コッペリアの電脳   作:エタ=ナル

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第二話「赤の光翼」

「やるじゃないか♦ 驚いたよ♠」

 

 頭からぼたぼた血を垂らしながら、異形の奇術師は楽しそうに笑った。とても綺麗な笑顔だった。無邪気でおぞましく純粋だった。今の彼を人間と呼ばないのなら、一体誰がそうなのだろう。

 

「でも、そうだな。大体分かっちゃった。君のそのオーラ、戦いの最中なのに整いすぎてるよね。そう♦ 不自然なほど♥ そういう能力なんだろ?」

 

 圧倒的な戦闘センス。異常なまでの慧眼。こと、戦いという一点に限っては、ヒソカのポテンシャルは今まで会った誰をも凌駕している。

 

 しかし、それでも。最善を尽くす。僕はやるべき事をやるだけだ。

 

 最低目標として、このピエロを試験から排除する。最悪はそれでいい。エリスに最後まで付き合えないのは残念だが、元々僕の合格は次善なんだ。師匠と幾度も話し合って決めた最優先目標は、エリスにハンターライセンスをとらせる事。プロハンターという確固たる立場を手に入れさせ、人類が彼女を踏み潰す可能性を少しでも減らす事だった。

 

 エリスという少女を辺境の田舎町に隔離し続ける期間は、もう十分に長すぎた。

 

 周囲を見渡す。使えるものは全て使おう。腰元のナイフは恐らく無駄だ。本職の強化系ならともかく、操作系な上に自分の体の強化に特化した僕の周では、このレベルの男には通用しまい。いや、むしろはっきりと足手纏いだった。

 

「今度は、こっちからいくよっ♦」

 

 強化されたトランプが飛来する。その軌道計算を自動防衛管制にまかせ、僕はヒソカの観察に専念した。どうにかして突破口を探さなければいけない。僕の能力で格上の能力者と戦うには、どうしたって頭脳勝負や裏のかきあいで勝つする必要があった。

 

「どうしたっ? 逃げてばかりかいっ?」

 

 よく喋る道化だ。余裕があって羨ましい。僕はステップも自動防衛管制にまかせてある。勝つ道筋が浮かばないのに逸っても負けるだけだ。僕のオーラは気合いや根性では絶対に増えない。逆に落ち込んでも絶対に減らない。マリオネットプログラムが動作し続けている限り。

 

 ヒソカが距離を積めてくる。操作系の僕は放出系の戦いのほうが得意だが、あまり距離を開ける事にこだわっても選択肢が狭くなるいっぽうだ。それに、近付いてみれば見えるものもあるかもしれない。僕は自動防衛管制に接近戦闘を命令し、同時に緊急離脱プログラムのタスクを立ち上げた。

 

 唸り来る拳をいなす様にかわし、続く上段蹴りを紙一重で避ける。しなやかな柔軟性。パワーを秘めた体躯。まったく、ヒソカの肉体の性能は、舌を巻くほど素晴らしい。

 

「そらっ、捕まえたっ♠」

 

 異常警報が出されたときには遅かった。ヒソカの左ジャブをガードした腕に、彼のオーラが張り付いていた。あからさまに怪しい。分析より先に緊急離脱プログラムを実行した。両足が地面を次々と硬で蹴り、一瞬で数十メートルの距離をとる。

 

「やあ、また会ったね♥」

 

 が、目の前にいたのはヒソカだった。移動したのは僕だ。僕の腕とつながったまま伸びたヒソカのオーラが突然強力に収縮して、離脱した距離を一気に引き戻された。

 

「ぐっ!」

 

 出迎えた拳に思わず息が漏れる。顔面を殴られ後頭部を地面に打ち付けられた。その顔面にオーラが張り付く。その事実を認識するより遥かに早く体が浮いて、今度は全力の左ストレートに迎撃された。

 

 凄まじいラッシュが始まった。やむをえず痛覚を遮断する。これで体の異常は無機質な情報でしか得られなくなったが、今はそれも仕方がない。怒濤の如く繰り出される重い衝撃を直で味わって、冷静でいられる自信は僕にはなかった。

 

