ハイスクールD³   作:K/K

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学祭、日々

 最初に見えたのは真っ暗な闇。その闇をぼんやりと見つめていると段々と意識がはっきりとしていき、自分が瞼の裏を見ていることに気付く。

 閉じていた瞼を開くと見覚えの無い天井があった。

 

「ここは……」

 

 まだ覚醒し切れていない頭で自分の現状を確認する一誠。背中と後頭部に伝わる柔らかな感触はシーツと枕のもの。清潔感あるベッドの上で寝かされていることを認識する。

 そこまで分かると記憶が明確になってきた。サイラオーグとの激闘の後、燃え尽きて気絶したのだ。

 上体を起こす。体の至る箇所にガーゼや包帯が巻かれている。少し体を動かしただけでも酷い筋肉痛が発生して体が硬直する。特に左腕が酷く、力が入らない。

 

「起きたか」

 

 聞き覚えのある声。痛みを我慢しながらぎこちない動きで首を動かして隣を見る。隣に置かれたベッドには一誠と同じように包帯姿のサイラオーグが居たのだが──

 

「え? 何をしているんですか……?」

「暇潰しだ」

 

 ──片手、しかも人差し指一本による指立て伏せを行っているサイラオーグに、一誠は引いてしまう。

 

「あの……怪我は痛くないんですか……?」

「この程度の痛みなら慣れている。軽く動いていないと落ち着かんのだ」

 

 サイラオーグにとっては指立て伏せなど激しい運動には入らないのだろう。もしかしたら、ストレッチ程度の認識なのかもしれない。

 サイラオーグの強さの根源を見たような気がする。とにかく生命力が強い。タフ、強靭なのだ。これだけ生命力に溢れているのなら、神器や聖剣を防ぐ程の闘気を纏うのも納得である。

 

(俺、よくこんな人と真正面から戦ったな……)

 

 改めてどれだけ自分が恐ろしいことをやっていたのか思い知らされる。

 

「えーと……」

 

 戦っていたときは饒舌に語り合っていたのに、戦い終えた後に二人きりになると何を話していいのか分からなくなる。この間にもサイラオーグは指立て伏せを続けている。顎が付きそうになるぐらい体を低くし、そこから腕を真っ直ぐ伸ばすという一切の妥協が無い。それを汗一つかかずにやっている。

 

「サ、サイラオーグさんが隣のベッドだったなんて凄い偶然ですね……!」

「確かにな。いや、もしかしたらサーゼクス様かアザゼル総督が気を利かせてマッチングしてくれたのかもしれないな。戦いあった者同士、拳以外でも語ることがあるかもしれないと思って」

 

 そう言われるとそうなのかもしれないと一誠は思った。互いの陣営で先に療養している眷属たちも居る。同じ主に仕える眷属同士で固めるのが無難の筈。レーティングゲームの対戦相手を隣同士にするのは、トラブルを起こさないと信頼しているのかもしれない。

 不意に会話が途切れ、沈黙が両者の間に流れる。沈黙から数拍置いた後にサイラオーグは指立て伏せを止めて呟く。

 

「……俺の負けだな」

 

 それは自らの敗北を認めるものであった。

 

「待ってください。俺だってあの後に気絶したんですよ? サイラオーグさんの負けじゃなくて引き分けな筈です!」

 

 一誠はそれを否定し、引き分けだったと主張する。相手の負けを勝った側が物言いするというやや変わった状況であった。

 

「先に倒れたのは俺の方だ。それに俺は『王』だ。『王』が倒れた時点で敗北だ」

 

 壮絶な戦いを繰り広げた挙句に共に倒れたが、サイラオーグと一誠では文字通り立場が違う。サイラオーグは『王』で一誠は『兵士』。『王』であるサイラオーグは、どんな理由があろうとも決して取られてはいけない。

 

「そうですけど……そうかもしれないですけど!」

 

 まだ不服そうにしている一誠であったが、サイラオーグはそれを制止する。

 

「負けたが俺は充実している。悪くない気分なんだ。生まれて初めて全てを出し尽くした。最後の一瞬まで俺は俺を出し切れた。勝利とは違う清々しい気持ちだ。こういう負けならば、俺は受け入れ覚えておきたい」

 

 この敗北はサイラオーグの人生の中で傷になる。だが、一生に一度あるかないか分からない納得できる敗北。残しておきたい傷というものもある。

 一誠は改めてサイラオーグの器の大きさを思い知らされた気がした。ここで食い下がるのも無粋である。

 

「──なら、俺は一生誇りますよ、サイラオーグさんに勝ったこと。孫どころか玄孫の代まで語り継ぎます」

「ああ、そうしてくれ。最高の戦いだったと」

 

 互いを見合って笑う。

 

「それにしても最後のあの技にはしてやられた。まさか、お前があのような巧みな捌きを持っているとは思ってもいなかった」

 

