始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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悪意のルール変更

 昨夜の出来事から一夜明けた翌日。

 拠点である民家に戻ったブラックは、冬木市中に蔓延っているキャスターの使い魔と交戦している間に起きていた出来事を、各陣営をサーチャーを使って監視していた雁夜から聞いていた。

 ランサー陣営の拠点だった『冬木ハイアット・ホテル』が崩壊したのは予想通りだったが、もう一つの情報は見逃せなかった。

 

「・・・キャスターがセイバーを『ジャンヌ・ダルク』とか言う女だと思い込んで、何かを行なおうとしているだと?」

 

「あぁ、間違いない。俺も信じられないが・・・正気を失っているキャスターは、セイバーをフランスの英雄『聖処女ジャンヌ・ダルク』だと思い込んでるみたいだ」

 

「だとすれば・・・厄介な事になるかもしれん・・・(道理で昨日の夜に動いていたキャスターの使い魔どもが多かった訳だ・・あの狂人が目的を定めたとすれば、何を引き起こすか分からんぞ)」

 

 生前の経験でブラックは狂人と言う存在を嫌と言うほどに理解している。

 明確な目的を持たずに動く狂人も厄介なのだが、それ以上に目的を持った狂人は危険度が増す。何せ理性ある者ならば認識出来る事を狂人は認識する事が出来ず、自分なりの考えで実行してしまう。その場合に犠牲になる者達の数は確実に倍増では足りないほどに出てしまう。

 『聖杯戦争』のルールも理解せずに凶行を行なっているキャスターとそのマスターが目的を持って行動すれば、先ず間違いなく表に出るほどの出来事が起きる。

 

「バーサーカー。俺もこれ以上キャスターを放置するのは危険だと思っている。既に犠牲者が数十人単位で出ているだけじゃなく、その殆どが小学生ぐらいの子が中心だ。桜ちゃんの安全の為にも奴を見つけたら俺の事を無視して本気で戦ってくれ」

 

「・・・・・昨夜行った『魂食い』によって『宝具』を使わなければ、一度だけ本来の姿で戦闘ができるぐらいにはなった。貴様へのダメージも余り無いだろう・・・だが、問題は他の陣営だ。今のところキャスターがどういう奴なのか知っているのは直接会ったセイバー・・そしてセイバーを監視していたアサシンだ」

 

「と言う事は、キャスターの凶行はアサシンを通じて教会に。教会を通じて時臣の奴に伝わっている可能性が在るのか・・・・幾ら何でも裏の出来事が知られる危険性を隠匿が仕事の教会が見過ごすとは思えないが・・・今回の監督役は時臣と通じている・・・もしかしたら時臣の奴にとって有利な状況を作るかも知れないって訳だな?」

 

「そう言う事だ。遠坂時臣とか言う男はこの地の管理者だったな・・・ならば、キャスターの凶行を何よりも優先して排除しなければならんはずだが」

 

「アイツがそんな殊勝な人間とは思えないぞ。『聖杯戦争』に勝ち残る為に利用する可能性が高い・・・『間桐』を詳しく調べずに実の娘を養子に出したぐらいだ・・・・一般の子供達がどれだけ死んでも、自分の利益を優先するかも知れない・・・魔術師って奴は自分の利益を第一に優先するからな」

 

 雁夜はそう吐き捨て、ブラックも生前に今居る世界に来た時の事を思い出したのか、不愉快そうに顔を顰める。

 

(そう言えば、この世界はそう言う世界だったな。会う奴、会う奴が俺を利用しようとして来て不愉快にさせてくれた)

 

 そうブラックが考えていると、突然にドン、と言う遠く速い破裂音が耳朶に響いた。

 雁夜もその音を聞いたのか、破裂音が響いた方向に顔を向け、ブラックに声を掛ける。

 

「・・・今のは多分教会からの合図だ。もしかして」

 

