ハイスクールD³   作:K/K

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ロキ戦はこれにて決着。次はこの巻のエピローグ話となります。


雷光、囁声

「う、ううん……?」

 

 目が覚めるとまたあのベッドルーム。最早、見慣れつつある光景になり始めていた。

 それよりも『覇龍』を発動させた後、一誠の記憶が飛んでしまっており、目を閉じてまた開けると同じ部屋に居ることに一誠は焦りを覚える。

 

「もしかして、『覇龍』でも負けたのか……?」

 

 気絶するとこの部屋に来るのは一誠も理解している。『覇龍』を使ってもロキに勝てないとなると、打つ手が無くなってしまう。

 

「いや、こっちから呼んだのだ」

「へえ?」

 

 聞き覚えのある声に一誠は隣を向く。一誠の隣には筋骨隆々の凄まじい圧のあるトールが一誠と同じベッドに腰を下ろしていた。

 

「ほぎゃあああああああああ!」

 

 一誠は心の底から絶叫を上げた。何故これ程の存在感があって今まで気が付かなかったのか。

 雷神トールという恐るべき存在。そんな存在と一緒にベッドに座っているというシチュエーションが更なる恐怖を生み、一誠は急いでベッドから離れようとする。

 

「黙れ。座れ」

 

 トールが肩に手を置いただけで一誠は立てなくなってしまう。どんなに膝に力を入れても真っ直ぐ伸びない。

 一誠は観念し、恐る恐るトールに訊く。

 

「あのー……何故ここにいるんでしょうか……?」

「勘違いが無い様に言っておくが、私はトール自身ではない」

「え? じゃあ、誰なんですか?」

「私は、お前に分け与えたトールの力の一部だ」

「俺ってトール様に力を貰っていたんですか? いつの間に……」

「お前が私の試練に合格した時だ」

 

 その時のことを思い返す一誠。最後にトールから握手されたことを思い出す。タイミングがあるとすればあの時しかない。

 

「あの時に俺の心の中に……?」

「少し勘違いしている様だが、私自身はトールの力そのもの。この人格も力に込められた思念とお前のイメージが混じり合って出来たものに過ぎない」

 

 試練を受けた時よりも若干フレンドリーに感じることへの説明がされる。目の前のトールもまたこの部屋である夕麻と似た様な存在であるらしい。

 

「私は立場上ロキと戦うことが出来ない。それに悪魔の縄張りとはいえ壊滅させる訳にもいかないからな。仕方がないので、ロキを殴る権利をお前に譲ってやった」

「……そうは言いますが、もしかして俺って体よくトール様に使われていませんか?」

「『覇龍』まで使用して負けかけているお前に勝つ目が出て来たのだ。文句を言うな」

 

 そう言われると一誠は返す言葉が無い。

 

「──それなら、もう少し早く力をくれたら……禁手の時にでも」

 

 思わず不満を零す。情けないとは分かっているが、つい不貞腐れた反応を示してしまった。

 

「私がお前に力を貸し与えることに関し、二つの条件を付けた」

「条件?」

「一つ目の条件はミョルニルのレプリカを破壊されること。私の知るロキの実力ならばミョルニルのレプリカと赤龍帝の禁手があれば打倒出来ただろう。だが、奴は真の実力を隠していた。まさか、一つの体に二つの神の魂があろうとはな……くくくく、私とオーディン殿の目を長い間よく掻い潜ったものだ。狡さに関しては彼奴に並ぶ神は居ないな」

 

 褒めているのか貶しているのかよく分からない。トールがロキに快く思っていないのは伝わってくるが、それが全てではないのだろう。嫌っていても認めている部分は認めている様子。

 

「もしかして、ミョルニルのレプリカを先に持っていったのはその細工をする為ですか?」

「そうだ。だが、弱い者が贋作とはいえミョルニルを振るうのを許せなかったのも紛れも無く本音だ」

 

 翠色の眼光を間近で浴びせられ、心臓が締め付けられる。よくこんな相手が課してきた試練に合格したな、と改めて思う。

 

「それに関しては同感だ。──まさか、魔人に鍛えられてから挑んでくるとはな。愚行を通り越して狂行だ」

 

 心の中なので一誠の考えていることは当然筒抜け。トールは呆れているが、一誠も正気の沙汰ではないと思っているので腹も立たない。

 

「二つ目の条件、それはお前が『覇龍』を発動させること」

「『覇龍』を? どうしてですか?」

「『覇龍』でなければ我が力を受け止めきれん。禁手程度など即座に灰になる」

 

 禁手程度と言い放つトールに、程度の力を苦労して手に入れた一誠は複雑な気持ちになるが、同時に『覇龍』と同等以上の力を得られることに戦意の高揚と多少の恐ろしさを覚える。

 

「ならその力を! 早く部長や皆を──」

「分かっている。が、肝心なことを忘れていないだろうな?」

「肝心なこと?」

「お前は今以上の力を得るだけだ。それにより恐らくは『覇龍』の手綱も握られるだろう。だが、お前は根本的に魔力が足りない。お前の『覇龍』は、お前の命を消耗することで為している。我が力を得たとしてもお前の命の消耗は変わらない」

 