 あの技とは一誠が見せたマタドールの赤のカポーテの模倣のことを言っている。

 一誠自身も良く再現出来たな、と今更ながら思っていた。今だったら百回どころか万回やっても一度でも成功させる自信が無い。あのときの精神状態、追い詰められた状態、相手がサイラオーグ、リアスに勝利を捧げるという意思、全ての要素が噛み合ったからこそ出来た奇跡のような成功である。

 

「以前は失敗したが今度は成功させたな。師にもう一度学んだのか? 良ければ誰なのか教えてくれないか?」

「えー……あのー……」

 

 前にも同じような事を質問された気がする。あのときはサイラオーグが負傷していたので、それの治療を優先するという形で誤魔化したが一対一のこの状況では難しい。

 何と説明すべきか一誠は頭を悩ませる。すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

「起きているかい?」

 

 若い男性の声。サーゼクスのものである。一誠にとっては何とも丁度良いタイミングだった。

 

「ど、どうぞ!」

 

 慌てて返事をすると、サーゼクスが『失礼するよ』と言いながら入室してくる。

 

「サーゼクス様」

「ご足労いただき感謝します」

 

 一誠は背筋を伸ばし、サイラオーグは頭を下げる。

 

「そんなに畏まらなくていい。楽にしてくれ、二人共。怪我人なのだからね」

 

 サーゼクスは置いてある椅子に腰を下ろす。

 

「さて、イッセー君にサイラオーグ。二人の試合は本当に良い試合だった。私は強くそう思うし、上役も全員満足していたよ。二人の将来が実に楽しみになる一戦だった。こんな若者たちが居るのなら冥界の未来は明るい」

 

 褒められ、期待され一誠は照れ臭くなってしまう。

 

「さて、そんなイッセー君に話がある」

「席を外しましょうか?」

 

 サイラオーグが気遣って退室を提案するが、サーゼクスは首を横に振る。

 

「いや、構わないよ。最初に言ったが怪我人なのだから安静にしていてくれ。それに、サイラオーグ、君も聞いておいて損の無い話だ」

 

 サーゼクスは表情を引き締めながら、それでいて少しだけ喜びを滲ませながら言う。

 

「イッセー君、君に昇格の話が来ているんだ」

 

 サーゼクスが言った言葉を理解出来ず、一誠は間の抜けた顔をしながら言葉を失う。昇格の意味を上手く消化出来ず、一誠の頭の中ではチェスの駒がカツンカツンと衝突するイメージ映像が流れていた。

 阿保面を晒す一誠を放置しながらサーゼクスは話を続ける。

 

「正確に言うと君と木場君と朱乃君……そして、特例として間薙君もだ。ここまで君たちはテロリストの攻撃を防いでくれた。三大勢力の会談テロ、旧魔王派のテロ、悪神ロキの撃退、あの魔人をも退けたという記録もある。そして、先の京都での一件と今回の見事な試合で完全に決定がされた」

 

 実は他にも聖剣事件の解決とコカビエルの撃破やテロに加担したディオドラの退治などの功績も含まれているのだが、内容が内容なだけに不信感を招きかねないので昇格理由として表記はされていない。

 

「──近いうちに君たちの階級が上がることは正式に発表されるだろう。おめでとう。これは異例であり、昨今稀な昇格だ」

 

 サーゼクスの笑顔と祝福を受け、ようやく一誠は事態を呑み込む。

 

「お、お、俺が昇格!? プロモーション的な意味じゃなくて悪魔として昇格なんですか!?」

「ああ。まずは中級、そう間を置かずに上級への昇格の話も来るだろうね」

 

 一気に未来が拓けていくような感覚。ついこの間まで悪魔としての才能が無いと思っていた自分が悪魔としての位を一気に駆け上ろうとしている。

 

「まだ足りない部分はあるだろうし、君自身にもまだ自覚はないだろうね。それを踏まえて君の将来を見込んでのことだよ」

 

 いきなり用意された輝かしい将来に、一誠は困惑したまま助けでも求めるようにサイラオーグの方を見る。

 

「俺から言えるのは受けろということぐらいだ、兵藤一誠。お前やお前の仲間たちがやってきたことが正当に評価されたのだ。出自など関係無い。この冥界で英雄になってみせろ」

 

 まだ上手く整理出来ない一誠。ふと、サーゼクスの言っていたことが気になった点があったのでそれについて訊くことにした。冷静になるまでの時間稼ぎの意味も込めて。

 

「話は少し変わりますが、俺と木場と朱乃さんは悪魔だから分かるとして、間薙の奴も昇格させるっていうのはどういうことですか? あいつは……人間ですし」

 

 昇格というのは悪魔の中での話だと思っていたので、シンの名も挙がったことに違和感があった。

 

「まあ、そう思うのは無理も無い。ただ、彼もまた君たちと同様に大きな功績を上げている。そのことをいつまでも無視していいのだろうかという話が出てね……」

 

