ルルーシュと麦わら海賊団   作:みかづき

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砂の味

 

 

 

「我が名はジェレミア・ゴットバルト!

貴様に敗北をもたらした記念すべき男の名だ!」

 

饗団内で行われたバトル・ロワイアル。

最後に生き残った二人の決着後、 片膝をつくアーニャに剣を向けながら、

ジェレミアは高らかに宣言した。

 

「…こうして私達は結ばれたのだ。」

 

「いや!その流れはおかしい…!」

 

大概のことでは動じないルフィがまじめな顔で突っ込みをいれる。

その横で赤くなり、うつむくアーニャを見て、チョッパーが冷や汗を流していた。

何ともいえない空気が場を支配する。

息苦しさを感じたゾロはふと視線を壁に移した。

 

「流石だなロロノア!その写真に注目するとは!」

 

「いッ…!?」

 

ジェレミアは席を立ち、壁にかけてある写真をはずし、ゾロの目前に置く。

何事か、と驚くゾロに向かって、ジェレミアは満面の笑みを浮かべ語り出した。

 

「これは、私が諜報員としてまさに全盛期を迎えた頃の写真だ!!」

「お、おう・・・。」

 

もはや逃げれないことを悟るゾロ。

写真を見ると二人の人物が写っていた。

一人はジェレミア。自信満々の表情で不敵に笑っている。

二人目は、おそらくターゲットと目される男。

汗をかき、明らかにおびえながら ジェレミアを見ている。

まるで「鬼太郎」のエンディングに出てきそうな光景だ。

 

「諜報員として優秀すぎる成績を収めた私は、

 この隠れ家を管理する 大役を預かることになったのだ!」

 

ああ、左遷されたのか、とナミは憂いを帯びた遠い目でジェレミアを見つめる。

その視界に大量に詰まれたパンフレットが入った。

 

「こ、これは…!」

 

何気なくとったパンフレットを持つ手が震える。

そのパンフレットにはオレンジを持ち、微笑むジェレミアが写っていたのだ。

 

「それか?近隣の村人達から、どうしても、と頼まれてな。

 このゴットバルト農園のオレンジを地元の名産として売り出したのだ。

 私は騎士!貧しき者を助ける義務がある!

 あまりに好評なので、近々、チェーン展開を予定している!

 ん?どうした?その残念そうな顔は?」

 

工作員ェ・・・と、ツッコミを入れる者はもはやいない。

全てにおいて斜め上を行くジェレミアに一同はただ驚くばかりだった。

 

「…あんた、とんでもない大バ…」

 

ゾロが率直な感想をつぶやこうとした時、その袖を小さな手が引っ張った。

見るとピンク色の髪をした少女がこちらを見つめていた。

 

「…言わないであげて。ジェレミア、改造された時に頭を…」

 

その瞳には涙が浮かんでいた。うろたえるゾロ。

 

「ん?なんだロロノア?“オ”がどうしたというのだ?」

 

にこやかに話かけるジェレミア。涙目で訴えるアーニャ。

返答に困ったゾロはとっさに外を見る。そして苦し紛れに答えた。

 

「と、とんでもないオ…オレンジ野郎だ…!」

 

それを聞き、後の「オレンジ卿」は“ニヤリ”と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニア支部の海兵達は廊下に整列し、敬礼をとる。

その中をこの支部の最高権力者、中将・枢木スザクが「正義」の二文字を

背負い、歩いていく。敬礼をとる海兵達に尊敬の念はなかった。

いや、その意志そのものを奪われ、命じられたままの行動を続けている。

まるで操り人形のように。

 

海兵の列は外へと続いていた。

この異常といえる状況下にありながら、 スザクは歩みを止めることはなかった。

この先に何が待ち構えているかを ズザクは知っている。

その強い確信は、今、起こっていることを、

これから起こるであろうことを、まるで運命であるかのように感じさせた。

外に出るとそこには一人の男が立っていた。

黒髪に、黒いマント、片手に黒い仮面を持ち立っているその男の周りは、

時刻は昼を過ぎた頃であるのにひどく暗く感じる。

その男を中心に夜、いや闇が広がっているかのように。

 

「ルルーシュ・・・」

 

「…スザク」

 

スザクとの再会。

それは、「親友」としてはあの夏の日以来の。

「敵」としては、“ブラック・リベリオン”以来のことだった。

スザクの自分を見るその視線。

その冷たい眼差しは、この再会が後者であることをルルーシュに強く認識させた。

 

