめだかちゃん。これは試合じゃない。君と僕だけの何にも縛られない本気の勝負だ。この勝負で僕は君に勝つ」
「良いだろう球磨川。元より試合形式での勝負など、貴様や私の望むところでは無い。今ここで、私が貴様を改心させてやろう!」
その言葉と同時、黒神めだかと球磨川禊は動きだす。黒神めだかは球磨川へと駆けだし、球磨川禊はその場を動かなかった。
そして始まる。珱嗄式修行術の成果が――――
◇ ◇ ◇
球磨川side
―――良いかい球磨川君。まず、めだかちゃんとの戦いの初手が大事だ。珱嗄からの情報を基に、まず初手から主導権を握るんだ。
安心院さんが言っていた。めだかちゃんとの勝負の対策その1。それは―――
―――一番最初から【
「はぁっ!!」
「っ!?」
一番最初から【
でも、安心院さんは僕の事を最弱と言っても弱くは無いと言った。それはつまり、僕と同じになったとしても、黒神めだかは倒れないという事に他ならない。
「―――これは……!」
「【
髪の毛が真っ白になっためだかちゃんはやはり心が折れなかった。内心では大きな敗北感が襲って来た筈だけど、それでも彼女の心は強かった。
「なるほど……確かに、強力なスキルだ。でも、球磨川。これで私が負けを認めると思っているのか?」
「思ってないよ」
僕はそう言って次の攻撃へと手を移す。安心院さんの黒神めだか対策その2、【
―――そして、スキルを上手く発動させた後だ。めだかちゃんの主な武器はその肉体で行なう近接格闘。そこを衝く。
「次だ」
―――君の武器は螺子だろう? どうせ、螺子は拳で全部砕かれるんだ。ならどうするか、その答えは簡単だ。君も拳を使って戦えば良い。
「っ!?」
「はぁああああ!!」
安心院さんの言った通り、螺子は使わない。使っても無駄だから。それに、今は僕とめだかちゃんの身体能力は同じ。殴りあいで劣る事は無い。
「このッ!」
「ぐっ……」
負けじと殴り返してくるめだかちゃんだけど、その威力は中学時代の彼女の拳の何十分の一にも劣る。大したダメージにはならない。
でも、殴り続けるしか出来ない。何故なら、僕が安心院さんに教わった対策はこの二つだけだから。安心院さんはこの殴りあいで勝てるように身体能力の強化ではなく、戦い方を教えてくれた。後は珱嗄さんがどうにかしてくれると言って。
「ふっ……はぁ!!」
「ガッ……」
段々僕の拳がヒットし、めだかちゃんの攻撃が当たらなくなってきた。教えてくれた戦い方はちゃんと成果を出しているようだ。それに、今はめだかちゃんの異常性も効果を出さない。安心院さんの言ってた見た技術をそのまま極めて会得する【
「ぐっ!?」
でも、めだかちゃんの攻撃はこれまで修めてきた武道の技術が詰まっている。めだかちゃんの家柄や性格から、剣道や柔道なんかの武術や護身術を満遍無く修めてきたのだ。付焼き刃で会得した僕の戦い方で対抗できる程甘くはない。
その証拠に、僕の拳はヒットしつつも受け流され始めた。彼女の拳はなんとか躱している物の、このままじゃジリ貧だ。
「はぁ……はぁ……」
「はっ……はっ……」
一旦距離を取ってみた物の、正直勝算は薄い。彼女の武術に対抗すべく体感時間で2年ほどずっと安心院さんから戦い方を学んだけど、それでも彼女の方がまだ上手の様だ。
どうするかな……。
「……?」
そこではたと気付いた。珱嗄さんがどうにかしてくれるとは言ってたけど、この勝負に直接手を加えてくる事は無い筈。だとしたら、珱嗄さんの取る行動は……持ち前のスキルを使った何か。それもきっとめだかちゃんへの攻撃や僕の援護ではない。
となると珱嗄さんの発動するスキルの効果は……『過負荷の敗北性の除去』か『異常の勝利性の除去』、またはそのどちらか、かな?