 トールの力を得ても『覇龍』の消耗が軽減される訳では無い。戦闘機にミサイルや機銃などの後付けの武装を付けるのに過ぎない。下手をすれば限りある命をより激しく消耗することになる。

 

「先に言った様にここにいる私は力の一部。受信機の様なもの。お前が願えば本体である私から力を送られるが、送る側の私はお前の心情など一切知らん。例え破滅しようともな。──どうする?」

「今更そんな脅すようなこと言わないで下さいよ……」

「古今東西、力には代償が付き纏うものだ」

 

 脅すとも試すとも一誠の身を案じている様にも聞こえる。尤も、これは半ば一誠のイメージが入ったトールなので一誠の無意識のうちの自問自答と言えた。

 

「答えは……決まっています!」

 

『覇龍』を発動させた時から覚悟は決まっていた。リアスたちを守る為に、今も戦っている仲間を助ける為に一誠は自分から過酷な道を行く。

 

「──そうか。なら」

 

 トールが立ち上がると、一誠に左手を差し伸べる。一誠は一度深く深呼吸し、掌を叩き付ける様にトールの手を掴む。

 

「──ぐっ、ああああああああああああ!」

 

 トールの体に紫電が走ると、一誠の全身に力が駆け巡っていく。血が沸騰し、肉が激しく収縮を繰り返し、臓腑が熱せられる。高圧電流を体内に流し込んだらこんな経験が出来るかもしれない。

 覚悟はしていたが、絶叫せずにはいられなかった。トールが言う様に禁手ではこの雷に耐え切れない。

 

「ほらほら。イッセー君、頑張って頑張って」

 

 何処かに姿を消していた夕麻が現れ、他人事そのものといった軽い口調の応援をする。文句を言いたいところだが、力を授けられている一誠にそんな余裕は無い。

 もう一人、部屋の片隅で一誠を見つめている者が居た。魔人への復讐に燃えていた歴代赤龍帝の残留思念である。夕麻とは違い、こちらは無言であったが心成しか絶叫している一誠を心配している様に見えた。

 絶えず絶叫を上げ続けていた一誠だが、いよいよ声も枯れ果て叫ぶことすら出来なくなってくる。藻掻いていた手足も力なく垂れさがるだけ。しかし、その状態でもトールは力を注ぐのを止めない。

 

「気をしっかりと持て。耐えねばお前は死ぬが、それ以外の者も死ぬ。それを忘れるな」

 

 トールの叱咤が飛び、生気を失い掛けていた一誠の目に再び光が灯る。

 

「もっと……強くても……構いませんよ……!」

 

 無理矢理強がった笑みを浮かべる一誠。本人は笑みを浮かべたつもりだが、電流で痙攣する顔では顔の震え程度にしか見えない。

 

「よく言った……」

 

 トールはその瘦せ我慢を褒めると、情け容赦無く倍近い力を流し込む。それと同時に精神世界は青白い光で覆われ、部屋の内部が崩壊。

 そして──

 

 

 ◇

 

 

 一誠が意識を取り戻した時、驚く程視界が広がっていくのを感じた。真っ直ぐ見ていても三百六十度目に映る不思議な感覚。その感覚のまま見てしまった。氷像と化したシンの姿を。

 気付けば拳で誰かを殴っていた。一拍置いてそれがロキだと気付くと一誠は思ったまま叫ぶ。

 

「俺の友達に何しようとしてんだよっ! この野郎っ!」

 

 遠くのロキにも届く様な怒声を飛ばすと、巨大化と変化を起こした左手をロキが殴り飛ばされた方向に向ける。体程の大きさがあるというのに重さは全く感じない。通常時の左腕の感覚で扱えた。

 左腕に収まった宝玉が青白い発光を放つと、左腕が帯電し始め赤い電気が迸る。腰部から生える尾を真っ直ぐ伸ばし後、地面へと突き立てた。

 広げられた五指の先からそれぞれ電流の様な魔力が放射され、掌の中央で光球と化す。

 最早砲身と化した左腕からそれは発射された。雷の如き光と一緒に放たれるドラゴンショット。まるでレールガンを撃ち出したかの様な光景。

 音も無く発射される魔力の塊は、発射と共に誰も視認出来ない速度で直進を開始。

 撃つ直前に一誠は翼から魔力を噴射。発射と同時に生じた反動を尾と翼の噴射で相殺。それでも、一誠の立ち位置は数十センチ程ずれる。

 そして、遅れて聞こえる轟音。落雷を間近で聞かされた様な音は、スコルとハティを悶絶させ、更に仲間たちも思わず耳を塞いで身を屈めてしまう程である。

 それとほぼ同時にロキがいると思われる場所に半円状の赤い爆発が起こる。音速など遥かに超えた速度で撃ち出されたドラゴンショット。ロキの視点からすれば構えて発射した瞬間に眼前に到達している感覚であろう。

 速度だけでなく威力もトールの力によって倍増しており、着弾の衝撃で凍り付いていた大地が全て捲れ上がり、衝撃波が全員を襲う。

 撃った一誠も規模の大きさと衝撃波の強さに冷や汗をかき、すぐにリアスたちを見たが一応無事であった。

 そのすぐ後にシンのことを思い出す。氷像にされていた彼がこの衝撃波の直撃を受け、倒れていたら体の何処かが割れているか、最悪全身粉々になっているかもしれない。

 粉々にされそうであった仲間を助ける為に仲間を粉々にしてしまったら本末転倒どころのやらかしでは済まない。

 急いでシンの方を振り向く。彼は衝撃波の煽りを受けて倒れていた──が、それを黒歌が抱き止めている。

 

