ルルーシュと麦わら海賊団   作:みかづき

14 / 37
そして、決戦の朝へ

 

 

 

“魔王”ゼロの処刑発表から1時間後、

エリア11全土は蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていた。

ある者は嘆き悲しみ、ある者は怒りの声を上げ、

ある者は“嘘だ”と叫びながら新聞を破り棄てた。

噂が噂を呼び、町中を駆け巡り、更なる混乱を招く中、

町から遠く離れたオレンジ農園から一人の男が出てきた。

そのオレンジ農園は町から離れ、海に程近い所にある。

時刻はもう夕暮れ、沈むゆく太陽がオレンジ畑を金色に染め上げていく。

その金色の中に佇む男の姿は本来の農場主のそれではなかった。

新調された貴族の白い正装、その背中のマントには

帝権の象徴であるライオンと、死と再生及び智恵を象徴する蛇が刻まれていた。

肘から伸びた剣で十字を切り、男は天に向かって高らかに己が名を叫ぶ。

 

その男の名は――

 

 

「我が名はジェレミア・ゴットバルト!ブリタニアの騎士である!!」

 

 

男の名はジェレミア・ゴットバルト。ブリタニアの元騎士である。

男は辺境伯の位を持つ名門貴族・ゴットバルトの長男として生まれ

なに不自由のない人生を送っていた。

名門貴族の息子という地位、騎士となり得るだけの才能。

まさに神に愛された彼の人生は順風満帆に進んでいた。

そう、あの日までは――

 

「マ、マリアンヌ様――――ッ!!」

 

神聖ブリタニア帝国・第三皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア暗殺事件。

ジェレミアの騎士としての初任務であったマリアンヌの護衛。

それは彼の生涯初めての挫折となり、決して消えることがない傷となった。

事件の捜査班は、この暗殺が巧妙に計画されたものであることから

内部の協力者の存在を疑う。

しかし、それは皇族に疑いをかけることに他ならず、事件は闇に葬られることとなった。

 

しかし、結果は残る。

マリアンヌを守ることが出来なかった護衛。

忠義を果たせなかった騎士。

なにより、母親の亡骸に守られ、生き残った皇女の虚空を見る瞳に映った

自分の無力な姿が、ジェレミアをジェレミアたらしめていた何かを壊した。

その後の転落は早かった。

職を辞した後は、酒に溺れるというあまりにも教科書どおりの転落ぶり。

ゴットバルト家を放逐され、街角で酒瓶を片手に眠り込んでいるところを

饗団に拉致され、改造された。

冷たい鉄の半身。

しかし、それ以上に凍てついた彼の心にはそれが心地よく感じた。

饗団の命に従う傀儡の日々。

それはのただの浪費であり、暇つぶしの日々。

それが、命尽き果てるまで続くと信じていた。

 

 

 

「ジェレミア・ゴットバルトよ。貴公の忠節はまだ終わっていないはず…そうだろ?」

 

 

 

その日、突如として現れた黒の騎士団によって饗団はあっけない最後を迎えた。

ゲフィオン・ディスターバーという特殊な電波で動きを封じられ、跪くジェレミア。

その彼の前に立つ、仮面の海賊。

その仮面の下から現れたのは、あの日の・・・

あの日、守ることが出来なかった幼き皇子の…日ノ本で死んだ皇子の面影だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 

運命の、いや忠義の神は彼を見捨てなかった。

 

ジェレミアは、その日からルルーシュの側近として行動することになる。

スパイとしての才能がないのも理由になるが、ジェレミアが隠れ家の管理を

任されたのも、彼がマリアンヌの護衛であったことが大きい。

何千人の部下がいようとも、正体を隠さざる得ないゼロ。

その仮面の海賊の正体を知るということ。

ジェレミアはその意味を、その信頼を理解している。だからこそ――

 

「シュナイゼル…!」

 

彼を瞳は、海を越えてその怨敵の姿を想像し怒りに燃えた。

そう、だからこそ、ジェレミアにとって、臣下でありながら、帝国を牛耳り、

皇族を利用せんと企てるシュナイゼルは、

憎むべき逆賊であり、決して許すことができない怨敵。

その男のこれまでの所業、

そしてこれから行われるルルーシュの処刑という蛮行を前に、彼の怒りは頂点に達した。

 

 

 

  ――シュナイゼル!

