ハイスクールD³   作:K/K

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サイラオーグ回となります。


魔拳、闘気

 誰もが息を呑んだ。サイラオーグは若手悪魔の中でナンバー1。それは共通認識ではあった。だが、その強さは予想の遥か上を行っていた。

 堅強な『戦車』を拳一発で沈め、俊敏な『騎士』たちが遅れをとるような速度で動く。ここまで圧倒的だと誰が予想出来るだろうか。

 観客もリアスたちも思わず身震いする中、サイラオーグと対峙している木場とゼノヴィアはどれ程の恐怖を感じているだろうか。

 

「木場っ!」

 

 ゼノヴィアは負傷した片腕を垂らしながら、まだ動くもう片方の腕で担ぐようにしてエクス・デュランダルを持つ。ゼノヴィアからは迸る程のオーラが放たれており、エクス・デュランダルもそれに呼応して輝いている。

 

「ヤバいと思っていたがこれは想像以上だっ! 全力でも足りない……! 死力を尽くさなければ勝てないぞっ!」

 

 サイラオーグの力を目の当たりにしても折れることなく持てる全てを注ぎ込もうとするゼノヴィア。

 

「分かっているよ、ゼノヴィア! 元から後先なんて考えるつもりはなかったけど余力なんて言葉を考えた時点で負ける! 今まで会ったことがない程の相手だっ!」

 

 木場もまた全身からオーラを放ち、数え切れない程の聖魔剣を一気に展開して攻撃と防御を同時に展開する。木場が一度に出せる限界の聖魔剣だが、これだけ出しても心許ない。聖魔剣を容易く砕かれたときの光景を幻視してしまう。

 サイラオーグの体から薄っすらと立ち昇る白いオーラ──闘気。本来ならば眩いぐらいに発光し、大地を割り、嵐の如く吹き荒れて湖面を波打たせる程の量と質を秘めているが、今は目を凝らさないとハッキリと見えないぐらいであった。

 サイラオーグが繰り出す万物を打ち貫く拳には非常に集中を要する。その集中が欠ければ貫く拳にはならない。故に彼は常に平静を保たなければならなかった。欠点を挙げたらキリが無い。

 しかし、逆に言えばそれ程の闘気を体の裡に秘めてコントロールしていることになる。それらが全て攻撃に転じたとき、どれだけの破壊力になるのか想像も付かない。

 緊迫しながらも決して諦めない二人の姿にサイラオーグは高揚を覚えるが、それも鎮める。だが、いけないと分かっていても口角は自然と上がってしまう。

 

「それでいい。俺の拳を止めてみせろっ!」

 

 地を蹴ったサイラオーグが向う先は木場。最も軽傷な木場を叩き、この戦いに王手をかけようとしている。ゼノヴィアもサイラオーグが木場を狙っていることに気付いて急いで合流しようとするが、距離があるのとサイラオーグが速いせいで到底間に合わない。

 木場は無数の聖魔剣を前方に並べ、馬防柵のように鋭い切っ先が突き出された壁を作る。当たれば致命傷になりかねない聖魔剣の壁。普通なら躊躇い足が止まる。しかし、サイラオーグの走りに躊躇など無く速度を緩めることなく全速力で突っ込んでいく。

 そして、躊躇無いのは突き出す拳も同じ。聖魔剣の刃先に目掛けて迷い無い真っ直ぐな拳で殴り掛かる。

 サイラオーグの拳が聖魔剣に触れた瞬間、サイラオーグの皮膚に刺さることなく一瞬にして破壊されていく。聖魔剣の聖なる気もサイラオーグの内に溜め込まれている闘気には通じない。

 身を守る壁が破壊されたことで木場は近距離は危険と感じ、その場から駆け出す──とサイラオーグは考えていたが、木場の動きはサイラオーグの予測とは真逆であった。

 砕けた聖魔剣の破片を掻い潜って木場は剣を構えながら突っ込んで来ている。

 意表を衝かれたサイラオーグに木場は己の剣を横薙ぎに払う。サイラオーグもまた必殺の拳を放つ。

 聖魔剣とサイラオーグの拳。どちらが上かは今までの流れを見ていたら分かってしまう。だが、それでも木場は迷うことなく剣を振るった。

 サイラオーグは拳で聖魔剣ごと木場を打ち抜く──かと思いきや、直前になって閉じていた拳を広げる。木場の剣は触れることなくサイラオーグの掌の下を通過しようとした瞬間、下から伸びてきたもう一方の掌によって剣が挟まれた。

