ハイスクールD³   作:K/K

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古傷、既知

「な、何でセタンタさんがここに……?」

 

 一誠に続いて暖簾を潜った者たちも店主姿のアザゼルに目を剥き、席に座っているセタンタにギョッとする。

 

「前々からサーゼクスと飲む約束をしてたんだよ。イッセーが晩飯一緒にっていうから良い機会だし、俺が前から料理研究していたおでんを御馳走しながら飲もうと思っていたんだが……残念なことにサーゼクスが仕事で来られないってことになってな。でも、俺一人飲ませるのも申し訳ないって思ったのか代理を寄越してくれたんだよ」

「……それが私です」

 

 アザゼルの言葉を継ぐセタンタ。あまり乗り気ではないのが声からでも分かる。

 

「よっぽど忙しいみたいだな、魔王は?」

「テロリストがあちこちで暴れ回っていますからね。仕事が積み重なっていく毎日ですよ。──時間に余裕があるアザゼル様が羨ましい」

 

 チクリと皮肉を言うセタンタ。聞いている方がハラハラしてしまう。

 セタンタからすれば多忙な魔王を遊びに誘うな、という不満があった。

 

「はっはっはっはっはっ。趣味の時間を増やすには効率良く仕事するしかねぇからな。おまけで良い右腕が居れば些細なトラブルが起きても俺無しでも解決出来る。サーゼクスもまだまだ経験不足だなぁ」

 

 余裕で躱すどころかセタンタの発言のせいでサーゼクスの経験不足と人材不足が露呈したようになってしまった。ささやかな皮肉に対して強烈なカウンターを貰ってしまった。

 

「失言でした。ふふふ。堕天使総督には敵いません」

 

 笑っているが目が笑っていない。マフラーで隠された顔が、今どんな凶相を浮かべているのか想像も付かない。

 

「まあ、急に誘ったのはこっちだし悪かったよ。次はちゃんと予定を立てて誘うからよ」

「結局誘うんですね……」

 

 セタンタは嘆息する。言っても無駄だと悟ったせいか張り詰めていた空気は一気に霧散した。

 

「お前らもいつまでも立っていないでさっさと座ったらどうだ?」

「は、はい!」

 

 アザゼルに促されて用意されていた椅子へ座っていく。ジャックフロスト、ジャアクフロスト、ジャックランタン、ケルベロスの椅子もちゃんと用意されていた。

 

「グルルル。オレハココデイイ」

 

 ケルベロスは椅子を拒否して地面で横になる。

 全員が座っても窮屈ではなく余裕がある程のスペースがある。

 

「さーて。全員座ったな? 何にする? おでんは色々な種類を食べたが今日はシンプルな白だしだ。大根、こんにゃく、玉子に牛すじと王道な具だけじゃなくてちょっと変わり種でロールキャベツにトマトもある。まっ、俺が食いたいと思ったやつをぶち込んだだけだけどな」

 

 琥珀色のおでん鍋の中で白い湯気の下で漂う具たち。本格的過ぎてとても素人が趣味で作ったようには見えない。

 

「じゃあ、大根とこんにゃくと牛すじで」

「僕は玉子とちくわとはんぺんをお願いします」

「ぼ、僕はじゃがいもとロールキャベツと……あ、あとトマトを下さい」

「先生のお任せで」

「ヒホ! オイラは野菜なら何でも良いホ!」

「ヒーホー! 俺様にはとにかく美味いものを寄越すんだホ!」

「グルルル。肉」

「ヒ~ホ~。ギャスパーと同じものちょ~うだ~い」

 

 一誠たちが一斉に注文するとアザゼルは、あいよ、と活きの良い返事と共に具を菜箸で素早く掴んで皿へ盛っていく。その動きは非常に素早く、注文して三分も経たずに全員に配り終えていた。

 お任せで頼んだシンの皿には鶏つくね、がんもどき、巾着が盛られている。

 

「ほいよ」

 

 セタンタの前にも皿が置かれる。こんにゃく、玉子、大根というポピュラーな具材。そして、傍にコップが置かれる。

 アザゼルはそのコップの中に日本酒を注いでいく。

 

「あの、酒は……」

「下戸だったか?」

「いや、飲めますが私は仕事で来ましたので……」

「サーゼクスの代わりに飲むのが今回のお前の仕事だろ? 構わず飲め、飲め!」

 

