始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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暴虐の竜人

 セイバーがキャスターと真の姿に戻ったブラックを目にする少し前、大勢の子供達を人質にして『アインツベルンの森』を訪れたキャスターは、歓喜と興奮に溢れていた。

 彼にとって目の前で正気に戻って逃げ惑っている子供達を遊戯と称して殺すのは、親愛なるジャンヌ・ダルクだと思い込んでいるセイバーを目覚めさせる為の儀式。そう思い込んでいるキャスターは恍惚に満ちた顔をしながら歩き出す。

 

「さぁ、100を数え終えましたよ。鬼ごっごの開始ですよぉ」

 

 キャスターは哄笑しながら歩き出し、手近に居る子供を追い駆け出す。

 正気に戻った子供達はキャスターが遊戯だと称して説明する前に顔を掴まれて潰された少年を目にしているので、必死に死の恐怖から逃げようとする。だが、キャスターは腐ってもサーヴァント。

 ただの子供でしかない子供達が逃げられるわけも無く、最初に殺された子供を加えて三人の子供がキャスターの魔の手によって命を失った。その様子を目撃した小学生ぐらいの少女は、涙を流しながら必死に走るが、木の根に足をぶつけて転んでしまう。

 

「あぅっ!・・・ヒック、お母さん・・お父さん」

 

「おやおや、こんなところに居ましたか」

 

「ヒッ!」

 

 背後から聞こえて来た楽しげな声に少女が振り向いてみると、心の底から楽しげに笑っているキャスターが立っていた。

 自分に怯える少女の姿にキャスターは嬉しそうにしながら、少女の命を刈り取るべく右手を伸ばす。

 

「さぁ、捕まえましたよぉ」

 

「い、いや!誰か助けて!」

 

「残念ですが、助けは来ないので…」

 

ーーーガシッ!

 

「ん?」

 

 突然背後から伸びて来た腕に自らの右手を掴み取られたキャスターは疑問の声を上げながら振り返り、ギョロリとしている自らの右目に誰かの左手が映った瞬間、右目から激痛が走る。

 

ーーーグシャッ!!

 

「ガアァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

「喚くな」

 

ーーードガッ!!

 

 右目を掴まれたキャスターは苦痛に満ちた悲鳴を上げるが、背後に何時の間にか現れてキャスターの右目を左手で掴んでいたブラックは一切の容赦も無くキャスターの胴体を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたキャスターは後方へと吹き飛び、ブラックが掴んでいた右目は神経を引き千切られてキャスターの顔から永久に失われる。

 

「目が!?私の右目があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 右目が在った場所を手で押さえながらキャスターは地面をのた打ち回るが、ブラックは気にすることなく自分を見上げている少女に目を向ける。

 恐怖に体を震わせる少女をブラックは無表情のまま確認すると、今度は近場に立っている木に向かって無言のまま蹴りを叩きつけ、木は轟音を立てながら地面に倒れる。

 

ーーービキビキ!ドガァァァァァ!!

 

「聞こえているか!ガキども!!この木が倒れた方に逃げろ!!その先に金色の髪の女が居る筈だ!ソイツに会ったら奴の言う事を聞け!!!」

 

 逃げ惑っていた子供達は木が倒れた時に立った轟音とブラックの叫び声に驚いて思わず固まるが、ブラックは構わずに今度は別の木に向かって裏拳を放ち、再び木を音を立てながら倒れさせる。

 

ーーービキビキ!ドガァァァァァ!!

 

「死にたくなければさっさと行け!!」

 

 そのブラックの叫び声に我に返った子供達は、泣きながらブラックが木を倒す事で示した方向に向かって一目散に走って行く。

 ブラックに助けられた少女も他の子供達同様に走ろうとするが、その前に何か思い至ったのか、地面をのた打ち回っているキャスターから護るように立ち塞がっているブラックの背に顔を向ける。

 

「あ、あの!・・・助けてくれて!ありがとうございます!!」

 

「・・・・さっさと行け」

 

「は、はい!」

 

 低い、そして感情を完全に排したようなブラックの声に、少女は怯えながらも返事を返して急いで他の子供達の後を追い駆けて行く。

 まだ、物事を深く考える事が出来ない子供ゆえに、ブラックの恐ろしさを本能的に感じ取ったのだ。このまま此処にいればキャスター以上の恐ろしい出来事に遭遇してしまうと少女は理性ではなく本能で悟り、怯えながらもブラックが示した方向へと走り去って行った。

 ブラックがそれを横目で確認すると共に、痛みにのた打ち回っていたキャスターが起き上がって右目が在った場所を押さえながら鬼さながらの形相で叫びだす。

 

「貴様!?キサマ貴様きさまきさまきさまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!私の宴を!?神聖な聖処女に捧げる宴の贄を邪魔したばかりか!?私の右目まで!?」

 

「現実も碌に見えん目など・・・不要だ」

 

ーーーグシャ!!

