聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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第26話 氷原の戦士たち!の巻

 1986年9月2日――ギリシア、アテネ市内。

 20:45――アクロポリスの丘、イロド・アティコス音楽堂。

 

 

 

 ここは、アテネの政治家であり大富豪でもあった人物の名を関した音楽堂である。

 すり鉢状の円形劇場であり、扇状に広がる32段の客席の収容人数は6,000人。亡き妻との思い出として紀元161年にアテネ市に寄付された建造物とされている古代遺跡だ。

 屋根のない屋外劇場であるが、悪天候が少ないギリシアではさほど問題にはなっていない。

 改修こそされてはいるが現在でも現役の劇場であり、様々な演劇やオペラ、コンサートなどが開かれている。

 今も、とある世界的な楽団によるコンサートが行われており、客席はほぼ満席に近い。

 荒々しくも、時には繊細に、強弱、硬軟入り混ぜて振るわれる初老の指揮者の指揮棒(タクト)が生み出すリズムに従い、演奏者が奏で、そうして生み出される一つの世界。

 最上段席から舞台を見下ろしていた海斗からは、観客たち皆がその世界に浸り陶然としていることがよく分かる。

 そうして、生み出された世界ではあったが、やがては終わりを迎えた。

 客席からの大きな拍手に包まれながら、演奏者たちが舞台を降りる。これから休憩をはさみ、第二部が始まる予定となっている。

 観客たちはこの間に感想を語り合い、次の演奏への期待を語り合うのだ。

 

「彼の指揮で演奏してみたい。この道に進む者なら誰もがそう思う」

 

 だから、であったのか。

 海斗の横で、これまで一言も発さなかったソレントが口を開いたのは。

 今日は一介の音楽生さ、と言っていたように深い橙色のジャケット姿であり、果たして誰が彼を戦う者だと認識できるのだろうか。

 

「芸術的なことはよく判らんし、上手くは言えないが……。そうだな、引き込まれる力、って言うのかな? そんな力は感じる」

 

「……それで十分さ。ああ、もうそろそろ始まるようだ」

 

 海斗の言葉に笑みを浮かべると、ソレントはその視線を舞台へと向けた。

 

 

 

 1986年9月2日――ギリシア、アテネ市内。

 22:40――アクロポリスの丘、エウメネス柱廊。

 

 

 

 アクロポリスの丘には南西麓にあるイロド・アティコス音楽堂の他にも様々な遺跡が存在する。

 音楽堂とデュオニソス劇場を繋ぐここエウメネスの柱廊もその一つである。

 そこに、丘の中央にあるパルテノン神殿を眺めながら並び立つ海斗とソレントの姿があった。

 

「誘っておいてなんだが、よくも付き合ってくれたものだと感心するよ。退屈ではなかったかい?」

 

「そうでもない。意外と楽しめたよ。それに、お前には前の時の借りがあるからな」

 

「ハハハッ。君は想像していたよりも義理堅い人物のようだ」

 

「どうかね? 借りを作ったままってのはどうにも、な」

 

 そうして、申し合わせたように二人の視線がお互いを捉え合う。

 

「で、本題は? わざわざ海将軍(ジェネラル)がアテナのお膝元までやってきて、やった事がクラッシックの鑑賞だと?」

 

「意外かな? 私にも表の生活というものがある。それに、君と出会ったのは本当に偶然だ。私としては君の人となりが分かっただけでも成果はあったさ」

 

「……本気か? いや、確かに言わんとすることは分かるが……。お前は海闘士(マリーナ)で俺は聖闘士(セイント)だ。お互い立場がある」

 

「フッ、思ってもいないことは言うべきではないな。その気であれば、君と私がこうして話をする事さえなかった」

 

 そう言ってソレントが懐から取り出したのは、青く輝く宝石をあしらったペンダント。

 まるで意思を持つかのように、青い宝石が淡く明滅を繰り返している。

 