 

「っ!?」

 

 驚愕の表情をする木場。剣を白刃取りされたこともあるが、理由はもう一つある。

 

「流石に俺でもこの切れ味を我が身で試す気にはならんな」

 

 サイラオーグが挟んでいるのは聖魔剣ではなく魔剣ノートゥング。聖魔剣で攻撃してくるという先入観を利用して密かに持ち替えていたのだが、サイラオーグには見抜かれてしまった。

 

(何て冷静な判断力なんだ……!)

 

 あのまま拳で突いていたら五指を切り飛ばすことが出来ていた。木場はサイラオーグの的確な判断と対応に慄く。

 

「これはベルーガの手柄だな」

 

 サイラオーグの言葉に木場は歯嚙みする。サイラオーグの言う通り、ベルーガ戦で木場がノートゥングの切れ味を見せていなければサイラオーグの拳を負傷させていたであろう。大事な手札を早々に切ってしまったことのツケをここで払うことになってしまった。

 木場はノートゥングを引き抜こうとする。だが、ノートゥングは空中で固定されたかのように抜けない。

 サイラオーグは手首を返しつつノートゥングの刃を指で挟む。親指と人差し指の二本で挟んでいるだけなのに木場の全力を上回っていた。そして、空いた腕を振り上げて拳を作る。

 圧縮されても尚巨大に見えるサイラオーグの拳。そして、何故だろうか。拳を振り翳す様が木場の知る人物と重なる。その瞬間、木場の全身の汗腺が開いた。経験した痛みを脳が勝手に再生する。サイラオーグの拳の痛みを知らない筈なのに。

 サイラオーグはそのまま拳を突き出すかと思いきや、何かに気付いて視線を後方へ向ける。そこには片手でエクス・デュランダルを掲げ、刀身から大出量の聖なる気を噴き出させているゼノヴィア。

 

「木場ッ!」

「構うなゼノヴィア!」

 

 呼び掛け、答え、そして行動までの流れはほぼ一瞬であった。木場の覚悟を聞くと同時にゼノヴィアはエクス・デュランダルを振り下ろし、聖なる気の波動をサイラオーグへ飛ばす。

 サイラオーグはノートゥングの刃から指を離すと同時に木場を軽く蹴飛ばす──木場側からすれば今まで味わったことの無い重い蹴りだったが──背後から木場に斬りかかられない為である。そして振り返り、エクス・デュランダルの波動を正面から迎える。

 

「聖剣の波動と俺の闘気! どちらが上か勝負っ!」

 

 サイラオーグは今まで制御していた闘気を解放し、全身から放出させた。それだけで大地と湖面が揺れ、ちょっとした自然災害が生じる。

 聖なる波動と闘気が衝突した瞬間、バトルフィールドは光に包まれ、全体が揺さぶられる。見ている観客たちもバトルフィールドを囲っている結界が破壊されるのではと恐れを抱く程の揺れであった。

 暫くして光が収まる。サイラオーグ周辺の大地は深々と抉られているもののサイラオーグが立っている場所だけは無事であった。当然のことながらそこに立つサイラオーグも無傷。放出した闘気が層となり聖なる波動を届かせなかった。しかも、あれだけの闘気を出しても質と量ともに薄れる気配が無い。

 

「真っ正面から受けた攻撃でも無傷……化け物だよ、君は」

 

 消耗して大量の汗を流し、震えるゼノヴィアはそれしか言えなかった。

 サイラオーグは汗一つ流すことなく深く息を吸い込み、吐く。全身から発せられていた闘気が戻っていき、再び体表を覆う程度にまで収められる。

 

「良い波動だったが、俺には届かせるには足りない」

 

 ゼノヴィアはその事実に悔しさで表情を歪めることしか出来なかった。

 

『これは何という……何という圧倒的な差……! サイラオーグ選手の実力がここまでのものだと誰が予想出来たでしょうか! それにしてもサイラオーグ選手が纏っているあの白いものは一体? オーラとも魔力とも違うように見えますが?』

 

 ナウドは興奮した様子でアザゼルに意見を聞く。アザゼルの方はサイラオーグを凝視したままであった。

 