 

 残された左目で白目を剥かんばかりの形相で叫ぶキャスターの目の前で、ブラックは左手に持ったままだったキャスターの右目を握り潰した。

 そのまま無表情で前へと一歩踏み出し、喚いているキャスターに向かって感情が感じられない声を出す。

 

「・・・漸くだ。漸く貴様を殺せる。随分と好き勝手やってくれていたな」

 

「私を殺すだと!?・・・そうか!思い出したぞ!貴様は以前私が龍之介の為に行った講義を邪魔してくれた不届き者!今再び邪魔をするかあぁぁぁぁ匹夫めがぁ!!」

 

 キャスターはそう叫ぶと共に素早く左手をローブの中に入れて、分厚い装丁本を取り出すと、ブラックには意味が分からない奇怪な呪文を瞬時に唱える。

 同時にブラックが間に合わずにキャスターの魔の手によって命を落とした子供達の亡骸から異様な触手が噴き出した。触手は徐々に形を作って行き、オニヒトデやイソギンチャクのような、少なくともこの世界のものではないであろう怪魔が数十匹出現する。それらの出現に用いられたモノが、子供の亡骸の肉片や血だまりだと理解したブラックは、自らの中で何かが、プチっと切れる音を聞いた。

 その事に気がつかないキャスターは、動きが固まっているブラックの姿を愉快そうに眺めながら自らが持つ書物の正体を告げる。

 

「これこそが我が盟友プレラーティの遺した魔書『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』。私はこの魔書によって悪魔の軍勢を従える術を得たのです!さぁ、恐怖におおのき!我が神聖な宴を邪魔したことを後悔しながら死ぬがぃぃぃぃっ!!」

 

 キャスターの号令と共にブラックの周りに居た怪魔達が一斉にブラックに向かって襲い掛かった。

 しかし、ブラックは慌てる様子も無く倉庫街で得た『宝具』の一つである矛と槍を無言で両手に出現させ、自らに飛び掛かって来る怪魔達に向かって豪快に振り抜く。

 

「ムン!!」

 

『ギッ!!』

 

 ブラックが横薙ぎに振るった矛と槍は寸分違わずに一番最初に飛び掛かって来た怪魔達に直撃し、後から続いた怪魔も巻き込んで吹き飛ばした。

 ブラックは真の姿に戻った時の武器以外では剣しか扱った事が無い。故に矛や槍を主軸として扱う物からすれば、怪魔に向かって薙ぎ払うように槍と矛を振るっているブラックの扱い形は稚拙としか見れない。ただ力任せに怪魔達に向かって振るっているだけで、槍や矛の穂先の刃の部分が怪魔に出来るだけ触れないようにさえしているのだから。

 それがブラックの狙いだった。在る事を確かめる為にブラックはあえて矛と槍と言う柄が長い武器を使用したのだ。

 

(・・・やはりか)

 

 矛と槍を両手で振り回しながら怪魔達を薙ぎ払う中で、運悪く刃の部分が直撃して躯となった怪魔を見ていたブラックは、躯から新たな怪魔が生まれるの目撃した。

 最初に怪魔が現界する為の苗床になった子供達の躯や血だけではなく、怪魔達は自らの同族の躯や血でさえも現界する為の苗床として利用出来る。キャスターがセイバーと真っ向から挑む覚悟が在ったのもこれが理由の一つだった。

 セイバーの武器は剣と言う相手を切り倒すことを主軸とした武器。ところ構わずに怪魔達を切り殺して行けば、その数はどんどんと増えて行く。ランサーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』によって左手を奪われてしまっているセイバーには怪魔を一掃する手段は無い。キャスターの怪魔の軍勢とセイバーが戦うのは不利な状況だった。

