ルルーシュと麦わら海賊団   作:みかづき

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最強決戦 裏切りの白

第二次“ブラック・リベリオン”の開戦により戦場と化した処刑場。

黒の騎士団とブリタニア軍は陸で激突し、

麦わらの一味とゼロは海に逃れ、扇達はそれを斑鳩で追う。

その騒乱から、少し離れた沖に、一隻の軍艦が浮かんでいた。

調印式の開始前から何時間も停泊していたその軍艦は

一般的なものよりも小型であり、それはむしろ「工作船」と呼ぶ方がふさわしい。

その船は世界政府直属のある組織が所有物。

 

その組織の名は――CP9

 

世界政府直下の諜報機関CP(サイファーポール)。

政府の指令により、あらゆる情報を探り出すため、世界の8ヶ所に拠点を置き、

CP1(サイファーポールNo.1)からCP8(サイファーポールNo.8)までの8つの組織がある。

だが、CPには公式には存在しないもう1つに組織が実在する。

 

それが、CP9(サイファーポールNo.9)。

他のCPが諜報活動を専門とするなら、彼らの任務はその他。

つまり、公式においては決して許されない任務…“暗殺”を専門としている。

悪党を裁く、司法の島「エニエス・ロビー」にその本拠地を置き、

長官スパンダムの下、7人の実力者で構成された実行部隊。

“闇の正義”を標榜し、

世界政府に対して脅威となりえる人間に対する暗殺を生業とする殺しの集団。

まさに世界政府の闇の体現者達であった。

その暗殺組織が、偶然にもそのメンバーの内、実に4人が、

ここブリタニア諸島にほど近い「ウォーターセブン」において諜報活動を行っていた。

その目的は、古代兵器「プルトン」の設計図。

だが、彼らはその手がかりを掴めぬまま、数年の時が過ぎていた。

そんな中で、突如やってきた神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルからの

ゼロ逃亡に備えた処刑場の警備の要請。

CP9長官スパンダムは、いずれ世界政府の中心の1つになるであろブリタニアに恩を売るために、

要請に対して、2人のCP9の派遣を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっと、慣れてきたか…)

 

数年ぶりに袖を通したスーツにそんな感想を抱きながら、男は工作船の廊下を歩いて行く。

本来であれば、正当な制服であるべきスーツに違和感があるのは、

今、行っている任務がそのスーツとはまるで無縁なものであったからに他ならない。

古代兵器「プルトン」の設計図。

その入手のため、男は現在、「船大工」として働いている。

大工の職場にスーツなど必要なわけもなく、

男は、ここ数年、Tシャツとラフなジーンズのみで生活を行っていた。

それが、数年も続くとなれば、

本来の制服である黒のスーツに違和感を持つのも自明なことだろう。

それだけ、難航している任務。

設計図は伝説の船大工トムの弟子のアイスバーグが握っていると考えられる。

だが、その尻尾を掴めぬまま、任務はついに5年を経過していた。

 

男は、いっそのこと、このまま、船大工にでもなってしまおうかとすら考えることがある。

所属しているガレーラカンパニーは、この海域でも指折りの造船会社。

街の人間からの信頼も厚く、キャリアを築くには申し分ない環境だ。

パウリーのギャンブル狂が社長にならなければ、潰れることはないだろう。

だが、そんなことは所詮、夢物語だと男は知っている。

 

本質の違い。

 

ただ、その一点を持ってガレーラの連中とは相容れない。

所詮、今の自分は、擬態に過ぎない。

獣はどこまでも行っても獣。人と交わり生きることなどできない。

血が戦いを求める。

それは、平穏であったこの5年の間でも変わることはなかった。

だからこそ、休暇を取ってまで、この任務を受けたのだろう。

 

“魔王”ゼロが逃走した際における速やかな暗殺――

 

