ハイスクールD³   作:K/K

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獅子、戦斧

 一誠から叩き付けられた挑戦状にサイラオーグは心底嬉しそうに笑う。

 

『くくく……赤龍帝は男の口説き方も心得ているな……! そう言われて熱くならない男は居らんぞ……!』

 

 すると、サイラオーグの視線が一誠から離れ、観客、実況席、自分を見るあらゆる者たちの方へ向けられる。

 

『この会場に居る者たちに問いたい! 皆は観たくはないだろうか!? 赤龍帝と俺が拳を交える瞬間を!』

 

 会場は一瞬静まり返った後、すぐにざわめき出す。若干の戸惑いと期待が込められた肯定的なざわめきであった。

 

『俺の本音を言わせてもらうと俺は戦いたい! そのときが来るのを夢に見ていたからだ! だからこそ委員会に提案する! 最早戦いの流れは分かり切っている! その上でルールに従い凡庸な戦いを見せるのは愚の骨頂! 次の試合で全て決着をつけよう! 俺の全部とあちらの全部をぶつけ合う団体戦を希望する!』

 

 サイラオーグの提案に観客は凄まじい歓声が上がった。サイラオーグの熱に中てられ、観客の期待が爆発したかのようであった。

 

『おおっと! ここでサイラオーグ選手からのまさかの提案! 全てをベットさせた団体戦とは!?』

 

 実況席のディハウザーはゲームが始まってから一度たりとも変わっていない笑みのまま言う。

 

『確かにこの後の流れではバアルの『兵士』、グレモリーの『僧侶』の戦いの後、サイラオーグ選手と赤龍帝の戦いとなるでしょう。それが事実上の決定戦となるでしょうが、一戦を挟むのは不粋と判断したのでしょうね』

 

 仮にルール通りの戦いになったとしてもリアスはまず間違いなくアーシアをリタイヤさせる。目によってはリアスが出るという選択肢もあるが、リアスが戦いに出るのは考え難い。慎重だからというよりも、これまで眷属たちはリアスを勝たせる為に我が身を犠牲にしてきた。ここでリアスが戦いの場に出るということはそれを無下にするに等しい。

 アザゼルは腕を組みながら自らの意見を述べる。

 

『ゲームの熱を維持するのならそれしかないよなぁ。ましてや──』

 

 バアル! バアル! バアル! バアル! バアル! 

 グレモリー! グレモリー! グレモリー! グレモリー! 

 

 会場全体で行われるコール。既に決まったかのような一体感であった。

 

『このテンションだ。委員会の上役がこの状態でルールをとるのは厳しいぜ。そうなるように仕向けたのなら、サイラオーグも中々食わせ者だな』

 

 会場はリアスとサイラオーグの団体戦を求めている。これを却下すれば暴動が起こってもおかしくはない。

 

『これがプロのレーティングゲームならばサイラオーグ選手の提案は却下されたでしょうね。選手の意見でルールが変えられるようならばゲームにはならない。──ですが、このレーティングゲームはあくまでプロの形式でやるだけであって、プロのゲームではありません』

 

 直接は言わないもののプロのレーティングゲームではないので多少の融通は利かせるべきでは、と暗に告げるディハウザー。ディハウザーのこの発言はサイラオーグの提案を後押しするようなもの。ディハウザー自身も団体戦が見たいのでは、とアザゼルは思った。

 

(まあ、俺も見たいしな)

 

 アザゼルも同じ思いであったのでディハウザーの発言に乗っかる。

 

『確かにな。締めるべきところはきちんと締めるべきなのは当然だが、何事も厳粛にすべきっていうのもなぁ。多少のアドリブやサプライズがあってもいいんじゃねぇか?』

 

 委員会がどのような話し合いをしているのかディハウザーもアザゼルも知らないが、二人のこの発言はサイラオーグへの追い風となる。現に二人の発言に同意した観客たちが二人を讃える熱い歓声を上げていた。

 尋常じゃない熱気とテンションを維持し続けたまま数分の時が流れた。そして、委員会の決定が実況席へと伝えられる。内容を傍で聞いていたディハウザーとアザゼルはニヤリと笑った。

 

