ハイスクールD³   作:K/K

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思ったよりも長くなってしまったので一旦ここで区切ります。
続きは近いうちに。


死闘、終了(前編)

 四方八方から飛び掛かるオンギョウキの分身。八坂の体へと次々に張り付いていく。

 

「ご無礼を」

 

 主である八坂の体に分身とはいえ抱き着くことに対し一言詫びるオンギョウキ。八坂はオンギョウキの分身を振り落とそうと水気を払う犬のように体を左右に震わすが、オンギョウキの分身は同化したように付いたままであった。

 オンギョウキの分身の能力もあるが、八坂自身にも原因があった。

 

(やはり力が落ちている。誰かが術を破ったか。誰かは知らぬが感謝する)

 

 術を破った誰か──匙に感謝の念を送りつつ、八坂の動きを止めようとしたとき──

 

『オ……ン……ギョ……ウ……キ……』

「むっ!」

 

 頭の中に響く微かな声。聞き間違える筈が無い。それは確かに八坂の声である。

 

「八坂様! 正気を!?」

 

 しかし、八坂は未だに暴れ続けており、その目にはまだ正気の色は宿っていない。

 理由は不明だが何かしらの方法でオンギョウキに心の声を伝えている様子であった。

 

『苦、し、い……体が……言うことを……利かぬ……』

「暫しのご辛抱を! このオンギョウキが必ずお救いします!」

 

 八坂の今の状態がオンギョウキの頭の中に直接伝わって来る。味わっている苦しみすらも理解出来そうな程に。

 

『わらわは……道具には……ならぬ……オン……ギョウキよ……まだ……間に合う……このままでは……おぬしを……そうなる前に……今すぐ……わらわの……命を断──』

「お断りします」

 

 八坂の頼みを最後まで聞く事無く断るオンギョウキ。

 

「主である八坂様の命に背くのは不忠であることは承知しています。ですが、申し訳ございません。このオンギョウキは既に決めているのです」

 

『──九重のお母さん、絶対に無事に助けましょう』

 

 八坂と戦う前に言った一誠の言葉。あのとき、一誠やアザゼルの前で宣言をしていなかったのなら、今の八坂の声を聞いて一誠が危惧していたように八坂の命を奪う方向へ考えが傾いていたかもしれない。

 

「八坂様。私はこれ以上九重様を泣かせまいと誓っております。故に必ず貴女を無事に九重様の許へ連れて帰ります」

『オン……ギョウキ……ううっ……!』

 

 術は解けかけているが、まだ不安定な洗脳が残っており、苦しそうな八坂の声が獣の唸り声へと変わっていく。

 

「私は殺してしまうかもしれなとお考えになっているのでしょうがご心配なく。易々とやられるほど軟弱ではないことは、既にご存知かと」

 

 八坂の抵抗が激しくなり、しがみついていたオンギョウキの分身も振り落とされるようになっていく。振り落ちたオンギョウキの分身は、地面に落ちると水が弾けるような音を立てて影へと戻る。八坂の足元では本体無き影が水溜りのように広がっていく。

 

「遠慮は無用。このオンギョウキを殺せるものなら殺してみてください」

 

 実のところ、オンギョウキは少しだけ、ほんの少しだけ八坂の言葉に怒りを覚えていた。このまま戦い続ければ、殺してしまうと八坂に思われていることに対してである。

 オンギョウキはこれを見くびられている、と捉えた。確かにオンギョウキにとって色々な枷がある戦いであり、苦しく思うことはあった。

 だが、それでも主である八坂には思っていて欲しいのだ。

 オンギョウキは殺しても死なない最強の家臣であると。

 

『うぅ……オォォォォォン!』

 

 戻り掛けていた正気が獣性の方へと傾き、獣の咆哮を上げて八坂は炎を吐こうとする。

 

「失礼」

 

 地面に広がる影が紐のように伸び、八坂の口に巻き付いて閉じさせる。強引に開こうとするが、伸びる影は一本ではなく無数であり、幾重にも巻き付いて完全に閉じさせてしまう。

 

「不安定ながらも術は解け出しています」

 

 オンギョウキは立っていた木の枝を蹴って跳び、八坂の頭頂部へ飛び移る。

 頭を振って落とそうとするが、巻き付いた影に固定されているので首が動かせない。

 前脚で影をまとめて切り飛ばそうと八坂が動いた瞬間、彼女の体が大きく傾く。見れば八坂の片足が地面に広がる影の中へ沈み出していた。

 引き抜こうとするが影は底なし沼のように藻掻くものを逆に引きずり込んでいく。そんな事をしているうちにもう片方、もう片方と脚が影の中へと沈み込み、遂には四肢が取り込まれて脱出も出来なくなる。

 

「暫しの間、我慢を。その時が来るまで私もお傍にいます」

 

 八坂の巨体が影へと沈む。オンギョウキもまた八坂から離れることなく共に影の中へ。

 時間にすれば十数秒程度のことであり、二人の姿は影へ消えてしまった。

 

 

 ◇

 

 

『おいおいおい! 何じゃこりゃぁぁぁ! ドライグか! ドライグなのか!?』

 

 ヴリトラと匙が術と気の流れを断つ作業をしている中で空を漂う玉龍が喧しく騒ぎ出す。

 

「……騒がしいぞ、玉龍」

『……お前は少し慎みを持て』

 

 孫悟空とヴリトラが鬱陶しそうに注意するが、玉龍の口は止まらない。

 

『黙ってられるかよ、爺共っ! お前らだって気付いてんだろぉぉ!? この波動をよぉ! どう感じ取ったってドライグのものだろうがっ! しかもよぉ、質が違うぜぇ! 封印される前のドライグみてぇだ!』

 