「・・・その可能性が高いだろうな・・・・・何処までもこの世界の裏の連中は、俺を不愉快にさせてくれるようだ」

 

 雁夜とブラックはそう言い合いながら、言峰教会が在る方向を射殺さんばかりに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 言峰教会信徒席。

 本来ならば清廉な空気が漂う場所で在るべき場所は、昼間で在りながらも陰湿な空気に満ち溢れ、暗がりからは妖気を感じるような場所になっていた。それは仕方が無い事だった。

 今言峰教会には裏の魔術と言う力を振るう魔術師達の使い魔が複数訪れている。そうなるように信号を送って招集を行なった言峰璃正は、思いの他集まりが良い事に内心で皮肉な心持ちだった。緊急の知らせの信号を使ってマスターの招集を璃正は実行し、教会には『聖杯戦争』に参加しているマスターの使い魔が“四体”やって来ていた。

 

(フム・・・脱落していると思わせている綺礼を除き、時臣君の使い魔を合わせても一体数が足りないな・・・現状で考えられる可能性が高いのは、昨夜のホテル爆破の件で行方不明になっている『ロード・エルメロイ』だが・・・・・まぁ、構わん。生き残っているとしても、既にランサーの真名と手札は倉庫街の戦いを偵察していたアサシンによって判明している。招集の内容を知る事が出来なくなるが、気にすることは在るまい)

 

 中立である筈の監督役とは思えない思考だが、璃正は自分の思考に疑問を持つ事無く、信徒席の暗がりに潜んでいる使い魔達に語り掛ける。

 

「礼に叶った挨拶を交わそうと言う御仁は一人も居ないようなので、単刀直入に此度の招集の用件に入らせて頂く。諸君らが悲願へと至る道であるところの『聖杯戦争』が、今重大な危機に見舞われている」

 

 厳かに璃正はキャスターとそのマスターが、冬木市内で行なっている行為について語って行く。

 キャスターのマスターの正体が昨今の連続殺人犯と連続児童誘拐事件の犯人である事。それらを召喚したサーヴァントと共に行ない、痕跡を平然と放置している事に関しても説明した。事前に説明を聞いていた時臣以外は確実に動揺しただろうと璃正は内心で思う。

 裏に関わることに関しては必ず隠蔽処置を行なわなければならない。それを処置して居ないと言うことは、裏の事が表に漏れてしまう事に繋がるのだから。

 

「更にキャスターの所業は我々監督役の任を負っている聖堂教会にまで影響を及ぼしている。諸君らも気が付いているだろうが、昨夜の倉庫街での隠蔽が不十分だった事に関してだが・・・何者かの手によって隠蔽を行なっていた教会のスタッフが行方不明になった。もはやキャスターとそのマスターは『聖杯戦争』の継続を妨げる障害でしかない。よって私は、非常時における監督権限を発動し、『聖杯戦争』における暫定的なルール変更を設定する」

 

 厳かに宣言すると共に璃正は、自らの右腕のカソック服を捲り上げて、右腕の肌を信徒席に潜んでいる使い魔達に晒す。

 晒された腕は老いて肉が落ちているが、それでも鍛え抜かれた下腕があり、その腕にはびっしりと刺青のような文様が刻まれていた。その文様は『聖杯戦争』に参加しているマスターには慣れ親しんだ『令呪』だった。

 

「これは過去の『聖杯戦争』を通じて教会が回収し、今回の監督役たる私に託されたものだ。私はこれらの予備令呪を、私個人の判断によって任意に相手に委譲する権限が与えられている。『聖杯戦争』に参加している諸君らにとってこれらがどれだけ重要な物かは理解出来るだろう」

 

 その宣言に対して信徒席に潜んでいる使い魔達は沈黙を保ったままだが、璃正は既に聴衆達の傾聴ぶりを手応えとして感じ取っていた。

 