『──はい。そうですか。分かりました。……今、委員会から報告を受けました! 認めるそうです! 次の試合、事実上の決定戦となる団体戦です! 両陣営の残りメンバーの総力戦となります!』

 

 会場が何度目か分からない興奮の最高潮を迎える。

 

『──だそうだ』

 

 団体戦が認められたサイラオーグは歯を覗かせた笑みを一誠へと向ける。向けられた当人は間近で肉食獣に威嚇をされているような心境となるが、燃え上がっている一誠の闘争心は湧き上がった恐怖心を一瞬で燃やし尽くし、サイラオーグへ同質の笑みを返す。

 

『死んでも恨むなとは言わん。だが、覚悟だけはしてくれ。俺とお前が本気を出して戦えば死人が出てもおかしくない』

『最初から殺す気で行きます。じゃないと俺の拳は貴方には届かないし勝てない。リタイヤしていった仲間に顔向け出来ないような戦いはしませんよ』

 

 見守っていたリアスとアーシアが疎外感を覚えてしまうぐらいに一誠とサイラオーグはお互いのことしか見ていない。戦い合う者同士だからこそ踏み込められる領域がそこにはあった。

 思わず嫉妬を覚えそうになる。だが、どう足掻いてもリアスたちはそこへ入ることは出来ない。性差ではなく一誠とサイラオーグが共鳴し合っている者たちだからだ。

 

 

 ◇

 

 

 団体戦が決まってから即ゲーム開始とはならなかった。バトルフィールドはすぐに用意されたが、それを囲う結界を強化する為の時間が必要となったからだ。本来のレーティングゲームならばそんな時間など発生しないが、サイラオーグは結界を貫いて会場の一部も破壊し、一誠は拳一つで結界を震わせた。この両者がぶつかったらどうなるか。委員会は最悪のケースを想定して念入りに術を施していた。

 それが完了するまでの間、両陣営の最後のミーティングが行われる。

 

「……泣いても笑ってもこれが最後よ」

 

 リアスは一誠とアーシアを見ながら言う。リタイヤによりすっかり広くなってしまった待機場にリアスの声は良く響いた。

 

「はい」

「は、はい!」

 

 一誠は既に覚悟が決まった表情をしており、纏っている鎧も一誠の覚悟に反応してかいつもよりも鮮やかに見える。アーシアの方は緊張した面持ちであったが、それでも彼女なりの覚悟を決めていた。

 

「──正直、策らしい策は思い付かないわ。サイラオーグならどんな策も真っ向から捻じ伏せてくるでしょうから」

 

 サイラオーグの強さは嫌という程見せつけられた。策を弄して勝てるレベルの相手では無い。

 

「今の段階でサイラオーグに勝てる可能性があるのは……イッセー、貴方だけよ」

「はい。そのつもりです」

 

 異常な破壊力の拳を持つサイラオーグに一誠をぶつける。現状、これしか可能性を見出せない。

 

「そうなってくるとサイラオーグの『兵士』が懸念材料ね。私がどうにかしないと」

 

 実力未知数であり、サイラオーグの切り札と噂されている『兵士』。駒七つ消費していることから一誠に近い潜在能力を持っていることだけは分かっている。是が非でもリアスがこの『兵士』を食い止めなければならない。

 

「そして、アーシアだけど……」

 

 リアスの眼差しを見た瞬間、アーシアは声を出していた。

 

「私も出ます!」

 

 リアスが何を言おうとしているのか察して確固たる意志を見せる。

 

「アーシア……」

「私には戦う力はありません! でも、お二人の傷を癒せる力はあります!」

 

 アーシアの神器があれば経戦能力は高まる。しかし、アーシア自身が言っているようにアーシアには戦闘能力は皆無。戦いとなれば真っ先に狙われてもおかしくはない。だから、アーシアは陣地に待機させてサイラオーグと二対二の対決をしようと考えていた。

 戦う術を持たないアーシアが無残にも攻撃されたとしたらリアスも一誠も平常心を保てないと思い、渋い表情をする。

 

「あ、そうだ。ギリメカラなら──」

 

