ハイスクールD³   作:K/K

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季節の変わり目は体調が安定しなくなりますね。


大群、投擲

「退屈な戦いだと思っていたが、中々どうして。一味違った展開になってきたじゃないか」

 

 迫り来る黒蠅の群を相手にしながらヴァーリはニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。『禍の団』の魔術師たちを無力化したと思ったら、魔術師たちから黒蠅たちが湧き出し、全てを貪り始めた。

 

「うぇーだホ」

 

 マスコットのようにヴァーリに肩車をされているジャアクフロストは、黒蠅の悍ましさに舌を出して気味悪がっていた。

 ヴァーリは試しに白龍皇のオーラを光弾として黒蠅に撃ち込んでみたが、倒し切れたのは数匹程度でそれ以上は倒す前にオーラを消滅させられてしまった。

 

「ヒホっ!」

 

 ジャアクフロストが冷気を操り、瞬時に氷の壁を作り出す。行く手を遮られた黒蠅の群はそのまま壁へ激突するが、それで止まることはせず分厚い氷の壁をくり抜きながら前進し続けている。

 

「俺は初めて見るが、アルビオン、お前はアレのことを何か知らないか?」

 

 肩に乗せてある白いドラゴンのぬいぐるみに話し掛けると、ぬいぐるみの口が動いて声を発する。

 

『私も初めて見る。だが、あれに込められた悪意と呪いは並のものではない。使役するとなると魔王クラスの力が必要だ』

 

 少年だった頃のヴァーリは天性の才能を持っていたが、器である体がそれに追い付いていなかったので、アルビオンの声を淀みなく外に伝えるのに今のぬいぐるみのデバイスを使用していた。これを使うことで体への負担を減らしていた。しかし、当然のことながらそれは嘗ての話であり、今のヴァーリには不要である。単純にヴァーリを子供姿へ変身させたものが昔を懐かしんで付けた再現であった。

 触手のように無数に枝分かれして襲ってくる黒蠅の群に、ヴァーリは光翼を翻しながら触手の隙間を縫うようにして抜けていく。触れれば消滅するのを知っているにも関わらず、平然と紙一重で避ける様は命のやりとりを愉しんでいるような恐ろしさと危うさを感じられる。ジャアクフロストを背負っているというハンデもヴァーリからすれば難易度を少し上げる程度に過ぎなかった。

 黒蠅の猛攻を切り抜けると置き土産に圧縮したオーラを放つ。先程よりも力を込めていたのでかなりの数を葬ることは出来たが、群の数を見ると微々たるものに感じてしまう。

 更にはヴァーリの耳には新たに来ている黒蠅らの羽音が聞こえていた。他の者たちが倒した魔術師か、或いは逃亡して身を隠していた魔術師らを餌にして増えた黒蠅が合流しに来る。

 気付けば減らした数よりも増えた数の方が多く、ヴァーリが最初に戦っていたときと比べて倍の量と密度になっている。

 

「やれやれ。最初は少し面白いと思ったが、こうなってくると鬱陶しくて五月蠅いだけだな」

『虫など皆そうだ。蠅ならば尚更だ』

「ヒーホー! あんな虫けら俺様が絶滅させてやるホ!」

『こいつの喧しさだけなら負けんな……』

 

 愚痴り出すヴァーリと騒ぐジャアクフロストにアルビオンは苦笑を混じりの言葉を返す。

 

「……蠅相手に使うのは少々気が引けるが、これ以上纏わりつくのも御免だ」

『やるのか?』

「ああ。幸い、もう目撃者は存在しない」

「ヒホ! やるのかホ!? やっちゃうのかホ!?」

 

 ジャアクフロストがはしゃぐ中でヴァーリの全身から今までの比ではない白いオーラが放出される。それはヴァーリを包み込み、具現化し出す。

 

「禁手化っ!」

『Vanishing Dragon Balance breaker!』

 

 白い閃光が放たれる。あらゆるものを消滅させる黒蠅たちを塗り潰す程の鮮烈な白。それが消えるとヴァーリの全身は鎧で覆われていた。

 禁手『白龍皇の鎧』を顕現させたヴァーリ。身長が伸びており、禁手の発動により変化の魔法が引き剝がされていた。

 

