始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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今回の話では原作でも前作でも大きく変わるキャラが一人居ます。

もしもこの人物がまともなままだったら大きく話は変わっていたと思うので、キャラを変更してみました。
詳細に関してはあとがきに書いてあります。


夜の惨劇

 教会地下室の中で倉庫街に居たアサシンとの知覚共有を断ち切った綺礼は無表情ながらも、内心では多少満足した気持ちを抱いていた。

 公式では第二戦とされる倉庫街の戦いで初戦でありながらも三体ものサーヴァントの真名が判明し、ステータスも読み取る事が出来たのだから。唯一最後に現れたバーサーカーのサーヴァントであるブラックの『宝具』と思われる力だけは脅威だが、綺礼からブラックのステータスを聞いた時臣はアーチャーが本気を出せば脅威にならないと判断している。現在状況は正しく時臣が願ったとおり。綺礼との通信を終えた時も満足そうにしていた。

 しかし、綺礼は時臣とは別の事で僅かに興奮を覚えていた。自らの目的の人物である衛宮切嗣が倉庫街の何処かに潜んでいたのだから。

 

(師の考えではセイバーと共に居た女性がマスターらしいが・・・最後にバーサーカーが告げた言葉でソレは誤りの可能性が増えた・・・衛宮切嗣が資料どおりの人間ならば、セイバーといる女性は恐らくは囮だろう)

 

 当初は時臣の考えに納得して落胆の気持ちを抱いていた綺礼だが、ブラックの言葉でソレが誤りの可能性が増えた事に落胆の気持ちは消えていた。

 しかし、ソレを時臣には伝えていなかった。何時の間にか横に居て聖堂教会のスタッフに指示を出している璃正にもブラックがランサーのマスターに告げた言葉は隠してある。自分達を混乱させる為の策であることを考慮し綺礼はブラックの言葉を二人には教えなかった。少なくとも綺礼自身はそう考えている。

 そしてもう一つ綺礼は今夜の戦いで気がかりになった事が在った。倉庫街に現れてランサー、セイバー、そしてアーチャーの陣営から何かしらの戦果を得たブラックの事である。

 

(あのバーサーカー・・・直接師は見ていないが故に甘く見ているようだが、恐ろしい戦術と戦略を持っている。明らかにステータスが上のセイバーを追い込んだだけではなく、ランサーの介入を考えていたのだろう。そしてランサーがマスターと考え方の違いを持っている事も踏まえて動いていたとすれば・・・アーチャーを除いたあの場に居たどのサーヴァントよりも危険かも知れん)

 

 代行者として経験から綺礼はブラックの危険性を理解していた。

 時臣は通信機を通して綺礼から状況の報告を聞いただけなので、倉庫街の戦いを直接見た訳で無い為ブラックの危険性を軽視している。それは時臣が綺礼と同じようにサーヴァントとの知覚共有が出来ないからだ。その原因は時臣のサーヴァントであるアーチャーに在る。唯我独尊を絵に描いたようなアーチャーは、マスターとの五感共有さえも赦さないのだ。

 つまらない事でアーチャーとの関係を壊したくない時臣は、仕方なく五感共有を諦めた。そのせいでブラックの脅威度を時臣は軽視してしまった。その点を綺礼が補足すれば良いのだが、綺礼自身もブラックに思うところがあった。

 

(・・・どうにもあのサーヴァントの存在が気がかりだ)

 

 アサシンを通してブラックの姿を目にしてからと言うもの、綺礼は心の底で自身の何かが疼くの感じていた。

 それがブラックの存在に対する危険性なのかは綺礼にも分からなかったが、とにかくブラックの存在を見逃せなかった。事務的に時臣には逐一情報を伝えていたが、アーチャーとの戦いの後も綺礼はブラックの戦いぶりを見過ごせなかった。

 

(もしや衛宮切嗣同様に私に何かを齎す可能性があるのやも知れん・・・だが、衛宮切嗣ほどに確証は持てん・・・やはり先ずは衛宮切嗣を見つけなければ)

 

 そう綺礼は僅かに意欲を燃やしながら考えていると、綺礼の傍らに音も無く黒い影が参じる。

 

「綺礼様。恐れながらご報告があります」

 

「何だ?」

 

「はい、教会の外を監視するように潜んでいる蝙蝠の使い魔がおります。結界の外ではありますが、明らかに監視の意図で放たれたモノと思います。そして・・・最も気になるのは蝙蝠の腹の辺りに金属らしき物がついて居る事です。恐らくは例の人物に繋がるモノだと思われます」

 

「そうか・・・よく発見したぞ、アサシン」

 

 無表情ながらも僅かに歓喜が浮かんでいる瞳をしながら、綺礼はアサシンに労いの言葉を掛けた。

 綺礼は事前に教会の周りに監視の目が在っても手を出さないように、教会の護りを担っている女性のアサシンに命じていた。既に切嗣が教会を疑っている可能性がある以上、余り目立つような行動は危険だと判断しての事。

 万が一他の陣営にアサシンの生存が明らかになってしまえば、今後の行動が遣り難くなる事を綺礼は理解しているので、アサシンには教会を監視する目が在っても報告する程度に止めさせていた。

 

「(此れで衛宮切嗣と思われる者が教会に疑いを持っているのが確証された。ならば、焦る事無く追い詰めて行けば良い。そして今日の出来事を考えれば、衛宮切嗣が早急に狙う可能性が高い陣営は一つだ)・・・・アサシン、ランサーのマスターのアジトは捕捉しているな?」

 

「はい・・ご指示の通り、二名ほど張り付いて居ます」

 

「例の衛宮切嗣を捜索していた者達もランサーのマスターのアジトに向かわせろ。今夜辺りに衛宮切嗣は動くだろう。セイバーの左腕を取り戻すためにな」

 