「全てのマスターは直ちに互いの戦闘行動を中断して、各々、キャスターの殲滅に尽力せよ。そして、見事キャスターとそのマスターを討ち取った者には、特別処置として追加の令呪を寄贈する。もし単独で成し遂げたのならば達成者に一つ。また他者と共闘しての成果ならば、事に当たった全員に一つずつ。我が腕に刻まれている令呪を寄贈する」

 

 そう璃正は告げるが、内心では共闘など在りえないと考えていた。

 『聖杯戦争』とはそもそも互いを倒して最後の一組になり、『聖杯』を手に入れる戦い。更に言えば魔術師とは自らの利益を優先する。誰も好き好んで何れ敵対するであろう相手に、令呪と言う切り札を渡すわけが無い。結局目的が『聖杯』から令呪に変わるだけで、互いの蹴落としては継続される。

 そうなれば、当然ながら自らの手の内を自ずと晒すことになる。それらを潜んでいるアサシンを利用して集め上げ、今後の戦いを有利に運ばせる事が璃正と、そして裏で手を組んでいる時臣の計画だった。

 既にアサシンの手によってキャスターの真名も、マスターの顔も、キャスターの工房の大まかな位置さえ判明している。アサシンを使えばキャスターの凶行を止めるのも、その気になれば璃正達は出来る。だが、折角秘匿しているアサシンを露見する気は無く、むしろ今後の戦いを優位に進める為に璃正達は逆に現状を利用する事にしたのだ。

 アサシンさえ居ればタイミングよく、他の陣営に襲われて疲弊しているキャスターを見つけるのも簡単なので、最後はアーチャーに片付けさせて時臣に璃正が令呪を寄贈すると言う計画だった。流石に幾ら手を結んでいても令呪の寄贈までは出来なかったが、旨くキャスターの件を利用して令呪を時臣に寄贈出来ると内心で喜びながら宣言する。

 

「キャスターの消滅が確認され次第に、改めて『聖杯戦争』を従来通りに再開する。各々、自分達の悲願の為に『聖杯戦争』の継続の為に動きたまえ」

 

 信徒席の暗がりから走る音や、羽ばたきの音、ずるずると床を這うような音が響きが、密やかに信徒席から消えて行った。

 これでお膳立ては全て終わったと璃正は内心で自らの行いに満足さに満ち溢れながら奥へと戻って行く。自分達の行いが、暴竜の逆鱗に完全に触れてしまった事を理解せずに。

 

 

 

 

 

「クククククッ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!・・・・・此処まで俺を不愉快にさせてくれるとはな!!!必ず後悔させてやるぞ!!」

 

 教会での出来事を使い魔を通して見聞きしていた雁夜からの情報に、ブラックは嫌悪感と怒りに満ち溢れた顔をしながら笑っていた。

 ブラックは自らの意思を持って戦場に訪れた者には容赦はしないが、逆に無関係な一般人を巻き込むのを絶対に赦す気は無い。だからこそ、キャスターの凶行を止める為に自らの魔力を削って連日連夜動いていたのだ。だが、今回の璃正の行動によって今までのように動く事は出来なくなった。

 何故ならば他の陣営と言う邪魔が入る可能性が出てきてしまった。元凶であるキャスターを消滅させない限り、冬木での凶行は続く。そしてブラックはその千載一遇の機会に関する情報を得ていた。

 

(あの男のルール変更の宣言が無ければセイバーを見張り、ノコノコやって来たキャスターを消滅させる好機を得られたというのに!!この宣言のせいで余計な邪魔が入る!)