「この宝石はアクアドロップ。我ら海闘士(マリーナ)の秘宝とも呼べる、七人の海将軍(ジェネラル)に託された秘石」

 

 その輝きに、海斗はハッとした様子で自分の胸元を見た。

 そこにはセラフィナから渡された青い宝石を加えたペンダントがあり、ソレントの持つ宝石に呼応するように輝きを増している。

 

「本当に、再び君とこうして出会えたことは僥倖だった」

 

 ソレントはアクアドロップを懐に戻すと、黄金色に輝くフルートを取り出した。静かに構える、そっと唇を歌口に当てる。

 そうして奏でられる旋律はどこまでも穏やかで、その音色はどこまでも澄んでいた。

 

「……これは」

 

 海斗が辺りを見渡せば、道行く人が足を止め、惚けたようにしてその足を止めていく。

 そしてソレントを見れば、その姿がまるで蜃気楼のように揺らめき消えようとしていた。

 

 

 

 ――いずれ、また会おう。同胞よ。

 

 

 

 

 

 第26話

 

 

 

 

 

 1986年9月3日――聖域。

 10:18――黄道十二宮第一宮、白羊宮。

 

 

 

 白羊宮内の広間。

 主である牡羊座(アリエス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)であるムウがジャミールの結界から動かない現在、本来は無人であるこの場所に今は四つの人影があった。

 海斗とジャミールからやって来た貴鬼とセラフィナ、本来は十二宮五番目の宮――獅子宮を守護する獅子座の黄金聖闘士であるアイオリアである。

 

「ぶっちゃけると、次に壊したら――殺す、って感じ?」

 

「……ぶっちゃけたな、オイ」

 

子馬座(エクレウス)の聖衣が納められた聖衣箱(パンドラボックス)に腰掛けた貴鬼が、お手上げとジェスチャーを加えて海斗に伝える。

 

「いやー、あの時のムウ様、目が笑ってなかったもん。あれは――ヤバいね」

 

「……ヤバいのか?」

 

「……」

 

 両手で身体を抱きしめてブルブルと震える貴鬼の姿を見て、そっと目をそらすセラフィナの姿を見て、海斗は冗談ではなく本当の事だと戦慄する。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいが、使えるのか? かなりの破損状態だと聞いていたが」

 

 どうでもよくない、と愚痴る海斗を黙殺してアイオリアが貴鬼に問う。

 

「うん。色々あって時間がかかっちゃったんだけど、か~な~り~大変だったね~。ほとんど一から作り直したようなもんだよ? 聖衣はこの中でしばらくは絶対安静、ってやつかな」

 

「絶対安静? 治ってないのか?」

 

「うんにゃ、そこは大丈夫。でも聖衣は生きているんだ。それを無理やり形を変えて、継ぎ足して、ってしてるからね。聖衣自身に新しい姿を馴染ませなきゃならないんだって」

 

「普通は、って言っても、普通の壊れた形って言うのもおかしいですけど。そういう聖衣とは違って、今回はかなり特殊なやり方で修復をされているようですから」

 

「何? セラフィナも手伝ってたのか?」

 

「はい。と言っても、ほんの少しですけど……」

 

「意外だな、どんくさいイメージだった」

 

「……兄ちゃん、兄ちゃん、ダメダメだよ。なんでそこでそんなこと言うの」

 

 アイオリアはそんなやり取りをしている三人から目を離すと、第三宮である双児宮の方を見ながら「そういえば」と、少し気になっていたことを聞くことにした。

 

「しかし、海斗よ。なぜ今更エクレウスの聖衣を必要とする? 教皇から双子座(ジェミニ)黄金聖衣(ゴールドクロス)を授けられていただろう?」

 

 今から二年前に起こったギガントマキア。そこでの活躍を認められた海斗は、教皇直々にジェミニの黄金聖闘士の資格者という立場を得ていた。

 しかし、この二年間に海斗がジェミニの黄金聖闘士として活動した記録はない。

 