 本来ならば怪魔を新たに呼び出すだけで魔力は当然ながら消費されて行く筈なのだが、キャスターは構わずに躯となった怪魔を使用して新たな怪魔達を呼び出し続けている。その元凶をブラックは迫って来る怪魔を薙ぎ払いながらも見つけていた。

 

(アレか・・・アレがキャスターの自信の源にして『宝具』・・・道理で一般人同然の相手に召喚されながらも現界が続けていられた訳だ)

 

 怪魔達の後方で楽しげに分厚い装丁本を持っているキャスターを横目でブラックは確認しながら、分厚い装丁本から常に膨大な魔力が出ている事を見抜いた。

 キャスターの『宝具』である『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』。ただ怪魔を呼び出す為の『召喚系宝具』なだけではなく、本自体に大規模な魔力路としての機能までも備わっている『宝具』。幾ら『魔術回路』が備わってるとしても、一般人でしかない龍之介がキャスターを現界させ続ける事が出来ている理由の一端には『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が関わっている。

 魔力炉としての機能が備わっている『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』から魔力を受け取る事で、キャスターは現界も、そして魔術行使も実行出来ている。

 

(予想通り、『宝具』特化のサーヴァントだったか・・・となれば、やりようは見えたが・・・やはり“使う”しかないか)

 

 先ほどまでの無意味に飛び掛かって来るだけだった時と違い、自らを囲むように布陣が変わった怪魔達を見つめながらブラックは内心で呟いた。

 今度は時間差をおいて飛び掛かるつもりなのか、怪魔達は先ほどよりも数を増してブラックを取り囲んでいた。キャスターの正体である『ジル・ド・レェ』は元々は『聖処女ジャンヌ・ダルク』が率いていた軍に所属し、元帥の地位に就いていた男。狂った思考を持ちながらも、嘗ての名残なのか、怪魔達を統率出来る程度の思考は残っていた。

 その思考でブラックが出来るだけ怪魔の数を増やさないようにしながら戦っている事に気がついたキャスターは、これ以上戦いを長引かせるつもりは無いと言うように怪魔達を統率して一気に勝負に出る策を使用して来たのだ。

 

「中々に頑張ってたようですが・・・此処までです。我が悪魔の軍勢にその身を苦痛と恐怖で埋め尽くされながら死ぬがいぃぃぃ!!匹夫めがぁ!!」

 

 その叫びと共にキャスターはブラックの周りに居た一番最初に囲んでいた怪魔達を襲い掛からせた。

 今度は先ほどと違って一斉に飛び掛からせると言う愚を犯す様子は無く、一番最初に襲わせた怪魔達が吹き飛ばされた直後に新たな怪魔達を飛び掛からせるのがキャスターの策だった。

 ブラックが矛と槍を振るった後にすぐに振り直せない隙をキャスターは狙う気だった。熟練の達人ならばそのような隙は無いのだが、ブラックは槍と矛に関しては素人同然レベルの扱い方しか出来ず、片手でそれぞれに持っているせいで振るった後には必ず隙が出来る。今度こそ終わりだとキャスターは確信する。

 だが、キャスターの予想に反してブラックは矛と槍を無言のまま手から離して地面に落とす。それだけではなくエネルギー系の攻撃も、そして構えさえも取ることなく、ただ感情を排した声で呟く。

 

「・・・ハイパーダークエヴォリューション」

 

 聞く者が聞けば恐怖に震え上がる言葉をブラックが呟き終えると同時に、その体は飛び掛かって来た怪魔に覆い尽くされた。

 その様子をキャスターは満足げに見つめながら、残された左目でブラックが逃がした子供達が走り去って行った方向を見つめる。

 

「さて、余計な邪魔が入ってしまいましたが、宴を再開しなければ・・・待っていて下さい、ジャンヌゥ。貴女を必ずや神の呪いから解き放ってみせましょう」

 

 キャスターはそう呟くと共に召喚した怪魔達を引き連れて、森の奥へと向かおうとする。

 だが、すぐに一つの異変に気がつく。先ほどまでキャスターの指示に従っていたはずの怪魔達全てが、その身を震え上がらせて怯えていたのだ。

 

「ん?・・・これは一体何が?」

 