「ようやく戻ったか……」

 

 元の身長に戻ったことを少し安堵する。子供特有の高い声も年相応の声に戻っていた。昔は身長が低かったことを知り合いに揶揄われていた嫌な記憶を思い出す。尤も、身長が低いことがコンプレックスではなくそれを理由に麺を取り上げられそうになるのが嫌だったからだ。昔のヴァーリはカレーでもシチューでも何にでも麺をぶち込む偏食家であり、栄養バランスを考えろと何度か注意されていた。ヴァーリの数少ない血生臭くない昔の思い出である。

 

「ヒホ! 『白龍皇の鎧』だホ!」

 

 相変わらず肩車状態のジャアクフロストが、ヴァーリの禁手に珍しく子供のような反応を示している。ジャアクフロストは隠しているつもりだが、彼がヴァーリの禁手が好きなのは周知の事実。戦いが始まるといつの間にかヴァーリは禁手化しているので、今のようにヴァーリの禁手の発動を見るのは久々であった為、ジャアクフロストのテンションは上がっていた。

はしゃぐジャアクフロストをヴァーリは窘めることはしなかった。何だかんだでライバル宣言をしているジャアクフロストのことは気に入っているし、ヴァーリなりに可愛がってもいるからだ。

置いて来てしまったことへの謝罪も込めてジャアクフロストに好きなようにさせる──ところへ黒蠅の群が突撃してくる。

 

「──無粋だな」

 

 仲直りをしている時間を邪魔されたヴァーリはその場で拳を振るう。白い線にしか見えない程の高速のパンチ。空を切る音が後から聞こえてくる。

 向かって来ていた黒蠅の群に大穴が開く。それも五つも。あの一瞬で五回も拳を放ち、飛ばしたオーラで黒蠅を粉砕したのだ。

 今度はヴァーリの両腕が消える。音よりも先に黒蠅の群に巨大な風穴が穿たれる。先程の倍近い数があり、そのせいで群は四散し大小バラバラの塊になる。

 このままヴァーリへ突っ込むのは危険だと判断したのか各塊は方向転換をし、再び集まって群を為そうとする。

 

「こっちの思った通りの動きだ」

『所詮は虫だ』

「そうだホ! 所詮一寸の虫には五分の魂しかないホ!」

 

 間違った諺の使い方をしているジャアクフロストは置いておいて、ヴァーリたちの予想通りに一箇所へと集まっている黒蠅。群になっていたときは変幻自在に動いていたが、このときは集まっているせいで動きが止まっている。

 ヴァーリは両手を突き出して構える。両手の中に白色の球体が形勢される。そして──

 

『Half Dimension!』

 

──圧縮した半減の力を黒蠅へと放つ。

 ヴァーリ版ドラゴンショットは黒蠅らに触れると数十倍の大きさに展開。全ての黒蠅が球体内に閉じ込められた。

 球体内の黒蠅らが縮小し始める。球体内では如何なる物体も空間も半減させられる。それに加えてヴァーリは半減の力を何重にも圧縮して放っているので、球体内では延々と半減が繰り返され黒蠅らは肉眼では捕捉出来ないサイズにまで縮む。最終的には自身の存在を保つことが出来なくなるレベルにまで縮小された挙句、完全消滅させられた。

 あらゆるものを消滅させる力を持つ黒蠅が、ヴァーリにより消滅させられるのは皮肉な結末と言える。

 

「さて──」

 

 一息ついたと思いきや、再び無数の羽音が聞こえてきた。ヴァーリは思わず溜息を吐く。

 

「……虫の駆除なんて白龍皇のやることじゃないな」

『同感だ。その為に私たちの力を使うと思うと腹立たしさしか感じない』

「しつこい奴らだホ!」

 

 戦いを愉しむヴァーリにとっては最早手応えも感じず数だけが多いだけ。プライドの高いアルビオンからすればドラゴンの力が害虫駆除に使われているだけで気分が悪い。ジャアクフロストは短気故に怒る。

 空に黒い靄が見えてくる。あれらが全て黒蠅である。並の者たちならば絶望しか感じない光景だが、ヴァーリたちからすれば面倒事がやって来ただけに過ぎない。

 

