レオナルドと彼が創造した魔人デイビットを倒した後に木場とゼノヴィアと合流することが出来たが、彼らもまた強敵に苦戦を強いられている最中であった。
相手はシンも一度だけ戦ったことがある英雄派のジークフリート。初戦の時と違い、背中から銀の鱗に覆われた第三の手が生えており、両手の魔剣と合わせて三刀流になっている。
ジークフリートの前方には木場とゼノヴィア。後方をシンに挟まれおいそれとは動けない状態となっている。
「こういう展開──僕は好きだよ」
好戦的というよりは女性を口説く時の様な甘い笑みを浮かべつつ、ゆっくりと足を動かして体の向きを変える。前後を挟まれる形から左右を挟まれる形にしたジークフリート。状況はあまり変わってない様に見えるが、シンに対して背中を向け続けることは危険というジークフリートの判断からの行動である。
少々とはいえジークフリートが不利であった状況を変えられるのをみすみす見逃してしまった三人。しかし、それも仕方のないこと。ジークフリートはおいそれとは動けないと前述したが、シン達もまた軽率な行動が取れない状態でもあったのだ。
範囲攻撃は仲間を巻き込むのでまず出来ない。そうなると今の彼らでは近接戦を選ばざるを得ない。だが、ジークフリートの剣の腕は比類なきもの。そこに『龍の手』の能力も加わり、余計厄介なものとなっている。
相手の隙を窺い、いつでも動ける様に肉体の緊張と弛緩の塩梅を整え、意識を集中させる。
すると、全員が同じ様な行動をしている為、場には沈黙が訪れる。離れた場所で戦っているジャンヌとルフェイの戦闘音が良く聞こえた。
このままでは埒が明かないと誰もが思ったが、拮抗している状況下でそれを崩す真似をするのは胆力が必要となる。分かっていても中々行動には移せない──と思っていた。
「その腕は何か能力があるのか? 木場?」
「えっ!」
沈黙を破ったのはシンがジークフリート越しに投げ掛けた木場への質問であった。
いつまでも黙って睨み合っているのも馬鹿馬鹿しいと感じたシンは、膠着状態を崩して狙われるかもしれないリスクを承知の上で、敵の前で堂々と情報交換を始めた。
いきなりの質問に木場だけでなく隣のゼノヴィアも目を丸くしている。
「え、えっと……あれは『龍の手』、らしいよ。通常とは異なる亜種みたいだけど……」
木場の方は戸惑いながらもシンへの質問に答える。
「そういうことか」
『龍の手』の能力はシンも知っている。力を倍にするというシンプルな能力だが、ジークフリートはそこに文字通り手数を増やす能力も足されている。
「それだけじゃない。その男、フリードを着ているぞ!」
ゼノヴィアからも新たな情報が齎されるが、内容が内容なだけにシンは『急に何を言い出すんだ?』と言わんばかり眉間に皺を寄せた。
「神器以外にも鎧代わりに特注の人工神器を纏っているんだ、彼は。……その材料はフリードらしい」
木場がゼノヴィアの情報の補足を入れる。シンの眉間の皺は更に深くなった。
「悪趣味だな」
「ああ、僕もそう思うよ」
「一心同体になった気分はどうだ?」
「気色悪いから、そういうのはやめてくれないかな?」
笑みを消して顔を不愉快そうに歪める。本気で嫌がっている様子。
纏っている人工神器が鎧代わりと言った事、前にオンギョウキがジークフリートと戦った際に刃が通らなかったと話していたので相当の防御力を持っている。
ドーナシークと融合したフリードが異常な耐久力があったことを思い出す。人工神器に加工することでその恩恵を受けているのだろう。
「そうだ。こっちからも質問は良いかい?」
ジークフリートの問いに対し、シンは無言であった。ジークフリートはその無言を肯定と解釈する。
「君の相手をした男の子──レオナルドっていう名なんだけど──彼はどうしたんだい? 倒したのかな?」
「殺した」
シンの何の感情も無い一言に木場とゼノヴィアはギョッとする。仲間の口から子供を殺したという発言を聞けば無理もない反応であった。
しかし、それとは対照的にジークフリートは肩を揺らして笑い出している。