 今夜の戦いで一番ダメージを受けたのは紛れも無くセイバー。

 ブラックに負わされた傷は治癒魔術で治療出来るが、ランサーに『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』で負わされた傷はランサー自身を倒すか、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が消失するかのどちらかしかない。

 セイバーよりもステータスの低いブラックに追い込まれる姿を目にしているならば、何としてもセイバーの左腕を取り戻そうとする筈なのだから。故に綺礼はアサシンと言う網を張って目的の人物の捕捉を優先する事にした。

 

(待っていろ、衛宮切嗣。必ずや貴様の尻尾を掴み、私と対話して貰うぞ)

 

 そう綺礼は内心で呟きながら、再び地下室の中でアサシンとの知覚共有を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 サーヴァント達の戦闘によって斬られたコンテナの残骸や、クレーターのように大穴が広がっている倉庫街。

 その場所で動く複数の人影の姿が在った。彼らの正体は璃正の指示に従って動いている聖堂教会のスタッフ達。『聖杯戦争』によって起きた出来事を隠蔽して表には偽りの情報を流すと言う重大な役割を担っている。既に冬木市の各地には倉庫街に集った者達以外にも多数のスタッフが潜んでいる。裏の事実は一切漏らさないように動くのが彼らの役目。

 倉庫街での出来事も始まる前から把握していた彼らは、倉庫街に居た全ての者達が去ると共に姿を現した。現してしまったのだ。

 

「ギャアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!!!!!」

 

『ッ!?』

 

 突然倉庫街の一角から響いた断末魔の悲鳴に、隠蔽の作業を行なっていた他のスタッフ達の目が断末魔が上がった場所に集まる。

 同時にコンテナの残骸の影からロングコートに僅かに返り血らしきものを付けたブラックが、ゆっくりと聖堂教会のスタッフ達の前に姿を現す。

 

「き、貴様は!?バーサーカー!?」

 

「一体何をしている!?我々は聖堂教会のスタッフだぞ!?」

 

「だから、何だ?」

 

「中立である我々に手を出すのは協定違反だ!?」

 

「協定違反か?・・・・・クククククッ、笑わせてくれる。貴様らも参加者だろうが?」

 

「な、何を言っている!?」

 

 ブラックの発言に一人のスタッフが動揺したように声を荒げた。

 他のスタッフ達も僅かに動揺をしながらブラックを見つめる。まさか、自分達の所属している組織が今回の『聖杯戦争』で行なっている重度の協定違反が知られているのでは無いかと思い、一人のスタッフが携帯に手を伸ばそうとするが、手を伸ばす前に閃光が走り、スタッフの腕が空に舞い上がる。

 

「ガアァァァァァァァァァッ!!!」

 

『ッ!!』

 

 何の前触れも無く腕を失ったスタッフは、腕を失った肩辺りを押さえながら悲鳴を上げた。

 その悲鳴に他のスタッフ達の目が集まった瞬間、ブラックが居た位置から最も近い場所のスタッフ二名の目の前に瞬時にブラックは移動し、二名のスタッフが反応する前に頭を掴んで、無言のままコンクリートに叩きつける。

 

ーーードゴォン!

 

「・・・少しは回復したな」

 

「・・・ま、まさか・・『魂食い』を」

 

 足元で赤い花を二つ広げたブラックの存在感が僅かに増した事を感じた一人のスタッフは、体を恐怖に震わせた。

 『聖杯戦争』に於いてサーヴァントが力を得る為に『魂食い』を行なう事は決して奇異の事ではない。だが、ソレは基本的には一般人に行なわれる事。慎重に隠匿さえすれば、無関係な一般人に犠牲者が出ようと裏の関係者からすれば問題が無い事柄。しかし、ブラックは一般人ではなく中立の立場にある聖堂教会の関係者から『魂食い』を実行した。

 それは本来ならば中立の立場に在る聖堂教会の関係者に行なってはならない事柄故に、残っている教会のスタッフは叫ぼうとするが、先んじてブラックが言葉を告げる。

 

「中立だから襲った事は赦されんとでも吠えるつもりか?・・・・下らん。貴様らの上役は既に中立という立場を自分達の行動で捨てた。その時点で貴様らは“参加者の関係者だ”」

 

 その宣言と共にブラックは足を前へと踏み出す。

 教会のスタッフ達は逃げようとするが、サーヴァントであるブラックから逃れる筈も無く、倉庫街に集まった教会のスタッフは一人残らず断末魔の悲鳴を上げながらブラックの糧となった。

 

 そして倉庫街のそこかしこに散らばっている教会のスタッフ達の遺体に背を向けながら、ブラックは雁夜と連絡を取る。

 

(聞こえるか?)

 

(・・・あぁ、聞こえるぞ。倉庫街では良くやってくれた。時臣の奴も『令呪』を使ったようだし、魔力の消費も其処まで多く使用しなかったようだな)

 

(まぁな・・今さっき、倉庫街に集まった教会のスタッフどもから『魂食い』を行なったところだ)

 

(そ、そうか・・・道理でお前に送られている魔力が減った訳だな。それで俺はこれからどうすれば良い?)

 

(そうだな・・・お前はその家の電話からランサー達の拠点だった『冬木ハイアット・ホテル』に連絡して空き部屋を調べろ)

 

(?・・・何でそんな事をするんだ?)

