始まりの運命に舞い降りる恐怖の根源   作:ゼクス

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恐怖の根源の逆鱗

 冬木市市街から西に三十キロほど離れた地点に、鬱蒼と茂る広大な森林地帯が存在していた。

 一部の魔術師達からは『アインツベルンの森』と呼称され、森林地帯の奥深くにアインツベルン陣営の拠点である古城が静かに建っている。『聖杯戦争』に参加する魔術師ならば誰もが知っている事実。

 当然、御三家の一つである『間桐』のサーヴァントとして召喚されたブラックも知っており、森に隣接している国道辺りで身を潜めていた。

 

(昨夜にセイバーと銀髪の女が、この森の奥深くにある拠点に戻ったのは間違いない。とすれば、キャスターは間違いなく此処にやって来る・・・・問題はどの辺りから奴が侵入して来るかだな)

 

 『アインツベルンの森』は財力に物を言わせたのか、広大な原生林で埋め尽くされている。

 その広さゆえに国道も距離が長く、侵入すること事態は何処からでも簡単な場所だった。無論アインツベルンの魔術師ならば森の結界によって侵入者を把握出来る。しかし、ブラックには出来ない。ルインを呼べば探索魔法を用いてキャスターがやって来たところを発見出来るが、魔力の関係上ルインを長時間現界させるのは不可能。

 結局冬木市から『アインツベルンの森』に辿り着く為の国道を見張るしか方法が無かった。

 

(サーチャーの方も小娘にキャスターの所業を見られる恐れが在るから、監視には使用出来ん。チッ!思うように動けんのが苛立つ!)

 

 召喚されてから苛立つ出来事に多く遭遇しているブラックのフラストレーションは、限界に近かった。

 これが自身が望むように存分に戦えていれば、苛立ちはある程度解消出来ていたかもしれないが、倉庫街でも存分に戦うことは出来なかった。それでも何とか“今は”冷静さを保てていた。

 

(キャスターは間違いなく今夜やって来る・・・問題はセイバー側だ。今夜の動き次第で連中の陣営に対する行動も見極め易くなる・・・もしも例の情報に在った男がマスターならば、早急に退場して貰う)

 

 既にアイリスフィールがセイバーのマスターでない事を、ブラックは分かっている。

 しかしまだ、事前の情報に在った衛宮切嗣がマスターだと言う確証も得てはいない。昨夜に起きた『冬木ハイアット・ホテル』の爆発で、切嗣が『聖杯戦争』に参加しているのは間違いないが、それがマスターとしてなのか、傭兵の類での参加なのかまではブラックは分からなかった。

 だが、それも今夜の出来事で完全に把握する事が出来る可能性が在る。

 

(倉庫街でのセイバーの性格から考えて、奴がキャスターの所業を赦す筈が無い。しかし、例の情報に在った人間ならば効率良く他陣営を潰す為に、キャスターを利用する方策を取ると見て間違いない)

 

 事前の情報で切嗣と言う人間は、目的を効率良く果たす為ならば犠牲を容認する人間だとブラックは悟っていた。

 昨夜のホテル爆破では事前に無関係な人間を避難させていたが、次が在れば避難させる可能性は低い。目的の遂行の為ならば『聖杯戦争』とは無関係な人間の犠牲も、切嗣は必要な犠牲だと断じて勝利する為に進む。

 『聖杯戦争』に参加しているマスターの中で、最も『戦争』を理解している人間は衛宮切嗣なのだとブラックは直感的に理解していた。

 

(・・・奴が『聖杯戦争』に参加している目的は一体なんだ?セイバーとあの女の会話でも意味が分からない言葉が多かった。遠坂時臣と言う男の目的は『根源』とやらのようだが・・・・・まぁ、良い。今はキャスターだ・・・邪魔が入る前に奴を抹殺してやる。奴だけはこの手で殺さんと気が治まらんからな。召喚された時からふざけたことをしてくれたのだから)

 

 そうブラックは内心で呟きながら思い出す。キャスターとそのマスターである男と初めて邂逅した日の出来事を。

 

 

 

 

 

 冬木市市内の住宅地付近。

 『聖杯戦争』が本格的に開始される前の頃、人間状態で『気配遮断』を用いてサーヴァントとして気配を完全に消したブラックは、昼間から住宅街を見張るように歩いていた。その手には新聞が握られ、一面に書かれている連続殺人の犯行内容を何度も吟味していた。

 

(冬木市で起きている連続殺人・・・現場には血で描かれている陣らしきモノ・・・・此れがもしもサーヴァントの召喚の陣だとすれば、見過ごせん)