 今もアーシアの影に住んでいるギリメカラが護衛として動いてくれたのなら心強い。そう思ってアーシアの影を見ると半目の単眼がこちらを見上げていた。

 

『パオ』

 

 そっちの問題にこっちを巻き込むなバーカ、という暴言の後に目は閉ざされてしまった。

 

『……』

 

 もしかしたら、という淡い希望を抱いていたが、それを粉微塵にするような現実に三人は絶句してしまう。

 

「あ、あの、すみません!」

「いや、アーシアが謝ることじゃないから」

「そうよ。まあ、下手な期待を抱いた私たちが悪いのよ……」

 

 戦う前から何とも微妙な空気にされてしまった。

 

「アーシア」

 

 その空気を払拭するようにリアスを真っ直ぐ見詰める。

 

「──いいのね?」

「はい。私も皆さんのようにリアス部長の為に戦いたいんです」

 

 最後の確認に対し、アーシアは迷うことなく答えた。そこまでの覚悟があるのならリアスも一誠もアーシアを陣地に置いておくことはしない。同じ仲間としてアーシアの意思を尊重する。リスクは大きい。しかし、守るべき者が居てこそ発揮される力もある。

 

「アーシア」

 

 一誠はアーシアの肩に手を置く。

 

「頼りにしている」

「はい!」

 

 

 ◇

 

 

 団体戦の為に用意されたフィールド、それは広大な平野であった。空間を操作しているので端まで見えない。

 そこに降り立つ五人。たった五人には広過ぎるフィールド──ではない。委員会はなるべく外に被害が及ばないように準備をしたがそれでも心許ない。そんな不安を抱かせるぐらいにサイラオーグと一誠の激突を恐れている。

 

『さあ! バアルVSグレモリーの若手頂上決戦もついに最終局面となりました!』

 

 実況の声で大気が震える。応じる観客の声で会場が震える。

 

『サイラオーグ選手の提案により団体戦となった最終試合! バアル側は『王』サイラオーグ選手と謎多き仮面の『兵士』レグルス選手! 対するグレモリー側はスイッチ姫こと『王』リアス選手! もしかしたら第二のスイッチ姫になるかもしれない『僧侶』アーシア選手! そして皆の味方おっぱいドラゴンこと『兵士』の赤龍帝、一誠選手!』

 

 きっと実況は真面目に選手紹介をしているのだろうが、グレモリー側がかなりアレな紹介になってしまっており、リアスとアーシアは若干恥ずかしそうな表情をしている。

 

『ずむずむいやーん!』

『おっぱいドラゴン!』

 

 一誠の登場に子供たちが観客席から応援してくれた。その中に混じってイリナもこちらへ大きく手を振ってくれている。

 頭に血が昇っていて気が回らなかったが、あんな子供たちも自分の戦いを見ていることを今更ながら思い出した。サイラオーグの『女王』のクイーシャ相手に殺意に満ち満ちた攻撃を出してしまったが、子供たちを怖がらせていないようで安心した。

 手を振り、声援を送ってくれる子供たちを見ながら一誠はサーゼクスが戦いの前に見せてくれたある映像を思い出す。

 

 

 ◇

 

 

 ライザーに言われてサーゼクスが待つVIPルームに行くと、一誠はそこでサーゼクスからあるビデオレターを見せられた。

 映像機器によりモニターへ映し出されたのは禁手化した一誠を模した人形を手にした男の子。

 

『こんにちは! ぼくはおっぱいドラゴンがだいすきで──』

 

 恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに応援のメッセージを送る男の子。映像が切り替わり、次に映ったのは歌って踊る幼い兄妹。

 映像が変わる度に小さな子たちがおっぱいドラゴンへ向けてメッセージを送る。子供たちから一誠への応援ビデオレターであった。

 

「これはほんの一部さ。君を応援してくれている子供たちはまだまだ沢山いる」

 

 サーゼクスが指を動かすと部屋の隅に置かれてあった箱が一誠の前に移動する。中身を見ると拙い文字で書かれた手紙──ファンレターや下手ながらも一生懸命に描かれた似顔絵などが大量に入っている。

 一誠の体は無意識に震えていた。喜びや嬉しさが体の芯に染み渡る。

 

