ルルーシュと麦わら海賊団   作:みかづき

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シュナイゼル・エル・“ブリタニア”

 

 

「きゃぁ…!」

 

何度目かの転倒により、膝を床に着き、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは小さな悲鳴を上げた。

繰り返される転倒により、彼女の膝や足には薄っすらと血が滲んでいる。

盲目であり、歩行困難な彼女が歩き続けるのは、彼女の意思ではない。

まだ、正式ではないとはいえ、世界政府において屈指の大国、神聖ブリタニア帝国の

皇帝である彼女は、服従を強いられ、歩き続ける。その手を掴む者の意思によって。

彼女の手を握る者は、ブリタニア皇帝の意思に反逆する者は、テロリストではない。

いや、むしろ皇族のために、その身を投げ出すためにこそ、存在するべき立場にある者である。

男は、膝をつく皇帝ナナリーを冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

シュナイゼル。

神聖ブリタニア帝国・宰相。現、ブリタニアにおける事実上の盟主である。

 

前皇帝シャルルと共に、ブルタニア諸島の統一を成し遂げた天才宰相。

エリアのレジスタンスの憎悪と恐怖の象徴。黒の騎士団の最大の敵。

その彼の顔にあるあの”変わらぬ微笑”は今はない。

それが、この状況がいかに切迫したものであるかを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

――数十分前。

 

ナナリーの車椅子を引きながら、シュナイゼルは海軍基地内を移動していた。

その後ろには、国務大臣や外務大臣をはじめとするブリタニアの要人達が列をなし、

彼らの左右にはブリタニア本隊の精鋭達が警護している。

 

ゼロと麦わらの一味の逃亡―――

 

その報告を受け、シュナイゼルは、自分すら駒として、次の一手を指す。

この第二次“ブラック・リベリオン”は、

持ち駒に差こそあれ、自分とゼロをキングとするチェスに過ぎない。

チェスは終盤に差し掛かり、チェックをかけられたゼロが、

この処刑場からの逃亡という手段をもってマスを移動したなら、

自分もまた、中庭にある飛行艇による脱出という手段をもって、マスを移動するだけだ。

まだ、現状は、チェックされたとは言い難い。

だが、黒の騎士団の唯一の勝利条件が、キングである自分の首である以上、

彼らにほんのわずかでも希望を残すべきではない。

たかが、わずか数人の海賊に“チェック・メイト”を返されたのだ。

もはや、ほんの少しの可能性の芽すら摘む必要がある。

 

シュナイゼルの脳裏には、羊頭に乗り、右手を掲げるゼロの姿が蘇る。

 

鮮烈だった――

 

ただ、右手を掲げるだけ。

ただ、それだけで、黒の騎士団の団員達は、

ゼロのために、仲間のために、圧倒的な戦力差を知りながら、再びブリタニアに牙を向いた。

あれは“ギアス”ではない。あれは、ゼロのカリスマによるもの。彼の生き様によるものだ。

 

“ドラゴンの後継者”

 

ブリタニアの世界進出のためのプロパガンダ。

ドラゴンと革命軍への宣戦布告のための偽りの称号。

それが、真実となった瞬間だった。

ゼロの恐ろしさは“ギアス”にあらず。その真の恐ろしさはそのカリスマにこそあり。

 

――なんとしても殺さなければならない

 

車椅子を引きながらシュナイゼルは、静かにその決意を固める。

“最強の暗殺者”ロブ・ルッチ。自分が用意した最後の切り札。

彼の実績を考えれば、万が一にも失敗はないだろう。

だが、それならば、10万の軍勢に囲まれ、処刑台に立った時にゼロの運命は決まったはずだ。

 

“天運”

 

この世界には、論理の外にある得体の知れないものがある。

それがなければ、ドラゴンも、あの“海賊王” ゴール・D・ロジャーすら、

あれほどの存在に成り上がることはできなかったはずだ。

もし、ゼロがロブ・ルッチの牙すら逃れることがあったなら、

ゼロがそれを持っていることになる。

黒の騎士団の命運は、今日、この戦場において潰えるだろう。

だが、そんなことは、何だというのだ。ゼロが生きてさえいれば、黒の騎士団は再び蘇る。

“新世界”を中心に、この世界には、世界政府による圧政に苦しむ大勢の民がいる。

ゼロが、彼らを解放し、戦力として活用するならば、黒の騎士団は第二の革命軍となる。

それは、この世界の均衡の破壊を意味する。

ゼロは、ブリタニアどころか、世界そのものに対する反逆者となるだろう。

“ギアス”“知略”“カリスマ”そして、ゼロに“天運”すら味方するなら…間違いない。

ゼロはいずれドラゴンすら超える存在に成長する。

 

――なんとしても殺さなければならない

 

怪物がさらなる怪物へと変貌する前に、その息の根を止めねばならない。

ブリタニアのために。世界のために。

この第二次“ブラック・リベリオン”によって、ゼロの懸賞金は間違いなく3億を超える。

これは、海賊のルーキーの中では最高ランクであり、七武海にすら匹敵する。

もはや、手段は問わない。体裁など考える余裕はない。

たとえ、センゴク元帥に圧力を加えて、大将を出陣させてでもゼロを抹殺する。

“赤犬”なら…海賊を異常なまでに憎む大将サカズキなら、ゼロの危険性を理解するはずだ。

 

“平和の敵”は消さねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロの危険性と、彼の抹殺のための次なる一手を思案しながら、

シュナイゼルは大広間を通過する。

 

 

 

その時だった――

 

 

 

「宰相シュナイゼル!覚悟――」

 

その声に振る向いたシュナイゼルの視線の先には、数人の黒の騎士団の団員がいた。

刀を手に、全身を血に染めながら、こちらに向かって走ってくる。

 

(…馬鹿な!?)