 玉龍の言う通り孫悟空とヴリトラもドライグの波動を感じ取っていた。量はそうでもないが、質の方は全盛期のドライグを彷彿とさせる。

 それから少しして強い揺れが匙たちを襲う。地面だけでなく空間すらも震わす程であった。

 

「な、何じゃ!?」

 

 急な揺れに驚き、慌てる九重。思わず近くにいた孫悟空にしがみついてしまう。孫悟空は九重を宥めるようにその頭を軽く叩く。

 

『フォォォオ! 派手にやるじぇねぇか! テンション上がってくるねぇ!』

 

 空中にいる玉龍には見えていた。巨大な魔力の塊がドーム状に広がっていく様が。一目でドライグの仕業だと分かる。

 

(兵藤の奴……また強くなりやがったな)

 

 ヴリトラを通じて匙にも一誠とドライグの覚醒が伝わっていた。目指す存在が高みに昇ったのを知り、嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになる。

 ヴリトラの力をかなり使えるようになり、手が届く所まで来たかと思えば、いつの間にかまた手の届かない場所に行ってしまった。だが、それを知っても腐るつもりは無い。匙にとって一誠が目標に値する存在と再認識出来た。

 

(待ってろ! すぐに追いついてやるからなっ!)

 

 一誠たちの覚醒は、匙が気合を入れるのに十分な出来事であった。

 ヴリトラの力が増していき、このまま術が崩壊するのも時間の問題となる。

 

「こいつぁ……」

 

 突如として孫悟空が殺気立つ。孫悟空だけではない、玉龍とヴリトラもまた強く警戒し始める。

 

『フアァァァクッ! なんてこったい!』

『このタイミングでだと……?』

 

 強者たちが動揺すると共に殺気を漲らせていくのが分かり、何が起こっているのか分かっていない九重は困惑するしかなかったが──

 

「あ、あれ?」

 

 ──九重は自分の尻尾の毛が逆立っていることに気付く。

 

「な、何じゃ?」

 

 どういう訳か声が震える。体中に鳥肌が立ち、寒くない筈なのに体が震え出す。

 

「ど、どういうことじゃ? か、体が、い、言う事を……!」

 

 経験は浅くとも妖狐としての本能が、招かれざる存在について察知してしまう。

 こうなってしまうと彼女の精神は『とてつもなく恐ろしい』としか表現しようがない気配に押し潰され始めてしまう。

 顔面は蒼白となって生気を失い、精神への過度のストレスにより呼吸が上手くできなくなっていき、心臓の鼓動すら乱れていく。

 

「こいつをお嬢ちゃんが知るにはまだ早い」

 

 孫悟空は九重の眼前を手で覆い、手を下に振るうと九重の瞼が閉ざされゆっくりと仰向けに倒れていく。

 孫悟空は九重を支え、丁寧に地面へ置く。九重は寝息を立てていた。孫悟空の術によって眠らされていた。

 

「まあ、知る価値なんぞ無いがな」

 

 気配の主に対し辛辣に吐き捨てる。

 

「ヴリトラ、この狐のお嬢ちゃんのことは任せた。傍に居てやれ。ただ、結界が壊れて外の連中と合流することが出来たのなら、お嬢ちゃんを預けてこっち来い」

『うむ……』

 

 ヴリトラの返事は歯切れが悪い。ヴリトラ自身は協力する気はあるが、あくまで最優先するべきなのは宿主である匙の気持ちである。この先で待っている相手は匙には荷が重過ぎる相手である。

 

(俺のことは気にすんな、ヴリトラ……!)

 

 ヴリトラの気遣いを感じ取り、匙は迷いを断ち切らせるようにハッキリと言った──つもりなのだろうが、声が震えている。あの気配はヴリトラ越しに匙にもしっかりと伝わっている。姿は見えないが先程の九重と似たような顔色をしていると思われた。

 とはいえ覚悟の方も本物であることはヴリトラも分かっている。匙が決めたのなら、半身であるヴリトラもそれに付き合う。

 

『──分かった。後程落ち合おう』

「おうよ。おい、玉龍。儂に付いて来い」

『ゲェェェェ! オイラも行くのかよ! 気が乗らねぇぇぇ!』

 

 玉龍は身を捩って『嫌だ』というアピールをするが、孫悟空には通じない。

 

「京料理だけでなく、他にも好きなものを好きなだけ食わせてやるから仕事せぃ」

『割に合わねぇぇぇ! そういうのが嫌だから隠居しようと思ったのにー!』

「喧しいわ。龍王と呼ばれていたのが伊達でないところを見せんか」

 

 文句を言う玉龍に対し、孫悟空が一喝する。

 

『ああ、もう! はいはいっ!』

 

 渋々といった態度で言うことを聞く玉龍。相変わらず『嫌だ、嫌だ』というオーラを全身から放っていた。

 

『絶対来いよ! 必ず来いよ! ヴリトラ!』

 

 懇願の台詞を言い残して玉龍は空を泳いでいく。気付くといつの間にか孫悟空も居なくなっていた。

 

『一難去ったと思えば更なる災難が来るとはな……』

 

 ヴリトラも理不尽な展開に対し、玉龍程ではないが愚痴らずにはいられなかった。

 

(無事で居てくれよ、頼むから……)

 

 匙は誰一人欠けることのない仲間との再会を今は祈るしか出来なかった。

 

 

 ◇

 

 

 巨大な魔力の塊。それが三つ。今まで様々な困難を乗り越えてきた曹操ですらこれにはどう対処すべきかとっさに案が思い浮かばない。

 しかし、この様な状況でも曹操の心は諦めるという境地には入らない。何故なら死に瀕した経験は一度や二度では済まないからだ。

 曹操とて常勝無敗ではない。今に至るまで数え切れない試練を味わって来た。経験不足が目立つ幼かった頃など死は隣人に等しかった。

 

「ならばこのまま逝くか?」

 