 サーゼクスとしてはシンの心情に配慮して放っておく方が良いとは分かってはいるが、今言ったように一誠たちと同等の成果を上げている。悪魔の中にはその功績を讃えないのは不義理という意見が上がっていた。何分、悪意ではなく純粋な善意からの提案なのでサーゼクスとしても却下し難い。

 

「彼に中級悪魔以上の位をあげ、それに見合った権利等を送ろうという話だ」

「悪い話ではないですが……」

「異例中の異例だな」

 

 人間に中級悪魔以上の階級を与えるなど前代未聞であり、もしそうなった場合、どのような反応が起こるのか分かったものではない。反対する者や嫉妬する者などが声を上げてもおかしくはなかった。

 

「……そうだろうね。でも、間薙君の功績に対して何も触れないというのもね……」

 

 放置しておくのが無難なのは理解している。だが、心情的にもサーゼクスも礼の一つはしたいとも思っている。

 

「まあ、受け取るかどうかの最終的な判断は間薙君に委ねることに──」

「謹んで辞退します」

 

 サーゼクスの言葉を遮るお断りの言葉。いつの間にか病室のドアを開いたシンが立っていた。

 シンは感情が見え難い瞳でサーゼクスを見る。

 

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「そうか。それなら仕方ない。私の方から断っておくよ」

 

 丁寧には言っているが、取り付く島もないと判断したサーゼクスは、苦笑しながら先程を無かったことにすると決めた。問題に発展する前に無くなってホッとしたようにも見える。

 

「ようやく来たか、薄情者ー」

「ああ。暇になったから来た」

「暇なら最初から来いよ」

「暇人も暇人なりに忙しい」

「この野郎……」

 

 ジトっとした目で応援に来なかったシンに一誠はチクチクと文句を言うが、シンの方は表情筋一つも動かさずにのらりくらりとした態度。とは言っても一誠の方も本気で責めている様子は無い。いつも通りの軽口の言い合いであった。

 一誠が何か言いたそうに口を開こうとするが、それよりも先にシンはサイラオーグへ話し掛ける。

 

「同じ病室だったか、サイラオーグ」

「ふっ。みっともない姿を見せてしまったな」

 

 二人の短いやりとりを聞いた一誠は『はっ?』と思ってしまった。一誠の記憶では二人は一回ぐらいしか顔を合わせていない筈なのだが、シンはサイラオーグにタメ口をきいただけでなく呼び捨てにまでした。

 

「お、おい! それは流石に──」

 

 思わず咎めようとするが、他でもないサイラオーグ自身がそれを止める。

 

「構わない。俺が間薙シンにそう願ったからだ」

「そうなんですか……?」

 

 この打ち解け様。自分たちの知らない間に二人の間で何か大きなことがあったのだと容易に想像が付く。

 

「俺と彼は対等。そして、戦友だ」

 

 サイラオーグが誇るように言う。サイラオーグの口からそんな言葉が出て来たことに一誠は若干の嫉妬を覚えた。

 一誠もサイラオーグのことを最高にカッコいい男と尊敬している。勝負では勝ったが、それでも一誠はサイラオーグより上になったと自惚れていない。総合的に見てもサイラオーグの方が格上だと今も思っている。

 そんなサイラオーグがいつの間にかシンのことを対等な存在と認めていると言っても、『そうですか』の一言で片付けられる程一誠は単純ではなかった。

 色々な感情が渦巻いている一誠の表情を見て、サイラオーグは苦笑する。

 

「今日もまた新たな戦友が出来た──兵藤一誠」

「……え? は、はい!」

「お前が望むなら間薙シンのような話し方でも俺は構わんぞ?」

 

 いきなりそんなことを言われたので、一誠の顔は引き攣る。

 

「あの……恐れ多いというか、心の準備が……」

 

 許可されたとはいえ、タメ口や呼び捨てにする度胸は今の一誠には無かった。

 

「そうか。それなら気長に待つとしよう」

 

 しどろもどろになっている一誠を見てサイラオーグは小さく笑う。

 

「──さて、伝えることは君たちにも伝えたし、間薙君からも正式に辞退をするという言葉を貰った。私はそろそろ失礼するとしよう。先程の話の詳細については後日改めてそちらへ通知しよう。昇格にはきちんとした儀礼を済ませなければいけないのでね」

 

 では、と言い残してサーゼクスは颯爽と退室していく。サーゼクスは居なくなったのだが、存在感が在り過ぎたせいかまだ室内に残っているような錯覚を感じる。サーゼクスが座っていた椅子に紅い残像が見える気すらした。

 

「俺も行くとする」

 

 シンもまた退室しようとする。

 

「もう行くのか?」

「無事な様子は見れた。木場たちの様子もまだ見ていないしな」

 

 情はある筈なのに相変わらずあっさりとした態度なので薄情に見えてしまう。

 去ろうとするシンを一誠が呼び止める。

 