『何て奴だ……闘気を纏ってやがる。しかもあれだけの質と量をほぼ完璧にコントロールしてたっていうのか……』

 

 戦慄したように呟いたアザゼルの言葉が、そのまま質問への答えとなっていた。

 

『闘気とは……? 小猫選手が戦っていた際も同じようなものを纏っていましたが、もしかしたらサイラオーグ選手も同じような術を扱えるのでしょうか?』

 

 実況の疑問に答えるのはディハウザー。彼もまたサイラオーグから視線を離さない。

 

『彼は仙術などは習得していませんよ。彼は常に己の身体を、その中でも拳を最も信じていますから。あれは体術を鍛え抜いた先に目覚めた魔力とは異なる力です。生命の根本というべきものが可視化されているのです』

 

 闘気の説明を聞き、会場内がざわめく。鍛えた先にある力、どれだけ鍛えればいいかも分からない力。魔力よりも圧倒的に感じる闘気の存在は、彼らの知る常識が覆されたと言っても過言ではない。

 

『だが、それだけじゃあ納得出来ないこともある』

『というと?』

『ロスヴァイセを倒したときのことだ』

 

 アザゼルもそうだが、ディハウザーにとっても驚愕に値する衝撃であった。

 

『『戦車』の特性は伊達じゃないんだ。しかも、ロスヴァイセは北欧魔法に長けている。しかも、最近は防御系の魔法にも力を入れていた。並の攻撃なんか通用しない要塞みたいになっていた──あいつの身持ちぐらいのな』

 

 本人が聞いたら激怒しそうな冗談を混ぜるが、語っているアザゼルの表情は真面目そのもの。

 

『なのに一発だ。防御魔法も貫いたどころか鎧に傷一つ付けずに中身だけ綺麗にダメージを通して、はい終わり、だ。……どうなってやがる』

 

 アザゼルは当然ながらサイラオーグの過去の戦闘記録に目を通している。破壊を伴うサイラオーグの拳が、あれだけ綺麗に一撃を与えられるのを今日初めて知った。

 

『……戦いの中で得たのかもしれませんね』

『何?』

『サイラオーグ選手がより高みに上れる戦いがあった。そういうことです』

『……お前、やっぱり何か知っているんじゃないか?』

 

 疑うアザゼルに対し、ディハウザーは微笑むだけ。それだけで簡単には突破出来ない面の厚さであることをアザゼルに伝える。

 実況席が熱を帯びる中でバトルフィールド内もまた熱気を放ち続けていた。

 前後或いは左右から挟んで高速の剣戟を繰り返す木場とゼノヴィア。隙も無い息の合ったコンビネーションを見せるが、その狭間に立つサイラオーグに未だに一太刀も入れることは叶わなかった。

 ゼノヴィアが片腕を負傷し、大剣であるエクス・デュランダルをいつもの速度で振るうことが出来ないが、それを補う為に木場はノートゥングを懸命に振るう。

 本当ならば聖魔剣との二刀流で、倍の手数で仕掛けたいところであったが、二刀流になるとノートゥングが不満を露わにして木場へ嫌がらせをしてくるので仕方なくノートゥング一本で戦うしかなかった。だが、聖魔剣が容易く砕かれてしまう以上ノートゥングのみで攻めるのは正解なのかもしれない。サイラオーグもノートゥングの切れ味には警戒している。

 だが、どんなに優れた切れ味を持っていようと当たらなければ話にならない。サイラオーグは最小の動きで二人の斬撃の隙間を縫うようにして躱す。ゼノヴィアの振りの遅れを利用されており、ゼノヴィアもそれが分かっているので唇を嚙み締めながらエクス・デュランダルを振り続けている。

 サイラオーグの全身を膜のようにして覆う闘気。木場やゼノヴィアの剣がそれに触れるとサイラオーグが斬撃のコースから外れる。この際、サイラオーグは剣の軌跡を目で一切追っていない。攻防一体の闘気を新たな感覚として使いこなしている。

 サイラオーグは一撃必殺足り得る拳を持っている。木場とゼノヴィアはそれが解き放たれないように全身全霊を以って剣を振り続ける。しかし、サイラオーグが軽やかに避ければ避ける程、二人に焦りと疲労が重く圧し掛かってきていた。

