始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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再び遅れてすいませんでした。


真の開幕

 休日の昼下がりの冬木市新都。

 時間帯と休日と言うこともあって人通りが多い中を着古したコートとシャツを着た一人の男が、行き交う人々の中に溶け込むように歩いていた。その男の名は『衛宮切嗣』。まもなく本格的に開始される『第四次聖杯戦争』に参戦するマスターの一人だった。

 遠い北の地から自分の存在を出来るだけ隠すように入国し、その足で冬木市新都に入った切嗣は事前に冬木市に潜入させていた部下の下に、開発が進んでいる新都の街並みを観察しながら向かっていた。

 

(想像していた以上に開発が進んでいる。三年前の地理は余り役に立たないな。近辺の地理の把握を急がなければ)

 

 想像以上に冬木市の地理事情が変化している事に難儀しつつも、切嗣は待ち合わせ場所のビジネスホテルに到着する。

 都内で一番利用者の幅が広いホテルの中に切嗣は入り込むと共に、勝手知ったるを装いながらエレベータで七階にまで移動し、自身の部下が逗留している部屋の前に立つ。切嗣がノックすると共に即座に扉が開き、怜悧な表情をした色白の漆黒のストレートヘアを棚引かせている女性-『久宇舞弥』が切嗣の前に姿を見せ、二人は視線だけで再会の挨拶を交わすと、即座に部屋の中に入り込む。

 『久宇舞弥』。彼女は『衛宮切嗣』の助手。二人の関係は魔術師の中では弟子に分類されるだろうが、切嗣が舞弥に教えたのは『魔術』ではなく、“戦う為の手段”。戦地で孤児だった舞弥を切嗣が拾い上げ、自らの“手段”の一つとした。

 『聖杯戦争』と言う自らの理想を叶える最後の手段を知り、御三家の一つであるアインツベルンに切嗣が婿養子として入った後も二人の関係は続き、舞弥は切嗣の指示に従って外地で『聖杯戦争』の準備を進めていた。それは時には舞弥は切嗣以上に冷酷な判断が出来るからこそ、切嗣は外地での準備に不安は無かった。

 

「昨夜遠坂邸で動きがありました。映像を記録してあるので確認して下さい」

 

「解った。さっそく見せてくれ」

 

 久々の再会だと言うのに開口一番に事務的な事を告げる舞弥の様子に、内心で安堵を覚えながら切嗣は舞弥に説明を促す。

 その指示に舞弥は部屋に備え付けられているテレビに繋いだデコーダーのスイッチを入れて、映像をテレビに映し出す。テレビに映し出されたのは昨晩の出来事。不鮮明な部分もあるが、髑髏の仮面のサーヴァントが何も出来ずに遠坂邸の頂に立っている黄金のサーヴァントに蹂躙され、消滅して行く光景を切嗣は眉一つ動かさずに確認し、舞弥に質問する。

 

「この展開をどう見る?」

 

「出来すぎのように思えます。アサシンの実体化から、遠坂のサーヴァントの攻撃までのタイムラグが短すぎます。待ち構えていたと考えるのが妥当だと思います。だとすれば、遠坂は『気配遮断』のスキルを持ったアサシンの襲撃を事前に承知していたのではないかと」

 

「そう考えると、ますます納得がいかない映像だ。待ち伏せするほどの余裕があったにも関わらず、遠坂のサーヴァントはみすみす姿を晒したばかりか、『宝具』らしき物も見せた」

 

 余りにも手の内を初戦から見せすぎた遠坂時臣の行動に、切嗣は訝しむ。

 『聖杯戦争』の常識として『サーヴァントの正体は秘匿する』。召喚されるサーヴァントが無名の者でない限り、多くの英霊達は過去に伝承や伝説を残している。其処から弱点だけではなく戦術パターンまで把握されれば、戦いは一気に不利になる。にも関わらず遠坂時臣は傍目から見ればデメリットにしか見えない策を取って来た。

 だが、切嗣は時臣とは比べものにならないほどの戦いや戦場を経験しているので、時臣の行動には何か裏があると悟る。

 

「見せなくていいものを見せたとすれば・・・・其処に何かしらの意味がある」

 

「もしも“最初から遠坂邸での出来事を見せる”と言う意図で動いたとすれば」

 

「メリットが一番大きいのはアサシンのマスターだ。舞弥、アサシンのマスターはどうなった?」

 

「昨夜のうちに教会に保護されました。監督役からも保護下においた旨が告知されています。保護された者の名は言峰綺礼といいます」

 

「・・・・」

 