「あははは。敵はともかく味方を動揺させるのは本末転倒じゃないのかい?」
シンの発言を余裕で流すジークフリート。そもそもシンが言っていることは嘘だと見抜いている様子であった。
「信じていないようだな?」
「ああ。そう簡単には死なないよ。彼は色んな意味で良い子だからね」
仲間の生存を心から信じている。敵も敵なりに信頼関係を結んでいる。
「──そうか。騙せなくて……」
シンは極めて自然な流れでジークフリートを左眼で凝視する。相手をただ睨んでいる様に見られるが──
「残念だ」
その言葉を引き金にしてシンの左眼から普通では反射出来ない速度で光線が放たれた。
視線をそのまま攻撃に転じさせる最速の攻撃。まず反射的に回避するのは不可能──の筈だった。
螺旋の魔力が蛇の様に絡まる光線の射線状、そこにはいつの間にか魔剣ノートゥングが置かれてあった。
エクス・デュランダルの大出量の聖なる気すらも切断することが可能な脅威の切れ味の前には射る筈であった光線が自ら真っ二つに割かれる。
割かれた光線は建物の壁や木の幹を綺麗に貫いた後に消えた。
当てるつもりで放った攻撃を予知されていたかの様に防がれたことにシンは僅かに瞠目するが、ジークフリートも似たような表情をしており何が起こったのか分からないといった様子。木場とゼノヴィアも同様であった。
その表情を見て推測出来る。ジークフリートはシンの光線を分かっていて防いだのでは無い。自らの勘、虫の知らせに従いほぼ無意識の内に魔剣を動かしたのだ。
多くの修羅場を潜り抜けてきたからこそ許される予知染みた直感力。それがこの場において遺憾なく発揮されたのだ──シンにとって都合が悪いことに。
ノートゥングの剣身をまじまじと見た後、ジークフリートは驚いた表情からおどけた様な表情へと変える。
「普段の行いが良かったからかな?」
ジークフリートの下らない冗談に対し、シンは舌打ちをするとタイミングを計るのを止め、走り出す。
そうなると必然的にジークフリートの意識はシンの方へと傾く。それが分かったのか少しタイミングをずらして木場達も動き出した。
シンは走る最中に息を大きく吸い込む。そして、瞬間にそれを冷気に変換してジークフリートに向けて吐く。
視界一杯広がっていく白い靄。巻き込まれれば即座に全身が凍結するだろう。
ジークフリートは魔剣バルムンクを氷の息へと突き出す。バルムンクの剣身に螺旋状のオーラが発生し、吐き出された冷気が螺旋のオーラに全て絡め取られる。そして、それを木場達に向けて振るう。
シンの力を利用した氷結の渦が木場達を凍結させ削り取る為に襲い掛かる。
だが、目の前の脅威に対して木場とゼノヴィアの走る速度は緩まない。
「聖剣よ!」
二本に変形しているエクス・デュランダルの刃を交差させ、聖なる気を合わせることで相乗効果により破壊力を高める。
剣身が聖なる気で発光すると同時に交差させたエクス・デュランダルを振り抜く。木場達を呑み込む筈であった氷の渦は✕の字に斬り裂かれ霧散した。
(怯まないとは流石)
難無く攻撃を打ち消されたことに驚くことはせず、足を止めすらしなかったことを逆に賞賛する。
(こっちもね)
同じくシンの方も速度を緩めていない。自分の攻撃をまんまと利用されたことに多少なりとも動揺するかと思ったが、微塵も影響が無かった。他者に対してドライなのか、それともこれぐらい切り抜けられるという仲間への信頼なのかは分からないが、厄介なことには変わりなかった。
ジークフリートは一笑するとノートゥングを鞘に収め、別の魔剣を抜く。抜刀時の速度も速いが納刀する時の速度も速く、一瞬で魔剣を交換している様な錯覚を起こす。
同時に攻めて来る三人に対し、ジークフリートが行ったのは新たに抜いた魔剣の剣先を地面に着け、その場で一回転すること。
ジークフリートを中心にして真円が地面に刻み込まれる。
「ダインスレイブ。人間嫌いでいつも苦労させられるよ」
刻まれた真円から白い煙が上がり始めたかと思えば、地面を下から突き破って氷の塊が発生する。