「はぁ……仕方ないか」

 

 もう一度溜息を吐いて戦う姿勢だけには入る。全く気分が乗らないので折角の神滅具もいまいち活性化しない。想いの強さがそのまま神滅具の強さに繋がり、バトルマニアであるヴァーリは戦うだけで強くなっていくのだが、偶にはこのように気分が萎えてしまうこともある。

 黒蠅らはヴァーリを捉え、群がる為に空から一斉に降下してくる。

 それを迎え撃とうするとヴァーリ。すると、突如として突風が巻き起こった。

 風により土煙が巻き上がる。それにより色を付けられた風は、風向きを生物のように変えていきヴァーリの前で巨大な竜巻となって黒蠅の群を閉じ込めてしまう。

 

「これは……」

 

 ヴァーリが視線を動かす。その先にはいつの間にかオンギョウキが居た。

 オンギョウキは立てた人差し指と中指を顎に当て、赤い口から風を吹き、それを竜巻へ転じさせている。

 

(いつの間に……)

 

 戦いとなれば日常生活のときに比べ気配に対して敏感になる。特にヴァーリのような戦いを好む者ならば顕著になる。そんな彼がオンギョウキが攻撃するまでオンギョウキの存在を感知することが出来なかった。

 アザゼルが集めた者ならば只者ではないことは分かっていたが、それでも予想以上の実力である。

 

(気配の殺し方ならマタドール以上かもしれないな)

 

 ヴァーリの興味はすっかりオンギョウキへ移っており、最早黒蠅の存在は眼中に無かった。

 オンギョウキはヴァーリのぎらついた視線を浴びながら胸を膨らませてより強い風を吹く。檻と化した竜巻の中で黒蠅らは風そのものをどうにかしようとするが、どんどんと風は強まっていき強風の中で無様に流されるだけしか出来ない。

 

「ん?」

 

 ヴァーリは気付く。竜巻を挟んだ反対側にもう一人オンギョウキが立っていることに。分身であるもう一人のオンギョウキもまたオリジナルと同じ構えをしている。だが、その口から吹かれたのは風では無く灼熱の火炎であった。

 火炎が加わったことで竜巻は炎の竜巻と化し、閉じ込めている黒蠅を一気に燃やす。風が送り込まれ続けているので炎の勢いと温度は上がり続け全てを焼き尽くす。

 炎の竜巻が消えたときには黒蠅は灰すら残されていなかった。

 

「無事か? 白龍皇殿」

「──ああ。問題無い」

 

 分身を消し、一人に戻ったオンギョウキがヴァーリへ声を掛ける。

 仲間と合流した──しかし、両者の間に流れる空気は穏やかとは程遠いもの。

 

(これだけの強者が今まで名を広めずに潜んでいたとは驚きだ)

(二十にも満たないというのにこの覇気……歴代の中でも最強と謳われているだけのことはある)

 

 強者故にお互いの持っている力に敏感に反応してしまう。今は目標を同じとしているが、もしかしたらこの先戦い合うかもしれない。そう思うと自然と身構えてしまう。

 相手が何を考えているのか構えから分かり、二人は黙っていた。しかし、言葉の代わりにその身から放たれる殺気染みた気配が言葉以上に語っている。ヴァーリにくっついているジャアクフロストはそれに気圧されるが、震えるなどの恐れを見せることは意地でもしなかった。

 不意にヴァーリとオンギョウキの視線が互いから外れ、揃って同じ方向に向けられる。

 

「……ジャアクフロスト。降りてくれ」

 

 今までジャアクフロストの好きにさせていたヴァーリがジャアクフロストに離れるように言う。

 

「──ヒホ」

 

 ジャアクフロストは大人しく従い、ヴァーリから降りた。我儘や文句の一つを言うのが普段の彼だが、ヴァーリの真剣な様子から何を言っても変わらないことを悟ったからだ。同時にヴァーリのことが好きだからこそ足手纏いになりたくないという思いもある。

 二人が何かを察したようにジャアクフロストもまた感じ取っていた。ここへ向かってくる悪意の塊のような存在を。そして、それが間違いなく自分よりも強いことを。

 間もなくしてそれは音も無く降り立った。

 

「シャルバ・ベルゼブブ……なのか?」

 

