◇3 めだかボックスにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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面白くねぇな

 言彦との勝負を終えて、おおよそ1000年。原作開始まで4000年を残した現在。珱嗄となじみの関係に若干の変化をもたらす出来事があった。

 

 まず、未だ紀元前のこの時代の中で、珱嗄となじみは恐らく地上で最強の存在。だが、そんな俺達の前に原作を開始する前の大きな壁の様な存在が立ちはだかったのだ。

 

 なじみ曰く、「千年に一人位いるんだよ。勝つ事を約束された存在ってのが」との事だが、言彦がそれに当たる存在。

 そして、言彦と勝負をした千年後の今。新たにそう言う存在が現れてもおかしくはないという事だ。原作には現れなかった過去の英傑。全能のなじみと戦い、その全てのスキルを薙ぎ払った挙句……全くの無傷でいたぶる実力を持った無名の非登場人物。

 

 その者の名前を……石動弐語(いしなり ふたご)と言った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 さて、最近と言う物、なじみの「出来ない」事探しにも限界が来ていた。何十億年の歳月を経て、毎日毎日やってくれば、そりゃあネタも尽きるという物。それに、俺としては最近それに飽きて来ているというのもあった。

 俺が一番最初になじみから【シュミレーテッドリアリティ】の話を聞いた時に思い付いた手っ取り早い解決法をした方が早いのだと俺は思った。最近ではなじみの様子がピリピリしていて若干一緒に居辛いし、常時臨戦態勢を取っている様な雰囲気なのだ、そりゃあ早々に解決したくもなる。

 

 そんなある日、なじみが既視感(デジャヴ)を感じさせる行動を取った。そう、それはかつての言彦との勝負を行なっていた千年前と同様。何かと戦う様な雰囲気を纏ったなじみは、あの時とは違って本気で何かを殺そうという意思さえ感じられた。

 何故そこまでなじみが本気になっているのか、そんなに殺そうと思えるほどの相手がいるのかと、疑問を抱かない訳ではないが、それを聞かせない程の圧力が今のなじみにはあった。

 

「……珱嗄、ちょっと出てくる」

 

「……ああ、行ってらっしゃい」

 

 なじみを送り出して、俺は一つ息を吐く。何時もへらへらと自分の思うがままに生きている俺には、今の心の底から思っている事を成し遂げようとしているなじみは少しだけ眩しい。

 

 俺の持つ、俺に宿った最初のスキルは、その名を『嗜考品(プレフェレンス)』という。このスキルは、自分の考えた事をそのまま成し遂げるスキルを作るスキル。例えば、俺が空を飛びたいと思った時、空を飛ぶスキル『浮遊晴(プランクロニック)』が生まれたし、銃が欲しいと思った時には、銃を精製するスキル『門前の銃顕(ビーストドック)』が生まれた。

 

 そんな風に、考えた端からスキルが生まれていく俺のスキル量はこの三十億年でなじみを優に超える。正直、出来ない事は何も無い。だが、このスキルだって絶対じゃない。例えば、スキルを無効化するスキル……なんてモノを持つ奴が現れた場合、俺のスキルは全て封じられる。今、スキルを無効化するスキルを考えたせいで、スキルを無効化するスキル『霧抵抗(ノンレジスタンス)』が生まれてしまったが、それだって結局封じられてしまうのだ。

 それに、言彦みたいに大抵のスキルが効かない様な奴とかも天敵になるよね。

 

 だが、まぁ今はそんなこと置いておいて……今はなじみの事だ。言彦の様に相手が手心を加えてくれるとも思えない。そうなったらなじみ以上の実力を相手が持ってた場合、なじみが無事で済むとは思えない。

 

「……まぁ、なじみとはたかが三十億年程度の付き合いだし、俺が転生した世界で会った一人でしかない訳だ。そう思うと別に気にかけなくても良いんじゃないかな? うん、帰ってくればそれでいいし、帰って来なければそれまで。なじみの事は忘れて原作まで過ごしていればいいか!」

 

 そう言葉にした後、二の句が出てこない。なじみを失ってしまった場合、俺はどうなるのか。悲しみに明け暮れるのか……はたまた能天気にいつも通り過ごすのか、どちらなんだろうか。

