ハイスクールD³   作:K/K

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無理、難題

 兵藤家地下一階の大広間。そこでイリナを含むグレモリー眷属、アザゼルとバラキエル、シトリー眷属にシンと仲魔たちがヴァーリたちと顔を合わせていた。

 オーディンとロスヴァイセは、ロキのことで本国と連絡を取り合う為に別室に居る。

 ハッキリと言って場の空気は非常に悪い。グレモリー眷属、シトリー眷属はヴァーリたちを強く警戒しており、リアスもソーナも一分の隙を見せまいと険しい表情をしている。

 シンもリアスたち程では無いが、目付きを鋭くしてヴァーリたちを見ていた。

 ヴァーリたちが今回の件で共闘を申し出てきたのは、サーゼクスやセラフォルーの耳にも入っている。リアスとソーナ曰く、長い沈黙の後にヴァーリたちの協力を認めたと、若干不満そうな顔で言っていた。

 サーゼクスが言うには、『禍の団』の英雄派がテロ行為を行い、戦力を割けられない現状では、戦力として欲しいのは確かである。だからと言って信用するにはヴァーリたちと英雄派が繋がっていないという明確な証拠が無い。

 そして、当のヴァーリたちがもし今回の協力を得られなかった場合、独自の判断で戦闘に介入すると脅迫同然の宣言をしている為、目の届かない場所で好き勝手されるよりも目や手が届く場所に置いておいて監視することが無難であると判断された。ただでさえマタドールが潜伏していて危うい状況だというのに、これ以上危険な存在を放置することが出来ない。

 ただ条件として、ヴァーリたちは決められた人物以外との連絡は一切取れない様にオーディンの北欧魔術による処置を受けることとなった。『禍の団』と連絡を取る、もしくは魔術に細工を施した場合、その情報はサーゼクスとセラフォルーの下へ届けられ、その場で協力関係は破棄され魔王直々に制裁を下す。協力を認めたサーゼクスたちなりの責任の取り方である。

 

「取り敢えず、もう一度確認するか」

 

 進行役であるアザゼルが、ホワイトボードを召喚し、ペンを走らせる。書かれた文字は『ヴァーリたちが協力する理由』。リアスたちは既に確認済みだが、事情を詳しく知らないソーナたちの為におさらいをするつもりらしい。

 

「ヴァーリ、お前が今回協力する理由は?」

「ロキとフェンリルと戦ってみたいだけだ。ああ、でも今回はマタドールも来ているから、彼とも戦いたいな」

 

 その言葉でシトリー眷属たちの顔付きが変わった。明らかにヴァーリの正気を疑う様な眼差しとなる。実際、匙が小声で一誠に『あいつ、頭おかしいの?』と訊いていた。

 

「本当にそれだけなんだな?」

「ああ」

 

 あらゆる年代の女性を一瞬で恋心を抱かせる程の爽やかな笑みを皆に見せるヴァーリ。ただ、言っていることが正気の沙汰では無いせいで、この場の女性たちは逆に引いていた。

 

「とまあ、こんな感じで戦いにしか興味が無い。元保護者として本気だってことは保証しておく。だからといって油断するなよ。不審に思ったり、怪しい行動をしたら遠慮無く刺してやれ」

 

 冗談なのか本気なのか、それとも元保護者という立場から刺された程度でくたばることは無いという信頼から来るものなのか、リアクションに困る発言をするアザゼル。

 

「ははははは。手厳しいな」

 

 刺していいと言われた本人が一番受けているというのが何ともシュールである。

 

「さて、ヴァーリたちのことは一旦置いて、話はロキとフェンリルへの対策に移行する。こいつらの対策については、とある者に訊く予定だ」

「対策を知っている人が居るの?」

 

 そんな都合の良い者が存在することに、リアスは目を丸くする。他の皆も言葉に出さなかったが同じ気持ちである。

 

「五大龍王の一匹、『終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)』ミドガルズオルムだ。こいつなら誰よりもあいつらに詳しい」

 

 五大龍王の名が出て来て、龍を宿す者たちが反応する。

 

「まあ、順当だが、ミドガルズオルムが俺たちの声に応じるだろうか?」

「二天龍、ファーブニル、ヴリトラ、タンニーンの力で門を開く。そこからミドガルズオルムの意識だけを呼び寄せるんだ。本体は北欧の深海で眠っているからな」

「ええ! 俺もですか……!」

 

 匙は、自分がその役割に入っていると思わなかったのか、指名されて驚く。

 

「そんなビビることはねえよ。要素の一つとして来てもらうだけだからな。大方のことは俺や二天龍に任せろ」

 