「……なあ。俺、悪魔としての素質ゼロだと思っていたのに昇格出来るっぽい」

「聞いた」

「……返事はまだ貰っていないけど、俺……部長に告白した」

「見た」

 

 背中越しにそれを聞いていたシンだったが、振り返って一誠の目を見る。

 

「おめでとう」

 

 飾り気の無い一言。しかし、どういう訳か言われた一誠は涙腺が緩み、視界が滲む。たった一言なのに心に染み込む。きっとそれはシンが本心から言っていることが伝わったからなのかもしれない。

 目が潤みながらも決して涙は溢さず、やせ我慢をしながら一誠は言う。

 

「──色々とありがとう!」

 

 返した言葉もまたシンプルなもの。だが、言葉を多く付ければ良いという訳では無い。今のシンに送るにはこの言葉が最も適していると言える。

 シンは一瞬だけ無表情を崩した。笑っているのか、笑っていないのか判断が難しい微妙な表情の変化。恐らくは彼と親しい者ぐらいしか伝わらない微笑。

 一誠はニッと笑う。シンはそれを見ると病室から退室していった。

 

「仲が良いな。親友という訳か」

「え!? そういうんじゃないですよ! ダチなのはそうですが……」

 

 照れ隠しのように否定する。傍から見るとそうなのかもしれないが、誰かに言われると照れ臭くなってしまう。

 

「似たようなものだと俺は思うが?」

「認めたり、口に出すとなると恥ずかしいというか……」

「ふっ。大衆の面前でリアスが好きだとあれだけ叫んだ男にしては繊細だな」

「うっ!」

 

 会場の勢いとノリで告白した一誠だが、冷静になると自分がとんでもないことをしたのだと理解してしまう。麻痺していた部分が急激に解け、色々な感情が濁流のように頭の中へ流れ込んで一誠の表情は見事なまでに赤くなった。

 

「やれやれ、俺に勝った男とは思えんぐらい初心な反応だな。──だが、告白したこと自体は後悔していないのだろう?」

「……ええ」

「リアスのことが好きなのだろう?」

「──はい。大好きです」

「それなら良し」

 

 サイラオーグは満足そうに頷く。

 

「このまま返事を待つのか?」

「……どうしましょうか?」

 

 思わず質問を返してしまう。大衆の前で告白したこと自体は後悔していないが、やるならもっとムードや場所を大事にしておけば良かったのでは、と思ってしまう。場の勢いとノリで告白する様は自分らしいと思う反面、相手であるリアスの気持ちは、と考えてしまうのだ。

 そのことを正直にサイラオーグへ話すと──

 

「なら、もう一度想いを伝えてみたらどうだ? 今度は真正面で二人っきりでだ」

 

 ──サイラオーグの提案に一誠の表情は数秒の間に七回変化する。やがて、俯いて顔を伏せたかと思えば決意に満ちた目をサイラオーグへ向けた。

 

「……やります」

「それで良い。……近いうちに俺のところへ遊びに来い。結果も聞きたいからな。コーヒーでも飲みながら話しでもしよう」

 

 ほんの少し前まで互いの夢を懸けて本気の殴り合いをし、勝った相手の背中まで押してくれる。さっぱりした良いヒトっぷりに泣けてきそうになる。

 

(最近男に泣かされてばっかだな、俺)

 

 そんなことを考えながらも、この目頭に籠る熱も悪くないと思うのであった。

 

 

 ◇

 

 

 シンが木場たちの病室へ向かう途中、知っている人物を見つけた。

 その人物は苦悩に満ちた表情をしながらブツブツと小声で何かを呟きながら、数歩前へ進んだかと思うと、同じ歩数分後ろへ下がるを何度も繰り返している。

 

「どうかしたんですか? 部長?」

「ひゃうっ! シ、シン!? 来てたの!?」

 

 リアスの口から聞いたことがない声が出た。声を掛けられるまでシンの存在に全く気付いていなかった様子。それ程までに自分の世界に没頭していたのであろう。

 

「ええ。お見舞いに」

「……そう。そっちの方向から来たということは、もうイッセーのお見舞いは済んだのね?」

「はい」

 

 シンが肯定するとリアスは黙ってしまう。リアスの次の言葉を待っているのでシンも黙ったまま。両者の間に沈黙が生じる。

 時間にすれば一分にも満たないものであったが、黙り続けることに耐え切れなくなったのかリアスの方から話し出す。

 

「そ、それで? イッセーは大丈夫だったのかしら?」

「虫の息でした。今日一日持たないですね、あいつは」

「ええっ!? 嘘よねっ!?」

「嘘です」

 

 息するように嘘を吐き、あっさりと嘘を認めたシンにリアスは呆けた後に怒気の籠った目でシンを睨む。

 

「何でそんな悪趣味な嘘を……!?」

「大丈夫ですと言ったら、部長はあいつの所に行かなかったですよね?」

 

 図星だったのかリアスは言葉を詰まらせた後、視線を逸らす。

 