霜柱の様な現象だが、発生する氷はどれも氷柱の様に鋭い凶悪な形状をしており、シン達を貫く為に成長する様に大きくなっていく。
自らが突っ込む様な形になり、シンは即座に両手から炎を発して一つに重ね、熱線として繰り出そうとし、木場もまた対氷用の魔剣を一瞬で創造し、ゼノヴィアもエクス・デュランダルにまだ残っている聖なる気を飛ばそうとした。
だが、攻撃態勢に入った瞬間、冷気ではない悪寒が三人を襲う。その感覚を信じて三人はここで初めて速度を緩め、身を屈ませた。
音も無く無数に生えた氷柱が斬り飛ばされ、シン達の頭上を何かが通過していく。
ずれ落ちた氷柱の向こう側ではジークフリートがノートゥングを振り抜いていた。
「あれ? 残念。避けられたか」
ダインスレイブが作り出した氷柱を目隠しにしてノートゥングの固有能力である鋭すぎる斬撃を放つという合わせ技。もし、避けなければ上半身が氷柱と同じく斬り飛ばされている所であった。
だが、シン達もただ避けるだけでは無い。
ゼノヴィアは身を屈めると同時にエクス・デュランダルを地面に突き刺し、聖なる気を高めていた。
「お返しだ!」
ゼノヴィアは立ち上がりながらエクス・デュランダルを振り上げる。高められた聖なる気が放出され、地面を砕きながらジークフリートへと伸びて行く。
しかし、地面を掘りながら進んでいるせいで斬撃として放つ時よりも速度は落ちており、ジークフリートの速度があれば余裕を以て避けられてしまう。
「その程度──」
ジークフリートが聖なる気を避けようとした時、ジークフリートは体を仰け反らせて硬直する。
衝撃が体を突き抜け、筋肉を痺れさせ、ジークフリートの瞬間的な速さを奪う。今のジークフリートは感電をしていた。
電気がなければ感電などしない。その電気の発生源はシン。彼はジークフリートが作り出した氷柱を利用し、それに触れた状態で放電し、氷柱の発生源に立つジークフリートに電気を流し込んだのだ。
電撃で動けない所に聖なる気が命中。周囲の氷柱を破砕する白光が生じる。
だが、すぐにジークフリートは白光を突き破って飛び出す。
衣服が裂けており肩や胸元が露出している。皮膚は人のものではなくドラゴンを彷彿させる鱗状になっている。電撃や聖なる気に反応し、纏っている人工神器がそれに耐える為の形態へ変えていた。
ジークフリートが降り立った所に木場が攻め込む。
「はああっ!」
聖魔剣二刀流で鱗に覆われていない首を挟み込む様にして振るう。態勢を立て直す前に狙った攻撃だが、同じくグラム、ノートゥングの二刀流でそれを防ぐと『龍の手』が握るバルムンクが剣身を螺旋の力で覆いながら振るわれる。
触れただけでも頭部が削り取られるであろうバルムンクの斬撃。しかし、それは木場には届かない。時間差で創造した聖魔剣が撃ち出され、『龍の手』の手首を貫く。
ジークフリートは微かに表情を歪めた。神器の手であるが感覚は繋がっている為、貫かれた痛みがジークフリートの脳を焼く。
本当なら激痛の筈がジークフリートは持ち前の精神力で痛みを捻じ伏せ、聖魔剣が刺さったまま『龍の手』を振り下ろす。
ジークフリートの精神力は大したものと言える。だが、それでも痛覚がある以上痛みに対して肉体は反応してしまう。この時、ジークフリートはほんの一瞬だけ動きを止めてしまった。
その隙を彼は見逃さない。
「ごほっ!」
ジークフリートの胴体がくの字に折れ曲がる。脇腹部分には拳サイズの凹み、そして拳を振り抜いたシンの姿。
殴り飛ばされるジークフリートであったが、その途中でガクンと動きが止まる。シンがジークフリートの袖を掴み、引き寄せる。
ダメ押しと言わんばかりのもう一撃がジークフリートの鳩尾に刺さり、ジークフリートは目を見開く。
人工神器で覆われている肉体を貫く痛みに苦しみが重なる拳。脳が痛覚でショートし、冷や汗をダラダラと流しながらも思考だけは途切れさせなかった。
(かなりの威力を秘めているとは分かっていたけど、ここまでとは……!)