「痺れそうな程の強さだけど、もうちょっと手加減した方がいいにゃん」

「わ、わりぃ。それとありがとな。間薙を助けてくれて」

「別にいいにゃん」

 

 黒歌はそう言って凍ったシンの体に手を当てる。

 

「間薙は……生きているよな」

「不思議なことに、ね。こんな状態でまだ生命の源泉が活動していることが不思議だにゃん。──本当、魔人って化け物ね」

 

 仙術にシンの体の異常さを理解しながらも治癒の仙術による施術を始める。

 シンの無事も確認出来た一誠は、ドラゴンショットを放った先を見る。何も見えないが、一誠の感覚はロキが無事であることを告げていた。神の力が混じったことで神に対する感知能力が著しく上昇している。

 

『まさか、こんな事態になるとはな……神が神殺しに手を貸すとは』

 

 頭の中でドライグが苦笑しているイメージが流れる。ドライグにとっても一誠にとってもトールから直接力を与えられるのは予想外のこと。だが、今はその予想外が有り難い。

 このままロキを倒す──と意気込んでいた一誠の足が止まった。

 鎧が肌の様に敵意を感じ取る。轟音で苦しんでいたスコルとハティがロキから与えられた命令を遂行する為にリアスたちを襲おうとしているのが分かった。

 今の一誠ならスコルとハティは数秒で倒すことが出来るだろう。だが、命を削る『覇龍』にとってその数秒も文字通り命取りである。ロキを倒す前に命が尽きる可能性が高くなるのだ。しかし、逆を選択すれば誰かが命を落とすかもしれない。ロキの凍結によって全員消耗されており、更に戦闘不能者、怪我人もいる。

 鋭敏な感知が一誠に迷いを与える。迷っている時間など無い。戦闘とスケベなこと以外普段はあまり活発ではない一誠の脳が、時を万分の一にする程の速度で稼働する。

 ロキを倒すことを優先するか。仲間の安全を優先するか。傾けなければならない天秤が左右に揺れる。可能なことが多くなったせいで逆に選択肢も増え、それが迷いに繋がる。

 現実の時間で一秒に到達しようとした時、一誠は気付く。それは中のドライグも同様であった。

 地面に現れる魔法陣。それを通じて放たれる覚えのあるオーラ。

 オーラは黒い炎と化し、スコルとハティを遠ざける壁として、リアスたちを守る障壁として展開。

 このオーラも黒い炎も一誠は知っている。

 

「兵藤!」

 

 魔法陣から聞こえてくるのは、戦友の声。

 

「ここは俺に任せろ!」

 

 この場を引き受けようとする匙の声。転送途中のせいで匙の姿はまだ見えない。普段の一誠ならばそう言われても決断出来なかったかもしれない。だが、今の一誠は違う。鋭敏な感覚は一誠に迷いを与えたが、同時に迷いを晴らす切っ掛けも与えてくれた。

 匙と共に感じ取るヴリトラのオーラ。その力強さが一誠の背中を押してくれる。

 

「任せた!」

 

 振り向かず、一誠は飛ぶ。それと入れ替わる形で魔法陣から匙がこの場に現れた。

 

「おいおいおい……マジかよ」

 

 匙の予想以上に酷い光景が広がっており、信じ難いといった声を零す。リアスたちは蒼白で体の至る所に氷が張り付いており、ギャスパー、バラキエルは負傷により治療中、ケルベロス、ジャックランタンは凍結状態、ジャックフロストは何故か丸々と太った体型になっており、ジャアクフロストは口を押えて気持ち悪そうにしている。

 特に衝撃的だったのは、最上級悪魔であるタンニーンとシンが完全に戦闘不能状態にさせられたことである。

 その姿に匙は奥歯を強く噛み締めると同時に『黒い龍脈』を発動。そこから生える黒い蛇たちをシンとタンニーンに向かわせる。

 凍結したシンとタンニーンの上を這う黒い蛇。すると、匙は焦った顔を一変させて安堵したものと変わった。

 

「生きてるかー」

 

 黒い蛇越しに二人の生命反応を確認した匙。安堵した表情を引き締めて黒炎の結界外にいるスコルとハティを見る。スコルとハティは黒い炎を警戒して中々近寄ろうとはしない。

 

「あの、フェンリルに似た大きな狼が二匹もいるんですが」

 

 匙の問いへの答えは、リアスたちが緊急連絡用に付けているイヤホンマイクから聞こえてくる。

 

『恐らくそれはフェンリルの息子のスコルとハティです、匙君。あと他の皆さんも聞こえていますか? 私はグリゴリの副総督のシェムハザです。事態が事態なのでこの回線を使わせて貰っています』

 

 イヤホンマイクの向こう側で挨拶をしてくるグリゴリのナンバー2。

 