 前振りなど一切無い唐突に耳元で囁やかれるのは諦観を促す声。

 驚く必要など無い。死は隣人。だからこそ、死の象徴である魔人──だいそうじょうがいつの間にか背後に居ることも何ら不思議ではないのだ。

 曹操は自他も認める程に天運に恵まれている。この窮地に於いて最強の援軍が来た。これ即ち、この状況を打破せよという運命の導き──などという優し気なものではない。

 だいそうじょうは曹操を救おうとしている。しかし、それは言葉通りの意味では無い。だいそうじょうにとっての救いとは死なのだ。

 一切衆生の迷いを解くことを己の務めとしている彼にとって死に抗うことは迷いに等しい。

 だいそうじょうは求めている。曹操の口から救いの言葉が出ることを。

 要はだいそうじょうは見たいのだ。曹操という英雄を目指した者の死という末路を。心折れて救い()を求める様を。それも特等席で。

 確かにここで死ねばあらゆることから解放されるだろう。苦しみも恐れも痛みも悩みも不安も死ねば終わる。

 全て捨て去ることほど楽なことは無い。

 だいそうじょうが囁く救済の誘惑に曹操は──

 

「冗談だろ?」

 

 ──だいそうじょうを見向きもせず、その一言で一蹴する。

 だいそうじょうは短く息を吐く。苦難に満ちた迷い道を選んだことを憐れむような、望んだ答えでなかったのでつまらなそうな、色々ととれる反応であった。

 曹操は迷いを選んだ。人を救うことを役目だと思っているだいそうじょうからすれば、ここで迷いを抱えたまま死ぬことは本当の意味で救いにはならない。

 だからこそ、だいそうじょうは曹操へ力を貸す。いつの日か、その口から救いを乞う言葉を吐かせる為に。

 だいそうじょうが数珠を持った手に念を込める。曹操の前方に破魔の力で描かれた梵字が並び円を作り上げる。円の中に新たな円ができ、破魔の円陣が出現した。

 しかし、だいそうじょうが力を貸すのはそこまで。そこから先は曹操へ任せる。

 曹操の実力を信頼してか、それとも迷いを解かせる為の苦難か。もしかしたら両方かもしれない。

 こんな時にさえ自分を試してくるだいそうじょうに苦笑いを浮かべながら、曹操は破魔の円陣を聖槍で貫く。

 円陣を穂先が通過した途端、聖槍の力により破魔の力が相乗され、穂先がその力を取り込むことにより巨大な刃となって突き出される。しかも、三発のドラゴンブラスターに合わせて光刃は三叉となってそれぞれ伸びていく。

 増幅された力同士の衝突は天を衝き、脆くなっていた結界にトドメを刺すこととなった。

 

 

 ◇

 

 

 肉体と精神を限界まで酷使したせいで夢でも見ているのかと思った。だが、夢だとするのならば質の悪過ぎる悪夢である。

 大量の天使、堕天使を一瞬で消滅させただいそうじょうが目の前に現れるのだから。

 

「最悪だろ、これ……」

 

 現実逃避をしたくなるが、それすら許さない魔人の死の気配。死の気配に触れるだけで嫌でも現実と認識してしまう。

 一方でボロボロの一誠と同じくらいに曹操もまたボロボロであった。だいそうじょうとの合わせ技で繰り出した破魔の聖槍の反動により消耗していた体は限界寸前どころか突破しており、唯一無二の聖槍を杖代わりにして体を支えている。

 罰当たり且つ情けない使い方であったが、そうしなければ地を舐めることとなる。そうならないのは偏に曹操の精神力が肉体を上回っているからであった。

 

「ほう? これはこれは」

 

 今にも気絶しそうな曹操のことを放ってだいそうじょうが前に出て来る。奈落を思わせる眼窩が捉えるのは『龍牙の僧侶』となっている一誠。

 ほぼ力は使い切っているのでハリボテの状態だが、だいそうじょうへの牽制の意味を込めて気力で姿を維持し続けている。その甲斐あってか脅威は与えられなかったが、興味は惹かせられた。

 その眼窩に晒されているだけで寒気が止まらず、命が削られていくような錯覚を覚える。

 

『相棒、逃げられるか?』

 

 ドライグが真っ先に言ったのは逃走であった。誇り高き赤い龍とは思えない提案。それだけ一誠の身を案じているからであろう。

 

(悪い……無理そうだ)

 

 一誠は兜の下で顔を引き攣らせながらも無理矢理笑みを作る。余力が残っていたら『龍星の騎士』でこの場から逃げられたかもしれないが、力は曹操相手にほぼ出し切ってしまった。

 後悔は──していない。あのときはあれが正解だと思っている。力を残して勝てるような甘い相手では無い。だいそうじょうの参戦というのがイレギュラー過ぎたのだ。

 

『そうか』

 

 ドライグの返答は短く簡素なものであった。不平不満はある筈なのに全てを受け入れる構えをとっている。

 一誠も足掻きたいが、その足掻く力すらない。

 

「初めて見る姿をしているのう。是非とも拙僧にその力を見せてもらいたい」

 

 一誠の状態を知ってか知らずか手合わせを求めてくる。もし、知っていて言っているのならとんでもなく性悪でサディストな性格をしている。

 

「……嫌だと言ったら?」

 

 緊張と恐怖で乾いた口から挑発する言葉が出て来たのは奇跡だと思う。

 一誠の返事に対し、だいそうじょうは肉無き顔で笑みを見せる。何故か笑っているのが分かる。それも満面の笑みで。だが、少なくともこちらを安堵させる類の笑みでは無い。実際、笑みを向けられた一誠は自分の体温が下がっていく気がした。

 

「無論、出させるのみ」

 

 最初から一誠に拒否権など無かった。実力行使をする気しかない。しかし、それを誰も咎めない。咎めることも出来ない。道理など強者の前には戯言に落ちる。

 