 匙が一誠を見る。

 

「……大丈夫なのか?」

「え? ああ、うん……たぶん……」

 

 何とも頼りない返事をされたので、今度はヴァーリの方を見る。

 

「何でも、不完全な状態だがヴリトラを覚醒させたみたいじゃないか……君にも少し興味がある」

 

 有り難くも無い興味を持たれていたことを知りつつも、闘争への意思を隠さないギラついた目と合ってしまい、速攻で視線を外すと仔犬の様な目でアザゼルを見る。

 

「大丈夫だから落ち着け。ドライグとアルビオンに任せておけば何とかなる」

 

 そう言って宥める。

 

「とは言え、呼び寄せた後も問題だな。ミドガルズオルムが素直にロキたちの事を話してくれるかどうか……」

「そんときゃ話してくれるまで粘るしかないな。ドライな関係を期待しておこう」

「そのミドガルズオルムとロキってどういう関係なんですか?」

「ミドガルズオルムはロキが生み出したドラゴンだ。つまり、ロキは父親でフェンリルとは兄弟って訳だ」

 

 一誠の疑問にアザゼルが答える。それを聞いて簡単なことに思えたミドガルズオルムへの質問が、いきなり難易度が高く感じる様になる。親兄弟を売れと言っている様なものだからだ。

 

「それって答えてくれるんでしょうか……?」

「だから、ドライな関係を期待しているんだよ。とは言っても、人間みたいな関係では無いからな、そう難しい事じゃない……筈」

 

 断言しないことに若干の不安は感じるが、アザゼルの方も勝算無くこのことを提案していないと思うので信じるしかない。

 

「取り敢えず、タンニーンと連絡が取れるまでは待機だ。俺は今後のことについてグリゴリの連中と対策の相談をしてくる。バラキエル、ついて来てくれ」

「了解した」

 

 アザゼルはバラキエルを連れて部屋から出ようとする。その間際──

 

「まあ、することが無かったら適当に交流でもしておけ」

 

 ──そう言い残して行ってしまった。

 アザゼルたちが居なくなると、部屋の中に沈黙が訪れる。アザゼルは気軽に交流しておけと言ったが、元々敵対関係にあった者たちである、そう簡単には会話も出来ない。特にリアス側の何名かはヴァーリたちと本気で戦ったこともあった。

 とは言え、ヴァーリたちは特に気にする様子もなく仲間内で小声で何かを話している。シンに至っては最初から話すつもりは無く目を瞑っていた。

 どう接すればいいのか分からず沈黙が続く中、それを最初に破る者が現れる。

 

「ヒ、ヒホ……」

 

 ジャックフロストが、ジャアクフロストに恐る恐る近寄る。ジャアクフロストは真っ赤な目を吊り上げてジャックフロストを睨んでいた。

 

「やっぱり、オイラと同じジャックフロスト──ヒボッ!」

 

 言い終える前にジャックフロストの顔面にジャアクフロストの右ストレートがめり込む。

 

「俺様を弱っちいジャックフロストと一緒にするなと言った筈ホ!」

 

 ジャアクフロストが殴り抜くと、ジャックフロストは壁際まで転がっていく。

 ジャアクフロストの蛮行に対し、リアスたちが立ち上がる。

 

「どういうつもり!」

 

 怒りを露にするリアス。彼女もまたジャックフロストを可愛がっている一人として、理不尽な暴力が許せなかった。

 

「うるさいホー! 俺様のやることにとやかく言うんじゃ無いホ! スイッチ姫は大人しくおっぱいドラゴンにスイッチでも押されているのがお似合いだホー!」

「なっ!」

 

 舌を出して馬鹿にするジャアクフロスト。ジャックフロストと同じ容姿から飛び出してきた暴言にリアスはショックを受ける。それに合わさって『禍の団』でもスイッチ姫の名が浸透していることを知り、二重にショックであった。

 立ち尽くすリアスを見て勝ち誇った笑みを浮かべ、彼女たちに背を向けるジャアクフロスト。

 

「ジャアクフロスト」

 

 そんな彼にヴァーリが声を掛ける。

 

「何だホ? 俺様はお行儀良くするつもりなんて無いホ! 俺様はヴァーリの我儘に付き合ってやっているだけだホ! とやかく指図される謂われは無いホ!」

「あまり油断をするな」

「はっ? 何を言って──ヒホッ!」

 

 目玉が飛び出る様な衝撃が後頭部に受けた。ジャアクフロストの後頭部にジャックフロストの頭突きが炸裂したのだ。

 倒れた位置から助走をつけての頭突き。それも無防備な後頭部に受け、ジャアクフロストは前転して壁に背中を打ち付ける。

 

