◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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やぁ、初めましてめだかちゃん。僕だよ

 珱嗄と空洞の戦いは、熾烈を極めていた。とは言っても、それは互角に戦っている訳では無かった。珱嗄と空洞の戦いは、珱嗄による一方的な攻撃だった。

 珱嗄の拳と蹴りは、遠距離からの攻撃にも使用出来、拳圧や蹴りによる衝撃は空洞の身体に容易に届き、傷付ける。空洞は不知火によって新たなスキル【光化静翔(テーマソング)】を手に入れ、それにより光速移動を可能にしていたが、珱嗄の攻撃はその速度を普通に上回った。

 

 珱嗄もスキルを使って身体を保護すれば光速で移動することが出来るだけの脚力を持っている故に、その速度は眼で追えるし、珱嗄の戦闘によって培われた先読みは空洞の動きを一手も二手も読み切っていた。

 その結果、空洞は動きを先読みされて攻撃を次々と当てられていた。

 

 また、空洞の攻撃は出ない訳では無い。空洞もまた、光速で動く事によって拳圧を飛ばす事が出来るし、それを使って珱嗄に何度か攻撃していた。

 だが、珱嗄にそれは全く効かなかった。まず打ち出される攻撃の数と質が違いすぎた。拳圧を飛ばして珱嗄を攻撃すれば、同じ拳圧でソレは打ち消され、尚且つ珱嗄の攻撃は消えずに空洞へ迫るのだ。そして、珱嗄の戦闘経験と能力は空洞のソレとは比べ物にならない程に高い。故に珱嗄は空洞の攻撃に対し、後出しで対処することが出来る。それも空洞を劣勢に追い込む要素の一つだった。

 

 これにより、空洞の身体にはいくつもの傷が出来ており、珱嗄は無傷だった。過去、珱嗄に戦闘を挑んだ猛者は少なくない。むしろ、珱嗄の強さに惹かれて何度も何度も戦いを挑んだ者達は過去に数百数千といる。戦闘の数だけで言えば数万数億と多いだろう。それでもなお、珱嗄に傷を付けた者は一人もいない。そう、唯一人もいないのだ。

 

「そらっ」

 

「ぐぅ……!!」

 

 珱嗄の攻撃は空洞の身体を満遍無く叩く。攻撃は物理ではなく衝撃そのものを飛ばす方法だ。当たればその衝撃は身体全体に響き渡る。

 また、珱嗄の攻撃は空洞のやっているただ拳圧を飛ばす物では無い。培われた技なのだ。それが例え、漫画やアニメで様々なキャラが使って来た技だとしても。

 

「『指銃(しがん)(ばち)』」

 

「ガッ……!? くそっ!」

 

 主にワンピースで使われる六式技を使う珱嗄だが、それによって珱嗄の攻撃は様々な武器による傷跡を再現していた。その証拠に銃で撃たれた傷や刃で斬られた傷が空洞の身体にはいくつもあった。

 

 しかし、それでも空洞がまだ立って動いていられる理由は応援者(ギャラリー)と不知火によって得たスキルにあった。

 

 

 

『日之影先輩!! 頑張れぇえええええ!!!!』

 

 

 

 日之影空洞が【知られざる英雄(ミスターアンノウン)】を失った事によって、生徒達の記憶に空洞の存在が思い出された事で、空洞への感謝と敬意を思い出し、全校生徒が応援に駆け付けたのだ。

 日之影空洞はその事実が嬉しかった。それだけで立ち上がることが出来た。珱嗄という親友を前に、まだ空洞は駆けまわることが出来た。

 

「愛されてるなぁ空洞君」

 

「ああ、幸せ者だよ。俺は」

 

 珱嗄は笑い、空洞も笑った。珱嗄は別に応援もいないし、味方といえば蝶ヶ崎蛾ヶ丸くらいしかいない。だが、この展開を面白いと思っていた。

 空洞の為に全校生徒が集まって応援している。それによって空洞はけして軽くない傷を負っているにも関わらず自分に向かって来ている。とても面白いと感じた。何故なら、そんな奴らがこぞって目の前にいるからだ。仲間の為に駆けつける。そんな漫画みたいな展開を作りあげた奴らが目の前にいるのだ。

 

 面白くない訳が無い。実際、漫画の様な展開なのだから。

 

「それでも、俺の勝ちは揺るがない」

 

 珱嗄はスキルを使えない。故に、ある展開を作りあげた。空洞への勝利条件はおおよそ三つ。一つは気絶させること、一つは降参させること、そして最後は空洞に近接戦闘を行なわせること。

 つまり、珱嗄は空洞自身から珱嗄に近づいてくるという展開を作る事にしたのだ。

 

「!?」

 

「おいおい、お前は近接戦闘は禁止されてる筈だろ?」

 

