ハイスクールD³   作:K/K

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聖輝、交換

 向上心というものを木場が実感したのは、比較的最近のことであった。

 今までやる気が無かったという訳では無い。ただ、少し前の木場はエクスカリバーに対する復讐を胸に秘めており、常にそれを果たすことだけを考えていた。

 しかし、エクスカリバーに関わる事件が終わって以降、その復讐心はすっかりと消えてしまった。

 復讐を終えた後に木場を待っていたのは虚無──などという虚しいものでは無かった。

 前までは後ろに居た筈の戦友であり親友である二人がいつの間にか隣に並び立ち、それどころか自分を追い抜こうとしている。

 肩を並べて戦えることを嬉しく思う反面、木場の中の剣士としての意地が、二人が先に行こうとすることを悔しがり、追い抜かれない様に自分もまた必死に前へ進める様に努力する。仲間と呼ばれる剣士として相応しくある為に。

 追い、追われ。そこには不思議と焦りは無く爽やかな喜びがあった。

 これが、木場が向上心を実感した切っ掛けと言える。

 技を磨くことは勿論だが、自分の中の可能性を見出すことに木場は着目した。それが木場のもう一つの神器である『聖剣創造』である。

『魔剣創造』の禁手である聖魔剣に比べると木場の『聖剣創造』によって生み出された聖剣は貧弱であった。元々『聖剣創造』は後天的に得た神器なので熟練度に差が出てしまうのは仕方のないことだが、逆に言えば『聖剣創造』に関してはまだ伸びしろがあることを意味している。

 だからこそ木場は『聖剣創造』についての知識を得つつ、扱いが上達する様に訓練をしていた。

 禁手に関する知識はすぐに手に入った。何故ならば『聖剣創造』は比較的メジャーな神器であるからだ。現に英雄派のジャンヌの神器も同じ『聖剣創造』である。数が多いということは禁手に至る確率が高く、またそれが情報として残る確率も高くなる。

『聖剣創造』の禁手の名は『聖輝の騎士団』。聖剣を携えた甲冑騎士を複数創り出し、数で圧倒する神器である。複数の魔剣を創造して戦うのが木場のスタイルだが、そこに使い手も増やすとなれば今まで以上の戦闘力を期待できる。

 だが、禁手がどんなものかと知ったとしてそこに至れるかどうかは別である。木場も『魔剣創造』が禁手に至れたのは亡き友達の後押しがあったからであった。

 この戦いに至るまで木場は『聖剣創造』の禁手化を一度たりとも成功させていない。

 ジークフリートの戦いに於いて出来もしない手段を選択として挙げたのは、自らを追い込める意味もあった。極限状態にならなければ禁手は成功しない。

 しかし、結果として木場は自らの選択を後悔する。

 木場の言葉を信じ、大事な友人が片腕を失った。それだけではない体の至る所を貫かれ、風穴も開けられた。だが、驚くべきことにそんな状態であっても相手の武器を奪うという偉業を成した。

 木場はこの行動を心の底から敬服する。

 そして、同時に仲間がここまでされたことに対し、全身の血液が沸騰しそうな程の怒りを覚えた。

 しかし、ここで怒りに身を任せる訳にはいかない。シンが我が身を犠牲にしてまでジークフリートと戦ってくれたのは偏に木場のことを信じてくれたからであった。

 感情の昂ぶりは大事だ。だが、生半可な昂ぶりではいけない。シンの自己犠牲に応える為にはもっと想いを昂ぶらせる必要がある。

 ゼノヴィアはシンがやられたのを見て飛び出そうとするが、木場はそれを止める。素直に動けることを少し羨ましく思いながらも彼女を待機させておく。ゼノヴィアもジークフリートの戦いに於いて欠かせない存在。温存しておく必要がある。

 それに、仲間の血を見るのはこれ以上沢山であった。

 押し込めた感情が行き場を求めて沸き上がって来る。理性の鎖を引き千切ろうとしてくる。木場はその衝動を意思と集中力で抑えつける。高まった集中力はあらゆる雑音、雑念を遠ざけていく。ジークフリートに斬られた傷の痛みも最早感じない。

 木場は最後の一押しに倒れたシンの姿を目に焼き付ける。血に染まり、動かない。放っておけば訪れるのは確実な死。

 自分ではなく他人の、仲間の死を意識することで木場の神器は極限状態に至る。

 木場は心の中で起こった変化で禁手に至ったのを確信する。そして、間髪入れずに禁手を発動した。

 

