ハイスクールD³   作:K/K

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幕間 魔法、少女?

 ある日のオカルト研究会の教室内。

 シンは、周囲に他のメンバーがいる中、魔法陣の上に立っていた。肩にはいつものようにピクシーが乗っかっている。

 悪魔の協力者という立場であるシンは、主に悪魔の仕事の補佐をすることがメインであったが、最初のピクシーとの契約以来、久しぶりに単独で仕事を行うこととなった。

 理由は、新しく入部してきたアーシアという少女にある。最近転生を果たし、グレモリー眷属の一員となった彼女。そんな彼女にも一誠やシンが入部したときに行った通過儀礼となるチラシ配りの仕事を任せることとなった。

 だが、ここで少し困った問題が発生。

 アーシアという少女は、シンや他のメンバーから見ても少々危うい傾向が有る。危ういと言っても人格面が危ういという訳では無い、むしろ逆に高潔とも言えるような慈悲深い性格をしており、非常に親しみ易い。しかし、やや世間知らずで無垢過ぎるという点があり、彼女が堕天使側に付いてしまったのも、シスターでありながら敵対する悪魔を自らの治癒の『神器』『聖母の微笑〈トワイライト・ヒーリング〉』によって傷を癒したことで、教会から『魔女』の烙印を押され、追われる身となり行き場を無くした所を『はぐれ悪魔祓い』の組織に拾われた経緯があったからである。

 そして、もう一つ。これは彼女の性格とは関係の無いことであるが、アーシアという少女は、率直に言えばドジであった。特に出っ張りも段差も無いところで意味も無く転び、呻いている姿をシンはたびたび目撃している。

 そんな不安要素がある少女を一人で夜道を歩かせるわけにはいかない。ましてやアーシアの容姿は美少女と言っても差し支えないものである為ますます放っておくわけにもいかず、彼女を補佐する存在が必要となった。候補に挙がったのはシンと一誠であったが、ここで一誠が、アーシアのチラシ配りの手伝いをしたいと進言した。

 一誠の方もついこの間まで契約を取ることが出来ずにやきもきしていたが、最近になってようやく初契約を取ることができ、その代価として映画でしか見たことの無いような円錐状の形をした突撃槍を貰ってきた。

 重量や材質から見ても本物であり、シンも一体どんな相手から貰ったのかが気になり一誠に尋ねた所、一枚の写真を手渡される。そこには西洋甲冑とその腕に手を回す鎧武者の姿が写っていた。それを見て、思わず「何だこれは?」と一誠に聞き返したのは記憶に新しい。

 何はともあれ悪魔としての最初の一歩を踏み出し、少し余裕の出来た一誠を見て、シンも反発することはなかったので、アーシアの補佐を一誠がすることとなり、シンは一誠に依頼が来たとき、代わりに依頼者の下へと行くという形となった。

 そして、現在一誠に対しての依頼が来たのでシンが代わりに行くこととなり、魔法陣の中央でピクシーと二人、立っているという状況となっている。一誠とアーシアはチラシ配りの為、この場には不在である。

 シンは残っているメンバーに出発の言葉を告げると、光を放った魔法陣の中で転送されていった。

 魔力の光を抜け、依頼者の下へとシンが辿り着いた。前に屋外で召喚されたときと違い、足下から床だと思われる硬い感触があった。

 光で閉じていた目を開くと最初に映ったのは女性の部屋と思える数々の内装。フリルやピンクなど可愛げのある装飾を施された物がいくつも置いてあった。そして、そこでシンは何らかの影が自分を覆っていることに気付く。何気なく振り向いたシンは、そこで人生でも一、二を争うほどの衝撃を受けた。

 

「にょ? 前の悪魔さんじゃないにょ?」

 