スパンダムの馬鹿が、ブリタニアの歓心を買うために引き受けた要請。

神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼルからの直接の指名。

10万の大軍から、ゼロが逃亡することを前提とした無価値な任務。

これを受けたのは、断る理由が特になかったこともそうだが、

心のどこかで、それを期待していたからだろう。

 

 

ゼロが逃亡することを。戦争が起こることを。

 

 

男は廊下を歩いて行く。

男の頭には、今の任務でも、

そして戦場でも被り続けたトレードマークのシルクハットと、

そして、その肩には、相方である鳩の「ハットリ」が留まっている。

船上に近づくに従い、その音は聞こえてくる。

獣の聴覚には、遠い戦場の声がはっきりと聞こえてくる。

 

銃声と悲鳴が交錯する戦場。

 

それは、まるで男の帰還を祝福するファンファーレのように。

それは、故郷の子守唄のように。

全てが、懐かしく感じる。しっくりくる。ここが自分の本当の居場所だ。

 

 

 

「ああ、認めてやる。好きなんだよ“殺し”が…」

 

 

 

世界政府直属・暗殺組織CP9リーダー。

ロブ・ルッチ。“最強の暗殺者”は獣のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロブ・ルッチは、船上に向かって歩いて行く。

ブラック・リベリオンにより、戦場となった処刑場。

悲鳴と銃声は、獣の聴覚を持たずとも、常人にも微かに聞こえてくる。

ロブ・ルッチが、船上に向かうのは、戦場を確認するためではない。

 

悲鳴と銃声。

 

それが、今まさに、戦場ではなく、この船の船上に鳴り響いていた。

船上への入り口には、複数の男達が倒れていた。

彼らは、この任務に同行していた次世代のCP9の候補者達。

候補者といえど、他のCPと比べてもその実力は遜色がない。

だが、彼らは、白目を向いて倒れており、その周りには、武器が散乱している。

さきほどの悲鳴や銃声は、彼らのものに間違いはなかった。

ロブ・ルッチのその中の一人に目をやる。

 

(コイツは確か…ネロとかいう奴か)

 

海イタチのネロ。

六式の内、四式を使いこなし、近々、正式にメンバーとなる予定の男だ

だが、その期待の新人は、泡を吹き、無様に気を失っていた。

 

(六式も使いこなせないゴミがCP9とは…候補者のレベルも落ちたものだ)

 

そう毒づきながら、進行の邪魔となるネロを蹴飛ばし、前に進む。

新入りと候補者達の醜態。それは、1つの事実を物語っていた。

 

 

確かな実力を持った“賊”の侵入――

 

 

予感は確信に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

船上に出ると太陽が眩しく、海鳥が歌い、その下を二つの影が交錯していた。

 

「ほう…」

 

ルッチは感嘆の声を上げた。

暗殺者として、常に冷徹であることを求められ、それを実行してきたロブ・ルッチ。

その彼をして、驚嘆せしめるほどに、目の前で起こっている現象は異常であり、

また、彼の顔に獣のような笑みが浮かぶほど、その光景は鮮烈なものであった。

 

二つの交錯する影。

 

その内の一人をルッチは知っていた。

その男はここに派遣された2人のCP9の片割れ。

潜伏している“ウォーターセブン”においては酒場のマスターとして働いていた。

牛のような体格を持ち、普段はのんびりとした性格をしているが、それは全て擬態。

本来の性格は、冷静沈着。暗殺実行にあたり、眉1つ動かさぬポーカーフェイス。

実力も、CP9において上位に属する。

 

ブルーノ。

 

暗殺者の中の暗殺者。暗殺者の完成形。

その男が、額に汗を浮かべ、必死の形相で拳を振るっていた。

 

六式。

指銃、嵐脚、剃、月歩、鉄塊、紙絵、それら六つを一式として完成する暗殺者の武術。

進入した賊は、瞬間的に加速するブルーノの“剃”に難なく追いついて行く。

指を硬化させ、鉄すら貫通させる“指銃”を華麗に捌き、

ブルーノのわき腹に廻し蹴りを放つ。

胃液を吐きながら、ブルーノは距離を取ると、

その後ろにドアが出現し、その中に姿を消した。

 

