翌日、修学旅行最終日。シンや一誠たちは最後の思い出を残す為に元気一杯でお土産屋巡り──など出来る筈がなかった。
英雄派との戦いが終わってすぐにホテルへと運ばれ、そこで待機していた救護班によって全員が治療を受けていた。
セラフォルーはすぐに冥界と連絡を繋げ、可能な限りフェニックスの涙を持って来るように指示を出し、アザゼルも腹に風穴を開けられたというのに治療を受けながらも救護スタッフに指示をしていた。
とにかく、戦闘に参加していた者たちは全員疲労困憊状態だったので治療や手当ての最中に全員気を失うように眠ってしまい、次の日の朝に疲労が抜け切っていない状態で目覚めることとなった。
いつもよりも重い足取りで移動するシン。彼は左腕をギプスで固定され吊られている状態であった。左腕切断という重傷だったが、フェニックスの涙やアーシアの神器と元々の再生力のおかげで一晩で動くまで回復しており、本当ならギプスは必要ない。
必要ないのだが、ジークフリート戦後の治療中にだいそうじょうの許へ向かったのが不味かった。
あの後、木場、ゼノヴィア、イリナから本気で怒られた挙句に神器の治癒をしてくれたアーシアにまたも泣かれてしまった。因みに魔術で応急処置をしてくれたルフェイは戦いの後にいつの間にか護衛のゴグマゴグと白い巨人と一緒に消えていた。もし、顔を合わせていたら木場たち同様に文句の一つも言っていたかもしれない。
そんな訳でこのギプスは、いつぞやのヴァーリとの件と同じく戒めの為のギプスである。
松田、元浜、桐生には何でギプスを付けているのか訊かれたが、階段を踏み外したときに手を突いて痛めてしまったと嘘の説明をした。『間薙は意外とおっちょこちょい』と言われて笑われてたが、シンは甘んじてそれを受け入れる。
他のメンバーと離れ、丁度一誠とシンの二人になったとき、声を掛けられる。
「よぉ、赤龍帝の坊やと魔人の坊主」
呼び掛けたのは孫悟空。さも当然のように道の真ん中に立っている。とても目立つ姿をした小柄な猿の老人が煙管を吹かしながらそこに居るというのに通行人は誰も見向きもしない。何かしらの仙術を使っている模様。
「ちゃんと別れの挨拶をしたかったんだが、お前さんたちが疲れ切ってたからのぅ。何も言わずに帰るのも忍びないから待っていたぜぃ……それと、こいつとの約束もあったしのぅ」
『おうおう! まだオイラの腹は満たされてねぇぞ! ジジイ! 京料理の次は京都ラーメンだ! その後は酒だぜ!』
頭の中に玉龍の声が響いてきた。姿は見えないが、もしかしたら意外と近くで身を隠しているのかもしれない。
『玉龍か。喧しいのは相変わらずだな』
『ヘイ! ドライグ! そっちは何だか変わったなっ! 少し丸くなり過ぎてねぇか?』
『──かもしれんな。そういえば言い忘れていたな。わざわざ助太刀に来てくれたことに礼を言う』
何故か玉龍がそこで言葉を失う。
『……誰だお前?』
『──はぁ?』
『素直に礼を言うなんてオイラの知ってるドライグじゃねぇ! ドライグはもっと横暴で容赦無くて頭空っぽを通り越した大馬鹿の筈だ! じゃなきゃ戦争に首突っ込んで封印されるなんて間抜けな結末になんてならない!』
『──おい』
『返せよー! オイラの知っているドライグを返せよー! その顛末を知って早々に引退することを決心させたオイラの反面教師を返してくれよー!』
『この若造がっ!』
好き勝手言う玉龍にドライグの頭に来て雷鳴を思わせるような怒声を放つ。
ギャアギャアと思念で言い争うドラゴンたちを放っておいて孫悟空はまずは一誠に話し掛ける。
「『覇』とは違う面白い力を手に入れたようじゃな。良いこった。強大な力でもそれに振り回されるようじゃ話にならんからな。しっかりと手綱を握っておけ。お前さんにも大事なもんがあるじゃろ?」
