始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

6 / 12
集う英雄達

 冬木市にある倉庫街は戦場と化していた。

 黒の閃光と白銀に蒼の閃光が自らの武器である槍と剣を鍔迫り合せあうと共に、破壊的な力の本流が吹き荒れ、倉庫街に置かれていたコンテナや倉庫の外装に傷跡を刻み付ける。前時代的な武器で在る筈の鋼の武器が激突しあうだけで、まるでハリケーンが起きたように無人の倉庫街を蹂躙し、破壊を引き起こして行く。

 その様子を見ていたセイバーの仮のマスター役を担っているアイリスフィールは、驚愕に息を呑むことしか出来なかった。知識としては知っていたが、やはり実物を目にするのは違っていた。

 人の形をしながらも、今アイリスフィールの目の前で戦っているセイバーとランサーは人の領域を超えて世界に認められた“英霊”。人知を超えた神話の再現のような戦いに、アイリスフィールは瞬きすら忘れて魅入る。

 

 しかし、驚愕の念を抱いているのはアイリスフィールだけではなかった。神話の再現のような戦いを繰り広げているセイバーとランサーも、初戦での相手にそれぞれ驚愕を隠せなかった。

 

(これほど巧みに二本の槍を使いこなすとは・・・この男、出来る!!)

 

 セイバーの驚愕の念は、ランサーが操る包帯状の呪布に全体が巻かれている“長槍”と”短槍”の二槍に集中していた。

 幾多の戦場を先陣を切って駆け抜け、自らも槍を振るったことがある彼女にとって槍とは“両手”で扱うのが常道の武器。だが、今目の前で戦っているランサーは、包帯状の呪布に巻かれている“長槍”と“短槍”の二槍を縦横無尽に使いこなしていた。ランサーは変幻自在で奇抜な挙動の攻撃を繰り出し、予想外の角度から奇襲をかけて来るのでセイバーは間合いに踏み切る事が出来ない。

 初戦での予想外の強敵に武者震いしながらも、セイバーはランサーとの鬩ぎあいを繰り広げて行く。

 そしてセイバー同様にランサーも初戦での相手に抱いている感情は同じだった。

 

(何と卦体な剣だ。刀身が見えない為に間合いが測れん)

 

 ランサーが攻めきれない理由は、セイバーが振るう不可視の剣が原因だった。

 不可視故にランサーはセイバーの剣の刀身の長さが解らず、セイバーの挙動に注視して太刀筋を読み取るしかなかった。故にランサーはセイバーの間合いが測りきれないせいで、明らかにセイバーの攻撃圏外だと解る場所から攻撃を繰り出すしか無かった。

 一見すればランサーがセイバーを防戦一方に追い込んでいるように見えるが、その実は一進一退の攻防だった。しかし、ランサーは凄愴な笑みを口元に浮かべ、血を滾らせながらセイバーとの死力を尽くす激闘を予感するのだった。

 

 

 

 

 

 二人の英霊が激突している場所から離れ、アイリスフィールの背後の位置に当たるコンテナの影から『気配遮断』スキルと霊体化で身を隠しているブラックは戦いを注視していた。

 目の前で繰り広げられる戦いに自らの本能がざわめくのを感じているが、何とかソレを抑え込み、今はセイバーとランサーの戦いを注視する事で情報を収集していた。

 

(凄いな、ランサーは・・・戦いの前に見れたステータスだとセイバーの方が上だったのに、そのセイバーと互角以上に戦っている)

 

(実際のところは一進一退の戦いだがな)

 

 脳裏に聞こえて来た雁夜の言葉に、ブラックは素っ気無く答えて戦いを見つめる。

 セイバーとランサーが戦いあう前に僅かな時間だけブラックは実体化し、隠れ家に居る雁夜にランサーのステータスを読ませていた。そのすぐ後に霊体化したのは自分の姿を誰にも見られないようにする為。

 何処に監視の目があるか分からない現状では、魔力消費を抑える為に極力霊体化して動くようにブラックはしている。霊体化していても目の前の光景は見えるので問題は殆どなく、問題があるとすれば敵のサーヴァントのステータスが見れない事とマスターとの五感共有が出来なくなるだけ。

 雁夜の方にはサーチャーからの映像が見れる機械があるので問題は無い。相手のステータスを見る時だけ実体化して再び霊体化すれば良いのだから。

 その他にも雁夜が隠れ家に潜んでいる理由はある。その理由の為にブラックは雁夜に質問する。

 

(それで・・・セイバーか、ランサーのどちらかに当たりは付いたのか?)