 そして、それが積もれば綻びが生じる。

 木場の横薙ぎを一歩下がることでサイラオーグは紙一重で躱す。すかさず背後からゼノヴィアがエクス・デュランダルを振り下ろそうとするが、このとき木場の目からでも分かるぐらいに振りの速度が遅くなっていた。

 重量のあるエクス・デュランダルを片手で振り回していたツケが遂に来てしまった。

 その瞬間、サイラオーグは更に後ろへと下がった。そして、ゼノヴィアへもたれ掛かるように背を押し当てる。

 虚を衝かれてあっさりと懐へ入り込まれてしまった。近過ぎるせいでエクス・デュランダルも振り下ろせない。

 刹那、サイラオーグの肘が真後ろへ放たれ、ゼノヴィアの脇腹を突く。

 命中したとき、ゼノヴィアは脳裏に巨大な杭で撃ち抜かれるイメージが流れ、それに匹敵する痛みと衝撃が脳を焼く。

 一拍置いてゼノヴィアは後方へと飛んでいった。

 

「飛んだか……集中が足りんな」

 

 サイラオーグは小声で肘打ちの不完全さを反省するが、それを聞く余裕はゼノヴィアにも木場にも無かった。

 

「ゼノヴィア!」

 

 見ている方も寒気立つ一撃を受けたゼノヴィアを見て、木場は駆け出そうとしていた。しかし、木場の体はその意志に反して体を急停止させる。木場は見た。僅かに浮き上がっているサイラオーグの片足を。このまま踏み込んでいたら上半身が千切れ飛びそうな回し蹴りが繰り出されていただろう。

 ゼノヴィアの危機に木場が焦って動くことを予想していたサイラオーグは、土壇場での木場の冷静な対応に内心褒め称える。そして、仲間を救いたくても救えない自身に激しい怒りを向け、憤怒の表情を浮かべている木場の仲間を想う強さを『騎士』の鑑だと思った。

 サイラオーグが木場と対峙している間にゼノヴィアは数度地面を跳ねた後、立ち上がろうとする。しかし、すぐに膝を突いてその場で嘔吐してしまった。

 

「がはっ……げほっ……!」

 

 激しく咳き込む。吐き出すのは胃液だけでなく赤い血も混じっている。明らかに臓腑にも深いダメージが入っている。

 

「ゼノヴィア! 大丈夫かい!?」

 

 声を掛けるがゼノヴィアは蹲って咳き込み続けるだけ。木場の声に応じすることが出来ない程深刻な状況だということは伝わった。本当に辛うじてリタイアしていない状態である。

 サイラオーグの方はというとゼノヴィアに背を向けたまま木場の動向のみに注目しており、今すぐにでもゼノヴィアを倒そうという様子は無い。

 下手に動けば些細であろうが隙を晒す可能性がある。敵はそこを見逃さずに突いてくる、という木場への最大限の警戒をしている。

 木場からすればこれ以上無い程に戦い難い。肉体的にも精神的にも全く隙が見えないし、見せるとも思えなかった。

 

(ゼノヴィアが動けない以上僕がやるしかない……! 出せられる手段はここで出し尽くすっ!)

 

 木場はノートゥングを仕舞い、代わりに聖剣を創造する。サイラオーグはその行動に訝しむ。最も攻撃力の高いノートゥングではなくレーティングゲームで殆ど使用していない聖剣にわざわざ切り替えたことは、決して意味の無い行動には思えなかった。

 

「これから貴方に見せるのは、僕が至ったもう一つの可能性だ」

「ほう?」

 

 そんなことを言われればサイラオーグも興味を抱いてしまう。構えながらも木場がこれからすることへの妨害はしなかった。

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 木場の体から清浄なる気が溢れ出し、それが周囲へと広がっていく。すると、地面から多種多様な無数の聖剣が出現する。同時に聖剣の前にオーラが紐のように絡んでいき、甲冑を纏った異形を創り上げる。その甲冑騎士の頭部はドラゴンを模したものであり、甲冑には紋様のようなラインが刻まれており、発光している。

 甲冑騎士たちは聖剣を手に取り、木場の周囲に集まっていく。

 木場を中心とした騎士団が創造された。

 

「ほう……! 『魔剣創造』の禁手化だけでなく既に『聖剣創造』の禁手にも至っていたか……! 貴公の器と才は計り知れないなっ!」

 