「禁手化……」

 

『聖剣創造』の禁手と同時に『魔剣創造』の禁手も発動。創造させた聖魔剣を次々と構える甲冑騎士が誕生していく。

 我ながら不細工な禁手だと木場は思った。見た目は立派な甲冑を纏っているが、関節の隙間などから甲冑を動かす為の聖なる気が漏れ出しているという不完全な禁手。もしかしたら、木場の心の中にある抑え切れないジークフリートへの怒りの現れなのかもしれない。

 しかし、寧ろ今は不完全な禁手の方が都合が良いのかもしれない。

 現在の木場の実力では二つの禁手を同時に操る容量は無い。『聖剣創造』の禁手が完全だった場合、聖魔剣を使用出来ず、聖剣を携えた甲冑騎士が並び立っていただろう。

 だが、木場の聖剣ではジークフリートの魔剣には敵わない。対抗するにはどうしても聖魔剣が必要であった。

 不完全な形で禁手を発動させたことで奇跡的なバランスで二つの禁手を並行発動することが出来たのだ。

 後はこれを維持して戦うだけ。ジークフリートの手数に対抗してこちらも数の力で挑む。

 

「ゼノヴィア」

 

 自らが創り出した騎士団を連れて駆け出す直前、ゼノヴィアにしか届かない声量で木場が話す。

 

「間薙君のことを頼んだよ?」

 

 その時だけは木場は戦士ではなく、友を想ういつもの木場の顔で微笑を浮かべながらゼノヴィアにシンを託すと聖魔剣と構えた木場と騎士団は一斉にジークフリートへ掛かった。

 ジークフリートは木場の禁手並行発動に驚かされるもすぐに切り替え、シンによって奪われた魔剣を『折れる聖剣』を装備することで補う。

 

(『聖剣創造』の禁手──『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』。知っているよ、その禁手は)

 

 木場が知っている様にジークフリートもまた『聖輝の騎士団』のことを知っていた。

『聖輝の騎士団』は発動者本人の動きを模倣するというが、ジークフリートは甲冑騎士の動きを見て即座にあることに気付く。

 甲冑騎士の一体が聖魔剣を振り下ろそうとしてくる。だが、振り下ろされる前にジークフリートの一閃が甲冑騎士の上半身と下半身を分ける。

 

「どうやらこの禁手、不完全みたいだね!」

 

 木場本人の動きを模倣するにしては甲冑騎士の動きは鈍い。木場と比べてせいぜい八割程度の速さしかない。その動きでジークフリートはこの禁手が不完全であることを理解した。

 

「ん?」

 

 甲冑騎士の分断された部分から聖なる気が伸び、上半身と下半身が結び付くと一気に引き寄せる。切断面が綺麗に繋ぎ合わさると甲冑騎士は何事も無かったかの様に聖魔剣を振り下ろした。

 

「そういうことか」

 

 一歩後退して振り下ろしの斬撃を回避すると、ジークフリートが移動した先に別の甲冑騎士が聖魔剣を横薙ぎに払う。

 振り抜かれる前に『折れる聖剣』で腕を斬り落とし、『折れる聖剣』が自壊すると共に空を握るジェスチャーをする。すると、その手に新たな『折れる聖剣』が握られ、腕を斬り落とされた甲冑騎士の頭部を貫いた。

 頭部を貫かれた甲冑騎士は、先程の甲冑騎士と同様に腕の断面から聖なる気を飛ばして地面に転がる腕と繋ぎ、元に戻すと頭に『折れる聖剣』を刺したまま聖魔剣を振るおうとする。

 ジークフリートは『折れる聖剣』に力を流し込むと、聖剣が砕け散り内包していた力を甲冑騎士に流し込んで破壊する。首から上が完全に消し飛ぶが、首から聖なる気が溢れ出し、新たな頭部を作り直し出す。

 切断部分を繋ぎ合わせる時と比べると修復する速度は遅い。

 それを観察しながら四方から来る聖魔剣を避けるジークフリート。

 不完全な禁手は動きも作り物も雑な部分が目立つが、それによって簡単に修復出来るというメリットを得ていた。

 聖魔剣と並行して発動出来るのも禁手が不完全によるものと思われる。

 木場の動きを劣化させたコピー程度ならジークフリートにとっては脅威ではない。

 しかし──

 

「はあっ!」

「くっ!?」

 

