始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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理性ある狂気

 新たに現れたサーヴァントに、倉庫街に居た全ての目が集まっていた。

 しかし、同時に誰もが大小は在れど困惑を覚えざるを得なかった。サーヴァントとは過去の英霊。故に召喚される時には現代の衣装ではなく、生前の装束で召喚される。だが、新たに現れたサーヴァントであるブラックの装束はどう考えても現代に近しい服装。セイバーも戦闘前までは現代風の衣装を着ていたが、戦闘が始まった時は当然ながら戦装束に変わった。

 しかし、現れたブラックは現代風の服装のままで戦場に出て来た。その事実に誰もが困惑を覚えていると、このままでは先が進まないと思ったランサーがライダーに向かって揶揄する。

 

「なぁ、征服王。貴様の誘いに乗って来たのだ、勧誘はしないのか?」

 

「しようにもなぁ・・・・ありゃあ、余に対してかなり怒ってるから交渉の余地がなさそうだわぁ」

 

 ライダーはランサーの質問に顔を顰めながら答えるしかなかった。

 明らかにブラックの目には怒りと殺意が宿っている。その視線はライダーに向けられていた。自分の挑発が利き過ぎたとライダーは思い、頭を掻きながら足元に居るウェイバーに質問する。

 

「で、坊主よ?あやつのクラスとステータスはサーヴァントとしちゃ、どの程度のものだ見たところ、理性を持っているようだから、やっぱキャスターのサーヴァ…」

 

「ち、違う」

 

「あん?キャスターじゃないのか?しかし、どう見ても理性があるようだから、『バーサーカー』の筈はあるまい?」

 

「・・・あ、アイツは・・・アイツのクラスは・・・その『バーサーカー』だ」

 

『ッ!?』

 

 震えながらウェイバーが告げたクラス名に、アーチャーを除いた全員が驚愕した。

 『バーサーカー』。狂戦士のクラスは理性を消失させることでステータスの増加を行なうクラス。故に理性がある者がバーサーカーで在る筈が無いと困惑を深めながらブラックを見つめる。

 その中にアイリスフィールが含まれているのをブラックは横目で確認し、アイリスフィールがセイバーのマスターで無い事を確信する。

 

(やはり、囮か。となれば、何処かにセイバーの本当のマスターが潜んでいると見て間違いない)

 

 サーヴァントを召喚したマスターには、サーヴァントのステータスとクラス名を見る事が出来る力が宿っている。

 ウェイバーがブラックのクラスを見抜いたのも、マスターとしての力。だが、アイリスフィールはウェイバーがブラックのクラスを告げたのと同時に困惑を深めた。その時点でアイリスフィールにはサーヴァントのステータスを見る力が無く、セイバーのマスターで無い事は明らかだった。

 

(挑発に乗ったとは言え、今の状況で出たのだ。それなりの代価を得なければ不味いからな)

 

 本来ならばブラックは、倉庫街での戦いに参加する気は無かった。

 万全に戦えない状態では楽しめるものも楽しめない。だからこそ、自らの戦闘欲求を無理やり抑え込んでいた。それを図らずも台無しにしたライダーに怒りを覚えながら、自身を見つめる者達にそれぞれ視線を向けて行く。

 

 その様子を岸壁間際の集積場に積み上げられたコンテナの山の隙間から先ほどまでのブラック同様に、戦場に潜みながら暗視スコープを使用して見ていたセイバーの本当のマスターである衛宮切嗣は、ブラックの目がアイリスフィールに一瞬向いた事を見逃さなかった。

 

(不味いな・・・アイリがセイバーの本当のマスターでないとあのサーヴァントに気がつかれた)

 

 セイバーとランサーが戦い始めた初期の頃から、切嗣と助手である舞弥は倉庫街にやって来ていた。

 目的はもちろん戦いに集中しているランサーのマスターを暗殺する為。互いにカバー出来る位置に切嗣と舞弥は潜伏し、ランサーのマスターが戦いの場からやや離れた倉庫の屋根の上に居るのも発見していた。後はランサーがセイバーとの戦いに集中している間に狙撃ライフルを使用してランサーのマスターを暗殺するだけの段階まで進んでいたのだが、此処で切嗣と舞弥に邪魔が入った。