「ええ、ははは、まあ、そうです」
リアスや仲間たちの顔が浮かび上がる。
「じゃあ、泣かすような真似はしないことだ。赤龍帝って定めを与えられたとしても進む道まで決まった訳じゃない。自分の納得出来る道を行きゃいい」
「はい!」
孫悟空から言葉を胸に刻む。次に孫悟空はシンの方を見る。
「最後の一発。見ててスカッとしたぜぃ。あの腐れを通り越した干物坊主が、今頃どんな面してんのか見れねぇのが残念だぁ」
「それはどうも」
「にしても見れば見るほどまだ坊やじゃねぇか……こんな事はあんまり言いたくないが、この先災難は続くぞ?」
魔人としての業を背負った瞬間からあらゆるものから狙われる宿命。魔人と何度か戦いを経験したこともある孫悟空も若き魔人に同情の念を送る。
「まあ、その時はその時です」
他人事のような返答。だが、孫悟空は見抜いていた。シンという少年が既に覚悟を決めていることを。或いはその在り方こそが彼にとっての自然体なのかもしれない。
「そうかい。なら、この老いぼれからはもう言う事はないなぁ」
孫悟空は二人に背を向ける。
「達者でのう」
『あいよ、クソジジイ。ドライグ、久しぶりに話せて楽しかったぜっ!』
『さっさと行け!』
玉龍の甲高い笑い声が響くと孫悟空は煙のように消えてしまった。
「どうしたんですか……こんな所で立ち尽くして……」
覇気の無い声が後ろから聞こえ、振り返るとロスヴァイセが立っている。
「いや、さっきまで孫悟空の爺さんが──って、そんなことよりもロスヴァイセ先生の方が大丈夫ですか?」
一目で元気がないと分かるぐらいにロスヴァイセからは生気を感じられない。
「大丈夫ですよ……」
心配させまいと笑みを浮かべようとしているらしいが、上手く出来ずに顔を痙攣させているようにしか見えない。
昨晩の戦いでシンと同じくらい負傷したのはロスヴァイセとケルベロスだと思われる。爆撃を操るヘラクレスの神器により救助されるまで動けない状態であった。
一晩の間に傷は治したが、それでも体の芯にダメージが残っておりフラフラとしている。ケルベロスの方は今もホテルで休んでいる。自宅に戻り次第召喚して呼び戻す予定である。
ロスヴァイセも横になっていればいいのに先生としての仕事があるという理由で無理をしてこうやって動いている。
無理をしているといえばアザゼルもまた当たり前のように動き回っている。昨夜から今に至るまで休み無しで色々な指示を飛ばしつつ教師の仕事も熟している。アザゼルも軽くでは済まない傷を負った筈なのにおくびにも出さず平然した顔で行っている。その辺り流石は年季が違うというべき所であった。
「無理をしないで下さいね」
「お気遣いありがとうございます……間薙君たちも体に気を付けてくださいね……」
そう言ってヘニャヘニャとした足取りで他の生徒の様子を窺いに行った。
「大丈夫か? あれ?」
「さあ?」
ロスヴァイセを心配しつつも残された時間を無駄にしないように目的を果たす。
そんなことをしている内に時間も来て、京都を離れる時が来た。
京都駅の新幹線ホームに行くとそこには八坂と九重がいる。
「赤龍帝!」
一誠の顔を見るなり九重は表情を明るくし、近寄って来る。
「赤龍帝じゃなくてイッセーでいいよ」
堅苦しい二つ名よりも愛称で呼ばれる方が一誠も嬉しい。
「……イッセー」
「おうよ」
もじもじしながら呼ぶと一誠は快活な笑みを見せる。
「色々とありがとう。……匙はおらぬのか?」
キョロキョロと見回して匙の姿を探す。
「あー、何か無理したせいでちょっと体調崩しているみたいで、生徒会メンバーに看病されているとか」
「そうか……匙にも世話になった。ぜひ、また京都に来て欲しい」