 そう言ってアザゼルは今度は自分のコップにも酒を注いでいく。いつの間にかアザゼルもタコやはんぺん、しらたきをよそった皿が手元に置かれてあった。

 

「アザゼル先生も食べるんすね」

「当ったり前だろ。元はと言えば俺が食いたいから作ったんだからな」

 

 アザゼルは酒が入ったコップを掲げる。

 

「今日は野郎だけで色気は無いが、食い気だけはある。偶にはこういうのも悪くねぇ。オカルト研究部男子部員共、乾杯だ」

 

 音頭を取った後、アザゼルはコップの酒を一気に飲み干す。セタンタも観念したのか同じく酒を飲み干した。

 それを合図にして一誠たちは箸を取り、おでんの具に付ける。

 シンもまた箸で具を挟む。最初に取ったのは中身の分からない巾着。熱々の湯気が立っているそれをまず一口。

 出汁の染みた巾着の中から現れたのは白い餅。外の巾着よりも熱い餅を良く噛む。常人なら吐き出してしまうぐらいの熱さだが、口から炎を吐けるシンにとっては程よい温かさであった。

餅らしい柔らかいを通り越して溶けるような食感。中の餅にも出汁の味が良く染みており、飲み込む辺りで餅の微かな甘みが舌へ余韻として残る。その余韻が消えない内にもう一口餅巾着を齧り、三口目で全て平らげる。

 

「ほらよ。ケルベロスに渡してやりな」

 

 アザゼルから渡される皿。シンの皿よりも大きく深めな作りになっており、注がれた出汁と一緒に様々な具が盛られてある。ケルベロスが好みそうな肉を中心にしており、手羽先に手羽元、鶏のつくね団子と牛すじはケルベロスが食べ易いように串が抜かれてある。

大雑把なように見えて気を利かせたり、気配りが出来るのがアザゼルらしいとシンは思いながらケルベロスの前に皿を置く

 

「待たせたな」

 

 置かれた瞬間にケルベロスは喰らい付く。手羽先や手羽元を骨ごと貪るので、ゴリゴリバキバキと凄まじい咀嚼音が屋台内に広がる。

 ケルベロスも炎を吐くので高温のおでんを冷ますことなく頬張っていく。火に耐性があるという特性が変なところで発揮されていた。

 火耐性といえば──

 

「ヒホ! ヒホ! ヒホ!」

 

 ジャアクフロストがおでんをがっついている。箸など扱えないので両手掴みというマナーなど一切捨てた食べ方をしていた。

雪だるまみたいな見た目をしている癖に溶けることはなく、火に対して耐性どころか全く効かないという異常な体質を持っているジャアクフロスト。真っ赤な口の中におでんの具を放り込むようにして入れていく。

 一方でジャックフロストは──

 

「ヒホー」

 

 息を吹きかけ、具を冷凍してから食べていた。こちらは見た目通り熱に弱いのでいつも通りの食べ方である。

 

「気色悪い食べ方するんじゃないホ!」

「ヒホ!? これがオイラの食べ方だホ!」

 

 ジャアクフロストが文句を言うとジャックフロストは反論。熱いおでんをカチコチに凍らせる食べ方が気に入らない様子。

 

「アザゼル! いいのかホ!? こんな台無しにする食べ方!」

「あー、別に粗末にしなけりゃどんな食い方でもいいぞ」

 

 作った本人にも訴えるが、アザゼルは最低限のルールを守ればあとは全て良しとした。

 

「ヒホホ……!」

「ヒーホー! オイラの勝ちホー!」

 

 文句が通らずギリギリと歯ぎしりをして不満を露わにするジャアクフロストに、いつもの仕返しと言わんばかりジャックフロストが挑発する。

 

「お前はこれでも食ってろホー!」

 

 ジャックフロストの口の中に湯気立つ玉子が捻じ込まれる。

 

「ヒホォォォォォ!」

 

 猫舌というレベルじゃない程に熱さに弱いジャックフロストは、口に入れられるとすぐに玉子を発射。

 発射された玉子は捻じ込んだジャアクフロストの目に命中。しかも、その玉子には辛子が付けられており、因果応報と言わんばかりにジャアクフロストの目に辛子が塗られる。

 

「ヒホォォォォォ!」

 

 跳ね返った玉子が宙を舞う。アザゼルが粗末にするなと言った傍から地面に落ちて食べられなくなる。

 

「アオン」

 