「オイラは弱くないホー!」

 

 ジャックフロストが吼える。二回会って二回とも殴られた。いくら同族であったかもしれないが、黙って殴られ続ける程ジャックフロストは大人しくない。

 

「ヒ、ヒホ! こ、この野郎……!」

 

 思わぬ反撃を貰ってしまったジャアクフロスト。後頭部を擦りながらジャックフロストを睨み付ける。感情が高ぶっているせいかジャアクフロストの足元が凍結し始め、ジャックフロストにも似た様な現象が起こっていた。

 

「ちょっと待て」

 

 ヴァーリとシンが徐に立ち上がる。止めるのかと思いきや──

 

「すみませんけど、どいてくれませんか?」

 

 ──リアスたちにソファーから立ち上がる様にお願いし、全員がソファーから立つとそれを部屋の隅に移動させる。ヴァーリも無言でホワイトボードを隅に移動させていた。

 家具を移動させたことで地下広間が広まる。

 

「氷は無しだ。室内だし、ここは他人の家だからな。後、殺しは無しで気絶した方の負けだ」

「分かった。聞いたな? ジャアクフロスト」

「こんな奴、拳だけで十分だホ!」

「ヒ、ヒホ! やっつけてやるホ!」

「なら続けてくれ」

 

 短く言葉を交わして最低限のルールを決めると、開始の合図を掛けた。

 

『ヒホォォォォォォ!』

 

 ジャアクフロストの拳がジャックフロストの頬を殴る。ジャックフロストは殴られたままお返しのパンチをジャアクフロストの頬に放った。

 兵藤家の地下広間で、可愛らしい見た目の二人が壮絶な殴り合いを始める。

 拳の重さはジャアクフロストの方が上らしく、殴られたジャックフロストの体がよろける。そこにすかさずジャアクフロストのアッパー。ジャックフロストの頭が仰け反り短い首が限界まで伸びる。

 

「負けるなー! 怪我はちゃんと治してあげるからとことんやれー!」

 

 ピクシーからの声援が飛ぶ。

 すると、ジャックフロストは仰け反った頭をそのまま振り下ろしてジャアクフロストの額に打ち付ける。

 

「ヒホッ!」

 

 今度はジャアクフロストが仰け反り、そのまま一歩、二歩後退する。

 

「この野郎ホ!」

 

 だが、三歩目は踏み止まり、短い距離を駆けて助走をつけると、ジャックフロストに両足によるドロップキックをお見舞いする。

 

「ヒホォォォォ!」

 

 壁際まで蹴り飛ばされるジャックフロスト。壁面に後頭部を派手に打ち付けられる。

 

「ヒ~ホ~。痛がっている暇は無いよ~」

 

 痛みで点滅する視界の中でジャックランタンの声が聞こえ、壁の上を転がる様にして移動する。直後に飛び込んできたジャアクフロストの足がジャックフロストの顔があった位置を通過して壁に叩き付けられた。

 

「ヒホ!」

「ヒホ!」

 

 ジャックフロストがジャアクフロストに飛び掛かり、そのまま床の上で揉みくちゃになる。

 凄絶な喧嘩にシトリー側はどうすればいいのか呆然としてしまう。ただ、匙はジャックフロストへ密かに応援していた。

 マウントを取ろうとゴロゴロと転がっていくジャックフロストとジャアクフロスト。事情を知らない者が見ればじゃれ合いに映るかもしれない。

 ジャックフロストがジャアクフロストの上になる。

 

「見下すんじゃ無いホ!」

 

 次の瞬間にジャックフロストは頭を掴まれ、蹴り上げと腕力による巴投げ擬きでジャアクフロストの上から投げ飛ばされた。

 

「ヘボッ!」

 

 受け身も出来ず、大の字で床に落下したジャックフロスト。顔や腹を思いっ切り打ち付ける。

 

「グルル。クルゾ」

 

 痛がっているジャックフロストに届くケルベロスの声。すぐに床の上を転がる。

 

「ヒッホッ!」

 

 飛び上がったジャアクフロストのボディプレスが床上に炸裂する。ケルベロスの声で間一髪避けることが出来た。

 

「ちょこまかと……!」

 

 すぐに決着すると思っていたジャアクフロストは、思った以上に粘るジャックフロストに苛立ち始める。

 ジャックフロストは立ち上がり、ジャアクフロストに向けて拙いファイティングポーズをとる。心が折れていないことを見せつける為に。

 

「可愛い顔して根性あるねぇい。いいぞ、そのまま頑張れー」

「美候! なに応援をしてんだホ!」

 

