ルルーシュと麦わら海賊団   作:みかづき

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オール・ハイル・ブリタニア

 

 

 

「何をしている?体の中で何が起こっている…?」

 

膝をポンプの要領で押し始めたルフィの身体から湯気が立ち上がる。

その身体は熱を帯び始め、皮膚が赤色に変化していくのがはっきりと視認できる。

湯気はもはや蒸気となり、さらにその異常性を増していく。

 

ハッタリなどではない―――

 

スザクは確信する。

わずかな時間の中、この男とは殴りあった。感情をぶつけ合った。

だからこそ、わかる。

この男に嘘はない。

 

「枢木流”前羽の構え”…!」

 

ルフィがゴムゴムの“ピストル”の構えをするのとほぼ同時に

スザクは両腕を前方に構える。

 

前羽の構え。

それはゴムゴムの“銃乱打”を捌いた“廻し受け”をより完璧にした絶対防御。

技の体勢を完成させたふたりはどちらも動かない。

相手を睨んだまま、砂浜には、波の音とカモメの声

そして、互いの呼吸のみが聞こえる。

 

 

  自分がどうあるべきか、俺にはもうわからない。

  だが、麦わらを…目の前のこいつから逃げることはできない。

  こいつは本気だ。ならば、俺もすべてを出し切る。

  未来のことはわからない。

  自分がどうあるべきなのかわからない。

  だが、今はこの男を倒すことのみ考えよう。

  海軍もブリタニアも関係なく、今は枢木スザクとして

  俺はこの男を倒す。

 

 

スザクは、前羽の体勢から、少しずつ摺り足で間合いを詰めていく。

砂にはその証明として軌道が線として残っていく。

だが、ルフィは動かない。

ルフィが狙っているのは、スザクの初動。

攻撃を加えるための第一歩。

その一歩目を技名であるピストルのごとく狙いを定めている。

 

逆にスザクは、“ピストル”を捌くことに全てを賭けている。

モーションの大きいゴムゴムの“ピストル”を捌ければ、

無防備のルフィに攻撃を加えることができる。

それが貫手であれ、奥義である“白虎”であれ、この闘いの決定打となりえる。

傍目からみれば、ほぼ動きのない二人の戦いは、

さながら、荒野のガンマンの一騎打ち、

居合いの達人の殺し合い同様に先の読み合いであり、瞬間の勝負であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――静かだ。波の音しか聞こえない。

 

 

いや、それと…呼吸音、俺の…麦わらのも聞こえてくる。

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――こんなに集中したのはいつ以来だろう。

 

 

麦わらとの距離はまだ…

ああそうだ。

子供の頃、ルルーシュとナナリーと遊んだ時は…

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――心臓の鼓動が聞こえる。

 

 

俺は…生きている。

距離はもう…

 

 

 

 

  麦わら…ルルーシュ…俺は…勝ッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「ゴムゴムの“JET”銃(ピストル)―――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――――!!?」

 

 

ぎりぎりの間合い。

スザクの全身全霊をかけた出足。

その初動をルフィは捉え、ゴムゴムの”JET”銃(ピストル)を放った。

その弾丸はスザクの全神経を張ったレーダーである両腕をすり抜け

無防備の顔面に叩き込まれた。

 

完全なるカウンター。

 

その効果により、威力を倍化した“JET銃”は

スザクの身体をきりもみに回転させながら吹き飛ばした。

椰子の木をへし折りながら飛ばされたスザクの身体は5本目でようやく止まり、地面に落下した。

 

 

「…(どーん)」

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

うつ伏せに倒れたスザクはその表情こそ見えずとも、起き上がりそうになかった。

ルフィは“ギア・セカンド”を解き、息を弾ませながらその様子を見つめている。

 

 

  ドゴォン!!

 

 

海の方で砲弾が着弾した音が聞こえる。

煙を上げる海軍の船の横を羊頭の海賊船がすり抜けていく。

 

「ルフィ――!早くこい!」

 

「わわ、待ってくれ!ゴムゴムの“ロケット”」

 

ウソップの呼び声に慌てたルフィは

椰子の木を使い、ゴムゴムの“ロケット”で船へと飛んでいく。

砂浜には倒れたスザクとカモメの鳴き声のみが残る。

 

「よし、全員そろったようだな。

 殿下…今、参ります!うおおおおおおーーー“ザ・オレンジ”爆誕!!」

 

ルフィが戻るやいなや、ジェレミアはオレンジを飲み込むと、

羊頭に駆け上がり台詞とともに謎のポーズを決める。

 

その直後オレンジ色の光がメリー号を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…その直後、巨大な水柱が上がり、麦わら達の船が消えたと