「気不味いのは分かります」

「……貴方も知っているのね」

 

 視線を逸らしているリアスの顔は見事に真っ赤であった。

 

「別に無理に見舞いに行かなくてもいいのでは?」

「──ダメよ。朱乃たちの様子は見に行ったのに、イッセーだけ私の都合で行かないなんて主として許されないわ」

 

 生真面目なことで、とシンは内心思ったが、こういった所もまた一誠が惹かれた理由の一つなのかもしれない。

 

「でも、迷っていましたよね?」

「言わないで……自覚はあるのよ……」

 

 どんな顔をして会えばいいのか分からないといった様子。サイラオーグが同室なので二人っきりになるということは無いのだが、それを言ったところでリアスの足取りが軽くなるとは思えなかった。

 

「私だってイッセーのことを褒めてあげたいのよ? あのサイラオーグと真っ向から挑んで、そして勝利を齎してくれた。でも……」

 

 また顔を真っ赤にして俯くリアス。普段は大人びた彼女ではあるが、今はとても幼く見える。色々な感情がリアスの中で渦巻いているのが見ていて伝わってくる。少なくとも告白に対しての答えを言う心の準備がまだ出来ていない。

 

「顔を合わせたところでいつも通りで良いと思います」

「それが難しいのよ……」

「すぐに返事をする必要も無いですし」

「……それって良いのかしら?」

「散々やきもきさせられたのだから、今度は部長が待たせてみたらどうです?」

 

 シンの言っていることにリアスは呆けた表情をしたが、クスリと笑った。

 

「それもいいかもしれないけど、そんなに待たせるつもりはないわ……取り敢えず今日はイッセーに待ってもらおうかしら?」

 

 リアスも少し落ち着いたのか、一先ず今日の所は割り切って告白の件について触れずに後日改めてと決めたらしい。一誠の方も心の準備が出来ていないように見えたので、多少の間を置かれた方が有難いと思っているかもしれない。

 

「そうですか。では、どうぞ」

 

 普通の見舞いをすることに決めたリアスに、シンは通路の端によって道を譲る。そのまま行くかと思いきや、リアスは一歩踏み出した後に硬直してしまった。

 気持ちの整理がついたように見えて、そうではなかった様子。頭でいくらシミュレーションをしても実際行動するとなると色々と勝手が違うのは仕方がない。

 シンが軽く手を振る。すると、室内で青紫に輝く光が落雷のように発生し、その後にピクシー、ジャックフロスト、ケルベロスが現れた。

 

「え? 何? どうしたの?」

「ヒホ? 急に喚び出して何か用かホ?」

「グルル……イキナリダナ」

 

 シンに突然喚び出された三人は、若干戸惑っている。

 

「部長と一緒に見舞い行ってくれ」

 

 リアスはシンの言葉に驚き、そしてすぐに察する。気不味い自分をサポートする為にピクシーたちを喚んでくれた気遣いに。騒がしく、賑やかし要員である彼女たちが居てくれれば、一誠との間に微妙な空気が流れようともそれを打ち壊してくれるだろうと考えて同行させようとしていることに。

 シンの急な頼みにたいしてピクシーたちは快く──

 

「何それー! アタシたちに『騒がしくなりそうだから外で待っていろ』って言ったくせにー!」

「ヒホー! いい様に使うつもりホ! オイラたちは抗議するホ! ストライキするホ!」

 

 ──受け入れてはくれなかった。当然のことである。ピクシーが言ったよう、ほんの少し前に言ったことと真逆の頼みをしようとしているのだから不満が出ても仕方ない。

 ギャアギャアと喚き出す二人。こうなることを予想していたが、原因が自分にあるためシンもあまり強く言えない。唯一黙っているケルベロスの方を見てみる。

 

『面倒ナコトヲ……』

 

 呆れと不満を込めた目でシンを見ていた。因みに、ジャックランタンはメンバーの中に居ない。彼は勝手にギャスパーが居る病室へ行っていた。

 

「……どうするの? これ?」

 

 リアスが訊いてみると、シン一瞬黙った後に答える。

 

「……取り敢えず説得してみます」

 

 リアスが一誠たちの病室に向かったのは、それから一時間後のことであった。

 

 

 ◇

 

 

 学園祭当日。オカルト研究部の旧校舎を丸ごと使った出し物は大盛況であった。

 リアスや朱乃、アーシア、ゼノヴィア、イリナといった美人たちが普段とは違うウェイトレス姿をしていることで男性客だけでなく女性客も来てくれる。

 学園内だけでなく学園外の客も多く見られる。占い館に喫茶店、お化け屋敷と色々と忙しそうである。

 それを遠目から眺めているシン。彼もオカルト研究部所属であるが、今は生徒会の仕事を行っており、手伝うのはそれが終わってからである。

 仲魔たちの方はそれぞれ独自に動いている。ピクシーとジャックフロストは出し物巡りに。ジャックランタンはギャスパーと一緒でオカルト研究部のお化け屋敷の手伝い。ケルベロスは静かな所を探して丸くなって寝ている。