 ジャックフロストに接近すると、その口に指を突っ込んで左右に思いっ切り引っ張りながらジャアクフロストが敵を応援する美候を怒鳴る。

 

「お前は可愛げないからねぇー」

「うるさいホ! この猿! お前ら知ってるかホ! 美候の尻は、猿と同じで真っ赤なんだホ!」

 

 腹いせに皆の前でとんでもないことを暴露するジャアクフロスト。そのせいで全員の視線が美候に集まる。

 

「いやいやいや! でたらめだぜぃ! 根も葉もない嘘!」

「そうやって必死になって否定するのが怪しいホ!」

「大噓吐かれたら誰だって否定するぜぃ!」

 

 ジャックフロストをいじめる片手間に美候にもちょっかいを掛けるジャアクフロスト。

 

「ヒホッ!」

 

 しかし、ジャックフロストを侮り過ぎたのか、気を取られている隙にジャックフロストの頭突きを顔面に入れられてしまう。

 

「ヒボ!」

 

 濁った声を上げながら仰向けに倒れる。その際に突っ込んでいた指も離れた。

 

「油断し過ぎだニャー」

 

 攻撃を不様に受けたジャアクフロストに呆れる黒歌。

 

「というよりも大分戦い方が雑ですね。感情が昂ぶり過ぎて空回りしている様にも見えますし、同族故に無意識に手加減している様にも見えます」

 

 アーサーはジャアクフロストの戦い方を冷静に分析する。

 ジャアクフロストは即座に立ち上がり、ジャックフロストの懐へ飛び込むと同時に頬に拳をめり込ませ、そのまま殴り抜ける。

 しかし、いつの間にジャックフロストがジャアクフロストの帽子を掴んでおり、殴り飛ばされたジャックフロストに引っ張られ、ジャアクフロストは顔を床へ強かに叩き付ける結果となった。

 ジャアクフロストはうつ伏せ、ジャックフロストは仰向けに倒れる。だが、数秒経った後に二人は立ち上がった。

 二人は同時にファイティングポーズをとる。ジャアクフロストは気に入らないジャックフロストを叩きのめす為に、ジャックフロストは自分以外の同族に話を聞いてもらう為に戦う。

 拳が相手にぶつかり、意地と意地が衝突し合う。体も心も何でも触れ合えば摩擦が起こる。幾度も擦れ合えば熱が生まれる。例え、冷たい雪精であったとしても。

 二人の衝突によって生じる熱は、やがて周囲にも伝播していく。

 

「が、頑張って下さい!」

「ま、負けるなー!」

 

 ジャックフロストが殴られる姿から目を逸らしていたアーシアとギャスパーもその熱に中てられ応援し始める。

 ジャックフロストが傷付く姿に心を痛めていたリアスや朱乃もやがて覚悟を決めて、声援を送っていた。

 過熱していく地下広間。その中で黙って戦いを見守るシンとヴァーリ。共に自分の仲魔が勝つという信頼によりただ戦いの行く末を見る。

 

『ヒホォォォォォォ!』

 

 雄々しい声を上げながら何度目のぶつかり合いが始まった。

 

 

 ◇

 

 

「んで? 結局結果はどうなったんだ?」

 

 アザゼルは、ジャックフロストとジャアクフロストの戦いの結末を一誠に尋ねていた。その近くにはヴァーリと匙も居る。

 彼らが居るのは白い広々とした空間。例の龍王を呼び出す為の特別に用意した場所である。一誠たちは転送用魔法陣でここに移動していた。

 

「最終的にジャアクフロストがジャックフロストのタフさにブチ切れて、禁止していた氷を使おうとしていました」

「へえ、ならジャアクフロストの反則負けか」

「その直後にジャックフロストが気絶したんで、結果的には引き分けですね」

「引き分けか。はは、根性あるじゃねぇか、ジャックフロストは」

 

 ジャアクフロストの実力を知っているアザゼルは、相手に反則させるまで粘ったジャックフロストの精神力を讃えた。

 

「いやー、殴られまくったジャックフロストの顔、すんげぇことになってましたよ」

「顔に雪玉くっつけたみたいにボコボコだったな」

 

 笑っちゃいけないと分かっているが、雪精が殴られたらそんな風になるんだ、と妙な感心と可笑しさを覚えた。そして、その時のジャックフロストの顔を思い出し、一誠と匙は笑いを堪えて顔を引き攣らせる。

 一誠たちから少し離れた場所で空間が歪む。その歪みの中から巨大なドラゴン──タンニーンが現れる。

 