異常ほど勝てる訳じゃ無く、過負荷ほど負ける訳じゃない。所謂普通の
「なら、僕が負ける可能性は5割」
「球磨川ァ!」
それが分かれば、なおさら負けるわけにはいかない。ここまでお膳立てしてくれた二人が僕の勝利を信じてくれてるんだ。なら僕は、自分の為にもあの二人の為にも……絶対に勝つ!
「おぉぉぉぉ!!!」
「がふっ!?」
僕の蹴りがめだかちゃんのおなかに当たり、めだかちゃんが吹き飛ぶ。
「はぁあああ!!」
此処で畳みかける。吹き飛ぶめだかちゃんを追って、体勢が崩れている内に拳を更にぶつける。ぶつけてぶつけてぶつけた。
「ぐっ! がっ!」
「はぁ!!」
転がるめだかちゃんを蹴って更に吹き飛ばした。
「はぁ…はぁ……」
「ぐ……!」
めだかちゃんは膝を着いて、見上げるようにこちらを見ていた。このままいけば、勝てる。
「僕は、君に勝つ。負けるわけには……行かないんだ。たとえ僕が人類最弱だとしても」
「お前は弱くは無い……! 過負荷の誇りを持ち、仲間を大事にする……そんなお前が弱い筈が無い!」
僕はその言葉を聞いて、その通りだと思った。事実、僕は過負荷として彼女の挑んでいるが実際はもうめだかちゃんの言う改心はしていると思う。昔とは考え方も変わったし、めだかちゃんの事は大好きだ。
多分、珱嗄さんのせいだろうけどね。
そう考えていると、僕とめだかちゃん以外の人がぞろぞろとめだかちゃんの後方にある校舎屋上に集まっているのが見えた。
『負けんな黒神ぃいい!!! お前を倒すのはこの俺だぁああああ!!』
その応援は、めだかちゃんの敵の発現。その言葉からは、彼らがめだかちゃんの敵であることが分かった。きっと、僕の様に彼女に挑んだ結果改心させられたんだろう。
「あれは、君の敵かい? めだかちゃん」
「……ああ、全く……これでは負けるわけにはいかないな」
「……いいね、あんな敵が応援してくれるなんて。羨ましいよ」
僕には応援してくれる味方はいても、敵はいない。まして、今は僕の応援をしてくれる人なんて―――
「何を諦めてんだ。球磨川禊」
その言葉が聞こえて、僕はバッと振り向いた。僕の後ろにいたのは、たった一人。めだかちゃんの後ろには大勢の敵と、善吉ちゃん達生徒会の仲間がいる。でも、僕の後ろにいたのはその全員に匹敵する程の人。
「珱嗄……さん」
「お前の応援なら俺がしてやる。お前の味方なら俺がしてやる。めだかちゃんの応援をしてる馬鹿達の応援に対して、お前の応援をしてるのは俺だ……まだ足りないか?」
「……いや、十分だね。珱嗄さん一人に応援されるなら、この世の全ての人間がめだかちゃんを応援してても釣り合わない位だ」
そうだった。僕には応援してくれる人がいる。それも、この世界できっと勝てる人はいないだろう無敵の人間が。僕の勝利を一番最初に現実にすると言い放った男が、最後の最後に僕の戦いを見守ってくれているんだ。これほど幸せな事は無い。
「決着をつけようか。めだかちゃん」
「ああ……そうだな。球磨川」
実をいえば、身体能力は強化してないから拳はボロボロだし、もう身体も動かないほど体力も残って無い。腕を上げるのも一苦労だ。対して、めだかちゃんも僕の与えたダメージで身体は動かないだろう。きっと、これが最後の一撃。
「愛してるぜ、めだかちゃん」
「私もだ、球磨川」
「それは人を、だろ?」
そう言って、僕とめだかちゃんは動きだす。心の勝負で言えば、僕はきっとめだかちゃんに負けたんだろう。だって、僕はめだかちゃんの事が好きだし、こんなにも幸せな気持ちなんだから。
でも、僕はこの勝負で負けるわけにはいかない。だって、僕の背中に勝利を信じてくれている人がいる。僕の勝ちたいと思う気持ちを汲んで、支えてくれた人がいるのだから。
「はぁあああああ!!!」
「おおおおおおお!!!」
お互いに咆哮を上げて、拳を振りかぶる。そして、全力で振り抜いた。
「ぐっ……!」
「がっ……!」
お互いの拳は、お互いの顔を捉えた。めだかちゃんの拳に、目の前がチカチカと点滅する。足に力が入らない。気が付けば、膝を着いて僕はめだかちゃんの足元に倒れていた。
「……ぐっ……!」
立ち上がろうと腕に力を込める。でも、少し浮かぶだけで立ち上がれない。
「負けるか……まだ、負けてない……!」
「……球磨川。お前は強い。私はお前ほど勝利に執念を持った男を知らない」
めだかちゃんが何か言っている。でも、聞いている暇は無い……立たなきゃ……!