 告げられた名前に切嗣の眼光に冷ややかな凄みが宿った。

 『言峰綺礼』。事前に集めた参加者に関する情報によって、その名を切嗣は知っており、同時に『聖杯戦争』に参加する中で最も“危険な人物”と認識している相手。

 その人物の居所が分かった切嗣は自分達が行なうべき事を一つ理解し、舞弥に指示を出す。

 

「舞弥。教会に使い魔を放っておけ。ひとまずは一匹だけだ。場合によっては数を増やすかもしれない」

 

「・・・・いいのですか?『聖杯戦争』が本格的に開始された今、教会は不可侵地帯になっています。参加しているマスターが干渉するのは禁じられています」

 

「監督役の神父にバレないよう、ギリギリの距離をうろつかせるだけでいい。コントロールも本腰はいれず片手間でな。実際には何もせずに“監視しているフリをする”だけでいいんだ。寧ろ絶対に見破られないように注意深く隠しておけ」

 

「・・・・はい、分かりました」

 

 切嗣の指示の意図が分からなくとも、舞弥は是非を問うことなく頷いた。そのまま冬木に放っている蝙蝠の使い魔を一匹、教会に向かって飛ぶように思念を送る。

 その間に切嗣は付けていたテレビの電源を消して、ベットシーツの上に置かれている舞弥が用意した高性能の現代兵器の点検を行ないながら再び舞弥に質問する。

 

「他に動きらしい動きは?」

 

「時計塔の魔術師である『ケイネス・アーチボルト』の現地入りを確認しました。拠点の場所も判明しています。更に冬木に来たのはアーチボルトだけではなく、その婚約者と思われる女性の姿もあります」

 

「なるほど・・・・事前の調べどおりだな。だが、婚約者まで連れて来るとは、好都合だ」

 

 『聖杯戦争』が始まる前から『ケイネス・アーチボルト』。時計塔では『ロード・エルメロイ』とまで呼ばれる魔術師の参戦の情報を切嗣は得ていた。

 そしてケイネスが婚約者を大切に思っていることも知っている。取れる手段の幅が増えた事を切嗣は考えながら装備品の点検を進めていく。

 

「これで事前に判明していたマスターの内、三人までの動きが分かった。それで『間桐』の方はどうなっている?」

 

「其方に関しては目立った動きらしい動きはありません・・・ですが、気になる動きがあります」

 

「と言うと?」

 

「サーヴァントが召喚したと思われる日の翌日から、表向きは『間桐』の頭首となっている間桐鶴野が裏の世界でもそれなりに名が知られている情報屋と接触して金に糸目をつけずに『聖杯戦争』に参加するマスターの情報を集めています」

 

「なるほど・・・・確か今回の間桐の参加者は『間桐雁夜』。兄よりも魔術師の素質は高かったらしいが、頭首を継がなかった落伍者だったはずだ。一年ほど前に間桐に戻ったらしいが・・その動きは気になるな」

 

 僅かな間桐の行動の変化。それが切嗣の中の琴線に触れた。

 一見すれば漸く『聖杯戦争』への本腰を入れ始めたと思える行動だが、それならば一年前から行動すべき。何せ切嗣や時臣などは年単位で『聖杯戦争』の準備を進めて来たのだ。幾ら間桐が衰えて来ているにしても、『聖杯戦争』が開催される間近で情報を集めだすのは不自然だった。

 

「・・・・考えられるとすれば、間桐が召喚したサーヴァントの行動かもしれない・・一年程度の急造の魔術師なら『バーサーカー』辺りを召喚すると予想していたが」

 

「他のクラスのサーヴァントが召喚された可能性が増えましたね」

 

「あぁ・・・・舞弥、間桐の屋敷には監視装置は設置したか?」

 

「既に取り付けてあります。今のところ、間桐雁夜は屋敷に篭もっていますが、使い魔による監視は行なっているようです」

 

「そうか・・・暫らくは静観だ。今日の午後の二時すぎぐらいに、アイリと『セイバー』が冬木に来る。それまでにこっちの準備を進めるぞ」

 

「分かりました」

 

 切嗣の指示に舞弥は無表情のまま頷いた。

 それを確認すると共に切嗣はベットスーツの上に置かれている新調された装備品の点検を全て終えた。舞弥は装備の点検が終わったのを目にすると、最後にクローゼットを開けて中から紫檀で設えたケースを取り出す。

 そのケースの中に切嗣が、アインツベルンに婿養子に入ると共に舞弥に預けた最も信頼している『礼装』が収まっている。無言のまま切嗣はケースを舞弥から受け取ると、サイドテーブルにケースを乗せて中身を確認する。ケースの中に入っていたのは『トンプソン・コンテンダー』。改良されたことにより、マグナム銃よりも遥かに強力な火力を誇る銃。短剣を思わせるような銃と共に収まっている十二発の魔弾の存在を確認すると、素早く一発の魔弾を薬室に装填する。

 何よりも慣れ親しんだ感触に胸に苦いものが湧き上がりながら、二発目をケースから取り出し、再装填の手順を素早くこなす。

 

ーーーガチャン!