 そこに本体の木場が加わるとなると話は別である。騎士団に気を取られている隙に木場はジークフリートに接近しており、懐に飛び込むと同時に斬り付けていた。

 グラムで切り結ぶと同時に『龍の手』が握るバルムンクで反撃を試みようとするが、それを察して別方向から甲冑騎士が突撃してくる。

 甲冑騎士自体は恐れるに足りない。だが、装備する聖魔剣は無視することが出来ない特別な物。どうしても意識がそちらへ向けられてしまう。

 完全に意識を向けさせる必要は無い。ジークフリートの集中力を僅かでも欠かすことが出来れば木場はその僅かな欠けの中から隙を見つける。

 四本の『龍の手』が甲冑騎士をそれぞれ迎撃する。その直後、木場は刃を返して斬撃を繰り出す。

『龍の手』もまたジークフリートの腕。六本も腕があればどうしても脳では処理し切れない事態が起こる。

 聖魔剣がジークフリートの肌に触れ、刃が肉を裂く──かと思いきや刃から伝わって来るのは硬いゴムを叩く様な感触であった。

 ジークフリートを浸食している人工神器が、斬られた箇所を変質させ木場の斬撃に耐えたのだ。

 結果、浅い切り傷が出来ただけでそれも瞬く間に治ってしまう。フリードの意識が表層化した様な巨大な眼球が木場を嘲る様に細められる。それだけでフリードの憎たらしい表情を思い出す辺り、大した表現力と言えた。

 フリードの助力は不本意だが、木場の斬撃を掠り傷以下に抑えたジークフリートは、木場目掛けてグラムを突き出す。

 相手の動きを読んでいた木場は突きの速度と同じ速度で後退。眼前にグラムを突き付けられた状態から間合いの外まで移動し切る。

 ジークフリートは続けて踏み込もうとするが、それを甲冑騎士によって阻まれた。ジークフリートは仕方なく木場へ放つ筈であったバルムンクと甲冑騎士の胴体へ突き刺し、バルムンクの固有の力である螺旋状のオーラを発動。

 内側へ引き込まれる様に甲冑騎士の体は捻じれていき、最終的には耐え切れなくなって木っ端微塵となる。

 流石にここまで破壊されると修復する力は働かず、聖なる気の残滓と共に甲冑の残骸は消滅した。

 一体を完全に倒したが、所詮は数ある内の一体を倒したに過ぎない。騎士団はまだ木場を囲んで並んでいる。

 個の力はジークフリートが上回っているが、それに対抗する数の力は中々に厄介である。自分か相手、どちらかが潰れるまでの忍耐の試し合いが予想された。

 木場の方もジークフリートと似たような事を考えていた。甲冑騎士の一体が消滅したが、まだ戦いに支障を来すレベルでは無い。しかし、現状が木場にとっての精一杯なので破壊された甲冑騎士は修復出来ても新たな甲冑騎士を召喚する余裕は無かった。

 だが、木場はこの戦いに於いては決して神器を解除するつもりはない。精神が削り取られようとも魂が磨り潰されようとも。

 後ろにいるシン達を守る為、彼らが進む道を切り拓く為に『騎士』としての使命を全うする。

 

 

 ◇

 

 

 木場がジークフリートと戦っている間にゼノヴィアは倒れているシンを急いで手当てしようとする。

 

「酷い傷だ……」

 

 最も重傷なのは切断された左腕。他にも体には幾つも貫通痕がありそちらも傷が深い。挟んで奪い取ったノートゥングは問題無いが、まだ刺さっているダインスレイブの方は魔剣故に早く抜くべきであるが、下手に抜けば出血の量が増えて命に係わる。

 

「少し貰うぞ」

 

 一言断ってからシンの右袖を引き千切り、絞ってひも状にして左腕の切断部分をきつく縛る。完全に血が止まった訳ではないが、大量の出血を防ぐことは出来る。

 

「──悪いな」

「意識が戻ったか!」

 

 シンから声を掛けられゼノヴィアは喜ぶ反面、これだけの重傷を負っても会話が出来るシンの生命力に驚く。

 

「少し意識が飛んでいた……魔剣か聖剣のせいかは知らないが」

 

 希少且つ強力な魔剣のダメージだけでなく『折れる聖剣』というエクスカリバー擬きの一撃、そこに加えて大量失血もあって命は辛うじて繋いでいたが意識の方を保つことは出来なかった。