 過去に行った事のあるハンターハンターの世界では人の生き死になんてとても軽く、周囲の人間が死んでしまっても、仕方無かった。それにはもう慣れたし、いつまでも悲しむ様なへたれた精神もしていない。

 

 だが、俺が今なじみを追い掛けたら……危険な目に会っているかもしれないなじみを助ける事が出来るかもしれない。いや、多分出来るだろう。そうすればなじみは今まで通り俺の傍でいつも通り余裕そうな表情を浮かべるのだろう。

 

「…………はぁ」

 

 ため息をついて、少しだけ考える。なじみはどうやら俺の中で、随分と大きな存在になっていた様だ。少なくとも、家族と同じ位に思う程には。

 

「仕方ねぇな……行くか。考えてみれば、単純すぎる悩みだったぜ」

 

 俺はそう言って、なじみを追い掛けるように扉を開いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……安心院(あじむ)なじみ、いや……安心院(あんしんいん)さんと呼んだ方がいいか? 俺としては下の名前で呼びたい所なんだがな」

 

「黙れ。間違っても下の名前や安心院さんなんて呼ぶな。お前みたいな奴には名前すら呼ばれたくないね」

 

 安心院なじみは珱嗄の下を出て、ある人物の下へやって来ていた。その人物は、この世界にいきなり現れた存在。安心院なじみから見れば、自分と同じく何も無い所から生まれた3人目の人外という認識になるが、この男の存在を安心院なじみはとても嫌悪していた。

 何故なら、この男の放つ雰囲気は未来の最弱の過負荷(マイナス)、球磨川禊とは違う……吐き気すらする気持ち悪さだったからだ。

 何処にいてもその存在の居場所が分かってしまう位にその雰囲気を増して、いつでも自分達を見ている様な存在感。

 

石動弐語(いしなり ふたご)。俺の名前だ、よろしく頼むぜ」

 

「いやだね。初対面だけどそういう何もかもが大っ嫌いだ」

 

「まぁそう言うなよ。俺としてはお前とは親しくして行きたいんだから」

 

 そう言って、弐語はなじみの頭の先から足の先までじっとり舐めまわす様に見た。その視線に、なじみはより一層の嫌悪感を抱いて睨みつける。

 

「残念だけど僕にその気はない。さっさとここで――――死ね」

 

 そう言って、なじみは言彦にした様なスキル弾幕を張る。その種類は、一つ一つで確実に人を殺せるスキル。惨殺刺殺毒殺暗殺絞殺轢殺銃殺撲殺病殺、全ての殺し方を詰め込んだ数百ものスキルを男の身体一つに叩きつける。

 

 だが―――

 

 

「そう張り切るなよ」

 

 

 ―――その全てが男に触れた瞬間、儚い夢の様に粉々に砕けて消えた。

 

 

「なっ……」

 

 その事実に、なじみは眼を見開き立ち止まる。

 

「なんで……」

 

「ははは、お前のスキル如き効くわけ無いだろう。いいよ、教えてやる……俺のスキルはスキルの効果を変更するスキル。その名も『事後変効(ポストチェンジ)』。今やったのは、お前のスキルを全て俺の身体強化の効果に変えた訳だ。つまり、今お前は俺を数百のスキルを使って強化してくれた事になる訳」

 

 そのスキルは、先程珱嗄が考えたスキルを無効化するスキル同様、スキルを大量に持つなじみや珱嗄の天敵になり得るスキル。全てのスキルが彼の前では意味を持たない。全て彼の思うままに使われてしまうのだから。

 

「そんなスキル―――ガッ!?」

 

「おいおい、先に仕掛けたのはお前の方だろう?」

 

 なじみが驚愕していると、数百のスキルで身体強化された弐語がその場から消え、次の瞬間にはなじみの腹を肘鉄で穿った。その威力に、なじみは身体をくの字に変えて後方へ吹き飛ぶ。防御や回復のスキルは使った端から全て目の前の男によって男の都合のいい効果へと変えられてしまう。故に、スキルは使えない。なじみもそれを重々理解していた。

 

「ゲホッ…! ちっ、なんだそれ。言彦並みに規格外だな…」

 