 

「・・・・二秒か・・・衰えたな」

 

「はい」

 

 自嘲的に呟いた切嗣の言葉に、舞弥は斟酌なく頷いた。

 舞弥が知る切嗣ならば、二秒と言う再装填の時間はかかり過ぎている。邪念が切嗣の動作を鈍らせているのだ。自らの衰えに自嘲しながら銃から魔弾を抜き取り、床に落ちた魔弾も拾い上げる。

 そのまま銃と共に二発の魔弾をケースに収めながら、切嗣は呟く。

 

「其処にあるワルサーよりも、イリヤの体重は軽いんだ。もう八歳になると言うのに・・・」

 

 胸に宿っている邪念の正体は、遠い北の地に残してきた実の娘への想い。

 苦々しい述懐を漏らす切嗣の懐に素早く舞弥が入り込み、蛇のように素早く後頭部に伸ばした手で切嗣の動きを封じ、その唇を舞弥は自分の唇で奪う。

 自らに起きた出来事に切嗣は胸に宿っていた情感が冷えて行くのを感じる。久宇舞弥は自らが与えた役割を行なっただけ。衛宮切嗣と言う機械を、より機械らしくする為の補助機械こそが久宇舞弥。

 

「・・・今は余計なことを考えずに、必要なことだけに意識を向けて下さい」

 

 男女の余韻を一切感じさせない声で舞弥は切嗣に告げ、無言のまま切嗣は舞弥を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 午後三時すぎぐらい、冬木市内を歩く二人の美女の姿が在った。

 一人は高級な服の数々を着ている銀髪にルビーを思わせるような瞳を持った女性-衛宮切嗣の妻である『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』。生まれ育ちのせいか、その身から気品が滲み出ていて周囲の人々の目をいやおうにも引き付けてしまう。その上、アイリスフィールの横には金髪に翡翠色の瞳を持った女性も立っているので尚更だった。

 着ている服はダークスーツと言う男装の衣装だったが、細い体躯と色白のきめ細かい肌は人々が目を向けざるをえないほどだった。彼女こそが衛宮切嗣が召喚したサーヴァント・セイバー。

 道行く人々はその二人の姿を目にするだけで思わず歩みを止めるほどに魅入ってしまう。しかし、その二人の美しさに魅入られずに、二人からかなり離れた距離で監視するように見つめる影が在った。

 

(どうだ、雁夜?)

 

(あぁ、間違いなく『セイバー』のサーヴァントだ。流石に最優のサーヴァントなだけあって、ステータスはかなりのものだぞ)

 

(そうか)

 

 自らのスキルの一つである『気配遮断』のスキルを利用して二人を監視していたブラックは、視覚共有することでステータスを読み取った雁夜の報告に僅かに笑みを浮かべた。

 今のところのブラックと雁夜の基本的な方針は、出来るだけ戦闘を控えて情報収集に徹する事だった。ブラックは人間状態の時ならば『気配遮断』のスキルを使用出来るので、幾ら最優と言われるセイバーのサーヴァントだろうとブラックの気配が悟られることはない。それ以外にもブラックが最新の注意を払っている事もあるのだが、とにかくブラックはセイバーとアイリスフィールを今のところ監視することにしている。二人の容姿は目立つので、これ以上にないほどに他の陣営を呼び寄せる餌になる。

 恐らくはそれこそがセイバーの本来のマスターの狙いなのだろうとブラックが考えていると、気がついていない雁夜がレイラインを通して疑問の声を告げて来る

 

(しかし、情報だとアインツベルンのマスターは衛宮切嗣だと思っていたんだが・・・今、セイバーと一緒に居る女性がマスターなのか?)