 

 ブラックは鶴野に集めさせている裏の情報だけではなく、表側の情報にも気を配っている。

 裏の世界の出来事は全て隠蔽されると言うルールが存在しているにしても、『聖杯戦争』中なので冬木市で起きる事件には裏に関係している可能性がある。特に今ブラックが追っている連続殺人事件の現場には、被害者の血で描かれた陣のようなモノが残されていたのだ。

 被害者の血が足りなかったのが陣は描き掛けだったが、雁夜に確認して見たところ、『サーヴァント召喚』の陣に酷似している事が明らかになった。今まで三件の事件が連続して冬木市で起きていることから、次に狙われる可能性が高いのは人が多く住んでいる場所だと当たりを付けて住宅街を中心に見張っていた。

 

(此れが『魔術』絡みの事件ではなく、ただの愉快犯ならば越した事は無いが・・・・俺の『直感』が見過ごすなと告げている)

 

 ブラックは『直感』全てに身を委ねる事は無いが、それでも告げられる危機感の度合いによっては見逃さすに動く。

 召喚者である雁夜も、もしや快楽殺人者辺りの魔術師が冬木市にやって来たのではと考えた為ブラックの行動に対しては何も告げなかった。一応住宅街以外にも冬木市内で人が密集している地帯には雁夜が使い魔を放って監視を行っている。

 魔術師の工房でも無い限り、サーヴァントの召喚の時に発生する魔力を見逃すことは無い。幾つか可能性が高い場所に監視の網を張り、一番可能性が高い住宅街をブラックが見張っていると言う監視網を作り上げたのだ。

 

(嫌な予感は拭えないが、今打てる手は此れだけだ・・・・何も起きないに越したことは無いのだがな)

 

 そうブラックは内心で呟きながら、夜も遅くなって来た事で電気の光が消えて行く住宅街を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 一人の少年が居た。まだ幼く、親の庇護が無ければならない少年が。

 少年はただ普通に過ごしているだけだった。両親と姉と言う家族があり、日々を平穏に過ごしていた。これからもそんな日々が続くのだと少年は漠然と思っていた。だが、そんな少年の考えは目の前に広がる光景によって壊された。

 無残に切り裂かれて躯に変わり果てた両親と姉。その体から流れた血を使って、鼻歌交じりで心の底から楽しそうに鮮血の紋様をフローリングに描いている豹柄の服を着た少年の家族を殺した男。心の底から楽しそうに男-『連続殺人犯雨生龍之介(うりゅうりゅうのすけ)』-は手に何かの本を持ちながら作業を続ける。

 

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ♪繰り返すつどに四度・・・・あれ、五度?え~と、ただ満たされるトキを、破局する♪・・・だよな?うん」

 

 龍之介は手に持っている書記に書かれている呪文を呟きながら、慣れたようにフローリングの床に魔法陣を描いて行く。

 今まで龍之介は三回同じ事を繰り返していた。その三度の数だけ人が龍之介の手によって死んでいる。しかし、今まで殺した人の数では陣を完成まで描くことは出来なかった。だからこそ、住宅街に忍び込み、寝静まっていた一家を襲って両親と姉を殺害した。人の血での陣を完成させる為だけに。

 そして四回目に至って、遂に人の鮮血で彩られた禍々しい魔法陣が龍之介の手によって完成した。

 

「ね~坊や、悪魔って本当に居ると思う?」

 

 芝居がかった仕草で龍之介は猿轡をされて、恐怖に怯えている少年に声を掛けた。

 返答を気にしていなかった龍之介はゆっくりと手に持っている書記を掲げながら、少年に向かって愛想笑いしながら顔を近づける。

 

「この本にさ、悪魔の呼び出し方みたいな物が書かれているんだけど、俺それが気になってさ。世間で俺は悪魔呼ばわりされているんだけど、本物が居たら失礼じゃん。だって、俺が殺した人の数なんてダイナマイト一本あれば殺せる数なんだし。だから、本物の悪魔が居るか確かめて見ることにしたってわけさ・・でも、ただ呼ぶだけじゃ不味いから・・本当に現れた時は、ひとつ殺されて欲しいんだ、君に」

 

「・・ッ!?」

 

 言葉の意味とその異常さが分かった少年は、目を見開いて縛られている身をよじってもがき出した。

 龍之介はその姿をケタケタと笑い転げながら見つめ、書記を手に持ちながら自らが描いた魔法陣と向き合う。

 