 かの獅子目言彦同様、回復を許さず、スキルは効かない。そんな相手に、人外は敗北を強いられていた。最初は泉ヶ仙珱嗄、次に獅子目言彦………そして、今回は目の前の石動弐語。人外はこれまで、かなりの信頼と好感を持っている男に一度だけの勝負で負け、世界を破壊する為に生まれた様な男に数億回負けてきた。全能な安心院なじみだからと言って、必ず勝利を約束された存在にはなれなかったのだ。

 

「で、どうする? 負けを認めるなら……俺の女として生かしてあげても良いけど?」

 

 その言葉は、文字通り死か生か選べという事だった。死んでもスキルで生きられる安心院なじみだが、肝心のスキルを今封じられているなじみは、死んだらそれまでという状況に追い詰められていた。

 なにより、まだ勝負が始まって5分も経っていないのに戦況は最悪だ。自分の最初の数百ものスキルで強化された異常な身体能力とこちらの唯一の武器とも言える膨大なスキルを封じる反則的なスキル。

 

 勝てる要素が見当たらなかった。

 

「……お前の女として生きる……?」

 

 膝を着き、半ば四つん這いの状態で腹を押さえて口元から漏れる血を片手で拭う。目の前の男の言うとおり、彼の女としていれば生きる事が出来るだろう。だが、なじみの頭によぎるのはこの世界で初めて出会った人間の男。最強無敵の馬鹿であり、いつもなじみを支えて来た男。

 

 

 自分の目的を知り、その上でこの三十億年という長い時間を共に過ごしてくれた。

 

 

 言彦との勝負で、命の危険こそ無かったが言彦を倒してまで来てくれた。

 

 

 人間の用に会話の出来る生物が生まれるその時まで、孤独であった筈の時間をかけがえの無い物にしてくれた。

 

 珱嗄はさして気にも掛けていないし、気付いてもいないだろうが、三十億年という時間をたった一人で過ごすのはどんなに精神の強い奴でも無理だ。精神崩壊は免れないだろう。それは、安心院なじみだって同じ事。一度孤独で無い時間を味わった者に、それ以降の孤独の時間は地獄でしかないのだから。

 

 故に、安心院なじみは珱嗄に絶対的な信頼を寄せているし、家族以上の絆を感じている。これからも一緒に居たいと思うし、一緒に居るのだろうと思っているのだ。

 

 だから――――

 

 

「そいつは出来ない相談だな」

 

 

 ―――安心院なじみは唯一生きられる道を自ら切り捨てる。

 

 

「……そうか」

 

 不機嫌に顔を歪める弐語は、つまらない物を見る眼で這い蹲る安心院なじみを見下ろし、その拳を握る。振りおろせば、人間の頭くらい簡単に押し潰す威力を身体強化で得た彼の拳は、一撃で命を刈り取る破壊の鉄槌。

 

「じゃあもう死ねよ」

 

 そう吐き捨てた弐語は、その拳を振りおろす。

 

「っ……!」

 

 だが、安心院なじみは会話の途中で痛みの引いてきた腹を抱えて、転がる様にその拳を避ける。結果、その拳は地面に空振り、そのまま拳の当たった場所を中心に広い範囲で地割れを起こした。

 さらに、そこに発生した衝撃波でなじみの身体を吹き飛ばし、まっさらな荒野を転がした。人間がまだ少なく、家を立てるという概念もまだ疎らな今、ほとんど荒野が世界。だが、そのおかげで家がある未来の住宅街で同じ事をやった場合よりはダメージも少なかった。

 

 転がる事でダメージも軽減出来、さしてダメージは無かった。なじみはその事を確認し、いたむ腹をさすりながら立ち上がる。

 

「へぇ……まだ動けたんだ」

 

「生憎……僕はしぶとくてね」

 

「流石は人外。スキルだけじゃないって訳か?」

 

「どうだろうね」

 

 笑って返す。こんな男に負けるわけにはいかないからだ。戦いを挑んだ理由こそ、ただの同族嫌悪の様な物だったが、事情が変わった。この男は生かしておけばいずれなじみと珱嗄の生活に多大な影響を及ぼす。今潰せる内に潰しておくべきだとなじみは判断した。

 

「………」

 