 

(違うな。恐らくあの二人は囮だ。囮に釣られてノコノコと出て来た獲物を刈り取るのが、本来の目的だろう)

 

(そ、そうか)

 

 ブラックの推測に雁夜は僅かに恐ろしさが篭もった声を出した。

 元々未熟な自分が戦場に出るのは控えようと言う方針だったが、もしも姿を見せていれば何時暗殺されても可笑しくは無いことが判明した。何せブラックはともかく、雁夜は仲良く歩くセイバーとアイリスフィールの姿に、二人の間には信頼関係があると見えたのだから。

 もしもそれを信じて動いていたら手痛いダメージを受けていたかもしれないことに雁夜は震えながら、元々決めていたことを確認する。

 

(そ、それじゃ俺はこの家で桜ちゃんを守っていればいいんだな?)

 

(あぁ・・・“魔導師”としてもまだまだなお前では戦場に出て来られては困るからな。何よりも『キャスター』の存在が在る。お前は小娘を護る事に徹していろ)

 

(わ、分かった)

 

(俺はこのまま監視を続ける。他のサーヴァントが現れたらすぐに知らせるから、其処からステータスを読み取れ)

 

 そうブラックは告げると共に雁夜との会話を切って、次に周りに目を向ける。

 二人の目立つ容姿に惹かれるのは何も一般の人々や『聖杯戦争』に参加している者だけではない。ブラックの本当の狙いである教会関係者もセイバーとアイリスフィールの監視のために近づいて来る。

 後は確実にその連中が教会関係者だと判明するのを待つだけ。判明した時こそ、ブラックは動き出すつもりだった。

 

(気に入らんがやはり動き出すならば中盤以降だな・・・・それまでに他の連中が敗れない事を願うしかないか)

 

 ブラックは満足に自分が戦えない現状に不満を抱きながらも、楽しく街を歩いているセイバーとアイリスフィールの後を尾行し続ける。

 二人は冬木の街の営みを見守るかのように探索を続け、最後に海浜公園に辿り着く。その場所は街中よりも静かなので、途切れ途切れながらもブラックの耳に二人の声が届いて来る。

 

「アイリスフィール・・・本当は・・・・切嗣と・・・・歩き・・・・・・のでは・・・ありま・・・」

 

(やはり、関係者か。となると、あの二人には発信機辺りが付いているかもしれん)

 

 重要な単語を聞いたブラックは、更に精神を集中させて二人の会話を少しでも良く聞けるように耳を研ぎ澄ませる。

 

「駄目・・・あの人に・・・・辛い・・・」

 

「切・・・貴女・・・時間を・・・楽しまない・・・か?」

 

「いいえ・・・・だけど・・・駄目・・・あの人は・・・幸・で・・・・苦痛・・・・」

 

(どういう意味だ?)

 

 耳に届いて来た言葉にブラックは疑問を募らせながら、ゆっくりとアイリスフィールとセイバーを目を細めながら見つめるが、すぐにその目は別方向に向かう。

 

(ムッ!)

 

 感じた気配にブラックの目は険しくなり、ゆっくりと自分とセイバーとは違うサーヴァントの気配を探り出す。

 

(此れは・・・誘っているな。一際気配を高めていながら、ゆっくりと遠ざかって行く)

 

 気配の主の動きにブラックは狙いを悟り、改めてセイバーとアイリスフィールに目を向けてみる。

 セイバーも感じたのか、アイリスフィールと共に会話を行ない、気配の主の下へと向かい出していた。

 

(先ほどの気配・・・アーチャーとは考えにくい・・・とすれば『ランサー』か『ライダー』のどちらかの可能性が高いか・・・気配の主は隠す様子も見せずに移動している。ならば、セイバーとこの気配の主に悟られんように動くべきか)

 

 方針を決めると共にブラックはある程度セイバーとアイリスフィールから距離を取りながら、戦場となる場所が決まるまで尾行する。その間にブラックは雁夜にレイラインを通して状況を説明する。

 

(雁夜、聞こえるか?)

 

(・・・・ブラックか?何か起きたのか?)

 

(あぁ、セイバーが他のサーヴァントの誘いに乗った。間違いなく戦闘になるだろう)

 

(ッ!・・・そうか・・・それで相手は誰だ?)