 ケルベロスが地面に落ちる前に空中で玉子をキャッチし、そのまま食べてしまった。ケルベロスのファインプレーにより玉子が無駄にならずに済む。

 

『ヒホォォ! ヒホォォ!』

 

 ジャックフロストとジャアクフロストは椅子から転がり落ち、ジャックフロストは口を、ジャアクフロストは目を押えながら地面を転げ回っている。シンとケルベロスはそんな二人を、何をやっているんだ、と呆れた眼差しで見ていた。

 ジャックフロストの小競り合いはいつものことだと放っておかれ、アザゼルと一誠たちは会話を交えながら食事を楽しんでいた。

 

「どうよ? 俺のおでんは?」

「最高っす! 今すぐにでも店を出せます!」

 

 お世辞ではなく一誠の心からの本音であった。

 出汁の色に染まった大根は中まで完全に染め上げられており、嚙めば硬くも無く柔らかくもない丁度良い食感と大根と出汁の味が合わさった汁が口の中に溢れてくる。熱いがそれでも次をすぐに齧りたくなる。今までの人生の中で最上級の大根だと断言出来た。

 

「そいつは良かった」

 

 アザゼルはそう言って自分も取っておいた大根を一齧り。

 

「うーん……七十五点といったところか?」

 

 自作なのに思いの外厳しい採点をするアザゼル。一誠からすれば百点満点の出来であるというのに。

 

「厳しいですね」

「初めの頃だったら九十点以上と評価していたかもしれないがな。あれこれと知識やら技術やら覚えてくると自然と評価が厳しくなってくるんだよ、俺って研究者だし。何ていうか、これで良いだろって妥協出来なくなってどこまでも追求したくなってくるんだよなー」

 

 アザゼルの言っていることは一誠にも共感出来た。

 一誠が覚醒して得た力である『赤龍帝の三叉成駒』も使い始め頃はパワーアップした自分の力に高揚し酔いしれるような感覚があったが、使い慣れてくるにつれて各特化型の駒の長所と短所が見えてきて頭を悩ませてくる。

今まで『赤龍帝の鎧』でやって来たが、急にピーキーな性能をした手札が増えたせいで戦闘時での取捨選択が発生してしまう。迷う時間はそのまま相手への猶予と変わるので何とか迷う時間を無くしたいが、考えれば考える程思考の沼に嵌っていく。

 

「何か分かります……俺も新しい力は最初の頃は凄いと思っていましたけど、今は悩みの種になっていて、覚醒前の方が色々と戦い易かったんじゃないかと思っちゃいましたし……」

「ははは。客観的に見られるだけ成長しているぜ。まあ、シンプルな力を高めていくのも間違ったやり方じゃないしな。今までとは戦闘スタイルが変わるから悩むのも無理はない」

「確かに俺の頭だとパンクしそうで……ああ、でも、木場とかからアドバイスを貰ったりしてます。この間はレイヴェルからもアイディアを貰ったんですよ。俺の『僧侶』の砲身から砲撃じゃなくて譲渡の力を撃ち出してみたらどうだって」

「良いな、それ」

 

 アザゼルの目がキラリと光った。食べ掛けていたタコを一気に口に入れ、酒で流し込む。食べるのを止めて話に集中する方へ切り替える。

 

「はい! これなら初見だと攻撃に見せかけて相手が警戒している間に仲間への譲渡しサポートすることも出来ますし、二度目以降は攻撃か譲渡かの揺さぶりも出来ます」

「ああ。それに譲渡する相手は選べるんだろ? 仲間が戦っている最中に遠慮なくぶっ放すのも良いな。味方を巻き添えにして攻撃なんてされたら、敵なんかビビッて高確率で逃げることを選ぶ。その隙に譲渡で強くなった仲間が倒すってのも出来る」

「うおぉぉ……えげつないやり方……」

 

 アザゼルらしい悪知恵が働いたアドバイスに一誠は少し引いてしまう。

 こうなってくるとアザゼルも乗り気になり、一誠との会話にも熱が入る。

 ヒートアップする二人の会話を放っておいてシンや木場、セタンタは平凡な会話をしていた。

 

「これは何から出来ているのですか?」

 

 器用に箸で挟んだ蒟蒻をプルプルと揺らしながらセタンタが訊く。

 

「蒟蒻はコンニャク芋という芋を加工して作ったものです。主に食感を楽しむ為の食材です」

 

 木場がセタンタの質問に答えた。

 