「悪魔に殺されるって、どんなんだろうねぇ?貴重な体験だと思う・・・・ぁ痛ッ!」

 

 突然右手の甲に前触れも無く痛みが走り、龍之介は自らの右手の甲に目を向けてみる。

 すると、右手の甲には見覚えの無い三つの蛇が絡まったような紋様が刻まれていた。明らかな異常現象に龍之介は呆然とするが、すぐに興奮が沸きあがって魔法陣を見つめる。同時に床に描かれていた魔法陣が燐光を発して、竜巻のようなモノも発生し、室内を蹂躙し出す。

 次々と発生した竜巻によって室内に在った調度品が砕けていくが、龍之介は構わずに魔法陣から沸き上がって来た煙を見つめる。

 サーヴァントの召喚は根本的には『聖杯』が行う。魔術師達が儀式に万全を配して挑むのは、確実にサーヴァントを呼び出す為でしかない。たとえ稚拙な魔法陣であろうと、呪文の詠唱がなされなくても『聖杯』が“認めさえすれば”奇跡は成就する。

 魔術師でもない龍之介は『聖杯』に選ばれ、此処に彼に相応しきサーヴァントは召喚された。

 

「問おう。我を呼び、我を求め、キャスターの座として招きし召喚者。貴殿の名を此処に問う?」

 

「・・え~と、雨生龍之介っす。職業はフリーター、趣味は人殺し全般、子供とか若い女とか好きです。最近は剃刀に凝っています」

 

 龍之介は現れた相手に困惑しながらも質問に答えた。

 魔法陣から発生していた煙や稲妻と共に現れたのは、ゆったりと幾重ものローブで身を包み、豪奢な貴金属を飾った男。服装こそは奇天烈だが、龍之介が想像していた悪魔の姿とは離れていた。

 途方にくれる龍之介だが、召喚された男-『キャスター』-は、龍之介の名乗りに満足そうに頷く。

 

「宜しい。契約は成立しました。貴殿が望む『聖杯』は私も悲願とする代物。かの万能の釜は必ずや我らの物となるでしょう?」

 

「せい・・・はい?」

 

 いきなり訳の分からない代物の話まで出て来た龍之介の困惑は更に深まり、何となしに視線を彷徨わせていると、部屋の片隅で転がっている少年を目にする。

 

「・・・・まあ、小難しい話はおいといて、サ・・・・とりあえずお近づきの印に・・・アレ、食べない?」

 

 龍之介が顎で子供を示すと、キャスターは龍之介と子供を見比べてローブの中に手を無言のまま入れる。

 そしてローブの中から一冊の本を取り出した、分厚く重厚な装丁の古めかしい古書。見る者が見れば、その古書から魔力が漂っていることが分かるだろう。龍之介は古書から感じられる魔力には気がつかないが、代わりに別の事を看破する。

 

「あ、スゲェ!それ人間の皮でしょう?」

 

 人の皮で作られた表紙を龍之介は感心した眼差しで見つめる。

 キャスターはちらりと龍之介を一瞥すると、古書を開き、意味が分からない言葉を一言二言呟くと、本を閉じて懐に戻す。龍之介はキャスターの行動に疑念を膨らませるが、キャスターは構わずに床に転がっていた少年の下に移動し、優しい眼差しをしながら少年に声を掛ける。

 

「怖がらなくていいんだよ、坊や・・・さぁ、立てるかい?」

 

 キャスターは少年の縄を解き、縋るような顔をしていた少年を安心させるように微笑を浮かべる。

 様々な怪異に遭遇した少年は、キャスターの行動に従うまま立ち上がり、暗い部屋と違って光が見える廊下へと繋がる扉の方に背中を押される。

 

「さぁ坊や、あそこの扉から外に出るんだ。周りを見ないで、前だけを見て、自分の足で歩くんだ・・一人で行けるね?」

 

「・・・うん」

 

「なぁ、ちょっと?」

 

 少年を逃がそうとするキャスターの行動に、龍之介は見かねて声を掛けようとするが、キャスターは無言のまま手で制した。

 一体どう言う事なのかと龍之介はキャスターを見つめるが、その間に少年は部屋の外へと出ていた。部屋から出た少年は目の前に映る玄関の扉に、安堵と希望で目に輝きが宿る。だが、その希望は次の瞬間に消え去る。

 少年の背の階段の上から無数の蛇のようなモノが雪崩を打って少年に襲い掛かり、全身に満遍なく巻きつき、有無を赦さない力で幼い体が階段の上へと引き摺られていく。全身に感じる嫌な感触と希望が裏切られた絶望感に少年の心は満たされ、最後に目にしたのは鋭利のような牙と砕け散った天井の破片だった。