「ああ、何と言うか、しっくりこない。あの時に感じた一体感が感じられないというか、どうにもズレてる感じがしてな……。上手く言えないが、今の俺にはエクレウス(コイツ)の方が合っている。そんな気がするんだよ」

 

 そう言って海斗がエクレウスの聖衣箱に触れる。

 ドクン、と。

 聖衣の鼓動が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 1986年9月3日――聖域。

 同時刻――教皇の間。

 

 

 

 教皇の前で片膝をつき首を垂れる青年。

 その後ろには水瓶座(アクエリアス)の黄金聖闘士であるカミュの姿がある。

 静まり返った教皇の間。

 その光景を遠巻きに眺める祭司たちの中には祭壇座(アルター)白銀聖闘士(シルバーセイント)でもあるニコルの姿もあった。

 

聖域(サンクチュアリ)の存在、いえ女神アテナの存在と申しましょう」

 

 恭しく頭を下げながらも、そう発する青年の言葉には確かな力が込められている。

 

「人類の平和のために不可欠であります」

 

「フム。顔を上げられよ、アスガルドの使者殿」

 

「ハッ」

 

 アスガルド。

 それは、オリンポスの神々とは異なる神話「北欧神話」における神々の王オーディンによって統べられた極寒の地である。

 

 教皇の言葉に青年が顔を上げる。

 青い真っすぐな眼差しを持って教皇を見つめていた。

 

「その様子、どうやら北欧の地にも?」

 

「人類の敵――ギガスが現れたのは、聖域だけではありませんでしたので。幸いにして、我らには戦う力がありましたが、そうでない者たちの事を思えば――」

 

 しかし、神話の時代よりオーディンは地上に降臨していない。

 現在では“オーディンの地上代行者”と呼ばれる者がアスガルドを統べていた。

 ここ数百年は代々の地上代行者が“アスガルドの平穏”を重視していた事もあり、地上世界との間に大きな戦乱などは起ってはいなかった。

 

「今、再び神々の戦いが起こるような事になれば、人類の絶滅は必至。避けなければなりません。なにがなんでも!」

 

 青年の拳が僅かに震えていた。

 それは義憤か、それとも悔恨か。

 

(少なくとも……、彼は善性の人なのだろうな。しかし……)

 

 青年の姿を見ながらニコルが思うのはアスガルドの伝承と、この謁見が意図するものだ。

 

「故に、教主ドルバルは私――フレイに命じられました」

 

 聖域とは年に数回、互いに使者を送る程度の関係はあるが、基本的に“互いに不干渉”であったのだ。

 

「この地上を脅かす邪悪に対し、アスガルドは――」

 

 アテナに聖闘士(セイント)があるように、オーディンにも神闘士(ゴッドウォリアー)と呼ばれる戦士がいる。

 神闘士は神闘衣(ゴッドローブ)と呼ばれる聖衣に似た鎧を身に纏い――

 

「――聖域と手を取り合い、共に戦う事をお約束します」

 

 ――“アスガルドの平和のために”戦うのだという。

 

 

 

 

 

『夏が来ることなく、三度の冬が続き――』

 

『世界は、恐怖の戦争に突入する――』

 

『その時、人々は――』

 

『兄弟といえども殺し合い――』

 

『世界は、もがき苦しみ――』

 

『他人を思いやる者など、誰もいない――』

 

『狼の世となる――』

 

 

 

 

 

 1986年9月3日――東シベリア

 12:08――東シベリア海沿岸地域

 

 

 

 北極海の縁海の一部であり、一年の大部分が氷に覆われた極寒の地。

 風雪が途絶えるわずかな時間。

 そこに、厚い氷に覆われた大地の上に立つ少年の姿があった。

 ブロンドの髪と青い瞳の少年である。

 名は氷河(ヒョウガ)

 日本人の父とロシア人の母の間に生まれ、城戸光政の命によって集められた百人の孤児の一人。

 