「私の負けだ。球磨川」
「!?」
めだかちゃんが負けを認めた。その事実に、僕だけじゃなく生徒会チームや観客の全員が驚いている。
「何……言ってるんだ………同情のつもりなら、僕は君を許さない……!」
「同情では無い。私は素直に貴様に感服しているのだ。私を応援してくれた奴らには悪いが、私は貴様を改心させる事は出来ても、負けを認めさせる事は出来ないだろう」
……なるほど。なんだ、僕が改心している事はバレてたのか。
「……そっか」
「ああ。もう一度言うぞ、私の負けだ球磨川」
「なら、僕の勝ちだよ……めだかちゃん。そして、君の勝ちだ、めだかちゃん」
「……何故だ?」
「僕は改心しちゃったからね。この勝負は僕の勝ちでもあり、君の勝ちでもあるんだ」
そう。僕は彼女を敗北させることが出来て、彼女は僕を改心させることが出来た。お互いの目的をお互いが果たしてしまった結果だ。故に、僕の勝ちでありめだかちゃんの勝ち。また僕の負けであり、めだかちゃんの負けだ。
「そうか……貴様がそれで良いなら、それでいい」
「ねぇめだかちゃん……僕は勝ったけど……あそこにいる人達みたいに、君のピンチに駆けつけても良いかな?」
「ああ。貴様が私の窮地に助けてくれるのなら、心強いな」
そう言うと、めだかちゃんは副会長の腕章を僕に差し出してきた。
「ところで球磨川。貴様、私の生徒会の副会長をやらないか?」
「……僕は箱庭学園を去らなきゃいけないんじゃないの?」
「貴様は勝ったのだろう? なら、出ていく理由は無い」
「……ははは、じゃあその役職引き受けるよ。でも、安心しないでねめだかちゃん。僕はあくまで
「うむ。それが貴様の仕事だ」
そう言うと、めだかちゃんは扇子を広げて笑った。
「―――やったね。球磨川君」
「珱嗄さん」
「やれば出来るじゃないか」
「あはは、珱嗄さんのおかげだよ」
「言っただろ? 俺はお前を勝たせるって」
その代償に今後の勝利は無くなっちゃったけどね。それでも、僕は満足だ。
「まぁぶっちゃけると俺がお前の修行付けてたら一瞬で勝っちゃってたんだけどね」
「え」
「でもそれじゃ満足出来ないだろ? だからなじみに投げたんだよ。勝ったからいいよね」
「珱嗄さん……いつも通り、むちゃくちゃだなぁ」
思わず苦笑する。笑うと身体が傷むけど、その痛みは今は心地良い。初めて勝ったけど、勝利って凄く嬉しい物だなぁ。
「ソレが俺だぜ。今回の戦いは中々に、面白かったよ。それじゃ、副会長さん。頑張れよ」
「『うん』『精々頑張るとするよ』」
僕は括弧付けて、そう返した。