「どれ」

 

 このとき、一誠は無意識に瞬きをした。時間すれば刹那のこと。人が行う当たり前の現象であり、意識しても確実に止められるものではない。

 だが、瞼が眼球を覆い、上げられたときだいそうじょうは一誠のすぐ目の前にまで来ていた。

 速いという次元の動きではない。完全に先手を取られてしまった一誠は反撃も回避も許されず、そんな一誠にだいそうじょうは数珠を突き付け──

 

「キーホー!」

 

 甲高い声が頭上から聞こえたかと思えば、目の前で爆発が起こる。

 

「うおっ!」

 

 思わず仰け反る一誠。火や火薬による爆発ではない。大きな何かが落下してきたのだ。

 一誠の前に立つのは地面に両刃剣を突き刺すフウキ。両刃剣はだいそうじょうに事前に気付かれたせいで躱されており、だいそうじょうは至近距離でフウキを見る。

 

「鬼か」

「見りゃ分かんだろ」

 

 まるで唾でも吐くかのような仕草でフウキの顔面中央にある穴から突風が吹かれる。

 不意を衝かれただいそうじょうは、突風に煽られて後退させられるがすぐに後退を止め、数珠を振るうと突風を掻き消してしまう。

 そのタイミングで左右からスイキ、キンキが武器を振り上げて挟み撃ちを仕掛ける。

 

「その首寄越せっ!」

「ヌゥゥゥゥン!」

 

 武器が交差するがその時にはだいそうじょうの姿は消え、スイキとキンキから十数メートル程離れた地点へ移動していた。

 

「ちっ。すばしっこいなあの化け物坊主は」

「おいおい。外してんじゃねーよ」

「ダマレ。オマエモヨケラレタ癖ニ」

 

 ギャアギャアと言い合う三鬼。絶体絶命の危機に現れた思わぬ助っ人に一誠は感動すら覚える。

 

「あ、あの……」

「あん? ああ、赤龍帝か。こんな所に居たのか。ってかお嬢はどこだ? 一緒に居ないのかよ?」

「ええっと……」

 

 一誠の感動とは裏腹にフウキは一誠に全く感心が無い様子。乱入も偶然であったらしく一誠よりも九重の方を気にしていた。

 そのせいで礼を言うタイミングを逃してしまい、何を言おうか迷ってしまう。

 

「敵が退いてつまらんと思っていたらとんだ大物が来たな!」

「コノ京ノ地ヲ踏ンデ無事ニ帰レルト思ウナ」

 

 相手が魔人だと分かっていてもスイキ、キンキの戦意は萎えることはなく逆に高めていく。結界外でレオナルドの神器で創り出したアンチモンスター相手に暴れ回っていたが、それでもまだ暴れ足りないらしく、鬼らしい尽きぬ闘争心を剥き出しにする。

 

「鬼退治か。それも一興」

 

 三鬼の殺気も柳の如く受け流し、退治することを告げる。だいそうじょうにとって鬼は救うべき対象ではなく祓うべき厄程度にしか認識されていない。

 だいそうじょうが祈りの構えに移ろうとしたとき、音を裂く音と共に巨大な拳が火を噴きながら突っ込んできた。

 

「ななななな、何だありゃあっ!?」

 

 僧侶と鬼の戦いが始まるかと思いきや、横槍として世界観が全く異なるロケットパンチが飛んで来たのなら一誠のリアクションも当然と言える。

 ロケットパンチがだいそうじょうを圧殺する前にだいそうじょうは瞬間移動をして別の場所へ転移。大質量の拳が地面を砕き、大地を揺るがす。

 

『ゴオオオォォォォッ!』

 

 威嚇の咆哮を上げながらゴグマゴグが参戦。

 

「派手な登場するじゃねぇか、デカブツ」

「目立チタガリ屋メ」

「真っ金々のお前が言うかぁ?」

 

 外野で騒ぐ三鬼。一誠は十メートルもある巨人が現れたことに啞然としていた。

 

「ふむ……少々厄介な相手よ」

 

 ゴグマゴグの登場にだいそうじょうは少しだけ億劫そうにする。だいそうじょうが得意とする破魔、呪殺は悪魔、天使に特効であるが、ゴグマゴグのような無機物に対しては効果は薄い。場合によっては力量差で上から潰すことも可能だがゴグマゴグはそれが出来るような容易い相手ではないことはだいそうじょうも分かっていた。

 ゴグマゴグの目がだいそうじょうを捉える。元々、ルフェイがゴグマゴグに与えていた命令はセラフォルーらと協力してアンチモンスターを撃退することであったが、レオナルドが退散しアンチモンスターが消滅したことで命令が上書きされる。

 ゴグマゴグにとって最上位の命令はルフェイを護衛すること。そして、ゴグマゴグにはある程度思考することが出来る。ゴグマゴグのセンサーとも言うべき感覚が魔人の気配という危険を察知。ルフェイの身の安全を守る為に魔人の排除に全力で取り掛かる。

 ゴグマゴグの目が輝く。すると両眼から一対の光線が発射された。高い貫通性と高熱を持つそれは命中すれば灰すら残さずに対象を消滅させる。

 だいそうじょうはゴグマゴグの光線が放たれる前に独鈷鈴を自分の目線の高さまで持ち上げていた。光線が発射されるタイミングに合わせて独鈷鈴を鳴らす。

 清涼な音が響く。聞けば心安らぐ音ではあるが、音自体にだいそうじょうの力が込められている。

 光線がだいそうじょうへ届く前に四散し、幾筋もの光に割かれて周囲へ飛び散る。独鈷鈴の音が障壁となって光線を防いでいるのだ。

 

「ヌウっ!」

「うおっ!」

 