  貴様のこれまでの所業、同じく皇帝に仕える身として断じて許すことはできない!

  その行為は万死に値する!それにも関わらず、さらにはルルーシュ様を処刑するだと!?

  許さん!このジェレミア・ゴットバルトが断じて許さんぞ!

 

 

心の中でそう呟きながら、その呟きを無意識に声に出しながら、

ジェレミアの怒りのボルテージは頂点を超えて行く。

 

 

  ――皇族を守るために、騎士になった。その誓いを守れず、挫折を知り、屈辱にまみれた。

  改造され、傀儡となり、挙句はオレンジ農家に成り果てた!だが…

  だが、全てはこの日のためにあったのだ!

  そうだ!ブリタニア騎士として今こそ忠義を果たす時なのだ。

  真実を知る自分だけが、ルルーシュ様をお救いし、

  ブリタニアに仕える全ての者の名誉を守ることができるのだ!

  私の人生はこの日のために存在した。

  敵は、この海の全てを言っていい。だが、それが何だというのだ!

  私には鉄の体と燃え盛る忠義の心、

  そして、オレンジと間違って食べた“悪魔の実”の能力がある!

  たとえこの身が燃え尽きようとも魂魄となり戦おう!

 

 

「…シュナイゼル。喰らわしてやるぞ!

 1分間に三万回、超伝導“オハヨウゴザイマシタ”をな」

 

 

そう呟き、歪んだ笑みを見せるジェレミア。

しかし、その勇ましいセリフとは裏腹にその足は一歩を踏み出せずにいた。

マントを握る小さな手によって。

 

 

「…離せ、アーニャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嫌」

 

アーニャ・アールストレイム。

ジェレミアと共にこの隠れ家で任務を共にしてきた小さな彼女は

ジェレミアのマントを掴み、離さなかった。

いつも最小限の言葉しか話さず、静かな少女。

しかし、それと同時にある強い存在感は今はない。ひどく儚く感じる。

ジェレミアとアーニャ。

二人の出会いは饗団時代に遡る。

 

 

「記憶せよ!わが名はジェレミア・ゴッドバルト!貴様に勝利した記念すべき男の名だ!」

 

 

饗団で行われたバトル・ロワイアル。

そこで勝者として勝ち残ったジェレミアは

片膝をつくアーニャに向かい、高らかにそう告げた。

饗団の実験による副作用により、記憶を長時間保つことができないアーニャ。

そんな彼女にとってその言葉、

その瞬間が、その男が、携帯手帳に書き残さなくても思い出せる唯一の思い出となった。

何故、それだけを思い出せるか理由はわからない。

だが、その思い出が彼女を今日までジェレミアと共に生きることを選ばせた。

 

「離せ、アーニャ」

 

「…。」

 

ジェレミアは再び同じ言葉を繰り返す。

その言葉にアーニャは答えることなく俯く。 マントを掴む手が小さく震えていた。

 

「アーニャ…私はブリタニアの騎士である!だから私は行かねばならない!

 殿下を助けることができるのは、私だけなのだ!

 たとえ、その結果が死であろうとも進むことが

 ブリタニアに仕える者に与えられし崇高な義務なのだ!

 だから…わかって…くれるな?」

 

ジェレミアは語る。

ブリタニアに仕える者の運命を。

それに赴く自分に若干酔いしれながらジェレミアは振り向いた。

そこで泣きながら、自分に別れを告げるであろうアーニャの姿を期待して―――

 

「嫌」

 

「…え!?」

 

そこには、儚き少女の姿はなかった。

同じ顔、同じ背丈、同じ服。

しかし、その体から闘気と、そしてその瞳に覚悟を宿した戦士の姿があった。

 

「がッ・・!?」

 

一瞬にしてアーニャの姿がジェレミアの視界から姿を消し、

ジェレミアはバランスを崩し、前のめりに倒れた。

次の衝撃はすぐにやってきた。

視界が逆再生のように戻ったかと思うと、

まるで幼い日に肩車されたように視界が広がった。オレンジ畑がよく見渡せる。

 