『遅れて申し訳ありません。何とか間に合うことが出来ましたが、皆さん大丈夫ですか?』

「え、ええ。何とか。でも、いきなり彼を連れてきて大丈夫なの?」

 

 グリゴリの下で特訓をしてきた匙。アザゼルはかなり強くなったと言っていたが、それでもいきなり戦闘に投入することに不安を覚える。

 

「シェムハザさん。何かあの二匹すっげーこっちを睨んでますけど……」

 

 態度そのものは普段の匙とは変わらない。

 

『問題無いですよ、匙君。今の君ならフェンリルの息子たちにも負けません。アルマロスとサハリエルのお墨付きですよ』

「……その二人の名前を出さないで下さいよー。悪夢を見るんです」

 

 匙は仕方ないといった様子を見せながら躊躇うことなく自らが張った黒炎の結界外へ出ていく。

 

「匙君! 待ちなさい!」

 

 一人でスコルとハティと戦おうとする匙をリアスは止めようとする。

 

『大丈夫です』

 

 それにシェムハザが待ったをかける。

 

『匙君はこちらの予想以上の力を得ました。アザゼルも驚く程の。彼なら禁手相手でも勝てると思われます』

「一体、彼に何をしたの?」

『彼にヴリトラの神器を全部くっつけました』

 

 ヴリトラの神器は匙の『黒い龍脈』以外にあと三つ存在する。『邪龍の黒炎』『漆黒の領域』『龍の牢獄』。グリゴリが回収し保管していた残りの神器を匙に埋め込むことで、神器内に封印されたヴリトラの魂を統合して半覚醒していたヴリトラを完全に目覚めさせようとアザゼルは考えていたという。

 

『結果は成功。いえ、それ以上のものでした。匙君は元々神器一つでヴリトラの意識を目覚めさせた程です。匙君はヴリトラの力を完全に操り、ヴリトラも匙君に惜しむことなく力を貸し与えてくれます。禁手していなくともそれに近い力が彼らには備わっている』

 

 匙は結界外に出ると深呼吸をし、スコルとハティを見る。

 

「──いくぞ、ヴリトラ」

 

 その言葉と共に匙の何かが切り替わり、リアスたちは肌がひりつく威圧感を覚える。タンニーンや禁手化した一誠の時と重なる感覚である。

 スコルは結界外に出て来た匙に牙を剝きながら突進してくる。匙は『黒い龍脈』から伸ばしたラインをスコルの口に巻き付け、無理矢理閉じさせる。

 スコルはそれを解こうと口を開けようとするが、ラインを引き千切ることが出来ない。ならばと繋がった先にいる匙をどうにかしようと首を左右に大きく振るうが匙はその場から一歩も動かない。

 よく見れば両足からもラインが幾本も伸び、それが地面と繋がって匙の体を固定していた。

 すると、ハティの方が無防備を晒している匙の背後から迫る。リアスたちは匙に逃げる様に声を飛ばすが、匙は動かず振り向く素振りも見せない。

 ハティもリアスたちも気付いていなかった。匙がハティを無視しているのは、既に攻撃が完了しているからである。

 走るハティは前脚に何か黒いものが纏わりついていることに気が付いた。大したものではないと判断し、走る速度を緩めない。

 視界を一瞬外し、ふと気付く。灰色の体毛で覆われている筈の前脚が黒く染まっている。

 ようやく異変に気付いたハティは立ち止まり、己の前脚を見る。黒く染まっているのは、脚に何匹もの黒い蛇が噛み付いているせいであった。

 前脚を振るい、黒い蛇たちを振り落とそうとする。だが、黒い蛇たちは蛭の様に喰らい付いて離れない。

 すると、黒い蛇の一匹が丸々と膨らみ始める。次の時には真っ二つに裂けて二匹の蛇になっていた。

 一匹が二匹になれば二匹は四匹となり、倍倍に増殖していく。その異常性に気付いたハティは急いで黒い蛇たちを落とし踏み付けていく。だが、落とされる黒い蛇たちよりも増える速度の方が速い。また、踏み潰せなかった黒い蛇はハティの体に這い上がっていく。

 体を震わして黒い蛇たちに悪戦苦闘するハティであったが、徐々にその動きが鈍くなっていく。

 黒い蛇たちが増殖するには少々の力を必要とする。黒い蛇たちがハティに噛み付くのはその為の力をハティから吸収する為である。一匹一匹の吸収量は微々たるものだが、それが百匹、二百匹となれば膨大なものとなる。

 黒い蛇が増殖すればする程にハティは消耗していく。今では黒い蛇たちが纏わりつく巨体を支えきれなくなっている。

 やがて、ハティの脚から力が抜け、伏せの様な体勢となる。すると、増殖していた黒い蛇たちがその体から黒炎を出して炎上し出す。

 燃え盛る黒炎は一つの大火となり、それが長い胴を持つドラゴンの形に変わった。

 

「久しぶりの娑婆の空気はどんなもんだ? ヴリトラ」

『思いの外悪くないぞ、我が分身よ』

 

 匙の問いに黒炎のドラゴン──ヴリトラが答えた。

 その反応にリアスたちは驚く。体内に存在する筈のヴリトラを媒体を用いているとはいえ体外に顕現させたのだ。ただし、顕現しているのは全長の半分程度。後はハティの身体から直接胴を伸ばしており、ハティから生えている様な見た目をしていた。