 

「おいおい。皆が青春してんのにお前だけ見学なのか?」

 

 そう言ってシンの肩に肘を乗せて話し掛けてきたのはアザゼルであった。

 

「仕事なので」

「堅いこと言いやがって。学生なら学生らしく楽しめば良いのによぉ」

「その楽しみに水が差されないように目を光らせておくのも大事なことです」

 

 人が多く出入りするということは、それだけ良からぬ輩が出入りするということを意味する。人ごみに紛れて不埒な行いをする者も少なくないそれを前以って排除するのも生徒会のメンバーとしての仕事である。

 シンも実際に二人ほど見つけていたので丁重にご帰宅してもらった。二度と駒王学園に近寄ろうとはしないだろう。

 

「まあ、そういうのも大事か。ほれ」

 

 アザゼルはストローが差された容器をシンに手渡す。学園祭で売られている飲み物であった。

 

「俺の奢りだ」

 

 渡された物を手に取り、一口飲む。中身はアイスコーヒー、しかも無糖。シンが良く飲む飲み物。チャランポランに見えて良く人を見ている。

 

「ありがとうございます」

「いつまでも立ち話も何だしちょっと歩こうぜ。お前も色々と見て回る必要があるだろ?」

 

 シンは頷き、肩を並べて歩き出す。

 アザゼルは歩きながら冥界の情勢について語る。サイラオーグとリアスのレーティングゲームの結果、サイラオーグを支援していた上層部の何人かは支援を止めたとのこと。理由は言わずもがなサイラオーグが負けたという一点のみ。

 

「合理的判断ってやつだ。結果が全て。利用価値が無くなればそれまでさ」

 

 アザゼルは冷めた態度で言う。そういった悪魔の体質に対する諦観が見えた。

 

「浅慮ですね」

 

 上層部の悪魔たちの判断をシンはその一言で表す。

 

「だな」

 

 アザゼルはニヤリと笑いながら同意した。

 

「負けたから即価値が無しなんて馬鹿な連中だよ。長生きなんだからもっと先を見ろって話だ。サイラオーグはあの戦いで禁手所持者であることを明かした。それだけでもかなりの価値がある。今後もっと伸びてくぜぇ、あいつは」

 

 実際、この戦いでサイラオーグの元からあった知名度は更に上がった。冥界の民衆でも彼を支持する声は大きい。それ故に上層部の中でも手を引くことを保留にしている者も居り、将来を見据えて新たな支持者も名乗りを上げている。

 総合的に見ればサイラオーグにとってプラスと言える結果となった。

 

「サイラオーグで思い出したんだがよぉ」

 

 アザゼルは横目でシンを見る。

 

「何かあいつ妙にパワーアップしてなかったか? 木場たちが言うにとんでもなく重くて痛い拳だったらしいが……どっかの誰かさんと重なって見えたんだと」

 

 疑いの眼差し。シンがサイラオーグに何かしたのではないかと勘繰っている。アザゼルの考えは正解だが、あのときのことは口外しないと約束しており、また言えば面倒なことになると思っているのでシンも言うつもりは無い。

 

「そうですか」

 

 持っているアイスコーヒーに波紋一つ起きない程の平静さ且つ一切の感情が読めないポーカーフェイスをするシン。長生きしているアザゼルも簡単に読み取れないぐらいの徹底した感情のコントロールであった。

 

「……まあいい。お前には裏で色々と動いて貰ったしな。危険なこともあったらしいし、あれこれと訊くのは野暮だ」

 

 シンの今回の貢献を考慮してアザゼルは追究をするのを止める。

 

「じゃあ、俺は行くわ。お前もいつまでも真面目に仕事していないで学園祭を楽しめよー」

 

 先生が生徒に向ける台詞として如何なものかと思える言葉を残してアザゼルは雑踏の中へ消えていく。もしかしたら、生徒以上に学園祭を楽しんでいるのかもしれない。

 アザゼルの言う通り青春の代名詞である学園祭で見回りをし続けるのは灰色の青春と言うべきものかもしれないが、だからといって途中で投げ出すのはシンの信条に反する。

 一人になったシンは見回りを再開する。アザゼルから貰ったアイスコーヒーで喉を潤しながら。行儀が悪いかもしれないが、これで少しだけ学園祭を楽しんで雰囲気は出るだろうと思いながら。

 一通りの見回りが終わり、丁度交代の時間となったのでシンは生徒会室に行く。中に入ると匙が報告用の書類を書いていた。

 

「よお。交代の時間か?」

「ああ」

 

 シンもまた報告書の作成に入る。その作業をしながら匙が話し掛けてきた。

 

「兵藤の奴、あのサイラオーグ・バアルに勝ったんだってな」

「ああ」

「やるなぁ」

 