 部下から報告があったが、それで間違いないだろうか?スザク君」

 

「自分は直接見てはおりませんが、部下からはそのように報告を受けております」

 

「君が敗れるとは驚いたよ。麦わらの一味に対する認識を改める必要がありそうだ」

 

「…申し訳ありません」

 

部下に救助されたスザクは、電伝虫を手に取り、現状をシュナイゼルに報告する。

シュナイゼルは、すでに部下から報告を受けているようだった。

部下はほぼブリタニア人であり、その報告にシュナイゼルは疑いをかけることはなかった。

電話越しにおいても、その口調は穏やかにして、冷徹であり、変わることはない。

ただ、スザクの敗北については少し疑念がある口調だった。

わざと負けることで麦わらを逃亡させたのか、といったところだろうか。

 

「まだ麦わらの一味は遠くには行っていないはずです。

 自分は今から処刑場に帰還し、警護に――」

 

「その必要はないよスザク君。

 すでにそちらにはラウンズのモニカ・クルシェフスキー卿の艦隊を向かわせてある。

 麦わらの一味がここにたどり着くことはない。」

 

「しかし…」

 

「…”ロブ・ルッチ”という男の名を聞いたことがあるだろうか。

 政府の知人が今回の処刑の警護のために彼を派遣してくれてね。」

 

「…!」

 

シュナイゼルの機転の速さ。

そして“ロブ・ルッチ”という名にスザクは息を呑んだ。

 

CP9――世界政府の闇。

 

その中でもロブ・ルッチの名は海軍内においても知れ渡っていた。

 

曰く“闇の正義の体現者”

曰く“最強の暗殺者”

 

海賊に人質にされた王国の兵士達を海賊もろとも

葬りさったのはあまりにも有名な話だ。

 

「スザク君。君はなにも心配しなくてもいい。

 君はこの度の戦闘で負傷したと聞いている。ゆっくりと休養をとってくれ」

 

その優しく、その実は幽閉措置とも言い換えられる言葉を最後に

シュナイゼルとの会話は幕を閉じた。

電話を終えたスザクは目を瞑る。

ブリタニア軍と黒の騎士団に囲まれ、蟻一匹逃げ出すことができない処刑場に

おいてCP9までもが監視の目を光らしている。

これでルルーシュの運命は…死は万が一にも動くことはないだろう。

 

「うッ…」

 

歩き出そうとしたスザクはバランスを崩し、地面に膝をつけた。

まだ、ルフィの“JET銃”のダメージは身体に重く残っていた。

突如崩れて片足をついたスザクに部下が慌てて駆け寄ってくる。

 

「中将!大丈夫ですか…え?」

 

肩を貸そうと近寄った部下が困惑を浮かべた。

それは、スザクの様子の異常によるもの。

ダメージで倒れたはずのスザクが頬に手を当てながら笑っていたからだ。

 

「フフフ…ハハハハハ」

 

「ちゅ、中将殿?」

 

笑い続けるスザクを見て、部下達は“ついに狂ったのか?”と狼狽する。

しかし、スザクは笑う。

笑い続ける。高らかに、さわやかに、嬉しそうに。

 

 

 

  こんなに思い切り殴られてのはいつ以来だろうか。

  ああ痛い。ハハ…本当に痛いや

 

 

 

スザクは思う。

未来のことはわからない。

自分がどうあるべきかはわからない

 

だけど、背中は…軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

 

 

 

エリア11。

 

海軍ブリタニア支部・海軍広場に設けられた特設処刑場において自然発祥的に

巻き起こる自国への賛美は、文字通り自国への賛美と長かった内戦の勝利を謳っている。

ここに集まるは勝者たる神聖ブリタニア帝国の兵士達。それを見つめるエリア11の民達。

そして、もはや、ブリタニア軍の一部であり、事実上の敗者である黒の騎士団。

今回の、ゼロの処刑のみの為に作られたこの処刑場はある特別な趣向がなされている。

それは本来、陸にあるべき処刑台が湾内の、それも海の前に設置されたところにある。

ここで断頭された罪人の首と身体はそのまま海に落下して、魚や海王類の餌になる。

 

そのメッセージは“海賊は死して海に還せ”――

 

青く輝く海を背景に落ちていく大物海賊の首と身体。

この映像はマスコミを通して全世界に流される。

この演出のために湾内においての警備は海軍基地の城壁に取り付けられた砲台と

小型の巡回船のみと最小限のものとなっており、

黒の騎士団の斑鳩をはじめとする軍艦は湾に停泊しているだけである。

だがしかし、その近海においては、海軍とブリタニアの連合艦隊が何重にも網を張り、

戦時体制レベルの厳重警戒。

海からの進入はまず不可能であった。

そして陸においては、処刑台を囲む形で、ブリタニア軍と黒の騎士団が左右に分れ配備

されていて、その光景を遠く、鉄柵の外から日ノ本人、

現在においてはエリア11の民たちが固唾を呑んで見守っている。

 