 

 上階から響く湿った粗食音と奇声、そして何らかが砕け散る破砕音のような音にキャスターは酔いしれながら感極まっている龍之介に声を掛ける。

 

「恐怖というものには鮮度があるのです。怯えれば怯えるほどに、感情とは死んでいくものなのです。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく変化の動態・・・・希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う。如何でしたか?瑞々しくて新鮮な恐怖と死の味は?」

 

「・・・・く、COOL!最高だ!超COOLだよアンタ!オーケイだ!俺はあんたについていくぜ!『聖杯』だが何だか知らないが、何なりと手伝うぜ!さぁ、殺そう!もっと殺そう!もっとCOOLな殺しっぷりを俺に魅せて…」

 

ーーードガァァァァァッ!!

 

 龍之介の声を遮るように天井が突然破壊され、先ほどの龍之介とキャスターが殺したと考えていた少年を抱えた黒いロングコートを纏った男性-ブラックが右手に紅いエネルギー球を作りながらキャスターと龍之介の前に落下して来た。

 突然の事態に龍之介とキャスターは呆然とブラックを見つめていると、怒りと殺意に満ち溢れた顔をしたブラックが二人を睨み付ける。

 

「そんなに死が見たければ、先ずは貴様らが死ねッ!!ムン!!」

 

「クッ!!」

 

 自分達にエネルギー球を投げつけるブラックを目にしたキャスターは瞬時に龍之介を押し倒すと共に、懐に手を入れて再び古書を取り出す。

 避けられたエネルギー球はそのまま壁に直撃し、爆発を引き起こし室内に爆発が起きるが、ブラックは構わずに龍之介とキャスターが居る場所に向かって飛び掛ろうとする。だが、ブラックが飛び掛かる前に足元に在った鮮血から触手が伸びて来て足を止めさせる。

 

「チッ!!消え失せろ!」

 

 自らの足元に伸びて来た触手に気がついたブラックは、瞬時にエネルギー球を作り上げて触手に向かって投げつけて触手の主を粉砕する。

 そのまま苛立ちに満ち溢れながらキャスターと龍之介を探そうとするが、足は止まり周りを見渡す。何時の間にかブラックの周りには無数の触手が波打っていた。

 

(此れがキャスターの『宝具』か?・・・厄介だ。この小僧を抱えたままでは思うように戦えん・・・ならば、打てる手は一つだけだ!)

 

 一瞬にして状況を把握したブラックは、迷うことなく両足に力を込めて家の天井をぶち破って天へと舞い上がった。

 そのまま下に見える一軒家と左手に抱えている少年を見比べながら、自らの周りに無数の紅い剣を出現させる。

 

「・・・済まんな・・・スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ!!」

 

ーーーズガガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 放たれたスティンガーブレイド・エクスキューションシフトは、真っ直ぐに一軒家に降り注ぎ、その内部に居た生物達を一掃した。だが、既にキャスターと龍之介の気配が消えている事にブラックは気がつき、苦々しい顔をしながらボロボロに成り果てた一軒家の庭に着地する。

 そのまま腕に抱えていた少年を地面に降ろすが、既に少年の体は最初にキャスターが召喚した生物によて負わされた傷でボロボロになっていた。凄まじい力で引き寄せられた事で全身の骨は罅や骨折があり、体には生物の牙によって深い傷もあった為、長くは無い事をブラックは一瞬にして把握する。

 キャスターの召喚時に発生した魔力を感知してやって来たブラックだが、来るのが遅すぎた事実に苦い思いしか抱けなかった。このまま少年の意識は戻らずに死んで行くのだろうとブラックは思うが、少年の目が僅かに動く。

 

「・・・ん・・」

 

「・・・気がついたか?」

 

「・・・・お兄さんが・・・・助けてくれたの?」

 

「・・・いや、遅かった。お前はもう助からん・・・お前をそんな風にした奴らも逃がした」

 

「・・・・・お兄さん・・・あいつらを追うの?」

 

「あぁ、奴らは必ず潰してやる。こんな気に入らんことをしてくれたのだからな」

 

「・・・・・・・・やっつ・・・けて」

 

 少年は最後にそう告げると共に目が閉じられ、今度こそ目覚める事は無かった。

 ブラックはそれを確認するとゆっくり立ち上がり、少年に背を向けてその身を霊体化させながら呟く。

 

