黒鉄の本家では月に数度ほどではあるが分家の者を集め合同で鍛錬をするという習慣があった。屋敷の裏の屋外修練場において何十組の青少年が剣を合わせそれを数人の師範が監督する。
しかし一輝はもう数年もそれに参加していなかった、参加できなかった。例え参加しても分家の者の私刑に会うだけだろう。だからこそ一輝が剣術を学ぶ唯一の方法はただ見る事だけである。
数十組の立ち合いを一輝は屋敷の窓からすべて視界の中に入れ振るわれる剣技を全て視る。その常軌を逸脱した集中力を以て一輝は剣を見て学ぶ、文字通り見学していた。
「…………」
そんな中兄である王馬を認識した瞬間見学が中断された。王馬は一回り年上の青年を相手に互角、いや有利に立ち合いを進め彼の異能である風を示すが如く瞬速の一撃を決め相手を沈めた。
先程まで冷静を保っていた一輝の眼に嫉妬、憎悪といった負の感情が交じる。豊富な魔力と天性の剣才を持つ兄に憎しみを抱く。筋違いではあるが長く精神的抑圧に置かれていた一輝にとってそれは難しい事だろう。
「……そろそろ行かないと」
フォースの感知に使用人が引っかかる。使用人と会うのを避けるためにその場を離れるべく窓から離れた。
一輝は何時もの誰も使わなくなった道場でライトセーバーを弄っていた。
「これで完成かな」
一輝は自作のライトセーバーを持ち上げた。最初に作ったものはどういうわけか出力が高く熱で持てない程であった。廃熱の為に改良を咥えその結果、前の円筒形から西洋風の長剣の柄のようになった。起動させると血のように赤い刃が柄からも発生し傍目から見ると十字剣のようにも見える。
それを両手で携え普通の剣のように何度か振るいそれの感触を確かめる。その感触に何とも言えない顔をする。
その後一輝は踏込、足運びと共にライトセーバーを振るい刃を収容した。
「…難しいな」
このライトセーバーという武器は通常の剣と違い刃に重さがないうえにどういうわけか円筒形の柄が不規則的に回転するので勝手が狂うのである。
「僕にはこれを使いこなせないか…」
立ち尽くしライトセーバーを見つめる。この未知の武器を使いこなすには既存の剣術では難しいだろう。
「しかし丁度いいタイミングだ」
固有霊装の『陰鉄』を顕現させ刃を撫でる。一輝の実力はもはや以前とは比べ物にならず。念動力とフォースライトニングの錬度は上がり実用に耐えるものとなっていた。
一週間後に全国から黒鉄家の縁者が集まる機会がある。一輝はそこで自分の実力を示すつもりであった。本来ならばもう少し力を蓄えたかったがこれほど大規模な縁者の集まりは次は何時になるかわからない上に一輝の元服も残り2年を切っていた。
「……ようやく。ようやくだ!」
彼の声に歓喜が混じる。時間にして8年もの間耐え、牙を研ぎ続けた。しかしその屈辱の時も来週で終わりを告げる事に気分が高揚しそれにフォースが呼応しふわりと周囲の物が浮き上がる。
(師範、兄、年上。誰でもいい皆の前で潰せば僕の実力を認めざるを得ない!)
一輝の眼には狂気が宿っていた。
「!」
ゴトリという異音に後ろを振り返るとライトセーバーが落ちた音であった。どうやら感情の高ぶりに無意識にフォースが働いていたらしい。その事に思わず笑う。
時間を見ると丑三つ時を回ったあたりであった。来週に向けライトセーバーの完熟を進めるべく一輝は修練場に降りた。
年に一度あるかないかの割合で黒鉄の一族では非常に大きな集まりがある。北は北海道、南は九州の分家、果ては海外で活躍する者すらも参加する非常に大きなものであった。そのため本家の屋敷だけでなくいくつかの敷地内の離れをも使うほどと言えば規模がわかるだろう。
そして必ず行われるのは剣の手合せである。黒鉄家の伝える旭日一心流、そして各分家の伝える各流派の魔導騎士とその見習いが切り結ぶ光景は圧巻の一言に尽きる。
そんな中黒鉄一輝がその場に姿を現した。
「…手合せをお願いします」
一輝が監督役の傍流の師範代に一礼する。
「…お前か」
舌打ちと共に師範代が一輝を見下す。師範代としてはまだ若く20代くらいだろう。
「お願いします」
師範代が無言で固有霊装を幻想形態で展開し構え、一輝もそれに応じた『陰鉄』を展開した。分家の人間が見世物を見るかの如く周囲を囲んだ。兄の王馬は興味なさ気に素振りを始めた。珠雫が何事かを言おうと駆け寄ろうとしていたが人と波に飲まれ見えなくなった。
師範代が一輝に向け上段から打ちかかった。
黒鉄の分家である金ヶ崎家の嫡男である金ヶ崎隼人は目の前の光景が信じられなかった。本家の落ちこぼれである黒鉄一輝が師範代相手に互角に、いやそれどころか優勢に試合を進めていた。模擬戦と言えど異能の使用を認められているので殆ど実践同様である。
隼人にとって一輝は滓程しかない魔力しか持たず魔導騎士としては失格であった。数年前隼人もよく彼の事を叩きのめしたことがあるのでそれは明らかである。
不可解なのは師範代が時折見えない手ではたかれたように吹き飛ばされることであった。
(…まただ)
師範代の防御が不可視の力で崩され一輝が一撃を浴びせる。そして何よりも恐ろしいのは一輝自身であった。一言でいうと禍々しいのである、一撃一撃を加えるごとにその威力は増しているように感じられた。
「ぐっ!」
フォースの不可視の砲弾が師範代の固有霊装の防御を崩しそこを『陰鉄』で打ち苦悶の声を上げさせる。
相手から困惑と恐怖が生まれ、一輝のフォースを強める。一輝の斬撃は降るごとに鋭さと威力を増して行った。その一撃がとうとう頭を打ち師範代が崩れ落ちた。
勝負はついた。一輝もそこで終わらすつもりであった。しかし臓腑の奥から湧いてきた黒い感情がその自制を押し潰した。
フォースで相手の首を拘束し、その力をじわじわと強めていく。
「グぁ……ッア」
窒息する直前で拘束を解き地面に叩きつけると『隕鉄』を頭に叩きつけた。無意識のうちに頭を庇うべく手で防御するがそれをフォースで引きはがし『隕鉄』で何度も打ち据える。
本来ならばこの時点で制止が入るべきであるが誰もがその場の異常な空気に呑まれていた。
「……」
一輝の眼の前に師範代が転がっている。だがその様子は尋常でなく痙攣を繰り返している。相手にダメージを与えない幻想形態の攻撃であるにも関わらずであった。
周りの恐怖、驚愕の表情と裏腹に一輝の表情は晴れやかであり笑みを浮かべている。
「何事だ!」
一輝の父である厳の声が人垣の向こうから聞こえる。
「父さん、やりました!」
一輝が人垣を抜けてきた厳に向けて笑顔で言った。
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次話は早くて今日中遅くても明日には投稿できると思います。今から急いで残りを書いてしまいます。