 おおよそ日常生活では聞くことの無い語尾が付けられた野太い声、それを喋っている人物も又、日常生活ではまずお目に掛かるような存在ではなかった。

 シンを背でも幅でも上回り、影が出来る程の巨躯を持ち、腕や足は女性の胴体を彷彿とさせる程の太さを持った筋骨隆々とした男性。しかし、身に纏っているのは男性と対極に位置するようなゴシックロリータ調の洋服。少女が着る様なことを想定したそれはこの男性が着ることによって限界まで生地が伸ばされ破れる寸前となっており、見る者に服の苦鳴と悲鳴を感じさせ、拷問でも受ける罪人を見ているかのような印象を与える。

 そして、頭部には一体どういった心境で付けるに至ったのか猫耳を着けたカチューシャを装着しており、それによって生まれる男性との不協和音は、壮絶の一言であった。

 そんな人物がまるで無垢な少女のような瞳でシンの頭上から見下ろしている。

 

「……」

 

 絶句という意味を今日、身を以て知るシン。本来なら依頼者の前で黙り込んでしまうのは失礼に値するものであろうが、いまの彼の状況を知った者がいたのならば誰も彼を責める様なことにはならないであろう。それほどまでに目の前の存在の視覚的な衝撃は逸脱したものであり、一種の暴力であった。

 

「新しい悪魔さんッ!」

 

 黙っているシンを不審に思ったのか、女装をしている男性が声を掛けるが、その声量は尋常なものではない。特殊の呼吸法でも習得しているのか声だけにもかかわらず、声と共に発せられた見えない圧力がシンへとぶつかり思わず仰け反る。

 

「わわ!」

 

 肩に乗っていたピクシーも吹き飛ばされそうになり、慌ててシンの服を掴む。声の余波は部屋全体を揺るがし、目の前の存在の見た目以外の恐ろしさの片鱗を知ることとなった。

 

「大丈夫かにょ? 何だか様子がおかしかったにょ?」

 

 それは、あなたのせいです。という言葉が喉まで出かかったが辛うじて胸中に留め、目の前の現実を受け止め、依頼者の要件を聞く。

 

「……大丈夫です。……それで願いの内容なんですが……」

 

 動揺と混乱で言葉が震えなかったのが奇跡だとシンは思った。

 

「前の悪魔さんにも言ったけどにょ、ミルたんを魔法少女にしてほしいにょ」

 

 鍛え抜かれた肉体を持つ男性からの斜め上を行く願い。そして、依頼者の名前を聞いて前に一誠が疲れた顔で話した依頼者だということを思い出した。見た目がシンが一誠から聞いた姿そのままであったが、現物のインパクトが強すぎたので今の今まで忘れていた。

 

「ねえねえ? シン。まほうしょうじょって?」

「にょッ!」

 

 ピクシーがシンに魔法少女という言葉の意味を尋ねた瞬間、ミルたんの目が一瞬閃光を放ったかのような鋭さとなり、その強すぎる眼光をピクシーの方へと向けた。

 

「い、いま……その妖精さん……喋ったかにょ?」

 

 ミルたんの言葉にシンは内心驚く。ピクシーの姿は一般人には見えず、見えるとしても悪魔などの特殊な存在などに限られる。たしかにミルたんはどう言い繕っても一般人とは程遠い格好をしている。しかし、逸脱をしているのが格好だけでなかったのはシンにとって予想外であった。

 

「あっ、見えるんだ」

「か……」

「か?」

「感動だにょッ!」

 

 おそらくミルたん本人は、ただピクシーという存在に会えたことを純粋に感動として表現しただけなのであろう。だが、シンの視点から見るとミルたんが刹那の間、沈黙したかと思えば、次のときには全身からは闘気のようなものを爆発させ、部屋の壁に触れずして罅を入れるという人間離れをした芸当を見せつけられた。シンもその圧力に吹き飛ばされない様に必死に両足に力を入れ、耐える。

 

「おっとっと」

 