ブルーノの悪魔の実の能力“ドアドアの実”

 

隔てるものをドアに変えられ、人体や大気にもドアを作り出すことができる。

 

侵入者は、構えを解き、目を瞑る。

その背後に突如、ドアが出現し、ブルーノが扉を開き、現れた。

常人では、瞬きするほどの瞬間。侵入者の頭に指銃が伸びていく。

だが、侵入者は、それを見ることなく、ただ、首を動かすだけでかわし、

ブルーノの鼻っ柱に裏拳を叩き込む。

鮮血が吹き出る。鼻を押さえながら、ブルーノは月歩で後方に飛ぶ。

 

(…折れてはいないか。だが、呼吸は苦しくなるな)

 

同胞の劣勢を、眉1つ動かすことなく、ルッチは分析する。

 

空中を逃げるブルーノを、賊は地を疾走しながら追う。

着地したブルーノは、即座に“鉄塊”で身を固める。

身体を鋼鉄と化す絶対防御。どんな攻撃を跳ね返す究極の体技。

だが、侵入者は構わずにその懐に飛び込む。

拳を引き、体勢を低く構え、それはまるで虎のように――

 

拳をブルーノの腹部に叩き込んだ男は、背を向けて空手の“極め”のようなポーズをとる。

その直後、ブルーノの牛のような巨体はゆっくりと崩れていく。

ゆっくりと崩れゆく同胞の身体。

それにより、ルッチは侵入者の後ろ姿を初めて目の当たりにする。

 

賊の背中には、その所属を示す二つの文字が刻まれていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

          “ 正    義 ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかる、枢木中将殿」

 

気絶したブルーノを船内に投げ入れた後、

ロブ・ルッチはシルクハットをとり、恭しく一礼する。

 

「最年少の海軍中将にして、神聖ブリタニア帝国の“ナイト・オブ・セブン”。

 輝かしい業績と肩書きに比例するかのように、あなたには数々の二つ名がある」

 

その経歴を解説しながら、

ルッチはポケットに手を入れて、ズカズカ、とスザクに向かって歩いて行く。

この海域の賞金首を始め、要人のデータは全てルッチの頭に入っている。

それは、海軍とて例外ではない。

 

「“最年少の中将”“白騎士”“ゼロを討った男” ”白き死神”」

 

ロブ・ルッチは制空圏の前でピタリと歩を止め、スザクを見る。

その目には、敬意ではなく、明確な敵意が光る。

 

「だが、ここでは、こうお呼びした方がいいだろうか…何のつもりだ?“裏切り”のスザク!」

 

常人では心停止するほどの、殺気が周囲に迸る。

 

 

  風が気持ちいいな―――

  こんな当たり前のことを感じるのは新兵の時、以来だろうか。

 

 

その凍りつくような殺気の中、スザクは、昔を思い出していた。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・セブン”海軍中将“白騎士”スザクは海を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前――

 

 

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい」

 

離れ行く高速艇を見下ろしながら、ナイト・オブ・ラウンズが12席、

“ナイト・オブ・トゥエルブ” モニカ・クルシェフスキーは先ほどあったことを思い返した。

 

神聖ブリタニア帝国と黒の騎士団の同盟。

そして、その調印式における“魔王”ゼロの公開処刑。

 

宰相シュナイゼルは、万が一の事態に備え、異例とも言える3人のラウンズの派遣を決定した。

 

陸においては、処刑場におけるブリタニア軍の総司令官として

“ナイト・オブ・テン” ルキアーノ・ブラッドリーを。

海においては、ブリタニアと海軍の連合艦隊の総指揮官として

“ナイト・オブ・トゥエルブ” モニカ・クルシェフスキーを。

 

そして、最後のラウンズは、モニカの指揮する連合艦隊に突如として訪問した。

 