 自分の肉体が壊されていく光景を冷静に眺めるのは妙な気分だった。拳の当たる瞬間、該当箇所に硬をあわせるのだが、それでも衝撃は殺せない。その上、ヒソカの体術の変幻自在さに、数発に一発軌道予測が超越される。それには硬が間に合わず、堅のまま耐えるしか術はなかった。

 

 あちこちの骨にヒビが入り、折れ、少しずつ少しずつ砕けていく。内臓がいくつも機能障害を報告している。自己修復プログラムに廻すオーラがない。防御だけで精一杯だった。

 

 しかし、仕掛けは分かった。ヒソカの体から伸びる粘着力と弾性に富んだオーラ。それこそがこの男の能力だろう。十中八九、変化系。強化系との相性は僕より一段高い上に、彼の能力は嫌になる程よくできてる。

 

 内心で憂鬱になりながら変化系総合制御を立ち上げ使用するタイプを選択。指を覆うオーラを鋭利な刃に変えるプログラムだ。タイミングを見てそれを発動させ、ヒソカのオーラを断ち切って離脱した。残存オーラが急激に減る。僕にとって最も苦手なのが変化系だ。ヒソカほどの能力者に対抗できるだけの切れ味が、何度も出せるはずもなかった。

 

 追撃が来る前にさらに後退。浮遊ウィンドウを幻視し設定を変える。

 

 自動防衛管制、5/6「緊急最大警戒」。

 

 この設定は脳に負担をかけるため5分以内の使用を推奨します。5分経過後に自動的に終了しますか?

 はい/いいえ

 

 はい。

 

 全感覚遮断、アラート管制、重要損害レベル4まで無視。

 警告レベル5以外の全ての重要損害を無視するように設定しました。

 

 「オーバークロック1」始動。

 この設定は脳に著しい負担をかけるため5分以内の使用を強く推奨します。5分経過後に自動的に終了しますか?

 はい/いいえ

 

 はい。

 

 ギアが上がった。脳の処理速度が加速する。頭部に血液が集中する。奥歯を強く噛み締めた。オーバークロックは正真正銘の緊急手段だ。命の危険も確実にある。だが死ぬつもりはない。死んでやるはずがない。死んでたまるか。

 

「いいね、やればできるじゃないか♠」

 

 何かが変わったのが分かったのだろう。間延びして聞こえるヒソカの言葉には答えずに、今度は僕から積極的に間合いを積めた。

 

 あの粘着性のオーラはとても手強い。が、ヒソカの体捌きの鋭さでは、遠距離からの放出系では埒が明かない。僕の念弾程度がそう簡単に当たってくれる相手じゃなかった。

 

 身の丈ほどもあろうかというガム状オーラの迎撃を避けると、その裏には拳を振りかぶったヒソカがいた。

 

 剛腕がゆっくりと唸り来る。それをゆっくりと紙一重で避ける。風を切る音すらとても遅い。なにもかも減速したこの世界で、僕の思考だけが加速していた。続いて炸裂する怒濤のラッシュに、防御も反撃もせずにポジション取りに専念する。オーバークロックだからこそ可能な捌き方。唇を引き締める。何かを狙っている事はばれてるだろう。果たして見破られる前に決められるか。——今だ。

 

 前方広範囲にファントム・ブラックをぶちまける。どうせこんなものはすぐに消える。稼げる時間は刹那以下。だけど、それだけあれば今のマリオネットプログラムは大抵の処理をなしてしまえる。

 

 右手の人指し指に直径一センチメートルの超高密度念弾が出現する。普通の念使いでは為せない凝縮密度。それを実現させる僕の能力も異常なら、当然の様に避けるヒソカも異常だ。しかしさすがに体勢は崩れた。そこを狙い、しがみついて首筋に噛み付いた。噛み切るためではない。固定するためだ。口の中には、溜めに溜めた渾身のオーラがある。

 

 絶対に避けられない密着距離。ヒソカの能力は、少なくともオーラに粘着性を与える技は、この状況は役立たない。僕は勝利を確信して、迷うことなく念弾を、ぐっ——!?