「この子たちは冥界の未来だ……」

 

 サーゼクスの言葉は文字通りのもの。悪魔は長命である為、出生率は低い。先の大戦で多くの悪魔の命が失われたことを考えると、幼い悪魔たちの存在は今後の冥界の未来を左右するものである。

 

「悪魔にとって今の時代は慌ただしいものだ。今日の試合とて大人の政治の部分が嫌でも絡んでくる。だが、君やリアスたちにはそんなことを気にせずに自分の思うがままに戦って欲しい。君も自分の夢の為に戦うだろう……だが、勝手な願いだとは思っているが、願わくば少しでもいい、この子供たちの為にも戦ってくれないか?」

 

 一誠は子供たちの夢や希望を背負った存在となりつつあった。その夢を背負って戦うということはとても難しいことなのかもしれない。

 

「──重荷を背負わせてしまったかい?」

 

 気遣うサーゼクスに対し、一誠は子供っぽく歯を見せて笑う。

 

「いえ。これぐらい背負っていた方がやる気がでますよ。今の俺は、おっぱいドラゴンですから」

 

 課せられたものを重いとは思わない。口に出した言葉は決して虚勢ではなく本心である。皆の期待に対してあれこれと考えて潰れる程やわではない。

 一誠の答えにサーゼクスは微笑を浮かべる。その微笑には若い悪魔に多大な期待を背負わせてしまったことへの申し訳なさが少々、そして思っていた通りの答えが返ってきたことへの安堵が混じっていた。

 

 

 ◇

 

 

 一誠は手を振ってくる子供たちに応え、観客席に手を振り返す。それだけで子供たちは喜びが爆発したかのようにはしゃいだ。

 その様子を見ているとさっきまであった熱が別の熱へと置き換わっていくのを感じる。

 

「相変わらず子供には人気だな」

 

 サイラオーグは子供たちにファンサービスをしている一誠に感心している。戦いの前に現を抜かすな、と怒られてもおかしくないがサイラオーグは寧ろ微笑ましそうにしている。

 

「俺のような無愛想な男には真似できん」

「そうですか? サイラオーグさんなら子供に人気が出そうだと思いますけど?」

 

 本心から思っていることを言う。仲間が倒されたことに怒りは覚えたが、別にサイラオーグのことは憎んではいない。カッコいい悪魔だと今でも思っている。確かに取っ付きにくそうに思えるが、サイラオーグという人物をよく知ればその魅力にすぐ気付くことだろう。

 

「世辞として受け取っておこう」

 

 サイラオーグは苦笑しながら言う。謙遜ではなく自分がそうでないと本気で思っている様子であった。

 サイラオーグは感慨深そうにリアスたちを眺める。

 

「遂に決着のときが来たな……長いようで短いような……それだけ良いゲームだったからと言えるが」

「泣いても笑ってもこれが最後よ……泣く準備はあるかしら?」

「ふっ。最後に笑うのは俺たちだ、と言っておこう」

 

 軽口を言い合うリアスとサイラオーグ。大事な眷属たちを傷付けた相手だが、そこに恨みの感情は無い。お互い様ということもあるが、相手がどれだけ本気か知っているので負の感情が湧いて来ないのだ。

 

「兵藤一誠。ついに、だ。あのときの続きが出来る」

 

 サイラオーグと同じように一誠の脳裏にもグレモリーの地下施設で模擬戦をやったときの記憶が流れる。

 

「色々と想うことがありますが言葉にはしません。ゲームで全部貴方にぶつけますから」

「良い台詞だ……! 戦う前から背負うものもあっただろう。この戦いで背負うことになったものもあるだろう。全てを爆発させろ。それでこそこの戦いの決着に相応しいっ!」

 

 覇気を伴った言葉。それだけでバトルフィールドが揺さぶられるように感じられる。

 

『さて、最終試合を始めようと思います』

 

 審判の声が両者の間に入る。戦いの前の語らいはこれで終わる。ここから先は戦いの中で力と共に語られる。

 

『……では、開始して下さい!』

 

 開始の合図と同時に一誠は背部のブースターを全開にして一直線でサイラオーグへと突っ込む。サイラオーグもそれを待っていたと言わんばかりに全身から闘気を迸らせながら正面から挑んで来た。