 感情を持たず、ただ己の食欲を満たし、キャスターに従うしか能が無いはずの怪魔達が怯えている。

 その異常を察知したキャスターは先ほど怪魔達に襲わせたブラックの方に目を向け、更なる異変に気がつく。明らかにブラックを襲わせた時よりも怪魔群れの大きさが膨れている。そして怪魔達は其処から少しでも離れようとたじろいている。

 ある意味では召喚者であるキャスター以上に、怪魔達の危機察知能力は高かった。本能で生きているが故に、“今この場に現れた者”がどれほど危険過ぎる存在なのか怪魔達はキャスターよりも察知していた。

 しかし、言葉を持たぬ怪魔達がそれを伝える事は出来ず、次の瞬間、ブラックに群がっていた怪魔全てが奇声を上げながら吹き飛ばされる。

 

『ギィッ!!』

 

「なっ!?一体何が!?」

 

 吹き飛ばされて細切れになり、肉片一つ残らず消滅した怪魔達の姿にキャスターは驚愕しながら目を向け、ソレを目にした。

 夜の闇と同じぐらい黒い漆黒の体に、金色の髪に鈍く光る銀色の兜に胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人が金色の目を光らせながら立っていた。その姿こそ魔力不足ゆえに人間の姿になっているしかなかったブラックの本来の姿。

 真の姿に戻ったブラックは抑えていた殺気と怒りを全身から発しながら、一歩前に踏み出す。

 

ーーードン!!

 

「キャスター!俺をこの姿に戻した事を後悔しながら、消え去るが良い!!!」

 

「ヒッ!!行きなさい!!我が軍勢!!!」

 

 怒りと殺意に満ちたブラックの叫びに、キャスターは声を漏らしながらも待機させていた怪魔達に指示を飛ばした。

 召喚者の指示に怪魔達は逆らう事が出来ず、ブラックに向かって襲い掛かる。しかし、ブラックは一切慌てた様子も見せず、冷静にいの一番に飛び掛かって来た怪魔の触手を掴み取ると、そのまま人間の時よりも遥かに増した力を用いて怪魔を振り回す。

 

「オオオオォォォォォォォォォッ!!!」

 

ーーーグチャグシャッ!!!

 

 ブラックが振り回した怪魔は勢いよく他の怪魔達に直撃し、最終的に十近くの怪魔の塊が出来ると共に地面に勢いよく叩きつけられ音を立てながら潰れた。

 それを確認することも無く、ブラックは自身の周りに居る怪魔達に向かって次々と両手に装備しているドラモンキラーを全力で振るい、引き裂き、叩き潰し、怪魔達を屠って行く。その動きには人間の時のような戦いの巧さに加え、足りなかった力も加わっていた。次々とキャスターの前で怪魔達は死に絶えて行く。

 だが、キャスターは余裕さに満ちた顔をしながら『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』のページを開き直し、呪文を唱える。ソレと同時に死した怪魔の躯や血だまりから新たな怪魔が次々と出現して行く。

 

「ククククッ!!愚かですね?どうやら貴方は人でなく獣!獣風情が私の邪魔をするとは赦し難い!!我が軍勢は倒せば倒すほどに増えて行く!!力尽き!呑み込まれるが良い!!!」

 

 キャスターはそう叫びと共に『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』から更に魔力が発せられ、先ほど以上に怪魔達が出現して行く。

 その数はブラックが怪魔を倒して行くほどに増えて行き、遂にキャスターの視界からブラックの姿が消え去り、怪魔の群れだけしか見えないほどにまで怪魔の数は増えた。これだけ居れば足止めとしても充分だとキャスターが判断した瞬間、怪魔の群れを吹き飛ばしながら高速回転して漆黒の竜巻と化したブラックが襲い掛かる。

 

「ブラックトルネーーード!!!」

 

「なっ!?」

 

 目の前に広がった光景に、キャスターは思わず驚愕を漏らした。

 怪魔の群れをブラックは次々と高速回転する事によって発生した真空の刃に巻き込みながら、キャスターに向かって突進して行く。此処にいたってキャスターは先ほどまでの一連のブラックの行動が、策の為の布石だった事を狂った思考の中の僅かな理性で悟った。『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の力は怪魔の召喚にこそ在る。無尽蔵に怪魔を増やし、相手が疲弊するまで人海戦術で攻めるのがキャスターの戦い方。だからこそ、怪魔の躯が出れば召喚に用いるのはキャスターからすば当然の思考だった。ついでに言えば、ブラックの怒りと殺意のオーラを感じたくないが故に視界が見えなくなくるほどに召喚したのも理由の一つだった。