 疑問符が付いてしまったのには無理も無い。ヴァーリの知るシャルバとは何もかもが異なっている。

 老人のように真っ白な髪。死人を彷彿させる青白い肌。背中から生える髑髏の紋様が浮かぶ虫の片翅。多方面を映し出す複眼となった片眼。そして、その身から放たれる魔王級のオーラ。全てが記憶にあるシャルバと違った。

 ディオドラ・アスタロトを利用し、レーティングゲームの最中にリアスたちを襲撃して失敗。それ以降何処へ行方不明になったことはヴァーリも知っている。

 

「あの蠅はお前の仕業か?」

「如何にも。小手調べ程度だが楽しんで貰えたかね?」

 

たった数ヶ月の間に別人と思える程に力が増している。理由があるとすればシャルバの背中から生えた片翅。それは記録の中に存在するベルゼブブの翅と酷似している。

 

「シャルバ・ベルゼブブ……話に聞く旧ベルゼブブか」

 

 何処から仕入れたのか分からないが、オンギョウキは旧魔王派のことを知っており、彼らが嫌う旧という言葉を付ける。

 だが、シャルバはそう呼ばれても微笑を浮かべて受け流す。

 

「旧ベルゼブブか……ふふふ……最早懐かしさすら感じる呼び名だ。だが、もう二度とそう呼ばれることは無いだろう」

 

 ヴァーリは違和感を覚える。以前のシャルバは名と血統に対して尋常ではない誇りを持っていた。旧魔王派の者たちに共通することだが、旧を付けられて呼ばれることを心底嫌う。表情の一つでも変えてもおかしくはないのだが、今のシャルバは余裕そのもの。

 

「好きなように言うが良い。私にとってはその名は戯言も同然。偽りの魔王らが何をほざこうとも。あの御方に選ばれた私は、私こそが名実共にベルゼブブを継承とするに相応しい真の後継者なのだ!」

 

 興奮と心酔が混じり合い恍惚とした表情を浮かべるシャルバ。話から推測するに、シャルバが強くなったのはその『御方』という存在によるもので余裕そうなのはそれが精神的な支柱となっているからだと思われる。

 魔王としても悪魔としてもプライドが高いシャルバをこうまで言わせる『御方』は何者なのか。少なくともヴァーリとオンギョウキは心当たりは無い。

 

「それで? わざわざ自慢する為に俺たちの前に現れたのか?」

 

 ヴァーリは興味が無いという態度で接する。

 

「力ついでに慢心と傲慢も手に入れたということか……」

 

 それに乗じて煽るオンギョウキ。感情を揺さぶり、シャルバからもっと情報を聞き出そうとしている。しかし、シャルバはそれを一笑に付し、オンギョウキを無視してヴァーリとのみ会話を続ける。

 

「私がお前の前に現れたのは温情だ」

「温情だと?」

「半分とはいえお前の体には正統たるルシファーの血が流れている。『禍の団』など私にとってもお前にとっても踏み台にしか過ぎないだろう? いつまでも留まっている理由も無い。今すぐ私に手を貸せ。そうすればお前をあの御方に紹介しよう。私と共に偉大なる魔王への道を進もうではないか!」

 

 未だにサーゼクスたち現魔王を排除し、自分たちが返り咲こうとする野望を捨てていない。懲りていないシャルバにヴァーリだけでなくオンギョウキも呆れたように溜息を吐く。

 

「お前たち旧魔王が冥界の片隅に追いやられた理由が良く分かる。諦めが悪い上に話も一方的。おまけにみみっちい」

「成程。名も地位も奪われたのも良く分かる。当時の冥界の悪魔たちは賢明だったな」

 

 シャルバを拒絶の意味を込めて小馬鹿にする。

 温情を以って下手に──あくまでシャルバの基準で──出たら無下にされた挙句小馬鹿にもされ、シャルバは少し表情を歪めた。

 

「この力を齎してくれたあの御方に興味が無いというのか……?」

「興味はあるさ。でも、何を齎してくれるかじゃない。どんな力を持っていて、戦ったらどうなるかという興味さ」

 