 クレーンの上に現れたアサシンの存在である。狙撃してランサーのマスターを仕留めたとしても、クレーンの上に居るアサシンに自身の居る場所が露見してしまう事を切嗣は即座に理解し、暗殺を断念した。幾らステータスが低いとは言え、相手はサーヴァント。現在の装備では勝てない事を切嗣は理解しており、幾ら絶好の機会とは言え、今後の戦略の見直しや実行した場合のリスクも踏まえれば断念する以外に無かった。最もそれ以外にも切嗣が機会を見送る理由は在った。

 切嗣は一瞬目撃していたのである。“戦場に熱感知スコープを戻した時に、アイリスフィールの背後に潜んでいた者を”。

 

(あの時見たのが見間違いで無ければ、アイリの背後には別の“アサシン”が潜んでいる可能性が高い)

 

 サーヴァントも実体化している時は熱を発しているので、熱感知スコープに姿は映し出される。

 別の場所で監視を行なっている舞弥も、一瞬だけアイリスフィールの背後に居た何者かの姿を目にしているので見間違いは無い。

 そして切嗣と舞弥がアイリスフィールの背後に居た者をアサシンだと考えている理由は、発せられていた熱がまるで空気に溶け込むように消え去った事と潜んでいた者の存在をランサーとセイバーが全く感知していなかったからである。

 敵であるランサーはともかく、幾ら戦闘に集中していたとは言え、セイバーがアイリスフィールの背後に潜んでいた者を感知しなかったのは可笑しい。何よりも戦闘中だったのだから、セイバーの感覚は研ぎ澄まされていた。にも関わらず、セイバーも対峙していたランサーもアイリスフィールの背後に潜んでいた者に全く気が付いていなかった。

 

(『気配遮断』のスキルを持っているアサシンならば、セイバーとランサーに気がつかれない可能性が高い。予想していたが、やはり今回の召喚されたアサシンの『宝具』は分裂系統の可能性が高まった・・・今もクレーンの上以外のアサシンが戦場に潜んでいるとすれば、迂闊にこの場では僕も舞弥も行動では出来ない)

 

 自らも暗殺者である切嗣は、今回のアサシンの危険性を『聖杯戦争』に参加しているマスターの中では誰よりも理解している。

 故にクレーンの上以外にもアサシンが潜んでいるならば、尚更に自身が動くのは危険だと切嗣は判断していた。万が一にでもアイリスフィールに何かあれば『聖杯戦争』そのものが破綻してしまう”可能性も在るのだから”。

 

(しかし、この状況で新たなサーヴァントの出現。まともに思慮のあるマスターならば、この混沌とした戦場にサーヴァントを放つとは思えない。それに・・・あの黒いサーヴァントのステータス・・・『バーサーカー』クラスのステータスとは思えないほどに、あの場に居るどのサーヴァントよりも低い)

 

 マスターである切嗣もウェイバー同様にブラックのステータスを見れたが、そのステータスは戦場に居るどのサーヴァントよりも低かった。

 殆どのステータスがCかDで、唯一幸運だけがBだが、明らかに『バーサーカー』のサーヴァントとしてはステータスが低く、倉庫街に集ったサーヴァントの中では最弱と言ってもいい程だった。

 何故この場に弱いサーヴァントが現れたのかと切嗣は疑問に思いながらスコープ越しに戦場を注視していると、何時の間にかブラックの目はライダーではなく、街灯の上に立っているアーチャーに向いていた。

 

「誰の許しを得て(オレ)を見ておる?雑種が」

 

 無遠慮な視線を向けて来るブラックにアーチャーは不愉快そうに眉を顰めるが、ブラックは構わずにアーチャーをジッと睨みつける。

 言葉では無駄だとアーチャーは悟ったのか、左右の空間に浮かんでいた宝剣と宝槍が反転してブラックに切っ先を向けた。

 

「下賎な雑種よ。せめて散りざまにて(オレ)を興じさせよ」

 

 冷厳に宣告が発されると共に槍と剣が虚空を奔り、ブラックに向かって直進する。

 人間では全く目にする事が出来ない音速の速さと絶大な破壊力を宿した魔弾。狙いは杜撰ながらも、絶大な破壊力がそれを補う。

 それら二つの魔弾が真っ直ぐにブラックへと向かい、直撃する瞬間、僅かにブラックが腰を下げると同時にその場に居る誰もが息を呑む光景が広がる。

 腰を下げると共にブラックは先んじて飛来した剣を体を回転させながら避けると共に剣の柄を流れるように右手で掴み取り、そのまま剣に宿っていた力のベクトルを殺さないようにしながら体を回転させ、二撃目の槍を打ち払い、倉庫街の一角に爆発したような衝撃が巻き起こる。