「先日以来だな、お前たち」

「タンニーンのおっさん!」

「そちらはヴリトラの……何時ぞやのレーティングゲームは見事だったぞ」

 

 匙に気付き、声を掛けるタンニーン。

 

「い、いや、その、へへへ、ど、どうもあ、ありがとうございます……」

 

 しどろもどろな匙。

 

「緊張するなよ、匙。おっさんは厳しいところはあるけど良いドラゴンなんだぞ?」

「ば、馬鹿! おっさんはねぇだろ! おっさんは! 元龍王で最上級悪魔のタンニーン様なんだぞ! 畏れ多いっての!」

 

 気軽に言う一誠に対し、匙は信じられないと言った態度。

 

「最上級悪魔……?」

「最上級悪魔ってのは冥界でもごく限られた悪魔、もっと言えばレーティングゲームで現トップ10が全員最上級悪魔だ! 冥界への貢献度、ゲームでの成績、能力を評価されて初めて得られる称号なんだよ! っというか悪魔になったんだからそれぐらい勉強しておけ!」

 

 無知な一誠の頭を八つ当たり気味で匙が叩く。

 

「白龍皇か……妙な真似をすれば、その時点で躊躇いもなくお前を噛み砕くぞ」

「そう言われると、やってみたくなるな」

 

 睨むタンニーンに対し、ヴァーリがわざとらしく挑発する。その挑発を鼻で笑うタンニーン。相手が本気では無いとすぐに分かった。

 

「それにしても、赤龍帝と白龍皇。二天龍が大人しく肩を並べているとはな……」

 

 かつては三界の戦争すら無視して争ったドラゴンが、大人しくしている様を感慨深げに眺めるタンニーン。

 

『月日が経てば、俺ですら少しは丸くなるということかもしれんな。なあ? 白いの』

『……』

『……え? 無視……?』

 

 ドライグを完璧にシカトするアルビオン。その後も何回も呼び掛けるが悉く無視。

 その間にアザゼルは地面に魔法陣を描いていき、ミドガルズオルムを呼び出す為の専用術式を展開していく。

 

「しかし、あやつは本当に来るだろうか? 俺ですら二、三回程度しか会ったことが無い」

「二天龍がいれば、否が応でも反応するさ」

 

 ミドガルズオルムについて全く知らない一誠は、どんなドラゴンなのかタンニーンに尋ねた。

 

「あやつは基本的に動かん。世界の終末に動き出すものの一匹だからな。使命が来る時まで眠り続けている。昔は偶に地上に上がってきていたが、その時も寝ていた。最終的には世界の終わりまで深海で過ごすと宣言した。数百年前にな」

 

 一誠や匙からすれば、数百年間深海に眠るという感覚が想像出来ない。転生悪魔故に百年、二百年など遥か彼方という印象である。

 そんなことを考えている内に、アザゼルは魔法陣を描き終え、指定した場所に立つ様指示を出す。

 全員が指定した位置に立つと、アザゼルは小さな魔法陣を空中に描く。地面に描かれた魔法陣が反応し、それぞれが立つ位置が輝き出す。

 一誠は赤、ヴァーリは白、アザゼルは金、匙は黒、タンニーンは紫。各ドラゴンを象徴した色で輝く。

 それから数分間、一誠たちはずっと立っていた。一誠と匙は、本当にミドガルズオルムが来るのか不安になり、横目でアザゼルたちを見る。アザゼルは魔法陣に細かい調整を加え、ヴァーリとタンニーンは腕を組んで瞑想でもしているかの様に静かに佇んでいた。

 すると、魔法陣から別種の光が放たれ、その光が一誠たちの頭上に投影を始める。

 やっと来たかと思う一誠と匙。どんどん姿が映し出されていくが中々終わらない。

 最初は何気なく見ていた一誠と匙も、巨大化していく映像に口が無意識に開き始める。

 最終的には長い胴体の巨大という言葉でも足りないドラゴンが浮かび上がる。

 圧倒される大きさに言葉を失う。蜷局を巻いて体を小さく纏めているのに、それでも空間一杯に広がっている。

 

「ミドガルズオルムはドラゴンの中でも最大の大きさを誇る。大凡だが、グレートレッドの五、六倍はあるだろうな」

 

 どれぐらいの大きさなのだろうという疑問を抱く前にタンニーンが一誠たちに教える。グレートレッドの大きさは約百メートル。ミドガルズオルムの大きさは五、六百メートルとなる。