 だが、勝算が無いのもまた事実。どうすればいいのか分からず、なじみは唯構える。その様子に嘲笑を浮かべた弐語は、地面を蹴ってなじみに肉薄した―――

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 不愉快だ。俺、石動弐語は今……あの安心院なじみをいたぶっていた。スキルは俺のスキルで封じ、身体能力を安心院なじみのスキルで強化した今の俺に、敗北要素は無い。寧ろ、向こうは詰んだと言っていい状況だ。

 なのに、気に入らない。安心院なじみの眼は変わらず俺に勝とうとしている眼だった。どう見ても負けるしかないのに、諦めないで噛みついてくる。

 

 既に、身体は痣だらけになり、口からは血をダラダラと垂らし、鼻血も出して、骨も何本か折れている筈。回復のスキルが使えないから、この状況はどうあがいても覆せない筈だ。

 

「がっ……はぁ……!」

 

「………何なんだよ。お前」

 

 なぜそこまでするのか俺には分からなかった。所詮―――『漫画の中のキャラクターに過ぎない』…という訳か。

 ここまで言えば誰にでも分かる。俺は神様の手違いで転生した転生者だ。このスキルだって、神に頼んで貰った物なのだ。他に貰ったのは、不老の肉体。安心院なじみにも負けない要素が俺には揃っているのだ。

 

「これで終わりだ」

 

 安心院なじみの首を掴んで持ち上げる。両手はだらりと下がり、来ている巫女服は既にボロボロだ。土塗れに汚れ、所々破れており、履いていた下駄は両方壊れて片方は既に裸足になっている。何より、体中に刻まれた痛々しい青痣と大量の出血によって白かった着物は赤く染まっていた。顔も、口や鼻からは血を漏らし、額を切って流れ出た血でおそらく片目は見えていない。

 

 なのに、未だこちらを見る片目は殺意ともとれる威圧感を放っており、今にも咬み付いて来そうな迫力を持っていた。

 

 それがどうしても気に入らない。俺に屈しないのが気に入らない。思い通りにならないのが気に入らない。今になってもまだ勝とうとしている眼が気に入らない。

 

「……何か言い残す事はあるか? 安心院なじみ」

 

「―――……」

 

 彼女は、小さな声で何かを言った。聞き取れずもう一度聞く。すると、彼女はより一層殺意を込めた眼を向け、今度は聞き取れる声でこう言った。

 

「―――くたばれ、クソ野郎」

 

 

「……そうか」

 

 

 最後まで、気に入らない女だった。

 

 そう思い、俺は拳を握りトドメの一撃を振りかぶる。そして、そのまま安心院なじみの命を絶つ拳を叩きつけた―――――筈だった。

 

 

 

「面白くねぇな」

 

 

 

 その一言。たった一言で俺の拳はピタリと止まった。動けない。背後から響いたその一言は、冷たい水をかぶせられた様に、俺の身体にゾクリと悪寒を抱かせた。

 見れば、安心院なじみの眼は殺意を失い、逆に驚愕を浮かべていた。背後に居るナニカ。振り向けばその姿が分かる筈なのに、振り向くというアクションをするのにかなりの労力を必要とした。

 

「………!」

 

 振り向いた先、そこにいたのは俺より少し身長が高く、青黒い少し跳ねた髪に真っ黒な瞳、深い青色の足首まである着物を着て、腰を緑色の布で締めている。下には黒袴を履いて、足には草履。格好を見れば、安心院なじみの巫女服と同じ和服だが、その着こなしはどう見ても通常とは異なっていた。

 

「手、放せ」

 

 呟き程の言葉が、今は俺の耳に良く響いた。その言葉はそれ事態に何かしらの力が宿っていたかの様に、俺の手は安心院なじみを開放した。解放された安心院なじみはドシャッとへたり込み、咳き込みながら現れた男を見ていた。

 

「さて……ウチのなじみをボロクソにやった落とし前は―――ちゃんと付けてもらうぞ」

 

「!?」

 

 落ちつけ、大丈夫。スキルは俺には効かないし、身体能力だって今の俺は数百ものスキルで強化されている。負ける筈が無い。実際、俺は安心院なじみにだって勝ったのだから。

 

「さて、まずはお返しだ。安心しろ、楽に死ねると思うなよ」

 

 奴がそう言った瞬間、俺の身体は宙へと投げ出された。

 

 


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