「言われなくても、奴らには本当の恐怖を骨の髄まで叩き込んで殺してやる。この俺を怒らしたのだからな」

 

 その言葉と共にブラックの体は消え去り、後に残されたのは爆発によって生じた炎に包まれる一軒家だけだった。

 

 

 

 

 

 夜の闇に包まれる『アインツベルンの森』の中をセイバーはひた走っていた。

 昨夜の宣言通りにキャスターはセイバーが根城にしていた『アインツベルンの森』へとやって来た。しかも年端もゆかない子供を大勢連れて来ると言うおまけもついて。

 

『セイバー、キャスターを倒して』

 

(急がなければ!このままでは子供達が危ない!)

 

 アインツベルンの城に引き篭もっていたセイバーを呼び寄せる策としてキャスターが用いた手段は、年端も行かない子供を人質として連れて来ると言う手段。しかもセイバーが出てこなければ遊戯と称して正気に戻って逃げ惑う子供達を追いかけて殺すと言う非道まで行い。

 即座にセイバーはキャスターを討ち取るために城から飛び出したかったが、セイバーの本当のマスターがそれを赦さなかった。セイバーの本来のマスターが今回のルール変更を用いて取った策略は、『キャスターを狙って集まって来る他の陣営を闇討ちする』と言うセイバーからすれば卑劣としか思えない策だった。キャスターの行いよって犠牲になっているのは、無辜の民。セイバーからすれば早急にキャスターは討ち取らなければならない相手なのだが、本来のマスターである衛宮切嗣は効率良く他の敵を排除する方策を取ることにしたのだ。

 キャスターが一人の子供を殺すところを『遠見の水晶球』で目にしても切嗣は動かず、アイリスフィールが許可を出すことでセイバーは城から飛び出せたのだ。

 そして今、セイバーは全速力で森を駆け抜け、キャスターの下へと急いでいた。そのセイバーの視界の中に泣きながらも必死に走って来る子供達の姿が映る。

 

「ハッ!無事でしたか!」

 

 必死に走って来る子供達を確認したセイバーは安堵の息を漏らしながら、子供達に近寄る。

 正確な数は把握出来ていないが、大部分の子供達はキャスターの魔の手から逃れる事が出来ている事実を確認し、セイバーは安堵しながらも一つの疑問を抱く。

 

(・・・どう言う事だ?キャスターとてサーヴァント・・私が此処に来るまでにはそれなりに時間があったはず・・・なのに大半の子供が無事でいる・・・それにキャスターの気配が近くに感じられない)

 

 浮かんだ疑問にセイバーは困惑していると、一人の子供が泣きながらセイバーの蒼いドレスを引っ張る。

 

「ヒック!・・・・・黒い服の男の人が・・・助けてくれたの・・・こっちに走れば金色の髪のお姉ちゃんが居るからって」

 

「黒い服の男?・・・まさか!?バーサーカーが貴方達を!?」

 

 一人の子供の報告にセイバーは倉庫街で戦ったブラックの姿が思い浮かんだ。

 他の子供達からも同様の言葉が告げられ、セイバーは先ず間違いなく子供達を助けたのはブラックだと確信した。

 

「(バーサーカーがこの場に来ている!?・・・だとすれば、子供達が無事なのにも納得出来る・・・となれば、此処は加勢に行くべきだ)・・・・貴方達はこのまま真っ直ぐに前に進んで行くのです!この先城がある!其処まで行けば、安全で…」

 

ーーードゴオォォォォォォォォォォォォォッ!!!

 

「ッ!?」

 

 突然響いた轟音にセイバーが顔を上げてみると、天に届かんばかりの巨大な炎の竜巻が舞い上がっていた。

 その竜巻によって衝撃波が発生し、慌ててセイバーは子供達の前に立って不可視の剣を構え、風の障壁を発生させる。

 

「風よ!!」

 

 セイバーが不可視の剣から発生させた風の障壁によって、炎の竜巻が発生させた衝撃波によって吹き飛んで来た木の破片を防いだ。

 そして衝撃波が止んだ後にセイバーが目にしたのは、広大な森の一角が焼け野原になった光景と、その中心で無数の触手を持ち、鮫のような牙の口腔を持った怪魔に護られている体中に火傷を負い、右目を失い、片腕を失て恐怖に震えているキャスターと、セイバーでさえ動揺を覚えるほどの殺気と怒りを全身に纏っている黒い漆黒の体に、金色の髪に鈍く光る銀色の兜に胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人の姿だった。


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