「成程」

 

 マフラーをずらし、口の中に蒟蒻を入れて咀嚼。

 

「確かに面白い食感ですね」

「セタンタ様は箸の使い方が上手ですね。こちらに何度か来たんですか?」

「君の師匠から教わりました。日本の文化についても少々」

「師匠が? そうだったんですか……」

 

 初耳だったらしく木場は少し驚いた。

 

「教えてくれたのは良いですが……教えてくれたことに嘘を混ぜるのはいただけないですが」

 

 セタンタが顔を顰めたのが分かった。総司の嘘のせいで騙されたか赤っ恥をかかされた経験があるのかもしれない。

 

「あははは……」

 

 木場は苦笑している。木場も心当たりがあるのかもしれない。

 

「こ、これ、美味しいですよ、間薙先輩!」

 

 シンの隣にいたギャスパーがおすすめを教えてくれる。あまりおでんの具では見ないトマトであった。

 箸で挟まれたトマトが差し出される。このまま食べるべきなのか一瞬迷ったが、別に意識する必要もないと思い、流れで食べてしまおうとしたら──

 

「う~ん。ジュ~シ~」

 

 ──間に割って入ってきたジャックランタンが食べてしまった。

 

「ランタン君!? 折角、間薙先輩に食べてもらおうと思ったのにぃぃぃ!」

「ヒ~ホ~。ごめ~ん。美味しそうだったからつい我慢出来なかった~」

 

 ギャスパーがビックリすると分かっててやったであろうジャックランタン。こうやってギャスパーを驚かせるのが彼のライフワークである。

 ギャスパーが珍しく少し怒ってジャックランタンを責めるが、ジャックランタンはユラユラと揺れる姿のように全部聞き流していた。

 各々が食べたり、喋ったりなどして盛り上がっていく中、アザゼルのある一言を放つ。

 

「──ところでよ。今日は何でお前の方からメシに誘ってきたんだ? イッセー?」

 

 アザゼルのおでん屋のせいで忘れてしまっていたが、今夜の男子一同の食事会は元々一誠から提案されたもの。何かしらの理由があって誘われたのは分かっている。というよりもその理由の方も凡そ察せた。

 雑談が止み、全員の視線が一誠に集中する。注目を集めたことで少し気圧される一誠だったが、すぐに気合を入れ直して表情を引き締める。

 

「あの……皆は多分何で呼んだのか大体は察しているとは思うんだけど……」

 

 一誠はそう言いながらアザゼルとセタンタをチラチラと見る。

 

「俺が情けなかったせいで、部長のことを傷付けて泣かせてしまったことに関係しているんだ」

 

 改めて説明するのは事情を知らないアザゼルとセタンタに教える為である。

 言ってしまった後に背中から凄まじい勢いで汗が滲み出て来る。アザゼルは大丈夫だとして、セタンタにこの事を言うのは並々ならぬ覚悟が必要であった。

 セタンタが来ていたと知ったときには心臓が飛び出すかと思った。もしかしたら、サーゼクスの前で同じ事を言っていた可能性もあったのだ。だが、セタンタもまたリアスを幼少の頃から知っており、立場は違うが兄のような存在。そんな彼にリアスを泣かせましたと告白するのは、自分自身に引導を渡すような気持ちであった。

 最初にアザゼルの方を見る。アザゼルは興味深そうに耳を傾けていた。

 そして、次にセタンタの方を見る。無表情過ぎて何を考えているのか分からない。ただ、話を続けろ、という無言の圧力を感じた。

 

「部長は俺の為に色々としてくれて……俺も部長の為に色々とお返しをしたいと思ってて……けど、部長が俺の為に色々としてくれたのは主と下僕だからってだけじゃなくて部長は俺のことを……」

 

 一誠はその後に続く言葉を口に出さず、心の中で言う。勝手に喋るのは野暮だと思ったからだ。シンたちは一誠が何を言おうとしているのか分かっていた。だが、それを口に出さない一誠の意思を尊重する。指摘するのも野暮だからだ。

 

「この間のことは、主と下僕の関係が俺にとって心地良くて見て見ぬふりをしていたツケだったんだ。……情けないけど俺は怖かったんだ……女の子と一歩踏み込んで仲良くなるのが……馬鹿やって笑われて、でも許してくれるような相手に甘えきっていたのが今までの俺だったんだ……」

 