黒の騎士団――総員17000人

神聖ブリタニア帝国――エリア維持軍85000人

 

その総兵力10万超。

仮にここでゼロを奪還しようと計画したならば、

それは四皇レベルの戦力の投入が必要となるだろう。

それほど、いまここに集いし戦力―――

黒の騎士団を飲み込んだ神聖ブリタニア帝国の力は四皇、海軍、世界政府の均衡関係に

確実に一石を投じるほど巨大なものとなっていた。

 

 

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

海軍基地の城壁に現れた人影を見た兵士達の喝采はより大きさを増していく。

城壁に現れたのはナナリー・ヴィ・ブリタニア。

シャルル皇帝亡き後のブリタニアの継承者である。

まだ、年は若く、盲目にして、車椅子を引かれる姿は人々の同情を誘い、

新皇帝として相応しくはない。しかし、兵士達の喝采は鳴り止むことはない。

 

兵士達の信頼は、車椅子を押す人物。

シャルル皇帝と共にエリア支配を進め、黒の騎士団を陥落させた男。

現ブリタニアの真の支配者たる宰相・シュナイゼルに集まっていた。

シュナイゼルの後にはブリタニアの大臣達が続いていく。

そして、その中に明らかにこの場にふさわしくない、場違いな雰囲気を漂わせる男がいた。

白を基調とするブリタニアの要人達の中で異彩を放つ黒い服。

それは、白いフロアを這いずり回るゴキブリの如く、人々に言い知れぬ不快感を与える。

 

男の名は扇要。

大海賊艦隊“黒の騎士団”・元副団長。

そしてこれから新設されるであろう“扇ジャパン”の総帥である。

この式典に扇が選んだ服は、黒の騎士団時代のあの自前のダサい服をベースに

したものであり、そのダサさにより磨きがかかっている。

おしゃれのためにコートに意図的に入れた切れ目は、ロックスターというより、

むしろ熟練のホームレスを彷彿とさせる。

そのために首にかけた宝石や指に付けた大粒のダイヤは、

さきほど資産家の家から盗難してきたものにしか見えず、

トレードマークのバンダナはもはやその下品さを際立たせるものでしかない。

しかし、それを諫言できるものなど扇の側にはもはや存在しない。

クーデター以降、扇は黒の騎士団を完全に掌握し支配してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…こんなことに」

 

若い団員は青ざめた顔でそう呟いた。

まるで悪夢を見ているようだった。いや、悪い夢であって欲しかった。

全てはあのクーデターの日から始まった。

理由を求める自分達に向かって扇は、

ゼロは“ギアス”という能力を使って俺たちを操った、と意味不明な供述を繰り返した。

しかし、それに異を唱えない幹部達。

まるで人形のような目をした別人のようだった。

反抗した団員達の多くは、船の牢獄に幽閉された。

そして残った団員は武器を取り上げられ、今日という日を迎えることになった。

今になって警備のために最小限の武器の携帯を許されている。

だが、それが一体何の意味があるというのか。

盟主たるゼロは今日、この場において処刑され、

自分達は同盟という名のもとにブリタニアの犬として生きることになる。

なぜ、こんなことになったかはもはやわからないだろう。

しかし、これだけはわかる。

自分達の、日ノ本の、エリアの独立の夢は今日この日に潰えるということを。

黒の騎士団の団員達を取り巻く負のオーラが彼らの服より濃く黒くなっていく中、

式は進み、シュナイゼルの演説が始まる。

 

「今日この場に私が帝国を代表して立つことをどうか許して欲しい。

 本来ならば、亡きシャルル皇帝に代わり、新皇帝となられるナナリー様

 がおられることこそ望ましい。しかし、ナナリー様はまだ帝位に就いて

 いないため、私が代理としてこの場に立つことになった。

 ブリタニアの兵士諸君、まずはおめでとう。

 君たちの今日までの働きにより、長きに渡る内戦はここに終結した」

 

“ワァ――”と嵐のような歓声と共に万雷の拍手が鳴り響き、辺りは騒然となる。

シュナイゼルはそれを静観し、熱気を帯びた静寂が訪れるのを見計らい、演説を再開する。

 

「ブリタニアの兵士諸君、そして黒の騎士団の諸君、改めて聞いて欲しい。

 内戦の終結を意味するこの調印式には3つの目的がある」

 