 高層ビルよりも遥かに大きなドラゴンを見上げる一誠。丁度顔が見える位置にある。体は蛇に似ているが、顔付きは角と突き出た口部というイメージ通りのドラゴンのもの。

 暫くの間、ミドガルズオルムを見上げていたが、特に何の反応も無い。

 すると、地鳴りの様な音が聞こえてきた。段々と大きくなり、最高潮に達すると飛行機が通過していく様な爆音までいくが、そこから段々と小さくなっていく。

 一定のリズムで繰り返されるそれは間違いなくいびきであった。

 

「案の定、寝ているな。おい」

 

 タンニーンが呼び掛けるが、ミドガルズオルムのいびきによってその声は掻き消されてしまう。

 耳を閉じていろ、と周りに言った後、タンニーンは息を吸い込む。胸を少し膨らませると──

 

「起きろっ! ミドガルズオルムっ!」

 

 いびきが吹っ飛ばす程の大声量を発した。耳を閉じていた一誠たちも飛び上がりそうになる。人を殺せそうな程の声であった。

 

『ふあああああああ……何だか懐かしい龍の波動だなぁ……』

 

 あれだけの声量を浴びせられても目覚まし時計で起こされたぐらいの軽い反応をしながらミドガルズオルムが目を覚ます。

 

『ふあああああああっ……』

 

 もう一度欠伸をするミドガルズオルム。空間の上下に上顎、下顎が付きそうになる程の大きな口である。

 

『タンニーンだぁ。久しぶりだねぇ』

 

 大きな図体に良く似合った、ゆったりとした口調。喋り方は、一誠には少し幼く感じた。

 ミドガルズオルムは人よりも大きな眼球を動かし、周囲を確認する。

 

『ドライグにアルビオン、ファーブニルにヴリトラまでいる……どうしたの? 世界でも滅ぼしにいくのぉ?』

「そんなことはせん。お前に訊きたいことがあって意識だけ呼び出したのだ──おいっ!」

『ふあい?』

「寝るなっ!」

 

 短い説明の間に再び寝そうになったミドガルズオルムに、タンニーンの怒声が飛ぶ。

 

「お前と玉龍は、どうしてそうも怠け癖があるのだ!」

『タンニーンが真面目過ぎるだけだよぉ』

 

 ミドガルズオルムは欠伸を噛み殺しながらタンニーンに聞き返す。

 

『それで? 僕に訊きたいことってなぁに?』

「お前の父と兄弟について訊きたい」

『ダディとワンワンのこと?』

 

 ロキとフェンリルの実物を知っていると違和感を覚える呼び方である。

 

「詳しいことは俺から話す」

 

 タンニーンの言葉を継いでアザゼルが説明しようとする。

 

『長いのは勘弁してねー。眠くなるから』

「三分で終わる」

『長ーい』

「それぐらい我慢しろ!」

『はいはい』

 

 タンニーンに叱られ、ミドガルズオルムは渋々と言った態度で聞く態勢になる。

 アザゼルは、これまで起こったことを簡潔に説明する。オーディンが日本の神々と会談する為に来日したこと。ロキがフェンリルを連れて襲撃してきたこと。赤龍帝と白龍皇が共闘すること。

 説明し終えると、ミドガルズオルムは神妙な態度に変わっていた。

 

『ふーん。ダディがワンワンと一緒におじいちゃんとねー。それで、ドライグとアルビオンが一緒に戦うってわけ?』

「そういうことだ」

 

 タンニーンの言葉を聞いた後、ミドガルズオルムは一誠とヴァーリをジロジロと見る。

 

『面白いね。二人が戦いもせずに並んでいる光景なんて想像もしたこと無かったよ。なーんか起きているのに夢でも見ている様な不思議な感じ』

「その点については俺も同意しよう」

 

 ミドガルズオルムの率直な感想に、タンニーンも頷く。

 

『で、ダディとワンワンのことだね。ワンワンの牙は厄介だよぉ。咬まれたら、場合によっては死ぬかもしれないし。弱点は、グレイプニルだね。ドワーフが作った魔法の鎖。それで縛り付けられる』

「残念だが、それは確認済みだ。フェンリルの住処で破壊されたグレイプニルが発見された。フェンリルを拘束していたものだ」

 

 フェンリルは前からグレイプニルによって行動を制限されていた。神喰狼などという存在を自由にさせられないこと、ロキに対し不穏なものを薄々感じ取っていた為のオーディンの指示である。

 

『うーん……いつの間にかダディがワンワンを強化したのかなぁ? ダディは言う事を良く聞くワンワンを可愛がっていたしね。それなら北欧のとある地方に住むダークエルフに相談してみなよぉ。あそこの長老がドワーフの技術を強化する術を知っている筈だからぁ』

 