 

 昨夜の件でセイバーの本来のマスターが、事前に得ていた情報に記されていた衛宮切嗣の可能性が高いとブラックは悟っていた。

 ランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、拠点として『冬木ハイアット・ホテル』を爆破された件から考えてその可能性は尚更に高まった。そんな手段を選ばずに戦争を街中で本格的にやる男が、今回の監督役のルール変更に素直に従う筈が無い。

 寧ろ今回の件に惹かれて動き出したマスターを裏から暗殺しようと動く可能性が高いのだ。

 

(俺の事は間違いなく警戒されている・・・敵の陣地内でキャスターと戦い、疲弊したところをセイバーに襲われれば流石に不味い。いや、他の陣営も連中が常に『聖杯戦争』に参加している時にアジトとして使用している郊外の森を見逃すとは思えん・・・・下手をすれば一気に複数の陣営が来るぞ)

 

 そうなれば現状ではブラックにとって最悪に近い。

 キャスターだけを相手にするならば、『宝具』さえ使用しなければ一回だけ充分に戦闘は可能だった。だが、続けての戦闘など不可能に近い。警戒されている可能性が高く、手段を選ばない人間である衛宮切嗣は確実に疲弊したところをセイバーに狙わせる。

 セイバー本人の意思さえも無視する『令呪』と言う手段を使用してでも、千載一遇の機会を見逃すとは思えないのだ。ハッキリ言えば言峰璃正が行なったルール変更は、ブラックと冬木市の住民にとって最悪な手でしかない。『令呪』を廻って互いの足の引っ張り合いも始まり、結果的に冬木市で行なわれている凶行の被害者は増えて行くだろう。

 

「・・・・・とんだ監督役も居た者だ。今回のルール変更は犠牲者を増やすだけでしかない最悪の手だ」

 

「同感だ。俺はこの件には確実に時臣も関わっていると思う。アイツのサーヴァントのクラスはアーチャーだ。倉庫街での戦いでの事を思えば、キャスターを遠距離から討ち取るなんて簡単だろう。クソッ!時臣の奴!犠牲者になっている子供達の中には凛ちゃんが通っている学校の子も居るんだぞ!!なのに、アイツはッ!」

 

 憤るように雁夜は叫んだ。

 教会と繋がっている時臣は、当然ながら元々キャスターを追っていたブラック達を除いたどの陣営よりもキャスターの所業に関して知っている筈なのだ。キャスターの戦術をブラックと雁夜は知っているので、キャスターの天敵はアーチャーだと理解している。アサシンからの情報とアーチャーと言う凄まじい殲滅能力を持ったサーヴァントが居るのだから、キャスターの凶行を止めるのは簡単だった。

 だが、時臣は動く事無く、キャスターを利用して他の陣営の情報を集めると言う戦略を取って来た。

 

「何が冬木の管理者だ!!裏での犠牲者が次々に出ているのアイツは!!!」

 

「・・・・あの人にそんな事を期待しても・・・無駄だよ・・雁夜おじさん」

 

「ッ!?・・さ、桜ちゃん」

 

 聞こえて来た声に雁夜が目を向けてみると、まるで幽霊のようにドアの隙間から顔を覗かせている桜の姿が在った。

 桜はドアをゆっくりと開けると共に部屋の中に入って来て、サーチャーを操作して映像を見る為の機械が置かれている場所に歩いて行く。そんな桜を心配して雁夜は声を掛けようとするが、ブラックが雁夜の肩を掴んで押し止める。

 

ーーーガシッ!

 

(止めておけ・・今の小娘にとって遠坂時臣という実の父親は誰よりも嫌っている相手だ。そんな奴の話を聞くだけで不愉快になるぞ)

 

(・・・そ、それはそうだが)

 

 レイラインを通して告げられたブラックの言葉に、雁夜は納得しながらも暗い雰囲気を纏ったままの桜を心配そうに見つめる。

 

(良いか。暫らくはあの小娘の前で遠坂の家族の事は何も言うな)

 

(ちょっと待て、葵さんと凛ちゃんの事もか?)