 

「すまない。私では簡単な手当てしか出来ない。アーシアがここに居てくれたら……」

 

『聖母の微笑』、もしくはフェニックスの涙が有れば切断されていても再び元に戻せる。ただし、それには何処かへ行った左腕が必要である。『聖母の微笑』でもフェニックスの涙でも無いものを元には戻せない。

 ゼノヴィアは視線を動かして無くなった左腕を探すが、残念ながら視界に収まる範囲では見つからなかった。

 

「ないものねだりをしてもしょうがない」

「他人事の様に……お前は左腕を失っているんだぞ!」

 

 冷めた言い方をするシンに、ゼノヴィアはつい口調を荒げてしまう。

 

「──失ったものは仕方ない」

 

 ゼノヴィアに怒鳴られても、やはりシンの言い方は他人事の様であった。

 視界が全く効かない状況の中でノートゥングの斬撃の左腕一本の犠牲で切り抜けられたのは最小限の犠牲と言えた。ついでに光弾を放つ途中であったので、左腕が地面に落ちる前に蹴り上げてジークフリートの不意を突けた。

 

「簡単に割り切るな……!」

 

 如何なる時も冷静さを崩さないシン。戦闘時ならば頼もしく感じられるが、こういう状況でも同じ態度だと自分の命に無頓着に思え、ゼノヴィアも怒りを覚えてしまう。

 

「そんなことより──」

「そんなことだと!」

「これを回収してくれ」

 

 ゼノヴィアの怒りを無視して話を進めたシンは、視線でノートゥングを指す。

 もっと言いたいことがあるが、いつまでも喋っている訳にもいかないので怒りを抑えて言われるがままノートゥングの柄を握る。

 そのままノートゥングを持ち上げるゼノヴィアだったが──

 

「痛っ!」

 

 掌に痛みを感じてノートゥングを離してしまう。宙に放りだされたノートゥングは、地面へと転がる、かと思いきや刃先が地面に触れた瞬間、吸い込まれる様に鍔元部分まで地面に沈み込んだ。

 鋭過ぎる刃のせいで水に入る様な感覚で地面に突き刺さった。

 ゼノヴィアは自分の掌を見る。赤い線が刻まれており、時間差でプツプツと血が滲み出してきた。潔癖症のノートゥングによる拒絶の証であり嫌がらせでもある。

 

「大丈夫か?」

「私より自分の心配をしろ」

 

 自分の大怪我よりもゼノヴィアの掌の切傷に気を遣うことにゼノヴィアは思わず苛立った声を出してしまう。自分の生に対する鈍感さは逆に他者を敏感にさせる。

 

「ついでで悪いが、こいつも抜いてくれるか?」

 

 シンは目でダインスレイブを指す。この頼みにはゼノヴィアも躊躇する。先程見た通り、ダインスレイブは腹部を貫いている。抜けば大量出血を引き起こす。

 

「自分でやれるならやりたいが、どうも体に力が入らない」

 

『折れる聖剣』の聖なる気の影響でシンは思った様に体を動かせない状態であった。もう少し時間が経てば自由を取り戻せるが、あまりのんびりとしていられない。

 

「これは……!」

 

 ダインスレイブで刺された周辺の血が急速に固まり始めている。ダインスレイブの能力により凍り始めているのだ。止血にはなるかもしれないが、極めて低温なせいで体内組織も凍り出し、シンの体温を凄まじい勢いで下げていく。

 ただでさえ失血で青白かった顔色が透き通る様な白へと変わり、吐く息も体温低下で白く染まる。そのせいか元々が綺麗な顔立ちであるので精巧な人形の様な無機質で儚く美麗な印象を強く受ける、とゼノヴィアは不謹慎だと分かっていても思ってしまった。

 

「時間が無い。早くしてくれ」

「くっ……!」

 

 そこからの決断、行動の早さは流石と言える。ゼノヴィアは一瞬だけ躊躇する表情となるが、すぐに覚悟を決めると苦しみを与えない様にダインスレイブを一気に引き抜き、そのまま地面へ放り棄てる。

 ゼノヴィアの行動の早さは結果として吉であった。ダインスレイブの柄を握った瞬間、冷たいを通り越して痛みとなった冷気を感じていた。あれ以上握っていたら柄に手が張り付き、良くて皮が剥がれ悪くて凍傷になっていたかもしれない。