 嬉しさと悔しさを混ぜ合わせた表情を浮かべる匙。ライバルの勝利を喜んでいるが、また差が出来たことへの焦燥もある。

 

「──そっちはどうだった?」

 

 シトリーたちの結果を訊くと、匙の表情は全て喜びによって塗り潰された。

 

「勿論勝ったぜ!」

 

 胸を張ってアガレスに勝利したことを告げる。

 匙が言うにアガレスとのレーティングゲームは旗取り合戦であり、フィールド内の旗を取り合うというゲームとのこと。

 

「お前にも見せてやりたかったぜー。会長の冷静で的確な指示とそれを正確に実行する俺の勇姿を」

 

 自慢げに語る匙であったが、シンはその話に若干の嘘のようなものを感じた。

 

「それは残念だ……それで? 実際はどうだったんだ?」

「うっ」

 

 シンが追究すると匙は視線を明後日の方向へ向け、何とも情けない表情になる。

 

「……会長の指示は的確だったけど、俺が上手くこなせなかったんで結局ヴリトラの力でごり押しした……」

 

 素直に白状する匙。五大龍王の力を用いれば大抵の相手には勝ててもおかしくはない。

 

「勝てたならそれで良い筈だ」

「それじゃダメなんだよー。ヴリトラは特別だ、龍王だしな。それを宿している俺もそういう意味じゃ特別だ──自慢じゃないぞ? 凄い奴が凄い力で凄いことをしてもある意味当然だろ? 俺は特別じゃない奴が凄いことを出来るようにしたいんだよ……レーティングゲームの教師を目指すには」

 

 匙が反省しているのはその点である。ソーナの指示や戦術の凄さを証明し、特質な才を持たない者でも戦い方によっては格上を倒すこと皆に見せてやりたかった。

 途中までは順調であったが、匙と戦った相手は戦い方という点では格上であり、ソーナと互角以上の戦術を披露してきた。

 このままでは勝てないと思ってしまった匙は止むを得ずにヴリトラの力を全解放し、勝利を収めたのだが──

 

「会長の勝利にケチを付けちまったよ、俺は……」

 

 ──若くして龍王の力を使いこなす匙は高く評価された。それこそレーティングゲームで勝利したソーナよりも。

 複雑な心境なのだろう。誰よりもソーナのことを敬愛している匙だが、ソーナに貢献するつもりが意図せず名誉や評価を奪うような形になってしまった。

 ソーナは匙のことを責めることなどしなかった。『まずは勝利すること』。それを前提としているので夢へ一歩前進したぐらいの認識である。

 

「勝ちは勝ちだ。無駄にはならない筈だ」

「はぁ……勝ち方に拘ろうとしている俺は傲慢なのかなぁ……」

 

 力を持っているがそれでも理想通りとはいかない現実を歯痒く思っている。

 

「……なぁ、誰よりも強い力を手に入れたとしたらお前は何をしたい?」

 

 匙は作業をしながら何気なくシンに問う。

 シンは報告書の手を止め、暫しの間動かなくなった。

 

「いや、そんな真剣に考えなくてもいいぞ?」

 

 思っていたよりも真面目に答えを考えてくれているシンに、匙は軽い気持ちで答えるよう促す。

 シンはその後に数秒間沈黙を続けた後、こう答えた。

 

「……世界でも変えてみるか」

 

 

 ◇

 

 

 どんなに長い一日に思えてもやがて終わりはやって来る。学園祭も終盤となり、校庭でキャンプファイヤーが焚かれて周りでは男女が音楽に合わせて踊っている。

 それをシンは歩きながら遠巻きに眺めていた。

 散り散りになっていた仲魔たちも十分楽しんだ後シンの許へ集まっている。

 生徒会の仕事やオカルト研究部の手伝いなど行ったり来たりを繰り返し、ようやく生徒会の仕事が全て終わったのでオカルト研究部の手伝いに戻っている最中である。

 旧校舎の中に入ると騒がしい声が聞こえてきた。

 

「もう! 貴方たち! 私の貴重で大切な一シーンだったのに!」

 

 怒っているリアスの声とそれを宥めようとする他のオカルト研究部員の声。聞こえて来る内容から察するに、どうやら一誠がリアスに改めて正式に告白した様子。

 リアスも待った甲斐があったかもしれないが、野次馬たちに決定的な瞬間を見られて台無しになってしまったらしい。

 何とも締まらない結末ではあるが、らしいと言えばらしい。

 シンの足は喧騒の方へ向かっていく。ピクシーとジャックフロストは混じる為、足早に向かう。

 互いの想いが通じ合った二人に送る最初の言葉は祝福の言葉か或いは揶揄いの言葉か。

 どちらにするか決めなければならない。皆が集まっている場所へ着く前に。

 

 

 ◇

 

 

 シトリー領にある病院。サイラオーグは母の見舞いに来ていた。

 ベッドの上で眠る母の傍でサイラオーグは語る。

 

「良き好敵手と巡り合うことが出来ました」

 