 

(そうだ・・・貴様は遠坂時臣だけが元凶だと考えているようだが、あの小娘からすれば以前の家族全員が信用も出来ない連中になっている)

 

(何だって!?おい、待て!葵さんと凛ちゃんは桜ちゃんが居なくなって悲しんで居たんだぞ!?何で桜ちゃんが二人まで…)

 

(それは貴様主観の話だ)

 

(ッ!?)

 

(良いか?お前は確かにその二人が悲しんでいるの見ただろう。だが、小娘は違う。小娘からすれば自分の為だと言って地獄に送るのを納得した連中でしかない。俺が小娘に地獄を与えていた蟲を殺したことによって、改めて自分の現状を理解して来ている。だから、貴様には出来るだけ傍に居るようにしていたんだ)

 

 何処の世界に自分を地獄に送った家族を赦す子供が居る。

 言うなれば桜は魔術と言う力に対する理解も認識もする事無く、裏の世界の闇に無理やり叩き込まれたのだ。もはや桜には何が在っても戻らないものまで体に刻まれてしまっている。臓硯の教育と言う拷問が完全に終えていれば、桜はこれが自分の運命なのだと受け入れていただろう。

 だが、ブラックが臓硯を殺したことによって桜は自分を地獄に送った遠坂家全体に対して不の感情を抱いてしまっている。

 

(今のまま貴様の言う葵という女と凛と言う小娘のところに戻したとしても、人間不信に陥っている小娘が受け入れる事はない。先ず間違いなく関係修復は不可能。無理やり預けたとしても・・・最悪の場合は家から着の身着のままに出るぞ)

 

(なっ!?・・・・・・だったら、お前が教えた手段はどうなんだ?)

 

(アレも一つの手段だから教えただけだ。俺としてもあの手段は出来るだけ使用したくは無い。言うなればアレは、今の小娘が気に入らないから前の小娘に戻す手段だからな・・・だからこそ、貴様も悩んでいるのだろう?)

 

(・・・あぁ、そうだ)

 

 ブラックの告げた方法に雁夜が踏み切れない原因は、今の桜を殺す事に繋がってしまうからだった。

 今の桜を否定して嘗ての桜を戻す手段に雁夜は踏み切る事が出来なかった。しかし、このままでは桜が嘗てのように葵と凛と暮らすのは難しい。

 自分は『聖杯戦争』を生き残ったとしても長く生きられない事を理解している雁夜は、一体どうすれば良いのかとサーチャーから送られて来る冬木市内の映像をジッと見ている桜を悩むような顔をしながら見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 冬木市内から外れた場所に建つ廃工場。

 人の気配が全く感じられず、もはや動く事無い機械装置と寂れた雰囲気と冷たい風が吹くその場所に潜む者達が居た。

 

「ソラウ!此れはチャンスだ!」

 

 『冬木ハイアット・ホテル』の倒壊の出来事から行方知れずとなってケイネスは、教会に送った“隠密能力”に秀だたせた使い魔から得られた情報に喜びの声を上げた。

 ホテル爆破の倒壊から辛くも逃れる事が出来たケイネスは、婚約者のソラウとサーヴァントであるランサーを連れて街外れの廃工場に身を隠していたのだ。最も拠点を失った事でイギリスから持ち込んだ魔導器は、ケイネスの『礼装』とソラウが用意していた治療の魔術具以外は全て失われている。

 それでもケイネスは態々自分達を襲った相手に生存を知らせるような行動をする必要は無いと言うソラウの考えに同意して、サーヴァントで無ければ気がつけないほどに隠密能力に特化した使い魔を用意して教会でのやり取りを一部始終見聞きしていた。

 

「キャスターの狼藉は確かに見過ごす事は出来ん。それに『令呪』と言う報酬まで得られるので在れば、早急にキャスターを討ち取るべきだと思わないかね、ソラウ?」

 

 腕組しながら機械装置に腰掛けて話を聞いていたソラウに、ケイネスは喜びに満ちた顔をしながら語り掛けた。

 これで倉庫街での『令呪』の軽はずみな消費に関する件に対する汚名が返上出来ると、ケイネスは考えながら険しい顔をしているソラウを見つめていると、ソラウは僅かに溜め息を吐く。