 

(あぁ・・・間桐邸から持って来た英霊の伝説や伝承に関する書物を、お前の『宝具』の女性から教えて貰った『検索魔法』を使用して調べたら、ランサーの容姿や武器に一致する英霊が居た。“右目下の黒子”。“長槍と短槍の二槍の使い手”・・・・呪布のせいで槍の色が見れないから確証はないが、ケルト神話の英雄『輝く貌のディルムッド・オディナ』に類似している部分が多い)

 

(『ディルムッド』か・・・なるほど、確かに英霊としても強力な奴だな)

 

 雁夜の報告にブラックは納得したように頷くと共に、依然拮抗したまま戦い続けているセイバーとランサーを見つめる。

 

(それでセイバーの方はどうだ?)

 

(・・・そっちは駄目だ。そもそも伝承や伝説で女性としての英雄の方が珍しいし、不可視の剣を使う女性の英雄なんて俺も聞いたことがない)

 

 間桐に戻る前はフリーライターを雁夜は営んでいたので、それなりに伝承や伝説には詳しいのだが、セイバーの容姿と扱っている不可視の武器を持つ英雄に覚えがなかった。

 

(俺にも覚えがないな・・・しかし、セイバーの振るう剣の正体が奴の素性を知ることが出来る鍵なのは間違いあるまい。今のところは膠着状態だが、そろそろ状況が動いてもおかしくは・・・・)

 

(どうした?)

 

(・・・・小娘に頼んでサーチャーの一つを岸壁の方に聳え立っているデリッククレーンを見れるようにしろ・・・・“アサシンが居る”)

 

(ッ!?)

 

 報告に雁夜が息を呑む気配を発するが、ブラックは構わずにデリッククレーンの上に何時の間にか姿を現していた漆黒のローブに身を包んで、髑髏の仮面を被ったアサシンのサーヴァントを見つめる。

 クレーンの上に我が物顔で陣取っているのは間違いなく、遠坂邸でアーチャーに倒されたはずのアサシンのサーヴァント。やはり偽装だったのだとブラックは思いながら、驚愕が治まったであろう雁夜とレイラインを通して会話する。

 

(今から一瞬だけ実体化する。すぐに視覚を共有して奴のステータスを読み取れ)

 

(分かった。だけど、大丈夫なのか?もしもお前の考えの通りに、セイバーのマスターが例の人物だったら姿を見られる可能性が在るぞ?)

 

(安心しろ。“アサシンが現れた今ならば問題はない”。だからこそ、急ぐんだ)

 

(・・・其処まで言うなら・・・準備は良いぞ)

 

(行くぞ)

 

 言い終えると共にブラックは一瞬だけその身を実体化させてアサシンを見つめると、再び霊体化する。そのままアサシンのステータスを見たであろう雁夜と連絡を取る。

 

(どうだ?)

 

(何とか見れた・・・・だが、信じられないがあのアサシンのステータスは殆どE判定だ。唯一幸運だけがDだったが、ステータスの殆どがEなのは変だ)

 

(そうとは限らんぞ。恐らく奴の『宝具』は自らを分裂させる能力なのだろう。だが、分裂出来る代償としてステータスが下がると考えれば説明がつく・・・しかし、厄介な暗殺者が召喚されたな)

 

(どういう意味だ?ステータスが殆どE何だから、直接戦うことになっても今の状態のお前でも勝てるだろう?)

 

(よく考えてみろ。どれほど分裂出来るか分からん上に、全てのアサシンが『気配遮断』のスキルを持っている。しかも分裂系を破る為には、“本体を倒す”か“全てを倒す”のどちらかしかない。今の説明で厄介だと言う意味が分かっただろう?)