ざわ…ざわと黒の騎士団の中に動揺が起こる。

今まで宿敵として憎み、その首を狙ってきた帝国宰相であるシュナイゼルに

直接呼びかけられるのは、やはり拭いがたい違和感をある。

 

「目的の1つ目は、騎士団のブリタニア軍への編入にある。

 この調印式を機に黒の騎士団の諸君は、我々の友軍として、各エリアに

 平和維持部隊として駐軍し、エリアの平和を守ってもらうことになる。

 君達の力は、長年戦ってきた我々が一番よく知っている。

 君達なら必ずこの役目を担うことができると私は信じているよ」

 

「…。」

 

ブリタニアの犬となれ―――

 

それが優しく、穏やかなシュナイゼルの言葉の真意。

ゼロと共にブリタニアを恐怖させた“黒の騎士団”の成れの果て。

だが、騎士団の中から異論を叫ぶものはいない。

もはや、この状況において個人の感情や意思は何の意味も持たないことを

皆が感じていた。

 

「そして次は…ゼロの処刑。

 黒の騎士団の団長であり、反ブリタニア勢力の盟主。

“ブラックリベリオン”を代表する数々の

 テロに関与してきた“魔王”と呼ばれた海賊の処刑にある。

 …ここで、皆にある人物を紹介したい。

 彼は黒の騎士団の副団長という立場にありながら、

 我々の平和への意志に共感し、ゼロを裏切り、引き渡してくれた。

 この内戦を終わらせたのは彼の功績ともいえるだろう。扇君、ここに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヘヘ」

 

照れ隠しのために頭をかきながら、下卑た笑みを浮かべた扇が

壇上に上り、それを一部の人間のまばらな拍手が迎える。

“ゼロを売った売国奴”そう紹介されたことに気づくことすらなく、額面どおりに

その言葉を受け止めた扇は“英雄”として大衆の前で演説する機会を

得て有頂天になっていた。

その愚かさは、扇を初めて見るブリタニアの兵士達に不快感を。

扇をよく知る騎士団の団員達に暗い影を落とした。

 

「…ゼロは“ギアス”という力で俺たちの心を操ってきた…ペテン師だ!」

 

開口一番の言葉。

“キリッ”とドヤ顔をキメる扇とは対照的に両軍の間に困惑が広がる。

 

「みんな、聞いてくれ!これまでゼロが起こしてきた数々の奇跡は

 全て“ギアス”という人々を意のままに操る力によるものなんだ!」

 

扇はかって卜部に対して行ったギアスの説明を再び始めた。

 

「…だが、ゼロは…あいつは俺たちを利用するだけの“駒”としか見ていなかったんだ~」

 

机を叩き、マイクを握り締め、苦悶の表情を浮かべる扇。

だが、それとは裏腹に口元は歪んだ笑みを浮かべ、今にも笑い出しそうなのが

遠目からでも確認できた。

 

「そもそも、俺たち日ノ本人がブリタニアに反旗を翻したのは

 全て“ギアス”によるものであり、俺たちの意思じゃないんだ。

 そう、全てはゼロの仕業だ!」

 

「…?!」

 

それから扇が行った長いが価値を持たない演説の内容を

あえて要約するなら

 

 

 

        「ゼロのせい」 「ギアスによって」 「俺は悪くない!」

 

 

 

というものに集約される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…屑が!」

 

マイクの音でかき消されたその小さな罵声は意外にもブリタニア軍から生まれた。

 

「恥知らずのイレブンめ!誇りはないのか?」

 

神聖ブリタニア帝国はエリアの統治者であり、侵略者である。

それはブリタニア軍全兵士が共有する認識。

その自分達と長きに渡り戦ってきた黒の騎士団は憎むべき敵であり、

敬意に値する相手だった。

その強敵に打ち勝って迎えた今日という日はブリタニア兵にとっての誇りであり、

死んでいった戦友達への献花でもあった。

だか、それは扇という取るに足らない愚物の戯言により汚された。

扇に対するブリタニア兵の怒りは、誇りを持った戦士が共有する

当然の生理反応といえる。

 

「大したものだな“ギアス”とやらは」

 

「そんな悪魔の実があるならば、ぜひとも食べたいものだ」

 

「その能力でブリタニアを支配してみろ!」

 