 ミルたんの感動の咆哮にシンにしがみついて耐えていたピクシーが、姿勢を直してシンの肩から飛び上がると、ミルたんの目の前へと飛んでいく。

 

「こんばんはー」

 

 ミルたんの姿に物怖じせず、いつもの無邪気な笑顔を浮かべて手を振る。よく普通に接することが出来るな、と思ったが改めて考えると、人間であるシンと妖精であるピクシーでは感覚や認識が全く違う部分があるのだろうと思い至り、しばらく二人の様子を見ることにした。

 

「こ、こんばんはにょ」

「あたし、妖精のピクシーっていうの。あなたはミルたんでいいんだよね?」

「そ、そうだにょ!」

 

 臆面もなく自己紹介をするピクシー。妖精という存在に話し掛けられ若干の緊張をしているミルたんであったが、その頬は興奮で赤く上気し、控えめに見ても仁王像を彷彿とさせた。

 

「ねー、ミルたん。まほうしょうじょって、なあに?」

「妖精さん。魔法少女はにょ――」

 

 ピクシーの質問にミルたんは嬉々とした様子で答える。シンの目の前で凄まじい早さで打ち解けていくピクシーとミルたん。一方は魔法少女〈ファンタジー〉に憧れる人間、もう一方は好奇心旺盛な幻想世界〈ファンタジー〉の住人、この二人の相性は存外に良いのかもしれない。

 すっかり蚊帳の外となってしまったシンの前で、ピクシーとミルたんの会話はどんどんと弾んでいく。ピクシーが疑問に思ったことを聞くと、ミルたんはピクシーにも分かる様に非常に丁寧に教える。正直、ミルたんの話は外から聞いていたシンも興味を煽られる程引き込まれるものがあり、人間の物に強い興味を持つピクシーはどんどんと関心を寄せていく。

 ミルたんとの話が進むにつれて、ピクシーの目が魔法少女というものに興味を持ちキラキラと輝かせていき、それに合わさって魔法少女の話をしているミルたんの目も輝きを増していく。その輝きは心臓の弱い人間が見たら鼓動を止めるのではないかと思わせるほどであった。

 和気藹々としているピクシーとミルたんとの話。ピクシーもあらかたの質問を終え会話に一旦の区切りが出来る。するとミルたんはやや顔を俯かせ、何かを言うのを躊躇っているのかしきりに両手の指先を付けては離すという動作を繰り返す。

 やがて、覚悟を決めたような表情へとなると視線をピクシーからシンに向ける。

 

「悪魔さんッ!」

「――はい」

 

 今日何度目かの咆哮の様な呼び声。物理的な威力を持ったそれに耐えながらシンはミルたんに答える。

 

「お願いの変更をしてもいいかにょ?」

 

 ミルたんの言葉に一瞬、虚を衝かれる。言った本人は両手を組みながら真摯な瞳でシンを見つめ続ける。

 

「……構いませんが、どんな内容にするんですか?」

 

 目を逸らしたくなる衝動を抑えながら、そう聞き返す。

 

「ミルたんを……ミルたんを……」

 

 少しの間が空いた後。

 

「妖精さんのお友達にして下さいにょッッッ!」

 

 今夜、最大の咆哮が嵐のように狭い一室に吹き荒れる。桁外れの声量により、空間が歪んだような錯覚を覚える。窓ガラスは割れる寸前まで震え、天井は軋みを上げ、床は直下型の地震でもあったのかと思わせる程揺れる。この願いにミルたんの気持ちがどれほど込められているのかが見て取れる。尤も、気持ちを物理的な破壊から計るというのは間違った見方であることは確定的であるが。

 

「お願いだにょ!」

 

 シンの眼前まで迫り、今にも泣きだしそうな顔で懇願をするミルたん。シンが返事を中々しないことに、自分の願いを叶えることを渋っているのではないかと本人は考えているが、シンは単純に顔の手前数センチまで迫ったミルたんの視覚的な暴力に言葉を詰まらせているだけであった。