 

その光景を冷徹に見つめながら、シュナイゼルは呟いた。

 

早すぎる――

 

それが、シュナイゼルの偽らざる感想だった。

第二次“ブラック・リベリオン”が始まり、まだそれほどの時は経過していない。

戦力においては、ブリタニア軍は、黒の騎士団の数倍。

そして、この海軍基地の前を守るのは、“本隊”から派遣されたナイト達。

たかが、兵士(ボーン)ごときに敗れる壁ではない。

だが、黒の騎士団の団員は、今、まさに自分に向かって襲いかかってくる。

 

彼らは黒の騎士団“五番隊”の団員達。

五番隊は、先の“ブラック・リベリオン”を生き延びた団員を中心に構成された。

ゼロと合流するまでの地獄の半年間。

彼らを指揮し、彼らを鍛えたのは“四聖剣”…いや“聖剣” 卜部巧雪。

彼の指導の下、五番隊の団員達は、日ノ本の古流剣術を徹底的に学んだ。

 

 

 

黒の騎士団において“五番隊”こそ最強!

 

 

 

それが、彼ら五番隊の自負であり、真実であった。

この第二次“ブラック・リベリオン”において、

麦わらの船を守っていた彼らは、隊を二つに分けた。

最強の五番隊から選抜された精鋭達が向かった先は、海軍基地。

狙うは、敵の大将、シュナイゼルが首ただ一つ。

本隊から派遣されたナイト達の守備陣に突入した彼らは多くの犠牲を出しながら、

ついにその一角を切り崩し、海軍基地に侵入したのだ。

 

迫り来る団員を前に、シュナイゼルはあの微笑を崩すことはなかった。

団員達は脅威であるが、たかが、数人。すでに重症を負っている。

自分達の前には、護衛のナイト達が剣を構え、団員を追ってきたナイト達の姿も見える。

万が一の場合でも、要人達が、盾となり、皇帝と自分を守るはずだ。

危機を前に、動じることなく、シュナイゼルは冷静な判断を下す。

その器は、やはり、ブリタニアの事実上の盟主といえるだろう。

 

シュナイゼルの見立てどおり、

この五番隊の団員の命は、この数分後、奮戦空しく散ることとなった。

だが、彼らの命は決して無駄ではなかった。

彼らの登場が、彼らの存在が、彼らの勇気がなければ、シュナイゼル達は何事もなく、

大広間を通過し、飛行艇に乗り、この戦場を脱出したに違いない。

 

次の瞬間、シュナイゼルは思い知ることになる。

 

戦争はチェスではない。ゲームなどではないことを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助けてくれ――」

 

「きゃあ!?」

 

「なッ…!」

 

チェスでいえば、城(ルーク)や僧兵(ビショップ)として、王であるナナリーを守る

はずの国務大臣が、奇声を発しながら、ナナリーの車椅子を押し倒し、逃げ出したのだ。

それを見て、要人達は、金切り声を上げ、パニックに陥った。

彼らは、ブリタニアの貴族として生を受け、

当たり前のように特権を享受し、今日までを生きてきた。

貧困や戦争は、彼らの人生とは何の関係もないもの。領土とは、地図の上にあるものだった。

そんな彼らが初めて目にする戦争。自分を殺害せんとする本物の敵。

全身を血で染めながら“薩摩流トンボの構え”で向かってくる団員は、彼らから見れば、

地獄から這い出してきた悪鬼羅刹に他ならない。

その光景を前に彼らの赤子のような精神。蚤のごとき心臓が耐えうるはずがなかった。

国務大臣に続けとばかりに他の要人達も彼の後を追う。

誰一人として、傀儡とはいえ、皇帝であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを気遣う者はいない。

 

「クッ…」

 

シュナイゼルは、ナナリーを抱きかかえるも、その流れの中に呑まれていく。

その人の川が、飛行艇のある中庭への通路とは、別の通路へ流れていくことを知りながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、数十分が経過し、シュナイゼルの周りは、ナナリーをおいて誰もいない。

その代わり、彼らの歩いた後には、国務大臣をはじめ、数名の銃殺された遺体が転がっていた。

シュナイゼルが、国務大臣を粛清すると、彼らは、鶏のごとく騒ぎ、脱兎のごとく逃げ出した。

ナナリーの手を無理やり引きながら、別の手で銃を握り、シュナイゼルは歩き続ける。

案内役のナイトがいないため、自分がどこにいるか正直なところわからない。

広間に戻ろうにも、万が一だが、黒の騎士団の援軍に制圧されている可能性がある。

方角さえ、あっていれば、飛行艇のある中庭にたどり着けると考え、歩いてはいるが、

この海軍基地は、あの海軍本部を、真似て作られており、

外敵の侵入に備え、複雑な作りをしており、ある種の迷路に近かった。

 