 互いの拳が交差し、お互いの顔面を狙う。サイラオーグの拳は一誠の兜を掠め、一誠の拳もサイラオーグの頬を掠める。

 真っ向勝負であるが、そう簡単には直撃を許さない両者。だが、一誠の兜はサイラオーグの拳が掠めただけで破壊され、一誠の顔半分が露出。サイラオーグの頬も皮だけでなく肉も削がれており、頬から下が血に染まる。

 相手の拳の威力に寒気立つものを感じながらも昂ぶりを覚える両者。

 

「ドライグ!」

『応っ!』

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 一誠は突き出していた拳を引くと同時に一歩下がり、そこから反対の拳をオーバースローのように繰り出す。

 倍化により振りの速度と威力が高められた拳がサイラオーグの顔面へ命中。サイラオーグは一歩後退。よろけて更にもう一歩──ということはなく、一誠の全力の拳を顔面に受けてもたった一歩しか下がらなかった。

 

「ふむ」

 

 サイラオーグの鼻と唇から血が流れる。流石に無傷とはいかない様子であったが、垂れる血をサイラオーグが拭うとすぐに止まってしまった。

 

「いいぞ……! 気迫の込められた良い拳だ……!」

「仲間が届かなかった分、俺が貴方にぶつける必要があるんで」

「奴の拳とは違う感じで揺さぶられるぞ!」

 

 誰かの拳を比べているサイラオーグ。一誠は何故かとある人物の顔が頭を過った。

 

「もっとお前の力を見せてみろ!」

 

 サイラオーグの気迫の叫びを合図に近距離戦が始める。

 サイラオーグの拳は掠るだけで禁手の鎧をも破壊する。それに最大限の注意を払いながらサイラオーグが繰り出す暴力の嵐に突っ込む。

 初っ端から放たれるサイラオーグの拳を避け、サイラオーグの胴体に反撃を打ち込む。だが、それはサイラオーグが敢えて狙わせたものであり、命中した箇所に予め力を込めていた。闘気と筋肉の二重の防御により攻撃を逆に弾かれてしまう。

 そこに入れられるサイラオーグの蹴り。事前にドライグが鎧の防御力を高めて堅牢にしてくれたが、それでも脇腹に入った蹴りは肉を潰し、骨を軋ませる。

 喉の奥に迫り上がって来るものを感じながらサイラオーグの足を腕で挟んで固定し、動けなくなった所へ開いた五指を下から上へ掬い上げる。

 指先にオーラを集中させることで生み出される引き裂く力。ドラゴンの爪がサイラオーグの鍛え上げられた胸板に裂傷を刻み込む。

 

「ふん!」

 

 しかし、サイラオーグは負傷直後に拳を突き出してきた。多少のダメージを気になどしない自分の耐久力を理解しているからこその反撃。

 木場とゼノヴィアのゲームで見た一撃必殺の拳。空間が歪むような圧を放つそれが迫って来るのを見て、一誠は背筋に冷たいものを感じる。

 

『退くぞ!』

 

 直撃は不味いと判断したドライグがブースターを逆噴射させ、後方へ離脱。ドライグの咄嗟の判断が速かったので、サイラオーグの拳の間合いの外へ逃げるのが間に合った。

 サイラオーグは離れて行く一誠を見て自分の拳が届かないことを察する。数え切れない程突いてきたので拳の速度も間合いも誰よりも知っている。しかし、それを黙って見逃すことはしない。

 サイラオーグは腕が伸び切った瞬間、曲げていた人差し指を弾くようにして伸ばすと一誠の胸を軽く突く。

 一誠は一瞬だが息が詰まるような感覚を覚えた。そして、十分に離れることが出来るとブースターを止め、突かれた箇所に視線を下ろす。

 

「はは……バケモンだな……」

 

 鎧の胸には凹みが出来ていた。サイラオーグが人差し指で突いた痕である。伝説のドラゴンの鎧を指一本で傷付けたサイラオーグの凄さに乾いた笑いが出てしまう。

 もし、拳だったとしたら。破壊力が想像も付かず、鳥肌が立ってくる。

 一方でサイラオーグは追撃をする様子は無い。戦いはまだ始まったばかりなので焦る必要が無いからと思われる。

 