 

(何・・隠蔽さえすれば『魂食い』を行なっても問題は無いのだろう。ならば、こいつらの死を隠蔽してやるまでだ。出来るだけ急げ・・俺の勘が正しければ・・・“今夜中にランサーのマスターは拠点を失う”だろうからな)

 

(ッ!?・・・・わ、分かった。急いで調べる。十分ぐらい待ってくれ)

 

(急げよ)

 

 ブラックがそう告げると共に雁夜との会話が途切れる。

 連絡が来るまでその場に留まるとブラックはコンテナの残骸に腰掛けると共に、倉庫街での戦闘で得られた情報を吟味する。

 

(先ずはセイバーとランサー・・・この二組は恐らくマスターとの関係は余り良好とは言えんようだ。ランサーは意見を無視されて『令呪』で従わされ、セイバーの方は俺のクラスと本来のマスターがこの場に居た事を伝えられた様子が無かった)

 

 倉庫街で自身が戦う中も、ブラックは他のサーヴァントへの最低限ながらも注意は払っていた。

 そして自身がこの場を離れる時に潜んでいる切嗣の存在を知らせた時に反応したのはアイリスフィールだけ。もしもセイバーも切嗣が潜んでいる事を知っていた場合、セイバーにもアイリスフィール同様に何らかの反応があるべき。

 だが、セイバーは全くブラックの言葉に反応する事無く、その前に伝えた“万全”に関する部分だけに反応を示していた。その点だけでセイバーと本来のマスターの関係は良好だとブラックには思えなかった。

 

(逆にライダーとそのマスターの関係は良好とは言い切れんが、悪くは無い関係のようだ・・・ライダーの行動は破天荒過ぎるから先が読めん・・・アーチャーとアサシンに関しては保留だな・・・最もアーチャーも良好とは言えんようだ・・・しかし、やはり今の俺の状態ではどのサーヴァントとも存分に戦う事はできんな・・・何としても俺が存分に戦えるようになる手段を得なければ)

 

 そうブラックは自らが万全に戦える手段を得る事を誓っていると、レイラインを通して雁夜から連絡が届く。

 

(バーサーカー、ホテルの空き部屋が分かったぞ)

 

(よし。これで此方の準備は整ったな・・・後は策どおりに準備を終え次第にキャスターの使い魔どもを潰しに行く。お前はサーチャーを使って各陣営に動きを監視していろ)

 

(了解だ。何か在ったらすぐに知らせる)

 

 雁夜はそう答えると共に、ブラックの指示で調べた冬木ハイアット・ホテルの空き部屋を教え、再び連絡を切った。

 連絡を終えたブラックは倉庫街に散らばっている聖堂教会のスタッフ達の遺体を一箇所に集め出す。

 

(さて、セイバーの本当のマスターがどう動くかだ。資料どおりに確実性を増す為に無関係な犠牲者を出すのならば・・容赦はしない。必ず潰してくれる)

 

 ブラックはそう内心で呟くと共に自らの『宝具』を呼び出し、倉庫街で行なうべき準備を終えると共に倉庫街から今度こそ姿を消して夜の闇の中に消えて行った。

 後に残されたのは聖堂教会のスタッフ達が残した夥しい血の後と、何者かが隠蔽しようとしていた後だけが残された倉庫街の跡地だけだった。

 

 

 

 

 

 冬木ハイアット・ホテル最上階。

 金に物を言わせて借り切った最上階のスイートルームを魔術師の工房に作り変えた主である

『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』は、苛立ちが隠せないと言うように何度も額を指で叩いていた。彼こそが港場でセイバーと戦ったサーヴァントであるランサーのマスター。

 名門の魔術師の家系の出で、魔術師の総本山である『時計塔』において優秀な成績を収め、神童とさえも呼ばれているほどの魔術師。彼は今回の『聖杯戦争』で勝利を収め、『聖杯』を時計塔に持ち帰るつもりだった。しかし、万全で挑んだ筈の初戦での結果はケイネスが望んでいた結果を得る事は出来なかった。

 優勢に戦いを進めながらもセイバーを討ち取る事が出来なかったばかりか、無駄に三回しか使えない『令呪』を一画消費してしまった。

 その事実がケイネスの苛立ちの元凶。苛立ちと鬱屈した気持ちは拠点に戻ってからも晴れることは無く、少しでも晴らそうとするが、そのケイネスの耳に付けっぱなしのテレビから倉庫街での出来事を報道しているレポーターの説明が届く。

 

『今日の未明に起きた倉庫街での爆破事件ですか、どうやら何らかの武装勢力らしき者が関わっている事が判明しております。現場には夥しいほどの血と破壊の跡が残されて居るだけではなく・・・失礼しました。只今入りました情報によりますと、どうやら倉庫街での破壊を何者かが隠蔽しようとした形跡が発見されたようです!!』

 

「何だと!?」

 

 レポーターが告げた事実にケイネスは思わず叫んでしまった。

 裏の出来事は決して表社会に漏れないように隠蔽されなければいけない事柄。裏の出来事は僅かにでも表に漏れるような事はあってはならないと言うのに、その裏の出来事を隠蔽しようとした証拠が漏れてしまった。

 魔術師として隠匿を大事にしているケイネスは、隠蔽の事実が表に漏れてしまった事に苛立ちを更に募らせる。

 

「クッ!!・・・所詮は外来の組織か!まともに隠蔽さえも出来ないのか、今回の監督役は!?」

 

 叫ぶと共にケイネスは椅子に腰を掛け直して、苛立ちを吐き出すように息を吐く。

 

「(・・・落ち着かなければ・・・隠蔽が不十分だった教会に関しては後で抗議すれば良い事だ。恐らくは教会も今の報道で隠蔽が不十分だった事に気がついているだろう・・明日の朝までに確り隠蔽されていなければ、抗議すれば良いのだ。それよりも今は、今夜の戦果についてだ)・・・ランサー」

 

「ハッ、御傍に」

 

 思考の切り替えを冷静に行なえたケイネスが呼びかけると共に、音も無く美貌の英霊が膝を屈しながら恭しく実体化した。

 自らのサーヴァントの出現をケイネスは冷ややかな目で確認すると共に、ゆっくりと苛立ちを抑えた声でランサーに話しかける。

 

「今夜はご苦労だったな。誉れ高きディルムッド・オディナの双槍、存分に見せてもらった」

 