「…お久しぶりです。枢木卿」

 

「お久しぶりです。クルシェフスキー卿」

 

“ナイト・オブ・セブン” 、枢木スザク。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・ラウンズ”が第7席にして海軍ブリタニア支部の中将。

その任務はゼロの仲間と思われる麦わらの一味の捕縛であった。

 

「どのようなご用件で、ここにいらしたのでしょうか?」

 

機制を制すかのように、モニカは話しかける。

“ブリタニアの薔薇”と呼ばれ、絶やすことなき太陽のような笑みはそこにはない。

その目は、まるで怨敵を見るかのように冷たく光っていた。

同じラウンズの席に座りながらも、

モニカとスザクの生い立ちは対極といえるほど違っていた。

 

ブリタニアの名門貴族と名誉ブリタニア人。

 

そこには、歩みよることが許されないほど、深き溝が存在する。

 

名誉ブリタニア人。

 

ただ、その一点を持って、モニカにとって、それは視界に入れる存在とはならない。

その存在に対等に話かけられるという、この事態そのものがモニカにとっては屈辱だった。

皇帝シャルルの戯れ、宰相シュナイゼルのエリア戦略のためのラウンズへの抜擢。

生粋のブリタニア人であるモニカにとって、枢木スザクは唾棄すべき存在だった。

そして、なにより、

モニカの警戒心を駆り立てたのが、この枢木スザクの訪問という行動だった。

シュナイゼルの最後の電報により、枢木スザクの任務失敗をモニカはすでに知っている。

 

ゼロの奪還を目論むテロリストの生死を問わない捕縛。

 

その自分の任務の中に、“麦わらの一味”が加わり、彼らをを向かい討つべく、

モニカは連合艦隊を移動させ、ここに陣を敷き、待ち構えていた。

だが、網に飛び込んできたのは、同じ“ナイト・オブ・ラウンズ”。

一億の首とはいえ、海賊のルーキーに敗れたラウンズの面汚しだった。

 

何をしにきた?

 

それが、モニカの率直な感想だった。

常識的に考えれば、スザクの任務はすでに終わっている。

シュナイゼル宰相からは、何も聞かされていない。

はっきり言えば、気味が悪かった。

 

「自分は、処刑場に向かわなければなりません!

 クルシェフスキー卿には、自分の通行を妨げないように、

 他の艦隊に伝令を出して頂きたいと考え、貴公を訪問しました」

 

「失礼ですが、それは何故ですか?」

 

「麦わらの一味はゼロの“ギアス”にかかっておりました。

 ゼロはおそらく他の者…ブリタニアの要人に“ギアス”をかけている可能性があります。

 何度も戦ってきた自分なら、処刑場にいれば、万が一の事態を未然に防ぐことができます!」

 

「…なぜ、それをシュナイゼル宰相に進言しなかったのですか?」

 

「…恥ずかしい話ですが、麦わらと戦ったダメージで冷静さを失っていました。

 式は、すでに始まっており、シュナイゼル宰相と連絡をとることはできません。

 それで、恥を忍んで、独断でここに馳せ参じました…」

 

そういいながら、枢木スザクは、額に大粒の汗をかく。

 

…明らかに、怪しかった。

 

枢木スザクの弁明を前に、モニカは沈黙する。

 

――怪しい。

 

この一言を発した際におけるリスクを考えながら。

 

“ナイト・オブ・ラウンズ”

 

神聖ブリタニア帝国において、その地位は、皇帝、宰相の後に次ぐ。

12人全員が、領土と城と兵士を所有し、大きな権限と独立性を持っている。

それゆえ、ラウンズが他のラウンズに対して名誉を犯し、

権限に干渉した場合における内紛は内戦すら招きかねない事態に陥る。

事実、過去、ラウンズ同士の争いが、

皇位継承者を巻き込んでの泥沼の内戦に突入し、その争いは十数年に及んだ。

 

その教訓として課された鉄の掟――ラウンズの相互不干渉。

 

モニカの枢木スザクに対する嫌疑は、それに該当しかねなかった。

 

 

  枢木スザクは確かに怪しい。

  だが、それだけだ。灰色はどこまでも灰色。黒ではないのだ。

  私がその一言を発した場合、枢木スザクはどう出るのだろうか?