 

ナナリーの処刑は明日に迫っている。

時間こそが勝敗を分けるならば、自分はすでにチェックをかけられている。

時間さえあれば…。

最強の力である“魔王”を使い、ナナリーを取り戻す方法など いくらでもあった。

だが、この限られた時間の中で、敵が“ギアス”を知っているならば、話は違う。

騎士団とブリタニアの同盟は、騎士団があの男の管理下に入ることを意味していた。

シュナイゼル――。

 

あの男が“ギアス”の存在を知った以上、すでにその対策は完璧になされていることは疑いようがない。

騎士団とブリタニア。

この二つの攻略ルートが閉ざされた以上、残るルートを一つしかない。

 

海軍。

いかにブリタニアと強固な強力関係を形成しようとも、その連携は完全とはいえないはずだ。

特に、“ゼロの正体”についての情報は、騎士団の幹部とシュナイゼル達にしか知り得ないトップシークレット。

ならば、それに次ぐ秘密である“ギアス”について海兵達は知らされていない可能性は高い。

 

ルルーシュの読みは当たった。ブリタニア支部の海兵達は“ギアス”によって瞬く間に陥落した。

ただ一人、“ギアス”を知る枢木スザクを残して。

 

 

 

 

 

 

「…よくここに来れたね」

 

お互いの距離を保ちながら、沈黙。

それを破るかのように口火を切ったのはスザクだった。

 

「海軍の警戒はエリア11側に集中している。

 逆にブリタニア側に対してはいくつか無防備なルートが…」

「違うよ、ルルーシュ」

 

海軍支部への潜入ルートを説明しようとするルルーシュの言葉を

遮るようにスザクは喋り出す。

 

「よく俺の前に姿を見せることができたな、と言っているんだ」

「…ッ!」

 

その言葉を聞き、沈黙するルルーシュに向かって、スザクは言葉を続ける。

 

「あの戦争で多くの仲間が死んだ。多くの日ノ本人が…。ユフィも――」

 

ルルーシュに向かい、右手を向けるスザク。

そのには白い羽ペンが握られていた。 ルルーシュの顔が歪む。

自分に向けられたスザクの手が微かに震えている。

それを見ただけで、そのペンの持ち主。ユフィという人がスザクにとって

どれだけ大切な存在だったかを知ることができた。

 

あの夏の日を思い出す。

スザクは自分達を守るために実の父を殺した。

そして、今度もまた自分のせいでスザクは大切の人を失ったのだ。

言葉を失うルルーシュ。

しかし、スザクはもはや言葉を必要としていなかった。

羽ペンを懐に入れ、ゆっくりと空手の構えをとる。

 

「ルルーシュ。その悪魔の瞳で何を望もうとも、無駄だ。

 あの時の…“ブラック・リベリオン”の決着は今ここでつける!

 お前の“願い”は――叶えてはいけない…!」

 

 

 

 

 

 

構えを取りながら、少しずつ距離を詰めるスザク。

しかし、その険しい表情とは裏腹にその心は穏やかだった。

 

 

“ブラック・リベリオン”以来、自分という存在を呪わない日はなかった。

自分という“間違った存在”を消し去る方法を探し続けた。

そして、今日、やっとこの苦しみから解放される――。

自分を地獄に誘う死神は、親友の姿を借りてやって来たのだ。

 

“ギアス”

 

シュナイゼルから聞いたルルーシュの能力。人の意志を奪い、操る呪われた力。

あの時、自分にかけられた“生きろ”という呪い。

それを解くことができるのは、それをかけたルルーシュだけだ。

ルルーシュを見る。あの雨の日が頭を過ぎる…。

暗い森の中、泣きながら、必死でナナリーを探すルルーシュ。

 

何も変わっていない。

あいつは今も、あの暗い森の中にいるのだ。

 

しかし、自分はもう手を貸してやることはできない。

背中に刻まれた「正義」の二文字。

自分は海兵として、海賊であるルルーシュを止めねばならない。

…ならば、残された方法は一つだけだ。

“裏切り”のスザクは今日、“英雄”ゼロによって討たれる。

ゼロは妹を助け、いつの日か日ノ本を解放し、人々を救う。

 

…それでいい。

死ぬことのみが、僕にとっての唯一の償いであり、救いだった。

全ては、今日、終わる。

ユフィのいる場所に少し近づくことができる。

 

 