「恐縮であります、我が主」

 

 淡々と淀みなく、ランサーはケイネスに礼を返した。

 賛辞に驕る様子もなく、露骨に喜悦する様子もなく、不平不満も感じれず、ただ在りのままを受け入れたような控えめな態度しかランサーからは感じられなかった。

 だが、ケイネスの目にはランサーは自らの真意を隠しているようにしか見えなかった。

 

「ああ、存分に見せてもらった上で問うが・・・・・貴様、今夜の戦いは一体どういう了見だ?」

 

「・・・・と、申されますと?」

 

 詰問の気配を感じながらも、ランサーは慎み保ちながら答えた。

 その様子にケイネスは今まで溜まっていった鬱憤を晴らすように声を出す。

 

「ランサー、貴様はサーヴァントとして私に誓ったな?この私に聖杯を齎すべく全力を尽くすと」

 

「はい、相違ありません」

 

「ならば、何故あの場で遊びに興じた?」

 

「・・・・・騎士の誇りに懸けて、戯れ事でこの槍を執ることはありませぬ」

 

「では問うが、何故セイバーを仕留められなかった?一度ならず二度までもセイバーを圧倒しながらっ!」

 

「それは・・・」

 

「ランサー・・・今日の戦いを私は余す事無く見ていた。見届けた上で問うているのだ。ランサー、貴様は戦いを“愉しんで”いた」

 

「・・・・」

 

 流石に指摘された部分は否定できないのか、ランサーは返答する事が出来ず沈黙した。

 その姿に僅かに気を良くしたケイネスは、更に詰るように皮肉を込めた言葉を放つ。

 

「そんなにセイバーとの競い合いは愉悦だったか?決着を先送りにしたくなるほどに?」

 

 傍目から見れば倉庫街での戦いのランサーの活躍は充分に讃えられるもの。

 ステータスが上のセイバーに治癒不可能な傷を負わせたばかりか、セイバーの最大の『宝具』の使用が出来なくなった。今後の戦いが有利に進めるのに充分な戦果なのだが、ケイネスにとっては認める事が出来ない戦果だった。

 魔術師としては素晴らしい経歴を持つケイネスだが、自身の思い描いたものと違った結果が出るとすぐに逆上してしまう一面がある。今までの環境が祝福と周囲に恵まれ、壁に当たった事の無い人生を歩いてきたケイネスは、『聖杯戦争』もどこかで自分の思い通りになるという、思い込みがあるのだ。故にセイバーを討ち取れるという戦果を出せなかったランサーに、怒りを抱いているのだ。

 

「申し訳ありません、主よ・・・何れ必ずや、あのセイバーの首級はお約束いたします、どうか・・・今暫くのご猶予を」

 

「改めて誓うまでもない!ソレは当然の成果であろう!?貴様は私と契約した!このケイネス・エルメロイ・アーチボルトに聖杯を齎すと!!それは即ち、残る6人のサーヴァントを斬り伏せる事だ!それを今更・・・・たかだかセイバー一人に必勝を誓うだと、いったい何を履き違えている!?」

 

「・・・・履き違えているのは貴方ではなくて、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト?」

 

 突然にランサーでもケイネスでもない第三者の声が室内に響いた。

 ケイネスが声の聞こえた方に目を向けてみると、奥の寝室の扉の前に立つ美しい朱色の髪と瞳の美女が、凍てついた氷の様な眼差しを向けていた。女帝のような雰囲気を纏いながら立つ女性の名は、ケイネスの婚約者『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ』。

 しかし、ソラウがケイネスに向けている眼差しは、婚約者に対する慈しみでも優しさでもなく、ただ呆れと侮蔑の籠った冷たいモノでしかなかった。

 

「ケイネス・・・今夜の戦いではランサーは良くやったわ・・・・寧ろ、責めるべきは貴方の浅慮な行動に関してよ」

 

「ソラウ、いきなり何を言うのだ?」

 

 先ほどまでと打って変わって、ケイネスは狼狽するように声を出した。

 本来のケイネスならば言い返すところだろうが、目の前に立つソラウだけは別だった。この世で唯一ケイネスが癇癪を起こせない存在こそがソラウなのだ。

 

「使い魔を通して私も戦いを見ていたけれど、セイバーを追い詰めたバーサーカーは脅威だわ。相手の『宝具』の所有権を奪い取って、己の物にしてしまてしまうなんて、サーヴァントに取ってこれ以上に脅威なのよ。あの場面ではセイバーが回復するまでランサーがバーサーカーの相手をして、セイバーが復帰した後は共に共闘してバーサーカーと戦うべきだったのよ。セイバーのマスターの女性は甘そうだったから、充分に共闘も出来た筈よ」

 

「き、君はセイバーの脅威を理解していない。アレはサーヴァントとしては取り分け強力なステータスを誇っていた。総合能力ではディルムッドを凌いで余りある。逆にバーサーカーのステータスはディルムッドを下回っていた。『宝具』の所有権を奪い取る能力は確かに脅威だが、ディルムッドの敏捷性を考えれば問題はないのだ」

 

「・・ハァ~、ケイネス。この国には『肉を切らせて骨を断つ』と言う諺が在るの。ディルムッド以下のステータスなのにセイバーを上回ったバーサーカーなら、“自分の体に槍を突き刺させて、『宝具』を奪い取る”チャンスぐらい作っても可笑しくないじゃないかしら?」

 

「ッ!?」

 

 ソラウの指摘にケイネスは反論することが出来ずに固まってしまう。

 使い魔を通して、ソラウはしっかりと戦況を把握して分析もしていた。魔術師同士の闘争で命を懸けたやり取りに参戦しているのだから、何もしないでいるのは問題外だと考えてもいた。そもそも、ソラウは『聖杯戦争』に参加する気など無かった。