 

「・・・ケイネス・・・今の私達の現状を分かっているの?確かに『令呪』の報酬は魅力的だけれど・・・それ以前に私達は拠点を失ってしまったのよ?殆どの魔導器と、『聖杯戦争』に向けて事前に準備していた物を全てね」

 

「そ、それは!?」

 

 冷徹なソラウの指摘にケイネスは改めて自分達の現状を思い出した。

 確かに『令呪』と言う報酬は魅力的だとソラウも理解出来る。自分達の現状が万全ならば、他の陣営に先んじて手に入れるために動く事をソラウも同意していただろう。だが、何者かの手によってソラウ達は『聖杯戦争』の準備の殆どを失ってしまった。

 長期的に考えれば、今の自分達はどの陣営よりも危険だとソラウは冷静に判断している。

 

「確かに『令呪』の報酬は魅力的だけれど、今はそれよりも私達の現状を良くする方に動くべきだわ」

 

「しかし、ソラウ!?他の陣営に『令呪』が渡るのを見過ごす事は…」

 

「いいえ、ケイネス・・・冷静に考えて見なさい。昨日私達の拠点を襲った相手は手段を選ばない相手なのよ。魔術師なら絶対に行なわないような現代の道具を用いた爆破なんて事も実行して来る相手が、今回の教会のルール変更を見過ごすと思える?」

 

「ムッ!・・・・確かに君の言うとおり、昨夜の卑劣極まりない手段を実行した相手ならば、今回の件を利用するやも知れん」

 

 ソラウの指摘にケイネスは同意を示した。

 ホテル爆破なんて一般から考えても危険過ぎる行為を実行して来た相手が『聖杯戦争』に参加している事に、ただでさえ高かったソラウの警戒心は更にはね上がっていた。手段を選ばないような相手ならば、ケイネスやランサーと離れている間に自身を誘拐しようとするかもしれないとソラウは考えている。

 

(ハァ~・・・やっぱり、『聖杯戦争』になんて参加するんじゃ無かったわ。まさか、此処まで手段を選ばないような相手が居るなんて・・・しかも私達は拠点も失ってしまった・・・本当に不味いわ。この場所だって安全とは言い難いし)

 

 『聖杯戦争』が本格的に始まってから一夜と経たずに、自分達が追い込まれた事をソラウは悟っていた。

 万全に戦う為にイギリスから持ち込んだ魔導器の数々は失われ、一気に戦略の見直しを行なうまでに追い込まれてしまった。予想以上に不味過ぎる自分達の現状にソラウは溜め息を吐く事しか出来ない。

 その様子に気がついたケイネスは、ソラウを少しでも安心させようと傍に近寄る。

 

「とにかく、ソラウ。先ずは新たな拠点を手に入れることから始めることにしよう。卑劣極まる手段を用いた輩への報復とキャスターの討伐はその後に行なうことにしよう。無論情報を集める為に使い魔を複数放っておくことにするがね」

 

「・・・そうして頂戴。流石にキャスターも今夜すぐに倒されるとは考え難いわ。今の私達は僅かなミスが命取りなんだから期待しているわよ、ケイネス」

 

「(このような顔でソラウが私に期待を!?)・・・・勿論だともソラウ。君の期待に必ず応えてみせよう。この『ロード・エルメロイ』の名に誓って」

 

 縋るようなソラウの表情に、ケイネスは意欲は満ち溢れた声で宣言した。

 ケイネスにとってソラウは何者にも代え難い女性。魔術師の家同士での婚約としてではなく、ケイネスの心は一目見た時からソラウの虜だった。『聖杯戦争』にソラウを連れて来たのも自らが開発した秘術の為だけでなく、自分に好意の感情を向けてくれないソラウに自らを見直させようと言う感情も在った。