 ヴリトラはハティの顔を見下ろす。ヴリトラの視線に対し反撃の意志を示す様にハティは小さく唸る。

 

『硝子のような目をしている。野生を失った狼に我が恐れなど抱く筈も無い』

 

 ヴリトラは喉を膨らませる。

 

『貴様はただの飼い犬だ』

 

 ヴリトラが吐いた漆黒の炎がハティの全身を覆う。漆黒の炎は相手を焼く為のものではない。相手の魔力やオーラを燃焼させる特殊な炎。

 力を吸い取られて弱っていたハティはこの漆黒の炎により、根こそぎ体力を奪われてしまい、毛を逆立たせる力すら無くなってしまった。

 

「よっしゃ! 流石、ヴリトラ! うおっと!」

 

 片割れがやられたことにスコルは心を乱されたのか激しく抵抗し出し、匙の『黒い龍脈』から逃れようとする。巻き付いて無理矢理閉ざされていた口を力尽くで開き、僅かに牙を覗かせると、首を強引に動かして『黒い龍脈』に牙を掠らせる。

 神殺しの牙の効果が発揮され、物理的には斬れない筈のラインが切断されてしまう。

 

「やべっ」

 

 焦った様な声を出す匙だが、行動は冷静であった。スコルが仕掛けてくるのを予想して地面に縫い付けていた足のラインを消し、すぐにその場から移動する。

 匙が向かう先に待つのはヴリトラ。既にハティから離れており、蛇の様な全身を晒している。

 

「よっと!」

 

 匙は跳び上がり、空中で体勢を変えて背中からヴリトラへ突っ込んでいく。待ち構えるヴリトラの黒炎の体へと入り込むと、黒炎はより勢い良く燃え、薄暗いオーラを放ち始める。

 

『ふむ。やはりこれが一番落ち着くな。飼われた狼の体は我には合わん』

『そりゃ、どうも』

 

 ヴリトラから匙の声も発せられる。魂だけであった五大龍王のヴリトラを完全に復活させ、尚且つ暴走も無く、共存している匙に全員驚く。匙が短期間でここまで成長するなど誰にとっても予想外のことであった。

 

『正直、奇跡としか言いようがないです。ヴリトラをここまで完璧に操る──ではなく協力出来るなど。アルマロスとサハリエルが夢中になる訳です』

 

 シェムハザが前例の無い匙の能力の開花を感心する。

 手負いとはいえフェンリルの息子を圧倒したのだ。スコル相手でも負けるビジョンが見えない。

 最初は手伝うべきだと思っていたリアスも、今は観戦に徹している。下手に手を出せば匙たちの邪魔になるだけである。

 手を出さない代わりに、リアスは声を飛ばす。

 

「匙。この戦いが終わったら、私からソーナに伝わるわ。貴方のとても優秀な『兵士』が私たちを助けてくれた、って」

 

 親友のリアスから直接匙に対する感謝の言葉を送られれば、ソーナの匙に対する評価は大きく上がる。いずれはソーナと深い関係になりたい匙からすれば、この上なくテンションが上がる。

 

『うおおおおおおお! リアス先輩っ! よろしくお願いいたします!』

『現金な奴だ。だが、力が高まることは良い』

 

 匙の想いが強まるのを感じながら、その単純な理由にヴリトラは少し呆れた声を出す。もしくは苦笑しているのかもしれない。

 そんな緊張感の無い二人のやりとりなど無視してスコルは神殺しの牙を剝いて、ヴリトラを嚙み殺す為に突っ込んでくる。

 ヴリトラはその場から一歩も動かない。それなりに距離が開いているがスコルの神足はすぐにそれを詰める。

 ヴリトラはタンニーンやドライグの様な強力な炎や力を持たない代わりに特異な能力や多彩な技を持つ。

 真っ向から襲い掛かってくるスコルに対し、回避の素振りすら見せないのは己の能力と技に自信がある証。

 スコルが飛び掛かり、ヴリトラの首を噛み千切る──という事態にはならず、ヴリトラの体を通り抜けてしまった。

 スコルが通り抜けた箇所が無数の黒い蛇に戻っており、自ら形を崩すことでスコルの牙から避けてみせた。

 攻撃を盛大にミスしたスコルは、跳躍の勢いで数十メートル程地面を滑っていく。爪を立てることでやっと止まることができ、振り返り見たものは黒い壁。

 ドラゴンから何千、何万もの黒い蛇になったヴリトラが群れとなってスコルを呑み込もうとする。

 壁というよりも最早津波であり、生きた黒い津波がスコルの巨体に覆い被さる。

 黒い津波が通過した後、ピクリとも動かないスコルが巨体を地面に横たえていた。通過する際にスコルの力を吸い尽した結果、体力が空になって倒れたのだ。

 誰もが死んだかと思ったが、よく見ると微かながら体が微動している。敵とは言え手心を加えたらしい。

 スコルが倒れると、黒い蛇たちの体は崩れ始め泡沫の様に消えていく。全ての黒い蛇が消えると無傷の匙一人が残された。

 

「ふうー。よしっ!」

 

 ガッツポーズをし、戦いの手応えを感じて喜ぶ匙。

 