 ケイネス同様に名門の家の生まれとはいえ、ソラウは家督を兄が継いでいるので代々家が継いでいる『魔術刻印』を継承していない。魔術師として位階も高くは無いので、強力な魔術師達が参加する『聖杯戦争』に参加するのは無謀だと理解していた。しかし、婚約者であるケイネスが開発したとある秘儀の使用の為に参加するしかなくなってしまった。

 故にソラウはある意味ではケイネス以上に『聖杯戦争』に関して意欲的になり、知識を事前に学んできていた。だからこそ、今日の倉庫街でのケイネスの行動は赦し難かった。

 

「そもそも、貴方は令呪がどれだけ重要な物なのかも忘れているの?どんな命令もサーヴァントに実行させて、使い方によっては魔法の領域まで可能とする『聖杯戦争』においての最大の切り札・・ソレをよりにもよって敵対するバーサーカーの援護に使用するなんて」

 

「そ、それは・・」

 

「良く考えてみなさい?どういう訳か分からないけれど、あのバーサーカーはバーサーカークラスのサーヴァントが絶対に持ち得ない筈の『理性』を持っているのよ?だからこそ、あの場で最も状態が悪かったセイバーを狙ったと考えるべきなの。それだけの状況判断を容易く行なえたバーサーカーが、『令呪』を使用されて自らを援護しているランサーを見過ごす筈が無いでしょう?」

 

「ど、どういう意味かね?」

 

「まだ、分からないの?バーサーカーがその気になっていれば、“初戦でセイバーだけじゃなくてランサーも討ち取れたのよ”!貴方の『令呪』のせいでね!」

 

「ッ!?」

 

 ソラウの指摘に漸くケイネスは自身が使用した『令呪』での命令に関しての隠れていた脅威を理解した。

 『バーサーカーを援護して、セイバーを殺せ』。最終的に無効となった命令だが、ブラックがもしも戦闘を続け、ライダーを含めた他の横槍などが無かった場合は、最終的にブラックの一人勝ちになっていた可能性が高い。何せランサーは『令呪』の命令でセイバーが死ぬまでブラックに攻撃が出来ない。

 死に瀕する怪我をセイバーに負わせて、完全に消滅する前にブラックがランサーに攻撃を仕掛ければ、ランサーは抵抗することが出来ずに討ち取られていた。

 ソラウの指摘で漸くその考えに至ったケイネスは呆然としてしまう。

 

「気づいたみたいね。バーサーカーがどうしてあの場で去ったのかは分からないけれど、『令呪』に対する認識が貴方は低過ぎるわ。無駄に『令呪』を使用してしまった事を反省しなさい!」

 

「・・・・す、少し頭を冷やしてくる」

 

 冷徹な表情のまま怒るソラウの視線に耐えかねたケイネスは顔を逸らし、そのままソラウが出て来た寝室の方へと足早に去って行った。

 これで少しは自分のした事を省みるだろうとソラウは表情を緩め、次に膝を付いたままのランサーにキツイ眼差しを向ける。

 

「ランサー・・貴方もよ。セイバーの援護を行なうにしても、ケイネスに一言告げてから動くべきだったわ。勝手に行動した貴方にも今日の事は問題在ると思いなさい」

 

「申し訳ございません、ソラウ様・・確かに私も短慮な行動でした」

 

 自らの行動の短慮を指摘されたランサーも、反省するようにソラウに項垂れた。

 同時にソラウが自らのスキルである『魅惑の黒子』の影響を受けていない事に安堵していた。ランサーの美貌の右目下に宿る黒子。女性を虜にする力が存在し、ランサーに恋心を持たせてしまう呪いと呼ぶべき力。

 生前にその力で破滅したランサーは、ケイネスに婚約者が居る事を知った時に再び破滅するのではないかと僅かに危惧していたが、ソラウからは自らに情愛を持っている雰囲気は感じられなかった。

 

(全く・・・やっぱりケイネスがランサーに苛立ちを持って接しているのは、彼の『魅惑の黒子』のせいね。私にはランサーの『魅了』は効いていないのに、目くじらを立てて嫉妬するなんて馬鹿馬鹿しいわ。私はそんなに軽い女じゃないの・・・それに・・・『英霊』は苦手なのよ)

 

 ソラウは余り『英霊』と言う御伽噺に近い存在が好きでは無かった。

 その原因は幼初期に読んだ事が在る一冊の書物が原因だった。表に知られる伝説や伝承などではなく、裏だけに知られているとある存在に関して書かれた書物。

 その書物には多くの魔術師や裏社会に属する者達を殺害して行き、幾つもの魔術師の家系を滅ぼした一体の竜に関して書かれた物だった。その竜には世界を歪める力が存在し、その力を最大にすれば世界の外側に穴さえも開ける事が可能だった為に、世界の外側にある『根源』を目指している多くの魔術師達が竜を求めた。しかし、求めた竜は凄まじい力を宿し、次々と襲い掛かって来た魔術師達を無残と言う言葉が相応しい状態で殺害し続けていた。ソラウの家系であるソフィアリ家も竜を狙ったらしく、記録が多く残されていた。

 まだ、魔術師として自覚も無かったソラウは書物を読んだことにより恐怖心を抱いてしまい。それ以来ソラウは御伽話に書かれているような存在に、無意識に近い形で苦手意識を持ってしまっている。『聖杯戦争』に参加する事が決まった時はその苦手意識が表に出てしまい、ランサー召喚の時もケイネスに気づかれないように『護符』を隠し持っていたぐらいである。

 無論ランサーが竜と違う存在だと理解しているが、子供の頃に抱いてしまった苦手意識は中々拭うことは出来なかった。誰にも知られないようにしているソラウの弱い面だった。

 因みに『聖杯戦争』に参加する旨がケイネスに伝えられた時は、ソラウのただでさえ低かったケイネスへの好感度が更に下がったのは言うまでもない事である。

 

「・・・・とにかく、ランサー。今日の戦果は充分だけれど、今後は勝手に行動する前にケイネスに話すようにしなさい。つまらない出来事で足並みが乱れるのがどれだけ不味い事か、貴方ならば理解しているでしょう?」

 

「はっ・・・ご忠告ありがとうございます、ソラウ様」

 

 ソラウの忠告にランサーは平伏しながら頷いた。

 それを確認すると、今後の事も考えてケイネスにも梃入れしておくべきかとソラウが考え出した瞬間、何の前触れも無くビルのベル音が鳴り響く。

 

ーーージリリリィィィィィィィィィィッ!!!