 

「・・何と言う絶技を」

 

「一の一番に飛来した剣に込められていた勢いを一切殺さずに次の槍に叩きつけるとは、芸達者な奴よのぅ。『バーサーカー』とは思えんわぁ」

 

 衝撃で巻き起こった粉塵の中から現れたブラックは、着ていたロングコートに多少の破れを見られるが傷らしい傷は見えず、右手に剣を左手に先ほど打ち払った槍を握りながら立っていた。それを目にしたランサーとライダーはそれぞれ戦慄を感じながら声を出した。

 音速で飛来した魔弾を流れるように掴み取り、しかも飛来した時の勢いを殺さずに二弾目の魔弾に叩きつけたのだから、その時点だけでも絶技としか言えない。しかも、ブラックは自らの力を最小限にしか使わずに行なった。

 常識を超えた絶技にランサーとライダー同様に目にしていたセイバーも戦慄し、見る事は出来なかったが『宝具』の攻撃をコートの破れだけで抑えたブラックの姿をウェイバーとアイリスフィールは呆然と見つめる。

 そして攻撃を放った張本人であるアーチャーは、まるで自らの物であるかのように両手に持っている剣と槍を確かめるように軽く振るっているブラックの姿に、殺意のみを宿した凍えるような顔をして叫ぶ。

 

「・・・汚らわしい手で、我が宝物に触れるとは・・・其処まで死に急ぐか、雑種が!!」

 

ーーーギィィィィィィン!!

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 叫ぶと共にアーチャーの周囲に再び輝きが発せられ、ウェイバーは思わず叫んだ。

 輝きと共に現れたのは先ほどの剣と槍同様に『宝具』。しかも今度は剣や槍だけではなく、斧や槌、矛さえも出現し、その数は全て合わせて十六挺。明らかに複数所持では済まないほどの『宝具』の出現に、アーチャーと相対しているブラック以外の全員が叫んだウェイバーと同様の気持ちを抱く。

 しかし、驚愕の根元であるアーチャーは構わずに出現させた『宝具』の群れに向かって号令を放つ。

 

「その小癪な手癖の悪さで持って、どこまで防ぎ切れるか、見せてみよ!!」

 

 アーチャーの号令の下に宙に浮かんでいた『宝具』の群れが、先を争ってブラックに向かって殺到する。

 ほんの僅かブラックの目が自らに向かって来る『宝具』の群れを見極めるように動いた瞬間、ブラックは迷うことなく左手に握っていた宝槍を壁のように迫って来る槌に向かって投げつける。

 

ーーードゴォォン!

 

 槍と槌は空中で激突し合うと共に轟音を発し、互いに宿っていた力が激突の衝撃によって暴発すると共に衝撃が空中に広がった。

 同時に槌のすぐ横を飛んでいた二挺の『宝具』が衝撃によって僅かにブラックへの進路を外れて、近くのコンテナや路面に激突して爆発する。その間にブラックは右手に握っていた剣の柄を左手でも握り締め、次に迫って来ている四挺の『宝具』を見つめると共に握っている剣を円を描くように振るいながら誰にも聞こえない声で低く呟く。

 

「・・・・ブラックチャージ」

 

ーーーギュィン!!

 

『ッ!!』

 

 アイリスフィールとウェイバーを除いたアーチャーを含めた全ての英霊達が驚愕と困惑に満ち溢れた顔をして、目撃した出来事に目を見開いた。

 真っ直ぐにブラックに殺到していたはずの四挺の『宝具』が直撃する瞬間に、ブラックが剣を円を描くように振るうと共に如何なる原理が起きたのか、在らぬ方向に四挺全ての『宝具』が捻じ曲がって路面やコンテナに激突した。更には捻じ曲がった『宝具』が引き起こした爆発によって更に五挺の『宝具』が巻き込まれてしまう。

 それを目撃したブラックは握っていたボロボロに成り果てた宝剣を投げ捨て、近くに落ちていた曲刀と矛を走りながら拾うと共に残りの三挺の『宝具』と向き合い、迎撃を開始する。

 一連の流れを見ていたライダーは、ブラックの鮮やかな迎撃の流れに感嘆の息を漏らしながら、したり顔で呟く。

 