「強い……」

 

 スコルとハティを一人で圧倒した匙の実力をリアスはその一言で表す。力を奪い、我が物に、変幻自在に姿を変えて翻弄する。もし、レーティングゲームで戦うことがあれば今の一誠でも苦戦を強いられるだろう。

 

「ソーナも幸せ者ね」

 

 匙の強くなる理由は、敬愛するソーナの為。その想いが強さに繋がったこと、それ程までに慕われていることを親友として嬉しく思う。

 

「リアス先輩! 是非とも俺の活躍っぷりを──うっ!」

 

 匙が急に言葉を詰まらせ、前のめりになる。

 

「ど、どうしたの?」

 

 ヴリトラの力を使った反動か、それとも多くの神器を埋め込んだ影響か。心配するリアスたち。

 匙は口を押えて慌ててリアスたちから離れると、近くの木の根本で俯き──

 

「おろろろろろろろ」

 

 ──吐き始める。しかも、吐き出されたのは吐瀉物ではなく大量の小さな黒蛇たちであった。体内から生物が出て来る光景はB級ホラー映画並みにグロテスクであり、リアスたちも匙から一歩退いてしまう。

 

『あー、どうやら大量に力を吸収し過ぎたみたいですねー。体に悪影響を及ぼすと考えてヴリトラが気を利かせて、小さな蛇にして体外に排出させているみたいです』

 

 シェムハザが匙の身に起こっていることを説明する。

 あまり気持ちの良い光景ではないが、助けられた手前、文句も言えない。が、この匙の行動が別の者にも影響を及ぼす。

 

「ヒ、ヒホ! オ、オレ様の前でそんなことするんじゃ──ヒボボボボボボボボ」

「うわっ。貰ってんじゃねぃ」

「──大丈夫ですか?」

 

 ロキの魔法を大量に吸収して気分を悪くしているジャアクフロストは、それに触発されて口からシャーベット状の雪を吐き出し始める。掛けられそうだった美候はすぐに離れ、アーサーはジャアクフロストの背中を擦る。

 

「ヒ、ヒーホ……オ、オイラも……」

『えっ』

 

 丸々とした体になっているジャックフロストも、前の二人のせいで気分が悪くなったのか恐ろしいことを言い始め、丁度近くにいた木場、イリナ、ゼノヴィア、ロスヴァイセが反射的にジャックフロストを見てしまうが、それがいけなかった。彼女らは聞いた瞬間にそこから離れるべきであった。

 ジャックフロストの情けない声の後に数名の悲鳴が上がる。

 戦い終えた余韻を台無しにする光景に、範囲外に居たリアスたちは何とも締まらない気持ちになるが、すぐにリアスたちの視線は一誠が向かった方角に向けられる。

 遠くで雷光が魔法の輝きと衝突している様子が見える。

 今もそこで戦っている一誠に想いを馳せる女性たち。彼女たちは気付かなかった。一誠だけでなく、もう一人密かにこの場から離れていることに。

 

 

 ◇

 

 

 空中でロキは防御用の魔法陣を発動させようとする。だが、雷を思わせる速度で飛翔する一誠は、それが展開するよりも速い。ロキの魔法陣が出現した頃には、一誠はロキの懐に居た。

 

(忌々しい程に速い!)

 

 雷光そのものと言っていい一誠の動きにロキは奥歯が割れそうな程噛み締める。その速さは怨敵を彷彿とさせる。

 近距離まで来た一誠は、ロキの腹に巨腕と化した左拳を押し当てる。速さを生む溜めの無い、疾風迅雷の動きとは裏腹の優しさすら感じる様なソフトタッチ。

 振り被りも溜めも要らない。今の一誠の左拳はゼロから百まで刹那で加速する。

 

「ごはっ!」

 

 雷鳴と共に巨腕から打ち込まれる電光石火の拳。密着状態で放ったそれにより、ロキの体は空気の壁を突き破りながら飛ばされる。

 

(この一撃! 忌々しい……!)

 

 全身から煙を上げながら内心で毒吐くロキ。魔法陣と並行して身体強化と電撃耐性の魔法を肉体に施していなければ、今頃上半身と下半身が別れた上に黒焦げを通り越して灰の体になっていたかもしれない。

 速さ、力がトールを彷彿とさせ、目の前にいる一誠に重なり合う。ロキからすれば格下である筈の一誠に押されて腹立たしく、何から何まで合わないトールの影が忌々しく、二重で怒りを覚える。

 赤い閃光がロキの目に映ると、音速を超えて飛ばされるロキに追いつく一誠。既に左腕が拳を放つ準備に入っている。

 認識した瞬間に突き出される拳。ロキは片腕に身体強化、衝撃緩和、防御などの魔法を極限まで施し、一誠の拳の軌道を逸らすことに全力を注ぐ。

 結果、片腕は大きく抉れ、その代償として直撃だけは避けられたが脇腹を僅かに掠り、触れた箇所以上の肉が千切れ飛ぶ。

 兎に角、重く鋭い一誠の拳。どれだけ防御に徹してもダメージを免れない。シンに砕かれたもう片方の手が自由に使えればもう少し何とかなったかもしれない。だが、治しようにも一誠の猛撃のせいでその暇すら無い。