 無差別にばら撒かれる光線にスイキとキンキは慌てて逃げる。

 曹操の方にも来ていたが、聖槍でそれを払い除けてしまう。

 飛び散った光線は一誠の方にも飛んで来た。

 

「やべぇ!」

 

 一誠も逃げようとするが、消耗し切った体が重くて咄嗟には動けない。

 

「しょうがねぇなー」

 

 見兼ねてフウキが一誠を持ち上げ、その場から移動。着弾した光線は地面を赤く溶かす。

 

「あ、ありがとうございます……」

「重っ」

 

 礼をした後に雑に地面へ投げ捨てられた。

 ゴグマゴグは少しの間、光線を照射し続けていたが、効果があまりないからかそれとも周りに被害が及ぶことを理解したのか光線を中断させる。

 ゴグマゴグの光線が止むと同時にだいそうじょうは反撃を試みようとするが、だいそうじょうを突如影に覆われた。

 だいそうじょうが首だけ後ろへ向ければ、背後にはゴグマゴグに匹敵する半透明の白い巨人が身の丈程もある棍棒を振り上げていた。

 これがゴグマゴグが光線を中断した理由である。ゴグマゴグとゴグマゴグのアーキタイプである白い巨人には両者にしか伝わらない特殊な通信が備えられている。ゴグマゴグがだいそうじょうの存在を感知したときから白い巨人へ援軍を要請していたのだ。

 落雷の如き速度で振り下ろされる棍棒。速過ぎて空気が爆ぜるような音が響き渡る。

 不意を衝く攻撃のせいで転移による回避のタイミングを逃してしまっただいそうじょうは、己の頭上へ向けて数珠を握る左手を突き出す。

 数珠から発せられる不可視の衝撃が棍棒へ衝突──が、その衝撃は人知を超えた怪力によって薄紙のように破られてしまう。

 白い巨人による暴力の一撃がだいそうじょうの頭蓋を砕く、かと思われたが掲げられた数珠の力により数ミリの隙間を残して紙一重で防いでいた。

 白い巨人はそこで攻撃を止めず、力に物を言わせて押し込もうとする。ゴグマゴグと同様に無機物であるので破魔や呪殺では倒せない。

 白い巨人はだいそうじょうを圧殺しようとする。

 

「喝」

 

 その一言で世界が静止する。正確に言えばこの場にいる者達全てがだいそうじょうの放った声により意思に反して硬直してしまったのだ。それはゴグマゴグや白い巨人も例外ではなく兵器である彼らも一時的に動けなくなっていた。

 まるで言霊。たった一言により盤面を覆してしまう。

 唯一動くことが出来るだいそうじょうは、大きく口を開く。

 

「きいぁぁぁぁぁっ」

 

 骨のみの喉から出される奇声。すると、白い巨人の体から人魂のような光が無数に抜け出していき、泳ぐように昇って行く。それは白い巨人の体から離れるとだいそうじょうの体へ吸収されていく。

 途端に白い巨人の棍棒は怪力を失い、押し上げただいそうじょうの左手によりその場で倒れてしまう。

 白い巨人が転倒した後に一誠らの硬直も解けるが、すぐには動くことが出来ずにいた。

 だいそうじょうは明らかに白い巨人から力を吸い取っていた。破魔、呪殺だけでなく相手の動きを封じたり、吸収する能力も有している。下手に動くことは出来ない。

 

「かかかかっ。さて、汝らも──」

 

 だいそうじょうが数珠を構えようとし、異変に気付く。白い骨を覆う白い何か。それが霜であると気付いたとき、だいそうじょうの左腕は急速に凍結し始める。

 凍結を左手から腕へ這い、だいそうじょうの胴体まで浸食しようとする。

 

「南無」

 

 だいそうじょうが一言唱えると氷の浸食は止まった。だが、代償としてだいそうじょうの左腕は粉々に砕け散る。絶対零度、或いはそれすらも超えた超常的極低温により体が持たなかったのだ。

 

「あんまりおいたはダメだよ☆ お爺ちゃん?」

 

 愛らしい声が聞こえてきたのはだいそうじょうの頭上。いつの間にかゴグマゴグの肩にセラフォルーが立っていた。

 目を細め、口元は笑みを浮かべているが、細めた目の奥にある瞳には敵に向ける冷たさに満ちている。

 

「おおぉ。セラフォルー殿か。あの会談の一件以来かのう。まさか、魔王がこの地に居たとは」

「あの時ぶりね、お爺ちゃん☆ サーゼクスちゃんが色々とお世話になったみたいだけど……」

「かかかか。あれは中々に愉しき一時であった。柄にも無く滾りを覚えるぐらいに」

 

 声色だけ聞けば仲の良い会話。しかし、会話の裏ではいつでも攻撃を仕掛けられるように牽制をしている。僅かな隙を見せれば即座に死に繋がる力が飛ぶ状況。

 見ている者は魔人と魔王が放つ圧迫感、緊張感によって多大な精神的苦痛を感じていた。一誠は兜の下で死人同然の顔色となり、あれだけ多弁であった三鬼も口を噤んでいる。

 

「レヴィアタン様……!」

 

 四大魔王が来てくれたことは心強い。さっきからだいそうじょうの危険を感じて次々と援軍が来ている。だが、一誠はまだ状況が好転していないと思っていた。裡にいるドライグも同様である。

 

『一秒たりとも油断をするなよ? きついだろうが。下手な動きを見せれば死に繋がると思っておけ』

 

 心身共に疲労困憊している一誠には厳しい注文であった。ドライグも脅すつもりで言っていないのは分かっている。そこまでやって初めて魔人という存在の前に立てるのだ。

 

「ふむ」

 

 だいそうじょうは失われた左腕を振るような動きを見せる。消滅した左腕が空を切った──かと思えばいつの間にか無くなっていた筈の左腕が戻っている。凍結と共に散った数珠も黄色の僧衣の袖も元通りであり、セラフォルーが与えたダメージを一瞬で無かったことにしてみせた。