「ふぅぅ……」

 

 サイラオーグは深く息を吸い込む。すると、胸から流れていた血が止まった。筋肉の膨張により傷を閉じ、闘気を膜のようにして覆うことで簡易的な止血を行う。もう少し傷が深かったらこの方法では止血出来なかった。逆に言えばサイラオーグの肉体だからこそ一誠の爪をこの程度の傷で済ませたと言える。

 一誠とサイラオーグが挨拶代わりの攻防を行っていた裏で、リアスとアーシアはサイラオーグの『兵士』レグルスと対峙している。

 

「……リアス・グレモリーの『僧侶』。もう少し離れていろ」

 

 レグルスに声を掛けられ、アーシアは驚く。

 

「その方が巻き込まれず、リアス・グレモリーも戦いに専念出来る」

「余裕のつもりかしら?」

「事実を言ったまでだ。私の役目はお前たちに勝つことではない。サイラオーグ様と赤龍帝の戦いに邪魔が入らないようにすることだ」

 

 目的を果たすことのみを最優先しており、『王』であるリアスを倒せばそこでサイラオーグの勝ちだというのにリアスを倒すことを重要視していない。サイラオーグが一誠に勝ち、そしてリアスにも勝つという信頼の表れなのかもしれないが、リアスからすれば虚仮にされているのと変わらない。

 

「甘くみないでちょうだい……!」

 

 リアスの怒りに呼応して紅髪が揺れる。球体状になった滅びの魔力がリアスの周囲に展開された。

 

「滅びの魔力か……」

 

 サイラオーグが得ることが出来なかった力を前にレグルスは小さく呟く。その力があれば自分の主が苦難の道を歩むことは無かったという想いと無かったからこそ今のサイラオーグが在り、自分がここに居るという想い。忠誠心故に複雑な感情を抱いてしまう。

 レグルスは右手を軽く上げる。その手の中に金色の光が集まっていく。右手を真横に振り下ろした瞬間、バトルフィールドの大地が揺れた。

 

「何、それは……?」

 

 レグルスの右手には自分の背丈程ある長大な戦斧が握られていた。ただ振り下ろすだけの動作でバトルフィールドの大地が割られている。

 刃から柄まで金で構成された眩い片刃の戦斧。一歩間違えれば悪趣味な装飾に成りかねないが、見事な調和で芸術まで昇華されている。戦斧の側面には獅子の横顔が刻まれており、それを見た実況席のアザゼルは興奮から立ち上がってしまう。

 

『まさか『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』かっ!? ここで見られるとは!?』

 

 何か知っているアザゼルに実況者もすぐに質問する。

 

『『獅子王の戦斧』とは?』

『ギリシャ神話のヘラクレスの試練の相手にネメアの獅子という獣がいるんだが、聖書の神がその獅子の魂を神器に封じた。それはいつしか十三ある神滅具に名を連ねる程になった。それが『獅子王の戦斧』だ。所有者がここ数年行方不明になっていると報告を受けていたが、まさかバアル眷属の『兵士』になっていたとは……!』

 

 サイラオーグの奥の手が神滅具所持者だった。その衝撃的な事実に観客はざわめきを止められない。

 

「……私の相手は神滅具ということね」

 

 アザゼルの解説を聞いたリアスだが、神滅具相手にも臆した様子は少なくとも表面上には見せない。

 

「ネメアの獅子……これもおば様の血筋が為す縁なのかしら?」

 

 サイラオーグの母の実家ウァプラは獅子を司る。それが『獅子王の戦斧』と引き合わせたとしてもおかしくはない。

 

「──かもしれないな」

 

 レグルスは戦斧を弧を描くように地面を抉りながら自分の正面へ移動させる。その間も地響きかと思うような音が鳴っている。戦斧が正面へ移動すると片手で持ち上げて肩で担ぐ。レグルス自身が怪力なのか、それとも神滅具に選ばれたからなのか理由は分からないが重い筈の戦斧を軽々と扱っている。