 木場の奥の手──『聖剣創造』の禁手を即座に理解、感心するサイラオーグ。

 

「──『聖覇の龍騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)』、『聖剣創造』の禁手にして亜種です」

 

 木場も隠すことなく自らの禁手の名を明かす。

『聖剣創造』の禁手自体はジークフリートの戦いで『聖輝の騎士団』を不完全ながらも発動させていた。これはそれを完全な形で発動させたものである。幽鬼のような甲冑騎士ではなく重量感のある本物と遜色ない騎士たち。不完全故に聖魔剣と同時発動が出来たが、こちらは完成形なのでそれは出来ない。その代わりに各甲冑騎士は木場に近い動きを再現することが可能であった。

 禁手に至るまでの道のりは想像以上に険しかった。一度は発動したので習得するのは然程難しくないと考えていたが甘かった。ジークフリートという自分を上回る存在と対峙したときに経験した死の予感と神経が擦り切れるような緊張感、それは生半可なことでは再現出来ない。故に木場は聖剣一本でシンと一誠に頼んで二対一、手加減無しの実戦同然の訓練に挑んだ。

 一誠は禁手だけでなく新能力のトリアイナも使用し、シンも持てる技全てを使って木場を追い詰めた。血反吐どころか口から臓腑を吐き出すような経験を何度も何度もした後に木場は己の禁手を手に入れることが出来た。

 

『これは思わぬ展開だぁぁぁ! 木場選手! まさかまさかの第二の禁手化! 禁手自体が稀だというのに一人で二つの禁手を可能とは何という奇跡っ!』

『本来、『聖剣創造』の禁手は聖剣を携えた甲冑騎士を複数創り出す『聖輝の騎士団』というものだが、あれは木場の影響で亜種として発現したようだ。っていうか龍とその紋様って……木場、お前どんだけあいつらのことが好きなんだよ』

 

 アザゼルも感心しながら茶化す。木場もこういった形で発動するのは予想外であったが、完成した禁手の姿を見ての感想は『良い』というもの。双方共に特異な存在であるシンと一誠が関わったことへの影響と思われるが、今のところそれがマイナスに働いていないので問題視はしていない。

 

「この場でお前の新たな禁手と戦えることを光栄に思う。だからこそ──」

 

 サイラオーグの四肢に力が込められ、筋肉が隆起する。

 

「全力で迎え撃つっ!」

 

 その言葉を合図にして騎士団が一斉にサイラオーグへと挑みかかった。

 未完成のときは違い、木場の動きを九割以上再現した騎士団の一斉攻撃だったが──

 

「ふんっ!」

 

 ──突き出されたサイラオーグの拳が甲冑騎士の頭部を一撃で粉砕。首元を狙ってきた刃をしゃがんで回避すると同時に肘で甲冑騎士の胴体を薙ぐ。甲冑騎士の胸から上が切断されて地面に落ちる。サイラオーグの肘が並の刀剣を上回る程の切れ味を発揮していた。

 だが、甲冑騎士たちも押されているだけではない。二体目がやられた僅かな隙に捻じ込むように聖剣を突き出す。

 薄皮のような闘気を僅かに裂いたがサイラオーグ本体には届かず、反撃の中段蹴りにより上半身と下半身が断たれた──が、その背後から再び別の甲冑騎士による突きが放たれた。

 先に倒した甲冑騎士が目晦ましとなって僅かに反応が遅れたサイラオーグ。咄嗟に頭を傾けて聖剣を回避するが、こめかみに刃が微かに触れた。

 禁手を使用し、数の力で攻めてやっと掠り傷程度のダメージ。だが、木場はその事実に絶望を見ない。寧ろ逆に希望を見い出す。相手は無敵ではない。傷も負うし血も流す。

 少なくとも木場が足掻き続ける限りは勝てる見込みはゼロにはならない。

 ゼノヴィアが動けない間は木場がそれを補い続ける。

 サイラオーグは傷を付けた甲冑騎士を掌打により粉砕すると自分から距離をとる。

 こめかみから流れる血を拭う。火傷のようなヒリヒリとした痛みが続き、血も止まらない。聖剣によって出来た傷だが、サイラオーグの動きに影響を与える程の効果は無い。触れたのがほんの一瞬だったので聖なる気がサイラオーグの体内に入らなかった。