鋼の肉体を持つヘラクレスがシンの拳で苦しまされた光景はジークフリートも見ている。実際に体験してみて分かったが、シンの拳は単純な怪力だけでなく不可思議な力を秘めている可能性があった。でなければ並大抵のことではビクともしない人工神器を貫いてここまでダメージを与えることなど出来ない。
口から内臓が零れ出そうな重さに耐えるジークフリート。シンはもう一撃与えようとするが、運悪く掴んでいた袖が千切れてしまう。
引き寄せることに失敗するシン。偶然だが運良く解放されたジークフリートはすかさずシン達から離れようとする。
「聖剣よ……!」
ジークフリートの耳に届くゼノヴィアの声。彼女はジークフリートの移動先を予想し、そこで待ち構えていた。
二刀流であったがエクス・デュランダルを一本に戻し、柄を両手で握り締めている。スピードからパワーへと切り替えたゼノヴィアの戦闘スタイルに見合った構え。
振りが遅くなり、手数も減るのでもしジークフリートに振れば回避と共にカウンターを入れられるだろうが、シンの拳を二度も受けてダメージを負っていること、離れることに専念し過ぎてゼノヴィアの存在を失念している今のジークフリートならば当てることが出来る。
ジークフリートは咄嗟に三本の魔剣を重ね合わせて防御しようとするが、その時点でゼノヴィアはエクス・デュランダルを振り抜いていた。
剣身から放出される膨大な量の聖なる気が伸び、ジークフリートを斬るというよりも吞み込んでしまう。
そのまま聖なる気はジークフリートごと彼方まで飛んで行くかと思った矢先、無数の斬撃が聖なる気内側から飛んでいく。
柱の様になっていた聖なる気は、斬撃によってバラバラにされ、大小様々な塊となって落ちていく。その中に紛れてジークフリートも居た。
「流石に、効くね……!」
聖なる気を大量に浴びたせいか露出している人工神器部分が焼け爛れており硬質の鱗も簡単に剝がれ落ちるている。それに比べると生身の部分は軽傷であった。
人工神器を前面に出してエクス・デュランダルの斬撃を防いでいたが、デュランダルに加えて六本のエクスカリバーが生み出す相乗効果は絶大なものであり、絶大な防御力を誇るフリード素材の人工神器でも大きく損傷してしまった。
この人工神器は生きているので暫くすれば再生するが、それまでの間は防御力も格段に落ちる。
その間、相手が律儀に待っている──
「──筈なんてないよね」
視界全部に広がる聖魔剣の数を見て、ジークフリートは思わず苦笑してしまった。とことんやるという相手の意思がこれでもかと体現されている。
無数の聖魔剣が矢の如く撃ち出される。
「っ!」
少し動くだけで殴られた箇所が制限でも掛ける様な鋭い痛みを生み出し、ジークフリートの動きに枷を付けようとする。
身のこなしに比重を置いて聖魔剣を捌くことは出来ないと早々に理解したジークフリートは、逆にその場で踏み留まり、三刀流によって全て弾くことを決める。
聖魔剣がジークフリートの間合いに入った瞬間、けたたましい金属音と共に弾かれた聖魔剣が四方へと飛び散る。
「くっ!」
流石のジークフリートもこの逆境に笑顔を浮かべている余裕は無く、力を緩めない様に奥歯を噛み締め続ける。