 悔恨と共に己の弱さを吐き出す一誠。顔に手を当てて表情を隠す。今の自分がとても情けない顔をしているから。

 

「俺……最初に出来た彼女が堕天使だったんですよ……いや、彼女じゃなかったかも。だって、俺を殺す為だけに近付いてきたから……」

 

 堕天使レイナーレのことにアザゼルも責任を感じているのか一誠を見るアザゼルは少し複雑そうな表情に見えた。アザゼルが直接命じた訳ではなく、レイナーレの行き過ぎた忠誠心からの暴走であったが、部下の手綱を握れなかったことに責任を感じている。尤も、アザゼルとレイナーレの立場は天と地ほどの差があるので、末端の手綱を握れというのも

酷な話である。

 

「それでも俺は人生で一番舞い上がっちゃって……初めてのデートのときも寝ないでプランを考えて……今思えばありもしないことなのに、デートが成功した後のことを色々と妄想したりして……思い返してもびっくりするぐらい……」

 

 またそこで言葉を止める。一誠の中では事実だが、認めたくないことでもあった。

 

「でも、結局は全部嘘で芝居で悪い女だった……嫌でも忘れられないぐらい本当に悪い女だった……」

 

 一誠の初恋はレイナーレに殺害されるという最悪な形で終わり、レイナーレは無様なぐらいにリアスに命乞いをして、今までの報いを受けて消滅させられた。彼女らしい最低の最期である。

 

「ははは……ハーレム王になるなんて最初に息巻いていたけど、後になってそんなことも出来ないヘタレって分かるんだから笑い話だ……」

 

 自身のトラウマと中々向き合うことが出来なかったので気付くのも仕方ないとも言える。

 自嘲する一誠を見て、セタンタは過去に一誠の鈍感さに腹を立てていたときの記憶を思い出していた。あのときはサーゼクスがモテた事が無いから女性からの好意に鈍いと言っていたが、事実は似て非なるものであった。

 

(……だからといって腹が立つものは腹が立つが)

 

 それはそれ、これはこれとしてリアスを泣かせたのは事実なのでマイナスである。一誠の結論次第では──と物騒なことを考えている。

 

「それを言うなら僕だって笑われても仕方のないことをしているよ。かつての仲間の復讐の為に勝手に突っ走って今の仲間を蔑ろにしたんだ」

「そ、そうです! 誰も笑いません! ぼ、僕なんてずっと引きこもりだったし、い、今も段ボール箱がないと安心できないですし、きゅ、吸血鬼だけど血はあんまり好きじゃないですし……」

「多くな~い?」

「い、いいの! こ、これが僕なんですぅぅぅ!」

 

 茶化して来るジャックランタンにギャスパーが珍しく言い返している。

 己の恥を晒し、自虐する一誠に木場とギャスパーが忘れることの出来ない過去を語り、それが恥でも何でもないと慰める。

 木場とギャスパーだけではない。口に出すことはしなかったが、この場にいる全員が忘れることの出来ない記憶や傷を抱いている。一誠の語りに誰も何も言わなかったのがその証であった。

 

「木場……ギャスパー……ありがとな」

 

 二人の心遣いに感謝する。

 

「お前は何か言ってくれないのかよー」

 

 少し元気を取り戻し一誠は、シンを冗談っぽくねだる。

 

「振り返ると笑い話が多過ぎる。話していたら夜が明けそうになるから今度な」

「ははは。何だそりゃ?」

 

 シンの冗談につい笑ってしまった一誠。笑いながら目の端から涙を流す。その涙にはさっきまでの哀しみだけでなく皆への感謝も混じっていた。

 

「……うん。改めて思う。俺は皆に救われているって」

 

 自分のことを受け入れてくれる存在。その存在が一人でも居るだけで心が救われる。しかも、一誠の場合は一人じゃなく沢山いる。

 

「アーシア、朱乃さん、小猫ちゃん、ゼノヴィア、イリナにもこのことを話したんです。そしたら、言ってくれたんですよ、俺のことを大好きだって。滅茶苦茶嬉しかったです。涙が出るくらい。俺の中の嫌なものがどんどん消えてくれました」

 

 眷属の女子たちの言葉で救われた。前に進む勇気が持てた。彼女たちの言葉があったからこそ、シンたちの前で覚悟を以って話すことが出来た。

 

「俺は俺を大好きだと言ってくれた皆の気持ちに報いたい。そして、俺は大好きな部長の──あっ」

 