「見事だ。先ほどの捻じ曲げの原理は分からんが・・・あのサーヴァント・・アーチャーの力を利用して迎撃を行なっておるわ」

 

「ど、どう言う事だよ?」

 

「分からぬか?アーチャーの攻撃は強大としか言えぬ。だからこそ、あのサーヴァントの迎撃は成功しているのだ。『宝具』と『宝具』をぶつけ合うことで発生する衝撃を利用してなぁ」

 

 そのライダーの説明にウェイバーの脳裏にブラックの迎撃の流れが思い浮かぶ。

 確かにライダーの言うとおり、“ブラックは手にしたアーチャーの『宝具』を利用して迎撃を行なっている”。普通ならば不可能なアーチャーの『宝具』の爆撃と呼べる攻撃をブラックが回避出来ているのは、同じように簡単には壊れる事がない『宝具』を用いているからこそ。

 此処に来て漸くウェイバーはライダーが感嘆している理由が理解出来た。ブラックはただ『宝具』を扱って迎撃しているのではない。効率よく、そして自身に及ぶ被害を最小にして迎撃を行なっているのだ。だが、同時にウェイバーの脳裏に一つの疑問が思い浮かぶ。

 

(だけど、それが出来るのはアーチャーの『宝具』が在るからこそだ!!もしもアーチャーが放った『宝具』を回収したらアイツは終わり…)

 

「雑種!!!貴様!?」

 

『ッ!?』

 

 ウェイバーの思考をさえぎる様に突然に上がった怒りと殺意に満ち溢れたアーチャーの叫びに、ブラックを除いた全員の目が集まる。

 その間に最後の斧の『宝具』を両手に握っている矛と曲刀でブラックは迎撃し終え、矛を投げ捨てると共に斧を拾い上げながら自身に向かって美貌を凶貌に変えたアーチャーに目を向ける。

 

「貴様!?雑種の分際で我が宝物に手を触れたばかりか、“掠め取るとは”!!万死に値するぞ!!!」

 

「か、掠め取る?・・・・ま、まさか!?あのサーヴァントは!?」

 

 アーチャーの言葉の意味を理解したウェイバーは震えながら叫び、セイバー、ランサー、ライダーも焦燥が浮かんだ顔でブラックを見つめる。

 もしもアーチャーの言葉が正しければ、ブラックは他のサーヴァントに取ってこれ以上に無いほど厄介なスキルか『宝具』を所持している事に他ならないのだから。しかし、張本人であるブラックは答える様子も無く両手に持っていた斧と曲刀を投擲する。だが、投擲された武器はアーチャーではなく、その下に在る街灯のポールを寸断した。

 直前に街灯から飛び上がっていたアーチャーは危なげなく身を翻して何事も無い様に地面に着地するが、その顔に浮かんでいた凶貌は更に深まり、眉間に縦筋を浮かべながらブラックを睨みつける。

 

「痴れ者が!!天に仰ぎ見るべきこの(オレ)を同じ大地に立たせるか!!宝物を掠め取ったばかりか、その不敬は万死に値する!!もはや肉片一つ残ると思うなぁ!!」

 

 そのアーチャーの叫びに応じるかのように、再びアーチャーの背後に輝きが発生し、今度は三十二もの『宝具』が出現した。

 ブラックを除いた誰しもがアーチャーの背後に浮かぶ『宝具』の数々に押し黙るしかなかった。倉庫街に現れてからアーチャーが出現させた『宝具』を全て合わせれば五十近くに及ぶ。

 測り切れない潜在力を持つアーチャーに誰もが言葉を失い、今度は防ぎ切れないと誰もが思った瞬間、突然にアーチャーの視線がブラックから外れて東南の方向に向く。

 

「貴様ごとき諫言で、王たる(オレ)の怒りを沈めろと?・・・・大きく出たな、時臣」

 

 さも忌々しげにアーチャーは呟くが、サーヴァントへの絶対命令権である『令呪』に従って周囲に展開していた『宝具』を全て消え失せる。

 

「・・命拾いしたな、盗人が」

 

 憤懣を隠せないような顔をしながらも、殺意が治まった視線を向けながらアーチャーはブラックに向けって告げるが、ブラックは無言のままアーチャーを見つめる。

 忌々しそうに舌打ちをアーチャーは行なうと共に、居並ぶサーヴァント達に向かって顔を向けると共に告げる。

 

「雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。(オレ)と相見えるのは真の英雄のみで良い・・・最も其処な盗人は(オレ)自ら必ずや断罪してくれるがな」

 

 最後にブラックに怒りに満ちた視線を向けると共に、アーチャーはその身を霊体化させて輝きの残滓だけを残して倉庫街から消えて行った。

 

「フムン。どうやらアレのマスターは、アーチャー自身ほど剛毅なタチではなかったようだな」

 

 呆れた風にライダーは囁き、先ほどまでアーチャーと戦っていたブラックに目を向けようとする。

 だが、ライダーの目がブラックに向かう前に、突然に戦いを見守っていたアイリスフィールに向かって正面から閃光が走る。

 

「アイリスフィール!!」

 

ーーーギィン!!

 

 いきなりの出来事にアイリスフィールが固まっていると、セイバーが横合いから飛び込んで来て閃光を迎撃し、甲高い金属音が鳴り響いた。

 閃光の正体は先ほどの戦闘でブラックがアーチャーの『宝具』の群れを迎撃する時に、最初に投げつけた宝槍。セイバーは其れを無言のまま投げつけたブラックを睨もうとするが、睨む前に手に斧を握ったブラックが迫り、セイバーに向かって振り下ろす。

 

「ムン!!」

 

「クッ!!」

 

 直前の出来事で僅かに動作が遅れたセイバーだが、危なげなく攻撃を防いだ。

 それに対してブラックは止まることなく握っていた斧から手を離すと共に、右手に曲刀を、左手にボロボロに成り果てた宝剣を出現させてセイバーに向かって連続で振り抜く。

 

「貴様!!やはり!?」

 

 次々と繰り出されるブラックの連撃を防ぎながら、セイバーは先ほどから考えていたブラックの力の推測が当たっていた事に戦慄を抱く。

 突然始まった戦いに見守るしか無かったランサーとライダーも、自分達が脳裏に描いていた推測が当たっていた事実に苦い顔をする。

 

「厄介だのぅ・・・どうやらあの黒いサーヴァントは“他のサーヴァントの『宝具』を奪い取る”スキルか『宝具』を持ってるようだなぁ」

 

「やっぱり、そうなのか!?」

 

 ライダーの言葉を耳にしたウェイバーは自らの推測が当たっていた事に思わず叫び、話を耳にしたアイリスフィールも驚愕に満ち溢れた顔をしてしまう。

 英霊にとって『宝具』とは唯一無二にして自らの最大の武器。その『宝具』を所有者から奪い取る能力は恐るべき力。何故アーチャーがブラックが『宝具』で迎撃を行なった時に『宝具』を回収しなかったのか、ウェイバーは漸く理解した。

 回収しようにも既に所有権をブラックに奪い取られていた為に、アーチャーは自ら射出した『宝具』を回収出来なかったのだ。

 

「反則だろう!?そんな力!?」

 

「無論何かしらの制約は在るのであろう。現にアーチャーの奴が消える時に消え去った『宝具』も在ったからのぅ」

 

 ライダーはそうウェイバーに説明しながら、セイバーと戦っているブラックを見つめる。

 ステータスでは圧倒的にセイバーの方が有利なのに関わらず、ブラックはセイバーと互角以上の戦いを繰り広げていた。

 ランサーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』によって傷つけられて力が込められない左側からの攻撃を中心に、ブラックは両手に握っている曲刀と宝剣を振るって行く。しかもただ闇雲に左側から振るっているだけではなく、フェイントまで混ぜてブラックは攻撃を繰り出して来るのだ。『魔力放出』のスキルでセイバーは左手で剣を握れない事をカバーするが、右手だけで剣を振るっているのを完全にブラックに読まれていた。

 

(このサーヴァント!?何という戦いの巧さ!!『風王結界(インビジブル・エア)』の不可視も既に見切られている!)

 

 本来ならば不可視であることによって間合いを見切らせないセイバーの剣も、ブラックは完全に見切り、セイバーの剣を最小限の動きで回避する。

 ロングコート等に浅い傷は負っているが、致命傷や戦いに支障が及ぶような怪我だけはブラックは負わないようにしながらセイバーを劣勢に追い込んで行く。

 

「セイバー!」

 

 切迫した声でアイリスフィールは叫ぶが、ブラックは止まることなく左側から刃毀れなどが目立ち始めた宝剣をセイバーに向かって振り抜く。

 

「舐めるな!!」

 

ーーーギィン!