桁外れの動体視力を持つジークフリートの両眼が一時も停止することなく左右上下と動き続けて聖魔剣の軌道を読み取り、両手と『龍の手』が残像が生じる程の速度で振るわれ続ける。
ただ弾くだけでは聖魔剣の数に押される。時折弾いた聖魔剣が別の聖魔剣にぶつかり、軌道を変える調整と計算をする妙技を混ぜて魔剣を振り回す。
時には取捨選択も必要であった。致命傷にならないと判断すれば最低限の回避で済ますなどをする。ジークフリートの手の甲や頬、太股や脇腹などに浅い裂傷が次々と出来る。人工神器が完全ならばある程度の聖魔剣は体で受け止めることも出来たが、エクス・デュランダルのせいでそれもまだ出来ない。
裂傷が出来る度に熱の様な痛みが情報として脳に送られるが、既に刻まれているシンの拳痕の痛みに比べれば蚊の刺す様なもの、集中していれば気にもならない。
横殴りの雨粒を全て斬り裂く様な神速の剣捌きを続けるジークフリート。聖魔剣の数は限られているので時間にすればほんの数秒程耐えれば凌ぎ切れるが、極限まで集中している彼にすればその数秒は何倍にも引き伸ばされた感覚になる。
いつ終わるのかと頭の中で考えた時、彼の耳にある音を捉えた。
風切り音。それも音が段々と近付いて来ている。その音に不穏なものを感じ、ジークフリートは余裕の無い状況下で眼球を動かし、頭上へ目を向ける。
「──ははは」
ジークフリートの口から思わず笑いが零れ出る。頭上から山なりの軌道を描きながら追加の聖魔剣が大量に降り注いで来る光景を見て、木場の容赦無さに笑うしかなかった。
聖魔剣による十字砲火。今でも限界に近いジークフリートへのダメ押し。温厚そうに見えて実は徹底していることに好感すら覚えてしまう。
(アレを使うか? いや、時間が足りない)
切り札を使うことを考えたが、今の状況でそれを使えば動きを止めることとなってしまい、使う前に聖魔剣で針鼠にされてしまう。
足を止めて捌くのも上からの攻撃で限界。多少のダメージは覚悟で動くしかない。
ジークフリートは決断と共に眼前に迫っていた聖魔剣を弾くと後方へ跳躍する。足に力を込め、それを解放する瞬間に殴られた部分から電気の様に痛みの信号が走った。
地面の上を滑る様な低空且つ速い跳躍。だが、それはジークフリートが想定していたよりも遅く、低いもの。痛みのせいで無意識にブレーキが掛かってしまっていた。
本来ならば一足で上空の聖魔剣の射程から離れられる筈が、そのせいでもう一度跳躍する必要が出来てしまう。
己の失態に内心で舌打ちをしながらも追撃してくる聖魔剣を弾く。ジークフリートが跳んで間も無くして上空の聖魔剣が地面へと降り注ぎ始めた。
ガガガガ、と凄まじい音を立てながら地面へとさっきまでジークフリートが立っていた地面へ突き刺さっていく聖魔剣。自由落下した聖魔剣はどれもが弾かれることなく地面に滑り込む様にして刺さっていき聖魔剣の切れ味の良さを分かり易く見せる。
地面に無数に突き立てられていく聖魔剣だったが、一箇所に集中するのではなくジークフリートを追う様に落下点が移動し出す。
ジークフリートが避けることも想定済みであり、徹底してジークフリートを追い詰めていく。
(目が足りない! 手も足りない!)