 一方で一誠の方も必死であった。振るっている本人だからこそ理解する。『覇龍』とトールの力が自分の身の丈を遥か超えた力であることに。

 それを示すかの様に殴りつけた直後に鎧の一部が弾け飛んだ。トールの力によるものであり、一誠が受けるべき反動を鎧が代わりに引き受けてくれたのだ。

 鎧を修復する余裕は一誠には無い。攻撃すればする程に鎧は剥がれ、その分反動が増していく。それは、一誠が全力で攻撃する回数が決められていることを意味していた。

 

「お、のれ……! ──調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 ロキの周囲が一気に絶対零度に近い温度と化す。生物ならば生存出来ない環境と化すが、一誠はそんな変化すら些細なことと言わんばかり拳を振るい続ける。

 吐く息が固体になり、吸う息で肺が凍り付いて割れる様な状況下の中でも一誠の勢いは止まらない。全身から迸る雷光が生み出す熱が極低温化の中でも一誠を戦わせ続けた。

 止まらない。止まれない。今の一誠は止まればもう戦う余力が残らない程の極限状態。息が続くまで、体力を絞り出すまで、命の炎が消える一瞬まで立ち止まることは許されない。

 雷の速度でロキの背後に回り込み、その背に拳を打ち込もうとする。多重防御魔法陣によって威力が削がれたが、上級悪魔でも数度滅ぼされても釣が来る一撃がロキに打ち込まれた。

 体内で爆弾でも起爆された様な衝撃を受け、ロキは口から吐血する。しかし、死には至らない。肉片になってもおかしくない一撃を受けても吐血程度で済む神という存在の馬鹿馬鹿しいまでの耐久力を見せつける様であった。

 攻撃する度に鱗の様に剝がれ落ちて行く一誠の装甲。段々と鎧の下が露出し始めていく。

 

「トール擬きがっ!」

 

 追撃してくる一誠に、ロキは絶対零度を超える掌打を繰り出す。触れれば一秒も満たずに氷像と化すそれに対し、一誠は一切の躊躇無く腕で受け止める。

 本来ならば超低温によって一誠の体は凍結する筈であった。しかし、トールから得た雷の力はそれすら跳ね除け、圧倒的熱量によってロキの魔法を防いでしまう。それどころか触れているロキの掌を熱で逆に火傷を負わせる。

 

「おりゃあああああ!」

 

 拳をハンマーに見立て、ロキの脇腹へと叩き込む。反動で兜が弾け飛び、一誠の頭部が剥き出しになる。視界が広がったが、砕けた兜の破片で額が切れて血が流れ出す。

 一誠の拳を横っ腹に受けたロキの体が折れ曲がるが、拳が振り抜かれる前に魔法によって身体を強化し、耐える。

 

「舐め、るな……!」

 

 ロキと一誠の間に小さな球体が生まれる。球体の中では小さな力の塊が衝突し合っていた。

 それは、ロキが見せたメギドラの前兆。至近距離による自爆覚悟のメギドラ。特殊なこの魔法はリアスの消滅の魔力でしか相殺出来ない。

 危機を察知し、消滅の光が炸裂する直前に一誠はすぐさまロキから離れる。

 光が発せられ、その前に立っていたロキを巻き込む。

 自滅という言葉が頭を過った瞬間、一誠は背後に悪寒を感じ、振り返る。

 そこには先程と同じメギドラの光球が、破裂寸前の状態で展開されていた。

 

「なっ!」

 

 一誠はロキの方を見る。ロキは消滅の光を浴びても無傷の状態。それを見て一誠はロキに嵌められたことを理解する。

 自滅覚悟で作り出したメギドラ。あれは形だけを真似た偽物。恐らくは強い光を発する程度の魔法。一誠がそれを見て離れることを予想し、移動した先に予め本命のメギドラを仕込んでいたのだ。

 移動した直後という逃れられないタイミングを見計らい、ロキの魔法が一誠を消滅させようとする。

 その時、発動直前のメギドラに下から飛んできた光球が命中した。それを見たロキの目が限界まで見開かれる。

 見間違い様も無い。メギドラに接触したのは同系統の魔法。メギドラよりも威力は劣るが、そんなことは問題ではない。

 発動する筈であったメギドラの中に入って来た別の魔法が先に発動。メギドラを消滅の力によって内部から食い荒らし、相殺して発動不可の状態にしてしまう。

 

「誰がっ! はっ!」

 

 最大の好機を台無しにしてくれた相手を血走った眼で探すロキ。そして、見つけた。地上で羽ばたく小さな妖精──ピクシーを。

 

(あんな、妖精如きが何故我々の技を使える……! ──もしかしたら、最初から知ってたのか? ──な、に? ──俺たちが見せちまったせいで、使い方を思い出したのか?)