 

「ふむ……」

 

 サイラオーグは反省する。木場の第二の禁手を見て、高揚した。それがこめかみを傷付けられる要因となった。

 荒ぶる戦意のせいで集中力が欠けていた。貫く拳を放つには自分の肉体と精神を完璧にコントロールする必要がある。戦意の昂ぶりが技の精細さを欠けさせることに、改めて戦いとはままならないものだとサイラオーグは思う。尤も、昨日の今日で目覚めた力を実戦で使える段階にしているのは十分に異常だと言えるが。

 サイラオーグは木場に注意しつつもゼノヴィアの様子も確認する。まだ蹲って動けない状態だが、いずれは回復して挑んでくるのはサイラオーグも分かっていた。痛みで折れて戦意喪失するようなやわな相手ではないと理解しているからだ。

 いつでも対処出来るようにその存在を常に思考の片隅に入れつつサイラオーグは木場と甲冑騎士たちを壊滅させる為に集中力を高めていく。

 木場は後手に回らないように注意しながらどう動くべきか頭の中でシミュレートを繰り返していた。だが、何度行ってもサイラオーグの拳によって撃破される未来しか見えてこない。

 禁手を習得したことで甲冑騎士の防御力や動きの精度が上がった筈だが、サイラオーグを倒すにはどちらも足りていない。死ぬ気で覚えた禁手がサイラオーグ相手には時間稼ぎぐらいの効果しか発揮出来ていない事実に情けない気分になる。

 木場は牽制の意味を込めて甲冑騎士たちの隊列を僅かに変えてみる。サイラオーグは微動だにしない。不動の構えのまま全てを撃破出来るという自信に満ちているのが伝わってくる。それは決して驕りではなく木場すらも認めざるを得ない事実であった。

 攻め手が足りない。木場はそう思ってはいけないと分かっていても思ってしまう。

 鬼神にして力の権化ともいうべきサイラオーグを前には全てを差し出しても尚足りないのだ。

 

「っ!」

 

 木場は息を呑んだ。一瞬だけ向けられた視線。それは蹲っているゼノヴィアが向けたもの。僅かに木場を視界に入れただけですぐに伏せてしまったが、木場はそれが助けを求めるものだとは思わなかった。

 

(仕掛ける気か! ゼノヴィア……!)

 

 木場にはその視線の意図が伝わっていた。ゼノヴィアがサイラオーグに対して決死の、そして最後の攻撃を仕掛けようとしていることを。

 勘の鋭いサイラオーグにバレないようにほんの僅かな時間で送った木場へのメッセージ。下手をすれば伝わらなかったかもしれないそれを、木場はきちんと、そして正確に受け取る。

 

(……僕もこれが最後の攻撃になるかもしれないね)

 

 ゼノヴィアが覚悟を決めたように木場も腹を括る。結果がどうなるかは分からない。しかし、確実に言えることは自分たちの攻撃に次は無いということ。

 木場は異空間から新たな剣を取り出す。ノートゥングと同じく『魔剣創造』では創り出すことが出来ない唯一無二の魔剣。

 サイラオーグはその魔剣が出現すると同時に肌寒さを感じる。

 新たな魔剣の登場にサイラオーグの好奇心が鎌首をもたげる。それが集中力の妨げになることは分かっているが、湧き上がってくるものは仕方がない。戦いを楽しむ気質が自分にあることは既に認識している。それを未熟と思いながら、いずれは楽しむことを忘れず、集中力も途切れさせないようになりたいと考える。サイラオーグの拳は未だに成長途中である。

 サイラオーグの意識が明確に向けられているのを木場は感じていた。攻めるならばここだと木場が強く思ったとき、その内心を汲み取るかのように今まで動かなかったゼノヴィアがエクス・デュランダルを振り上げながら地を蹴った。

 

(──来たか!)