 

 セイバーは瞬時に反応してブラックの剣を自らの剣で防いだ。

 そのまま剣を弾き飛ばして攻勢に転じようとするが、セイバーが力を込める前に襲い掛かって来た宝剣に注がれていた力が突然に消失して、セイバーは僅かに体勢が崩れてしまう。

 何が起きたのかとセイバーが顔を動かしてみると、ブラックは宝剣を手放して後方へと飛び去っていた。次の瞬間にセイバーの『直感』が危機を伝えるが、反応する前に手放されて地面に落下しようとしていた宝剣が大爆発を起こす。

 

ーーードゴォォォォォン!!

 

「セイバァァァァァァァァーーーー!!!!!」

 

 宝剣の爆発に飲み込まれたセイバーを目にしたアイリスフィールは悲鳴のような声で叫んだ。

 ブラックが用いた手段は魔力の塊である『宝具』を敢えて破壊することで、その魔力を爆発力として開放すると言う手段。名称としては『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』と呼ばれている。

 英霊に取って『宝具』とは己の命を預ける武器。『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』とは戦闘手段である宝具と引き換えとする事で強大な破壊を引き起こす最終手段。だが、大抵の英霊は『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』を使用する事は無い。強大な破壊力を発揮する代わりに戦闘手段である『宝具』を失ってしまうのだから。

 だが、ブラックが使っていた宝剣は元々はアーチャーが所持していた武器。『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』で使用出来なくなっても問題は無い。

 流れるようにセイバーに重傷を負わせたブラックを誰もが見つめていると、爆発によって生じた煙の中から苦痛に満ちた声が聞こえて来る。

 

「・・・グゥッ!」

 

 爆発で生じた煙の中から体中から血を流し、不可視の剣を杖代わりに立っているセイバーが苦痛の声を漏らしながら姿を現した。

 鮮やかだった蒼いドレスのような装束は、爆発によってボロボロになっただけではなく血で赤く染まり、纏っていた白銀の鎧も原型が見えないほどに砕け散っていた。『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』の威力を物語るには充分なほどであり、アイリスフィールは顔を青褪めさせるが、ブラックは構わずに右手に握っていた曲刀を動けないセイバーに向かって投げつける。

 

「終わりだ」

 

 投げつけられた曲刀は虚空を走り、真っ直ぐにセイバーの胸に向かって直進する。

 セイバーは迫る曲刀を避けようと体を動かそうとするが、動かす前にセイバーの前を紅い閃光が走り、曲刀を弾き飛ばす。

 

ーーーガギィン!!

 

「悪ふざけは其処までにして貰おうか?バーサーカーよ」

 

 突然の出来事に呆気に取られているセイバーを護るように、紅と黄の二槍を構えながらランサーが立ち塞がった。

 

「セイバーを此処まで追い込んだ手並みは見事だ。だが、セイバーの左手を奪ったのはこの俺だ。そのセイバーのハンデに付け込む権利を持つのは、俺一人だけだ」

 

 一連の戦いの流れを見ていたランサーは、セイバーが両手を使えていれば此処まで一方的にブラックに追い込まれることは無かったと見抜いていた。

 

「これ以上横合いから掻っ攫うような行為は見過ごせんぞ!!」

 

『何をしているランサー?セイバーを倒すなら、今こそが好機であろう』

 

 騎士道に忠実に動いていたランサーの行動に異を唱えるように、冷酷な声が辺りに響いた。

 その声の主が自らのマスターである事を理解したランサーは、姿無き主に向かって厳格な面持ちのまま進言し出す。

 

「主よ、セイバーは!必ずやこの『ディルムッド・オディナ』が誇りに賭けて討ち果たします!お望みならば其処に居るバーサーカーめも先に仕留めて御覧に入れましょう。故にどうか、我が主よ。この私とセイバーとの決着だけは尋常に…」

 

『ならぬ』

 

「主!!」

 

『・・・・令呪をもって命ずる・・・ランサーよ、バーサーカーを援護して、セイバーを殺せ』

 

 サーヴァントが絶対に逃れる事が出来ない指示が、緊迫に満ちた空気を凍りつかせるように冷厳に告げられた。

 次の瞬間に起きた出来事は劇的だった。ランサーとその主がやり取りを行なっている間に、アイリスフィールから治癒魔術を受けていたセイバーに向かって、護っていたランサーが二槍を背後へと突き出した。