 ミドガルズオルムからダークエルフたちが住む位置を教えられる。一誠には数字と聞いたことのない単語の羅列にしか聞こえなかったが、アザゼルはその情報を持っていた携帯電話に素早く打ち込む。すると、携帯電話から世界地図の立体映像が映し出され、不要な部分はカットされ、必要な部分だけが拡大される。

 ミドガルズオルムに示された場所を確認すると、仲間の堕天使に素早く情報を送り現地に向かわせた。

 

「よく知っていたな。ドワーフもエルフも人間界の変化で異界に移住したと聞いたが?」

『一部のドワーフやエルフは人間界に残ったんだよぉ。普通じゃ入れない秘境だけどねぇー。昔は、色々とお世話になったなー』

「で、次はロキ対策なんだが……」

 

 アザゼルがロキへの有効な手段を聞いた途端、ミドガルズオルムは黙る。眠ってしまった訳では無い。両眼はしっかりと開いている。ロキについて何か考えている様に見えた。

 

『ダディは……うーん……どうなんだろう……』

 

 歯切れが悪く、言い淀んでいる。

 

「何か問題があるのか?」

『ダディってさ、悪知恵が働くし、もの凄い負けず嫌いなんだよねぇ。だから、絶対に勝てると確信しないと戦わないの』

「じゃあ、今回のことは勝算があってのことって訳か?」

『ちょっと違うかなぁ。ダディが一度だけ言ってたけど、どんなに策を練っても絶対に勝てると確信を抱けないのがオーディンとトールなんだってさ』

 

 ロキにとって最大の壁と言えるのはその二柱。

 

「つまり──」

『その二人を敵に回すってことは、ダディも結構賭けていると思うんだよね、今回』

 

 余裕そうに見えて、ロキもまた必死になっていると語るミドガルズオルム。

 

『まあ、そんなダディを倒す可能性があるとしたら、ミョルニルぐらいかなぁ』

「トールのミョルニルか……オーディンの爺さんが口利きしてくれたら貸してくれるか?」

「トールの代名詞とも呼べる武器だ。そう簡単に貸すとは思えない。例え、主神の頼みだろうと」

 

 アザゼルの考えに、ヴァーリが異を唱える。アザゼルはそれに反論はしない。アザゼルも同じ事を考えていたのであろう。

 

『それならさっき言ったドワーフとダークエルフに頼んでごらんよぉ。ミョルニルのレプリカをオーディンから預かっていた筈だから』

「色々と物知りで助かるよ」

 

 ロキに有効な武器を手に入れる手段まで教えられ、アザゼルはミドガルズオルムに礼を言う。一方で、ヴァーリは眉間に皺を寄せていた。

 

「事が簡単に進めばいいが……」

 

 誰にも届かない声量で不穏な言葉を洩らす。

 

『んん、まあ、いつものダディだったらそれでやれると思うけど……事が事だし、ダディも本気になるかもねぇ……』

「ロキの本気? どんなもんなんだ?」

『知らない。見た事無いし』

「はあ? 知らないのに、随分と怖がっているみたいだが?」

『怖がってる……うん、そうだねぇ……ダディは怖いよ。何か秘密を隠しているみたいだし』

「秘密?」

 

 ミドガルズオルムから告げられるロキの秘密。これから戦う相手である、嫌でも興味を惹かれる。

 

『先に言っておくけど、僕は何にも知らないからねぇ。何かを隠しているのは分かっているけど、聞けなかったよ、怖くて。きっと知ろうとしたら僕はダディに殺されてた』

 

 五大龍王にここまで言わせることに皆が驚く。ロキは、一体どんな秘密を抱えているのか。

 

『さっきも言ったけど、ダディは今回の戦いに賭けているみたいだし、秘密もバラしちゃうかも。その秘密があればオーディンとトールも倒せるかもしれないしね』

「貴重な情報、どうもありがとよ」

『あんまり役に立つとは思わないけど、深海から君たちの無事を祈ってるよぉ。またこうやってお喋りしたいしね』

 

 ミドガルズオルムは大きく欠伸をする。

 

『ふあああああ。僕はそろそろ眠るよ』

「そうか。色々とすまんな」

 

 タンニーンが礼を言うと、ミドガルズオルムは目を細める。

 

『いいさ。同じドラゴンのよしみで。また何かあったら起こしてよ』

 

 ミドガルズオルムの映像が切れ掛け始める。

 

『あ、そうだ』

「何だ?」

 

 最後に何かを言い残そうとする。

 

『四騎士のおじちゃんたちに会ったらよろしく伝えておいて。最近、色々と動き始めているみたいだし』

 