 

「何?何事なの?」

 

 突然の防災ベルの音にソラウは当惑しながら声を出した。

 それと共に閉まっていた寝室の扉が開き、ケイネスが寝室から出て来てベル音と共に鳴っていた受話器を取る。

 

「そうか、分かった・・・・どうやら下の階で火事だそうだ、すぐに避難しろと言ってきた。規模は小火程度だが、どうやら火元は何カ所に分散しているらしい・・・・まぁ、間違いなく放火だな」

 

「放火ですって?」

 

「フン、これは偶然ではないだろうな。間違いなく人払いの為だろう、敵とて魔術師。有象無象がいる建物の中で襲ってくるわけにもいかなかったのだろう」

 

「じゃあ・・・・これは敵の襲撃?」

 

「おそらくは先の倉庫街で暴れたりない輩が押し掛けてきたのだろう、面白い。あの結果に不本意だったのはこちらも同じだ・・・・ランサー、下の階に降りて迎え撃て!ただし、無下に追い払ったりするなよ?」

 

「承知しました、襲撃者の退路を断ち、この階に追い込みます」

 

「そうだ・・・お客人にはこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術工房を堪能してもらおうではないか。二十四層の魔術城壁結界、猟犬代わりに召喚した悪霊が数十体、無数のトラップに廊下の一部を異界化させている空間も存在している我が工房を存分に!」

 

 誇らしげに自らが作り上げた工房をケイネスは宣言し、ランサーは霊体化して階下へと降りて行った。

 残されたソラウはゆっくりとケイネスに背を向けて、寝室の方へと歩き出す。その行動をケイネスは訝しみ、ソラウの背に質問する。

 

「何処に行くのかね、ソラウ?」

 

「寝室に置いてある治療用の魔術具を取りに行くの。相手が誰にしても傷を負ったりしたら治療はすぐに必要でしょう。戦闘中に貴方が傷を負ったら私が治癒して上げるから」

 

「なるほど・・・・私が傷を負うことは無いかも知れんが、確かに治療用の魔術具は必要になるだろう」

 

 自分を思ってくれてのソラウの行動をケイネスは喜びながら、寝室へと入って行くソラウの背を見つめ、満足そうに椅子に座りながら来るであろう敵を待つのだった。

 

 

 

 

 

 冬木ハイアット・ホテルの屋外駐車場。

 その場所から一区間ほど離れた場所に衛宮切嗣は身を潜めていた。ホテルの放火騒ぎの犯人は言うまでも無く切嗣だった。先ほども屋外駐車場で人の確認をしていた従業員に、『ケイネスとソラウは避難した』と言う暗示をかけて問題が無いようにした。

 当座凌ぎでしかないが、今の状況では充分だと切嗣は判断して携帯から監視ポジションに居る舞弥に連絡を行なう。

 

「準備完了だ。其方は?」

 

『問題なしです。いつでもいけます』

 

 自らの助手の言葉に切嗣は一度携帯を切ると、今度は別の番号に連絡を素早く行なう。

 それからの出来事はあっと言う間だった。突然にコンクリートが軋む音が辺りにこだますると共に、全行150メートルに及ぶ冬木ハイアットホテルが轟音を発しながら、瞬く間に内側に向かって倒壊し出したのだ。

 爆破解体という高等技術で、周囲に被害を一切及ばすこと無く目標の建物を解体する技術。銃器や爆発物に精通している切嗣ならば可能な技術。それを用いて切嗣はケイネスの暗殺に取り掛かったのだ。

 辺りに舞い散った粉塵に逃げ惑う人々を尻目に見ながら、再び切嗣は舞弥に連絡を行なう。

 

「舞弥、そっちはどうだ?」

 

『三十二階に動きは見られませんでした。間違いなく対象はホテルから脱出していません』

 

「そうか」

 

 冷ややかな満足感に満たされながら切嗣は、瓦礫の山へと変わった冬木ハイアット・ホテルを一瞥する。

 地上150メートルから自由落下に等しい出来事を受けた対象が生きている可能性は少ない。一応切嗣にはケイネスの安否を確認する手段が一つあるが、その方法を態々行なう気は切嗣には無かった。取ったら取ったで問題が発生している事を理解しているからこそだった。

 今夜のところは此処までにすべきだと切嗣は舞弥に撤収の連絡を行なおうとするが、その耳に子供の泣き声が聞こえて来て思わず止まってしまう。

 しかし、すぐに我に返って苛立ちを晴らすようにポケットの中に手を入れて煙草を取り出す。

 

(クッ!!・・・気の迷いだ。こんな気の迷いを持っていたら、これからの戦いが不味い・・ただでさえ言峰綺礼並みに厄介な奴が出て来たんだ!)