 紛れもない本心を語るヴァーリ。眼中にすら無かったシャルバが短い期間で目を見張る程の力を得た。それの要因となった存在に会ってみたいと思うが、それは力を乞う為ではない。如何ほどの力なのかを試す為にである。

 ひりつくような空気を生み出すヴァーリ。闘志の昂ぶりが外へと漏れ出ている。

 オンギョウキはヴァーリの好戦的な性格に『こいつはこいつで危険だな』と内心思ってしまった。

 

「……最高の器と力を持って生まれたが、思考は獣だな。所詮は人間との混じりものだな。何故、貴様のような存在が生まれたのだ」

 

 ヴァーリというよりも人間という種を見下しての発言。

 

「ヒホッ」

 

 ジャアクフロストは息を呑んだ。フルフェイスの兜でもヴァーリが今どんな表情をしているのかが分かる。

 ヴァーリは激しく怒っている。

 

「人間の血を──母の血を侮辱したか?」

 

 空気が更に変わる。圧迫感のある重苦しさを感じさせるもの。闘志に置き換わって敵意が場を満たしている。

 ヴァーリは自分に流れるルシファーの血をそこまで重視していない。流れているのだからしょうがないと割り切っている。そもそもルシファーの血統である父に対して良い思い出が無い。

 一方で母の方は自分が無力であることを嘆き、父に虐げられていたヴァーリを救うことが出来ずにいつも泣いていた。記憶を振り返っても殆ど泣いている顔しか思い出せない。だが、母が自分の為に料理を作ってくれたことは今でも覚えている。父の目を盗んで質素だが思い出に残る料理。碌でもない子供時代の数少ない暖かな記憶である。

 

「だとしたらどうした? ──ルシファーの者は戯れが過ぎる」

 

 戯れ。幼年期にあった忌々しい記憶。母に刻み込まれた深い悲しみ。そんな一言では片付けられない。

 沸き上がった怒りは瞬時に冷やされ、冷徹な殺意へと変わる。

 

「ならこれも戯れだ。来い、遊んでやる」

 

 指招きをして挑発するヴァーリ。シャルバは口が裂けたように歪ませる。嘲笑っているようにも怒っているようにも見える。

 

「正統なる血統を断たすのは心痛む」

「嘘を吐け。微塵も思っていないだろう?」

 

 シャルバは翅を震わす。不愉快な羽音が鳴り響き、シャルバの足元の小石などが粉々になっていく。

 

「混ざりものならば致し方なし!」

 

 髑髏の紋様が蠢くとそこから大量の黒蠅が解き放たれた。

 

「ふん!」

 

 ヴァーリは拳にオーラを圧縮し、突き出すことで塊として発射する。白いオーラの塊が、黒蠅らに命中。白い光が爆発して黒蠅を吹き飛ばす──かと思いきや、爆発そのものが黒蠅の大群に呑み込まれていき逆に消されてしまう。

 

「へぇ」

 

 少し関心した様子を見せながら光翼で空中へと飛翔。黒蠅の大群は三つの塊に分かれて、その内の一つは空に上がったヴァーリを追って来る。

 

「どうしようもない性格は全く変わらないが、実力は本物だな」

『ドラゴンのオーラすらも喰い尽くすか』

 

 単独で動いていた黒蠅ならば先程の攻撃で殆ど消し飛ばされていただろうが、シャルバ本体が近くに居るせいか黒蠅の性能も向上していた。

 

「直接触れるか……? いや、止めておくか」

 

 シャルバに触れて半減の力を発動させ、シャルバから永続的に力を吸収することも考えたが、すぐに却下する。正体不明で得体の知れない力を取り込んだら自分もアルビオンもどんな悪影響を与えられるか分からない。

 

『賛成だ……あの力は不気味だ』

 

 アルビオンもヴァーリに同意する。シャルバの言う『あの御方』が与えた力にアルビオンは強い拒否感を覚えていた。まるで異物でも見ているかのような感覚。あの力は何かが違っているように思えてならない。

 

「──色々と考えることはあるが、後回しだ。先ずはシャルバを叩きのめす。その後にシャルバからじっくりと話を聞こう」

 

 何ともシンプルな答えを出すヴァーリ。しかし、この場に於いては最適と言える。

 

『そうだな。そうするとしよう』

 