 

「まあ☆ お爺ちゃん凄い☆ 手品?」

「かかかか。祈ることしか能が無い拙僧には奇術師の真似事など出来はせぬ」

 

 セラフォルーに一切の動揺は無い。少なくとも表面に全く出ておらずいつも通り魔王少女らしく振る舞っている。

 いつも通りであることが、これ程までに頼もしいのか、と一誠は思った。今でも冷や汗をダラダラ流している一誠とは違い、冷や汗どころか顔色一つ変えていない。

 これが悪魔を統括する魔王の実力なのだと感動すら覚えた。

 だいそうじょうを囲む実力者たち。戦力差を見れば絶望的に思える。一誠がだいそうじょうの立場ならまずそう思う。

 なのに中心に立つだいそうじょうは相変わらず恐ろしく、冷たい気配を放ち続けていた。

 

「いつもなら降参を勧めるけど……ごめんなさい。お爺ちゃんは例外──危険過ぎる」

 

 好機があるならば絶対に倒さなければならない相手。それが魔人である。かの存在はこの世界のあらゆるバランスを崩す。

 

「かかかか。サーゼクス殿然り魔王という者は皆律義なことよ」

 

 だいそうじょうの顎を震わす音がやけに響く。

 

「笑ってられんのも今の内だぜ!」

「直ニ笑エナクナル」

「こちとら七人掛かりだ!」

 

 だいそうじょうの首がぐるんと回って三鬼を見る。

 

「七人? かかかかかかっ!」

 

 一際声を大きくして笑うだいそうじょう。不気味さだけが増していく。

 

「七人とは謙虚な……もっと多いであろう?」

 

 何を、と思った瞬間、この場にいる全員が驚愕する。

 足元に広がる眩い清浄なる光とそれによって描かれる文字。見間違いをする筈も無い破魔の力。

 破魔の光は地面全体に広がっており、視界の範囲外まで伸びていっている。

 

「目が届かねば、そこに手が届かぬと思っておったか?」

 

 破魔の力は既に二条城だけでなくその周辺にまで及んでいる。だいそうじょうが射程圏内全ての人外を浄化しようとしている。

 二条城にはまだシンたちが残っている。また、周辺には生徒会メンバーや京都の妖怪たちも居る。それにも破魔の射程に入っているのなら──

 

「止めろ……」

 

 懇願するような台詞が自然と口から出てしまう。自分だけではない、大切な人や仲間の命に危機が迫ろうとしている。

 実力者ならば生き残れるかもしれないが、それもほんの一握り。発動すればほぼ全滅するだろう。

 

「目も手も届かぬ所へ救いを与えてこそ真の救済よ」

 

 一誠の言葉など耳にも入らずだいそうじょうは更なる力を送り込む。破魔の輝きが増す。セラフォルーや三鬼が妨害しようとするが破魔の力がそれを阻む。

 白い巨人、ゴグマゴグも動くが巨体故に間に合わない。

 

「一切衆生悉有仏性。我が救いによって汝らの魂を迷いから解き放とうぞ」

「止めろぉぉぉぉぉ!」

 

 あらゆる命を奪う清浄なる光が全てを覆い尽くそうとする。

 その時であった。

 小さな影が矢の様に降り注いだかと思えば、一誠が思わず体勢を崩しそうな程の揺れを起こす。

 地面を踏み砕くと同時に張り巡らされていた破魔の光が消失する。

 何が起こったのか分からないが、何かを起こしたのは紛れもなくこの小柄な猿のような老人であった。

 

「相変わらず自分勝手な説教垂れて好き勝手やってるのぅ。乾物坊主」

「馬の耳に念仏という言葉があるが、もう一つ動物を加えんといかんな。猿にも念仏は通じん」

「儂に説教垂れたきゃお釈迦様でも連れて来い」

 

 登場早々に悪態を交わす両者。

 

『相棒、上にも居る』

 

 ドライグに言われ、上を見上げる一誠。そこでは緑のオーラを纏ったドラゴンが夜空を舞っている。

 

『玉龍か!?』

 

 ドライグの口から出て来たのは五大龍王の名。

 

「聖槍のボウズだけかと思っていたら、まさかお前さんが出っ張っているとはのぅ。あのクソボウズがそんなに可愛いか?」

 

 懐から出した煙管を吹かしながら猿の老人──孫悟空は揶揄うように言う。

 

「かかかか。今死ぬには惜しいと思ったまでのこと」

「はっ! 愛されてるのぅ、聖槍の」

 

 皮肉を言いながら話の矛先が曹操へ向けられる。

 

「……これはこれは闘戦勝仏殿。まさか、貴方がここに来られるとは」

「初めはお前さんに灸をすえるぐらいに思っていたが、余計な奴まで来たんで少し焦ったわ。あ、言い忘れていたわ。アザゼルの言っていた助っ人で儂らのことだから」

 

 曹操と話すついでに一誠らに自分のことを説明する。

 

「後のことは儂と玉龍に任せぃ。こういう荒事には慣れておるからのぅ」

「あの怒れる狂人一人封じた程度で強気だのぅ」

「問題ないわぃ。あいつよりも容易い」

 

 事情を知らぬ者しか理解出来ない両者の会話。傍で聞いている者らは警戒しながらも耳を傾けるしかない。

 当然ながらセラフォルーは孫悟空のことは知っている。一誠、三鬼は『誰だ?』と内心思っているが、只者では無いことは分かっていた。

 こと魔人との戦いに於いては孫悟空と玉龍はこれ以上無いぐらいに相応しい存在であった。彼らは過去に於いて『獄天使』と呼ばれる魔人を封じたことのある経験者である。

 より細かに言えばアザゼルを含む『神の子を見張る者』幹部全員とアザゼルと個人的な繋がりがあったマダ。そのマダと知り合いであった孫悟空、そしてそれに付き合わされることとなった玉龍である。