 そう…。だから、ルルーシュ!僕に“ギアス”を――

 

 

死を願うスザク。

しかし、直後、彼に与えられたものは、“ギアス”ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…スザク。すまない」

 

ルルーシュがスザクに与えたもの。

それは“ギアス”ではなく、懺悔だった。

仮面を地面に置き、膝をつき、頭を深く下げる。

それを見たスザクの瞳に絶望が広がっていく。心の中で何かが壊れる音がした。

 

「…いまさら、いまさら何だそれはーーーッ!!」

 

スザクは走り出し、膝をつくルルーシュの腹に蹴りを見舞う。

 

「グハッ――」

 

胃液を吐き、額を地面につけるルルーシュ。その頭をスザクが踏みつけた。

 

「いまさら、許されると思っているのか!?

 お前に惑わされた人々が、死んでいった人々が…ユフィだって――

 謝るくらいなら、ユフィを生き返せ!今すぐにだ!!

 お前の悪意で日ノ本を救ってみせろ!お前は“奇跡の男”ゼロなんだろ!?」

 

踏みつける足に力が篭る。骨の軋む音が聞こえる。

その中で、ルルーシュは呻きながら話し出す。

 

「奇跡…なんて…ない。全ては…計算と…演出。

 ゼロという仮面は…嘘をつくための…装置に…すぎない。」

 

「何が“装置”だ!そんな言い訳が通ると思っているのか!?

嘘だというなら最後まで突き通せ!!」

 

足を離し、ルルーシュの襟首を掴み、締め上げる。

それでも、ルルーシュは苦しそうに言葉を続けた。

 

「しかし…過去には戻れない!やり直すことは…できないんだッ――」

 

「ルルーシュ――ッ!」

 

怒りに任せてスザクはルルーシュを突き飛ばす。

二人の間に距離が生まれる。息を整えるためにスザクは言葉を止めた。

再び、二人の間に沈黙が訪れた。

刹那であるはずが無限に感じる時間。

その静寂を破り、時を動かしたのはルルーシュの言葉だった。

 

 

 

 …スザク。俺を殺せ

 

 

 

 

その言葉に驚くスザクに向かって、ルルーシュは話し続けた。

 

「スザク…俺はお前の大切なものを奪ってしまった。

 だから、お前に殺されるならば、俺は構わない。

 それで、お前が救われるのならば…。

 ――だが、妹は…ナナリーは関係ない!

 スザク!俺の命はくれてやる!!

 だから、ナナリーを!どうかナナリーだけは…助けて…ください」

 

そう言ってルルーシュは再び、膝をつき、頭を下げる。

ルルーシュの“戦い”の答え。

それは、自分の命と引き換えに、ナナリーの救出をスザクに願うことだった。

 

 

 

“魔王”の力を使えば、再びスザクに“ギアス”をかけることができる。

しかし、“ギアス”は思考を単純化させる。

その力の支配下にある者は複雑な思考に耐え切れず、目的達成に向けて猛進するだけの人形に成り果てる。

そして、それ故に、“ギアス”にかかった者はその本来の力を出し切ることは難しい。

そんな状態のスザクを手に入れたところで、あの男――シュナイゼルに勝つことはできない。

シュナイゼルとの戦いは一手先を読み合う苛烈な心理戦になる。

その戦いに勝利し、ナナリーを取り戻すには、枢木スザク本来の力が不可欠だった。

 

…そして、なにより、もうスザクに嘘(ギアス)をつきたくはなかったから。

 

 

 

 

頭を下げるルルーシュをスザクは見つめる。

その姿は、惨めで、醜くて、とても、とても、小さな存在に見えた。

子供の頃の、気高く、尊大な態度。

ゼロの時の、威風堂々とした姿。

今の、この姿はルルーシュ本来のそれとは、あまりにもかけ離れた、遠いものだった。

 

「…ルルーシュ。お前がかけた“生きろ”という“ギアス”は俺の信念を歪ませた。

 答えろ!何故そんな“ギアス”をかけた!?」

 

「…俺の逃亡に利用するためだ」

 

 

 

 嘘だ。俺の命を…助けるためだ。

 

 

 

「なぜ、“ゼロ”となり、ブリタニアに反逆する?」

 

「…俺が、ブリタニアの支配者になりたいからだ」

 

 

 

 嘘だ!母親の仇討ちと父親に対する復讐のためだ。

 

 

 

「なぜ、日ノ本を拠点に選んだ?」

 