 ダインスレイブの影響でシンの傷からはそれほど出血しない。冷気で血が凍り、それが蓋となっている。

 ひとまず安心するゼノヴィアであったが、シンの次なる行動に目を剥く。半死半生の体の筈なのに起き上がろうとしているからだ。

 ゼノヴィアはシンを背後から抱き締めて止める。

 

「動くな! 死ぬぞ!」

「……まだ死ぬほどじゃない。ゼロには程遠い」

 

 まるで自分の命の残量を正確に把握しているかの様な言い方である。もしかしたら、シンの目には命の数値が見えているのかもしれない。しかし、そんなことを言われてもゼノヴィアはシンを止める腕から力を抜かなかった。

 

「私は木場にお前を頼むと言われた! お前を死なす様な真似をさせられない!」

 

 強引に行けば負傷状態のシンでもゼノヴィアの腕を振り解くことは出来ただろう。だが、仲間を守る為の戦いで仲間を傷付ける様な本末転倒なことはしなかった。

 

「それに木場が戦っている」

 

 今も響き続ける剣戟の打ち合う音。ジークフリートの手数に対して木場は物量で互角に戦っている。傍から見れば拮抗状態であり、どちらの集中力が切れるかを競う精神的な耐久戦となっている。

 

「木場は『騎士』だ。私達の為に敵を払い、道を切り拓く。私も『騎士』だ。仲間を守ることが使命。私達から『騎士』の本分を奪わないでくれ。頼む」

 

 そんなことを言われて腕を跳ね除ける程シンは薄情ではない。不本意ではあるが、今はゼノヴィアの言う通りに動かないことにする。

 

「何もするなと言っている訳じゃない。だが、今は待つ時なんだ。木場を信じてその時を待て」

 

 木場ならば必ず道を切り拓く。ゼノヴィアはそう信じてシンにも自分にも言い聞かす。

 

「お前は木場を信じられないか?」

 

 意地の悪い質問だと思いながらシンは体の力を抜く。ゼノヴィアが言う、その時に備えて力や体力の消費を抑える為である。

 

「──信じるさ」

 

 

 ◇

 

 

 交差する刃の音が常に鳴り続ける。甲冑騎士は左右、前後だけでなく足元、上空など攻める場所を選ばずに攻撃をし続ける。

 通常の相手ならばとっくにバラバラになって全身を地面に転がしているだろう数の攻撃を、ジークフリートは六本の腕と剣を振るって全て対処していた。

 しかも防ぐだけではない。甲冑騎士に少しでも隙を見つけたら、刃を返して反撃を試みており、逆に地面に転がされる甲冑騎士も居るぐらいであった。

『龍の手』が持つディルヴィングが甲冑騎士の脳天へ叩き込まれる。甲冑騎士は瞬時に縦に圧し潰され、足元に出来たクレーターと同化する程に完全に破壊され消えてしまう。

 木場の騎士団は最初の時と比べて三分の一が再生不可能な状態にされて消滅している。

 息つく暇も無い攻防。木場もジークフリートも全身を疲労の汗で濡らしている。だが、両者ともに目の輝きは失せてはおらず、寧ろ最初の時よりも輝きが増していた。

 木場は『騎士』の使命感と誇りによる輝きを瞳に宿し、ジークフリートは剣士としての誇りと高揚感で瞳を輝かせる。

 力を消耗する一方で二人の裡にある想いは消耗されることなく、どんどん高まっていく。

 木場の騎士団の数が減っているといったが、それでもジークフリートと未だに互角なのは想いの昂ぶりによるもの。数の減少に反比例して甲冑騎士の動きのキレが増しており、徐々にだが木場に近い動きをする様になっていた。

 甲冑騎士の中にはジークフリートの斬撃を援護無しで回避する個体も出て来ている。

 甲冑騎士の精密性が向上することとは異なり、ジークフリートの方は『龍の手』による力の上昇が起こっており、連続して数撃与えなければ甲冑騎士を戦闘不能へ追い込めなかった所、命中すれば一撃で木っ端微塵になる程の威力まで引き上げられている。

 命懸けの接戦のせいで歯止めが効かなくなるぐらいに高め合って行く両者。短時間で日常の訓練では得られない力が付く。

 木場本体がジークフリートの懐へ入り込む。二刀流による聖魔剣がジークフリートの体に傷を付けるが人工神器の防御力のせいで浅い。ジークフリートは攻撃直後の隙を生み出す為に敢えて木場の攻撃を受けており、目論見通りにジークフリートの前に隙を晒す。