 

 木場に意識を取られていたサイラオーグは、コンマ数秒だが反応に遅れてしまった。『騎士』の速度ならば一太刀入れられてもおかしくはない隙である。だが、サイラオーグの反応から迎撃の構えまでが間に合ってしまっていた。サイラオーグの拳によるダメージは、ゼノヴィアから速さを奪っていた。

 離れた距離からエクス・デュランダルの聖なる気を放ってもサイラオーグの闘気に防がれるのは経験済みである。サイラオーグにダメージを与えるなら聖なる気を纏わせたエクス・デュランダルで直接斬り付けるしかない。それが分かっての接近だが、ゼノヴィアの動きは全てが遅く、エクス・デュランダルを振り下ろすよりもサイラオーグの拳が届く方が速い。

 サイラオーグの拳がゼノヴィアの胸を貫く。

 

「これは……!?」

 

 驚愕したのはサイラオーグであった。ゼノヴィアの体に拳が沈みこんだ瞬間、ゼノヴィアの体が光となって消滅した。倒したのではない。飛び込んできたゼノヴィアは偽者だったのだ。

 ならば本物は、とサイラオーグが視線を動かしたとき、その死角に入り込むようにゼノヴィアが姿を現す。

 エクス・デュランダルの鞘にしてあるエクスカリバーの能力。『擬態の聖剣』と『透明の聖剣』の能力を発動させていた。サイラオーグの意識が逸れると同時に聖なる気を『擬態の聖剣』によって自分の姿に変え、『透明の聖剣』により本体を隠す。ゼノヴィアの力そのものに形と姿を与えたことによりサイラオーグですら破壊するまで気付けなかった。

 渾身の一振りがサイラオーグの肩口へ打ち込まれる。闘気の膜を聖なる気により相殺し、鋼の如きサイラオーグの肉体にエクス・デュランダルの刃が食い込む。

 だが、そこまでであった。聖なる気はサイラオーグの闘気によって剥がされており効果を発揮せず、片手ではサイラオーグの肉体にこれ以上刃を通せず止まってしまう。

 ゼノヴィアも今まで経験したことのない硬さに驚愕する。そして、二つのエクスカリバーを併用しても通じなかったことを悔しがる。二度も同じ手がサイラオーグに通じるとは思えない。もしかしたら、両腕であったのならもう少しだけダメージを与えられたのではないかと思ってしまい、サイラオーグに片腕を負傷させられたことを悔やむ。

 

「今のは驚かされたぞ!」

 

 エクス・デュランダルを受けたままサイラオーグは拳を握る。既に覚悟を決めているゼノヴィアはそれを避けるつもりはない。今の彼女に出来ることは食い込んでいるエクス・デュランダルを1ミリでも深く押し込むこと。

 ゼノヴィアは負傷した腕を無理矢理動かす。聞いたことが無い音が体内に響き、脳を焼くような痛みが起こるが精神力で捻じ伏せる。

 そして、まともに使えない腕を身体を使って動かし、ハンマーのようにエクス・デュランダルの柄へ叩き付けた。

 嫌な音と激痛がゼノヴィアを襲うが、彼女は声一つ洩らさない。

 サイラオーグは拳を握り締めながら不屈の精神を見せるゼノヴィアを称賛する。

 

「見事だ」

 

 敬意を表し、一撃で沈めようと溜めた力を解放しようとしたとき、下から伸びてきた巨大な氷柱がサイラオーグの拳を閉じ込める。

 

「これは!?」

 

 氷の中へ封じ込められた自分の拳を見てサイラオーグは目を見開く。誰がやったのかはすぐに分かった。新たに取り出した魔剣──ダインスレイブを地面に突き刺した木場によるもの。

 氷柱を自在に生成出来るダインスレイブの能力によりサイラオーグの右拳を捕らえることが出来たが、それ相応の代償も払うこととなった。

 ダインスレイブの柄を握る木場の手は変色し始めている。冷気による凍傷が起こっていた。ただでさえじゃじゃ馬な魔剣を禁手と同時に使用したことにより魔剣の反撃を許してしまう。辛うじて能力の一部を発動させることが出来たが、維持できるのも限られている。その前に手が使い物にならなくなるが。

 しかし、これが残された最後のチャンス。木場は戦う前に誓った通り出し惜しむつもりはない。

 

「行けっ!」

 

 騎士団がサイラオーグを囲み、全員が聖剣を構えると突きの体勢のまま一斉に突進する。

 全方位から聖剣の刃がサイラオーグに迫る中でゼノヴィアもまた残された力を振り絞り、エクス・デュランダルをサイラオーグへと打ち込み続け、そして数多の聖剣がサイラオーグへと突き立てられる。