 歴史上初めて魔人を封じたことにより──元から知名度はあったが──彼らの名は裏の世界では特別なものとなった。

 

『挑発すんなよ、ジジイ! あー、マジで魔人だよっ! ファァック! チョーダリィ! 魔人との戦いなんて一回こっきりで十分だってぇの!』

 

 シリアスな空気をぶち壊すような玉龍のハイテンションな喋りが頭上から降って来る。見た目に反して軽くてテンションの高い喋り方に玉龍を初めて見た一誠は困惑してしまう。

 

「相変わらず品の無い龍じゃのぅ」

 

 既知の仲であるだいそうじょうが玉龍に苦言を呈す。

 

『救済云々言って殺し回っているようなイカレたミイラジジイにとやかく言われる筋合いはねぇ! これがオイラなんだよ! 龍王玉龍様だっ! だろ!? ドライグ!?』

 

 いきなり話を振られたドライグが、ため息を吐いたのが一誠にも伝わっていた・

 

『変わらずだな』

 

 玉龍が全く変わっていないことに懐かしいような、呆れるような複雑な感情が入り混じった言葉を一言だけ洩らす。

 

「喚くのはその辺にしておけ、玉龍。そんな元気があるならこいつにぶつけろ」

『はいはい! そうさせてもらいますよー!』

 

 乗り気でない玉龍も腹を括ったのかヤケクソ気味に吐き捨てた後、全身に纏っている緑のオーラを増やす。

 その気になれば国の二つや三つを余裕で壊滅出来る面子がこの場に揃った。だいそうじょうを倒すには十分過ぎる戦力だろう。

 それはだいそうじょうも理解している筈。だが、それでもだいそうじょうの態度が崩れることは無かった。

 

「数を揃えば拙僧に勝てると? 間違ってはおらぬ。それも真理。だが、拙僧の悟りと救いの道は未だ絶えず。阻むならばその業ごと我が呪にて滅すると思われよ」

 

 だいそうじょうは独鈷鈴を虚空へ仕舞い、徐に合掌する。ただそれだけの動作の筈なのに、だいそうじょうから後光が差すような錯覚が見え、目を離すことが出来なくなる。

 相手の本気に対し、だいそうじょうもまた本気で応える。しかし、それは不味い状況でもある。

 これだけの戦力が暴れ出したのなら誰も止められなくなり、大規模な破壊と大量の死者を生み出すだろう。まず間違いなく京都は壊滅する。そうなれば人の守護者である四騎士も動き出し、より歯止めの効かない戦いになる。

 頭の中ではそうなることは誰もが理解している。だが、こうなってしまった以上引くに引けない。強い力が強い力を引き寄せ、過剰な戦力が一点に集まってしまった。

 場に満ちる静寂。下手な動きをすればそれだけで戦いの引き金となる。

 誰がその引き金を最初に引くのか。

 

「そこまでにしてくれ」

 

 そう言ってだいそうじょうを止めようとするのは、曹操であった。

 

「これ以上やれば深手では済まない。きっと想像も付かないような被害が及ぶだろう。人間社会にもだ。──流石に世界遺産が消えるのは忍びない」

 

 禍の団も一枚岩ではないが基本的に標的と認識しているのは三勢力に属しているものである。人間社会に悪影響が出ないならそれに越したことはない。

 

「それは拙僧も望むこと。だがなぁ……」

 

 だいそうじょうの暗い眼窩が一誠らへと向けられる。彼らとの戦いを望んでいるようにも見えた。

 

「そんなに戦いたいのかい? ……まるでマタドールみたいだな」

 

 曹操の一言はまさに劇的であった。白骨の顔の筈なのにだいそうじょうの顔が嫌悪で歪んだように一瞬見えた。

 それ程までに同類扱いされるのが嫌なのだろう。マタドールがどれだけ嫌われているのもかを物語っている。

 

「──拙僧も修行が足りぬということか」

 

 だいそうじょうの殺気が薄れる。戦う気が萎えた様子であった。

 

「好き勝手やって帰る気か? 随分とふざけた真似をしてくれるのぅ」

「黙って見送るのが賢明よ。それとも敢えて戦いを望むか?」

 

 孫悟空の答えは沈黙であった。戦えば確実に被害が出る。自分たちだけでなく何もしらない一般市民も巻き添えになるだろう。孫悟空もそれは望んでいない。彼だけでない。セラフォルーも同じであった。白い巨人、ゴグマゴグは敵の脅威度が薄れたせいで待機状態になっている。三鬼は不満そうであったが、一応は先のことも考えられるので自らを抑えていた。

 だいそうじょうが曹操の傍に移動する。このままここを立ち去るつもりなのだろう。

 孫悟空やセラフォルーたちは警戒しながらもそれを妨害するつもりはない様子。

 そして、一誠は──

 

(分かっちゃいる分かっちゃいるけど……!)