 だが、その隙を埋める為に甲冑騎士達が吶喊し、木場への攻撃を妨害する。

 ジークフリートを攻撃する前に既に甲冑騎士は動いていた。木場もこうなることを読んでおり、隙を晒すことを承知で全力の攻撃を仕掛けていたのだ。

 今の動きに臨機応変に対応するだけでは遅い。相手の一手、二手先を読むことでやっと互角。肉体の酷使だけでなく脳の酷使まで必須であった。

 ジークフリートは左右から来る甲冑騎士の内は一体はグラムによって斬り払い、斬り倒すとすかさずもう一体の甲冑騎士の方へ跳躍する。

 甲冑騎士の胴体を蹴り付ける。『阿修羅と魔龍の宴』によって何十倍にも高められた身体能力から繰り出される蹴りは、胴体が腹と背の部分が付くぐらいに凹ませてしまう。

 だが、ジークフリートはただ攻撃する為に甲冑騎士を蹴った訳では無い。ジークフリートはそれを足場にして甲冑騎士を蹴り飛ばす。甲冑騎士は吹っ飛び、ジークフリートも反動で飛ぶ。飛んだ先には木場が居た。

 

「くっ!」

 

 聖魔剣で咄嗟に防御を固める。魔弾と化したジークフリートが放つ加速と自重を加えた斬撃。

 六本の刃が二本の刃に触れた瞬間、木場の脳裏にはコンマ数秒後に上半身と下半身が分断される自身の姿が映し出された。

 体を捻り、衝突の衝撃を受け流そうとする木場。片方の聖魔剣に亀裂が生じると共に肩から嫌な音が体内へ響く。

 

「ぐうぅぅ!」

 

 重たい衝撃に巻き込まれになりながら木場は全身の力を込め、突っ込んで来たジークフリートの軌道を逸らし、側面を通り過ぎさせていく。

 受け流されたジークフリートは、魔剣を突き立ててブレーキを掛ける。だが、すぐには止まることが出来ずそのまま十メートル以上地面に線を引くこととなった。

 ジークフリートの渾身の斬撃を受け流すことに成功した木場。しかし、払った代償は決して安くはない。

 

「くっ……!」

 

 木場の片腕がだらりと下がり、手から壊れかけた聖魔剣が滑り落ちる。力を完全に流すことが出来ず、肩の骨を破壊されてしまった。

 落ちた聖魔剣を拾い上げようとするが指先に力が入らず、掴めない。シンは片腕を切断しても戦ったというのに、骨折ぐらいで動かなくなる自分の片腕を情けなく、恨めしく思ってしまう。

 

「貧弱なんて自嘲しない方が良い。普通なら受け止めきれずに死んでる」

 

 歪む木場の表情を見て、ジークフリートから慰めの言葉が掛けられるが──

 

「戦いの最中の敵の慰めなんて侮辱にしか受け取られないよ?」

 

 ──木場はそれを突っ撥ねる。ジークフリートもそれは分かっているらしく小さく笑う。慰め半分挑発半分の意味で言った様子。

 あくまでも強気な態度を崩さない木場であったが、それでも体は正直であった。木場は不意に片膝を突く。

 度重なるダメージと積み重なった疲労が肉体に警鐘を鳴らし、精神力でカバーしきれなくなったのだ。

 ジークフリートは木場に限界が来たのを『やっとか』と内心安堵する。三人相手でもきつく、禁手を使ったせいで魔剣の反動を喰らい肉体も悲鳴を上げている。それに加えて人工神器のフリードが精神に悪影響を及ぼしそうなぐらいに喚いていた。木場が禁手を二重で発動した際は表面上は出さなかったが、内心ではかなり焦らされた。

 しかし、それもやっと終わる。

 木場は片膝を震わせながらも立ち上がる。しかし、木場の不屈の闘志とは裏腹に召喚していた甲冑騎士が消え始めた。不完全だった『聖輝の騎士団』の時間切れを迎え、握っていた聖魔剣が地面に落下していき、キィンという音を鳴らす。

 

「君は強かったよ。木場祐斗」

 

 せめてもの敬意でジークフリートの二つ名の由来となったグラムで木場を屠ろうとする。

 

「だが、君一人ではここまでが限界だ」

 

 グラムの切っ先と共に現実を突きつける。すると、木場は小さく笑う。

 