 

(・・・あぁ・・・確かに厄介なアサシンが召喚されたな)

 

 ブラックの言葉の意味を理解した雁夜は僅かに恐れを含んだように声を震わせた。

 流石に無限に分裂出来ると言う事はないだろうが、それでも一、二体の分裂で済む筈がない。更に言えば本体を倒すにしても、全てを倒すにしても難しい。迂闊に外に出るのも危険だと雁夜は理解し、今回召喚されたアサシンの厄介さを心の底から実感する。

 

(・・・恐らくは時臣が考えた策だろう。今回のアサシンを倒すのに一番手っ取り早い方法は『マスター殺し』だ。幾ら元代行者でもサーヴァントには勝てないから、安全に諜報と暗殺を行なう為に教会で匿われているんだ)

 

(同感だな・・・・さて、どうしたものか)

 

 新たに判明した情報に対してブラックは策略を練ろうとする。しかし、策略が浮かぶ前に鳴り響いていた剣戟の音が聞こえなく成っている事に気が付き、ランサーとセイバーの二人に目を向けてみると、二人は破壊し尽くされた倉庫の跡に立ちながら睨み合っていた。

 互いに倉庫を破壊し尽くすほどの戦闘を行なったのにも関わらず、セイバーもランサーも掠り傷一つ負っていなかった。

 

「名乗りもないままの戦いに栄誉も糞もあるまいが・・・・賞賛を受け取れセイバー。女だてらに見上げた奴だ」

 

 殺意を二槍の切っ先に漲らせながらも、ランサーは涼しげな眼差しをセイバーに向けながら賞賛した。

 自らに向けられた賞賛にセイバーも口元に笑みを浮かべながら、目の前に立っている好敵手に言葉を返す。

 

「無用な謙遜だぞ、ランサー。貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞・・・・・・私には誉だ。ありがたく頂戴しよう」

 

 ランサーとセイバーは互いに褒めあった。

 互いに使う武器は違うが、二人とも騎士として生きていた者。それ故に二人の根幹は良く似ていた。

 己の武技を頼りに戦場を駆け抜け、数々の武勇を立てた生粋の武人であり騎士。だからこそ、己の武と同等の武を持った者との出会い、その武を競え合える事を互いに嬉しく思っていた。

 しかし、その騎士達の静謐な語り合いを無視するように、場違いな無粋な男性とも女性とも分からない声が響く。

 

『戯言はそこまでだ、ランサー』

 

「ランサーの・・・マスター」

 

 辺りに反響する声の主に正体に気がついたアイリスフィールは険しい声を出して辺りを見回すが、声の主は発見出来なかった。

 そんなアイリスフィールの様子に構わずに、ランサーのマスターと思わしき者はランサーに命令を行う。

 

『これ以上勝負を長引かせるな、そのセイバーは難敵だ。速やかに処理せよ・・・宝具の開帳を許す』

 

「了解した。我が主」

 

ーーーバサッ!

 

 ランサーは自身の主の声に応じると共に左手の短槍を地面に放り投げると、右手に握っていた長槍に巻かれていた呪布を取り去り、真紅に輝く槍を晒した。

 その真紅の槍から魔力が蜃気楼のように立ち上り、セイバーは警戒心を強めながら槍を見ていると、ランサーがセイバーに声を掛ける。

 

「そういうわけだ。ここからは殺りに行かせて貰う」

 

「・・・・」

 

 ランサーの言葉と共にセイバーは深く腰を落とし、二人は慎重に間合いを計り始める。

 そんな中セイバーが考えるのはランサーの宝具の性質だった。

 宝具には大別して二種類存在している。真名を解放して爆発的な威力を発揮するものか、もしくはその武器の性質が宝具の能力であるという場合の二種類。

 セイバーの剣は前者に辺り、ランサーの槍は後者に当たる。問題はどんな能力がランサーの槍には宿っているのかと言う事だが、隠れて様子を伺っていたブラックはランサーが持つ槍の能力を大まかに推測する。

 

(もしも奴の正体が予測どおりならば、あの槍は恐らく何かしらを無効化する能力があるはず。クレニアムモンのアヴァロンのように攻撃を完全に無効化する能力だったら不味いが、その可能性は低いだろう・・・・それにセイバーは気がついていないが投げ捨てた短槍。恐らくアレが本当の本命だ。それにセイバーが気がつかなければ、致命的なダメージを追う可能性が高い)

 

 そうブラックがランサーの狙いを考えていると、ランサーはセイバーに向かって神速の突きを放つ。

 

「フッ!!」

 

ーーースッ!!

 

 余りにも速いランサーの突きはアイリスフィールの目に映る事さえなく、セイバーに向かって行く。

 しかし、セイバーもまた最有と呼ばれるほどのサーヴァント。ランサーの達人でさえも気がつくことが出来ない神速の突きを、握っている不可視の剣で弾く。

 

ーーーガキィィィーーーン!!

 

ーーードオオーーーーー!!