「ああ、また来るよ」
一誠は頷く。
「そなたも──」
九重がシンを見る。見返すとびくりと肩を震わせ、八坂の方へそそくさと戻り──
「……また京都へ」
──小声で言う。
「お前ってホント怖がられること多いよな」
「一々言うな。自覚はある」
ある意味感心すら覚える一誠に、シンはいつもの無表情で言い返すが心無しか不機嫌そうに見えた。
「おう、御大将。歩き回って大丈夫なのか?」
アザゼルが八坂たちに気付いてこちらへ来る。
「ええ、幸いにも。アザゼル殿やレヴィアタン殿、悪魔や堕天使の皆々には本当に迷惑を掛けた。礼を言う」
八坂の言う通り幸運にも術の悪影響や副作用は見られなかった。孫悟空が確認しているのでほぼ間違いない。
「今後はこのようなことが二度と起らぬよう、レヴィアタン殿や闘戦勝仏殿らと協力態勢を敷い、あのような輩が京都に踏み入れられないようするつもりじゃ」
「期待してるぜ、御大将。まあ、こっちも力を貸すつもりだがな」
友好を示すように握手を交わす。悪魔、堕天使に孫悟空も協力するとあれば英雄派も今回のような騒ぎを起こすのは難しいだろう。
「力を貸すといえば、オンギョウキ」
『はっ』
姿は見えないがどこからともなくオンギョウキの声が聞こえて来た。
「もし、『禍の団』との戦いがあるようならばオンギョウキの力をいつでも貸そう」
「おいおい。オンギョウキはあんたの懐刀だろ? そんな有能な人材をほいほい貸していいのか?」
「オンギョウキも了承済みだ。それに力があるからこそ京都に留め、余らせておくのは勿体無い」
「まあ、それはそうだが……」
「『禍の団』の問題は既に悪魔や堕天使、天使だけのものではない。今回の件でハッキリとした。奴らは我らにとっても打破すべき敵よ」
三勢力だけでなく他にも被害が及ぶのであれば、京都の妖怪らも立ち上がる覚悟が出来ていた。
「はっ。英雄派の連中、虎の尾ならぬ狐の尾を踏んだか?」
対抗勢力を増やしたことへの皮肉を言ってアザゼルは笑う。
『八坂様のことで大きな借りが出来た。我が力が必要ならば何時でも呼べ』
姿は見えなくとも声だけで誠意が伝わって来る。
『今後ともよろしく頼む』
やがて新幹線へ乗車する時間となる。皆が新幹線に乗ると九重は大きな声を出しながら手を振る。
「ありがとう! 皆! また会おう!」
手を振る九重に皆も手を振って返す。やがて、扉はしまり新幹線が発車した。
京都への修学旅行。短い日数ながらも中身は非常に濃密なもので決して忘れられないものとなる。良い意味でも悪い意味でも。
見送りが終わると指定された席へ向かう。シンと一誠は丁度隣同士であった。
「おーい」
席に座ると松田から声を掛けられ、そちらの方を向く。パシャリという音がして写真を撮られた。
「……何で撮った?」
カメラを構えている松田に一誠が怪訝な表情をしながら聞いた。
「旅の思い出を見返してたらイッセーが女子とばっかり写ってたのがムカついたから。あと間薙、お前全然写ってなかったぞ?」
一誠への単純な嫉妬とあまりにシンが写真に写っていないのを見兼ねて最後の一枚を撮ったと言う。
「修学旅行の締めの一枚がこいつとのツーショットかよ」
「不満か?」
「──まあ、偶にはそれも良いさ」
最後の最後に出来たささやかな思い出に一誠は笑い、シンもまた微かに笑う。
「修学旅行、終わったなー」
「ああ、終わった」
流れて行く景色。京都から離れていくそれを眺めながら思い出を振り返るように言った。
◇
「暇だ」
「暇ダナ」
「暇だぜー」
見送りに行かなかった三鬼は顔を合わせながら呟く。彼らは異界の裏京都ではなく表の京都に出ている。異形そのものの彼らが人目に付けば大騒ぎを起こすだろう。彼ら自身は人間程度が騒いでも気にするようなことはしないが、後でオンギョウキから折檻を受けることを恐れ、一応人気の無い場所に居た。