 木場とゼノヴィアの正真正銘最後の反撃。これにより状況は塗り替えられる──

 

「──感謝する」

「そんな……」

「ここまで……差があるのか……!」

 

 ──儚い希望を一切許さない絶望一色によって。

 甲冑騎士たちの聖剣がサイラオーグを貫くことはなかった。あらゆる角度から突き出された聖剣の刃先はサイラオーグの皮膚一枚で止まっている。サイラオーグが全力で身を固めれば如何なる刃も通さない。

 

「はあっ!」

 

 溜め込んでいた闘気を全方向へ解き放つ。サイラオーグからすれば気合を入れるに等しい行為だが、周囲にいる者たちは違う。爆風でも浴びたかのように闘気によって全員が吹き飛ばされる。

 全員が吹き飛ばされた中でサイラオーグは構える。その目が捉えているのはゼノヴィア。空中にいるせいで咄嗟に構えることも出来ない。

 

(今ならば……!)

 

 サイラオーグの精神は最高の状態に達していた。木場とゼノヴィアの見事な戦いっぷりに感動し、それに応えようとしている。熱のような戦意と氷のような冷静さ。相反する二つの感情が奇跡的なバランスを保ち、サイラオーグを更なる高みへ押し上げる。

 未だに氷柱に捕えられている拳に闘気を送り込む。内側からの圧により巨大な氷柱は瞬く間に粉砕された。

 

「ふんっ!」

 

 サイラオーグはその場で自由になった拳を突き出す。その拳には闘気が乗せられており、それが放たれる。

 ゼノヴィアは闘気が自分に迫っていることに気付き、咄嗟にエクス・デュランダルを構えた。エクス・デュランダルに闘気が触れたとき、それを貫き、ゼノヴィアに通る。

 

「がっ!?」

 

 体を貫く闘気に理解をする前にゼノヴィアの意識は断たれた。闘気はそのままバトルフィールド端まで飛んで行き、結界へ衝突。闘気により結界全体が揺さぶられる。

 

「出来た……が」

 

 先程の一撃で結界が不安定な状態になってしまっており、点滅や揺らぎなどが生じている。

 

「二発目は耐えられんな。致し方ない」

 

 サイラオーグは消えるような速度で走り出し、木場を追う。まだ地面に足が着いていない木場。身を守ろうにも甲冑騎士たちは闘気の衝撃波により散り散りになっており集合出来ない。尤も、近くに居たとしても今のサイラオーグの速度に追い付けなかったであろう。

 木場の腕を掴み、そのまま上空へ投げ上げる。

 

「くっ!」

 

 全身で風を切りながら凄まじい速度で上昇していく木場。結界の天辺真下の位置にまで移動させられてしまう。

 地上を見下ろす木場の視界に入るのは、こちらに対し拳を構えるサイラオーグ。木場は最早ここまでであることを悟る。

 

「すみません……僕は何も為せなかった……部長! イッセー君! 後は頼むっ!」

 

 しかし、彼は何もしないまま果てるつもりはない。最後の抵抗にダインスレイブを振り抜く。無数の氷柱がサイラオーグへと放たれた。

 

「お前たちと戦えたことで、俺はまた強くなれた」

 

 解き放たれるサイラオーグの拳。撃ち出された闘気はダインスレイブの氷柱を全て粉砕し、木場へ直撃。

 

(これは……!?)

 

 意識が断たれる間際、全身を貫く衝撃に木場は既視感を覚える。それは彼が特訓の中で何度も経験したことがあるものに近い。

 

(まさか……サイラオーグは……間薙君と同じ……)

 

 ある事実を知ると同時に木場は意識を失う。

 木場を貫いた衝撃波は不安定状態の結界まで達し、これすらも貫いてドームの天井を破壊する。

 観客たちから悲鳴が上がった。堅牢な筈の結界が壊されることなく破られ、建物を破壊するなど前代未聞である。

 

『リアス・グレモリー選手の『騎士』二名、リタイヤです』

 

 混乱する会場内で審判は仕事を全うする。これによりこの戦いの勝者は決まった。

 バトルフィールド内で拳を突き上げるサイラオーグ。その勇ましくも神々しい姿を見たとき、誰もが思ってしまった。

 このレーティングゲーム、勝つのはサイラオーグだと。

 




サイラオーグを強く書き過ぎたかも……どうしよう……

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