 今覚えている感覚をひとまず忘れ、ヴァーリの言う通りシャルバを倒すことのみに集中する。

 追い掛けてくる黒蠅に対し、ヴァーリが先程のように半減させて存在を消滅しようと構える。すると、今まで突っ込んでくることしかしなかった黒蠅らに変化が起こる。

 黒蠅らは真上に向かって飛んで行き、一定の高さまで上昇すると広がり始める。黒雲のようになるとその中で互いに擦り合わせるように動き出す。

 不可解な動きにヴァーリが訝しんだ瞬間、黒蠅らの中心が一瞬光ったように見えたかと思えば轟音と共に衝撃がヴァーリを貫いた。

 ヴァーリの体は跳ね、光翼が消えて落下していく。このまま頭から地面に落ちるかと思われたとき──

 

『ヴァーリ!』

 

 ──アルビオンの声によりヴァーリは消えた光翼を再展開することによって上昇する。

 

「驚いた……雷か?」

 

 黒蠅らが起こしたのは間違いなく雷であった。動き回っていたのは力を充填させる為のものであり、まさか雷を生み出すことが出来ると思っていなかったヴァーリは落雷を受けてしまった。

流石のヴァーリも初見で雷を回避することは難しい。しかも、かなりの威力もあり、雷撃を受けた『白龍皇の鎧』は短時間だが不具合が発生し、光翼が収納されてしまった。

 電流や衝撃は鎧に防がれ、中のヴァーリも無傷であるが何発も受ければ無傷では済まなくなる。

 やはり、シャルバが近くにいることで黒蠅の質が上がっている。今までになかった攻撃をしてくるようになった。

 シャルバは指揮者のように黒蠅の大群を動かして再び雷撃を放つ準備をしている。

 充填が完了し、雷鳴が轟くと共に閃光が起こる。だが、光の後にヴァーリの姿が黒蠅らの前から消える。

 

「そう何度も貰わないさ」

 

 一瞬にして接近していたヴァーリは半減の力を黒蠅の塊に直接叩き込む。球体に閉じ込められた黒蠅はすぐに繰り返される半減によって縮小。ヴァーリの掌の上で数万の蠅の集合体がビー玉程度の大きさにまで圧縮される。

 ヴァーリが手を握り締め、開くと黒蠅の集合体は前のときと同様に原子レベルにまで縮小された後に消滅した。

 初見では回避は難しいが、二度目ならば対処も出来る。他の相手ならまだしもヴァーリ相手に同じ手を続けて使うのは愚策。

 ヴァーリがシャルバの攻撃を対処している中でジャアクフロストは黒蠅の追撃から逃げていた。

 

「ヒホ!」

 

 背後からの危険を察知し、右へ移動するジャアクフロスト。そのすぐ後にジャアクフロストの隣を黒蠅が通過していく。

 避けられた黒蠅らは反り返るようにして方向転換をし、今度は正面からジャアクフロストへ襲い掛かった。

 

「ヒッホッ!」

 

 ジャアクフロストが両手を突き出すと地面から巨大な霜柱が発生。しかも、先端部分が鋭利になっており斜め上に伸びていくそれは黒蠅の群に突き刺さる──が、所詮は物理的な攻撃に過ぎないので群体である黒蠅らに効果はほぼ無かった。

 だが、そんなことはジャアクフロストも分かっている。本当の狙いは攻撃ではない。

 

「間抜けホ!」

 

 自らが作った霜柱の上に乗り、それを足場にして黒蠅の上を飛び越えていく。

 着地したジャアクフロストはすぐに走り、黒蠅らから離れて行く。

 してやったり──とは思っていなかった。寧ろ、今のジャアクフロストの胸中は悔しさで一杯である。

 ヴァーリやオンギョウキのように黒蠅を確実に屠れる程の力はジャアクフロストには無い。氷や冷気を使って足止めが精々。呪殺も呪いの塊のような黒蠅に通じるとは思えない。

 

「ヒホ!?」

 

 別の黒蠅がジャアクフロストの進路上に壁のように立ち塞がる。反射的に急停止してしまったジャアクフロストだったが、すぐに自分が過ちを犯してしまったことに気付いた。

 その場で立ち止まってしまったことで後方にいた黒蠅らが追い付く時間を与えてしまい、ジャアクフロストは四方を囲まれて逃げ道を防がれてしまう。

 