 当然ながら怪魔の群れが増えれば後方に居る筈のキャスターの位置もブラックは察知出来ないはずだが、怪魔の群れの後方から響くキャスターの声が自らの位置を示してしまった。後は其処に向かって『ブラックトルネード』と言う攻防一体の技を使用して接近すれば良い。まんまとキャスターはブラックの策に引っ掛かってしまったのだ。

 そして次々と怪魔の群れを薙ぎ払いながら突き進んで来る漆黒の竜巻を見たキャスターは、慌てて右側に飛び去って漆黒の竜巻から逃れようとする。だが、時既に遅く、直撃だけは何とか避けられたが、完全に避けきる事は出来ず、キャスターの左腕が漆黒の竜巻に巻き込まれてズタズタになりながら永久に失われる。

 

「ヒギャアァァァァァァァァァァァッ!!!腕が!?私の左腕までがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 肘先から完全に失われ、大量の血を流しながら『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を持った右腕で傷口を押さえてキャスターは地面に膝をついた。

 だが、キャスターには痛みによる僅かな休みさえも一切与えられなかった。キャスターが痛みによって膝をついている間に、高速回転を止めたブラックが地面に着地すると同時にキャスターに向かって襲い掛かり、右腕のドラモンキラーをキャスターの胴体に叩き込む。

 

「ドラモンキラーーー!!!!」

 

ーーードゴッ!!

 

「ゲハッ!」

 

 全力を込めたドラモンキラーを胴体に叩き込まれたキャスターは、息を吐き出しながら体がくの字に曲がり、地面から体が浮き上がった。

 一番後方に居た為に後方からキャスターを護る怪魔は配置されていなかった。故にキャスターは『宝具』特化のサーヴァントでありながら、ブラックと直接戦う以外の手段が無い。そしてただ道具に頼っているだけの相手にブラックが遅れを取る事など在りえず、更に左腕のドラモンキラーをキャスターに叩き込む。

 

「貴様は!!随分とふざけたことばかりしてくれたな!!」

 

「ガハッ!!」

 

 内臓が潰れたのかキャスターは血を吐き出しながら、『ブラックトルネード』から逃れた怪魔の群れに吹き飛ばされた。

 そのままキャスターはブラックに顔を向けるが、残された左目には怯えの色が宿っていた。その姿をブラックは不愉快そうに見つめる。

 

「怖いか?俺が・・・だが、貴様が言っていた“真の恐怖”など俺は味合わせていないぞ。感情は死んで行くのだろう?ならば、怯える必要など在るまい」

 

「ヒッ!ヒィィィィィィッ!!」

 

 キャスターの怯えに反応して残された怪魔達数十体が、一斉にブラックに向かって襲い掛かる。

 其処には一時的に見せた統率された動きは無い。ただ目の前に現れた恐怖の源から逃れようとする為の行動でしかなかった。自らの護りにも怪魔を十体近くあて、キャスターはブラックから逃れる為に行動しようとする。

 幸いにもブラックが躯にした怪魔の躯や血だまりのおかげで召喚の苗床には困らない。ブラックでは怪魔を殺せても、完全に召喚を封じる手段はないと判断したキャスターは、この場から逃れようとする。だが、キャスターはまだブラックを甘く見ていた。一度獲物と判断した相手を、ブラックが逃す事など絶対に在り得ない。それを表すようにブラックは溜めていた力を解放する。

 

「消え去れ!!!ブラックストーーム!!トルネーーード!!!」

 

ーーードゴオォォォォォォォーーーン!!!