「…日ノ本人は利用しやすかったからだ」

 

 

 

 ウソだ!!愚かで、卑怯な…醜い、裏切り者に祖国を返すためだ。

 

 

 

「全ての罪は俺にある!でもどうか、ナナリーを!ナナリーだけは――」

 

 

 …知っている。ずっと昔から。世界中の誰よりも…。

 お前が…ナナリーの幸せの為に生きてきたことを――

 

 

 

 

 

 

「スザク…?」

 

異変に気付き、顔を上げたルルーシュは言葉を止めた。

スザクが…泣いていた。大粒の涙を流し…声を殺して…泣いていた。

スザクの涙を見たのは、あの遠い雨の日のことだった。

自分達の境遇を知り、その悲しみを共有するかのように大粒の涙を流してくれた。

あの日、俺達は救われ、あの時からスザクの運命は始まった。

あの日のように…スザクは泣いていた。

 

「…ルルーシュ。僕達はもう、あの夏の日には戻れない。だけど――」

 

夏の日の終わり。

屋敷を脱出し、小高い丘を越えるために差し出された手。

あの時のようにスザクは手を伸ばす。

 

「だけど、ナナリーのために…もう一度、君と――!」

 

「ナナリーを…助けて…くれ…る?」

 

スザクが差し出す手が涙でよく見えない。

 

 

 …昔、二人でこんな話をしたことがあった。

 スザクは俺を皇帝に。俺はスザクを首相にする。

 絶対に出来る!俺達二人が力を合わせて、出来ないことなんてないのだから!

 

 

「ありがとうスザク!お前と二人でならきっと――」

 

 

 

 バァンッ!!

 

 

 

 

二人の手の間を何かがすり抜ける。

それが銃弾だとわかったのはその直後だった。

 

 

 

 

 

「ご無事ですか!?枢木卿!!」

「ゼロ!正体はすでに知られているぞ!」

 

サイドバイザーで顔を隠し、銃で武装したブリタニア兵達が

ルルーシュに襲い掛かり、数人掛かりで地面に押さえつけた。

 

「ブリタニア兵!?どうしてここに…!?」

 

ルルーシュが拘束される様を呆然と見ていたスザクが我に返り、後ろを振り返る。

その視線の先には、ブリタニア兵を従え、一人の男が歩いてくる。

金髪で長身。

高貴な身なりのその男はこちらを見て微笑を浮かべている。

 

「シュナイゼル!!」

 

地面に押さえつけられながら、ルルーシュはその男の名を叫んだ。

 

「必ずここに来ると思っていたよ…ゼロ。

 それにスザク君…よくやってくれた。また勲章が増えたね」

「ス…ザク?」

 

シュナイゼルの言葉に驚き、ルルーシュはスザクを見る。

狼狽するスザクは後ずさりしながら、激しく首をふる。

“違う…!違う…!”と呟きながら。

 

「さあ、ゼロを留置場に連行してくれ給え」

 

シュナイゼルの声に従い、兵士達は、ルルーシュを引き摺りながら連行していく。

 

「ま、待て!その男は…ゼロは“海賊”だ!拘束権は海軍にある!!

ゼロは“海軍中将”の自分が――」

 

ブリタニア兵を制止しようとするスザクの声は彼らには届かない。

まるで聞こえていないかのように、留置場に歩いていく。

それを止めようと走り出すスザクの肩をシュナイゼルが掴む。

 

「スザク君。これで戦争は終わる。平和の敵は倒さねばならない」

 

振り返るスザク。

その耳元でシュナイゼルは囁いた。

 

「…ゼロの処刑後。私は日ノ本の独立を承認するつもりだ。

 スザク君。この意味はわかるね?」

 

スザクの瞳に再び、絶望が広がっていく。

 

 “海兵としての任務以外の行動は許さない”

 

 

シュナイゼルはそう言っているのだ。

その報酬は日ノ本の独立であり、その代償は…。

 

「スザク!ナナリーを!ナナリーを――」

 

親友の自分と妹を呼ぶ声が遠ざかっていく。

それを何か遠い世界の出来事のように、スザクはただ呆然と聞いていた。

幼い頃、スザクが信じたシンプルなもの。自由と正義、そして…。

肩に手をかける。

力を入れた指が肉を裂き、白地を赤く染める。

それはまるで華が咲いたように、「正義」の二文字を際立たせた。

 

 

 

――背中が…重い

 

 


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