 

(今のところは分からん。だが、一応お前も戦闘を見ておいた方が良いだろう。小娘にサーチャーからの映像を見る機械の操作方法を教えてある。それを利用してお前も見ておけ)

 

(い、何時の間に桜ちゃんに)

 

(少しでも外界に興味を抱かせる為だ。あの小娘は完全に殻に篭もっているからな)

 

(・・・・・)

 

 ブラックの言葉に雁夜は反論することが出来なかった。

 現在の桜の状態は不味い状態だった。臓硯と言う恐怖の対象がいなくなったので精神は安定してきているが、人間に対しては何の感情も抱かなくなっていた。完璧に人間不信に桜はなってしまっている。自分を間桐の養子に出した時臣だけではなく、母親である遠坂葵、そして姉である遠坂凛にさえも桜は不信感を抱いてしまっている。

 一度雁夜が遠坂に帰りたいかと桜に質問した時に、桜は拒絶を示した。今のままでは桜を遠坂に戻す事は出来ないといやおうにも雁夜が悟ってしまった瞬間だった。

 

(・・・・俺としては桜ちゃんに凛ちゃんと葵さんの下に戻ってほしい・・・俺は長くないからな。兄貴は信用出来ないどころか、桜ちゃんと関わりたくないようだし)

 

(あの小娘の魔術師としての素質を知っているからな。養子として完全に受け入れれば何れ他の魔術師に付け狙われることを理解しているんだろう。どちらにしてもあの小娘が誰かと関わりたいという気持ちを抱くか、或いは俺が貴様に告げた方法を使うかのどちらかしかあるまい)

 

(・・・・・・)

 

 ブラックが最初の頃に告げた手段ならば、確かに桜は遠坂に戻っても良いという意思を示す。

 しかし、その手段は今の桜を否定するのと同意義の手段。果たしてその手段を使う事が桜への救いになるのか、雁夜は答えが出せなかった。

 押し黙った雁夜の悩みを感じながら、ブラックはセイバーとアイリスフィールが入った倉庫街の中に自身も潜り込んでいった。

 

 

 

 

 

  聖杯戦争開始。公式な戦いでは二回目とされる戦いの場は、港場に存在する倉庫街の大型車両通行用道路だった。辺りにはコンテナも多数置かれ、身を隠すような物も沢山置かれている場所。

 その場所に存在する道路上で、二騎のサーヴァント。

 未だにダークスーツを着たセイバーと、長槍と幾分短い短槍を呪布のようなモノで巻いた二槍を両手に握った槍使い-ランサーのサーヴァントが、互いに距離を開けながら睨み合っていた。

 

「良くぞ来た。今日一日、この街を練り歩いて過ごしたが、どいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり・・・俺の誘いに応じたのはお前だけだ」

 

 ランサーのサーヴァントは嬉しそうに、堂々と宣戦布告した。

 その姿は紛れも無く誇り高い騎士。騎士の姿をそのものにしたような姿にセイバーも目の前の相手が高名な騎士だと判断するが、気になるのはランサーの腕に握られている二本の槍。

 二本の剣を扱うと言う話は聞いた事は在るが、二本の槍を同時に扱う相手に珍しさをセイバーは感じていた。

 一目見るだけで類まれなる実力者だと分かるランサー。槍に巻かれている呪布から見ても、宝具を晒せば、それだけで真名が分かってしまうほどの英霊だと言う事に他ならない。警戒心を強めながらセイバーが油断無くランサーを見つめていると、ランサーが飄々としながらセイバーに問う。

 

「その清開な闘気・・・・・セイバーとお見受けしたが、如何に?」

 

「その通り、そう言うお前はランサーに相違ないな?」

 

「いかにも・・・・フン、これより死合おうという相手と尋常に名乗りを交わすことも侭ならぬとは。興の乗らぬ縛りがあったものだ」

 

「是非もあるまい。もとより我等自身の栄誉を競う戦いではない。お前とて、この時代の主のためにその槍を捧げたのであろう?」

 

「ふむ、違いない」

 

 セイバーの言葉にランサーは同意を示した。

 二人ともこれから殺し合いを行うと言うのに、その雰囲気は弛緩した空気を放っていた。

 しかし、その空気は何時までも続かず、セイバーはダークスーツに自身の蒼い静謐な魔力光を発生させ、衣装を戦闘用である銀と紺碧の鎧姿に変える。

 その姿は正にセイバーの名に恥じない雰囲気を放ち、ランサーは嬉しそうに両手の槍を鳥のように大きく広げながら構える。

 セイバーもその様子に何かを構えるように腕を構えながら、自身の背後に居るアイリスフィールに声を掛ける。

 

「敵のマスターが見えません。アイリスフィール、貴女に私の背中を預けます」

 

「セイバー、分かったわ。この私に勝利を」

 

「はい、必ずや」

 

ーーードン!!

 

 アイリスフィールの言葉に答えると同時にセイバーはランサーの間合いの中に踏み込み、常人では見る事さえも不可能な戦いが開始されるのだった。




今のところ一週間に一度の更新で限界かもしれません。

そろそろ残りの二作品も更新します。

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