 サイラオーグは一誠とのレーティングゲームの話を母へ聞かせる。

 

「──しかし、負けてしまいました……母上が目を覚ますときまで負けるつもりはなかったのですが……」

 

 素晴らしい戦いだったと今も思っている。だが、やはり敗北の味は苦い。サイラオーグはその苦味に耐えるようにきつく目を閉ざす。

 そのとき、柔らかな感触がサイラオーグの手に重ねられる。その感触をサイラオーグは知っていた。

 閉ざしてした目を開く。サイラオーグの手に重ねられる小さく細い手。それはベッドから伸びている。

 

「母上……!」

 

 ベッドの上でサイラオーグの母ミスラはもう二度と開かれないと思われていた瞼を開け、サイラオーグを優しく見つめている。

 

「不思議ですね……貴方の顔を見るのは……久しい筈なのに……ずっと知っていたような気がします……サイラオーグ」

 

 ミスラはサイラオーグが幼い頃に病に倒れた。幼いサイラオーグしか知らない筈なのに彼女は目の前の青年をサイラオーグだというのが分かっていた。

 

「きっと……私が願っていたように……強く逞しく成長したからですね……」

「──ええ。母上の言葉があったからこそ私は強く生きて来られました……!」

 

 強い。逞しい。その言葉を何度掛けられたか分からない。それぐらいサイラオーグにとって常に与えられるものであった。だが、数え切れない程のその言葉が、母から掛けられたとき、強く心の中へと染み込み、目から涙が零れ落ちる。

 

「立派になりましたね……」

 

 きっとその言葉をずっと待っていたのだろう。だからこそ、返す言葉も自然と出すことが出来た。

 

「はい……! 母上を守れるぐらいに……! その為にずっと鍛えてきました……!」

 

 サイラオーグは両膝を着いてミスラの手を両手で包み込む。話したいことがある。伝えたいこともある。医師たちや執事も呼ぶ必要がある。だが、ミスラの手がサイラオーグの頭を撫でると何も出て来ない。

 一時で良い。失われた親子として時間を埋めたかった。

 実直に生きてきたサイラオーグの初めての我儘。それは二人きりの時間が欲しいというものであった。

 

 

 ◇

 

 

「申し訳……ございません……!」

 

 膝を着いて首を垂れる。シャルバのプライドの高さを知る者からすれば有り得ない姿である。だが、彼は実際に行っていた。自らの意思で。そうするに値する存在が彼の前に居るのだ。

 シャルバの前に居るのは椅子に座る金髪の青年──ベル。彼と同じテーブルにはルイとオーフィスも同席しており、淹れられた茶を楽しんでいる。

 

「──何を謝る必要があるのかな?」

 

 ベルはカップを置き、シャルバに問う。シャルバはそれを追及と捉えた。

 

「我が祖から偉大なる力を分け与えられたにも関わらず、下賤な者たちを誅伐することが叶わず醜態を晒してしまいました!」

 

 己の罪を白状するその姿は、魔王というよりも親の仕置きに震える子のようであった。

 

「僕が君に対して何かを言うつもりは無い。そもそも罰する気なんて最初から無いさ」

 

 シャルバはこの台詞を聞いて死人よりも顔色を悪くさせる。『見放された』、彼はそう捉えてしまっていた。

 

「勘違いをしないで欲しい。僕は君に切っ掛けを与えるだけの存在だ。君が何をしようとも責めるつもりは一切無い」

 

 顔を伏せていたシャルバが顔を上げる。

 

「取り込み、使えるようになった時点であれは君の力だ。君の力に私が口出しするつもりは無い。君が望むまま使えば良い。僕はそれを見守るだけだ」

 

 シャルバは感動に打ち震えたような表情となる。その様は啓示を授かった信者そのもの。

 

「必ず……必ずこの御力で偽りの魔王たちを王座から下ろし、我々が真の後継者であることを知らしめてご覧に入れます!」

 

 シャルバはベルに誓うと五月蠅なす己の分身を呼び出し、黒蠅の渦の中に消えていった。

 シャルバが居なくなるとルイが独り言のように小声で何かを言う。

 

「本気で思っているよ。彼の成長次第では僕の役目を彼に譲ってもいい」

 

 ベルはシャルバに翅を与えたが、元々期待を込めて贈った訳では無い。与えたらどうなるかという実験に近い感覚であった。だが、ベルの予想に反してシャルバは翅の力を取り込むことが出来た。ならば次は期待するというもの。

 

「シャルバ、調子に乗る」

 

 オーフィスが無感情で呟く。

 

「可愛いものさ、あれぐらいなら。──僕はもっと傲慢で我儘な存在を知っている」

 

 端正な顔付きのベルの表情に一瞬だけ険が浮かぶ。

 オーフィスが誰のことか訊ねる前にいつもの顔付きに戻ってしまった。

 




これでこの章は終わりとなります。
幕間を挟んでから次の章に入る予定です。

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