「暴れ回れて悪くはなかったが、終わっちまうと一層暇に感じるな」
「同感ダ」
「あんなことは、そうそう起こらないよなぁ?」
スイキ、キンキ、フウキは昨晩の英雄派やだいそうじょうとのひりつくような戦いを思い出し、戦いの余韻に浸ると共に当分はそんな戦いは起こらないという現実に嫌気が差していた。
聞けば三勢力や孫悟空などの有名な存在らと手を組んで京都の街を守っていくという話が出て来ている。そうなれば、三鬼たちが戦いに出る機会はますます奪われていくだろう。
「平和は結構。だが、退屈は退屈だ」
「我々ニ平和ナド似合ワン」
「でも、そんなこと言やぁ大将にどやされるだろうなぁ」
力を持て余している三鬼は、この先のことを考えて珍しく憂鬱になっている。
「あのー」
不意に声を掛けられた。人に姿を見られるのは不味いと分かっている三鬼は慌てて身を隠そうとする。例え見つかったとしても発見者が一人で済ませれば周りに話を広めたとしても発見者の戯言として片付けられる。鬼や妖怪を見たなどという話は基本的に信じられないからだ。
が、三鬼は途中で隠れるのを止めた。声を掛けた人物が見知った者だということに気付いたからだ。
「なーんだ。あの時の嬢ちゃんか」
「驚カセルナ」
「無駄にビビっちまった」
「すみませーん。驚かせちゃいましたね」
現れたのはルフェイであった。何もしていなくとも威圧感のある三鬼を前にしても笑みを浮かべている。
「何の用だ? あのでっかいお供はいないのか?」
「ゴッくんとアーくんは別空間で待機中です。呼んだらすぐに来ますよ」
見えずともすぐ近くにいる。それは牽制なのかそれとも説明しているだけなのか分からないが、三鬼は別にルフェイに危害を与えるつもりはないのでどうでもよかった。
「実は皆さんをスカウトしようかと思って」
「スカウト?」
「ほお?」
思いもよらない展開に三鬼の興味が惹かれる。
「御三方には説明していませんでしたが、実は私も『禍の団』に所属していまして──」
その瞬間、友好的ですらあった三鬼の気配が消え、代わりに殺気へ置き換わる。
「お嬢ちゃん、随分と良い度胸をしてるじゃねぇか」
「ソンナコトヲ言ウ為ニノコノコト現レタノカ?」
「昨日の今日で来て、俺たちのことを舐めてんのか?」
二メートル以上の背丈がある鬼が凶相で凄めば大抵の人間は腰を抜かすか失神するだろう。だが、ルフェイは一向に怯まない。殺気云々に慣れているという態度であった。
「言葉が足りなかったですね。私はあくまで所属している形になっていますが、実際はヴァーリ様のチームです。ヴァーリ様も『禍の団』のやり方には賛同していません。ですから、今回の英雄派さんたちとの戦いにも参加させてもらいました!」
ハキハキと説明するルフェイ。脅しを込めて殺気を出していたが、通用しないと分かると小娘一人に凄むのも馬鹿馬鹿しいと思ったのか、多少殺気が薄れる。
「ヴァーリ? 誰だ?」
「ヴァーリ・ルシファー様は私たちのリーダーで現白龍皇です!」
「白龍皇ガテロリストノオ仲間カ……」
「世も末だな」
「むっ。さっきも言いましたがヴァーリ様も私も『禍の団』のテロには興味ありません!」
ヴァーリはあくまで闘争を好み、『禍の団』に属しているのもその舞台を整える為のもので、誰の命令にも従わずに自由にやっていることを告げる。
「ほほう? そういう奴は嫌いじゃないな」
スイキの感想にキンキ、フウキも同意する。彼らもまた戦いと自由を好む性格をしているので共感を覚えたのだ。
「はい! きっと皆さんとヴァーリ様は気が合うと思うんですよ! 一目で分かりました!」