 

「なっ!?」

 

「フッ!!」

 

「えっ!!」

 

 セイバーの不可視の剣とランサーの真紅の槍が激突し合った瞬間に、突如として突風が発生し、セイバーは驚き、ランサーは笑みを浮かべた。

 何が起きたのか分からなかったアイリスフィールは、突風の発生源であるセイバーの不可視の剣を疑問の声を上げながら見つめる。だが、アイリスフィールの背後の倉庫の影に隠れて見ていたブラックは、雁夜が告げた情報が正しかったことに目を細める。

 

(今ので確定した。ランサーの正体は予測どおり、『輝く貌』のディルムッド。奴が握っている紅い長槍は“魔を断つ赤槍”と呼ばれる槍。能力は今の現象から見たところ“魔力遮断”。それに一瞬見えたセイバーの剣。アレが間違いなく俺のオメガブレードに劣らない最高位の剣だ。となれば、セイバーの正体も自ずと見えて来る)

 

 内心でそう呟きながらも、ブラックはランサーの槍が触れると共に顕になって行くセイバーの剣を注視する。

 セイバーの不可視の剣は間合いが測れないからこそ厄介。だが、ランサーのおかげで刃渡りを見切る事が出来る。

 自身とセイバーが戦う時に余計な行動をせずに済むと思いながら、ブラックはセイバーとランサーの動作を見極めて行く。その間にも戦いは続き、セイバーは鎧を無視して自らに傷が負わされる事でランサーの槍の力を理解する。

 

「・・・そうか。その槍の秘密が見えてきたぞ、ランサー」

 

「フッ・・・甲冑の守りを頼りにしているなら、諦めた方が良いぞ、セイバー。我が槍の前では丸裸も同然だ」

 

(・・・上手いな。セイバーが思っていたことを見越して鎧の無意味を注目させた。セイバーがランサーの正体に気が付いていない現状では有効な手段だ)

 

 ランサーの巧みな誘導をブラックは賞賛した。

 常識に縛られてしまっているセイバーに対してこれ以上に無いほどの有効な手段。案の定セイバーはランサーの思惑に乗ってしまい、胸甲、手甲、長い草刷りから足甲までの全てを霧散させて蒼い帷子のみの軽装になる。

 

「たかだか鎧を剥いだ程度で得意げになって貰っては困るぞ、ランサー。防げぬ槍ならば、防ぐよりも先に斬るのみだ。覚悟して貰うぞ、ランサー」

 

「“乾坤一擲”と言う訳か。その勇敢さと潔い決断には賞賛するが・・・この場に限っては失策だったぞ、セイバー」

 

「さてどうかな?失策かどうかは、次の一撃を受けて貰ってからにして貰う」

 

 不敵な笑みを浮かべながらセイバーは宣言し、ランサーの動きを注視して隙を探り出す。

 ジリジリとランサーは足を動かし、セイバーの一撃に対して真っ向から受ける態勢を取ろうとする。だが、ほんの僅か。並みのサーヴァントならば見逃してしまいそうになるほどの僅かだけ、ランサーの下肢に力が篭もって動きが停滞してしまう。

 セイバーはその僅かな動作を見逃さすこと無く、バン、と後方の大気を破裂させ、自らのスキルである『魔力放出』に加えて剣を覆っていた『宝具・風王結界(インビジブル・エア)』を解放し、超音速の弾丸となってランサーに迫る。

 反撃の隙を与えないと言う肉を斬らせて骨を断つと言うセイバーの策。だが、セイバーの策に対してランサーは凄烈な笑みを浮かべながら足を蹴り上げる。砂利と共に蹴り上げられたのは、ランサーが紅槍を晒す時に放り捨てた短槍。何時の間にか呪布は解けて黄色の鋼を晒している。

 ランサーの左手に舞い込むように握られる短槍を目にした瞬間、セイバーの『直感』は危険を感じるが、既に止まれる状況ではなく真っ直ぐに串刺しにしようと待ち構えている短槍に直進してしまい、血の花が僅かに舞い散った。

 その光景にアイリスフィールは思わず目を見開くが、血を舞い散らせたセイバーは串刺しではなく左手に傷を負い、ランサーも同様の箇所に傷を負っていた。激突の瞬間にセイバーがギリギリのところで態勢を傾けて負傷を押さえたのだ。

 その光景を余さず見ていたブラックは、僅かに感嘆が篭もった息を吐く。

 