 多少の傷は癒えていたセイバーは飛び去る事で回避し、ランサーに向かって呼びかける。

 

「ランサー!」

 

「・・・・セイバー・・・済まん」

 

 怒りと屈辱に満ちた顔をしながらランサーはセイバーに謝罪し、セイバーは言葉を失うしか無かった。

 もはやセイバーは進退が極まっていた。アイリスフィールの治癒魔術のおかげで動ける程度に回復はしたが、サーヴァント二体を相手に出来るほど回復はしていない。

 このままでは自身だけではなくアイリスフィールも殺されてしまうと考えたセイバーは、アイリスフィールに目配せを行なう。

 

「・・・アイリスフィール・・・この場は私が食い止めます・・・その隙に貴女だけでも離脱して下さい。出来るだけ遠くに」

 

 そうセイバーはアイリスフィールに告げながら、ジリジリと間合いを詰めて来ているブラックとランサーに目を向ける。

 必ずやアイリスフィールが逃げられるまで時間を稼いで見せると、セイバーが覚悟を決めた瞬間、突如として先ほどまで苛烈に攻撃を行なって来た筈のブラックが、興味が無くなったとばかりにセイバーとランサーに背を向ける。

 

「やりたければ勝手に戦うが良い。もう俺の用は終わった」

 

『なっ!?』

 

 完全に戦意が感じられなくなったブラックの声にセイバーとランサーだけではなく、『令呪』を用いたランサーのマスターも、ウェイバーとアイリスフィールさえも驚愕と疑問に満ちた叫びを上げた。

 ただ一人叫ばなかったライダーだけは、一人だけ納得したように頷きながら呟く。

 

「・・・なるほど・・・どうやら全てあやつの手の内だったようだな」

 

「な、何がだよ、ライダー?」

 

「簡単な事だ、坊主。もしもこの場であやつが引いた場合、ランサーに掛けられた『令呪』の指示はどうなる?」

 

「・・・え~と、ランサーに命じられたのは『バーサーカーを援護して、セイバーを殺せ』だから・・・バーサーカーが居なくなったら援護しようにも無いんだから・・・・『令呪』に寄る指示が実行出来ない!?」

 

「そういう事だ。つまり、ランサーのマスターは『令呪』を一つ無意味に使用したのだ。バーサーカーの思惑の通りになぁ」

 

 ライダーはそう告げながら、何時の間にか戦場から離れて行くように歩いて行くブラックの背を見つめる。

 最後にブラックは自身がこの場に現れる事になった元凶であるライダーへと顔を向けて、低い声で呟く。

 

「これで貴様が叫んでいた、腰抜けや臆病者と言う発言は俺には適用外だろう・・・ライダー、貴様は俺が“万全”に戦えるようになったら必ず討ち取ってやる」

 

 ブラックの発言にその場に居た誰もが言葉を失った。

 幾らセイバーが左手を使用出来なかったとは言え、セイバーを戦闘不能寸前にまで追い込んだ手並みは異常としか言えないほど。それでも万全で無かったと宣言したブラックを見つめていると、虚空に向かってブラックは告げる。

 

「ランサーのマスター。忠告しておくがセイバーをこのままランサーに襲わせるのはやめておけ。其処に居るライダーが横槍を入れるかもしれんだけではなく、“潜んでいる人間に殺されるぞ”」

 

『ッ!?』

 

 告げられた事実にランサーのマスターだけではなく、アイリスフィールも息を呑むが、もはやこの場に用が無いと言うようにブラックはその身を霊体化させて倉庫街から姿を消した。

 後に残されたのは戦場後に荒れ果てた倉庫街と、ブラックが居た場所を見つめるマスター達とサーヴァント達だけだった。




今回使用した技。

名称:『ブラックチャージ』
詳細:生前の知り合いである『ビクトリーグレイモン』の『ビクトリーチャージ』を会得したブラックの技の一つ。
本来は『オメガブレード』を用いる事で相手に放たれた攻撃を弾き返す技だが、作中ではアーチャーから所有権を奪った宝剣を使っているので弾き返す事が出来ず、攻撃を捻じ曲げて逸らしている。また、『宝具』の真名開放の類は『オメガブレード』を用いても弾き返せない。アーチャーの攻撃はあくまで『狙撃』に分類されているので可能だった。

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