 そのときが来るまで言うまいと思っていた言葉を、口を滑らせてつい言ってしまった。

 誰も知らない筈の気持ちをよりによって仲間に知られてしまったことを焦る一誠。

 皆も驚いている筈だと思い、恐る恐る彼らを見る──何故か全員訝しむ表情で一誠の方を見ていた。リアスへの思いを口に出したことに戸惑っているというよりも焦っている一誠の様子を不審に思っているように見える。

 

「あの……聞いてたよな?」

「何が?」

 

 全員偶然聞いていなかった、という有り得ないが万が一の可能性があるので、もう一度確認してみる。

 

「俺が部長のことを……」

『知ってた』

 

 言い切る前にシンとアザゼルが声を揃えて先に言ってしまう。

 その答えに啞然とする一誠。口を半開きにしたまま木場とギャスパーを見る。二人は苦笑いしながら頷いていた。

 一誠は今までの涙の告白以上に猛烈に恥ずかしくなってきた。自分でも知らず知らずのうちにリアスへの好意を露わにしており、それが周知の事実になっていることに。

 

「いや、ほら、リアス部長が結婚させられそうになったとき、イッセー君は命懸けでそれを取り消しにしたし、そんなこと部長のことが好きじゃないと出来ないなって……」

「イ、イッセー先輩とリアス部長は、ひ、一つ屋根の下で暮らしていますし……同じベッドで寝ているって聞きましたから……そういうのはやっぱり両想いじゃないと出来ないと思いますし……」

 

 薄々は気付いていた。当人が言うまで見て見ぬふりし仲間として見守るつもりであったからだ。

 

「俺ってそんなに分かり易い男か?」

「お前は自分が分かり難い男だと思っていたのか?」

 

 自惚れるなと言わんばかりのシンの言葉に一誠がガックリと肩を落としてしまう。色々と勇気を振り絞って喋っていたが、最後の方でうっかり口を滑らせてしまったことで、何とも締まらない結果になってしまった。

 

「ははははは。まあ、いいじゃねぇか、これでも」

「何かカッコ悪いというか……」

「いいんだよ、男同士恥を晒していこうじゃねぇか。カッコ悪いところを見せた分、惚れた女の前でカッコイイ所を見せたやれ」

 

 アザゼルの言葉を受け、一誠は少しだけ気持ちを持ち直す。

 

「お前も何か言ってやれ」

 

 アザゼルがセタンタに話を振る。

 

「いえ、私は──」

「サーゼクスの代理で来たんだろう? リアスの兄貴代行として未来の義弟に声の一つでもかけてやれよ」

 

 セタンタが顰めっ面をしている。その様子に一誠たちの方がハラハラしてしまう。

 

「……私はグレモリー家に奉仕する一従者にしか過ぎません」

「そんなこと言ってー。お前もリアスをガキの頃から面倒見てきたんだろ? 聞いたぜぇ? お前、リアスがライザーと結婚するのは反対だったんだろ? そんな奴が何も思わない訳がねぇ」

 

 セタンタは誰にも聞こえない声量で『あのお喋りが……』と毒吐く。誰がアザゼルに教えたのか既に予想出来ていた。

 

「それとも口の滑りを良くする為に一杯飲むか?」

 

 アザゼルが酒瓶の注ぎ口をセタンタの方へ向ける。すると、セタンタはアザゼルの手から酒瓶をひったくり、コップに注がずにラッパ飲みで一気に飲む。

 まだ一升近くあった日本酒が瞬く間に飲み干されていく。セタンタのことを落ち着いた人物だと思っていた者たちは、その光景に呆気にとられていた。

 数秒後、空になった酒瓶を机の上に置く。

 

「──俺が望むことはただ一つだ」

 

 いつもの丁寧な口調ではなく荒々しさを感じさせる口調に変わり、一誠たちは驚いた。

 

「あの娘が幸せになればいい。それだけだ。お前にそれが出来るのか? 兵藤一誠」

 

 セタンタに横目で見られた瞬間、心臓が跳ね上がった。喉元に刃物を突き付けられていた方がマシに思える程の重圧が、一誠のみに一点集中させられる。長年生きてきたアザゼルや剣の達人である木場や勘の鋭いシンにすら悟らせていない。