 神滅具、それも戦斧相手に接近戦は不利と判断したリアスは、先手必勝と言わんばかりに滅びの魔力を弾として撃ち出す。

 

「無駄だ」

 

 レグルスは戦斧を構え、側面の獅子の顔がリアスに見えるようにする。すると、紋章の獅子が光を放ったかと思えば獅子の咆哮が上げられる。

 リアスの放った滅びの魔力は全てレグルスから逸れてしまった。

 

「うそっ!?」

 

 コントロールしていた筈の魔力が突然操作出来なくなり、レグルスを避けるように外れてしまったことにリアスは驚く。

 何が起こったのかと戸惑うリアスの耳へ疑問を答えるようにアザゼルの解説が入り込んでいる。

 

『『獅子王の戦斧』は極めれば一撃で大地を割る程の威力を放つ。それとは別に敵の放った飛び道具から所有者を守る力も持っている。だから、遠距離戦で『獅子王の戦斧』の所有者と戦うのは厳しい』

 

 アザゼルの有難い解説のおかげでリアスは自分が圧倒的不利な状況に置かれていることを知る。

 

「まずは小手調べ。これで終わるな」

 

 レグルスが浮遊したのかと思えるような重さを感じられない羽毛の如き跳躍をする。戦斧を担いだまま。

 

「アーシア!」

 

 リアスの鋭い声を受け、離れた場所に立っていたアーシアはすぐにそこから移動する。

 レグルスは跳躍が頂点に達すると、戦斧を振り上げリアスを目掛けて落下する。リアスは滅びの魔力を弾丸にして放つが、やはりレグルスに当たる前に軌道がおかしくなって明後日の方向へ飛んで行ってしまう。

 

「例え、それがサーゼクス・ルシファー様が放った滅びの魔力であったとしても私には当たらない!」

 

 力の強弱ではなく飛び道具という時点で『獅子王の戦斧』を持つレグルスには当たらない。これは最早、この世界に刻まれたルールのようなもの。

 レグルスは戦斧をリアスへと振り下ろす。大振りから繰り出される斬撃は、リアスが回避するには十分な猶予があった。

 リアスを倒すつもりはない。レグルスが戦いを始める前に言っていた言葉を思い出しながら、リアスは唇を噛み締めてその場から離脱。

 大地に叩き付けられた戦斧。砕かれた大地は隆起し、より細かく砕かれたものは砂塵となって舞う。

 あくまで力を見せつける為の一撃であり、レグルスがサイラオーグの戦いを優先する方針は変わっていない。だが──

 

「ふむ」

 

 舞い上がった砂塵を突き破ってあらゆる角度から球体状の滅びの魔力が迫ってきた。レグルスは倒す気はなくともリアスの方はレグルスを倒す気でいる。

 周囲三百六十度からの攻撃。飛び道具が効かない『獅子王の戦斧』だが、視界外の攻撃が通じるかどうかを試しているのをレグルスは察する。悪くはない足掻きではあるが、無駄である。視界に捉えなくともレグルスにとって問題ない。

 全方位から飛んで来た滅びの魔力は、レグルスだけを器用に避ける。認識外の攻撃というのは悪くはない発想であったが、残念ながらレグルスは滅びの魔力の気配を感じ取っていた。良くも悪くも滅びの魔力などという稀少な力は目立つ。それを感知出来ないレグルスではない。認識した時点で外れる運命となる。

 稀少で強い魔力だったからこそ避けるのは容易い。尤も、感知出来ないくらい弱い魔力だったらレグルスに通じないが。

 戦斧を横薙ぎに払うと生じた風で砂塵は全て消し飛ぶ。無傷のレグルスを見てリアスは表情を変えない。ある程度予測していたと思われる。

 一方でレグルスの方は怪訝そうに周囲を見回す。レグルスを覆うようにしていつの間にかドーム状の結界が張られていたからだ。滅びの魔力による全方位攻撃はレグルスを仕留める為のものではなくレグルスを足止めさせる為のものであった。

 しかし、だからといってレグルスは焦ることはしなかった。囲っている結界程度なら戦斧の一振りでどうにでもなる。

 