(・・・・此処までやるとは・・・あの状況に持っていったランサーも凄いが・・・あの状況をギリギリのところで回避し、ダメージを抑えたセイバーも最優のサーヴァントと言われるだけはある・・・最もセイバーの方は遅すぎたがな)

 

 ブラックがそう内心で呟くと同時にアイリスフィールがセイバーに回復魔術をかけるが、先ほどの胸の傷と違い、癒える様子は無かった。

 困惑したようにアイリスフィールは視線を彷徨わせるが、その間にランサーの傷は隠れているマスターに治癒されてしまう。

 

「やれやれ、つくづく勝たせてくれんか。だが、代償は高かったぞ。我が『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を前にして、鎧が無為だと悟ったまではよかったな。が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は防げていたものを」

 

「・・・なるほど、一度穿てばその傷を決して癒さぬと言われる呪いの槍、もっと早くに気づくべきだった。フィオナ騎士団、随一の戦士・・・・『輝く貌のディルムッド』。まさか、手合わせの栄を得られるとは思いませんでした」

 

「それがこの『聖杯戦争』の妙であろうな。しかし、誉れが高いのは俺の方だ。『英霊の座』に招かれた者ならば、貴様の持つ黄金の宝剣は見間違える事はせぬ。彼の名高き騎士の王、『アーサー』よ」

 

「此方の真名も見抜かれたようですね」

 

「フッ・・・さて、互いの名も知れたところで、漸く尋常なる勝負を挑めるわけだが、左手を奪われたままでは不満かな、セイバーよ?」

 

「戯れ言を。この程度の手傷に気兼ねされたのでは、寧ろ屈辱だ」

 

 セイバーは毅然と言い放つが、内心では歯噛みしていた。

 ランサーによって負わされた左手の傷は、よりにもよって腱を斬られてしまっている。何かを握る上で最も重要な親指がそのせいで動かず、セイバーは右手で剣を振るうしか無かった。

 『魔力放出』のスキルをセイバーは持っているので右手だけでも充分に剣を振るえるが、『真の宝具』の使用は不可能になった。しかし、セイバーの闘志は萎えることなく、寧ろ一層を昂らせて剣を構える。

 ランサーもその姿に自らの闘志を昂らせて本来の二槍を構え直し、互いの戦意が最高潮に上がった瞬間、空から轟音が鳴り響く。

 

AAAAA(アアアアア)LaLaLaLaie(ラララライッ)!!!!!」

 

『ッ!!』

 

 轟音に負けないほどの大音声と共にセイバーとランサーの中間辺りに、空から逞しい牡牛二頭に牽かれた古風な戦車が紫電を発しながら着地した。

 そして着地すると同時に戦車の御者台に威風堂々と巨漢の男が立ち上がり、雷鳴に負けないほどの大声量で叫ぶ。

 

「双方、武器を収めよ!!王の御前である!!」

 

(・・・・・何だアイツは?)

 

 突然に現れた巨漢の男の姿にブラックは思わず疑問の声を上げるが、男は更に呆気に取られる事を叫びだす。

 

「我が名は『征服王イスカンダル』、此度の聖杯戦争ではライダーのクラスで現界しておる!!」

 

(・・・真名を平然と名乗った?・・・よほど自分の実力に自信が在ると言う事か?)

 

(おい!ブラック!!!アイツはイスカンダルって名乗ったよな!?)

 

(・・・そうだが、何を慌てている?)

 

 呆気に取られていたところでいきなり脳裏に聞こえていた雁夜の叫びに、ブラックは眉を顰めながら質問した。

 

(イスカンダルって言ったら、世界を半分制覇した大英雄だ!?よりにもよってそんな奴が召喚されていたんだぞ!!)

 

(ほう・・・・つまり奴の名乗りは・・自分の実力の裏打ちからか・・・面白い)

 

(ッ!?)