 

 切嗣が思うのは自らのサーヴァントであるセイバーを追い込んだブラックの存在。

 現れた当初は状況が見えていないサーヴァントかと考えていたが、戦いぶりを見てソレは誤りだと理解した。左腕を使えないとは言え、セイバーを圧倒した戦闘技術に、ランサーとそのマスターの性格を短時間で見抜き、自らに有利になるように進めさせた戦略性の高さ。不確定要素も考え抜いて目先の戦果に囚われない冷静な判断力。極めつけは潜んでいた切嗣の事も把握していた部分。

 どれを取っても厄介過ぎる相手だと言うのに、迂闊に責める事も切嗣は出来なかった。

 

(恐らくは奴こそが『間桐雁夜』が召喚したサーヴァントだ。魔術師の技量の低さが原因なのか分からないが、これならば『狂化』して召喚されて居た方が良かった・・・舞弥の話だと『聖杯戦争』の情報を集めていた事から僕の事も知られている・・・『万全でない』と言う発言がブラフにしろ、真実にしても僕の事は警戒されていると見ていい)

 

 一見すれば自らが不利に思えるようなブラックの発言だが、それを正直に受け取る者など直前のセイバーを圧倒した戦いぶりを見て信じる者は少ない。

 自身のところに呼び寄せる策にしろ、警戒させる策にしろ、どちらにしても迂闊に手が出せなかった。自らの経歴を知られている可能性がある切嗣は、尚更にブラックに対しては動けない状態になってしまった。

 

(此方もそれなりに準備を整えなければならない・・・先ずは間桐雁夜が本当に間桐邸内部に居るのか、確認を急がなければ)

 

 切嗣はそう決めると、今度こそ舞弥に連絡を行ない、“何事もなく冬木ハイアット・ホテルの跡地から撤収する”のだった。

 

 

 

 

 

  深夜に近い時間帯。

 その時間帯を一台の黒塗りに車-メルセデス・ベンツ300SLクーペが国道を百キロ以上の速さで走っていた。

 そのモンスターマシーンを運転している女性は先ほどまで港場に居たアイリスフィール。そしてその助手席に乗っているのはセイバーだった。アイリスフィールは車を飛ばして走らせる事無く、寧ろゆっくりしたスピードで助手席に座っているセイバーに心配そうな声で話しかける。

 

「・・・・セイバー、体の方は大丈夫なの?」

 

「はい、大丈夫です、アイリスフィール・・元々私は治癒能力も高い。それに貴女の魔術のおかげで傷は殆ど塞がっています。明日には戦闘が可能になるぐらいに回復出来るでしょう・・・ですが、本当にあのサーヴァントはバーサーカーなのでしょうか?バーサーカーは『狂化属性』が付加される筈・・それなのに『理性』を持っていた」

 

「えぇ、正直信じられないけれど、ライダーのマスターの少年が断言していたんだから、先ず間違いなくあのサーヴァントのクラスはバーサーカーで間違いないわ・・・戦った感想はどう?」

 

「・・・恐ろしいほどに戦い方が巧みでした。スピードはランサーに及ばす、力も私より劣っています。ですが、それを補うほどにあのサーヴァントは戦い方が巧い。更に厄介なのは『宝具』を強奪する力です」

 

 ブラックとの戦いでセイバーが気にしなければならなかったのは、やはりブラックがアーチャーに対して使用した力だった。

 ただ攻撃を防御したり、回避したり、受け流したりするだけではなく、セイバーはブラックが持つ『宝具』強奪の力も警戒しなければならなかった。どんな条件で発動するか不明で、更に巧みな攻撃までブラックは行なって来る。セイバーが追い込まれた理由も、自らの武器を奪われる訳には行かないと言う警戒心が在ったせいでブラックの攻撃に集中していられなかった部分もある。 

 厄介過ぎるサーヴァントの存在に、脅威を理解したアイリスフィールも顔を険しく歪めると、突然セイバーが硬い声を出す。

 

「アイリスフィール、止めて下さい」

 

「えっ?・・えぇ」

 

 セイバーの言葉の意味はアイリスフィールには分からなかったが、慌てて車を止めて前を見てみると、メルセデスのライトに映る影が存在していた。

 その影を見たセイバーは、アイリスフィールにも車から降りるように促しながら、すぐさま車を降りて影の方に顔を向けてみると、奇抜な黒いローブを着た肌の色は不健康に白く、両の目が飛び出すかと思うように見開かれてギョロギョロしている優男が立っていた。

 その男を目にした瞬間に、セイバーは即座にサーヴァントだと気がつき戦闘態勢を取ろうとするが、目の前にいる男性はセイバーの気配など気がついていないのか、恍惚とした笑みをセイバーに向けながら頭を恭しく下げる。

 

「お迎えにあがりました『聖処女(ラ・ピュセル)』よ」

 

「なっ!?」

 

 突然の男性の行動と発言ににセイバーは面食らった。

 セイバーの記憶の限り目の前に居るような風体の男など見た事は無い。

 その上、自身を聖処女などと呼ぶこと事態が可笑しいのだ。セイバーは確かに女性だが、その正体は誰にも知られずに生涯を終えた。

 それなのに何故自身を聖処女などと呼ぶのかと困惑した顔をしていると、横で話を聞いていたアイリスフィールが疑問に満ちた表情をしながら質問する。

 

「セイバー、この人と知り合いなの?」

 

「いえ、見覚えはありませんが」

 

「オオォォーーッ!!御無体な!この顔をお忘れになったと仰せですか!?」

 

 セイバーの言葉を聞いた男性は、一瞬にして恍惚の笑みから絶望したように顔色を変えて叫んだ。

 それでもセイバーは目の前の男性が誰なのか全く分からずに、疑問に満ちた顔をしながら男性に質問する。

 

「知るも何も貴公とは初対面だ・・・何を勘違いしているのか知らぬが、人違いではないのか?」

 

「私です!貴女の忠実なる永遠の僕、『ジル・ド・レェ』にてございます!あなたの復活だけを祈願し、今一度貴女とめぐり合う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てまでも馳せ参じてきたのですぞ、『ジャンヌ』!」

 

「『ジル・ド・レェ』ッ!?」

 