“ギアス”というゼロの能力の暴露を最初は驚きを持って聞いていた

ブリタニア兵達も扇の“ギアス”が~の連呼に失笑しはじめて、

ついには欠伸を伴うようになっていた。

ゼロは恐らく“操作系の悪魔の実”の能力者だろう。

しかし、その能力は限定的なものに違いない。

その証拠にブリタニアをその能力で支配せず、黒の騎士団と共に戦うことを選んだ。

それが普通の推測であり、当たり前の結論。

しかし、“サギサギの実”の詐欺能力により、騎士団を支配してきた扇には

一般人相手に論理を持って説得するという視点が完全に欠落していた。

自分のいうことは誰もが信じて当たり前だ、と夢想し、話を続ける。

 

「…そもそも、あいつは誰だ?」

 

「あんな奴、騎士団にいたのか?戦場で見たことは一度もないぞ」

 

「なんだあのバンダナは?ディズニーランド帰りか?」

 

黒の騎士団の主力達―――“紅月”カレン、“将軍”藤堂、“四聖剣”

もし彼らのうちの誰かが、扇と同じ演説をしたならば、

ある程度の説得力と真実味が生まれただろう。

しかし、扇のように、常に後方に待機し、戦場から逃げ続けてきた男にその説得力はない。

結局、扇の演説は卑劣な男がゼロを裏切り、それを騎士団が許したという印象を

残すのみとなった。

 

「…最後に黒の騎士団は今日で解散することになる。

 そして俺の指揮のもとに“扇ジャパン”としてエリアの平和維持に努めてもらう。

 オール・ハイル・ブリタニア!」

 

もはや拍手すらない中を扇は満面の笑みを浮かべ、手を振りながら壇上から去っていく。

 

「くたばれ売国奴!地獄に落ちろ!」

 

「裏切り者!恥を知れ!黒の騎士団!」

 

鉄柵の外からその演説を聴いていたエリア11の日ノ本人達がついに罵声を始めた。

その矛先は、扇と黒の騎士団。

 

その声を聞いて黒の騎士団の女性団員がその場に泣き崩れた。

彼女の肩口には“扇ジャパン”という即席で作られたダサいワッペンがついていた。

あくまで騎士団を自分の所有物にしよういう扇の強姦魔としての執念を感じる。

 

エリアの民の憎しみは扇と騎士団に集まっていく。

それを涼しい顔で確認したシュナイゼルは再び壇上に上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、私からこの調印式の最後の目的について話したいと思う。

 その前に諸君は“革命軍”という組織の名を聞いたことがあるだろうか?

 世界中で暗躍する犯罪組織。

 その首謀者たる“ドラゴン”は“世界最悪の犯罪者“と呼ばれている。

 まさに彼らこそ”平和の敵“といってもいいだろう

 彼らの脅威はすでにブリタニアにも及んでいる」

 

そう言ってシュナイゼルは鉄柵の向こうにいる観衆たち。

その中に潜んでいるであろう“革命軍”を一瞥する。

 

「これまでのゼロとの戦いにおいて、革命軍の幹部とゼロが共に

 行動してきたこと我々は把握している。

 ゼロは…“魔王”と呼ばれたあの男はただの海賊などではない。

 ゼロこそ、ブリタニアを破壊するために革命軍から送り込まれた刺客。

 ドラゴンの後継者として将来を期待される彼の忠実な部下だ。

 そう…我々の真の敵はゼロではない。

 我々の敵はその背後にいる革命軍とドラゴン。

 我々は“平和の敵”を許さない。

 そのためには力の行使も厭わない。

 ブリタニアこそが世界と平和の守護者なのだ」

 

シュナイゼルの表情はいつもと変わらない。

だが、その声にほんの少し高揚の色が帯びている。

その事実に本人も少なからず驚いていた。

それは、これから始まる未来への期待。

自分が開くブリタニアの栄光の始まりのために―――

 

 

 

 

 

 

「今日、ここに、神聖ブリタニア帝国は

 ゼロの死をもってドラゴンと世界に我々の正義と平和への決意を示す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおーーーーーブリタニアに栄光あれ!」

 

「ドラゴンを倒せ!平和の敵に死を!」

 

地鳴りのような歓声。

世界政府において屈指の大国が革命軍の打倒を口実にその覇権をついに世界に向ける。

その政治声明を前にブリタニア兵は武器を掲げ、声を上げる。

この調印式において扇という存在が黒の騎士団に絶望を与えたとは

対照的にシュナイゼルは己の野心をもってブリタニア兵に希望と未来を魅せた。

 

「では主役にご登場願おうか」

 

その合図に呼応し、海軍基地の扉が開く。

神聖ブリタニア帝国の黄金期の到来。

 

 

 

その戦意高揚が最高潮に達する中で、

 

 

 

反ブリタニア勢力の盟主、黒の騎士団・団長“魔王”ゼロ―――ここに現る。

 

 


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