 

 レイラインを通して伝わって来たブラックの感情に、雁夜は絶句した。

 伝わって来た感情に恐れなどの恐怖的な感情は一切ない。ただ圧倒的なまでの歓喜だけを雁夜はブラックから感じていた。世界を半分征服した相手が居る事に対して恐怖や畏怖を抱かないブラックに雁夜は恐れを感じるが、ブラックは構わずに耳を研ぎ澄ませてライダー達のやり取りを聞く。

 いきなりライダーは『聖杯戦争』をそっちのけにしてセイバーとランサーを勧誘しだし、失敗してライダーのマスターと思われる青年‐『ウェイバー・ベルベット』に責め立てられるがライダーは全く気にした様子は無かった。

 大物なのか、それとも馬鹿なのか判断が付き難いとブラックが思わず首を傾げていると、今度はランサーと思わしき男の怨嗟に満ちた声が倉庫街に響き出す。その内容は本来ランサーのマスターはイスカンダルを呼び出すつもりだったのだが、聖遺物をウェイバーが盗み出したため、ランサーを召喚したと言う内容だった。

 

『致し方ないなぁウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味・・・その恐怖と苦痛とを、余すところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

 

(・・・・ランサーが忠義心の高そうな奴で良かったな・・・他のプライドの高い英霊ならば、今のやり取りで貴様を見限っても可笑しくなかったぞ)

 

 英霊とは己の武に誇りを持つ者が多い。

 先ほどの殺気と怨嗟に満ちた言葉は、まるでランサーよりもライダーの方が良かったと言っているようにも聞こえ、その誇りを侮辱する行為になる。それだけ怒りを覚えていると言う事もあるかもしれないが、プライドの高い英霊ならばまず間違いなくランサーのマスターの言は不愉快に感じてしまう。

 忠義心が強いランサーが召喚されたのはランサーのマスターの幸運だとブラックが考えていると、ライダーがランサーのマスターを腰抜けだと大笑しながら叫び、更に辺りに向かって大声量で叫ぶ。

 

「おいこらッ!!!他にもまだおるだろうが。闇にまぎれて覗き見をしている連中が!!」

 

「・・・・如何言うことだライダー?」

 

「セイバー、そしてランサーよ。うぬらの真っ向切っての競い合い、真に見事であった。あれほどの清澄な剣戟を響かせては、惹かれて出てきた英霊が、よもや余一人ということはあるまいて。情けない!情けないのぅ!!冬木に集った英雄豪傑どもよ。このセイバーとランサーが見せ付けた気概に、何も感じるところがないと抜かすか?誇るべき真名をもちあわせておきながら、こそこそと覗き見に徹すると言うのなら、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?」

 

(・・・・・腰抜けだと?)

 

「聖杯に招かれし英霊は、今、此処に集うがいい。尚も顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!」

 

(・・・・・・・・・・・・・臆病者だと?)

 

 ライダーの挑発的な言動にブラックは霊体化しながらも、血が出ても可笑しくないほどに両手を強く握り締め、隠れていた場所から移動しだした。

 同時にライダーの背後の街灯のポールの頂上に黄金の輝きが発し、黄金に輝くフルメタルプレートを装備した金色の髪の燃え上げるような瞳を持ったサーヴァント-『アーチャー』が不愉快そうに口元を歪めながら姿を現す。

 

(オレ)を差し置いて『王』を称する不埒者が一夜のうちに二匹も涌くとはな」

 

「難癖つけられたところでなぁ・・・・・イスカンダルたる余は世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」

 

「たわけ、真の英雄たる王は天上天下に(オレ)ただ一人。あとは有象無象の雑種に過ぎん」

 

「其処まで言うんなら、まずは名乗りを上げたらどうだ?貴様も王ならば、まさかおのれの威名を憚りはすまい?」

 

「問いを投げるか?雑種風情が、王たるこの(オレ)に向けて?・・・我が拝謁の栄に俗してなお、この面貌を知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない」

 

 そうアーチャーが殺意に満ち溢れながら宣言すると共に、左右の空間が歪み、一目見ただけで凄まじい魔力が宿っていると分かるほどの剣と槍が出現した。現れたそれらは目を奪われるような装飾が施されているばかりか、隠しようもないほどの猛烈な魔力を発している。

 明らかに『宝具』としか分類することが出来ない剣と槍に、その場に居る全員が戦慄した瞬間。

 

ーーーコツ、コツ

 

 あらぬ場所から足音が響いた。

 静かな足音。だが、その足音が聞こえる場所からは新たなサーヴァントの気配が発していた。更なるサーヴァントの出現に、倉庫街に居た誰もが、アーチャーも含めて其方に視線を移す。

 その相手はコンテナとコンテナの間から出て来た。足元まで届く長いロングコートを羽織り、体を黒い服で覆い尽くしている黒髪で金色の瞳を持った長身の男性-ブラックが双眸に苛立ちと殺意を込めながら英霊達とマスター達の前に姿を現したのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。