 四騎士。その名を聞いて全員はバラバラな反応を示す。アザゼルはギョっとし、タンニーンは敵意の炎を瞳に宿し、ヴァーリは好戦的で獰猛な笑みを浮かべ、名前だけ知っている一誠と匙は周りの態度にドギマギしていた。

 最後に不吉な言葉を残して、ミドガルズオルムの映像は消えた。

 

 

 ◇

 

 

 ミドガルズオルムと会話した翌日の朝。地下の大広間では会合した時のメンバーが再び集まっていた。

 ロキとの決戦が近い為、全員が本日は学校を休んでいる。会長としての責任を負っているソーナにとっては断腸の思いらしく、その表情は険しい。

 そんな中で、オーディンとロスヴァイセは非常に気不味そうな表情をしている。特にロスヴァイセの動揺は酷く、常に目が泳いでいる。

 

「おい。どうしたんだよ、爺さん?」

 

 見兼ねてアザゼルが事情を尋ねる。

 

「あー、とても言い難いことなんだが……」

「勿体ぶらずにズバっと言ってくれ」

「分かった。頼まれていたミョルニルのレプリカ、手に入らんかった」

 

 オーディンの爆弾発言に、一瞬何を言っているのか分からず静まり返る大広間。

 

「──は? どういうことだ? まさか、ロキの奴が──」

「いや、違う。持っていったのは別の奴じゃ……」

「誰なんだよ、そいつは?」

「……ル」

「何だって?」

「トール」

「はあっ!」

 

 トール本人がミョルニルのレプリカを回収した。その事実にアザゼルは我が耳を疑うが、オーディンとロスヴァイセの態度からして本当のことらしい。

 

「何でトールがレプリカ持っていくんだよ!」

「儂だって知りたいわっ! 儂直々に取りに行ったら『トール様が既に持っていきました。あれ? オーディン様の命なのでは?』と言われたんじゃぞ!」

 

 アザゼルの怒声に、オーディンも怒声で返す。オーディンにしても寝耳に水な出来事である。何処でこの情報を仕入れたのかは知らないが、トールに先を越されてしまった。

 

「どうすんだよ……てか、肝心のトールはどうした?」

「分かりません。連絡も取れない状況で……」

 

 ロスヴァイセも心底申し訳なさそうな表情をしている。対ロキ戦の為の対策が、まさか身内である北欧の神に妨害されるとは予想外のこと。皆に迷惑を掛けて居た堪れなくなっていた。

 

「いきなり出鼻を挫かれた気分だ……何考えてんだよ、トールの奴は!」

「知りたいなら教えてやる」

 

 返って来ない筈の罵倒に返事があった。空間が歪み、その中から体の各部が全て逞しく太ましい巨人が現れる。

 その巨人が現れただけで広い筈の大広間が狭く感じられ、同時に息をすることすら苦しくなる程の圧迫感が生まれる。

 

「トール……!」

 

 リアスがその存在の名を口に出す。北欧の神の中でも最強と謳われる雷神が兵藤家の地下に出現した。

 

「トール! お主は──!」

「お叱りの言葉は後にして頂けるか? オーディン殿」

 

 オーディンの言葉を遮り、トールはある物を出す。豪華な装飾と紋様が刻まれた金槌。今、トールが出した物こそミョルニルのレプリカである。

 

「望みの品はこれだな?」

「その通りだ。さっさと渡してくれると有難いんだが?」

「誰が使う予定であった?」

「そりゃ、イッセー──当代の赤龍帝だ」

 

 トールの目が周囲を見渡す。トールの眼光を受けるだけで他のメンバーは萎縮してしまう。そんな中でトールの目が一誠へと定まった。

 仮面越しの視線を浴びせられ、一誠はその圧でトールの体が倍以上に大きく見える。

 

「赤龍帝」

「は、はい!」

 

 名を呼ばれ、声を裏返しながらも返事をする。

 

「贋作とはいえミョルニル。資格の無い者が扱うことは私が許さん」

「し、資格?」

「私が出す条件を見事に合格してみせれば、資格有りと認めよう」

 

 トールは一誠に対し、何かしらの試練を与える様子。

 

「一体、どんな条件を出すのでしょうか?」

「あ奴とて状況は分かっている筈。まあ、無理難題を出すことは──」

「私と戦え」

「ど、どどどど、どどど! どうしましょう! オーディン様!」

 

 ロスヴァイセは激しくうろたえながらオーディンを揺さぶる。オーディンは、全てを見通す様な静かな表情で一言。

 

「……死んだな、赤龍帝」

 

 

 




気付けば投稿を始めて七年。話の進行は遅いですが、今後ともよろしく。

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