移動することで再び起こる痛みにより僅かの間だけだが反射的に体が硬直を起こす。コンマ数秒間だけの硬直だが、ジークフリートはそれが命取りになる世界に置かれているのだ。
弾き損ねた聖魔剣がジークフリートの肩を掠める。聖魔剣が通り過ぎた後に浮かぶ赤い線。次の時には開いて傷となり、赤い血が一気に流れる。人工神器の薄い箇所であった為に生身まで届いてしまっていた。しかし、もし人工神器の防御がなければ肉どころか骨まで斬られていてもおかしくない。
遂に受けてしまった大きな傷。それは確実にジークフリートの身体能力に悪影響を及ぼす。
肩の傷のせいで魔剣を振る速度が鈍り、理想の動きとの齟齬が生じる。
本当ならば振り抜いている筈であった魔剣が遅れたことで弾く方向が変わり、弾かれた聖魔剣が別の聖魔剣に接触することで予期せぬ軌道となり、ジークフリートの大腿部がそれによって抉られる。
腕の動きの次は足の動きを鈍らされた。傷は新たな傷を生み出す連鎖によってジークフリートは肉体だけでなく卓越した身体能力も削られていく。
赤に染まっていく体。しかし、ジークフリートは己のその姿を無様だとは思わない。敵だろうと自分だろうと血に染まるのが英雄というものである。ましてや、自分はジークフリートの子孫。血に染まるのはある意味で通るべき道でもあった。
(まだだ……! このぐらい切り抜けられる!)
土壇場に於いてもジークフリートの心は折れることは無かった。耐え抜くことでその先にある勝機を掴み取ろうとしている。
そして、その時は来る。豪雨の如く降り注いでいた聖魔剣であったが、突如として空白が生じた。攻撃が止んだのである。
猛攻を凌ぎ切ったジークフリート。この時、彼の心には終わったという微かな安堵と超えたという喜びが生まれた──戦いの最中で抱いてはいけないと分かっていながらも。
止んだ聖魔剣の後、ジークフリートが見たのはこちらへと走り寄って来るシンと木場。木場が先頭でシンはその数メートル後ろに付いていた。
遠距離が駄目だったので接近戦に切り替えたのかと考えるジークフリート。だが、すぐに違和感に気付く。それなら居るはずのゼノヴィアの姿が見当たらない。
ゼノヴィアは走る二人とは違い、エクス・デュランダルを振り被った体勢で立ち止まっていた。
ゼノヴィアの前には宙に浮かんだ状態の聖魔剣。
「はああああっ!」
気迫の籠った声と共にゼノヴィアはエクス・デュランダルを振るう。
柄頭をエクス・デュランダルが叩き、聖魔剣が閃光と共に打ち出される。
一般人が見たら一筆書きの光が伸びて行く光景であり、まず肉眼で捉えることは不可能。しかし、この場に於いてはその不可能を可能にする人物が揃っていく。
音よりも速く気配がシンの直感をくすぐる。背後から迫って来るそれに対してシンは右足に魔力を溜め込むと走る勢いのまま急旋回。シンの体勢で半身となると同時に聖魔剣が通過。少しでもタイミングが遅かったらシンの背中が貫かれていた。
シンは一切の恐怖や焦りを排した表情のまま淀みない動きで右足を振り上げると、聖魔剣の柄頭に魔力を込めた後ろ回し蹴りを打ち込み加速させる。
とんでもない脅威が迫っているにも関わらずジークフリートの意識は木場の方に向けられていた。
ゼノヴィア、シン、木場が一直線に並んでいた為にそれぞれが壁になって隠していたこと。そして、聖魔剣の雨を潜り抜けたことでジークフリートの緊張が緩んだこと。この緊張感の緩みは意図して生ませたものであり、押して駄目ならば引いてみよという考えから。
最後に迫って来ているのが木場だということ。木場の実力は打ち合いによって把握しており、ジークフリートは今の自分の方が木場よりも上であると認識していた。つまりは木場のことを舐めているのである。
木場は二刀流の聖魔剣を構え、斬りかかろうとする。当然ながらジークフリートはそれを迎え撃とうとする。
「──油断したね」
木場の発した言葉がジークフリートの耳に届くのと意味を理解するのは少し後のことであった。
聖魔剣を振るうかと思った瞬間、木場は前のめりになり上体を可能な限り低くする。