この状況下において、シュナイゼルは再び微笑を浮かべた。

 

(まさかこの歳で迷子になるとは)

 

それは、あの“変わらぬ微笑”ではなく、自分が陥った状況に対する皮肉の笑み。

 

 

 

  あのような男を部下にしたことがあなたの命取りとなった。

  我々の勝負を分けたのは“部下の差”といってもよいでしょう。    

 

 

 

この地下の留置場において、暗い闇の中、ゼロを見下ろしながら述べた台詞。

あれは、扇のようなゴミを部下としたゼロの甘さを指摘したものであった。

だが、今の状況を鑑みれば、それはなんという皮肉だろう。

世界政府屈指の大国。弱肉強食の論理の下、世界に進出せんとする大ブリタニアの屋台骨

を支えていたのが、あのような家柄のみのクズどもとは…。

 

結局、ブリタニアを支えていたのは私だけなのだ―――

 

薄々、感じていたが、今日、身をもってその事実をシュナイゼルは痛感する。

 

 

 

  ブリタニアを支えているのは私だけだ。今日までも、そしてこれからも。

  ブリタニアを守るのは私だ。そのためには私さえ生き残ればいい。

  私さえ生き残れば、ブリタニアの繁栄は約束される。

  ナナリー様とて…皇族であるこの娘とて駒に過ぎぬ。

  盲目の少女の影武者などいくらでも用意できよう。

  そうだ。それでいい。全ては正当化される。私こそが“ブリタニア”なのだから。

 

 

(…シュナイゼル・エル・“ブリタニア”とでも名乗ろうかな)

 

 

 

冷徹なる狂気の中で、シュナイゼルは呟き、静かに笑った。

 

その直後の出来事であった。

 

 

 

 キィ…

 

 

 

 

「何者だ…!」

 

シュナイゼルはその音の方向に向かって銃を上げる。

その銃口の先には、一人の青年が立っていた。

その両手には、あの広間で喪失したナナリーの車椅子がある。

帽子を深く被っていることでその表情こそ見れないが、

その帽子には「Marine」の文字が刻まれている。

 

「じ、自分は、海軍の新兵であります。宰相閣下」

 

銃口を向けられたその海兵は、恐怖のあまりまるで銅像のように直立不動になった。

緊張で、声がどもり、非常に聞き取り難かった。

 

「じ、自分は、この海軍基地の運営の任についておりました。

 そこで、広間の方で騒ぎ声を聞き、向かったところ、この車椅子がありまして。

 そ、それで、もしや、これは、ナナリー陛下のものでは、と考え、

 辺りを捜索しておりましたところ、宰相閣下を見つけまして…そ、それで」

 

「…。」

 

モゴモゴと話すその新兵を前に、

シュナイゼルは相変わらず、冷徹な眼差しで見つめ、銃口を逸らすことはなかった。

だが、彼が、新兵であるのはどうやら本当らしい。そうシュナイゼルは考えた。

もし、階級のあるような海兵なら、自分を前にして、硬直するようなことはなく、

まずは、敬礼を行うだろう。それができないことが彼の経験のなさを雄弁に語っている。

彼は海軍の新兵に違いない。それゆえに、彼は命を救われたのだ。

シュナイゼルの微笑は崩れない。だが、それはあくまで擬態だった。

もし、この新兵があの時、敬礼でもしようものなら、わずかでも動こうものなら、

シュナイゼルは間違いなく、彼を銃殺しただろう。

皇族すら駒とするこの男にとって、海兵の命など、リスクをかける値打ちはない。

 

「宰相閣下、じ、自分はこの海軍基地内に精通しております。

 よ、よろしければ、自分が、中庭まで案内したいと思いますが…」

 

「…よろしく頼むよ」

 

シュナイゼルの了解を聞くと、海兵はナナリーに向かって車椅子を引いていく。

シュナイゼルは、海兵を観察しながら、油断することなく銃口を彼の背に向け続けた。

 

「ナナリー陛下。お手を」

 

「あ…!」

 

海兵は、ナナリーの手をとり、彼女を車椅子に乗せる。

手を取られた時に、ナナリーは小さく驚きの声を上げるも、それ以降、目立った様子はない。

ナナリーを歩行させるのは、もはや限界であることをシュナイゼルも感じていた。

できることなら、皇族に危害を加えるような状況を望まないのは、偽らざる本心だ。

海兵はナナリーの車椅子を引きながら歩き始める。

彼は長身だが、海兵にしては華奢であった。帽子からは、黒い髪が見える。

 

 

 

(皇帝を救出した海軍の新兵か…)

 

 

 

プロパガンダはいつの世も必要だ。

第二次“ブラック・リベリオン”の英雄には彼がふさわしいかもしれない。

 

銃を片手にシュナイゼルはそんなことを考えていた。

 

 


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