 氷河は懐から取り出した一輪の花を咥えると、じっと氷の大地を見つめる。

 五分か、十分か、あるいは、もっと短かったのかもしれない。

 おもむろに、氷河は握りしめた拳を氷の大地へと叩き付けた。

 轟音とともに砕け散る氷の大地。

 そこに作り出されたのは、深さ数メートルはあろうかというクレーター。

 そこから覗くシベリアの海へ、氷河は迷うことなく飛び込んだ。

 普通の人間であれば、15分もあれば死んでしまう極寒の海に、氷河は毎日こうして氷の大地を砕き、1時間近くを海底で過ごしていた。

 

 普通の人間に出来る事ではない。

 厚い氷の海に沈む船の中、幼き頃に見た姿のまま、変わることなく眠る母親の側にいるために。

 その力を得るために、氷河は聖闘士となったのだった。

 

 

 

「お~い、ヒョウガ!」

 

 日課を済ませ、海底から氷原へと戻った氷河の耳に聞きなれた声が届く。

 

「ヤコフか。ここには来るなと何度も言ったろう」

 

 やってきたのは氷河の見知った子供だ。

 名はヤコフ。氷河が世話になっているコホーテク村で暮らす7歳の少年であった。

 

「わかってるよ。ヒョウガのママがねむる聖なる場所だというんだろ? また二ホンから手紙が来てたから、持ってきてやったんだ」

 

 そう言ってヤコフが手紙を差し出すが、氷河はそれを一瞥するだけで受け取ろうとはしない。

 

「それはグラード財団からの手紙だ。前にも言ったが、財団からの手紙は放っておけ」

 

「ダメだぞ。手紙はちゃんと読まなくちゃ」

 

 ほら、とヤコフから手紙が押し付けられる。ここで「いらん」と言えれば、とは思うが……。

 

「……まったく」

 

 こうして受け取ってしまうからダメなんだろうとは、氷河自身も分かっている。

 

「よし。ちゃんと読むんだぞ?」

 

「分かった、分かった。後で読む」

 

 どうせ中身は変わり映えのしない文章だろうがな、と。

 さっさと聖衣を持って日本へ来い。要約すればこうだ。

 どうやって自分が聖闘士の資格を得たことを知ったのかは分からないが、それでも財団にも分からなかったことがあるらしい。

 

(ご苦労なことだ。しかし、残念だがな、聖闘士の資格は得たが、オレはまだ聖衣を与えられてはいない。これでは日本には行けないだろう?)

 

 そう思いながら手紙をポケットに仕舞おうとして、氷河は自分に向けられる幾つもの視線に気が付いた。

 周囲を見渡すが、視界に入るのは一面の氷の世界。

 

「……ヤコフ、悪いが今日は先に帰っていろ」

 

「ヒョウガ? う、うん。わかったよ」

 

 何もない。何も見えないが――確実に、何かがある。

その予感を氷河は信じた。

 そんな氷河の緊張を感じ取ったのか、ヤコフは何度か氷河へと振り返りながらも村へと帰って行った。

 

 

 

「これでいい。後は、三、いや、この視線は……四人、か。しかし、どこから――」

 

 その瞬間、氷河の足元に亀裂が奔った。

 

「!? 下かッ!!」

 

 ――フハハハハッ、その通り!

 

 その場から咄嗟に飛び退いた氷河が見たものは、氷の大地を噴き上げて飛び出してくる四つの影。

 それぞれが、聖衣にも似た青く輝く鎧を身に纏った男たち。

 

「貴様ら、何者だ!」

 

 身構え、誰何する氷河に対し、男たちが答える。

 

「オレたちは永久凍土の地」

 

「ブルーグラードの民よ」

 

「そして、オレたちはそのブルーグラード伝説の戦士――」

 

 

 

 ――氷戦士(ブルーウォリアーズ)なのだ!!

 

 


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