「ジェレミア…死んじゃう。行ったら死んじゃう!」

 

そう言ってジェレミアの片足を掴み、片手で高々と抱え上げたアーニャは

近くに ある小岩に向かい、走り出し、ジェレミアを打ちつけた。

誰かが遠目でその光景を見たならば、

少女が岩にタオルか何かを打ち付けているように見えるに違いない。

饗団の改造により、アーニャが得た力。

それは、その華奢な体からは想像もつかない怪力。

その力は長身で鉄の体を持つジェレミアを軽々と持ち上げ岩に打ちつける。

 

「…死んじゃう!ジェレミア死んじゃう」

 

何度もジェレミアを岩に打ちつけるアーニャ。

どうやら、ジェレミアを気絶させようとしているようだ。

機械の体を持つジェレミアはロロノア・ゾロの斬撃をも退ける防御力を誇る。

故に生半可な攻撃では気絶などさせることはできない。

そう判断したであろうアーニャの攻撃は高速に、高角度に、そのエグさを増していく。

 

「あが・・あ、あが…」

 

アーニャに執拗な攻撃は目的こそ果たせないものの、

ジェレミアの体に深刻なダメージを蓄積しつつあった。

機械の瞳からはオイルが流れる。それはまるで血の涙のように…

ああ、死んじゃう。確かにジェレミア死んじゃう…!

 

「――?!」

「ぐはぁ!!」

 

その時だった。アーニャが突然、

手を離したためにジェレミアは空中で回転し地面に激突した。

何が起きたのか分からないが、地面に顔が埋もれた状態を脱出すべく頭を動かした。

ダメージで朦朧とするその視界の先には、

黄金色に輝くオレンジ畑。そして五人と一匹の影が浮かび上がる。

 

「お、お前達は―――ッ?!」

 

 

 

 

 

         「オレンジのおっさん!俺達も行くぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

モンキー“D”ルフィ。

イーストブルー出身の海賊。

七武海を倒した一億の賞金首。

そして何の因果かゼロと知り合い、この諸島の大事件に巻き込まれつつあった

麦わらの男が天に両手を突き上げ、高らかに叫んだ。

 

「と、当然だだだな、お、おおおれれもいい行く!」

「俺も行くぞーー!」

 

「ふふふ、たまにはこういう立ち位置も悪くないかもしれないわね」

 

後、狙撃の王として指名手配されるウソップが震えながら。

ヒトヒトの実を食べたトナカイであり船医であるチョッパーが後に続き。

“オハラの悪魔”と呼ばれるニコ・ロビンが傍らで静かに笑う。

 

「あれ、マリモ。お前は助けに行くの反対じゃなかったのか?」

 

「俺は一理あると言っただけだ。エロコック」

 

後の“黒足”のサンジは論争を思い出し、ニヤニヤ笑う。

すでにその名を轟かす“海賊狩り”のゾロはその挑発を受け流し

「船長命令だろ」とにやりと笑った。

 

麦わら海賊団。

 

魚人海賊団を倒し、イースト・ブルーを救った海賊団。

七武海・“サー”クロコダイルを破り、アラバスタを救った海賊団。

“神”エネルを退け、空島を解放した海賊団。

その彼らが、再びこの戦いの場に集う。

 

それはいつものように――

初めは巻き込まれ―――

今度は自ら飛び込みながら――

そして最後は当たり前のように―――

 

笑いながらそこに集う。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ったーーーー!」

 

 

 

その背中に声をかける者がいた。

おそらく、全力で走ってきたであろうその肩を弾ませながら

一同の後ろに彼女は立つ。まるでその道を塞ぐかのように。

 

彼女は、後の“泥棒猫”ナミは。

 

 

 

 

  やっぱりだ。やっぱりここにいた。悪い予感はしていた。

  出航の準備に誰もいない時に確信した。全力で走って来てみれば、やはりこれだ。

  ルフィ。あんたがそんな物分りがいいわけないものね。

  フリよね。真剣に悩やむフリをしていたのよね。答えなんてもう決めていたくせに。

  ゾロ。この裏切り者。本当に、本当に“一理ある”だけだったのね。

  ウソップ。チョッパー。ロビン。サンジ君…あんた達、私の味方でしょ?