 

 ピクシーなどロキたちにとって取るに足らない羽虫であった。もう一人のロキも懐かしさは覚えるが、か弱い存在という認識は変わらない。

 ピクシーもその侮りに気付いていた。だからこそ、この一瞬に賭けたのだ。

 普段は飄々としている彼女も仲魔を何人も傷付けられ、何も感じない程薄情ではない。ロキに対する怒りもキチンとある。

 だが、同時に自分ではロキを倒すことが出来ないことも自覚していた。しかし、彼女は待った。ロキに仕返しが来る時を。

 そして、来た。最大の好機を潰す最高の瞬間を。

 見様見真似の技のせいで最早飛ぶことすら出来ない程力を消耗してしまった。しかし、それでも怒りに染め上がったロキが自分を見下ろしているのが見える。

 ピクシーは見下ろしてくるロキに花の様な最高の笑みを向けながら、最高の悪意を込め──

 

「べー」

 

 ──ざまあみろ、と舌を出す。

 この戦いでは思い通りに行かないこと、理不尽なことが多々あった。数え切れない程の怒りを覚えた。だが、この時、この瞬間のロキの怒りは最大級のものであり、つまるところキレた。すぐ近くに一誠が居るというのを忘れる程に。

 それは一誠の前に大きな隙を晒すことを意味する。そして、今の一誠はその隙を逃さない。

 

「うらあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 最速を以ってロキに接近。ロキの意識が再び一誠に向けられるよりも早く、一誠の左拳がロキの脇腹に穿つ。

 

「──っ!」

 

 ほぼ無防備な所に突き刺さる覇龍と雷神の一撃によってロキは音を超える速度で殴り飛ばされるが、それよりも速い一誠が先回りして飛んできたロキを蹴り上げる。

 蹴り飛ばされたロキを待ち受けるのは、やはり一誠。左の豪腕がロキを突き上げた。

 繰り返される神速の折り返し。空には一誠が飛んだ跡が赤い光となって残り、空に向かって遡っていく赤い稲妻が描かれていく。

 全てを使い切るつもりで行われる神速の連撃。攻撃の度に装甲が剥がれ、溶け落ちていく。

 

(まだだ! まだまだまだまだ!)

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 一誠の限界を絞り出すかの様に繰り返される倍化。最早、雷がロキを貫き続けている様な光景が空中で繰り広げられる。

 しかし、一誠の攻撃にも限界を迎える。装甲は八割ほど失い、左腕も罅だらけになっていた。

 残された攻撃はあと一回。

 

(これで……!)

 

 高々と打ち上げられたロキに最後の一撃を放とうとした時、目の前が急速に暗くなっていく。

 

(嘘、だろ……? ここで、限界……?)

 

 震える拳。体がどんどんと重くなっていく。ロキを追い詰めたが、ダメ押しの一撃を与える前に一誠の体は限界を迎えようとしていた。

 

(あと一発……! あと一発だけでいいんだ……! 誰でもいい! 何でもいい! もっと)

 

 焦りのあまり最後の言葉は口から零れる落ちる。

 

「力を……!」

 

 一誠は視界の端に光が向かっていることに気付く。一誠に向かって飛ぶそれは、一筋の雷光。

 一誠の左手が、その雷光を物の様に掴み取る。握り締めることで伝わって来た。それに込められた想いが。

 

「朱乃さん……バラキエルさん……ありがとうございます!」

 

 一誠は左手を振り上げ、ロキの腹目掛けて雷光を槍の様に突き立てる。

 

『Transfer!』

 

『赤龍帝の贈り物』によって雷光の威力は跳ね上がる。

 

「いくぜっ! ドライグっ!」

『応っ!』

「こんな、神をも超える我々が──」

 

 その後の言葉は轟音によって掻き消され、赤い稲妻を斬り裂いて極大の雷が地面に落ちた。

 落雷によって出来たクレーター中心にはボロボロになった一誠と、黒焦げになりながらもまだ生きているロキ。

 

「聖書の神は……何故、神殺しの術を人間に持たせた……? 己が死んでも何故それを残した……? トールよ……これがお前の望んだ結末なのか……? 人間が神をも殺す力を持つことが願いなのか……? ──だとしたら最悪だぜ……」

 

 そう言い残し、ロキは意識を失う。あれだけの攻撃を受けても気絶で済む辺り、神というのはとことん頑丈な存在である。

 

「へ、へへへ……勝った」

 

 ロキが気絶するのを見届けた後、一誠もまた意識を失い、倒れるのであった。

 

 

 ◇

 

 

「……これで良かったのか?」

「──ええ。ありがとう」

 

 バラキエルに肩を貸しながら朱乃は少し照れ臭そうに礼を言う。

 急に朱乃が力を貸して欲しいとバラキエルに頼み、朱乃が示した方角に協力して雷光を放った。

 負傷は治ったが、神殺しの牙の影響を受けているバラキエルは雷光を放った直後に倒れそうになったが、それを朱乃が支えたのだ。

 

「きっとイッセー君の助けになる筈よ」

「しかし、何故赤龍帝が力が必要と分かったのだ?」

「囁かれたのよ。赤龍帝が助けを求めているって」

「囁かれた? 一体何にだ?」

 

 すると、朱乃は言葉を詰まらせ、困った様な表情をする。

 

「……よ」

「何だと?」

「……私の胸がそう囁いたのよ」

 

 バラキエルは数拍間を置いた後──

 

「……んん?」

 

 ──という言葉しか返せなかった。

 




匙が大分強化した状態で書いています。力を吸い取ったり、相手を動けなくする能力ってやっぱり強いと思うんですよね。

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