攻撃ではなく意味不明な行動をとる木場にジークフリートは一瞬だけ混乱したが、すぐにその意味を身を以って知る。
光がジークフリートの目に映ると同時に光はジークフリートの肩に命中し、刺したジークフリートごと後方へ飛んで行く。阻む様に並ぶ建物や木々、壁など全て薙ぎ倒し速度を緩めることすらない。
木場の体を張った囮にジークフリートは回避する余裕さえなく音速で彼方へ飛ばされていく。こうしてジークフリートは木場を舐めた代償を自ら払うこととなった。
「……ふう」
木場は額から流れる汗を拭う。その汗は重圧からの解放と疲労によるものであったが、爽快感もあった。
一連の連携の最大の功労者は木場であった。大量の聖魔剣を創造し、尚且つ操作することでこちらの連携を隠し、最後は下手をすれば自分が犠牲になっていたかもしれない状況で見事に囮の役目を果たした。最高速度に達した聖魔剣をギリギリまで引き付けて避ける芸当など『騎士』であり使い手である木場にしか出来ない。
一息入れる木場の傍に遅れてシンがやって来る。疲労している木場に何か一言掛けるのかと思いきや、シンの目はジークフリートが吹き飛ばされた方向に向けられていた。
木場は確かな手応えは感じていた。しかし、信頼出来る仲間のその眼差しを見ると嫌な予感を覚えてしまう。
とある台詞が喉まで出掛かっていたが、その台詞を言うと不安が現実になってしまいそうで敢えて言わずに──
「やったのか?」
最後方に居たゼノヴィアも現れ、ジークフリートを倒したかどうかを尋ねる。木場が言いたくても言えなかった
「何故そんなに私を見つめる? 顔に何か付いているのか?」
当の本人は視線の意図に気付くことなく見当違いなことを言う始末。
尤も、あくまで不吉だから言わないだけのことなので実際にそうなるかは分からない。
『ッ!』
──急速に膨れ上がる大きな気配を感じ取るまでは。
足音が聞こえて来る。弱々しいものではなくしっかりとした足音が。
未だに倒壊による埃が舞う中でその埃の中に人の姿が浮かび上がる。しかし、それは先程のものとは大きく異なっていた。
「ここまで追い詰められたのは初めての経験だよ」
その声に弱った気配が感じられない。
「いい経験だ……と言いたい所だけど中々に苦い経験でもあるね。出来れば二度も味わいたくはない」
舞う埃の中で一瞬の煌めきが放たれかと思えば、内部から放たれる突風により埃は消し飛ばされた。
埃を剣圧で吹き飛ばしたジークフリート。そして、彼が構える六本の剣。腕三本なのに剣が六本だとおかしく思うかもしれないが間違っていない。
ジークフリートは新たに銀色の腕を三本生やし六刀流となっているからだ。
「これが僕の『
丁寧に能力を説明するジークフリート。能力がシンプル故にばれても何の支障にもならないからである。確かに非常に厄介な能力ではあるが、今の三人はジークフリートの六本腕ではなく別の方を注目していた。
ジークフリートの肩を突き刺した筈の聖魔剣。だが、おかしなことにあれだけの加速を加えて貫き尚且つジークフリート自身も凄まじい勢いで吹き飛ばされたにも関わらず、刃先が数センチしか食い込んでいない。
突き刺さった箇所を良く見る。大きな裂け目が出来ているがその割には流血していない。そして、傷周辺は白く変色している。
その時、ギギギという擦れる音と共に変色した箇所が動いた。台形型の白い部分が幾つも連なるその形状。見間違いでなければ人の歯そのものであった。
理解した途端、聖魔剣が裂け目と思われていた口から吐き出され、落ちてキィンという音を鳴らす。木場やゼノヴィアは唖然としていたのでその音は良く響く。
完全に決まったと思われた連携は、歯で受け止められるという予想もしない形で不発に終わってしまった。
「そんな目で見ないでくれ。──僕も驚いているんだ」
ジークフリートも自分の体に出来た口を不気味、というよりも忌々しそうに見ている。