  ああ、もう私しかいない。まともで常識人は私だけだ。

  今回は無理だ。

  もちろん、今までのことも本当は全部無理だったに違いない。

  しかし、今回は本当に、本当に無理なのだ。

  魚人達は強くても一海賊団に過ぎない。アラバスタは国王軍と反乱軍の間隙を突くことが

  できたからだ。空島に関しても神軍とゲリラの間で戦うことができた。

  しかし、今回は違う。

  ブリタニア、黒の騎士団、海軍。敵はその全てだ。味方なんてない。隙などない。

  ルルーシュを救うにはその全てと戦わなくてはならない。

  …だから、私は止めねばならない。

  無理だ、と。

  …だから、言わねばならない。この海賊団を守るために言わねばならない。

  ルルーシュを…見捨てる、と。

 

 

 

 

 

ナミは立ちふさがる。

息を弾ませながら、覚悟を決めながら。

 

「あんた達、分かってるの?!敵は海軍よ!黒の騎士団よ!ブリタニアよ!」

 

  ――そうだ…!絶対に無理だ。

 

 

「まともに戦って生き残れると思ってるの?!勝てると思ってるの?!」

 

 

  ――無理に決まってる!だから言え!言ってしまえ!

 

 

「無理に決まってるじゃない!だから…」

 

 

  ――諦めよう、と…。ルルーシュを見捨てる、と

 

 

「だから…」

 

 

  シャーシャシャシャ!今日からこの村は俺たち魚人のものだ!

 

 

「…」

 

 

        ルフィ…助けて

 

 

「だから…」

 

 

 

 

        当たり前だぁぁぁーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       「…作戦会議よ!ルルーシュ救出のね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナミ!!」

 

「よっしゃ!さすがナミさん!」

 

「ヤッターーーーーー!」

 

「くすくす」

 

「しししし」

 

ウソップとサンジとチョッパーはその決定に肩を組んで飛び上がり、

ロビンはいつものように、ルフィはさも可笑しそうに笑う。

ゾロは刀を肩に乗せ、“やれやれ”といった感じで、はしゃぐ一同を見る。

そして、決定を下したナミはそれを悔いるように両手で目を覆った。

 

「う、うおおおおおおーーーーーー!!殿下は…殿下はよき仲間を持たれた!!」

 

突如、ジェレミアが叫び声を上げた。

大粒の涙を流しながら。機械の瞳からオイルを流しながら。

 

「私も…私も仲間に入れてくれーーーーい!必ず!必ず役に立って見せる!」

 

そういって手を伸ばすジェレミア。

しかし、その様子は一同には、血まみれの重傷者が助けを求めているようにしかみえない。

チョッパーが“大変だー”とかなきり声を上げ、手術の必要性を説く。

その言葉に従い 一同はもがくジェレミアを無理やり船内に連れ込もうと動き出す。

その様子を見て、ナミは自分の決定に再度、頭を抱える。

夕暮れがまぶしい。

オレンジ畑がまるで黄金のように輝く。

その一つを手に取り、ナミは呟く。

 

 

 

「オレンジ畑にあいつらの背中…私が止められる訳ないじゃない」

 

 

 

 

 

日は沈み、夜が訪れる。

辺りを暗闇が支配する中で、農園の小屋に明かりが灯る。

その部屋の中で、ジェレミアはただ黙々と目の前のオレンジを食べ続け、

アーニャはただひたすらオレンジを運ぶ。

沖に停泊している羊頭の船では、航海士のナミが一人、海図を睨み、

コックであるサンジは暗い調理室でタバコをふかす。

狙撃手のウソップ、医者のチョッパー、学者のロビンは船上に出て星を見つめる。

帆の下では、剣士のゾロが愛刀の手入れをし、羊頭にはこの船の船長である

ルフィが自身の麦わら帽子を見つめ、その上に満月が光り輝く。

その月の下、赤い髪を輝かせ、“紅月”カレンは遠く空を見つめている。

遠い空の下、砂漠の荒れ果てた教会の像の前、その闇の中でC.C.はただ祈りをささげる。

闇の中、ルルーシュは自身の仮面を見つめる。

仮初の自身と本当の自身の姿を。

 

 

 

 

―――そして、決戦の朝へ

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。