「来るなホ!」

 

 ジャアクフロストは全方向を氷の壁で覆い、身を守る。しかし、これは一時しのぎにしか過ぎない。

 黒蠅が氷の壁に張り付くと分厚い氷は見る見ると削られるように消滅させられていく。時間を稼ぐことは出来るが自らの逃げ道を塞いでしまい、身を守る筈の氷の壁はそのまま棺へ成ろうとしていた。

 

「ど、どうするホ?」

 

 氷の削れる音を聞きながらジャアクフロストは焦る。普段の気性の荒さは潜まって、オドオドとした態度になっていた。

 本音を言えばヴァーリに助けを求めたいが、彼のライバルを自称するプライドが邪魔をして叫ぶに叫べない。そんな間にも黒蠅が眼前にまで来ている。

 必死になって生きてきた自分がこんなところでこんな奴らに食われて死ぬのか、と人生の無情さを涙と共に噛み締めていたとき、ジャアクフロストの足元の影が波打つ。

 氷の壁が突き破られ、中に黒蠅が殺到する。しかし、その中には餌食となる筈のジャアクフロストは居なかった。

 そこから少し離れた場所にある影が波打つと中からオンギョウキが現れる。その腕にはジャアクフロストが抱えられていた。

 

「間一髪だったな」

 

 自分も攻撃されていながらもジャアクフロストの危機に気付いたオンギョウキは、影を通じてジャアクフロストを救出していた。

 助けられたジャアクフロストは、オンギョウキを見上げながら助かったことに安堵する表情を見せず悔しさで一杯の表情をしている。自力で脱出が出来なかった挙句に助け出されたことへの不甲斐なさがジャアクフロストのプライドを大きく傷付け、言葉を発することが出来ないぐらいに悔しがらせている。

礼の一つもないことをオンギョウキは特に気にすることなく黒蠅の動向を伺っている。その態度もまたジャアクフロストの悔しさが増す要因であった。

 黒蠅は目標を見失い、氷の壁付近を飛び回っていた。だが、間もなくしてオンギョウキたちを発見する。一匹でも気付けば全体にその情報が共有される。群体でありながら個の特性も持っている。

 黒蠅たちが群体を分け、数個の輪の形になる。輪は回転し出すと輪の中央から強烈な衝撃波が撃ち出された。

 オンギョウキとジャアクフロストの視点からでは空間の歪みが迫って来ているような光景。当たれば良くて内部破壊、悪ければ木っ端微塵になる威力が秘められている。

 オンギョウキはジャアクフロストを抱えて後ろへ飛ぶ。衝撃波が先程立っていた場所へ着弾した。大地は深く削られ、土煙が巻き起こされる。

 舞い上がった土煙を突き破ってオンギョウキは走る。凄まじい速度が出ているが全く音がしない。

 オンギョウキを狙って黒蠅たちは衝撃波を連射するが、どれもこれもオンギョウキの走った後に着弾しており、掠りもしない。

 

「不甲斐ない……!」

 

 命中率の低さに憤慨したシャルバが指揮者のように指を振るう。すると、黒蠅の輪はオンギョウキの動きを先読みするかのように動き、すぐには発射せずに溜める。

 

「そこだ!」

 

 シャルバが指を振り下ろすと撃ち出される衝撃波。それは走るオンギョウキの衣服を僅かに掠めた。

 今まで自動的に動かしていた黒蠅をシャルバが直々に操作することで攻撃の精度が一気に上がる。威力や新たな技の追加だけではなく、自動手動の切り替えにより黒蠅の攻撃手段がますます増す。

 一度目で把握したシャルバは、完璧な狙いを定めて二発目を発射。シャルバが思い描いた通りの軌道を描いた衝撃波は、交差するようにオンギョウキとジャアクフロストを纏めて粉砕する。

 

「他愛もない……」

 

 当然の結果という態度だが、その口元は吊り上がって笑みを浮かべていた。すると、頭上から拍手が聞こえて来る。

 

「お見事」

 

 拍手を鳴らしていたのはヴァーリ。いつの間にか空中に黒蠅を全て蹴散らしていた。

 