 

 解放された力は炎の竜巻に変わり、怪魔、キャスターのみならず辺りにある木々さえも飲み込みながら、天高く昇り上がったのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・そんな・・・・まさか・・・・・アレって・・・嘘・・・」

 

「アイリ?如何した?」

 

 アインツベルン城の一室で『遠見の水晶球』を使ってブラックとキャスターの戦いを見ていたアイリスフィールは、怯えが混じった声で信じたくないと言うように呟いた。

 それを見た夫である切嗣は何時に無く怯えている妻の姿に疑問を覚えて質問した。舞弥もアイリスフィールの様子に疑問に満ちた視線を向けており、アイリスフィールはもはや何も映さなくなった『遠見の水晶球』を青ざめて見つめる。

 

「・・・・多分だけど・・・バーサーカーの正体が分かったわ・・・でも、もしもアレが・・・アレが私が考えている相手だとすれば・・・・とんでもない事が起きる・・・・せ、世界中の魔術師が動き出す事態に発展するかもしれないの」

 

「・・・どういう事だい?」

 

 要領が得ないながらもとんでもない事を口走ったアイリスフィールに、切嗣は険しい顔をしながら質問した。

 世界中の魔術師が一斉に動き出しでもすれば、『聖杯戦争』どころではなくなってしまう。『聖杯戦争』に全てを掛けている切嗣からすれば看過出来る事ではない。だからこそ、詳細な情報を求めるようにアイリスフィールを見つめ、アイリスフィールはゆっくりと息を整えながら語り出す。

 

「・・・私の家・・・アインツベルンは閉鎖的な魔術師の家系なのは知っているでしょう?」

 

「あぁ、僕と言う例外を除いては他の魔術師の家系の血を入れる事さえ拒んでいたからね。『遠坂』と『間桐』に関しても『聖杯』と言う目的が無ければ接触さえも無かっただろう」

 

「・・・そのアインツベルンが一度だけ・・・そう一度だけ大量のホムンクルスを率いて外に出た事が在るの・・・それこそ『聖杯』を求めるほどの財力も執念も掛けて外に出た事が」

 

「・・・それで目的は何だったんだい?」

 

「・・・・“物質で在りながら、生命の要素を宿した金属の回収”。『聖杯』に用いられている技術に近い物をアインツベルンは手に入れようとしたの・・・・だけど、失敗に終わった。大量に送ったホムンクルスは例外なく破壊され、アインツベルンも当時拠点とした地域から逃げるしか無かった・・・『暴虐の竜人』から逃れる為に」

 

 そしてアイリスフィールは蒼褪めた顔のまま切嗣と舞弥に自分が知りうる限りの事を語り出す。嘗てブラックがこの世界に現れた時に起こった魔術師達だけではなく、裏に属する多くの者達とブラックの戦いに関する出来事を。

 

 

 

 

 

 キャスターとブラックが戦った森の地点から反対側の地点に在る舞弥と切嗣が、『アインツベルンの森』にやって来る為に乗って来た車が置かれている場所に潜む一人の男-言峰綺礼は表現する事が出来ない興奮に包まれていた。

 その理由は斥候として出したアサシンから感覚共有で送られて来た光景に在った。切嗣と直接対峙する上で最も邪魔な存在はサーヴァントであるセイバー。如何に元代行者である綺礼とは言え、最優のサーヴァントであるセイバーに勝てる筈が無く、セイバーがキャスターと対峙するのを目撃した時にアインツベルン城に強襲を掛けるつもりだった。だが、ブラックと言う予想外の邪魔が入った時に作戦を変更して昨夜の内に舞弥に張り付けていたアサシンから得られた切嗣と舞弥が移動手段として置いてあった車が在る場所で待ち構えることにしたのだ。無論、隙あらばアインツベルン城に強襲も掛けるつもりだったので斥候として放ったアサシンには監視を続行させていた。

 そのアサシンから送られて来たブラックの真の姿を目にした瞬間に、綺礼は全身に電撃が走ったような興奮に包まれた。

 

(・・・何だアレは?・・・アレがバーサーカーの本来の姿なのか?・・・あのような者が存在しているとは!?・・・いや、待て・・・私は何処かで奴のような姿形をしている者を聞いた事が在る?・・一体何処で?)