 だが、既にケイネスは“三度”もミスを犯してしまった。『倉庫街で無意味に令呪を使用し』。『ホテルでの敵の策謀に嵌まって、危うく瓦礫の仲間になり掛けた』。そして今の『自分達の状況を把握せずに目先の令呪に惹かれてしまった』事の三つ。

 これ以上ミスを重ねれば、愛想をつかれてしまうかもしれないと危機感をケイネスは感じながら、憔悴しているソラウを用意した簡易ベットが在る部屋で休むように伝えて、自身は周囲の見張りを行なっているランサーの下へと向かう。

 

「ランサー」

 

「これは、ケイネス様・・・・ご指示の通り周囲一帯を現在も監視しておりますが、何者かが接近してくる様子もありません。此処に辿り着く時も追っ手の気配は感じませんでした」

 

「そうか・・・ならば、我々がこうして生き延びているのを把握している者は少ないといったところか」

 

 膝を着きながらランサーが行なった報告に、ケイネスは頷きながら答えた。

 

「だが、ランサーよ。確実に我々の・・いや、正確にはお前の生存を知っている陣営が一つ在る」

 

「・・・・セイバーの陣営ですね?」

 

「その通りだ。セイバーの左手の傷は貴様の呪いの魔槍によって付けられた傷。あの陣営こそが我々を早急に潰したいだろうからな」

 

「・・・では、やはり昨夜の襲撃の下手人は?」

 

「先ず間違いなく、セイバーの陣営、『アインツベルン』だ」

 

 信じたくないと言うような顔をしているランサーに、ケイネスは苦虫を噛み潰したような顔をしながら宣言した。

 ケイネスからすれば、魔術師の神聖な戦いの場に、科学や兵器等の全く魔術と関係の無い魔術師が侮蔑する近代兵器が持ち込まれたことすら赦し難いにも関わらず、名家として知られる『アインツベルン』がそれを持ち込んで来た事は尚更に赦せなかった。しかし、状況から考えて『アインツベルン』以外の陣営しかケイネスには襲撃犯は予想出来なかった。

 ホテル爆破など行なう為には、兵器の類に関して門外漢のケイネスでも相当の費用が掛かるのは理解出来る。その時点で『ライダー』の陣営は候補から外れ、魔術師として名を馳せている遠坂も候補から消える。『アサシン』は脱落していると思っているので、残る『キャスター』と『バーサーカー』にしても、平然と凶行を行なうような『キャスター』が爆破解体など出来る理性が在る訳無いとケイネスは考えている。港場で見たブラックの行動から考えれば、ホテルを爆破するより前に倉庫街でランサーを討ち取れるチャンスが在ったにも関わらず、そのチャンスを見逃した事からホテル爆破を行なう理由が無い。

 

「消去法から考えて、どう考えても我々を早急に消し去りたいと考える陣営はセイバーの陣営である『アインツベルン』以外に無い。寧ろ他の陣営からすれば、セイバーの弱体化を担っている我々は生存して貰いたいだろう。つまり、倉庫街でバーサーカーが去り際に告げていた『潜んでいる人間』の主もアインツベルンと言う事だ・・・これがどういう事だか分かるか、ランサー?」

 

「・・・セイバーとそのマスターと思わしき女性は囮だったと言う事でしょうか、主よ?」

 

「その通りだ・・・私も認めたくは無いが、アインツベルンは手段を選ばずに今回の『聖杯戦争』を勝利するつもりなのだろう。ランサー、お前はセイバーと尋常な勝負を着けたかったようだが、あちらはそのつもりは無いようだ」

 

「クッ!」

 

 好敵手と認めていたセイバーの背後に居る者の考えに、ランサーは苦汁に満ちた顔をした。

 セイバー本人が加担しているのかは分からないが、少なくとも背後に居る者はどんな手段を使っても勝利すると言う考えの持ち主なのだとランサーも昨夜の件で理解せざる得なかった。