  名誉を害されたとして、決闘を申し込んでくるかもしれない。

 

 

“ナイト・オブ・ラウンズ”の戦闘力は、個人差こそあれ,海軍の中将に匹敵する。

別格である“ナイト・オブ・ワン” ビスマルク・ヴァルトシュタインを頂点とする序列。

その中において枢木スザクは、

間違いなく三指に入る実力を有しており、モニカはそれに及ばない。

 

 

  仮に決闘となれば、私はこの男に勝てるだろうか?

  いや、ラウンズにおいて、この男に必ず勝てると断言できるのは

  ヴァルトシュタイン卿ただ一人。

  可能性があるのは、“ナイト・オブ・スリー” ジノ・ヴァインベルグくらいか。

  それほどに、この男のポテンシャルは計り知れない。

  連合艦隊の助力があれば、勝てるかもしれない。

  だが、多勢で勝利したとあっては、ラウンズの名誉に傷がつく。

 

  

額に汗をかくスザク。

だが、モニカも、自身がいつの間にか頬に汗を流していることに気づく。

 

 

  私の任務は、処刑場に近づく賊の捕縛だ。

  まさか、それにラウンズを含むわけにいかない。

  “怪しい”の一言は、まさに揚げ足を取られかねない。

  ああ、ウザい!何なのだ?このイレブンは。何が目的なのだ!?

  処刑場には、10万の大軍がいる。もはや誰にも何もできまい。

  この男が今更行ったところで何になるというのだ。

  そもそも、無様に“麦わら”に破れた貴様が悪いのではないか。

  失態を挽回できると思っているのか。

  そこまでシュナイゼル宰相の歓心を買いたいか。

  それとも、やはり別の目的が…

 

 

「クルシェフスキー卿!聞こえていますか?」

 

「は、はい! 何でしょうか!?」

 

真意不明のスザクの行動を前に、頭の中の密室をグルグル回っていたモニカは、

スザクの声により現実に戻ってきた。

 

「クルシェフスキー卿!通行の許可の伝令をお願いします。

 自分は、ブリタニアの危機に対してラウンズとしての責務を果たしたいだけなのです。

 “ナイト・オブ・セブン”の名誉に賭けて誓います!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい」

 

処刑場に向かっていくスザクが乗った高速艇を見下ろしながら、モニカは呟いた。

 

 

“ナイト・オブ・セブン”の名誉。

 

 

その一言により、モニカは枢木スザクの進言を聞き入れた。

ブリタニアの名門貴族の家に生まれ、騎士を志し、血の出るような研鑽を積んできた。

それゆえ、ラウンズの一員となることの奇跡を、その意味を誰よりも理解していた。

“ナイト・オブ・ラウンズ”騎士の中の騎士。

その眩いばかりの名誉と名声は、何を犠牲にしても代えがたい。

その奇跡を不相応にも、イレブンごときが手にしている。

 

枢木スザク。

“ゼロを討った”売国奴。日ノ本を裏切った名誉ブリタニア人。

あの男にとっては、“ナイト・オブ・セブン”という称号だけが、

このブリタニアで生きるための証明書なのだ。

あの醜いイレブンは、今回の任務失敗で、

万が一にもその奇跡を失うことを恐れたに違いない。

だがらこそ、あのような嘘をつき、処刑場に出向き、

シュナイゼル宰相の歓心を買おうとしているのだ。

なんと汚らわしい輩だろう。所詮、イレブンはイレブン。ブリタニア人にはなれない。

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい。

 その称号が真にふさわしいブリタニア人の手に戻る日まで」

 