「捕らえたつもりか? リアス・グレモリー」

「──いいえ。これから貴方を倒すつもりよ!」

 

 結界の頂点付近で滅びの魔力の塊が幾つも生じる。そのまま落ちて来るかと思いきや、滅びの魔力同士が混ざり合うように動きをしていた。

 

「嫌な奴が使っていたからあまり真似はしたくなかったけど……!」

 

 顔を顰めながらも背に腹は代えられないといった様子のリアス。リアスが何をしようとしているのか、リアスの眷属たちならば気付いて驚いたことであろう。

 

「これは……!」

 

 複数ある滅びの魔力の塊が一つになっていくと同時に力が膨張していく。

 紅の魔力が一際強く輝き始めたのを見たとき、レグルスは何かを察して仮面へ手を伸ばす。

 複合された滅びの魔力が弾けた。内包していた力が文字通り爆発的に拡散され、結界内に閉じ込めたレグルスを呑み込もうとする。回避することも出来ない広範囲攻撃。飛び道具を無力化させる『獅子王の戦斧』でもこれを逸らすことは出来ない。

 そのとき、大地を震わす獅子の咆哮が結界内で上げられた。それは全てを滅する筈のリアスの魔力を掻き消し、ついでに囲っていた結界も破壊する。

 

「──成程。リアス・グレモリー、お前の力を見誤っていた」

 

 付けていた仮面を手にし、素顔を晒すレグルス。その顔はリアスたちとほぼ年齢が変わらない少年のものであった。あどけなさすら感じる顔からあのような咆哮が発せられるとは誰も思うまい。

 

「……想像通り生意気そうな顔ね」

 

 滅びの魔力を消されても動揺は見せず、レグルスの顔に対して憎まれ口を叩くリアス。そんな彼女にレグルスは苦笑する。

 

「そういう気丈なところは我が主と似ているな」

 

 リアスとサイラオーグを重ね合わせるレグルス。別の場所で突如として膨れ上がった力に意識がそちらの方へ向けられる。

 

『龍星の騎士ッ!』

『Change Star Sonic!』

 

 一誠が遂に切り札である『赤龍帝の三叉成駒』の一つ『龍星の騎士』を切る。

 鎧がパージされ、身軽な姿へと変わった一誠は神速を以って間合いを詰めた。初めて見る『龍星の騎士』のスピードに、あのサイラオーグも初見では反応し切れず、構える前に間合いに入り込まれてしまう。

 

『龍剛の戦車ッ!』

『Change Solid Impact!』

 

 間合いに入ると同時に今度は『龍剛の戦車』へと切り替える。戦車の特性を得た一誠の拳がサイラオーグの顔面へ命中。続いて限界まで高められた赤いオーラが肘にある撃鉄へと集束し、撃鉄が打ち込まれることで二度目の衝撃が炸裂する。

 派手な爆発音と共にサイラオーグが吹っ飛ばされる。

 

「ぬおぉぉぉぉぉ!」

 

 刹那、サイラオーグは殴られながらも一誠の胸部へ拳を打ち込む。その後に殴られた勢いで後方へと飛んで行った。

 赤龍帝の変幻自在の能力でサイラオーグに鮮烈な一撃──しかし、次なる光景は観客を騒めかせるのに十分であった。

 

「がはっ! げほっ! ごほっ!」

 

 攻撃した筈の一誠が膝を突いて苦しそうに咳き込み続ける。吐き出されたものの中には赤い血も混じっていた。一方で殴り飛ばされたサイラオーグは、倒れることを良しとせず強く地面を踏み付けていたので地面が轍のように抉れている。膝を折ることもなく口から流れる血を拭っていた。

 攻撃したのは一誠。サイラオーグがしたのは苦し紛れの反撃の一発。だというのに両者の構図は逆であった。

 血を拭い終えたサイラオーグは、一誠に笑みを向ける。

 

「強い……! まだそれ程の力を隠していたとは……! だが、一つ言っておく……俺を倒すにはまだ足りんぞ!」

 

 サイラオーグの瞳は、満足そうにも飢えているようにも見える輝きを放っていた。

 

 

 




本編ではカットされたリアスVSレグルスの戦闘を付け加えてみました。

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