 

 一瞬の異常。それが何かを致命的に変えた。噛み付いていた首筋はどこかへ消えた。射出された念弾は湿原の風を切り裂いて、遠方へ虚しく飛んでいった。

 

 体の浮遊を感知して、状況把握を試みて理解した。

 

 あの時、ヒソカは避けるでも防御するでもなく、強烈なボディーブローで体軸を僅かにずらしたのだ。大部分のオーラを使い果たし、宙に浮き無防備な僕の腹部を、ヒソカは思いきり蹴飛ばした。

 

 飛んでいる。冗談みたいにゆっくりと、空を。オーバークロックの悪影響か。増強された処理速度の無駄遣いも甚だしく、地面に激突すらする前に体のダメージを伝えてきた。浮遊ウィンドウがオートで開き、致命的損害を知らせるレベル5のアラートがいくつも踊る。視界が赤文字で埋まってしまう。邪魔だ。

 

 アラート管制、重要損害レベル5無視。

 全ての重要損害を無視するように設定しました。

 

 自動防衛管制、0/6「無警戒」。

 

 「オーバークロック2」始動。

 この設定は脳に重大な損害を 警告スキップ

 いいえ。

 

 空中で姿勢を制御する。地面に激突している暇はない。地上のヒソカと目が合った。ひどく嬉しそうな笑みだった。そして、どうしてだろう。僕も笑っていると実感できた。高度統制中、表情が変わる事はないはずだけど。

 

 まあ、それも悪い気分ではない。着地して四肢を確認する。動く。今はそれだけで十分だった。ヒソカを見遣る。何も言わず、笑っていた。同感だ。言葉はいらない。ただ、拳があればそれでいい。

 

 瞬間、湿原を真紅の閃光が貫いた。

 

 ヒソカと僕のちょうど中間。地面が綺麗に陥没している。新手なら相手をしている余裕はない。即座に発射位置を座標計算。眼球を望遠モードで強化し、稜線近くの空を観測する。

 

 エリス。背には眩しく輝く一対の赤い翼が。忌わしくも壮大で美しい、太古の悲願の結晶が。

 

 意識があったのはそこまでだった。ブツンと電源が落ちるような不自然な暗転。どうやら、オーバークロック2を実行するには、オーラの量が足りなかったらしい。

 

 

 

「目が覚めた?」

 

 気が付けばエリスが心配そうに覗き込んでいた。馴染みのある感触だった。エリスの膝を枕にしているようだ。ここはどこかと聞いてみると、二次試験会場前の木陰だと返ってきた。

 

「エリス、帽子は?」

「どこかに落としちゃったみたいね」

 

 嬉しそうに目を細めて俺の頬を撫でるエリス。そうか。彼女が気にしてないならそれでいい。

 

「ヒソカは?」

「彼なら、あそこよ」

 

 エリスに頭を持ち上げてもらって視線をやると、さっきまでやり合っていた奇術師がいた。目が合ってニコニコと手を振られたが、無視だ。返答しようにも腕が動かない。

 

 自己診断が全身のダメージを次々と報告している。メッセージウィンドウの表示は顔をしかめるような内容ばかりだった。これでは、少なくとも数日間は痛覚を接続できないだろう。自己修復プログラムをフル稼働させる羽目になりそうだった。

 

 エリスは何も言わない。そっと撫でてくれる手の感触が心地よかった。赤くぼんやりと輝く掌から、優しくて暖かい匂いがした。微かだがオーラが回復していた。

 

 力を抜き、ごろりと寝転がって景色を眺める。空と梢とエリスだけが占める視界。

 

 今はなにも考えたくない。

 

 根源的な欲求は全て能力で統制しているはずだが、何故か眠気を感じた気がした。無論、現状で休息に異論はない。次の試験までのしばしの時間、このまま寝かせてもらう事にした。

 

 

 

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【色なき光の三原色(セラフィムウィング) 特質系・具現化系】

使用者、エリス・エレナ・レジーナ。

 赤の光翼 ■■■■■■■■■■ 具現化した光に■■■■■■■■。

 緑の光翼 ■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■。

 青の光翼 ■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

長い■■をかけて鍛えられた、■■■■■■■■■ための能力の失敗作。

 

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次回 第三話「レオリオの野望」


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