「確かに今の僕は一人だ」

 

 それを自嘲と受け取ったジークフリートはせめてもの情けで一太刀で片付けようとする。

 

「──でも独りじゃない」

 

 木場の台詞がジークフリートの耳へ滑り込むと同時にジークフリートの体が一瞬だけ震えた。

 自身に何かが起こったことを悟るが何が起こったのかほんの少しの間、理解出来なかった。体に異変を感じ、動こうとした時視界の隅で何かが落ちていく。

 龍の鱗で覆われた銀色の腕──ジークフリートの『龍の手』で間違い無い。それが切断されて落下する様子をジークフリートはコマ送りの様に見ていた。

 切断された痛みすら感じない。こんなことが出来るのはあの魔剣しか有り得ない。

 目を動かし、それを見た。半死半生の重傷を負っている筈のシンが片腕で何かを投擲した後のポーズをとっている。

 何を投げたのかは明白であった。シンがジークフリートから奪い取ったノートゥングである。比類なき切れ味を持ち、空間すら断つことも出来るノートゥングなら風切り音すら出さずにジークフリートの腕を斬り飛ばせられる。

 

「──っつ!」

 

 少し遅れてジークフリートに『龍の手』を切断された痛みが襲い掛かる。自分の手の延長として繊細に扱えるため、それ相応の反動もあるのだ。

 細い神経の中を膨大な痛みの情報が駆け抜け、脳に辿り着くとその情報で脳が焼き切れそうな衝撃を与えた。

 この痛みによりジークフリートの体は硬直してしまう。だが、それはほんの少しの時間だけであった。ジークフリートの精神力はすぐに痛みを乗り越え、体の自由を取り戻そうとする。

 この短時間では負傷している木場ですら反撃に移れない。──そう、木場だったら。

 

「はああああっ!」

 

 それは神がかったタイミングであった。

 ジークフリートの意識が逸れ、尚且つ硬直が解ける寸前でゼノヴィアが落下してくると共にエクス・デュランダルでジークフリートを袈裟切りにする。

 

「なっ!」

 

 痛みよりも先に驚愕が来た。エクス・デュランダルの大振りの一撃をまんまと浴びせられてしまった自分への驚き。肩から胴体に掛けて斬られた傷から噴き出る血のニオイと暖かさと、それを失うことで感じる命の喪失感がジークフリートに幻ではないことを嫌でも教えてくれる。

 痛みと共に後悔も怒涛の如く押し寄せて来る。

 シンを見た時にゼノヴィアが居ないことに気付くべきであった。

 木場との戦いでもシン達に注意を払うべきであった。

 シン、ゼノヴィア、木場。この三人はそれぞれが存在感を発しているにも関わらず、その内の一人に注目してしまうと、途端にその人物が持つ存在感で他の二人を隠してしまう。

 個別で戦えば問題無いが、チームとなるとこれ程厄介なチームは無い。

 ゼノヴィアの渾身の一撃を受けてよろめくジークフリート。しかし、絶命には至っていない。人工神器が生命力と頑丈さを補ってくれたお陰で上半身と下半身はまだ付いている。

 それどころか命の危機に反して人工神器が過剰な反応を示し、斬られた断面に繋げようと蠢いていた。

 

「──ごふっ」

 

 ジークフリートは血塊を吐き出す。視線を下げると修復最中の傷口に両刃剣──聖魔剣の先端が突き刺さっている。

 刺したのは勿論木場。ゼノヴィアと入れ替わる様にして前に出ていた。

 木場の力ではジークフリートの人工神器の防御を突破することは出来なかった。だが、切れ目が生じた今、ジークフリートにダメージを与えることが出来る。

 

「木場、祐斗……!」

 

 ジークフリートがグラムを振り上げた瞬間、神速という言葉が相応しい動きで木場は態勢を変え、突き刺さっている聖魔剣の柄頭を蹴り付けた。

『騎士』の高速を生み出す脚力から繰り出される蹴りは聖魔剣を鍔元まで埋め込み、貫かれたジークフリートごと彼方へ蹴り飛ばす。

 胴体を串刺しにされたまま飛ばされるジークフリートであったが、地面を踏み付けて無理矢理停止し、大怪我を負っているのに膝を折ることなく踏み止まる。

 とはいえいくら精神力でカバーしていてもダメージを無かったことには出来ないのでジークフリートはその場から動くことが出来ずにいた。

 然程離れていない距離で睨み合うジークフリートと木場。

 睨み合いは唐突に終わる。両者の間にジャンヌの聖龍が割って入って来たからだ。

 ルフェイとイリナと戦っていた筈のジャンヌの横槍に驚く木場とゼノヴィア。

 聖龍は木場達を威嚇する様に睨んだが、攻撃することはせずに飛び立つ。飛び立った後にジークフリートの姿は無かった。

 