「今更媚にでも来たか?」

「うん? 誰が誰に媚に来たんだ?」

 

 ヴァーリはわざとらしく首を傾げる。その反応はシャルバを苛立たせる。

 

「私の話を蹴った時点で遅い。今のがお前の未来だ」

 

 その言葉にヴァーリは声を押し殺して笑う。

 

「アルビオン。姿は変わってもシャルバ・ベルゼブブ自身は何も変わっていないな」

『確かに。それだけ目があっても節穴だ』

 

 馬鹿にした発言に怒りが湧くが、すぐにそれを冷ますような言葉を掛けられる。

 

「俺が拍手を送ったのはお前ではない──彼にだ」

 

 ヴァーリが視線を横へ向けるので、シャルバもそちらを見る。倒した筈のオンギョウキがジャアクフロストを抱えて立っている。

 

「なっ!?」

「当たったが大外れだったな」

 

 ヴァーリが皮肉を込めて言う。土煙に入った時点でオンギョウキは分身を入れ替わっていた。シャルバはそれを気付かずに執拗に攻撃をしていたのだ。

 

「私を虚仮にするか……!」

「別に馬鹿にはしていないさ。そんなの……可哀想だろ?」

 

 シャルバの複眼が輝き、翅が大きく震える。シャルバの中の憎悪に強く反応していた。

 シャルバの憎悪は彼の糧となり、翅の紋様から新たな黒蠅を生み出す。憎しみの力が強ければ強い程黒蠅の数は増えていく。

 生み出された黒蠅。生き残っている黒蠅が合流し、シャルバの頭上へと飛んで行く。

 大量の黒蠅は三つの塊に分かれたかと思えば、塊の中心に魔力を集め始める。

 小さな球体のような魔力がくっつき始め、大きくなり、また別の球体と合体して大きくなる。それを繰り返すことで膨大な魔力となっていく。

 

「これはまた……」

『ちっ。過ぎた力を与えられたものだ』

 

 ヴァーリとアルビオンは白色と化していく魔力の輝きを見て、表情を険しくする。鎧を纏っている状態でも直撃すれば命が危ういと分かる程の力が集まっていた。

 今の状態では相殺することは難しい。それこそ『覇龍』のロンギヌススマッシャーを放たねばならないぐらいである。

 

「全てよ塵と化せっ!」

 

 周囲一帯を消滅させることに躊躇のないシャルバは集めた魔力を降り注がせようとする。

 ヴァーリは限定的な『覇龍』を行い、今にも落ちて来そうな魔力の塊をロンギヌススマッシャーで貫こうとする。

 解除の詠唱を始めようしたとき、未知なる気配を感じてその口を閉じた。

 その瞬間、空を白銀色の光が一条流れて行く。それは魔力の塊を貫き、落ちる前に誘爆させてしまう。

 盛大な光により空は白色に染まり、彼方まで爆音が響き渡り、衝撃が地面に達して大地を震わす。しかし、高度で爆発したのでヴァーリたちには一切被害は無い。

 

「何だと……!」

 

 突然のことに驚きながら空を見上げるシャルバ。すると、シャルバは体を一瞬震わす。

 

「な、に……」

 

 シャルバの胴体には子供が通れそうな程の風穴が開けられていた。

 それを為したのはシャルバの背後に突き刺さった一本の槍。飾り気の無い穂先から柄頭まで白銀色であった。

 その槍が地面から引き抜かれる。いつの間に現れたのかこの場に居る者たちですら正確には分からない。

 槍の主は白銀の鎧を纏い、艶やかな長髪を垂らした美丈夫。

 

「な、何者だ……!?」

 

 シャルバは後ろを振り返りながら悪鬼の形相で問う。美丈夫は冷めた横目でシャルバを見ていた。

 

「私の名など何の意味も無い」

 

 耳朶が蕩けるような男らしい声であった。

 

「我が槍で引導を渡してくれる。シャルバ・ベルゼブブ」

 

 歴史から名を消された英雄が、この戦場にて再び槍を振るう。

 




D2とIMAGINEだと攻撃スキルのゲイボルグあるみたいですね。
いつかはナンバリングのメガテンにも専用スキルとして出して欲しい。

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