 突然に頭を掻き毟りながら自身の真名を叫んだ男性-『キャスタークラスのサーヴァントであるジル・ド・レェ』にセイバーは思わず叫んだ。

 聖杯戦争に置いて真名を自ら名乗る者など本来ならば居ない筈。例外として先ほど名乗ったライダーぐらい。

 しかし、ライダーとは決定的にキャスターは違っていた。

 

「私は貴殿の名を知らぬし、そのジャンヌなどと言う名前にも心当たりが無い」

 

「そんな!!自身の生前のお姿をお忘れなのですか!?」

 

 話になっていないとセイバーとアイリスフィールは思った。

 目の前のキャスターは完全な狂人。自身の考えている事が絶対に正しいと思っているのだろう。

 それならば理解出来るが、目の前にいるキャスターは全くセイバーの言葉を信じていないのか、更にセイバーに語りかけようとする。

 しかし、その前にこのまま話をしていても埒があかないと思ったセイバーが、キャスターに止めを刺すように自身の正体を告げる。

 

「貴公が自ら名乗りをあげた以上は、私もまた騎士の礼に則って真名を告げよう。我が名は『アルトリア』。生前はアーサー・ペンドラゴンと呼ばれていたブリテンの王だ」

 

「オオォォッ!!オオォォォォォーーーーーッ!!!」

 

 セイバーの断言を聞いたキャスターは、悲痛さと絶望に満ちた慟哭を響かせ、地面に自身の手の平から血が流れても構わずに拳をぶつけ続ける。

 

「何と痛ましい!何と嘆かわしい!記憶を失うのみならず、そこまで錯乱してしまうとは!!・・・おのれ・・・おのれぇッ!我が麗しの乙女に、神は何処まで残酷な仕打ちを!!」

 

「貴公は一体何を言っている?そもそも私は…」

 

「ジャンヌ!貴女が認められないのも無理は無い。かって誰よりも激しく、誰よりも敬虔に神を信じていた貴女だ!!それが神に見捨てられ、何の加護も救済も無いまま魔女として処刑されたのだ!!己を見失うのも無理は無い!!」

 

ーーーゾクッ!!

 

 一方的なキャスターの発言に、セイバーとアイリスフィールに寒気が走った。

 目の前にいるキャスターは全くセイバーと会話をしていない。ただ自身の望む答えを求めている狂人。

 これならば目の前にいるキャスターの方がバーサーカーだと言われても納得してしまうだろう。それほどまでに話がセイバーとキャスターは噛み合っていないのだ。

 おぞましささえも感じるようなキャスターの動作と言葉に、セイバーはうなじの毛を逆立たせながら険しい瞳をキャスターに向ける。

 

「貴公はキャスターのサーヴァントであろう?そして私はセイバーのサーヴァント。我らは共に『聖杯』に招かれて、『聖杯』を懸けて鎬を削る間柄だ。それ以上でもそれ以下でもあるまい」

 

 もはや目の前に相手とやり取りを行なうのに嫌になったセイバーは、毅然とした声で自らの間柄をキャスターに宣言した。

 しかし、セイバーの言葉に何らかの天啓を得たのか、突然にキャスターは静かな面持ちになり、そのまま立ち上がってセイバーをギョロギョロとした目で見つめる。

 

「そうか!だからこそ、私は『キャスターの座』で招かれたのか!全ては私が再び貴女様の輝きを取り戻して差し上げる為!この身に課せられた使命なのですね、ジャンヌ!!『聖杯』が私にそう告げるのならば!このジル・ド・レェの魔術の粋を使いこなし!如何なる事があっても贄を貴女へ捧げましょうぞ!!」

 

「・・・な、に?」

 

 余りにも狂気に彩られた言葉にセイバーは思わず固まってしまった。

 その隙を逃さずにキャスターは、実体化を解いてその身を夜の闇に溶け込ませながら、セイバーにやはり狂気と恍惚に満ちた声で告げる。

 

「誓いますぞ、ジャンヌ!この次に会う時は、必ずや貴女の魂を神の呪いから解き放ち、貴女様を迎えに参ります!」

 

「待て!キャスターー!!」

 

 キャスターの発言に不穏な気配を感じたセイバーは叫ぶが、時既に遅く、キャスターの姿は夜の闇の中に消え去ってしまった。

 残されたセイバーとアイリスフィールは、狂人としか呼べないキャスターが引き起こすであろう出来事に、言い知れない不安を感じるのだった。




【ディルムッド及びジルの本作でのステータス】

『ディルムッド・オディナ』
筋力:B 耐久:C 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:C 宝具:B

『ジル・ド・レェ』
筋力:D  耐久:E  敏捷:D  魔力:C  幸運:D  宝具:A+

世界からの後押しで幸運値が本来よりも1ランク上がっている。
ランサーの幸運値が更に1ランク上がっているのは、ソラウから恋心を抱かれていないおかげ。

【本作のソラウに関して】
原作と違ってランサーに恋心を抱いていなく、ランサーとケイネスのミスを冷静に指摘するブレインの立ち位置に居る。原因は魔術師の間で伝わるブラックの所業が原因。
宝石の翁に倒されたと言う経歴のせいで、宝石の翁の弟子達に当たる者達が偉業を知らしめようとした結果、魔術師達の間で伝わっている。
その中でソラウの家系もブラックを狙った事があるので情報や伝承が多く残されている。魔術師として自覚が薄かった子供の頃にソラウは、ブラックの所業が事細かく記された物を読んでしまっているので御伽橋の存在に苦手意識を持っている。『聖杯戦争』に関しても乗り気でなかったが、ケイネスのせいで参加するしかなく、ランサー召喚の立会いの時には密かに護符などを持っていた。
そのおかげで『魅惑の黒子』の影響を受ける事が無かったので、ランサーの幸運値が密かに上がっていたりする。絶対に生き残ってみせるとソラウは誓っている。因みにケイネスへの好感度は原作よりも残念ながら下に位置している。

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