ヴァーリを傍で見てきたせいか、相手がヴァーリと似た様な気質を持っているのが雰囲気で分かってしまう。
「ソレデ我ラヲ誘ッタ訳カ」
「はい!」
「悪い話じゃねぇな」
ルフェイのスカウトにも乗り気な三鬼。彼らの忠誠心は京都ではなくオンギョウキに向けられているので京都の守護にあまり使命感を持っていない──八坂や九重という個人は好きだが──また、それとは別として偶には暴れたいという欲求もある。それはそれ、これはこれということである。
「しかし、そうなると大将の目をどう誤魔化すか……」
「大丈夫です! 魔術で対応します!」
「一応、京都ヲ守ル役目モアル」
「出られる日を相談しましょう!」
「暴れ回るだけが褒美なのもなぁ」
「褒賞なども今後の話し合いで決めましょう!」
既に協力する前提で話が進み始める三鬼とルフェイ。
◇
転移してきた曹操とだいそうじょうを見て待っていたゲオルクたちはギョッとして目を剥く。
片眼から血を流していてボロボロになっている曹操も気になったが、顔面に大きな亀裂が出来ているだいそうじょうの方に気を取られてしまう。
英雄の子孫である彼らから見ても超常的な存在であるだいそうじょうが傷を負っているなど今まで想像も付かないことであった。
「……大丈夫か?」
言葉を失っている皆を代表し、曹操がだいそうじょうに怪我の具合を尋ねる。
「く、くかかかかか……」
だいそうじょうは笑い、白骨の手で顔を覆う。すると、パキリという音を立てて亀裂が広がっていく。見た目では分からなかったが、自分の顔の傷を広げるぐらいに白い骨の手には力が込められている。
「痛みを感じるなど……いつぶりのことか……」
力が更に入り、だいそうじょうの顔の一部が剥がれ落ちる。
目の前で行われている自傷行為を誰も止めることが出来ない。普段は達観した態度のだいそうじょうが静かながらも下手に触れれば絶命しかねない程の激情を放っているのだ。
死そのものを浴びせられるような重圧の前には静寂しか生まれない。
「痛みは即ち生の証。生きるは迷い。悟りを得た拙僧に迷いなど……」
ミシミシという音を立て己を鷲掴みにするだいそうじょうの手。それを掴んで止める手があった。
「止めてくれ。苦行なんて時代遅れだ」
だいそうじょうの自傷を止めたのは曹操であった。ただ窘めただけであったが、だいそうじょうの不穏な気配は嘘のように消える。
「……まだまだ拙僧も修行不足ということか。この痛み、しかと刻ませてもらったぞ」
何事もなかったかのように普段の態度へ戻ると、だいそうじょうは独鈷鈴を鳴らす。すると、この場にいる全員の大小様々な傷が瞬時に治る。当然、オンギョウキにやられた曹操の片目もだいそうじょうの顔にあった罅も綺麗に無くなり元通りとなる。
曹操は片目を何度か瞬きさせ具合を確かめた。だが、曹操の顔は何故か不満気である。
「別に俺の眼まで治すことはなかった」
「勲章とでも言うつもりか? かかかか。そういう年頃だとは思わなかったぞ」
やられた屈辱を忘れないようにするため傷を残すつもりであった曹操だが、だいそうじょうはそれを青いと笑う。
「拙僧と同じで魂にでも刻み込んでおくがよい。形で残しておく程度の想いなぞいずれは薄れ、消えていく」
「有り難い御説教として覚えておくよ」
皮肉っぽく言いながら曹操は他のメンバーの方を見る。
「今回は失敗も失敗、大失敗だ。だが、誰一人として欠けていない。一度の失敗で折れるようなメンバーを俺は集めたつもりはない」
曹操の言葉に当然と言わんばかりに頷く。
「いい勉強になった。俺たちは生きてる。なら次に活かそう。──という訳で早速今すぐやるべき事が出来た」
「やるべき事?」
ゲオルクが聞き返す。