 

 理解は出来るが納得が出来ない。楽しい修学旅行になる筈だったのに散々荒らしてくれた挙句に九重の母親を操って好き勝手したこと。その主犯である曹操との決着を妨害されたこと。仲間を皆殺しにしようとしたこと。

 最初にあった曹操への怒りが、横から掻っ攫ってきただいそうじょうへと移って行く。

 

「このままお咎め無しで帰れさせねぇ……!」

 

 出来ることならこの手で一発入れてやりたい。しかし、ほんの少ししか力が残されていない一誠にはそれも叶わない。

 

(どうしようも……あっ)

 

 ふと思った。しかし、それは自分でも馬鹿馬鹿しいと思い、確証すらない賭け。

 だが、どうせ今の自分に出来ることなどこれぐらいしかない。たった一つの根拠の為に大博打を仕掛ける。

 一誠は拳を前に突き出す。すると、一誠が纏っていた鎧が霞みのように消えていく。禁手を維持することが出来なくなったと思われたが──

 

『Transfer!』

 

 ──発動させたのは『赤龍帝からの贈り物』。一誠は鎧を維持する力を誰かに譲渡したのだ。

 敵味方一同怪訝に思う。譲渡が発動したというに誰もその恩恵を受けていない。気不味さすら思えるような沈黙が起こる。

 だいそうじょうは一誠の意味不明な奇行を相手にせず、何の関心も無い様子で曹操を連れて転移しようとする。

 だいそうじょうがまさに跳ぼうとした刹那、足元に伸びていた影が飛び出す黒。

 影を羽衣のように捲り上げながら現れたのはオンギョウキ。息を殺し、気配を殺し、相手を殺す為に今まで潜んでいた。

 そして、影から現れたのはオンギョウキだけではない。彼の装束を掴んでいたことで影から引っ張り上げられるのはシン。

 全てが奇跡のように噛み合っていた。

 だいそうじょうが二人の急襲に気付き、顔をそちらへ向けたこと。

 角度を変えただいそうじょうの顔面に譲渡によって強化されたシンの拳が突き刺さったこと。

 同時に転移が発動し、だいそうじょうが殴られたまま曹操と共にこの場から消えたこと。

 たった一瞬の間にとんでもないことが起こり、だいそうじょうたちが消えても暫くの間、皆が言葉を失っている。この間にだいそうじょうや曹操が戻って来る気配は無かった。

 そんな中で最初に口を開いたのは一誠である。

 

「ナイスタイミング」

「お互いにな」

 

 一誠はシンに拳を向ける。譲ったのは力だけではない。だいそうじょうを殴る権利も彼に譲っていた。

 

「……よく連携がとれたのぅ」

 

 孫悟空が感心した様子で言う。オンギョウキの隠形法が完璧だった為に攻撃する寸前まで誰も気付くことが出来なかった。

 

「いつの間にか合図を送ったんじゃ?」

「合図? 送ってませんけど……」

「……はぁ?」

 

 一誠の返答に孫悟空は呆気にとられた声を出してしまう。

 

「どういうことかのぉ?」

「えっと、多分こいつだったら魔人の気配に気付く筈だし、気付いたらきっと駆け付けて来ると思ったので……」

「つまりは──」

「はい……勘っす」

 

 一誠の勘宣言に誰もが絶句した。あの土壇場でやるようなことではなく、正気を疑うような行動力である。

 

「おっそろしいことするのぅ……」

「まあ、あいつは期待を裏切らない奴なんで」

 

 あっけらかんと言う一誠。その図太さを賞賛すべきか呆れるべきか一同迷ってしまう。

 啞然とさせられている孫悟空らを見て、オンギョウキも似たような気持ちであった。

 八坂を影の中で拘束していたが、結界が破壊されると共に八坂に施されていた術も解け、九尾の狐の姿から人の姿へと戻った。

 だが、オンギョウキもまた魔人の気配に感じ取り、急いで八坂を安全な場所へ運ぼうとしていた。その時、偶然会ったのがシンたちであった。

 八坂の事を預け、魔人の許へ向かおうとするオンギョウキであったが、そこにシンもまた付いて来た。治療中であり仲間が止めようとしていたが、シンはそれを振り払ってオンギョウキに連れていくよう頼んだ。

 問答をする時間すら惜しかったので結局付いて来させてしまったが、その後はあの一連の流れである。

 オンギョウキとシンが飛び出すタイミングと一誠が譲渡を使ったタイミング。全く示し合わせていないのに見事に重なったことにはオンギョウキも驚かざるを得なかった。

 周りが自分たちに向けている視線を気にすることなく──実際は疲れ切っているので気付いていない──シンと一誠は話をしている。

 

「木場たちは大丈夫なのか?」

「木場もゼノヴィアも紫藤も無事だ。そっちは?」

「アザゼル先生が怪我したけどアーシアがいるから大丈夫な筈だ。それにあの象が護衛に付いているし。匙は九重と一緒にいる。ロスヴァイセさんはどうなっているか知っているか?」

「知らない」

「そうか、心配だな……ってかお前、何か腕おかしくないか?」

 

 左腕が不自然に垂れ下がっていることに気付く。よく見れば肌の色もおかしい。一誠が見ている前で血の気を失っていき、死人のような肌の色になっていく。

 

「付けたばっかりなのに無理をしたからな」

「付けた!? 腕を!? 何があったんだよ!?」

 

 衝撃的な発言に一誠も驚き、問い質してしまう。

 

「ほれほれ。騒いでないで見せてみろ」

 

 いつの間にか近付いていた孫悟空がシンの左腕を持ち上げる。気配を感じさせない動きに一誠は驚き、触れられるまで気付かなかったシンも僅かに目を見張る。だが、敵意は感じなかったので振り解くことはしなかった。

 

「若い癖に随分と無茶なことしたのぅ」

 

 左腕の具合に呆れながら腕をペシッと軽く叩く。それだけ肌に生気が戻って行く。

 

「で、誰なんだ?」

「俺も知らない。アザゼル先生の助っ人だって言ってたけど」

「お爺ちゃんの名前は孫悟空ってんだ。よろしくな、坊やたち」

 

 有名過ぎる名に一誠は一瞬フリーズした後──

 

「孫悟空ぅぅぅぅぅ! 爺さん、孫悟空なの!?」

 

 ──心底仰天して叫ぶのであった

 




相手が強ければ数で叩けばいい、というのがメガテン流
因みに作中状態で戦えばだいそうじょうは死にますが、シンや一誠を含む登場キャラの九割が道連れにされます。

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