 悪意のある威圧であればシンも対処のしようがあるが、どう見ても本人には悪意は無く無自覚な威圧であるだけにシンも強くは出られなかった。

 

「べつにあたしはいいよー」

 

 シンが答えるよりも先にピクシーが答える。

 

「ほ、本当かにょ!」

「うん」

 

 シンに迫るのを止め、ピクシーに向き直るミルたんに頷いて了解の意志を示すピクシー。ここでミルたんの圧力から解放されたシンも口を開く。

 

「本人がいいと言っているので、問題無いです」

「ありがとう! ありがとうにょ! 妖精さん! 悪魔さん!」

 

 ミルたんはピクシーを両手でそっと掴むと、嬉しさからかその場で回転し始める。床が摩擦で炎上するのではないかと思える程の速度で回っているのだが、ミルたんと一緒に回っているピクシーはアトラクションでも楽しんでいるかのようにキャハハと笑い声を出している。

 自分の『仲魔』の胆力にシンはただ脱帽する。

 興奮して回っていたミルたんは、突如回転を止めて部屋の隅に移動し、置いてある小道具入れを探り始める。数秒後には目当ての物が見つかったのか、小道具入れから離れてシンの前にやって来た。

 

「お願いするにょ!」

 

 そう言ってシンの顔すら余裕で覆える程大きく分厚い掌で隠された何かを渡そうとする。とりあえずシンは手を差し出すと、その手にあるモノが置かれた。

 そのあるモノはデジタルカメラであった。

 それを手渡された時点で、この先自分が何をするのか大体の理解をする。その考えを肯定するようにミルたんはシンから少し離れた場所で片足で立ち、上げた足は直角に曲げ、右手には魔法のステッキ、左手はピースサインを作って額に当て、軽く舌を出す。

 

「可愛く撮ってにょ!」

 

 シンは最早何かを言うこと自体無駄だと悟り、無言でカメラを構える。レンズ越しに見える光景は、筆舌に尽くしがたい程奇妙なものであり、おそらく自分の理想とする魔法少女のポーズを取るミルたん、舌を出してはにかんだ笑顔は獲物を嬲る肉食獣を思い起こさせ、そのミルたんの逞し過ぎる肩に乗って呑気にミルたんと同じポーズを取るピクシー、両者のあまりに違い過ぎる落差は現実の許容量を超え、二人の間で次元が歪むような錯覚がシンには見えた。

 そして何よりもそれに向かってカメラを構える自分の姿は、第三者の視点から見て非常にシュールなものであり、シンは自分のこの姿が永遠に闇に葬られることを祈りながらシャッターを押した。

 撮影音の後に撮影された画像が画面へと表示される。

 

(……ピクシーはカメラには写るのか)

 

 新たに知る事実。しかし、それは画面に写る強烈な絵面から目を逸らすための現実逃避の様なものであった。

 撮影した画像をミルたんにも見せる。それを見て嬉しそうにはしゃぐミルたん、その度に床板が捲り上がりそうな程の足踏みをする。

 ようやく終わった。そう思っていたシンの前でミルたんは再び小道具入れの前に移動する。

 このとき、シンは自分の察しの良さを呪った。

 

「妖精さん! 次はこれを着て欲しいにょ!」

 

 満面の笑みを浮かべて振り返るミルたんの手には、人形が着る様な小さな衣服。

 

 まだ撮影は終わらない。

 

 

 

 

 

 一体自分はどれほどシャッターを押したのであろう。十を超えた辺りで思考を停止させ、二十を超えた辺りで押した数を数えるのを止めた。

 自分はカメラの一部だと無理矢理言い聞かせ、三脚になりきったつもりでひたすらシャッターを押し続けるが、未だに撮影が終わる様子を見せない。

 ミルたんが、いつかファンタジーなお友達が出来たときの為の御揃いの衣装は想像を超える量があり、いくつかピクシーのサイズに合わないものもあったが、見た目にそぐわない手先の器用さと速さでピクシーの羽を出す為の部分を作ったり、サイズも合うものへと改修し、ほとんど途切れることなく撮影は続いていた。