 一誠はこれをセタンタなりの試練と考えた。この程度の重圧を跳ね除けられないような奴にリアスは任せられない、という意志をぶつけられている。

 出来ます。たったその一言だけを言えば済むこと。だが、口の中が乾き、舌が鉛のように重くなり、心臓の鼓動が不規則になっていく。セタンタの放つ殺気の如き重圧が一誠に凄まじいストレスを与え、肉体の機能を狂わせていく。

 凄い人なのは知っていたが、ここまで凄いとは思わなかった。セタンタが本気を出せば睨むだけで人を殺せるかもしれない。

 一誠は蝕むような重圧の中で両手をあらん限りの力で握り締める。流れが途絶えそうになっている活力を全身に漲らせる。

 言葉一つでも届けなければならない。自分の本気を知ってもらわねばならない。もう二度と退かないと誓った。

 

「で、き……」

 

 喉と口に力を入れ、無理矢理言葉を絞り出す。あと少し。

 四文字言うだけなのに酸欠になり掛ける。既に萎んでいる肺を更に絞り込み、喉に引っ掛かった言葉を吐き出した。

 

「ま……すっ!」

 

 最後まで言い切ってみせる。

 

「──そうですか」

 

 同時にセタンタからの重圧が全てが幻であったかのように呆気なく霧散する。セタンタの纏っていた雰囲気も元のものへと戻っている。

 

「大丈夫かい? イッセー君。顔色が悪いよ?」

 

 冷や汗を流し、顔を蒼褪めさせている一誠を木場は心配する。セタンタに見られていた時間は短時間であったが、それでも他の者が見て分かるぐらいに消耗していた。

 

「だ、大丈夫だ」

 

 一誠は瘦せ我慢をしながらぎこちない笑みを見せ、心配をかけないようにする。

一方でシンとアザゼルはセタンタが何かをしたと察して無言で責めるような視線を向ける。セタンタには全く通用しなかったが。

 一誠は皿に残っていたおでんの具を一気に頬張り、咀嚼し、呑み込む。そして、この場で宣誓する。

 

「今度のサイラオーグさんとのゲームは絶対に勝ちます! 俺がリアス・グレモリーを勝たせてみせます! 勝って俺の気持ちを伝えます!」

 

 並々ならぬ覚悟で決意表明する一誠。敢えて言葉に出すことで自分にも皆からも逃げない意思を見せる。

 

「──うん。そうだね」

「は、はい! ぜ、絶対に勝ちましょう!」

 

 一誠の意志に触発されて、木場とギャスパーの言葉にも熱が帯びる。

 

「ふっ。暑苦しいねぇ。同調するには俺も年を取り過ぎたなー。という訳でお節介な大人の立場として俺は応援させてもらうとするよ。ほれ、食え食え」

 

 一誠たちの皿に次々とおでんの具を盛っていく。

 

「ほれ、飲め飲め」

「俺たち未成年ですが……」

「酒の味も知らない奴らに飲ますか。ジュースで十分だ。代わりにお前さんが飲め」

「はぁ……分かりました。付き合いますよ」

 

 一誠が思いの丈をぶちまけたことで中断された宴が再開される。一誠の表情は心なしか晴れやかなものになっていると同時に引き締められた表情をしている。

 言うべきことを信頼出来る仲間たちに言え、色々とスッキリしていた。

 

(蟠りが解消されたか……)

 

 そう思ったとき、シンの頭を過るあのときの出来事。シンの中にもある蟠りが残っていることを知る。

 

(丁度良い機会かもしれない)

 

 シンもまた一つの決断を下した。

 

 

 

 

「正直、来てくれるとは思っていませんでした。レーティングゲームは明日ですよね?」

 

 広々とした空間に立つシン。

 

「俺も思ってもみなかった。お前の方から誘いがあるとは」

 

 シンと向かい合うのはサイラオーグ。

 

「納得いっていないので、あの結果は」

「……ああ、そうだな。同感だ」

「だからこそ、ここで白黒付けようかと」

「感謝する……お陰で最高の状態でリアスたちと戦えそうだ」

「もしかしたら、ゲームに出られないかもしれませんよ?」

「そのときはそのときだ。俺がその程度の男だったということだろう。──尤も、自分の身を心配するのはそっちかもしれないが」

 

 あのときとは違い、今度は二人の戦いを止める理由はない。限りなく殺し合いに近い戦いが始まろうとする。

 

「再戦といきましょうか?」

「この瞬間を与えてくれたお前に感謝し、全力で挑もう!」

 




次回はシンとサイラオーグの第二ラウンドとなります。

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