「ああ。今回のことで実感した。まだまだ力が足りない。『龍喰者』がいれば事足りると思っていたが、どうやらコキュートスからもう一つ力を借りる必要がある。……また交渉しないといけないな」
「……っ! 曹操、お前、まさか……!」
曹操が何を考えているのか気付き、ゲオルクの顔色が悪くなる。
「『獄天使』。……あの力が必要だ」
◇
一誠が自宅に帰って来た時、待ち構えていたのはリアス、朱乃、小猫の怒涛の質問攻めであった。アザゼルが事前に今回の事件をリアスたちへ報告したからである。
何で知らせてくれなかったのか、せめて相談ぐらいして欲しかったなどなど。
一誠は申し訳なく思いながらも心配してくれる皆の気持ちが嬉しかった。
一誠が京都で何があったのか報告した後、リアスからも二つ報告があった。
一つはライザー・フェニックスの妹であるレイヴェルが駒王学園へ転校してくること。
何でもリアスやソーナの刺激を受けて日本で学びたくなったという。学年は小猫と同学年とのこと。
二つ目はサイラオーグとのレーティングゲームの日付が決まったことである。
日付が決まればその日まで特訓の日々。また近いうちに駒王学園の文化祭もありそれに向けての準備も進めないといけない。
修学旅行以降もかなり密度の濃い日々が続きそうである。
一通り話し終えるとリアスは一誠の耳元で小さく囁く。
「イッセー。ちょっと確認したいことがあるのだけれど」
「確認したいこと?」
甘い吐息が耳にかかるのをゾクゾクしながら横目でリアスを見る。リアスは少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「実は……貴方が修学旅行へ行っている間に変な夢を見たのよ……いえ、夢というには妙に現実的だったけど……」
「あー、もしかしてアレのことですか?」
「やっぱり夢じゃなかったのね!?」
一誠の心当たりがある反応を見て、リアスは驚き少し安堵する。
「良かった……もし夢だったら私、どれだけ欲求不満──じゃなくて」
口走ってしまった言葉を慌てて訂正する。
『何だ? 何の話だ?』
全く心当たりが無かったドライグが、何があったのかを訊いてきた。
(……今はドライグも余裕が有りそうだし、言ってもいいのかな?)
エルシャとベルザードも『大丈夫、大丈夫』と言っている──ような気がした。
(実は──)
一誠は説明した。窮地に陥ったとき、何故力が溢れてきたのか。そして、どうやって『赤龍帝の三叉成駒』へと至ったのかを。
全てを説明した後──
『う……うおぉぉぉぉぉぉぉん!』
──聞く者の胸を締め付けるような哀しい慟哭をドライグは上げた。
◇
「お土産、お土産ー!」
「ヒーホー! 頂きホー!」
「ヒホッ! それは俺様が目を付けたやつホ!」
自宅に帰って早々に騒がしい仲魔たちが出迎えもそこそこに京都の土産をシンから強奪し、意地汚く取り合っている。
この騒がしさが日常に戻って来た証とも言える。尤も、喧しいものは喧しいが。
色々と激しかった修学旅行も終わり、当分は普通の日常が続く。
そう思っていた。
チャイムの音が鳴る。誰かが来訪してきた様子。
一誠か他のメンバーが訪ねてきたのかと思いながら玄関の扉を開ける。
そこには予想外の人物が立っていた。
「やあ、間薙シン君。急な訪問を許して欲しい」
「ディハウザーさん?」
レーティングゲームの王者である皇帝ディハウザー・ベリアルがスーツ姿で立っている。
「──何か御用で?」
何故という言葉を呑み込んで用件を問う。
「君に折り入って頼みがあってきた。単刀直入に言おう……サイラオーグと戦ってくれないか?」
普通の日常を送るにはまだ早いらしい。
これで長かった九巻の話も終わりとなります。
次は幕間無しで十巻の話となりま。。