 色々と着せ替えられているピクシーは嫌な顔をせず、むしろ様々な衣装を身に纏うことを楽しんでおり、ミルたんもまたピクシーを着せ替えるのを楽しみ、自分もまた同じ衣装を纏う。何時間も経っているが二人に疲労の色は無く、逆に初めのときよりも生気が漲っており、シンはその反対に目は死人のように光が無くなって殆ど喋らなくなり、機械的な動作でひたすら単調に動いていた。

 奈落に落ち続けるような気分を味わいながら、ただただ時間が過ぎていくのをシンは待つ。

 

「これでラストにょ!」

 

 シンの祈りが届いたのか最後の衣装を纏ったミルたんがそう宣言する。その言葉を聞き、目に再度光が灯りはじめたシンが見たのは、最後という言葉に相応しい精神的にきつい衣装であった。

 淡い紺色の生地を使い、星形の刺繍が施され、赤い帯を巻いた広袖の簡素な振袖であったが、裾は膝上数センチ程の短さしかなく、ミルたんの丸太のような太腿が衝動的に眼球を抉り出したくなる程に大胆な露出をしていた。本来和服から感じる涼やかさや慎ましさは全て消え去り、劇物のような魅力と震え上がるような威圧感が醸し出されていた。

 ミルたんの隣で、同じ衣装を纏うピクシーと見比べる。右を見てから左を見、今度は左を見てから右を見る。

 

(……頭が痛くなってきた……)

 

 視覚から得られる情報の差に脳の処理が誤作動でも起こしたのか、軽い頭痛がした。

 コンマ数秒でも早くこの状況から逃れるため、シンは息を止め、思考を止め、心を凍り付かせ、最後のシャッターを押した。

 撮影した画像もミルたん本人に確認させ、長い、本当に長いと思えた仕事が終わる。そう思ったとき、ミルたんは突然顔を両手で覆い、泣き始める。

 

「にょぉぉぉぉぉ! にょぉぉぉぉぉぉぉ!」

「どうしたの? どこか痛いの?」

 

 泣くミルたんを心配し、ピクシーは声を掛ける。ミルたんは首を左右に振ってピクシーに違うと示した。

 

「にょぉぉぉぉ! そうじゃないにょ……ミルたん……ミルたん……」

 

 涙で鼻声になった言葉で自分の今の気持ちを正直に曝け出す。

 

「ミルたん――嬉しいんだにょぉぉ!」

 

 ミルたんは涙で何度もしゃくりあげながら、自らの胸中を溢す。本当に心の底から魔法少女に成りたかったこと。その為に様々の方法を試みたがどれも上手くいかなかったこと。それでも諦めきれず、本来なら宿敵である悪魔に頼み込もうとしたこと。そして今日、妖精のピクシーと友達になれたこと。

 一歩一歩ではあるが自らの夢に近づいていることが、堪らなく嬉しくてしょうがないこと。

 胸の中にあった思いを言い尽くして、ミルたんは再び号泣する。そんなミルたんの頭をよしよし、と撫でながらピクシーがシンに目を向けた。無言ではあったが、向けられた目が語っている『何か言ってあげて』と。

 一瞬、眉間に皺を寄せるシンであったが、遠雷のような声で泣くミルたんと催促する視線を向け続けるピクシーを見て、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな溜息を吐くと、床で蹲っているミルたんに側で片膝を突き、肩に手を乗せる。

 

「少しずつですが、あなたの願いを叶えていきましょう。今はまだこれくらいの願いを叶えるのが精一杯ですが、きちんと本来の願いが叶うまでお付き合いしますよ。――『イッセー』……と自分が」

 