そう言って、モニカは海から背を向け、船の中に戻っていく。

 

モニカ・クルシェフスキー。

ブリタニアの名門貴族出身。騎士の中の騎士。ブリタニア人の中のブリタニア人。

 

それが、彼女の限界だった。

 

だが、モニカにミスはなかったと強調したい。

枢木スザクの灰色の行動を制す権限は同格のラウンズである彼女にはない。

それも、相手は海軍中将でもあり、下手な干渉は、事態の複雑さを増すだけだ。

疑わしきは罰せず、その原則に従った彼女を誰が裁けよう。

あの段階において、枢木スザクの心を見抜けた者などいない。

ただの一度でも、権威や称号に頭を下げた経験のある者にわかるわけがない。

 

枢木スザクとって、“ナイト・オブ・セブン”の称号も

海軍中将の地位も輝かしい名誉も名声もそれらを生み出してきた”奇跡”すら

 

 

何の価値もなかった―――

 

 

スザクは嘘に嘘を重ね、包囲網を抜けて処刑場に向かった。

 

この男が嘘をつく。

 

それ自体が1つの奇跡に違いない。

海軍基地が視界に入った頃、“ブラック・リベリオン”は始まった。

それにより、スザクは進路を変える。

沖に浮かぶ一隻の軍艦。

それをCP9の工作船と見抜いたスザクは迷うことなく突入する。

 

スザクの嘘の帰結。

その奇跡は、ゼロの救出に間に合わずとも、シュナイゼルの最後の切り札。

ルルーシュにとって知られざる最悪の敵の前に立つことで1つの成就を遂げた。

 

それは、裏切りの白がとった最後の裏切り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ロブ・ルッチ、僕は…“ギアス”に操られている」

 

「…はあ?」

 

海を眺めながら突如、発したスザクの回答を前に“最強の暗殺者”は間の抜けた声を上げた。

 

「ゼロには“ギアス”という人を意思を操る特殊な力がある。

 その“ギアス”に操られた人間は、その行動の間、記憶を失うらしい。

 これは、“ギアス”に操られたとされる多くの人間が証言している。

 だから、”僕は何も覚えていない”と、海軍本部に報告するつもりだ」

 

「…。」

 

「そう、僕は何も覚えていない。何も知らない。

 今、起こったことも。そして、これから起こることも」

 

そう言いながら、スザクはルッチと正対し、晴れやかに笑った。

 

 

  麦わらと戦って、僕はもう何もわからなくなった。

  何が正義なのか、何のために生きているか。

  だが、麦わらのルフィは…あの男は何も考えていないに違いない。

  あいつは、生きたいように生きている。

  まるで僕の子供の時のように。

  僕は、どう生きていけばいいかわからない。

  なら、今はただ心の赴くままに生きよう。

  ただ、あの時の約束を果たそう。

 

 

「だけど、ナナリーのために…もう一度、君と――!」

 

 

 

  ああ、あの言葉に、嘘なんてなかった。

  何が正義かなんて俺にはあまりにも遠い。

  だけど、今は、あの約束だけは守り抜く!

  それが今の俺にとってのただ1つの正義だ。

 

 

 

 

「…こいつはウザいな」

 

スザクの意図を、意志を、戦闘の不可避を理解したルッチはそう呟いた。

だが、その言葉とは裏腹に、その顔には獣の笑みが浮かぶ。

 

 

 

神聖ブリタニア帝国”ナイト・オブ・セブン” VS 世界政府直属・暗殺組織CP9リーダー。

若き海軍中将と”最強の暗殺者”の殺し合いが今、ここに幕を開ける。

 

 

 

大気が軋む。殺気がぶつかり、空間が歪む。

 

ルッチが、帽子を空に投げ捨てると同時に、スザクはマントを脱ぎ捨てた。

 

帽子を鳩のハットリが空で受け取り“正義”のマントが白波に消えた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳と拳が激突した―――

 

 

 

 


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