 

 脳裏に過ぎるブラックに関する微かな情報を思い出そうと綺礼は、自らが何故此処にいるのかも忘れて思索に耽る。その顔には何時もの感情が見えない表情は無く、言い表すことが出来ない興奮によって表情は歪んでいた。

 

 

 

 

 

 そしてブラックとキャスターの戦いを見ていた者達はもう一組存在していた。

 冬木市で新たな拠点を手に入れ、他陣営の情報収集の為に隠密に特化した使い魔を複数放っていたランサー陣営。使い魔の作成者であるケイネスは使い魔から送られて来た情報に何時に無く喜びに満ちた顔を浮かべていた。

 霊体化してその様子を伺っていたランサーは、何故ケイネスが喜んでいるのか分からずに首を傾げる。使い魔との視覚共有まではランサーも行なえていないので、ケイネスが何を見たのかランサーには分からなかったのだ。魔術礼装が万全ならば使い魔の見ている映像を何かに投影すると言う手段も用いられたのだが、生憎とそんな余裕はケイネス達には無かった。故に事情が分からないランサーはケイネスの様子に疑問を抱くしかなかったが、とうのケイネスはそれどころではなった。

 

(よもやアレが召喚されていたとは!?『聖杯戦争』は経歴の箔の為に参戦したつもりだったが、もはやそんな事は如何でもいい!?最優先で見つけなければならないのは、バーサーカーのマスターだ!!『令呪』を奪い取り、私がバーサーカーを従える事さえ出来れば・・・『根源』に一気に近づくことが出来る!!)

 

 魔術師達の最終目的は大抵は『根源』にこそ在る。ケイネスも例外でなく、『根源』への足掛かりを予想だにしなかった形で発見した。

 もはやケイネスにとって優先すべきになったのは『聖杯戦争』ではなく、ブラックを従える為の『令呪』を手に入れる事になっていた。その為の策をケイネスは練り出す。

 そして別室でケイネスと同様に使い魔から送られて来る光景を見ていたソラウは、卒倒しないのが可笑しいほどに顔を真っ青に染めていた。

 

(冗談じゃないわ冗談じゃないわ冗談じゃないわ冗談じゃないわ冗談じゃないわ冗談じゃないわよぉ!!!何で!何でアレが!?『暴虐の竜人』が私が参戦している『聖杯戦争』に呼び出されているの!?英霊って数え切れないほどいるんじゃないの!?何で!?何で私が参戦している時に召喚されたの!?)

 

 ソラウは令嬢とは思えないほどに狼狽し切っていた。

 無理も無いだろう。ブラックこそが幼いソラウにトラウマを植え付け、伝説や物語に関する人物に苦手意識を抱かせた元凶と言える存在なのだから。

 

(アレが本当に『暴虐の竜人』だとすれば、存在が明らかになれば『聖杯戦争』どころの騒ぎじゃすまなくなる!?アレを知っている魔術師達がこぞって動き出す!そうなったら・・・あの本に書かれていた事が再び繰り返されてしまうかもしれない!?・・・いえ、その前にケイネスが狙うかもしれない・・・そうなったら・・・・私まで敵として認識されてしまうかも)

 

 それはソラウにとって悪夢を通り越した出来事。

 ケイネスを止めるのも不可能に近い。魔術師にとって『根源』への到達は何においても優先される事。ブラックと言う存在はその可能性を飛躍的に上げる一端を担える存在。魔術師ならば喉から手が出るほどに欲する存在。幾ら婚約者であるソラウの言葉とはいえ、ケイネスが止まる可能性は低い。

 

(何とかしないと!?アレと直接出会うなんて死んでもごめんだわ!!何か!?何か方法を考えないと!?)

 

 ブラックを狙うケイネスとは違い、ソラウは必死に考える。自らのトラウマの元凶であるブラックから逃れる手段と、魔術師として動くであろうケイネスを止める為の手段を。




本編を読んだ人は分かると思いますが、切嗣と舞弥はブラックの伝承を詳しく知りません。

切嗣は父親がその伝承を教える前に死んだのが理由で、ナタリアももう現れないと判断されていたブラックに関する事は必要ないと判断して教えませんでした。
舞弥は切嗣が知らないので知りません。

断片的ならば知ってはいますが、容姿などは知らず、ただそう言う存在が暴れたと漠然的に知っているだけです。

ただ知っている連中からすれば、今のブラックと言う存在は何が何でも手に入れたい存在です。生前と違ってサーヴァントになったブラックには、『令呪』と言う使役方法が存在していますので・・・・・情報が漏れたら『聖杯戦争』崩壊は間違いないです。

因みにアインツベルンが知っている理由は、彼らは『根源』ではなくブラックの武装の方を狙っていたからです。最も結果は最悪な方向で終わったのですが。

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