 さりげなく一誠の名前を強調し、自分のことは目立たないぐらいの声量で言う。

 シンの言葉を聞いてミルたんが顔を上げる。

 その瞬間、強烈な悪寒が背筋を奔った。

 

「悪魔さん……悪魔さぁぁんッ!」

 

 ミルたんが感極まって叫ぶと同時に、その両腕が霞む。それと同時にシンの左右から迫る風を斬るような音、残像を残して迫ってくるシンとの抱擁を求める両腕。獲物に襲いかかる羆を彷彿とされる剛腕を思考するよりも早く紋様を発動させたシンの両手が防ぐ。

 鉄柱にでも打ち付けられたかの様な衝撃が両手から肩にかけてまで伝わる。耐える為に筋肉は限界まで酷使され、それを支える骨は軋みを上げる。

 

『死ぬ』

 

 冗談では無く、本気でそのような言葉が脳裏に浮かぶ。僅かでも力を抜いた次の瞬間に待っているのは肉体と精神の『死』。

 

「落ち着いてー」

 

 シンの危機を見過ごせなかったのか、ピクシーがミルたんの額を軽く叩く。一応、主の危機ではあるがピクシーの声に緊迫したものは無く、いつもの軽い声であった。

 

「――あっ! ミルたんったら、男の人に抱き着こうなんてはしたない子にょッ!」

 

 シンに向けていた両手をそのまま自分の頬に当て、恥ずかしそうに赤面する。シンはその様子にもう何も言う気力も湧かず、静かに心の中であることだけを思う。

 

(……早く帰りたい)

 

 

 

 

 翌日。

 

「ふっふふーん!」

 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、ピクシーはオカルト研究部内を飛び回る。

 

「わぁ! ピクシーさん、可愛いですね!」

「でしょでしょ!」

 

 アーシアに褒められ更にピクシーは機嫌を良くする。

 ピクシーは今、いつもと同じ格好をしていない。あの後願いを叶えた代償としてミルたんは撮影のときに着た衣装の中で好きなものを持っていっていいとピクシーに言った。ピクシーがその中で特に気に入ったのが撮影最後に着ていた『小さな振袖』である。

 そして現在、それを着て皆に披露をしていた。

 その姿を疲れた様子で見ていたシンに一誠が労いの言葉を掛ける。

 

「――聞いたぞ。……ミルたんのとこに召喚されたんだな……お疲れさん」

「……まあ、見た目はアレだったが、悪い人ではなかったな……」

「確かに、悪い人――というより悪い漢ではないな……見た目は雄々しいというか……変態的というか……」

「世の中の広さと深さを感じた気分だ――ん?」

 

 一誠との会話の最中にシンの携帯電話が振動し着信を知らせる。携帯電話をポケットから取り出して画面を見るとメールが一通届いていた。

 差出人の名前はミルたん。何故連絡先を知っているのかは、昨夜部室への帰り際にミルたんから定期的にピクシーとの連絡を取りたいという願いがあった為、連絡機器を持たないピクシーの代わりにシンの携帯電話とアドレスを教えることとなった。聞かれたときは返答に詰まったシンであったが、毒を食らわば皿までと半ば開き直った結果である。

 題名に『友情の証にょ』と書かれたメールを開くと、しばしの間シンは画面を凝視し続けた。

 

「どうした?」

「いや……たまにはこういったものも悪くはないのかな? と思っただけさ」

 

 ピクシーとミルたんが満面の笑みを浮かべて一緒にピースサインをする画像を見て、シンはよく見なければ分からないぐらいの淡い苦笑を浮かべながら、そう呟いた。

 

 

 

 

「ねえねえ、今度シンの家にミルたんを呼んで一緒に遊ぼうよ!」

「――考えさせてくれ」

 

 




この話はシリアス要素無しで日常回を意識して書いてみました。
この話でミルたんに興味を持ったらぜひ検索してみてください。
トッテモカワイイコデスヨー。

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