「もう無理もう無理! お姉さん、帰らせてもらうから!」

 

 聖龍の背に乗っているジャンヌ。ルフェイの巨人達を倒す術も見当たらず、ルフェイとイリナの攻撃も激しさを増してきたことから撤退を決めた。

 

「ジャンヌ……僕はまだやれるよ?」

 

 ジャンヌに回収され、不本意な形で退却することとなったジークフリートはジャンヌに刺す様な眼光を向ける。

 

「そんな大怪我で無理しない。あとジーくん……顔付き、変わってるよ?」

 

 ジークフリートはハッとした表情になって己の顔に手を当てる。本人視点では分からないが、ジャンヌからするとジークフリートが今まで見せた事の無い歪んだ表情をしている。

 体力や精神を大分削られたせいで人工神器に残るフリードの怨念がジークフリートの体を侵食している。

 ジークフリートは暫し沈黙した後、大きく溜息を吐く。現状を認め、切り替えたことでフリードの怨念を押え込み、表情がジークフリート本人のものへ戻った。

 

「ノートゥングとダインスレイブは諦めるか……」

 

 今からではその二本の魔剣を回収することは不可能。だが、ジークフリートにとっては都合が良いとも言えた。

 

「木場祐斗!」

 

 傷を押してジークフリートは叫ぶ。

 

「ノートゥングとダインスレイブは君に預けておくよ! 大事に使ってくれ!」

 

 惜しくないと言えば嘘になるが、どうせ使われるなら実力を認めている剣士が使ってくれた方がマシであった。そして、同時にそれは再戦の誓いでもある。

 聖龍の周囲に霧が発生する。結界の様子を監視していたゲオルクが二人の撤退に動いた。

 霧によって転移される間際、ジークフリートは呟く。

 

「──代わりにこれを貰っておくよ」

 

 ジークフリートは己の腹部に刺さった聖魔剣の柄を撫でる。

 霧によってジークフリート達が消えると、木場は糸が切れた様にその場で倒れそうになるが、ゼノヴィアが支える。

 

「随分無茶をしたな、木場。私達が手助けしなかったら危なかったぞ?」

「無茶はしたけど、言うほど危ない状況じゃ無かったさ」

「何?」

「信じてたからね、ゼノヴィアや間薙君のことを」

 

 木場は穏やかな表情で確信を持って言う。

 

「僕が仲間の危機を見過ごせない様に、君達も僕の危機を見過ごす筈が無いってね」

 

 一点の曇りも無い信頼の言葉。ここまでハッキリと言われるとゼノヴィアも照れ、つい目線を逸らしてしまう。

 

「そう言われると嬉しいが……少し照れる」

「ふふっ」

 

 いつもはクールなゼノヴィアの照れた様子に木場は小さく笑う。

 

「ゼノヴィアー! 木場くーん! 間薙くーん!」

「大丈夫ですかー?」

 

 イリナとルフェイがこちらに向かって来るのが見えた。幸い二人は怪我をしていない。対するシン、木場、ゼノヴィアはかなり消耗している。

 二人の手を借りようと思っていた矢先、こちらに向かって来ているルフェイが何かを蹴飛ばしてしまい足を止める。

 ルフェイは随分と重い物だったので何かと思い、蹴った物を凝視した。それは切断されたシンの左腕であった。

 あまりにショッキングだったせいかルフェイは脳が情報を処理し切れずに少しの間停止する。そして、脳の情報処理が追い付くと──

 

「きゃああああ! 腕ぇぇぇぇ!」

 

 ──悲鳴を上げる。

 ルフェイの悲鳴にイリナが思わず足を止める。

 

「丁度良い。ついでに持ってきてくれ」

 

 すると、シンの声が聞こえてきたのでイリナはシンを見ると──

 

「いやぁああああ! 腕ぇぇぇぇ!」

 

 ──イリナはルフェイと同じ様な悲鳴を上げるのであった。

 




これでジークフリート、ジャンヌ戦はお終いとなります。

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