 それだけで自身が望むようなセイバーとの尋常な決着は不可能に近いとランサーは悟り、ケイネスは双眸に冷酷さと怒りを宿しながら告げる。

 

「・・・そのような陣営には早急にご退場願いたいが、今の我々の状況ではソレもままならない。生前に経験したお前ならばだれよりも理解しているな?」

 

「・・・ハッ・・・主に意見するのは不遜かも知れませんが・・この場所は潜むには充分ですが、戦うには不向きです。隠れる場所が多いと言う事は、それだけ訪れた相手にも潜む場が多いと言う事ですので」

 

「・・・ならば、この場所は早急に引き払い、新たな拠点を見つけるとしよう。幸いにも一箇所一時的な拠点として使える場所に心当たりがある。昼過ぎには此処を出るぞ。それまでは周囲の警戒を続けておけ」

 

「ハッ!」

 

 ケイネスの指示にランサーは頷き、そのまま立ち上がると共に与えられた任務をこなそうとする。

 だが、ランサーが立ち去る前にケイネスがランサーの背に向かって言葉を告げる。

 

「ランサー・・・今後の戦いに関する事は貴様も意見を告げよ・・・正直貴様には信用出来ん面が在るが、もはやそのような事を言っていられる情勢ではない」

 

「主ッ!?」

 

「・・先に言っておくが、此れはソラウの為でもある。手段を選ばぬ輩ならば、彼女を人質に取ると言う手段も在りえる。無論そのような事は絶対にさせんが、セイバーを用いて来られれば其処までだ。故に今後はお前の意見も聞かせて貰う」

 

「・・・・勿体なきお言葉です・・・主とソラウ様は必ず御守りいたします!我が槍に誓って!」

 

 今生の主君と認めたケイネスから頼られたランサーは、表情を輝かせながら誓いの言葉を告げた。

 ランサーの表情にケイネスは驚きながらも、此れで少しは自身のミスを犯す可能性は減るだろうと考えながら、ランサーと分かれて工場の奥へと向かって行く。ランサーもケイネスの言葉に戦意を滾らせながら、見回りへと戻る。

 

 その様子の一部始終を使い魔を通してベットの在る部屋で見ていたソラウは、自身の思惑通りに事が進んだ事が喜んでいた。

 

(旨く言ったわね。これでランサーとケイネスの間に在った不信が減ったわ)

 

 昨夜の件でケイネスは叱ったり、注意しても受け入れない事をソラウは悟り、逆に褒めたり、縋ったりする方向でケイネスの動きを良くする策に変更する事にしていた。

 ケイネスがランサーに不信を抱いている一番の理由は、ランサーの生前の行動に在る。『ランサーのサーヴァント・ディルムッド・オディナの伝承』は、主から婚約者を奪った逃亡劇が主になっている。だからこそ、自らの婚約者であるソラウが奪われるのではないかと、ケイネスの不信を抱いている。ソラウからすれば、だったら最初から自分を加える形でディルムッドを召喚するなと叫びたいところなのだが、もはや時既に遅い。

 その上、ランサーの召喚に応じた理由もケイネスには納得が行かない形だったので、尚更に不信感は募ってしまった。故にソラウは先ず自身の陣営で行なうべきなのは、僅かでも陣営内に在る不信感を減らす方策だと考えて実行に移した。

 

(此処までやればケイネスは迂闊な行動を減らすはず。もしもの時は私が注意をして止めれば良い・・・とは言っても、ホテル爆破の下手人は危険人物だわ・・・・何とかその人物に関する情報を得ないと・・・・休んだ後にケイネスに提案して見ましょう・・・・必ず生き残って見せる)

 

 そうソラウは心に深く誓い、用意された簡易ベットに上に横になって、体力と精神の回復を行なう為に眠りにつくのだった。


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