歯や口の素となっているのはジークフリートが纏っている人工神器で間違いない。強力な攻撃で機能不全に陥ったかと思っていたら、今までとは異なる形になって再動し出す。
ジークフリートの肩に出来た口が大きく開かれる。無駄に歯並びの良い口が全開になった時、その奥から覗かせるのは巨大な眼球。
ギョロギョロと動き、周囲を確認する眼。この変化には木場とゼノヴィアも絶句してしまった。
一方でシンの方は眼球の目を観察する様に見る。些細なことだが瞳の色がジークフリートと同じであった。
「丁度良いね。手と目が足りないと思っていた所だ」
冗談にも聞こえるし、この状況を受け止めているとも聞こえる。或いはジークフリートも投げやりになっているのかもしれない。
落ち着いた態度のジークフリートとは裏腹に眼球の方はさっきから忙しなく動き続ける。その落ち着きの無さが素材となった人物を彷彿させる。
すると、動き続けていた眼球が急に動きを止め一点を凝視する。大きな眼球が映し出すのはシン。
「生き足りないか? それとも死に足りないのか? フリード」
彼の中では既に死者となっている者への挨拶──もとい挑発。
そこにフリードの意思が宿っているかの様に眼球は一瞬で血走った。
◇
オンギョウキの振るう刃が曹操の首へと吸い込まれる。相手の死を約束させる様な冷徹なる一撃。見ていたアザゼルも曹操の死を確信させる程であった。
しかし、死を迎えようとしている曹操だけは果たされ様としている死に対し、屈することなく抗おうとする。
無限に突き付けられる死の現実。だが、曹操はその中で微かに漂う生存という一筋の可能性を探し続ける。
諦めが悪い、往生際が悪いと誹られ様とも探求することを止めない。
それによって高められる曹操の想い。やがてそれは極限まで達し──
「むっ!」
──オンギョウキの刃を留めさせる結果へと繋がる。
オンギョウキが思い留まった訳では無い。だが、振るうべき相手がそこに居なければ忠義の為の刃も無意味になる。
寸止めされた刃の先に居るのは曹操ではなくアザゼルであった。
「どういう事だ……?」
気付けばオンギョウキに刃を向けられていたアザゼルも混乱した言葉を洩らす。
「間一髪だった……本当に……心の底からそう思う……」
オンギョウキとアザゼルはすぐさま声の方へ構える。先程までアザゼルが立っていた場所に入れ替わる形で曹操が立っており、目に突き刺さった針を抜いていた。
「自分でも奇跡を起こしたと思うよ……流石に震えが止まらない」
聖槍を持つ手は曹操の言う通り震えていた。しかし、二人にとってはそんなことはどうでも良かった。それよりもどうやって入れ替わったのかが重要である。
その疑問に答える様に曹操の傍にボーリング程の大きさの球体が浮遊する。
「あの野郎……やりやがった」
「あれが分かるのか?」
「あれは禁手だ。しかも、能力の一部を限定的に引き出してやがる」
兜の下でアザゼルは苦虫を嚙み潰した表情となる。
「ヴァーリは覇龍の力を限定的に解放することに成功したのは聞いている。なら、禁手で同じ事が出来るのも道理だ。──やるのは初めてだが」
「覇龍だろうが禁手だろうがひょいひょい出来るもんじゃねぇよ」
理屈は簡単だが現実は簡単ではない。能力が未完成でなっているのではなく自ら制御してなっているのでは雲泥の差であり、曹操の態度から後者にしか思えない。
「──あれが聖槍の禁手なのか?」
「いや、違う。あんな球体が付くなんて聞いたことが無い。気を付けろよ。ここから先は俺も知らない」
さっきの現象から能力の推察は既に済ませてあるが、それ一つとは限らない。オンギョウキとアザゼルはより気を引き締める。
その時、大きな咆哮と共に巨大な足音が聞こえて来た。しかもそれはどんどんと近寄って来ている。
「この声は……」
「盛り上がって来たな」
オンギョウキは信じ難い様に呟き、曹操は口角を吊り上げて笑う。
「うおおおおおおおおっ!」
オオォォォォォン!
絶叫と咆哮。遮るもの全てを破壊しながら九尾の狐とその頭にしがみついた一誠がこの場へ乱入する。
真・女神転生ⅤもⅣみたいな続編が出ないかなーと思っています。