 光速故に、多くの人から空洞の動きは目視することが出来ない。だが逆に珱嗄の動きは目視することが出来るのだ。

 珱嗄はその事を利用した。自身の先読みによって、空洞の迫ってくる場所へと移動し空洞がその場所を避ける、この繰り返しをしながら空洞を追いこんで行き、最後に蹴りで地面を攻撃した。それによって巻き上げられた砂煙は二人の姿を隠し、空洞は珱嗄の姿を見失った。

 ここで、空洞が気配で相手の位置を察せる程に戦闘能力が高ければ、まだやりようはあった。だが、空洞の実力は一人で軍隊を相手に出来るとは言ってもそれは力押しでしかない。つまり、空洞の戦闘能力はそう高くない。ただ純粋に強いだけなのだ。

 

 つまり、空洞は珱嗄の姿を見失った時点で珱嗄に近づいているのに気付く事が出来なかった。

 

「ほら」

 

「!?」

 

「―――俺の勝ちだ」

 

 空洞は珱嗄の言葉に過去の経験から咄嗟に拳を突き出してしまった。だが、珱嗄はそれを自身の掌でパシンと乾いた音を立てて受け止めた。

 そして、砂煙が晴れた時……その場にいた全員の眼に入って来たのは、珱嗄の掌に拳を当てている空洞の姿。どう見ても、空洞が珱嗄の懐に入って拳を振るった後の様にしか見えなかった。

 

「………っ! ……はぁ、やっぱ勝てないか」

 

「当たり前だろ。最初に言ったぜ? 俺の勝ちは揺るがないって」

 

「それにしたって……一回も攻撃を……当てられないとは思わなかった、ぜ」

 

 そう言った瞬間、空洞は音を立てて崩れ落ちた。珱嗄は気を失った空洞の身体を支えてその場に寝かせる。その光景を見た瞬間、観客からは空洞を讃える声が上がり、長者原による珱嗄の勝利宣告が上がった。

 

「さて、このままじゃ死んじゃうし……健闘を讃えて回復位はするとしよう」

 

 珱嗄はそう呟いて、時間を巻き戻すスキル【跡戻り(バックトラック)】を発動させた。空洞の身体は巻き戻し再生の様に傷を次々と消していき、失った血液を取り戻す。スキルの発動を終わらせた時には、空洞の身体は元通りになっていた。

 

「おめでとう空洞君。お前の英雄譚は皆が覚えてたぜ」

 

 そして、治療を終えた珱嗄はそう言って立ち上がる。ゆらりと笑ってめだか達を見る珱嗄だが、その視線はめだか達を見ていなかった。

 

「これで、生徒会選挙は共に2勝2敗。そして、残る対戦は会長戦」

 

「それが何か……?」

 

「お前ら気になって無いのか? この時になるまで、球磨川禊が対戦に来なかった事が」

 

「!?」

 

 珱嗄の言葉に、めだかを含む生徒会チーム全員が驚愕の表情を浮かべる。確かに、全員疑問には思っていたのだ。球磨川禊というこの戦いの原因が、今までの対戦で庶務戦以外顔を出さなかった事を。

 

過負荷(マイナス)は負け組の集団だ。そして球磨川はその負け組の筆頭。つまり、球磨川禊はあらゆる戦いで勝つ事は出来ないという事になる。だが、球磨川禊がたったの一度も勝てないと誰が決めたんだ?」

 

「……」

 

「球磨川禊は、黒神めだかに勝つぞ。それが、俺が決めた球磨川禊の結末だ」

 

 そう言った瞬間、観客の波がモーゼの如く二つに割れた。その先にいるのは珱嗄に対峙する様に立つ、学ラン姿の男。名前は球磨川禊。その表情からは、黒神めだかに対する敵意と勝利に対する執念が滲み出ていた。

 身体の至る所はボロボロになり、傷だらけの学ランから見える四肢には包帯が巻かれていた。顔にはガーゼや絆創膏を貼っている。その佇まいからは、凄まじい修行の跡が見えた。

 

「やぁ、初めましてめだかちゃん。僕だよ」

 

「球磨川……やっとお前と心から話せた気がするよ」

 

 めだかはそんな球磨川を見て、笑みを漏らした。球磨川はそんなめだかを見て、笑った。

 

「今日こそ、今日こそ、今日こそは君に勝つ。負けない、何があっても全て捻じ伏せて泥臭く勝利をもぎ取ってみせる」

 

「ああ、それでいい。私は全力でお前に応えよう!」

 

 そうして、球磨川禊と黒神めだかは対峙する。珱嗄は球磨川の肩をポンと叩いて下がる。それだけで球磨川は珱嗄の応援を受け取った。自身の本音を無理矢理表に出させた珱嗄と、勝つ為に全力を尽くして球磨川を修行してくれた安心院なじみに感謝を込めて、心の中で頭を下げた。

 

「それじゃあ始めようか。僕と君の本気の勝負を!」

 

 球磨川禊の言葉は、副会長戦に続いて会長戦を行う引き金となった。

 


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